「ふぅ…こんなもんかな?」
軽い運動の合間に一息…そんな雰囲気でシャルロットはそう呟いたが、対して相手の方は見るも無残な事になっていた。
鉄球を叩き込まれた後、機銃付き鎖鎌で牽制しながら間合いを詰められ、冷凍装置付きのレイピアで関節を凍らされ、爆裂機能付きのガントレットでタコ殴りにされ、トドメに大鎌の一撃で相手を吹き飛ばされた結果、無人機はすっかりボロボロのスクラップと化していた。装甲はところどころ凹まされ、猛威を振るっていた筈のビーム砲は腕ごと捥げかけており、頭部は既に原型を留めておらず、最早元の姿を思い出す事さえ困難な状態だ。
「なぁ、鈴」
「なによ…」
「代表候補生って、あんなのばっかなのか?」
「……んな訳ないでしょ…」
そんな彼女の闘う姿を間近で見ていた一夏と鈴、特に代表候補生である鈴の方は、シャルロットの異常さが嫌でも理解出来た。彼女の実力は、明らかに代表候補生の枠を超えている。
突然の襲撃にも大して動じず、自ら戦場に降り立ち、下手をすれば命を奪われかねない敵にも臆することなく突っ込んでいき、挙句の果てにはほぼ単独で撃破してみせた。確かに代表候補生、特に専用機持ちは力を持つ者の義務として、命懸けの現場に駆り出される場合がある。その義務と覚悟は、専用機を持つ者なら誰もが教えられることだ。だからこそ鈴も、こんな状況でも即座に腹を括ることができた。
しかし彼女は…シャルロット・デュノアはそんなものじゃない。訓練や模擬戦とは違う、命懸けの本物の戦場で、彼女は終始普段通りだった。当たれば死ぬかもしれない弾幕の中、あの時、食堂で初めて会った時の様な人当たりの良い、にこやかな態度そのままだった。完全なる非日常の中で、彼女はいつもの日常を送っていた。
―――まるで、鈴達にとっての非日常が、彼女にとっての日常であるかのように―――
「ねぇ、どうしたの?」
「ッ、何でも無いわ…」
そのシャルロットに声を掛けられ、鈴は我に返る。そして、彼女がこちらに向けてくる人畜無害そうな顔を見て、頭を横に振って先程考えていたことを否定した。ここはIS学園、そして彼女の実家はあのデュノア社。身元の保証は既に済んでいる筈、軍属でも無いのに殺し合いに慣れているような異常者が、このIS学園に来れる訳が無い。
(それに、そんな悪い奴には思えないし…)
何はともあれ、謎の襲撃者は沈黙した。取り敢えず、クラス代表戦…て言うか、一夏との件どうしよう。そんなことを考えながら、鈴は一歩踏み出して…
◇◆◇
『無人機壊したせいか知らんけど、アリーナのコントロールシステムが復旧したぞ』
『よし、やれ』
『おうよ。アリーナの管理システムに干渉開始……シールドの出力低下を確認…!!』
『待たせて悪かった。さぁ来い、ハーゼ!!』
「了解」
呼び出しに従い、空を蹴る。眼下に望む新たな狩場へと、ただ真っ直ぐに、急降下…
「あぁ、そう言えばオランジュ」
『何だ?』
「私の学園転入の件は、忘れて構わん。やはり私は…」
出力が低下したシールドを装甲だけで突き破り、黒の弾丸と化した彼女は派手な衝撃と、爆音と共に降り立った。
「この方が性に合うらしい」
殺戮の黒兔は、新たな獲物を前に、ただ嗤う。
◇◆◇
「な、今度は何だ!?」
無人機を倒し、安心したのも束の間。またもやアリーナのシールドが破られ、一夏達の間に緊張が走る。
衝撃で舞い上がった砂塵が晴れると、彼らの視線の先には新たな襲撃者と、その新たな襲撃者に踏み潰された無人機の姿。今度の相手は正真正銘、ISを纏った人間。黒い装甲に、肩に巨大なカノン砲のようなものを装備したISを身に着けた、長い銀髪と黒い眼帯が特徴的な少女は、アリーナへの突入時に踏み潰した無人機の腕を捥ぎ取り、物珍しそうに観察していた。
「ちょっと、あんた何者!?」
「通りすがりの軍人崩れだ」
緊張を誤魔化すように叫んだ鈴の言葉を受け流し、襲撃者の少女…ハーゼはスクラップと化した無人機の観察を続けた。
「新しいな。無人機としての性能然り、高出力兼小型ビーム砲然り、どの国にも無い新しい技術だ。だが、何より極めつけは…」
