「うん?」
深夜、静寂に包まれたIS学園。校舎の見回りをしていた更識楯無は、食堂から人の気配を感じた。息を殺し、消灯時間をとっくに過ぎて真っ暗な食堂へと足を踏み入れた。中を窺うと食堂の奥、厨房の方から気配だけでなく物音が。そのまま忍び足で音も息も殺し、徐々に近付いて行く。
(誰か夜食でもあさりに来たのかしら、それとも…)
待機状態のミステリアス・レイディをいつでも展開できるようにしながら、そろりそろりと歩を進めていく。そして、後少しと言うところで、背後で膨れ上がる三つの気配。
「ッ、誰!?」
その場を飛び退くようにしながら距離を取り、同時に振り返る。すると、先程まで彼女が立って居た場所には…
「熊本が生んだ珍獣、ベアブラック!!」
黒いボディに赤いほっぺ、とぼけた目をした熊の着ぐるみと…
「癒し癒されいやしんぼ、ベアブラウン!!」
少々頭が大きめで、背中にチャックのついたリラックス系の熊の着ぐるみと…
「夢の国からこんにちは、ベアイエロー!!」
蜂蜜の好きそうな、赤いチョッキを着た黄色いボディの熊の着ぐるみが…
「「「グリズリー戦隊、ベアレンジャー!!」」」
彼女の妹が好きそうな、それっぽいポーズを決めていた。その世にも奇妙な光景を前にして、楯無の思考は思わず停止、一人の少女と三匹の熊の間に、痛い沈黙が流れる。が、暫くして、ふと三匹の熊は楯無に背を向け、何やらゴソゴソとあさり始めた。そして再び彼女と向き合った時、彼らの手にはそれぞれ大中小、三種類の大きさに分かれた皿。その皿には全て、並々とスープが注ぎ込まれていた。
「おい、スープ食わねぇか」
直後、楯無の視界が真っ白に染まる。そう言えば、今日のメニューはクリームシチューだったっけ、と思った時には、投げつけられたスープ皿は彼女の顔面に直撃していた。
◇◆◇
「我ながら良く逃げ切れたと思うわ、アイツ校舎の中で普通にIS展開するし。て言うか、顔面にスープ皿ぶん投げただけであそこまで怒らんでも…」
「本当にな。あの鬼も裸足で逃げ出しそうな気迫、マジギレしたセヴァスに匹敵するぞ…」
「やはり学園最強の名は伊達では無いということか」
『助けてオランジュ、僕だけじゃツッコミ役が足りない』
深夜の鬼ごっこの翌日、例の隠し部屋にて、第三アリーナを様子を映し出すモニターを見つめるセイス達。無線機越しに昨夜の顛末を聞かされたシャルロットは、アリーナの観客席でどこか遠い目をしていた。
「んで、観客席から見て、セシリアの様子はどうだ?」
セシリアと一夏による決闘の舞台となる第三アリーナの観客席はは一年一組のクラスメイトだけでなく、話を聞きつけた他のクラスや学年の生徒達で溢れ返っている。アリーナのフィールドには既に、ブルー・ティアーズを纏ったセシリアが空中で待機しており、ギャラリーと同じように一夏の登場を待っていた。
そう、もうすぐ予定されていた時間なのだが、肝心の一夏がまだ現れないのだ。学園に仕掛けたカメラと盗聴器で集めた情報によれば、本人は準備が整っているものの専用機がまだ届かないらしい。その事をセシリアと目が合ったシャルロットがハンドサインで教えると、セシリアは溜め息を一つ零してフィールド上空に移動し、そこで武装も展開せず制止して、瞑想するかのように目を閉じで待機していた。
『うーん、いつも通りってとこじゃない?』
「あぁ、やっぱりか」
「織斑一夏が何分耐えれるか賭けでもしようかと思ったんだが、これではな…」
勝負前に彼女があの状態に入った時は大抵、この後の段取りを頭の中で整理している時だ。フォレストに憧れ、敬愛する彼女の頭脳は、ここ最近になって更に研ぎ澄まされてきた。その頭脳を用いて、時には戦闘では格上の技量を持つ相手すら仕留め、オランジュと二人掛かりで策略を練れば、最早二人を止められるのはフォレストぐらいとさえ言われている。
