話の舞台はIF学園編のちょっと前、セイスがIS学園の事務員として雇われるよりも少し前の話になります。
『―――次のニュースです。先程、国連安保理が正式に『ファントム・タスク事変』…世間一般で言う『第三次世界大戦』が収束したことを宣言しました。この人類史上、最も規模の大きなテロ事件と言われた出来事は、去年にロシア東部で発生した武装集団によるクーデターが始まりで―――』
誰も想像だにしていなかった、ロシアでのクーデター。その出来事が報道された当初、人々は心底驚いたが、すぐに興味を失った。この御時勢、似たような話は幾つも転がっているし、ましてや事件の舞台はあのロシア。領土や人権に問題が山積みでありながら、世界の三指に入る圧倒的な軍事力で、その悉くをねじ伏せてきた紛う事なき大国だ。今回も例に漏れず、これまでの紛争の様に西側諸国の介入を受けながらも、強引に事態を収束させることだろうと、誰もが思った。
だが多くの人間の予想を裏切り、ロシア政権はたったの3日で崩壊した。
一日でロシアに存在する全ての核ミサイル発射施設が制圧され、二日目には残っていた全ての軍事基地が制圧された。そして、三日目に首都モスクワが半日で陥落し、僅かに残った抵抗勢力も一掃、もしくは国外への脱出を余儀なくされたのだった。
無論、西側諸国はそのクーデターへの介入を考えたが、それを決断する為の判断材料が余りに少な過ぎた。元々ロシアは冷戦時代から長く敵対し続けてきた関係であり、その実質の敵国で今回のクーデターが発生したのである。普通に考えれば、クーデター軍を支援する方が国益に繋がる可能性が高いだろう。しかし、その肝心のクーデター軍の正体が何者なのか、西側諸国はおろかロシア政府ですら把握出来ていなかったのだ。これまでのテログループのような声明も無ければ、明確な要求も無い。ただ分かっているのは、相手がロシアという大国に敵意を抱き、大々的に行動を起こしているということだけ。幸か不幸か市民や非戦闘員に犠牲者は出ておらず、『人道的支援』と言う介入する為の大義名分も殆ど使い物にならないという事実でさえ、分かったのは全てが終わった三日目にして漸くだった。
しかし、突如として現れ、世界中の人々が驚かせた、この謎のクーデター勢力。ロシアでのクーデターから僅か二日後、新たに中国で勃発した第二のクーデターで、彼らの正体と目的を、世界は否が応でも知る事になる。ロシアの時と同様に短期間で中国を制圧した彼らは、予想外な事態に混乱する世界に向け、不敵にもこう宣言したのだ。
―――我ラ、此処ニ新世界ノ樹立ト、旧世界ニ対シ宣戦ヲ布告ス。国無キ者ヨ、国ヲ欲スル者ヨ、我ラニ続ケ。我ラハ亡国ノ民、『ファントム・タスク』也
「そして制圧したロシアと中国に加え、世界中に点在していた武装組織やテログループを傘下に収めて、強奪したISまで戦力に組み込んだ亡国機業は、人類史上もっとも強大な軍事国家へと変貌し、世界中を恐怖のどん底に叩き落とした、と…」
「結局、俺達フォレスト派とおたくらIS学園のせいで全部パァになったけどな」
亡国機業の幹部会の悲願と、その集大成とも言える騒動の結末を思い出していたセイスは、そんな彼らのことを嘲笑うかのような笑みを浮かべる。その様子に楯無は微妙な表情を浮かべたが、何も言わない事にした。今、二人はIS学園のとある一室で、鉄格子を挟んで向き合っていた。ここはIS学園の最深部にある、不審者や侵入者を一時的に拘束しておく場所…早い話、留置所のような場所だ。そこでセイスは備え付けのベッドに腰掛け、檻の外から此方に話し掛けてくる楯無と喋っていた。
世界中に恐怖と混沌を撒き散らした亡国機業の野望は、IS学園を中心にして集まった者達と、組織から離反したフォレスト派の手によって見事に打ち砕かれた。無論セイスもフォレスト派の一員として参戦し、決戦の時も瀕死になりながら勝利に貢献したのだが、それでも亡国機業の一員であり、生物兵器として産み出された過去は誤魔化せなかった。決戦時に深手を負って完全に動けなくなったセイスは、マドカに介抱されているところを彼女共々拘束されてしまい、そして楯無と顔見知りだったせもあって即座に身バレしてしまい、そのままこの留置所に放り込まれたのである。決戦の日でもあったクリスマスに意識を失い、大晦日に目を覚まし、久しぶりに牢屋の中で新年を迎え、それから一週間経った現在も自身の処遇が決まる日を、この薄暗い牢屋の中でずっと待ち続けているのだった。
「ところで、マドカはどうなった? 俺と違って、保護扱いになったって聞いたけど…」
