「ねえねえ織斑君、聞いた?」
「2組に転校生が来たんだって」
セシリアと一夏の決闘から数日後、一年一組のクラスには色々と変化が訪れた。
「へぇ、そうなんだ。オルコットさんは知ってた?」
「小耳に挟む程度には」
まず一組のクラス代表は、一夏に任されることが正式に決まった。先日の模擬戦により、セシリアと一夏の実力差が明らかになった訳だが、それにも関わらず当のセシリアがクラス代表を辞退してしまったのだ。当然ながらその時、一組は少し荒れた。特に最初からセシリアを支持していた生徒達は勿論のこと、敗北した一夏本人も彼女が代表になることを望んだ。しかし…
『最初に言った筈です、実家の都合により、私は織斑さんに代表の座を譲りたいと。そして彼は先日の模擬戦で実力を示し、それに値するだけの将来性があると私は判断しました。もし織斑さんより自分の方が適任だと思ってらっしゃる方が居るのなら、どうぞ遠慮なく名乗り上げて下さい。彼同様、この私が一人残らず見定めて差し上げますわ』
セシリアのこの言葉により、騒ぎは一瞬にして静まった。セシリア本人がやりたくないと言っている以上、彼女を支持していた生徒達は無理強いできず、黙るしかなかった。一夏の実力に関しても、手加減された上に負けたことは事実だが、じゃあ自分はセシリア相手にあそこまでやれるのかと問われ、是と答えられる者も居らず、むしろ初心者とは思えない彼の実力を認めざるを得なかった。何より、あのセシリアが任せるに値すると判断したのなら、きっと大丈夫だろうと大半の生徒はそう結論付け、最終的に一夏のクラス代表就任に異を唱える者は居なくなった。セシリアに代表の座を譲られた、一夏を除いて。
彼だけはセシリアの方が相応しいと最後まで訴え、クラス代表の就任を頑なに拒み続けた。その態度に業を煮やしたのか、そのホームルーム中、いつだかのようにセシリアは挙手して千冬に許可を貰い、何を思ったのか席を立ってツカツカと一夏へと近付いて行った。そして動揺する一夏の耳元に顔を近付け、『これは貴方の為でもあるんですのよ?』と囁いた。
『貴方を解剖したいと思っている人間は、貴方が思っているよりもずっと多いのです。実験動物にするには惜しい、そう思わせるだけの実績を積み上げておかなければ三年後、ご家族の後ろ盾だけでは少々心許ないと思いますわよ?』
それだけ言って彼女が自分の席に座る頃には、一夏は顔色を変えて『誠心誠意、全力でやらせて頂きます!!』と力強く宣言していた。彼のその宣言を、一組の生徒達は拍手を持って受けいれた。
それから数日の間、流石に押し付けるだけ押しつけといて放置するのも無責任、て言うか可哀相なので、セシリアは時間さえあれば彼の特訓に付き合った。時たま、一夏とセシリアの二人とお近づきになりたい、または純粋に彼女達の特訓に興味を持ったクラスメイト達を加えながら、ここ数日で一夏は着実に成長していった。先日もISの実習にて、セシリア程では無いが彼も高度からの急降下及び着地を見事に決め、珍しく千冬に褒められて少し嬉しそうにしていた。因みに、セシリアが褒めたら凄い嬉しそうにしてた。
模擬戦で実力を示したことにより、クラスメイト達からは畏怖と尊敬の念を集めた。世界唯一の男性適合者からも信頼を得る事に成功し、特訓に付き合うと言う名目の元、組織に送る為のデータは取り放題。これだけの成果を残せば、愛しのおじ様に褒めて頂けるのは確実。決して表には出さないが、セシリアの内心はウハウハ状態だった。
「確か転校して来たのは中国の代表候補生、名前は凰鈴音」
「え…」
こんな感じで、彼女にとってこの数日はまさに順調そのもの。組織の仕事をこなす傍ら、クラスの誰よりも早く転校生の情報を入手しておく余裕さえあった。それと…
「第三世代機『甲龍』を専用機とする、ISに触れてから僅か一年で代表候補生にまで上り詰めた中国期待の新星、で、よろしかったですか?」
「あら、詳しいじゃないアンタ」
結構前から教室の入り口に格好つけて立ちながら、話に割り込むタイミングをずっと窺っていた、その二組の転校生に話を振って上げた。ようやく気付いて貰えたからか、心なしかセシリアは、転校生の目元に光る物が見えた気がした。
「鈴、お前、本当に鈴なのか…!?」
「久し振り一夏、元気にしてた?」
鈴の存在に気付いた一夏が彼女に駆け寄り、そのまま互いに懐かしそうする二人。その様子を、ある者は興味深そうに眺め、ある者は警戒心も露わに睨み付けた。因みにセシリアはどちらかと言うと前者である。
(織斑一夏と凰鈴音、二人の間に交流があったというのは本当のようですわね)
二人の関係は一夏の経歴を洗った時に把握していた。なので、彼女が一夏と親しそうにしていたところで、そこで険しい顔を向けるファースト幼馴染と違い、あぁやっぱりそうなのかぐらいにしか思わない。フォレスト一派の活動を邪魔しない限りは、という大前提はつくが。
(暫くは様子見といきましょう)