そんな彼女のことだ、今頃彼女の頭の中では、一組の生徒達がクラス代表を任せても良いと思える程度の見せ場を一夏に作りながら、如何にして自分の実力を観客に見せつけるように立ち回るか。そして、そうするにはどう動けば最も効率が良いか、その為に練ってきた脚本を頭の中で読み返し、シミュレートを延々と繰り返していることだろう。故にこの試合、彼女は時間ギリギリまで試合を引き延ばすと見た。
「ところでエム…」
「なんだ」
それはさておき、ハーゼは一つだけ気になっていることがあった。それは、彼女の横に座る二人。モニターの前で三人仲良く床に並んで試合観戦しようとしているのだが、ハーゼの隣に座っているのはセイス。そして、セイスに座るマドカ。セイスに、座る、マドカ。
胡坐をかいて床に座るセイスの足の上に腰を降ろし、のびのびと足を延ばすマドカ。そんなマドカを後ろから抱きしめる様に腕を回し、ついでとばかりに彼女の頭に自分の顎を乗せるセイス。そんな二人の姿が、先程からハーゼの視界にチラチラと映り込んできていた。
「その体勢は…」
「セ椅子」
「……そうか…」
もう何も言うまい、ハーゼがそう思って視線をモニターに戻すのと、アリーナに専用機を纏った織斑一夏のが現れたのは、殆ど同時だった。
◇◆◇
「お待ちしてましたよ、織斑さん」
「悪い、準備に手間取った」
空中で対峙する二人。改めて向き合い、一夏の顔を見たセシリアはふと思った。
「実質、私の我儘に付き合って頂いている訳ですが、その割にはやる気に満ち溢れてますわね?」
「そりゃあ確かに、最初は面倒なことになったと思ったさ」
彼からすれば、このIS学園に入学すること自体が想定外だった。それに加え、今の今までISと無縁な生活を送っていたと言うのに、いきなりクラス代表なんて重役に推薦され、おまけに代表候補生と決闘する羽目になっている(尤も、未だに代表候補生がどれだけ凄いのかピンときてないが…)。ぶっちゃけ、たまったものじゃない。
「けれど、やっぱり俺も男だ、やるからには全力で勝ちに行く」
とは言え決まってしまったからには、やるしかない。今日の為に幼馴染にも特訓に付き合って貰ったし、動機はどうあれ自分を推薦してくれたクラスメイト達の為にも、そして何より尊敬する姉の名を汚さない為にも、無様な試合は出来ない。
「そうですか」
一夏のその意気込みと言葉に、セシリアは静かにそう返す。彼女の事を知らない者が見れば、何て事は無い、普段の様子で普通に言葉を返したように見えたことだろう。しかし、彼女のことを良く知る者が、この場では観客席のシャルロット、そしれ隠し部屋のセイス達はすぐに気付いた。
―――あ、ちょっとイラついてる、と…
「それでは僭越ながらこのセシリア・オルコット、貴方の言う全力がどの程度のものなのか…」
ゆっくりと、言葉と共にセシリアが片腕を掲げると、それに合わせるようしてそれは現れた。光の粒子が集まり、一瞬の閃光と共に現れたのは、彼女の専用機の名にもなった特殊兵装、ビット兵器『ブルー・ティアーズ』。
「確かめさせて頂きましょう」
彼女が腕を振り下ろすと同時に、全部で六機ある内の一機が風を切りながら、一夏目掛け襲い掛かった。
◇◆◇
『やれえええええぇぇぇぇぇぶっ殺せえええええええええぇぇぇぇぇぇッ!!』
『エム、うるさい』
「まぁ相手が織斑一夏だしね、仕方ないよ…」
無線機から聴こえてくるマドカの大声に、思わず苦笑いを浮かべるシャルロット。アリーナの観客席は大いに盛り上がっており、視線もセシリアと一夏に釘付けな為、無線でのやり取りに気付かれる事は無いだろうが、やはり少しは気にして欲しい。
『えぇいセシリアの奴、何を遊んでる。あんな雑魚、とっとと叩き潰してしまえば良いものをッ!!』
『マドカ、もう少し静かにしてくれ。この姿勢だと、耳が…』