「安心なさい、この前に織斑家に引き取られることが正式に決定されたわ。本人は何も言わなかったけど、何だかんだ言って嬉しそうだったわよ?」
「……そうか…」
それを聞いてセイスは安堵の溜息を吐き、今になって漸く肩の荷が降りた気分になった。決戦前に因縁にそど、アナタと同じこと訊いてきたわよ。『セヴァ…セイスの処遇は、どうなった?』って…」
因みに、まだ最終的な決定はされていないが、悪いようにはしないと答えたら、セイスと丸っきり同じ表情でマドカは一言、『そうか』とだけ呟いていた…
「うるせぇ、放っておけ。ていうか今更だけど、お前マジで雑談しに来ただけなのか?」
「まぁ、それもあるけど……卒業前の思い出作りに、ちょっとセイス君に協力して貰いたいな~って…」
やや気まずそうに、そして少し首をかしげつつ媚を売るような視線を送りながら、多少の憎まれ口を利かれることを覚悟して、そんなことを言った楯無。それに対してセイスは、何故か口を半開きにポカンとした表情で固まり、呆然としていた。彼の反応が予想外だったせいか、楯無は楯無で戸惑いながらもその姿勢のまま固まってしまい、暫く妙な沈黙が続いた。そして…
「お前、卒業出来たの!?」
「どう言う意味よそれぇ!?」
「嘘だろ、あり得ねぇよマジでッ!!」
「何で本気で驚いてるのよ、あなた私のこと何だと思ってるわけ!?」
「裁縫と恋愛以外なら何でもござれ、成績は実技も座学もトップ、才色兼備に最も近いスーパー生徒会長の更識楯無さん」
「え、あ、どうもありがとう…」
「でも、書かされた反省文の枚数と受けた説教の回数もトップ、実はIS学園史上、最も教師陣を悩ませた問題児の更識楯無さん」
「それ誰のせいだと思ってるのよおおおおおおおぉぉぉぉぉぉッ!!?」
怒りの咆哮を上げながらセイスに掴み掛かろうとする楯無だったが、残念ながら鉄格子に阻まれてしまいそれは叶わず、その勢いでぶつけた額を両手で押さえながら悶絶していた。余談だが、セイスが最後に確認した時、楯無が書かされた反省文の枚数は、担任泣かせ(主に泣いてたのは副担任の方だったが…)と呼ばれていた一夏を含めた専用機持ち達のを全て合計した枚数に匹敵していた。尤も、セイスと関わった日には必ず書かされていた事実を考えるに、彼のせいであるという主張は間違ってなくも無い。
「……ふ、ふふ。せめて形だけでもお願いの姿勢を取ろうとか思ったけど、やっぱりセイス君にその必要は無いわね…」
「ん?」
地獄から響いてくるかのような低い声で、そんなことを呟く楯無。セイスは怪訝な表情を浮かべるだけであったが次の瞬間、その顔が驚愕の色に染まる。病み上がりとは言え、自身の腕力ではビクともしなかった鉄格子が突如グニャリと折れ曲がり、そのまま引き千切られたのだ。突然のことに唖然とするセイスだったが、いつの間にかISを展開し、その手に鉄格子だったものを握っている楯無が良い笑顔を浮かべて立っていることに気付き、思わず言葉を失う。そして…
「ねぇセイス君、この場で軟体生物に突然変異(物理)するのと、私の用事に付き合うの、どっちが良いかしらん?」
彼女が取り出したいつもの扇子に書かれていたのは、『二者択一』。全く笑ってない目で、笑顔でそんなことを言われたセイスに、選択肢など無かった…
◆◇◆◇◆◇◆
事件が収束してから二週間が経ち、世間も漸く落ち着きを見せてきた。それはIS学園も同じようで、非常事態宣言が解除されたことにより、戦力として招集されていた世界各国のIS搭乗者や軍事関係者の姿が無くなり、逆に本国や故郷に避難していた生徒達が少しずつ戻ってきており、学園はかつての平穏さを取り戻し、それを多くの生徒達が肌で感じ取っていた。
「静かだな…」
「そうだね…」
「本当に、終わったのですね…」
中でも実際に戦闘に参加していた専用機持ち達は、他の生徒達よりも一段と実感していた。学園生活2年目の半ばであのような体験をする羽目になるとは、入学当初は夢にも思わなかった。まぁ尤も、学園生活一年目で何度か死に掛けた者が数人居るが、それでもまさか生きている内に人類史上三度目の世界大戦が勃発し、よもや自分達がそれに参加することになるなんて、誰が想像出来たろうか…
そんなことを考えながら、男女7人の一団は学園の武道場で、壁際に一列に並んで座り込み、誰かを待っていた。
「それにしても、あの楯無さんが私達に会わせたい人って、どんな人なんだろうな…」
「さぁ?」
「一応、お姉ちゃんとは顔見知りらしいけど…」
