ロウきゅーぶ!のハイ勢がロウだった頃+オリ主の話(仮)   作:緑茶わいん

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翔子と海

 少し離れたところから波の音が聞こえた。

 風に乗って鼻をくすぐるのは潮の匂い。人々の汗と、焼きそばか何かのソースの香りも混じっている。

 海である。

 夏真っ盛りの海水浴場はわいわいという喧噪に満ちていた。

 

「……どうしてこうなった」

 

 我に返った俺は呆然と呟く。

 一足遅れて脱衣所を出てきた葵が呆れ顔で背中を押した。

 

「今更何言ってんの。堂々としてなさい」

「いや、急に恥ずかしくなったというか」

「却下」

 

 問答無用で腕を取られ、ぐいっと引かれた。

 汗ばむ手のひらが貼りつくような感触。

 いけないことをしている気分になり、慌てて葵の手を振りほどく。手のかかる弟を見る姉のような目で微笑まれた。

 と。

 

「にゃはは。とうとう翔子も観念したかー」

「翔子ちゃん。すごく可愛いから自信もって大丈夫よ」

 

 先に飛び出した俺達を追って美星姐さんと七夕さんが合流。

 道行く男性が妙にこっちを見てくるが、果たしてこれは誰の魅力によるものか。

 敢えて口には出さないことにして、俺は男子の脱衣所を振り返る。

 

 さて、昴は大丈夫だろうか。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

「翔子の裏切り者」

「そう言われても、俺だって恥ずかしいんだし」

 

 一人、脱衣所から出てきた昴に恨みがましい目で見られた。

 昴はごく普通の海パン姿。楽そうで羨ましい。

 俺の水着は淡いブルーのツーピースタイプ。裏切り者というのは昴以外が全員女という状況のことだ。原因は俺だが、昴は俺のことを男友達と思っている節がある。

 

 ちなみに、葵は濃いブルーの水着で俺と色違い。

 七夕さんは白いワンピースタイプで、美星姐さんは何故かスクール水着。みんなとても良く似合っていた。みんな。

 

「お? おい葵、昴が翔子の胸見たいってよ」

「あ?」

「言ってないだろ!? なんでそうなった!?」

「俺に海パン履け、みたいなこと言ったからじゃないかな」

 

 三人で水着を買った時からそんな感じだった。

 例のスニーカーを買いに行った日のことだ。安くていい品が見つかり、ほくほく顔で会計を済ませた俺に葵が言った。

 

『翔子。ついでに水着買って帰るわよ』

『水着なら持ってるけど』

『そうじゃなくて。夏休みに海に行こうって話』

『初耳なんだけど』

『今初めて言ったからね』

 

 その時、バスケ用品に夢中で離れていた昴も海行きの話は知っていた。

 なんでも事前に言うと来ないと思ったとのこと。よくわかっていると言わざるをえない。

 

『別に水着なんて適当でいいだろ。なあ翔子』

『俺に同意を求められても』

『女子は男子と違って色々あるの。ね、翔子』

 

 同じ台詞を返したくなったが、実際、女子の水着は色々難しい。

 葵と違って細かい色や形状は気にしないが布面積は重要だ。ワンピースタイプかツーピースタイプか。子供向けではないものの、腰にひらひらした水着を巻くタイプもある。

 っていうかスクール水着でよくない?

 と、割と真面目に主張してみたが却下された。遊びに行くのに学校の水着とかありえないらしい。

 

『それとも、美星ちゃんとお揃いになりたい?』

『よくわからないが、大事なのはわかった』

 

 仕方なく真剣に吟味した。

 宣言通り値段で適当に決めた昴は待ちぼうけだったが仕方ない。葵がときどき「どっちがいいと思う?」と話しかけていたから暇ではなかったはず。男からすると滅茶苦茶困るやつだけど。俺が聞かれた場合は同性の気安さで流した。こっちが可愛いと思うけど、葵はどっちが気に入った? といった具合だ。

 なお、昴が真似した場合は「ふーん……そうなんだ」と意味ありげな反応になって逆効果だったことを付け加えておく。

 

 結局、俺は葵とお揃いの水着を色違いで買った。

 色々悩んだ挙句、どれがいいのかわからなくなったのが原因の一つ。下手に布面積に拘ってワンピースタイプにすると逆にエロいのではないか。

 ならばツーピースで活動的な印象を与えた方が、と血迷ったのがもう一つ。

 行き着いた先が海に来てからの往生際の悪さである。

 

「翔子、ちょっと髪伸びてきたよね」

「ああ。サムライヘアーにしようかと思って」

「……ポニーテールのこと?」

「サムライヘアー」

 

 そっぽを向いて繰り返すと、葵が回り込んできてにんまり笑った。

 

「ああ、髪を縛るのはいいよな。運動するとき邪魔にならないし」

「昴は」

「黙ってていいから」

「え、なんだその扱い」

 

 傍らで美星姐さんが大爆笑していた。

 