マドカの過去と因縁を知っているが故に、彼女の気持ちは分かる。気持ちは分かるが、このままだと一夏より先に自分とセイスの耳が先に音を上げてしまいそうだ。
『とは言え、使ってるのはビット一機だけか。データ収集が目的とは言え、確かにセシリアにしては遊びが過ぎるな』
現在、一夏はセシリアのブルー・ティアーズ、そのビットに単騎で追い掛け回されていた。アリーナの中をとても初心者とは思えない動きで駆け抜け、時には飛翔し、不規則なタイミングで放たれるレーザーを紙一重で回避しながら、どうにか逃げ続けている。途中からは刀型のブレードを取り出し、何度かセシリアに斬りかかろうとする素振りを見せるのだが、視線を向けただけでその度にビットが襲い掛かり、何も出来ずにいた。対してセシリアは、その様子を高みの見物とばかりに上空で見下ろすだけに飽き足らず、残りのビットを周囲に待機させながら軽いストレッチ運動までし始めた。
セシリアのことだ、今回は観客に魅せることを優先して、試合をギリギリまで引き延ばすだろうとは思っていた。しかし、幾らなんでもこれは手抜きにも程がある。これでは一夏とセシリアの実力差が明確になり過ぎてしまい、一夏にクラス代表を押し付けるのは難しくなってしまうのではないだろうか。その事をあのセシリアが、オランジュに負けず劣らず頭の回る彼女が気付いてないと思えないのだが、いったい…
「多分、待ってるんじゃない?」
『待ってるって、何を?』
「相手が自分と対等の武器を持つ瞬間、かな。だってホラ、織斑一夏が身に着けてるIS、あれって多分、まだ第一次移行が済んで…」
「よう一年生、話し相手はボーイフレンドか?」
突如背後に現れた気配、そして投げかけられた言葉。思わずセイスとの通信を中断してしまうが、特にそれ以上の動揺を見せることもなく、シャルロットは座っていた観客席から一つ分、横にずれた。すると、空いた席に一人の女子が腰を降ろした。リボンの色からして三年生、髪の色は金髪で、シャルロットと同じように長い髪をヘアゴムで一本に纏めていた。スタイルに関しては、知っている者が見れば親戚譲りと称する事だろう。
「初めまして、ダリル・ケイシー先輩」
「初めまして、シャルロット・デュノア後輩」
隣り合った二人のテロリストは、顔を合せることなくそう言った。周囲は相変わらず試合に注目しており、三年生の中でもそれなりに名の通っているダリル・ケイシーが直々に、それも代表候補生とは言え入学したばかりの一年生に挨拶するなんて珍しい光景にまるで気付いていない。
「もう話は通ってるか?」
「はい、レインさん」
「そうか。じゃあ、そう言う訳だから、エム共々これからよろしく頼むぜ、フォレスト一派の皆様方」
「えぇ、よろしくお願いします」
カラカラと笑いながらそう言うダリル…もといレインに対し、シャルロットは微笑で答えた。
「それにしても、リベルテだったか…」
ふと、シャルロットの方に顔を向けるレイン。そのまま暫く、試合に様子に目を向け続けるシャルロットの横顔を値踏みするかのようにジーッと見つめた。そして、ふむと頷くと…
「結構可愛い顔してるじゃん。どうだ、今夜辺りオレの部屋に遊びに…」
「遠慮します」
バッサリと断られてしまったが、そりゃ自分みたいな性癖でも持ってない限り初対面でいきなりは無理だよなと、レインは特に気を悪くした素振りも見せず、クツクツと笑うだけだった。
「ハハッ、嫌われちまったか」
「それは違いますよ、別に嫌いになった訳じゃありません」
そう言って、試合が繰り広げられるアリーナから、レインへと顔を向けたシャルロット。その時の彼女が浮かべていたのは、大抵の男なら一瞬で虜にしかねない、天使のような微笑。しかし、それを見たレインは逆に笑みが引き攣ってしまった。何故なら…
「元々、大っ嫌いなだけです」
浮かべた表情とは裏腹に、彼女の目が全く笑っていなかったのである。