事件の影響もあって、学園はまだ本来の機能を取り戻せておらず、現在は春休みを削りながら冬休みが延長され続けている。専用機の修理も終わり、長くて激しい戦いによって溜まった疲れもある程度癒えた一夏達は、正直言ってこの日常が退屈になってきた。その数を順調に増やしてはいるものの、まだ帰ってきてない生徒や教員達は決して少なくないので、学園が本来の日常を取り戻すことのはまだ先の話になりそうだ。かと言って自習や自主トレをするにしても限度があるし、教師陣も事件の後処理や学園の運営再開の為に奔走しており、此方に構っている暇は無い。何か手伝えることでもあれば良かったのだが、生憎と自分達に出来ることは無かった。
そんなある日、卒業を間近に控えた楯無が全員の部屋を訪れ、『今から面白い人を連れてくるんだけど、会ってみない?』と告げてきた。今日も例によってやることが無かった7人は、彼女の言葉に少なからず疑問を抱いたものの、結局は首を縦に振った。そもそも、この人の言葉に首を横に振ったところで全てが無意味だということは、流石にこの二年で全員理解している。
「あと、マドカの元同僚とか言ってた」
「ところで一夏さん、あれからマドカさんとはどんな感じですの?」
一年生の時に自分の前に現れ、何度か命を狙いに来た織斑マドカ。この二年の間で彼女の過去を知ると共に、因縁に一応の決着が付き、完全に…とまではいかないが、少しは和解することが出来た。亡国機業との決戦時には土壇場で増援として現れ、こちらの窮地を救いに来てくれたこともあり、決戦後は学園側に身柄を保護という形を取って貰うことになったのである。
その後の処遇は暫く関係者同士で話し合われたのだが、最終的に織斑家が引き取ることに決定となった。周りは一時とはいえ自身の命を狙った人間を引き取ろうとする千冬に懸念の色を示す者が何人か居阿たのだが、それらの声は他ならぬ千冬本人が全て一蹴した。その時の千冬は、どことなく何か吹っ切れた様子に一夏は見えたが、彼は敢えて何も言わなかった。きっと、言ったら照れ隠しで殴られるだろうし、そもそもマドカの過去と生い立ちを知った手前、彼女を家族として迎え入れることには元々賛成だったのである。そして先日、そのことを本人に伝えに行ったのだが…
「嬉しそうな表情を必死に隠そうとするとことか、凄ぇ千冬姉にソックリだと思った」
「つまり上手くやっていけそうな気がする、と」
「ふむ、教官とソックリか。今まで碌な会い方をしてこなかった分、再会するのが楽しみだ」
「そんな千冬さんとソックリな奴の元同僚って、絶対とんでもない奴だと思うんだけど…」
その鈴の一言に、全員が納得しかける。件のマドカ自身の実力の高さは全員身をもって味わっており、しかもISの操縦技術だけではなく、生身での戦闘能力も本職であるラウラに勝るとも劣らず、若い時のの千冬に匹敵するというのはあながち嘘では無いのかもしれない。そんな彼女に付き添い続けられる人間って、一体何者なのだろうか?
「うーん…そう言えば、マドカもその人のこと喋ってたかも」
「ほう、丁度良いな」
「で、何て言ってたの?」
「えっと、確か名前は『セイス』って…」
「みんなー、お待たせー♪」
一夏が何か言おうとしたその時、ことの言いだしっぺがやっと現れた。かなり待たされたことに対する文句の一つや二つくらい許されるだろうと思い、視線を声のした武道場の入り口に向けた瞬間、7人は思わず我が目を疑った。
まず、楯無がISを既に部分展開していた。そこからツッコムべきかもしれないが、誰もそれを指摘しようなんて奴は居なかった。私情で部分展開しまくるのが日常となりつつある専用機持ち故に、もう感覚が麻痺し始めているのかもしれないが、今回ばかりは違うようだ。7人を唖然とさせた最も大きな原因…それはIS越しの楯無の腕の中に、布団とロープで簀巻きにされた…
「おいフザケンなテメェ!! 離せ、離せ馬鹿野郎!!」
「ふっふっふっ…観念しなさいセイス君、あなたも遂に年貢の納め時ってことよ♪」
「一夏達に会わせてくれるってのは良いさ!! 良いけど、何でよりによってこの格好なんだよ!?」
---熊の着ぐるみが、喚き散らしていたのである…
「……ねぇ一夏、もしかして…」
「……多分、そうなんじゃないか…?」
先程とは全く別の不安に駆られた一同は色々な話を聞く為に、取り敢えず腰を上げるのだった。
○思い出の品を強制的に装着させられたセイス君
○背中には『猛獣注意』、『エサを与えないで下さい』の張り紙が
○そして、そんなセイスを背負った楯無は、わざわざ人の多い廊下を通って来たという・・・
○因みに『亡国機業事変』の後、フォレスト一派はオランジュ以外行方不明になってます
次回、今まで一番過酷な鬼ごっこ勃発