「しかしアレだな、やっぱISのスーツって水着と大差無いよな」
「確かに言えてる…」
「それで思ったんだけどさ……昨日お前、水着代わりにそれでも良かったんじゃね…?」
「……あ…」
旦那との再会から一夜明け、今日もまたIS学園の生徒達に混ざって俺は砂浜に居た。マドカ達IS学園の生徒は例のぴっちりスーツ姿だが、俺は短パンTシャツを装備中である……遠目で見ると誰だか分からない程パンピー臭が漂ってると皆に言われた時は、流石にちょっと凹んだ…。それはさておき、今日から本格的に実習が始まる。なので俺は居ても邪魔になると思ってたのだが、何故か教員方達に雑用の名目で連れて来られてしまった。主に訓練用ISを運んだり、旅館から皆の昼食を持ってきたりと肉体労働がメインとなので、問題なくこなせたけども…
そして実習もひと段落ついて、今は旅館が提供してくれた弁当で昼食中だ。これまた旅館から持ってきたレジャーシートを広げ、いつもの面子で集まりながらワイワイと楽しくやっている。風も砂が舞わない程度の穏やかなものであり、中々に過ごしやすい。
「……。」
「ん?何だ、から揚げ欲しいのか?」
「うむ」
「ほれ」
返事すると共に『あーん』と開かれたマドカの口に、御所望のから揚げを放り込む。俺が箸で掴んだから揚げにパクリと食いついたマドカは、そのままモグモグと咀嚼する。基本ガサツな奴だが、こういう時は小動物みたいな可愛い部分を見せてくれるので、おかずの一つや二つ惜しくは無い…
「ふむ、中々に美味い。お返しにホレ、何か好きなモノを選べ」
「ふむぅ…じゃ、スモークサーモン」
「え、いいのか?こんな添え物みたいに小さいので…」
「生魚好きなんだよ」
放浪時代に最も口にしたのは、果物と川魚である。正直言って美味いものじゃなかったが、旦那に拾われるまで火を起こす方法が分からなかったので、結局最後まで魚は生で食い続ける羽目になった。そのせいで欧米育ちにしては珍しく、俺は他の奴らより生魚を食す事に対して抵抗が少ない。
だからこそ、生まれて初めて食った時の『寿司』には衝撃を受けた。生魚なんて、どんな種類をどんな風にしても同じとか思っていたが、あれは別格である。普通に慣れる程嫌々食い続けたものだからこそ、味の違いが良く分かったものだ…
「よし、ほら食え」
「どうも、ありが…」
先程のマドカと同じく『あーん』で貰おうとしたのだが、ここである事に気付く。イチャイチャしていたせいで周りから色々な視線を集めている事にはとっくに気付いていたが、そんな事は今更なのでどうでも良い。ただ、差し出されたこのサーモンは何だか怪しい。
「……おい、何か鮭に不審な影が見えるぞ…?」
「ソイツハキノセイダ」
「ダウト」
薄く切ってある筈のサーモンに、まるで厚みがあるかのように影が差していた。おまけに、それを指摘されたマドカは露骨に不審な態度を見せた。なので…
「ゴートゥーワンサマー!!」
「あ…」
「へ…?」
マドカの箸にぶら下がっていたサーモンを自分の箸で一瞬で奪い取り、そのまま勢いよく放り投げた……ラヴァーズと戯れる、一夏の口に…
「あwせdrfttgyふじこlp;@:あああああああああああああああ!?」
「い、一夏!?」
「大丈夫か!?」
怪しげなサーモンをシュートされた一夏は奇声を上げ、のたうち廻って箒達にめっさ心配されていた。おぉ怖い怖い、いったい何を仕込んでいたことやら…
「チッ……セシリアのジャムが…」
「こんな場所にまでそんな科学兵器持ってくるなよ!!」
「そこまで言わなくても良いじゃありませんこと!?」
「いや、あながち否定出来ないわよセシリア…」
「頼むから、色を基準にして調理するのは本当にやめろ…」
鈴と箒にまで言われ、残った面々も同意するようにして頷く。それにしても、ジャムか…色々なものを混ぜてグチャグチャに煮込めばそれっぽく作れるからな、ある意味セシリア・クッキングの独壇場と言えるだろう。作ろうとしたジャムの色を再現する為に、あらゆるものをブチ込むセシリアの姿が容易に想像できる。
「酷いですわ皆さん、今回はちゃんと味も考えて調理しましたわよ!!」
「じゃあ、この見た目だけは『ブルーベリージャム』は何で作った?」
「本体も容器もジャムそっくりな『ご飯○すよ』に砂糖やブルーハワイのシロップを混ぜて…」
「「「「「「「馬鹿かッ!!」」」」」」」
「あ~~~れ~~~~~!?」