◇◆◇
「これは…」
一方こちら、試合真っ最中の一夏とセシリア。ビットの猛攻を何とか凌ぎ続けていた一夏の身体を、突然光が包み込んだ。そして光が消えると、彼が身に纏っていたISがその姿を大きく変えていたのである。
「いったい、何が…」
「第一次移行ですわ。つまり現時点を持って、そのISは貴方を使い手として認めた、という事です」
戸惑う一夏の疑問に答える様に、上から声が投げかけられる。声の方へと顔を向ければ、最初と丸っきり位置が変わっていないセシリアがこちらを見下ろすようにして宙に佇んでいた。
「圧倒的な知識不足の貴方に説明したところで微塵も理解できないと思いますので、取り敢えず今の状態がそのIS本来の実力を発揮できる姿、とでも覚えておいて下さい」
「お、おう、分かった」
講義でもしているかのような、場違いな口調に思わず返事をしたところで、一夏は気付いた。彼女のその手に、いつの間にかIS専用大型レーザーライフルが握られていることを。
「それでは、準備運動はもう充分ですわね」
その銃口が、真っ直ぐに自分へと向けられていたことを、やっと認識した。
「改めて試合開始といきましょうか」
銃口に光が灯ったと思った時は既に被弾し、自身の身体はISごと大きく吹き飛ばされていた。
「ぐあッ!?」
吹き飛ばされながらも、どうにか体勢を戻して再びセシリアへと視線を向ける。その瞬間、耳に届いたアラーム音。意識を向ければ、自分の事を忘れるなと言わんばかりに、先程まで一夏を追い回し続けていたビットが銃口をこちらに向けていた。咄嗟に機体を動かし、放たれる閃光をギリギリで避ける。だが、安心する暇もなく、再び自身を襲う衝撃。セシリアのレーザーライフルが、またもや自分を撃ち抜いたのだ。
(ビットは一個のままなのに、オルコットさん本人が加わっただけなのに、全然避けれない!?)
その後も、まるで嬲り者にするかのように、レーザーが四方八方から襲い掛かる。ビットのレーザーを避ければセシリアのライフルが、セシリアのライフルを避ければビットのレーザーが直撃。片方を避ければもう片方が、片方を避けれなければ両方に。一夏の専用機、白式のシールドエネルギーがみるみる内に減らされていく。一夏も必死で動き続けるが、先程のビットに彼女一人が加わっただけで難易度が段違いになり、最早為す術が無い。と言うかビットよりも、セシリアの射撃の方が格段に恐ろしかった。
「くそ、マジで手加減してただけだってのかよ!?」
「何を言ってますの、当然じゃありませんか」
右に動こうと思えば右へ、左に逃げようと思えば左へ、ビットのレーザーを避けようとすればその先へ、奇跡的に躱しても逃げた先にビットが待ち構えている。どこへどう動こうが全て読まれ、尽く先回りされ逃げ道を塞がれる。まるで、彼女の掌の上で踊らされ続けているような気さえしてくる。
「今の貴方に、私の全力は、あまりに勿体無い」
なのに、彼女はまだ、全力を出していないと言う。
「時間が無いと言う理由だけで、初期状態のISで試合の場に放り出された織斑さん。参考書を電話帳と間違えて捨てたのに、言われるまで放っておいた織斑さん。代表候補生と決闘することが決まってからの数日間、剣道の練習以外には特に何もしなかった織斑さん。基礎知識が全く足りてないにも関わらず、初日以降もまともに勉強しなかった織斑さん」
事実、彼女のビットは全部で六機。自分はまだ、その内の一機しか相手に出来ていない。
「その程度の努力が、貴方にとって勝つ為の全力だと言うのなら、その程度の全力で、この私に勝てると思っているのなら」
セシリアと自分の間に広がる実力差を改めて実感し、一瞬戦意が折れかけ、先程とは比較にならない音量で鳴り響くアラーム音に気付くのが遅れる。
「私に対する、いや、私達IS乗りに対する侮辱に他ならないと知りなさい」