 

 

 

 

 

 やっぱり、海の水は塩辛い。

 波打ち際に入るなり、葵にぱしゃっと水をかけられてそう実感する。

 

「なら、お返しに」

「わっ、冷たい」

 

 葵が身を庇いながら歓声を上げた。

 お返しのお返しが来て、更にそのお返しを繰り出していると、

 

「翔子。泳ごうぜ」

「ん」

「ちょっと二人とも、もうちょっと遊んでからでも」

 

 言いつつ葵もついてくる。たぶん、彼女も泳ぎたくてうずうずしていたのだ。

 バスケ馬鹿だが他の運動も十分に好んでいる。俺も人のことは言えないので、俺達の海での行動は色気もへったくれもないスピード勝負に移行した。

 危ないから遠くまで行かないように、という七夕さんの声にはーいと返事をして競争を開始。

 

 ――む、二人とも速いな。

 

 多分、柿園より速い。

 諏訪と同じくらいか。そういえば、あれからあいつはどうしただろう。不戦勝をみんなに言いふらしていたり? いや、そんなタイプじゃないか。案外、俺への怒りを溜めているかもしれない。今度会ったら謝った方がいいか。

 バスケ勝負ができなかったのも心残りだ。

 勝負の件は昴達にも伝えていたので、どうだったと聞かれて事情を話した時はさすがにがっかりされてしまった。俺が勝つと信じていた、と言われてむず痒くもあった。実際は勝てたか五分五分といったところだろう。

 

「よし、一着!」

「二着……だよな?」

「う、悔しい。翔子には勝てると思ったのに」

 

 初泳ぎの結果は昴、俺、葵の順だった。途中から葵がやや失速した感じ。

 

「翔子。背、伸びてきてるでしょ」

「葵もちょっと伸びた気がするけど」

「あ、わかる?」

 

 頭のてっぺんを比べあうと、葵は嬉しそうに笑った。

 それを見ながらいじけていたのは少年。

 

「いいよな、翔子達は順調に伸びてて」

「? 別に昴も小さくないんじゃ?」

「バスケプレーヤーは大きい方が有利なんだよ」

「あはは。昴は身長気にしてるのよ。お父さんがおっきいから」

 

 ああ、まだ見ぬ長谷川家の家長か。

 大きいというのはさもありなん。昴はどう見ても七夕さん似だし。

 でも大丈夫だと思う。男子と女子じゃ平均身長が違う。そのうち俺も葵も抜かされる可能性が高い。

 

「よし、せめて泳ぎでは勝ちこす!」

「待ちなさい。次は私が勝つから!」

「俺も一着取っておきたいな」

 

 何度も泳いだ結果は一進一退。

 

「おーいお前ら。そろそろ飯にしようぜー」

 

 美星姐さんの声がかかった時点で一位は昴、僅差で二位が葵、やや離されて三位が俺だった。

 回数を重ねるにつれて地力の差が出た感じ。もっと精進することに決める。

 海から上がり、七夕さんがいるパラソルの下へ。そういえば美星姐さんが大人しかったが、どうやら日光浴をしていたらしい。

 砂浜に寝そべるスクール水着の成人女性(ロリ体型)。

 犯罪性はないが、対応に困りそうな案件だ。

 

 お昼ご飯は七夕さんがおにぎりや簡単なおかずを用意してくれていた。それに海の家で買い込んだものを加えてわいわいやろうという算段。

 買い出しは美星姐さんが買って出てくれ、俺が手伝いに任命された。

 さすが姐さん、自分が担当に回ることでメニューの決定権を握るとは。

 

「なー、翔子」

「なんですか?」

「ちょっとは吹っ切れた感じ?」

 

 と思ったら、俺へのヒアリングも兼ねていたのか。

 どうやら教師志望らしい姐さんとしては俺の動向も気になるのだろう。

 

「そうですね。……ちょっと思うところがあって、決心は固まりました」

「ふーん」

 

 簡潔すぎる相槌は無関心の現れではない。

 むしろ、受け止めるのに複雑な感情があったからこそだったと思う。

 ちらりと見えた顔がそんな風に見えた。

 ぽん、と、頭に手が乗せられ、髪がわしゃわしゃとかき回された。男の子にするみたいな仕草がなんだか無性に嬉しい。

 

「私は別に、お前がしたいようにしてもいいと思うけど」

「一人でいるのは辛いですから」

「……にゃはは。友達ってのはいいもんだろ?」

「はい、もちろん」

 

 誰のことかは言わなくても伝わるだろう。

 実際には柿園や御庄寺、その他、何人かのクラスメートも含まれているけれど。

 

「あ、美星姐さん。俺はフランク食べたいです」

「あいよ。ちなみに、それはさっきの話と関係──」

「ねえよ!」

 

 小学生女子にする話じゃなかった。

 誤魔化しているのか素なのか、にゃはにゃは笑う姐さんを見て溜息をつく。この人はなんだか憎めないから困ってしまう。

 これで、せめてサバゲーの件みたいなことがなければ。

 

「あ、午後は水鉄砲であそぼーぜ。人数分持ってきたから」

「また銃ですか!?」

 

 せめて……!

