―――遡る事、数刻…
「つまり、あの二人目は御嬢様の想い人なんですね…?」
「……うん…」
現在物陰から簪を見守っていた楯無達は、先程立ってた場所より奥の方に潜んで3人の様子を見ていた。一歩間違えれば通報ものだがそこは狂ってもプロ、気配はしっかり遮断している…。
さて、楯無が尋常じゃ無いくらいに動揺したことにより、虚はその理由を訊かざるを得なかった。彼女がシスコンをこじらせて暴走するのは日常茶飯事なので今更なのだが、逆に言えば簪以外のことで暴走することは無い。悪ふざけをして学園を困らせることもあるが、全てちゃんと考えがあってやっていることだ……多分…
故にその楯無が簪以外の人物に対し、あそこまで動揺したのは正直言って信じられなかったのである。というわけで実際に訊いてみて返って来た答えはなんと、あの男こそが先日から楯無が存在を認めた想いを寄せる男本人だという事実だった…。
「それで、御嬢様はどうなさるおつもりで…?」
「え…?」
「いや『え?』じゃなくて…その想い人が簪様に害をなすような男なら抹殺しますけど、見た感じそういう人物では無さそうですし。むしろ仲が良さそうですが……?」
「えぇ…!?」
言われて視線を改めて向けるとセイス達と向き合ってる簪が、薄くだがここ暫く見ることが出来なかった微笑を浮かべていた…。
―――それを見て嬉しいと思う反面、凄まじい不安感に襲われた…
上司どころか虚にすら言ってないのだが、その想い人セイスは亡国機業の一員…つまり敵対組織の一員である。彼の立場上、簪を人質として攫いに来た可能性は考えられる。しかし彼の性格上、それはあり得ないと思えてしまう自分も居るのだが…。
彼の事だから、簪が自分の妹であることは当に気付いているだろう。状況的に考えて彼は今、頭の中で簪を拉致するための段取りを組んでいるかもしれない。だけど、彼は基本的に堅気の人間には優しい。街中で迷子に遭遇すれば、一緒に親を捜してあげる。チンピラに恐喝されてる人が居たら、敢えて首を突っ込んで事を収める。同業者が堅気に手を出そうとした時は、裏社会暗黙の掟を容赦せずに叩き込む。
先日は捨て犬を見つけて右往左往してたところを目撃し、その様子に癒された。この前は公園のベンチで座ってくつろいでる所を見つけ、その姿が妙に絵になっていて格好良かった。その前は確か、足を挫いて動けなくなっていた老人を背負って家まで送り届けていたの見かけた。さらに先週は…
「御嬢様、戻ってきてください…」
「ほへ?……あ、ごめんごめん…」
話が脱線した…。とにかく、彼が簪に手を出すことは無いと思って良いだろう。だからこの辺に関しては特に心配していない。では何を不安に思っているのかというと……
「……ねぇ、虚ちゃん…」
「何でしょうか?」
「あなたから見て、彼って格好良い…?」
「え?……まぁ、見た目は悪くないですね。簪様が微笑とは言え、笑っているところを見るに人柄も良いのでしょう? 簪様が笑みを見せるのは、うちの本音並に信頼している相手にだけですし…」
「グハッ…!!」
「ちょ、どうしたんですか…?」
「笑みを見せて貰えない私は、信頼されてないってことを改めて自覚しただけよ…」
「……左様で…」
呻き声と共に暗い影を落としながら崩れ落ち、orzの体勢になって落ち込む楯無。その事実はその事実で結構ショックだったが、やはり先程から自分の胸中に渦巻く不安感が勘違いでは無いと思い知る…
「……やっぱり、不安よ…」
「は…?」
「簪ちゃんがセイス君を好きになったりしないか不安なのよおおおぉぉぉッ!!」
「ええぇぇぇ…?」
虚は完全に呆れをきってしまったが、楯無からしたら切実な問題である。何せ大切な妹は好きになった男に、好きになった男はその大切な妹に獲られてしまうかもしれないのだから…。
そして、少しだけ想像してみた。今の関係のまま、セイスと簪が結ばれた未来を……セイスにはただの腐れ縁と認定されたまま、簪には苦手意識を持たれたまま二人に置いて行かれる未来を…
「……兎みたいに死ねる…」
―――主に、寂しさで…
「……こうしちゃいられないわ…!!」
「い、いきなりどうしたんですか…?」
何かを決意したかのように、楯無は力強く立ち上がった。その瞳には熱い何かと……狂気が宿ってた…
「虚ちゃん!!簪ちゃん達が持ってたゲーム機持ってない!?」
「いや、持ってませんから…」
「ちぃ、使えない従者ねッ!!」
「ぶん殴りますよ?」
「仕方ないわ、かくなるうえは…!!」
「ちょっと待ちなさい、なに目を爛々と輝かせて電気屋さんから出てきた一般人を見つめているのですか…!?」
「『現地調達』という言葉を作った人って、素晴らしいと思わない…?」
「いやいやいやいやせめて自分で買いましょうよ!?更識家の人間が…それも当主がそんな理由で一般人を襲うなんて真似は絶対にやめて下さいよ!?」
「虚ちゃん、あのゲームって、新品の機械で新品のソフトを買ったら、十中八九アップデートって作業しなきゃいけないの、家に帰らないと出来ないの、そんな暇は無いの……アイツナラ、ゲームキモイッショニモッテソウナノ…」
「既に片言になるほど暴走してる!?……クッ!!こうなったらこの命に代えてでも貴方を止めて…」
「必殺、クロロホルム・ハンカチーフ」
「あっ……」
虚が最後に見たのは、異臭を放つ白いハンカチ…それを認識した時には既に、彼女は地に倒れ伏していた。そんな彼女を見下ろすように佇む日本最強の暗部の当主は視線を動かし、新品のゲームを手に入れてホクホク顔のパンピーに狙いを定める…
「……さてと、殺りますか…」
布仏虚が意識を奪われ路地裏に放置された数分後、暴走したIS学園生徒会長による被害者に憐れなパンピーが追加された…
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
(虚ちゃん、名前も知らない誰かさん…貴方たちの犠牲は無駄にしないわ!!)