眉間、首、心臓、人体の急所目掛けて正確無比に飛んできた三連射が直撃した。
「うわああああぁぁぁぁぁ!?」
衝撃で一夏の身体は大きくのけ反り、そのまま地面へと勢いよく叩き落とされた。まるで砲撃の様な音と衝撃を響かせ、アリーナに砂塵が舞う。観客席に居た生徒達、特にISの試合を見慣れていない一年生たちは思わず息を呑んだ。
「……つ、強ぇ…」
砂塵が晴れ、そこには大の字に倒れ、呻きながら苦悶の表情を浮かべている一夏の姿が。絶対防御で傷こそ無いが、それを突きぬけて襲い来る衝撃までは防ぎきれなかったようだ。それに何より、先程のセシリアの言葉が胸に突き刺さったようだ。
(確かに俺、どうせ何とかなるって楽観してたかも…)
思えば、セシリアの持つ代表候補生と言う肩書の重さを、周りの反応からもう少し真面目に考えれば良かった。そもそも、参考に取り寄せた資料や映像データでも彼女の実力の高さは、それとなく分かっていた筈だ。にも関わらず、この数日自分がやった事と言えば、箒と剣道の練習しかしていない。先程も言われた圧倒的知識不足という言葉に対しても何も言い返せず、ISを使うにあたり本来なら知っておくべきことを殆ど知らないままここに来てしまった。
(オルコットさんだけじゃない、学園の皆は成り行きで入学した俺と違って、自分の意思でここにいるんだ。この学園に来る為に、そしてISを学ぶ為に、ずっと努力してきたんだ。それなのに、俺は…)
この場に立つ為、あらゆる努力を積み重ねてきた人達、その筆頭とも言えるセシリアと、あの程度の努力とも呼べない努力で今日に備えた自分。そんな自分が彼女に対して、『勝ちに行く』とか良く言えたものだ。いつも姉や幼馴染たちにバカだの無神経だの言われてきたが成程、我ながらこれは酷い。もういっそ、これ以上恥の上塗りをする前に降参してしまった方が良い気がしてきた。
しかし、そこでふと、自分の手に握られている物が目に入る。セシリアに撃ち落とされ、地面に叩き付けられても尚手放さなかったブレード。白式が一次移行を済ませ、その姿を変えたように、ブレードもその形を変え、更には名前まで変わっていた。白式のバイザーに、その剣の名前が表示される。そこに記されていた名前を見て、一夏は思わず目を見開いた。
―――雪片弐型―――
(……そうだな、それでも俺は…)
痛む身体に鞭打って無理矢理立ち上がり、未だに此方を遥か上空から見下ろすセシリアを、逆に見上げる一夏。彼女は一夏の様子が変わったことに気付き、少しだけ警戒を強めた。暫し睨み合っていた二人だったが、ふと一夏が口を開く。
「オルコットさん、すまなかった」
「何がですの?」
唐突の謝罪に、思わずセシリアはその意味を問う。
「バカな言動と態度で、不愉快な気持ちにさせた。オルコットさんの言う通り、俺は本気を出す価値も無い素人の雑魚、その癖して人並みの努力もしなかった怠け者だ」
そう言って一夏は、自然な動きで雪片を両手で握り正面へと、自分が最も使い慣れた剣道の正眼の構えを取る。その切っ先は真っ直ぐに、空に佇むセシリアへと向けられていた。
「だけど、やっぱり負けたくない。今更だけど、俺にもこの学園でやりたいことがあるんだ。だから…」
二人の間には、大きく距離が開いている。しかも相手は近接専用武器で、対してこちらは射撃兵装で身を固めている。おまけに、自身の射撃能力は彼の回避能力を大きく上回っている。普通に考えて、彼が自分を間合いに捉えるのは不可能だろう。しかしセシリアの勘は、彼女自身に警告していた。
―――アレはこちらに届く、と―――
「バカなりに改めて、今の俺が出せる全力を、見せる!!」
雄叫びのような宣言と共に、一夏は白式と共に宙へと駆け出した。剣道の時と同じように力を籠めて大きく踏み出し、一気に加速する。そのスピードは瞬時加速に匹敵、いや、そのものだった。
