ロウきゅーぶ!のハイ勢がロウだった頃+オリ主の話(仮)   作:緑茶わいん

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ending12.香椎愛莉

「葵のこと、これからは昴に任せます。どうか、二人で末永く幸せになってください」

 

 言い終えた時にはもう、涙腺が限界だった。

 溢れる涙を堪えることもできないまま、ぺこりとお辞儀をして壇上から下り、自分の席に戻る。同じテーブルにいた高校時代の友人達が口々に「お疲れ様」を言ってくれる。

 私は、口元を抑えるのが精一杯でお礼も言えなかったけど、凄く嬉しい。

 

 ――そんな私に、ハンカチがそっと差し出される。

 

 落ち着いた色のドレスに身を包む、長身の少女。

 柔らかな微笑み。

 胸の奥まで温かなもので満たされた私は、貸してもらったハンカチで涙を拭いながら、溢れ出す思いにしばし、身を任せた。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

 荻山葵と長谷川昴が結婚したのは、大学四年の終わりのことだった。

 我慢できなかったんだろう。

 なんて、旧友一同にからかわれても、葵も昴も否定しなかった。交際期間だけで七年、大学からは同棲もしており、とっくに夫婦のような二人だったので、こうなるのはむしろ遅かったくらい。

 昴、葵ともにプロ入りが決まり、将来の見通しが立ったいいタイミングだと思う。

 

 式の参加者はかなりの人数に上った。

 小中高大と、それぞれに新しい交友関係を構築してきた彼女達らしい。

 特に昴の知人友人は多く、それも同年代から年下の女の子がかなりの数に上ったため、一部は葵側の関係者席に振り分けられていた。

 なぜか須賀まで来てた。本人曰く、呼ばれたから来ただけらしいけど。

 真帆ちゃんをはじめとする慧心女バスオリジナルメンバーの「四人」は、そんな中、たっての希望で昴の友人として参列している。

 

 涙が収まったところで視線を向けると、智花ちゃんが大泣きしてた。

 私以上の泣きっぷりだ。

 確か、智花ちゃんも彼氏いたはずだけど、やっぱり初恋の人の結婚は感慨深いのだろう。私もあんまり人のことは言えない。

 でも。

 これで完全に肩の荷が下りた。ここから先、私が手出しするのはお節介というものだし、プロで人妻の葵にしてあげられることなんて殆どない。

 これからは、たまに外で会えれば十分。

 

 ――寂しいのは、寂しいんだけど。

 

 結婚式、さらに二次会三次会と参加した私はここぞとばかりに飲みまくった。

 普段はできるだけセーブしてるけど、若いうちに飲んでおかないと年取ってから後悔するし、こういう時くらいは羽目を外してもいいだろう。

 で。

 

「翔子さん、大丈夫ですか?」

「うう、ごめんね愛莉ちゃん。迷惑かけて」

 

 結構な時間まで騒いで、ようやく解散になった頃には、私はもう完全にふらふらだった。

 意識はギリギリあるけど、気力で保ってないとすぐ寝てしまいそう。

 立てるけど歩けないという有様で、十九歳なのでお酒にはほぼ触れていない愛莉ちゃんに支えて貰わないといけなかった。

 

「ホテル取っておいてよかったよ……」

「翔子さんと一緒のお部屋にしておいてよかったです」

 

 お酒飲んじゃうと帰るの絶対面倒臭いのはわかっていたので、その対策だ。

 せっかくだからと愛莉ちゃんを誘ったら「それなら」と乗ってくれたんだけど、これは最初から私を助けてくれるつもりだったっぽい。

 年上として情けない限りだけど……。

 夜道をふらふらと歩きながら、呟く。

 

「大きくなったよねえ、愛莉ちゃん」

「えへへ、ありがとうございますっ」

 

 愛莉ちゃんはあれから更に成長して、百七十センチ台後半に突入。

 高校バスケでも大活躍し、大学一年生の現時点で「プロ入りは確実」なんて言われている。

 身長でもバスケでも、今は愛莉ちゃんの方が上だ。

 悔しいとは思う。でも、後悔はしていない。愛莉ちゃんの実家のジムをお手伝いさせてもらってるけど、ああいうのが私の性に合っていると思う。

 

「私は、翔子さんに追いつきたかったので、大きくなれて嬉しいです」

「あはは。簡単に追いつかれちゃったよね」

「……そんなこと、ありません」

 

 真剣な声。

 嫌味に聞こえただろうか。愛莉ちゃんの顔を窺う。彼女はにこりと微笑み、視線を前に向けた。

 

「もう着きますよ」

 

