ロウきゅーぶ!のハイ勢がロウだった頃+オリ主の話(仮)   作:緑茶わいん

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もし、翔子の娘も転生者だったら。
多分、今までで一番カオスなのでご注意ください。


ending07-ex.お母さん(転生者)と娘(転生者)

 あれから結構な時間が経った。

 

 私は葵が好きで、葵は昴が好きで、昴は私が好き。

 どうしてこうなった、って言いたくなるような三角関係は「無理に解決しなくていいんじゃない?」という、斜め上の方法で収まったまま、なんだかんだで上手くいった。

 

 昴に抱きしめられたり、頭を撫でられたり、身体に触れられたりしているうちに男の子にも慣れてきて、「女として愛される幸せ」を感じられるようになった。

 葵も、三人でデートしたりしてるうちに「あんたといるのが一番楽」なんて言ってくれるようになった。昴相手だとライバルっていう意識がある分、私に甘えてくれたりして、正直役得だ。

 昴にしたって男の子なわけで、両手に花という状況をいつまでも無視していられるわけがない。葵がちょっと強気に攻めただけであっさりのめり込んだ。

 

 一番大変だったのは両親の説得かもしれない。

 といっても、長谷川家はあっさり承認してくれたし、変人揃いの棋士界に触れているうちの両親も「そういうこともあるか」で納得してくれた。

 

 最も一般的な視点にある荻山家が唯一にして最大の難関。

 高校生のうちは「私とも付き合ってる」という部分を半ば知らなかったことにしてもらうことで、実質的に見逃してもらった。

 大学進学と同時に三人で住み始めた時はルームシェアという名目でお互いに妥協。

 結局、結婚の話が出た際に全ての決着をつけることになった。

 

 最終的な着地点としては、昴と葵が法的に夫婦になった。

 葵のご両親としては娘が結婚して子供を産む、というのが譲れない点だったからだ。

 うちの両親は「孫が見れればいい」と言ってくれたので、私が昴の子供を産むことで納得してもらった。籍を入れない以上、私の産んだ子は鶴見家の子なわけだし、私は結婚という形にそれほど拘りはなかった。

 ウェディングドレスは着たかったので着させてもらったけど。

 

 昴はプロ選手に。

 葵はスポーツインストラクターの道を進み、私は保母さんとか料理人とか色々悩んだ末、結局、専業主婦になった。

 葵があんまり主婦って柄じゃないこと、二人の収入がそこそこあるため私が働かなくても十分すぎることから、なら、私が家事と育児を引き受けるということで落ち着いたのだ。

 やってみたら意外と大変だったのはご愛嬌。

 特に、私より葵の方が先に妊娠、出産したせいで「初の育児が自分の子じゃない」ことになったのには大いに混乱したものだ。

 まあ、葵と昴の子供だから可愛くないはずがない、で落ち着いたけど。

 

 二年後に私も女の子を出産。

 自分の中に新しい命がいて、やがて産まれてくるのだと実感した瞬間は果てしない感動と、過去最大級のアイデンティティクライシスを感じた。

 とっくに女になったと思ってたのに、よく男の部分が残っていたものだ。いや、あの時のあれは「女の子」から「お母さん」になった衝撃だったのかも。

 

 葵達の間に生まれた女の子は長谷川(ゆかり)と名付けられた。

 私と昴の娘は鶴見香織(かおり)

 二人は大きな病気をすることもなくすくすく育った。実の姉妹のように仲が良く、苗字が違うことで(主に私と葵、昴が)困ったりしつつもだんだんと大きくなっていった。

 子供の成長を見守るというのがとても幸せで楽しいものだというのは新しい発見だった。

 

 ――こんな生活がこれからも続く。

 

 そう信じて疑っていなかった矢先、事件は起こった。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

「……着たくない」

 

 七五三のお祝いを目前にしたとある日曜日。

 小っちゃいつるみん(年齢だけでなく身長的にも)と多恵から評される私の愛娘、香織が不意にそう言いだしたのだ。

 大切な七歳のお祝い。

 こういうのはせっかくだからやっておこうと、香織に着物を選んでもらおうとしていたんだけど、

 

「着物、嫌い?」

「……うん」

 

 ノートパソコンのディスプレイに表示された電子カタログから目を逸らし、申し訳なさそうに頷く香織。

 同じ部屋で葵に抱かれて座っていた九歳の紫が首を傾げる。

 

「どうして? 可愛いのに」

「………」

 

 紫は二年前、晴れ着を着せられてニコニコしていた。

 彼女からすれば、せっかくの衣装を「嫌」という香織の気持ちは理解できないだろう。

 でも、葵はあんまり驚いてない。

 私の方は「やっぱりかあ」といった感想。実は、香織には前からこういう兆候があった。だからこそ、前もって意見を聞いてみたというのがある。

 