「良い目つきですわ」
その姿にセシリアは思わず口角を吊り上げ、一種の期待と共にライフルの引き金を引いた。銃口から放たれた閃光はこれまでと同じように、一夏の顔面へと真っ直ぐに突き進み…
「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉッ!!」
一夏の振るった雪片に切り裂かれ、そのまま消滅した。
その光景を前にしたセシリアは、しかし殆ど動揺することはなかった。むしろ笑みを深くし、そのまま立て続けに二発三発と撃ち続け、更には一機目のビットもそこに参加させる。明らかに先程よりも鋭く、正確になったレーザーの雨、だが彼もまた怯まなかった。さっきまでとは比べ物にならない機動力でレーザーを回避し、避けきれないものはその手に握る雪片を振るって防いだ。
時間にして十秒にも満たない僅かな間に、幾つもの攻防が繰り広げられる。一年生とは思えないその二人のやり取りに、いったいこの場に居る何人が気付けただろうか。
「いっけえええええええええぇぇぇぇぇぇッ!!」
回避と防御を繰り返し、徐々にセシリアとの距離を詰めて行った一夏は勝負に出た。ライフルとビットのレーザーを同時に切り払うと同時に、無意識の内に身に着けた瞬時加速でセシリアに突っ込んでいく。
距離を詰められていたこともあり、一瞬で間合いが無くなる。ビットも、ライフルも間に合わない。雪片の刀身には光が灯っており、自分の記憶が正しければ、あの光は『零落白夜』。アレに切られてしまえば、こちらとて一溜りも無い。故にセシリアは、一夏の振り下ろしのタイミングに合わせ、その場でクルリと一回転。
「ふッ!!」
勢いそのままに、一夏の腕に回し蹴りを直撃させた。カウンターの要領で雪片を振り下ろそうとした腕を蹴り上げられ、一夏は衝撃でのけ反るように体勢を崩す。どうにか雪片を手放す事だけは防いだが、そのせいで二発目の回し蹴りが顔面に叩き込まれるのを黙って受け入れるしかなかった。
「うごッ!?」
再び地面へと叩き落とされる一夏。すぐに雪片を杖のようにして立ち上がるが、既に限界を迎えているのか身体が言う事を聞かず、それ以上動けない。言葉の通り後先考えず全力で、むしろ死力を尽くして白式を動かした反動が遂に来てしまったようだ。慣れていない無理な機動を繰り返した結果、洒落にならない痛みと疲労感に襲われ、本当は立っているのも辛いことだろう。
「今のは、良い動きでした」
「ぐ…畜生……」
そこまでしても尚、彼女に一太刀入れる事すら叶わなかった。これが、代表候補生になる為に努力をし続けた彼女と、ど素人である自分との実力差。それは空に佇む彼女と、地べたに這いつくばるようにして彼女を見上げる自分、二人の間に存在する物理的な距離よりも遠く感じる。一度そう思ってしまうと、もう笑うしかなかった。悔しいのは確かだが、いっそ清々しいくらいだ。
「先程はああ言いましたが織斑さん、貴方はセンスが良い。私の知る初心者達だったらISをまともに動かす事すら出来ず、最初のティアーズ一機だけで勝負は決していたことでしょう」
そんな一夏に、セシリアは静かに、淡々と告げる。しかし、そこには先程とは違う、怒りや苛立ちとは別の感情が籠められていた。
「自分の愚かさを素直に認め、それでも心折れず、一瞬とは言えこの私に肉迫すらしてみせた。正直に言って、良い意味で予想を裏切られましたわ。これなら、安心して任せられそうです」
セシリアの言葉に合わせるように、彼女の周りに待機していたビットが全て動き出す。そこへ、一夏を追い回し続けたビットも加わり、六機のビットは主を守る騎士の如く、左右に三機ずつ一列に並んだ。
「お礼と言ってはなんですが、こちらも見せるとしましょうか。この私、セシリア・オルコットの誇りと、実力の一端を!!」
(来る…!!)