そんな感じで倒れた約二名の屍を踏み越え、私はついにこの場所へと辿り着いた。簪ちゃんにバレないように髪を黒く染め、店に先回りして店員のフリして接触。さり気無く(出来てないけど)3人の輪に入ろうとした時に流れた沈黙は痛かったが、他でもない簪ちゃんの口からOKを頂いた時は嬉しさのあまり狂気乱舞しそうになって堪えるのに必死だった…
まぁ、この3人に混ざる事が出来れば後はどうとにでもなる。ぶっちゃけノープランだけど、この二人に混ざることに意味があるのよ。自分の知らないとこで、何かが進展するのは嫌……その一心で来たのだから、他のことなんてどうでも良い…。
「なぁ、ウエイトレスさん…」
「楯子よ、リボルさん」
「……もうちょい捻れよ…」
「何のことかしら?」
「名前だよ、名前……」
「何のことかしら?」
「いや、だから…」
「な・ん・の・こ・と・か・し・ら・?」
「……もう、良いです…」
まぁ、セイス君には割とあっさりバレたみたいだけどね。けれど今日も前回と同様、お互いにオフ。私も彼も裏の仕事の話題は持ち出したくない筈。セイス君が裏社会の事情を持ち込まない限り、私も今日は最後までそうするつもりは無い。それを彼は分かっているので、一応は合わせてくれるみたいね…
「それで、私に何て言おうとしたのかしら…?」
「え~っと、だな…凄く、言い辛いんだけどさ……あんた…」
それにしても、今のこの状況って私にとって最高のシチュエーションな気がしてきた。簪ちゃんとセイス君、私が大好きな二人…それも、同じ席に着く機会さえ殆ど無い二人と一緒に居るのだ。これで余計なオマケ(弾)が居なければ文句は無かったけど、それぐらいは我慢しよう……今思えば虚ちゃんに会わせて、適当に席を外させれば良かったわ…
まぁ、過ぎたことは仕方ない。とにかく今はこの状況を満喫するとしましょうか……例え…
「あんた、このゲーム下手過ぎッ!!」
「ジ○ギイで三死とか、どんだけ…」
「契約金と時間がどんどん無駄に…」
「……ごめんなさい…」
―――精神的ライフが、ゼロになろうとも…!!
「楯子さん、あんたこのゲームのプレイ時間はどうなってるんだ…?」
「30分よ」
「つまりさっきのが初プレイかッ!!」
「こりゃ、楯子さんの装備強化が優先になりそうだな…」
「……誘ったの失敗だったかも。ゴメンね、二人とも…」
簪ちゃん、真顔で言わないで…それだけで私は死ねちゃうから……。
当然のことながら、強奪ゲフンゲフン無理を言って貸してもらったこのゲームで遊んだ経験なんて、私にあるわけが無い。そもそも私のゲームの歴史はス○ファミで止まっているのよ…
日頃周りから天才だの完璧だの言われてるけれど、私にだって苦手なものはある。編み物は未だに上達する気配が無いし、姉妹関係の改善に至っては誰かに助けて欲しいくらいだわ。そして案の定、このゲーム初体験な私は見事に簪ちゃん達の足を引っ張り、盛大な顰蹙を買ってしまっていた…
(本当に何しに来たんだお前はッ!?)
そんな折、真正面に座るセイス君がアイコンタクトを送って来た。散々引っ掻き回しといてこの不甲斐無さ故かその目はなんというか、その……凄く、怖いデス…
(ちょ、ちょっと簪ちゃんセイス君達と遊びたかっただけよ…)
(お前それでも暗部の当主か!?)
(その当主の妹やターゲットの親友とゲームしてる人に言われたくないわよ…!!)
(俺の場合はガチで抗うことが不可能な力のせいだ、ほっとけ!!)
心なしか一瞬、彼は顔を青くしながら視線を私の背後にあるガラスに移した。つられて私も背後を見るけど、特に何も居なかった。どうしたのかしら…?
(と、とにかく!!俺と弾のことはまだ良いとして左向け、左ッ!!)
(左…?)
言われるがままに左を向いてみる。因みに私の正面にはセイス君、右には五反田君が、そして左には簪ちゃんが座るようにしてテーブルに着いている。で、私が向いた方向にはやっぱり簪ちゃんが居た…
「……。」
「……か、カミカザリさん…?」
―――もの凄~~~ッく目が座っており、明らかに不機嫌な状態で…
「………チッ…」
今聴こえた舌打ちの発生源が簪ちゃんの口だったのは、気のせいだと信じたい…
「いや、気のせいじゃないから…」
「……デスヨネェ…」
―――誰か、助けて…
~つづく~