とばっちっりでアレが自分の口に入るかもしれないと思ったこの瞬間、その場に居合わせた者は一人残らず決意した。今週中に絶対、セシリアに『味見』という行動を身に付けさせると…
「わ、私は基本的に余計なカロリーは摂取しな…」
「ハイハイどいて、神社の巫女と良家の御嬢様が通りますよっと」
「せ、セヴァスさん?何を言って……ッて、箒さんに簪さん!?どうして二人とも私を羽交い絞めにしますの…!?」
「黙れ」
「少し、頭冷やそうか。それじゃ鈴、お願い」
「悪く思わいでよセシリア。これは所謂、身から出た錆よ…」
「ちょ、鈴さんまで!?そして何で私のジャムがたっぷりなスプーンを持ってモガッ…」
大和撫子二人に拘束されたセシリアに為す術は無く、無情にも自分が造り出した化学兵器が鈴の手によって口に突っ込まれた。そして、その結果…
「アッーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「副長、標的の様子はどうなっている…?」
「今のところ、臨海実習の予定通りに昼休止をしている模様です」
セヴァス達が賑やかに過ごす中、その様子をこっそりと見ている者達が居た。しかし学園の教員達に、その事に気付けるような者は一人も居なかった。何せこの者達は最先端の技術を結集した特務潜水艦に乗り込み、現地から大分離れた海中に潜みながらその様子を窺っているのだから…
まるで戦艦の様なサイズを誇る潜水艦『ポセイドン』。最新の機材と精鋭達で埋め尽くされたそのメインブリッジで、艦と乗組員を束ねる男は葉巻を燻らせながら部下の報告を聴いていた。暫く黙り込んで他の報告にも耳を傾け、そして己の部下に尋ねた…
「……準備の方は…?」
「ハッ!!既に一人残らず配置に付いております!!後は全員、命令を待つのみです!!」
「ふむ…」
指令と呼ばれた男は考える。自分達は国の命により、国際条約違反スレスレの代物を引っ張り出してまでここまでやって来た。しかも、与えられた任務の内容はまさかの人攫いと来た。うちの国も、そろそろ末期なのかもしれない…
しかし、だからと言って任務を放棄するわけにもいかない。例えテロリスト紛いの行いをさせられようとも、国を信じて国に尽くすのが己の矜持だ。そう自分に言い聞かせるように心の中で呟いた司令は、口から葉巻を外して火を消し、同時に部下に命じる…
「分かった。ならば、これより作戦を開始する」
「な!?まだ予定の時刻まで少なからず時間が残って…」
「構わん。せっかく標的が気を緩めているのだ、それを狙わない理由がどこにある…?」
「……いえ、失礼しました…」
臨界実習の内容や情報は手に入れてあるし、それを元に今回の作戦を立案した。だが、それに対して徹底的に従う必要性は無い。状況がコロコロ変わる戦場で、マニュアル片手に指揮をとるのは馬鹿と無能だけである。
「では、副長…」
「ハッ!!総員、戦闘配備!!これより作戦を開始する!!」
「了解!!」
「観測手、モニターから目を離すなよ!!」
『上陸部隊Aチーム、通信感度良好!!いつでも行けます!!』
『こちらコールサイン・トムキャット1、発進準備完了』
『トムキャット2、同じく発進準備完了』
部下の言葉と同時に、あらゆる場所からブリッジ内に情報が流れ込んでくる。その膨大な数の情報を、司令と呼ばれた男はひとつ残らず頭に叩き込む。そして全ての部隊が準備を整えたと分かり、彼は無言で一度大きく頷いて、ゆっくりと口を開いた。
「作戦開始」
「「「「「「「ハッ!!」」」」」」」
海神の名を冠するその潜水艦は、その雄々しくも禍々しい巨体を浮上させ始めた…
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「隊長!!作戦が開始されました!!」
「分かっている。ジャック、そこからターゲットは確認できるか?」
「はい、バッチリです」
セヴァス達の居る浜辺から数キロ離れた場所に、そいつらは居た。全身に黒いスーツと装備を身に着け、特殊なヘルメットで顔を隠していた10人前後の男たちは、草むらに身を潜めながら息巻いている。一見するとただの変質者だが、その動作や仕草に一切の無駄が無く、まさしくプロのソレだ。
―――実際、本当に彼らは国家お抱えの特殊部隊なのだが…
「しかし、本当にやるんですか?IS学園の生徒を拉致するなんて…」
「当たり前だ。それに“拉致”ではない、ただ我々の祖国に“招待”するだけだ」