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

 酷い目に遭った。

 美星姐さんは相変わらず大人気がなかった。小学生に混ざって普通に遊び始めたと思ったら、いつの間にか誰よりはしゃいでいた。水鉄砲の二丁拳銃とかマジで大人気ない。

 これで「見た目は小学生みたいだからセーフ」とか言うと関節技が飛んでくるのである。主にターゲットは昴だが。あいつの女性趣味が歪んだり、ホモに走ったりしないことを願う。

 

 ともあれ、楽しかった。

 

 今回の件とこの前の秋葉原と、それから昴達とのバスケで夏休みは十分元を取っただろう。

 他にも柿園や御庄寺と普通に集まってこの前の戦利品を回し読みしたりもしたし、美星姐さんがゲーム勝負を挑んできたりもした。

 こんなに楽しかった夏は転生してから──いや、前世も含めて初めてかもしれない。

 はしゃいでいた。

 普通の女子のように黄色い声を上げたりはできない。けど、俺は確実に浮かれていた。自分に定めた努力自体はこなしつつも、都合よくあのことを忘れそうになっていた。

 

 あらためて勝負しろ、と諏訪から連絡を受けたのは夏が終わりかけた頃だった。

 

「……よう」

「久しぶり。あの、終業式のことだけど」

「うるさい」

 

 ぴしゃりと遮られた。

 午後の公園。バスケットゴールを背にして立った諏訪は仏頂面をしていた。

 彼は一人だ。

 俺も一人きり。柿園や御庄寺もいない。一対一でいいと言われたからだ。単にメンバーの都合を考えただけかもしれないけど。

 

「騒ぎのことは気にしてない。だけど、勝負できなかったのは嫌だ」

「ごめん」

 

 言い訳のしようもない。

 それに関しては俺の落ち度。もっと早く謝るべきだった。

 頭を下げれば、諏訪は納得がいかないというように俺を睨んだ。

 

「先に五回ゴールした方が勝ち。それでいいか?」

「……ん」

 

 頷く。

 準備はできている。いつも通りのラフな格好に、大分慣れてきた新しいスニーカー。運動用にブラもしっかり着けているし、伸びてきた髪も後ろで縛っている。

 ここまで軽く走ってきたのでウォームアップも不要。

 

「悪いけど、本気で行く」

「当たり前だ」

 

 流石は男の子。

 手加減したら許さないとばかりにボールを投げつけてくる。しっかりと受け止め、ゴールから既定の距離を置いて立った。

 ドリブルを開始しながら、諏訪を見る。

 真剣な表情。

 油断はない。両手を広げ、軽く腰を落として、俺の一挙手一投足を見逃すまいと注視している。

 

 ──まずは。

 

 軽く呼吸をし、即座に始動。

 自分にできる最高速度をもって直進。真っすぐに突っ込まれた諏訪は一瞬、表情に戸惑いを浮かべてからボールへと手を伸ばしてくる。

 その時にはもう、俺は脇をすり抜ける軌道に入っていた。

 

「これで、一点」

 

 走り込みざまのレイアップシュート。

 振り返れば、諏訪が目を見開いていた。

 

「お前……!」

 

 苛烈な声。

 本気以上になったクラスのエースが、ボールを手にして襲い掛かってくる。

 俺は、心のどこかでわくわくするのを感じながら彼を迎え撃って──。

 

 

 

 

 

 

 一点目に似たレイアップが、諏訪のブロックをかいくぐってネットを揺らす。

 五点目。

 ここまで、俺がブロックされた回数は一回。俺が諏訪をブロックした回数は二回。五対三、というのが最終的な勝負のスコアだった。

 

「やっぱ上手いよ、諏訪は」

「……勝っておいてそれかよ」

 

 ボールを拾い、微笑めば、低い声が返ってきた。

 

「それは、俺がバスケをしょっちゅうやってるから」

「うるさい!」

 

 ずき、と胸が痛んだ。

 

「男女」

「………」

 

 黙って受け止める。

 何度も何度も言われてきた言葉。思わば彼は、一度も俺を「ショーゴ」とは呼んでいない。

 男女という呼び方は、裏返せば俺を最低限、女として扱っていたということ。

 

「もう、言わねえ」

「諏訪」

「じゃあな、()()

 

 吐き捨てるように言って背を向ける諏訪。

 小さな彼の背中を、俺は慌てて呼び止めた。

 

「諏訪!」

「っ。……なんだよ」

 

 振り返らずに問う彼。

 

「良ければ、翔子って」

「……考えとく」

 

 結局、諏訪がどんな顔をしているかはわからないまま、俺は彼と別れた。

 ボールを返していないことに気づいたのは、諏訪の姿が完全に消えた後のことだった。

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