 ホテルは目の前だった。

 まずトイレに行って、買い込んできたウーロン茶をペットボトル一本飲み干して、ドレスから下着姿になると、ようやく少し落ち着いた。

 相変わらず眠いけど、まだ寝てしまうわけにはいかない。

 化粧を落とさずに眠ると肌へのダメージが酷いのだ。

 

「シャワー、浴びますか?」

「ううん、もうちょっとこうしてる……」

 

 二本目のペットボトルを開けつつ、答える。

 酔ってる時はとにかく水分だ。体内のアルコール濃度を下げつつ、余分な水分をさっさと排出する。後は安静にして、血圧が上がるようなことをしなければだんだん楽になる。

 眠らないように、眠らないように……。

 

「お酒って怖いですね……」

 

 下着だけになった愛莉ちゃんが、隣のベッドに腰かけて言う。

 

「そうだね。でも、止められないんだよ」

「危ないお薬とかじゃないですよね?」

「アルコールは合法だから大丈夫だよ。飲みすぎはよくないんだけどね」

「しょうがないですよね、今日は」

 

 困ったように微笑む愛莉ちゃん。

 本当にすっかり大人になった。もともと可愛い子だったけど、今は「綺麗」という言葉が似合う。背が高くて、バスケが上手くて、その上、誰にでも愛想よく接するから皆から大人気だ。

 二本目のウーロン茶を半分まで飲んで、息を吐く。

 

「うん、今日は特別な日だからね」

 

 これより特別な結婚式は自分自身のやつだけだろう。

 愛莉ちゃんも頷いて、

 

「私も、酔えるなら酔っちゃいたかったです」

「……昴のこと、まだ忘れられない?」

 

 あれから随分、時が経った。

 でも、初恋が女の子にとって特別なのは、私や智花ちゃんの例からしても割と普遍的な事実だ。

 

「いいえ」

 

 なのに、愛莉ちゃんは首を振る。

 

「長谷川さんのことは今でも尊敬しています。……でも、今日は感動しかありませんでした。ウェディングドレスの葵さんを見ても、私もいつか着てみたいなあって思っただけでした」

「じゃあ、どうして?」

 

 昴への恋はもう吹っ切ってる。

 実は葵のことも好きだった、っていうわけでもなさそう。

 首を傾げた私は、慈愛の籠もった笑みを見た。

 

「翔子さんと同じでいたかったから」

「……っ」

 

 一瞬、思考が停止した。

 

「私に付き合ってくれるつもりだったの?」

「はい。だって、一緒に酔える方が楽しいですよね」

 

 一緒に。

 それは、もちろん。こんな子が一緒に飲んでくれたら、お酒の味も格別だ。

 でも。

 

「駄目だよ。後一年くらいなんだから我慢しないと。お酒は二十歳に……」

「翔子さん」

 

 柔らかな手が私の手を掴む。

 烏龍茶のペットボトルが音を立てて床に落ちる。蓋、ちゃんと閉めておいてよかった、なんて場違いなことを思ってしまう。

 目が。

 愛莉ちゃんから目が離せない。

 心臓の音がうるさいのは、お酒を飲んで血圧が上がっているせいだけじゃない。

 

「私は、ずっと翔子さんに追いつきたかったんです」

「もう、愛莉ちゃんは私よりずっと先にいるよ」

「そんなことありませんっ」

 

 愛莉ちゃんは立ち上がって、私の右手を両手で支える。

 自由を奪われた右手は導かれるまま、愛莉ちゃんの胸に押し当てられる。激しい鼓動。彼女は殆どアルコールを口にしていない。

 なのに、私より早い。

 

「……追いつきました」

「愛莉ちゃん」

「今日、やっと『追いついた』って思いました。葵さんを、翔子さんの初恋の人を、翔子さんが忘れてくれたから」

 

 私は、強引に腕を引いた。

 手が離れる。倒れ込んできた愛莉ちゃんを軽く支える。

 甘い、女の子の匂い。

 抱き寄せたいのを堪えて、そっと押す。

 

「大学生になったんだし、彼氏でも作ったら? 愛莉ちゃんは男っ気がないってみんな心配して――」

「嫌ですっ!」

「っ」

 

 抱きしめられた。

 腕を回され、柔らかくて豊かな胸に顔が押し付けられる。

 温かい。

 女の子の、愛莉ちゃんの温もり。

 

「じゃあ、どうして私を誘ってくれたんですか?」

「………」

 

 一名利用でも二名利用でも部屋代は大して変わらない。

 誘うのは別にさつきでも多恵でも、祥でも良かった。

 

「翔子さんの就職先、どこですか?」

「………」

 