「本人の意思に関係なくですか?」
今回の彼らの目的…それは去年の騒乱時に目覚ましい活躍を見せた、IS学園現3年生主要メンバーの誘拐にあった。唯でさえ世界唯一の存在である『織斑一夏』が居ると言うだけでも重要な世代だが、他のメンバーも最早無視できないレベルに達していた。天災の妹、名門オルコット家の現当主、たった一年で代表候補生になった中国期待の新星、デュノア社の秘蔵っ子、黒兎隊の部隊長、更識家の次女……各自の実力もさることながら、本人達を取り囲む環境は政治的にも貴重だ…。
故に己達の祖国は去年の騒乱を皮切りに、彼女達とコネクションを繋ぐことを決意したのである。その方法は、随分と強引で最低な手段ではあるが…
「実質あって無い様なものとは言え、国際IS法を正面切って破るのは流石に不味い。だからと言って彼女たちの卒業を待っていたら、他国に先を越される可能性が大きい…」
「それで今回の作戦ですか?」
「あぁ、そうだ。IS学園が強気になれるのは学園内で起きた事だけだからな、国に連れて行ってしまえばこっちのものだ。招待した生徒達の国が五月蠅そうだが、後は政治屋がどうにでもしてくれる…」
「ですが、こんな事して他国が黙っているんでしょうか…」
「安心しろ。汚名は全て、今は無き亡国機業に被って貰う手筈になっている」
去年壊滅した亡国機業の残党がこの臨海実習を襲撃し、複数の生徒達がどこかへと連れ去られる。そこへ偶然居合わせた自分達がそれを救出し、そのまま彼女達を保護の名目で国に連れて行く……それが今回の作戦の筋書きだ…。
随分と大雑把で荒削りな計画だが、上層部は本気である。今回の作戦の指揮を任された『エドワード・ベケット』の手で襲撃のタイミングや場所の調整された事により、多少はマシになったがそれでも不安であることに変わりない。この作戦が成功しようが失敗しようが、そして幾ら建前を用意しようが祖国が他の国に良い目で見られなくなるのは確実だ。その片棒を担がなければならないと思うと、嫌でしょうがない…
若い隊員のそんな気持ちを知ってか知らずか、隊長と呼ばれた男は無線機を取り出し、行動を開始するべく他の舞台と連絡を取り合い始めた…
「そろそろだな……こちらAチーム、各部隊応答せよ…」
『こちらBチーム、準備完了。』
『Cチーム、同じく準備完了。』
『……。』
「……ん?どうした、Dチーム…?」
東西南北の四方に、ABCDと四つのチームを配置した今回の作戦。しかし、北側に配置した筈のDチームが通信に一切の反応を示さないのである…
「Dチーム、ふざけているのか?応答しろ」
『……。』
「……おい…?」
今回の作戦は特に失敗が許されないため、このような事態は本当に勘弁して欲しいところだ。些細な問題でさえ、どのように事態を悪化させるか分かったものでは無いのだから。そう思って何度も何度も応答を求めるが、依然として向こうから返事は返ってこない。Aチームの隊長はその事に苛立ちを覚え、段々と口調が荒くなっていった…
「おいDチーム、いい加減に…!!」
『うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!?』
「ッ!?」
『どうしたCチーム!?』
突如叫び声が聴こえてきたのは、Dチームで無く南に待機していた筈のCチームだった。まるで化け物にでも会ったかのような悲鳴が聴こえてきたことにより、唖然としたAチームに沈黙が流れる…
『な、何なんだコイツらは!?』
『クソッ!!反撃しろ!!』
『駄目だ!!動きが早すぎて狙いが…!!』
『しっかり狙え!!敵はたかが数人…グアッ!?』
『隊長!?』
Cチームの隊長の呻き声を皮切りに、銃声と複数の断末魔が聴こえてきた。しかし、絶え間なく続くかのように思われたそれも、すぐに全て途切れた。Cチームに繋がっている無線チャンネルからは、小さな電波ノイズと風の音しか聴こえなくなった。その想定外の事態に、Aチームの一同はさっきとはまた違う重苦しい沈黙に包まれる。
そして…
『「亡霊を騙ろうとした罪は重いぞ、身の程知らずが…」』
Cチームと繋がっていた筈の通信機と、自分達の背後からそんな言葉が聴こえてきたのは、殆ど同時だった。振り向けば後悔すると分かってはいたが、それでも彼らは後ろを振り向かずにはいられなかった…
―――故に彼らは見た、見てしまった……Cチームの通信機を手に持った亡国の猛虎が、自分達に対して牙を剥く瞬間を…