 今、香織が着ている服。

 黒ベースの、ユニセックスなトレーナーとズボン。子供服なのでもちろん可愛いデザインだけど、女の子女の子したデザインではない。

 見る人によっては男の子と間違えるかもしれない。

 しばらく前――だいたい二年前くらいから少しずつ、香織はこういう服を好むようになっていた。最初はあからさまに女の子っぽい服を避ける程度。

 そのうちどんどん、自分を女に近づけることを嫌うようになった。

 

 香織は頭の良い子だ。

 私や葵、昴はもちろん、他の大人達の感情を察して、迷惑をかけないように意識している節がある。だからこそ、どっちとも取れる衣装で収まっている。

 多分、本当なら男の子っぽい服を着たいんじゃないか、って思ってはいた。

 

 私は「そっか」と微笑んで、あらかじめ目星をつけておいた他のページを開く。

 

「お洋服なら大丈夫? ドレスとかワンピースでお祝いしてもいいんだって」

「………」

 

 無言。

 嫌と言うのは気が引けるが、こっちがいいと頷きたくもない。そう顔に書いてある。

 私としては着物ワンピースとかすごく可愛いと思う。こういうのが似合うのは時期が限られるから、今のうちにいっぱい楽しんでおいた方が得なのに、と思ったりもするけど。

 

 ――私の価値観が「こう」なったのはいつ頃だった?

 

 自問すれば、香織を責める気になんてならない。

 ならばと更に別のページ。

 画面が一気に黒くなり、男の子向けの衣装、スーツや袴が表示される。

 

「こういうのはどう?」

「………」

「お母さん、それ男の子の――」

「ごめんね紫、今は、そういうこと言わないであげて」

 

 不思議そうに「どうして?」と問う紫に、葵が「どんなお洋服が好きかは人によって違うでしょ?」と答える。

 香織の趣味は薄々察していたのか、紫はそれで納得してくれた。葵は私に目配せし、紫と一緒に別室へと移ってくれる。

 私も目線だけで感謝の意を伝えた。

 本当、こういう時は困る。紫が悪いわけじゃないけど、子供はこういう時に空気を読まない。なんとなくわかるでスルーしてくれないから、ちゃんとした説明が必要になるけど、そうやって懇切丁寧に言い聞かせようとすると、今度は香織を傷つけることになりかねない。

 お前は人と違うんだ、って、論理的に並べ立てられたら――幾ら本人に自覚があっても辛いものだ。

 

「お母さん」

 

 香織が私を見上げる。

 娘達は二人とも、私のことを「お母さん」と呼ぶ。葵は「ママ」。昴はお父さんだったりパパだったり。そのお父さん(orパパ)は練習で今日も不在だ。

 

「私は、女の子だよ?」

 

 香織の顔は歪んでいた。

 

 ――ああ、知ってる。

 

 この顔は知ってる。

 自分のことを「私」と言うことも、自分を「女の子」と言うことも、本当は嫌で嫌で仕方がないのに、事実は事実だから言わないといけないという顔。

 私はその気持ちを、誰よりもよく知っている。

 

「そうだね」

 

 私は香織を抱きしめた。

 

「でもね。もし、香織が自分のことを男の子だと思うなら、それでもいいんだよ」

「でも」

「今のお医者さんは凄いんだよ? 女の子が男の子になることだってできるんだから」

 

 逆もしかり。

 私が子供だった頃に比べて医学は発達した。未だに性器の問題は解決できてないけど、見た目やホルモン状態なら十分に変えられる。

 もちろん、気軽に変えたり戻したりは利かないけど。

 

「だからね。……あなたが思ってること、全部教えて。できるだけ、あなたがあなたらしく生きられるように考えるから」

「……お母さん」

 

 良かった。

 お母さんとは呼んでもらえるんだ、と、私はそんなことを思った。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

 話は夜、紫を寝かしつけてからになった。

 帰ってきた昴に添い寝をしてもらっている。嫌がられるようになる前にって冗談めかして笑ってたけど、昴、それ確実に来るからね。

 あ、でも、私はそういうのなかったな。

 どっちかというと母さんが鬱陶しい時があった。子供の頃って性で揺れてたから、どっちを同族と判断すべきか混乱してたんだろう。

 

 話が逸れた。

 

 夜のリビング。

 お茶を入れて、葵と香織の三人で座る。

 

「……えっと」

 

 ぽつぽつと話し始めた香織の話は衝撃的なものだった。

 

 前世の記憶がある。

 成人以上まで生きた男の記憶だ。

 最初は理由のわからない違和感だったけど、最近になって記憶がはっきりした。自己同一性は保持できているものの、女の子扱いされるのが気持ち悪くて仕方ない。

 それは、また。

 