 私は大学一年生から愛莉ちゃんの実家のジムで働いている。

 このまま就職しちゃいなよと言われ、じゃあお願いしますと、秒で内定をもらった。

 香椎くんもプロになることが決まっているので、引退して暇になるまでは私が中継ぎになったら? なんて言われてる。

 

「翔子さんだって、最近お付き合いしてませんよね?」

「………」

 

 私も何度か新しい恋をした。

 女の子だったり男の子だったりしたけど、長続きはしなかった。

 ここ一年くらいは彼氏も彼女も作っていない。

 

「翔子さんにとって、私はなんですか?」

「……それは、大切な」

 

 教え子。

 後輩。

 お友達。

 言い表す言葉はいくらでもある。

 でも、口から出てくれない。

 

「私じゃ、駄目ですか?」

 

 切ない問いかけに息が詰まる。

 

「駄目だよ」

「っ」

「愛莉ちゃんを好きな人はいくらでもいる。私なんかよりいい人だって、いくらでも――」

「いません」

 

 不意に、唇が重ねられた。

 頬を両手で押さえられ、数秒間の大人のキス。

 離れた舌が糸を引く。

 瞳はかすかに潤んでいる。

 唇が再びゆっくりと開く。

 

「だめ」

「――好きです」

 

 遮ろうとする声を無視して、愛莉ちゃんは言った。

 私は首を振る。

 うまく働かない頭が。恋を怖がっている心が、否定する。

 

「駄目だよ。女の子同士なんて絶対苦労する。私を見てれば少しくらいはわかるでしょう?」

「大丈夫です。私が翔子さんを守ります」

「駄目。みんなから噂されるし、愛莉ちゃんだって、チームメイトとやりにくくなっちゃうだろうし――」

「大丈夫です。翔子さんは絶対、私を守ってくれます」

「そんなの」

 

 綺麗ごとだ。

 私は一度も恋を成功させたことがない。自分から好きになった人とは結ばれなかった。告白されて付き合った人は短い間で私から離れていってしまう。

 愛が重い、らしい。

 気を付けてはみたものの、好きになった人を愛するなというのが難しすぎて、あまり上手くいかなかった。

 

「翔子さんの気持ち、聞かせてください」

 

 私は。

 押し殺していた気持ちを、友達だからと言い訳して少しずつ満たしていた想いを、吐きだした。

 

「……好き」

 

 好きに決まってる。

 

「大好き。ずっと好きだった。愛莉ちゃんと、もっとずっと一緒にいたい」

「はい。私もです、翔子さん」

「本当にいいの、愛莉ちゃん。私で」

「いいんです」

 

 優しい声。

 

「翔子さんは私の憧れでした。たくさん頑張って、やっと追いつきました。だから、これからは隣で歩かせてください」

 

 出会ったのはもう、六年も前。

 会う機会が一番多かったのは最初の一年だったけど、それからも頻繁に会っていた。バスケをしたり、お茶したり、買い物したり。

 真帆ちゃんたちが一緒のこともあった。でも、二人きりのこともあった。

 

 元男の私と、誰よりも女の子らしい愛莉ちゃん。

 全然違うけど、似てる部分もあった。

 そういうバランスが良かったのかもしれない。

 

「昔は、長谷川さんのことが好きでした。でも長谷川さんには葵さんがいたから……。諦めなきゃって思って、そうしたら、翔子さんといる方が自然で、楽しくいられて、気づいたら好きになってました」

 

 単なる「仲のいい後輩」じゃなくなったのはいつからだろう。

 あの五人の中で、最初から一番仲の良かった子。自然と一緒にいることが多くて、話すことも多くて――楽しかったけど、いつの間にかその「楽しい」が「幸せ」に変わっていた。

 彼女の顔を、姿を、目で追うようになっていた。

 なのに、中途半端に遠ざけようとしてたとか、女々しいにも程がある。

 

 葵と昴の結婚を意識して不安定になっていたのかもしれない。

 

「愛莉ちゃん。私、絶対過保護だよ。愛莉ちゃんのこと好きすぎておかしくなっちゃうかもしれない」

「大丈夫ですっ。私も、翔子さんのこと大好きですから」

 

 人の心は変わる。

 この誓いだって永遠とは限らないけど、愛莉ちゃんのことなら信じられる。

 

「好きです。……香椎愛莉さん、私の、恋人になってください」

「はい。翔子さん、おばあちゃんになるまで、私と一緒にいてくださいっ」

 

 この夜、シャワールームには二人で入った。

 

 女の子相手に主導権を握れなかったのは初めての経験。

 でも、悪い気はしなかった。

 ううん、正直に言えば、凄く幸せなひとときだった。

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