瞬時加速を用いて急降下したセシリアは、猛スピードで一夏へと迫った。
あの動きも、気迫も、全ての面で微塵も勝てる気がしない、負ける未来しか見えない。今この場において最も近く、そしてセシリアと向き合っている一夏だからこそ悟っていた。しかし、それでも、勝つのをやめることだけはしなかった。何より、こんな自分に一部とはいえ全力を見せてくれるセシリアを失望させるような真似だけはしたくなかった。
雪片を腰の鞘に収める様に構え、雑念を振り払い極限まで集中。自分の感覚を信じ、彼女が間合いに入る瞬間を待つ。そして…
「ぜぇあッ!!」
居合い斬りの如く、雪片を振り抜いた。しかしセシリアは、直前でそれを軽々と、宙で前転しながら一夏を飛び越える様にして回避した。そのままライフルの銃口を一夏を向けたところで、初めて彼女の顔が驚愕に染まった。必殺の一撃を避けられた筈の一夏は、まだ諦めていなかった。いや、むしろ避けられることを分かっていたのか、空振った勢いをそのまま利用して一回転しながら、横薙ぎの一撃をセシリアに叩き込もうとしていた。
このタイミングでは、流石にセシリアとて避けれない。そして、零落白夜の威力は、このブルー・ティアーズに致命傷を与えかねない。そう、このままでは、負ける。代表候補生にして、フォレスト一派の主力を担う自分が、初心者の素人に負ける。そんな結果、断じて受け入れる事は出来ない。
だから念の為、雪片を飛び越える直前まで、死角になるよう自分の背後に”ビットを随伴させといて”良かったと心底思った。
「チェック・メイト」
セシリアに気を取られ、時間差で襲い掛かって来たビットに蜂の巣にされ、体勢を崩したところにトドメの一撃を彼女に叩き込まれ、遂に白式のエネルギーと、一夏の体力は尽きた。
―――試合終了、勝者、セシリア・オルコット―――
地に倒れ伏した一夏に背を向け、自身のピットへと戻ろうとしたセシリアはふと足を止めた。文字通り死力を尽くした一夏は、意識があるのか無いのか分からないくらいにピクリとも動かない。その内に、教師陣が彼を運びにくることだろう。けれどセシリアは、どうしても彼に言っておきたかった。
「時に織斑さん、これは受け売りなんですが…」
―――人の限界を決めるのは、『素質』と『環境』
―――されど、人の終着点を決めるのは『努力』なり
「貴方が自分の意志に関係なく、成り行きでこの場所に送り込まれたのは承知しております。しかし、貴方には『素質』がある、IS学園の生徒として『環境』も整っている。後は『努力』で、自分の限界に手を伸ばすのみ。そうすれば大抵の目的や望み、やりたいことは果たせるようになる筈です」
クルリと振り返り、一夏へと改めて目を向ける。やはりと言うか、彼は動く気配が無い。それでもセシリアは、自分の言葉が彼に届いていると確信していた。彼女はビットを全機呼び寄せ、自分の腰回りに均等な感覚で整列させる。遠目から見たその姿は機体の色も相まって、まるで青いドレスとスカートのようにも見えた。
「貴方が私達と同じ高みへと上り詰める日を、心からお待ちしておりますわ」
スカートの裾を摘まむような動作で腕とビットを動かし、一度頭を下げたセシリアは、最後まで優雅な動きで、その場を去って行った。
◇◆◇
「ハハッ、凄いなお前のお友達、想像以上だ」
「どうも」
試合終了の余韻に包まれ、未だざわめく観客席。新入生は滅多にお目に掛かれないIS戦を生で見たことにより沸き立ち、在学生たちは初心者とは思えない一夏の操縦技術と、底知れぬセシリアの実力に興味を抱いた。そして彼女もまたスコール派の1人として、セシリアの腕に対して舌を巻いていた。
「ぶっちゃけ、男所帯のフォレスト一派のIS乗りがどの程度のものなのか気にはなってたんだけどよ、やっぱり流石としか言いようがないな、伊達にスコールおばさんの頭痛の種やってねぇってことか。本当、頼もしい限りだぜ。やっぱり、お前もあのぐらい強かったりするのか?」