取り敢えず、自分の背後に世界最強の鬼教師が立っていることに気付いてない転校生の巻き添えを食う前に、セシリアは自分の席に着くことにした。
◇◆◇◆◇
「それにしても凰鈴音ね…同じIS乗りとしてどうよ、お二人さん?」
「ただの一般人から僅か一年で代表候補生か、才能は本物のようだな」
朝の出来事から数刻後、今は昼時。セイス達は端末のモニターに件の転校生のデータを映し出しながら、昼食の弁当を箸でつついていた。因みに転校生が中国の代表候補生だっかたからという訳では無いが、本日の彼らの昼食は、近場の中華飯店で買ってきた弁当だ。
「もしくは余程の人材不足ということだろう、あの国は。私とハーゼなら片手間で倒せるぞ、こんな奴」
彼女の経歴を鼻で嗤いながらそう言うマドカだったが、流石に比較対象が悪い。このデータが事実であるのなら凰鈴音もIS乗りとして充分な才能を有しており、この中途半端な時期に転校するなんて話が通ったのも頷けるだろう。て言うか、そもそも一般の代表候補生である彼女と、国家代表に匹敵するマドカ達と比べること自体が間違っている。
『本人の性格が災いして環境と努力に関しては何とも言えませんが、素質に関してはそれなりにあると思いますわよ。この程度で終わるか、更に飛躍するかは今後次第でしょう』
「なんだ、やけに擁護するじゃないか」
『御冗談を。私は過大評価もしなければ過小評価もしない、それだけです』
あくまで冷静に答えるのはセシリア。今は彼女も学園の食堂でランチタイムと洒落込んでおり、日替わりランチのサンドイッチを完食し、持参した紅茶で食後のひと時を過ごしていた。
「シャルロットはどう思う?」
『え、僕?』
そして現在、そのセシリアと相席中のシャルロット。ここ最近は組織として活動、その下準備の為に裏で奔走していたことに加え、セシリアが一夏の特訓に付き合い始めたことを切っ掛けに、常にセシリアの周りに一組の生徒が居たので遠慮していたこともあって、最近は寮室以外で行動を共にする機会が減ってしまった。しかし転校生と一夏が旧知の仲であると言うことなので、積もる話もあるだろうから二人でごゆっくりどうぞと、セシリアは一夏達一組の集団から離れ、今日はシャルロット達と昼を共にすることが出来た。いつもは隣に正面、もしくは隣に座り、ひたすら話しかけてくるせいで碌に落ち着くことも出来ず、こうやってセイス達と昼食を食べながら会話するというのも本当に久々である。
『彼女、何かと損する星の元に生まれてそうな気がする』
「いや、そう言う事を聞いてるんじゃねーよ」
それはそれで間違ってない気もするけどな…と、そう呟いて再び自身の昼食の弁当に視線を落とし、箸を伸ばすセイス。
「うん?」
その動きが、止まった。
『どうかした?』
「いや、なんでも…」
思わず声を出してしまったが、それほど大した問題じゃ無い。いや、大した問題じゃないが、声を出さずにはいられない。モニターに映し出された鈴音のデータに目をやり、セシリアとシャルロットとの通信に気を取られている間に、本日のお昼ご飯、その食い掛けのおかずがいつの間にかひとつ残らず消滅している事なんて大した問題じゃない、どうせ犯人は決まっている。おいコラ、この食いしん坊娘。
「お口に付いてるのは何だ?」
「チリソース」
「お前の弁当は何だっけ?」
「油淋鶏」
「逆に俺の弁当は何だっけ?」
「エビチリ」
ギルティ
「分かった分かった、そんな怒るな。代わりに私の弁当分けてやるから…って、あれ?」
ジト目を向けるセイスを余所に、『あーん』の口実をゲットしてニヤけていたマドカの表情が、一瞬にして固まる。視線を下に向ければ、白米を残して殆ど空っぽになった自分の弁当箱。何故と思いふと顔を上げてみると、そこにはハムスターよろしく頬っぺを膨らませたハーゼが。マドカと目が合った彼女はそのまま口をモグモグと動かした後、ゴクンと喉を鳴らしながら口の中にあったモノを全て飲み込んで一言。
「美味かった、許せ」
「お前(ユー)をリンチしてやる」
マドカがハーゼにフライングクロスチョップを直撃させたのを皮切りに、またもや取っ組み合いを始める二人。いっそ、もう一回昼飯買ってこようかなと思いながら、二人を止めようとセイスが腰を上げたその時だった。
『ちょっとアンタ、どういう事よ!?』
セシリア達の無線機越しに、件の中国代表候補生の声が聴こえてきた。
○『美味い物は、食える時に食っておけ』と言うお兄様の言葉に従ったに過ぎない
○因みに、ハーゼ(ラウラ)の昼食はチンジャオロース、シャルロットはたんぽぽオムライス
○深い意味は無い
○一夏、自分なりにアピール中
○けれどあんまり効果無し
○おまけに恋愛感情の自覚がるのかと言うと…
そう言えば皆さん、このシリーズでラウラの呼称は『ハーゼ』で、セシリア達と違って彼女もそれが今の本名と認識しているんですが、地の文でも今回のみたいに『ハーゼ』に固定して平気ですかね、それとも地の文の時は『ラウラ』の方が良いですかね?