「辛いよね……。わかるよ」

 

 しみじみ頷いたら、香織と葵の二人から「大丈夫かこいつ」って目で見られた。

 

「信じてない?」

「私は正直、混乱してるんだけど、一発で信じるの!?」

「信じたよ。だって、私もそうだったもん」

「はあ!?」

 

 二人の目が「何言ってんだこいつ」になった。

 葵が慌てて言ってくる。

 

「そうだったって……あんたもあるの? その、前世の記憶」

「あるよ。もう遠い昔の話だから割と曖昧だけど。ちっちゃい頃は苦労したなあ。俺は男だってつんつんしちゃって」

「ええ、あれってそういう……? いやいや、そんな話、今まで一度も……!」

「今初めて話したもん。わざわざする話でもないし。話しても信じてもらえないでしょ?」

 

 と、これには香織が「そりゃそうだ」と頷く。

 この辺は同じ境遇の者なら気持ちがわかるだろう。

 

「それにしても香織までって……存在Xか何かの仕業を疑いたくなるなあ」

 

 呪いとは言わない。

 私のせいだとも言わない。それは今の香織を否定することに繋がる。香織が、というか、前世の彼がそうなってしまったのは私のせいかもしれないけど。

 葵が半眼になって、

 

「今、アニメか何かの話は止めなさいよ」

「幼女……本当に転生者? じゃあ、ここはやっぱり『ロウきゅーぶ!』の世界?」

「籠球部? バスケ部ってこと?」

「え?」

「え?」

 

 話が通じたと思ったら急に通じなくなる。

 互いが何言ってるのかわからなくなって見つめ合う私と香織。

 なにそれこわい。

 

「いや、『ロウきゅーぶ!』っていうのは作品の名前で……」

「え、この世界って原作あったの!?」

「知らなかったの!?」

 

 むしろ私としては何で知ってるのと言いたい。

 でも、一番とばっちりなのは葵だ。家族がいきなりわけのわからない話をし始めたんだから、ぶっちゃけホラーとしか言いようがない。

 香織はお茶を啜ると、溜め息をついた。

 

「おかしいと思った。ママは原作キャラだけど、お母さんは影も形もなかったから。おまけにパパとママが結婚してるし」

「え、原作だと昴と葵ってくっつかないの?」

「慧心女バスが初等部を卒業したところで終わってるから、そもそも誰ともくっついてない。順当に行けばもっかんが相手だと思う」

「ああ、智花ちゃんかあ……」

 

 まあ、順当に行ったら多分そうだよね。

 私がいなかった場合、少なくともあのタイミングで葵達が結ばれることはない。

 そうすると、変なところで恥ずかしがり屋な葵はタイミングを逃し続けた挙句、負け犬ヒロインみたいな扱いになっていたかもしれない。

 

「いや、ちょっと待ちなさい! あんたたち、そんな恐ろしい話をなんで当たり前のように……!」

「落ち着いて、葵。別に大した話じゃないから」

「大した話よ!? 私達の人生が、あんたたちの元いた世界では物語になってたってことでしょ!?」

 

 すごい理解力。

 私やさつき、多恵の雑談を長年聞き流していただけのことはある。

 

「そうだけど、それだけだよ。別にここが物語の中の世界ってわけじゃないと思うし、そうだとしても私達が一生懸命生きるしかないのは変わらない。第一私は知らなかったんだよ? 私達の選択は、誰かの手のひらの上だったりは絶対しない」

「……翔子」

 

 瞳を潤ませて私を見つめる葵。

 ちょっと押し倒したくなって――いやいや、我慢我慢。

 何の話だったっけ。

 そうそう、香織の性別? 性癖? の話。

 

「そういうわけだから、私はあなたのこと信じるし、できる限りのことはするよ。でも、私にとってあなたは香織だから、そう呼ぶのは許してね」

 

 微笑むと、香織は苦笑して息を吐いた。

 

「……なんか、衝撃の事実がありすぎて悩みが吹き飛んだ。じゃあ、お母さんは前世男だったのに、ちゃんとお母さんになったんだ」

「法的にはシングルマザー扱いだけどね」

「なるほど」

 

 しばし遠くを見ながら何やら考えた香織は一つ頷いて、言う。

 

「着るよ、着物」

「いいの?」

 

 私だって折り合いつけるのに何年もかかったのに。

 心配をよそに、香織は今度こそ、純粋に笑って言った。

 

「いいよ。どうせ慣れないといけないだろうし。こうなったら、合法的に女体を堪能する方向で行く」

「ああ、その発想は私にはなかったなあ……」

「ちょっと待ちなさい。私、これから娘からセクハラ受けないといけないわけ!?」

 

 葵のツッコミはこの際、いったん無視した。


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