「さぁ、どうでしょう? っと、時間なんで行きますね」
饒舌なレインに反して、シャルロットの態度は結局、終始素っ気ないままだった。無視こそしないが、何を言っても最低限の口数で、あからさまな社交辞令しか返ってこない。現に今も、挨拶もそこそこに席から立ち上がり、そのまま去ろうとしている。
「……なぁ、オレ、お前と会ったことあるっけ…?」
「ありませんよ、今日が初対面です」
「じゃあ、なんでオレ、見ず知らずの女に嫌われてる訳?」
流石のレインも、シャルロットのこの態度には何も思わずにはいられない。さっき本人が言ったように、彼女が自分のことを嫌ってるのは分かったが、せめて理由が知りたい。
「例えば、そう例えばですが」
その問いにシャルロットは足を止め、しかしレインには背を向けたままで口を開いた。
「好きな男の子が昔、初めて会った時、死に掛けて意識が朦朧としていた状態だったとします。そして、その男の子が僕の顔を見た時に、誰と間違えたのか僕以外の名前を呟いたとします」
そう言って振り向き、真っ直ぐとレインを見つめるシャルロット。彼女は相変わらず微笑みを浮かべているが、その瞳にはレインに対する、あからさまなまでに敵意が込められていて…
「その時に彼が呟いた名前と、同じ名前の女の人が目の前に居るとしたら、嫉妬深い僕は、さぁどうなるでしょう?」
「……女の前で別の女の名前出した、そのバカ野郎の名前は…?」
何かもう嫌な予感しかしなかった、聞かない方が良いとも思った。シャルロットの口から出るバカ野郎の名前に、もの凄く心当たりがあった。けれど、どうしても訊かずにはいられなかった。
「オランジュ」
出来れば違って欲しかった名前を置き土産に、シャルロットは踵を返し、各自のクラスへと移動する生徒達の波に混ざりながら立ち去って行った。
「……そうか、アイツか。て言うかフォレスト一派と協力するってことは、アイツとも顔を合わせるかもしれないってことか…」
残されたレインは席に座ったまま、心ここに在らずと言った様子で空を見上げていた。やがて両手で顔を覆い隠し、同時に彼女の耳が赤く染まり始めた。そして、いつもの彼女からは微塵も想像出来ない、滅茶苦茶か細い声で一言。
「どうしよう、どんな顔して会えば良いのか分かんねぇよ…」
自分のことを探す愛しの後輩の声が聴こえるまで、レインのこの状態は暫く続いた。
○たっちゃんとのファーストコンタクトも戦力多めで
○クマ○ンとリラ○クマとプ○さんの着ぐるみは、のほほんさんに渡された
○因みに、ちーちゃんの汚部屋と日記は確認済み
○マドカは凄いしょっぱい顔をした
○相手を過大評価もしなければ、過小評価もしないセシリアさん
○森一派の特訓とサポートで近接戦の心得あり、おまけに既に自分とビットを同時に動かせるようになってます
○おや、落とされた一夏の様子が…
『どうせなら事故に見せかけて潰してしまえば良いものを…』
「組織としても、まだその段階では無いでしょう。そもそも、私が殺ってしまってもよろしかったので?」
『……いや、奴を殺すのは私だ…』
『にしても、お前にしちゃあ珍しいな。相手にそこまで優しい言葉を掛けるとは…』
「セイスさん、私を何だと思ってらっしゃるの。まぁ彼は彼なりに見どころがありますし、折角私の代役を務めて頂くのですから、どうせならやる気を出して貰わないと」
『つまり、リップサービスと言う訳か』
「そんなところですわ。嗚呼、これなら、きっとおじ様も褒めて下さいますわ…!!」
(……どうする、一応教えとく…?)
(面白そうだから言わないでおこう)
(賛成だ。兄様も、こう言うのは触れない方が良いと言ってた)
(((負けて倒れてた一夏が、背中向けて去っていくセシリアに熱っぽい視線を向けてたなんて、な…)))