言うや否や、彼女は無人機の胸部に自身の腕を突き刺した。そして、そのまま抉るように腕を捻り、何かを引き千切るようにして腕を引き抜いた。そうして鉄屑から引き抜かれた彼女の手の中には、淡い光を放つ何かが握られていて…
「まさか、アレは…」
「ISのコア!?」
動揺する一夏と鈴達を余所に、ハーゼはシュヴァルツ・レーゲンのワイヤーを展開すると、散らばった無人機の残骸を片っ端から突き刺し、あるいは絡め捕り、一つ残らず回収する。勿論、抜き取ったコアも手に持ったまま。
「良い拾い物をした、ありがたく貰っていくぞ」
「ッ、いきなり現れといて、なに勝手なこと言ってんのよ!!」
「おい、待て鈴!!」
言うと同時に鈴は甲龍を加速させ、ハーゼに対して真っ直ぐに突っ込んで行った。一夏の静止にも一切耳を貸さず、横槍を入れられてばかりでいい加減に溜まっていた鬱憤を晴らすべく、彼女は青竜刀を大きく振りかぶり、ハーゼに向かって振り下ろす。
「てぇやあああああああああぁぁぁぁ!!」
気合の雄叫びと共に振り下ろされた青竜刀が、アリーナの地面を抉った。アリーナの、地面”だけ”を、抉った。
「え…」
間抜けた声が出ると同時に、彼女の甲龍が悲鳴を上げた。両肩の衝撃砲、両腕の装甲、そして手に持っていた青竜刀…その全てが粉々に斬り砕かれ、一瞬にして彼女の甲龍は、持っていた武装を全て失った。
「確か甲龍だったか……大したこと無いな、貴様のは要らん…」
背後から声が聴こえ、咄嗟に振り返る鈴。視線の先には、片手にISのコアを握ったまま、空いた方の腕にプラズマ手刀を展開したハーゼ。その姿を確認した直後、彼女の脇腹に鈍く、重い衝撃。
「げふッ!?」
相手の身体を引っ掛けるような回し蹴りを叩き込み、そのまま半回転。遠心力を利用しながら足で放り投げ、先程まで彼女が立って居た場所、一夏の隣に戻してやる。
地面を何度かバウンドし、勢いよくゴロゴロと転がりながら一夏の隣に戻った鈴は、それだけで息も絶え絶えになり、脇腹を抑えながら地面に蹲って悶えていた。
「鈴っ!! てめええええええぇぇぇぇぇ!!」
そんな彼女の姿を目の当たりにした一夏は、一瞬で頭に血が上ったのか怒りの咆哮と共に雪片を構え、瞬時加速を使ってまでハーゼに向かっていく。そんな一夏を前にして、ハーゼはプラズマ手刀を解除し、顎に手を当て何やら考え込むような仕草を見せる。
そして、そのポーズのまま、怒り任せに振り下ろされた雪片を、身体を捻るだけで躱してみせた。更に、攻撃を空振り動きの止まった一夏に手を伸ばし…
「まだだ!!」
「む?」
鈴と同じようにしてやろうと思ったが、即座に振るわれた二撃目に阻まれる。どうやら、一撃目が躱されるのは想定済みだったようだ。怒りに身を任せているように見えて、しっかり冷静さは持ち続けているようである。これも、セシリアによる指導の賜物と言う奴だろうか。
「おおおおおおおおぉぉぉぉぉッ!!」
「ふむ」
その後も立て続けに雪片を振るい、ハーゼに斬りかかる一夏。二撃目が躱されても三撃目、三撃目が躱されても四撃目と、その尽くをハーゼに躱され続けているが、動きを止めることなく、ひたすら攻め続ける。一見すると我武者羅になっているようにも見えるが、決してヤケクソになった訳では無い。
一瞬でも防御に回り、相手に攻めさせたら確実に負ける。
それを、先程の鈴、そして今の攻防で理解したからこその選択だった。その証拠に、もう何度目になるか分からない雪片の一閃からは鋭さが未だ衰えず、ハーゼが少しでも攻めに転じる雰囲気を出せば零落白夜を起動させて牽制してくる。素人なりに努力し、考えてはいる。
「付け焼き刃にしてはやるじゃないか。だが…」
とは言え、所詮はつい最近まで一般人やってた男子高校生。織斑の名を持つだけあって秘められたスペックはアレだが、今はまだ素人の粋を出ない。それを証明するかのように、ハーゼがわざと隙を見せた瞬間、あっさりと引っ掛かり、零落白夜を発動させた一閃を、白式の手首を掴まれて止められる。
「なッ…!?」
「まだまだ甘いな」
そのまま目にも留まらぬ速さで関節を極め、足を払って一夏を顔面から地面に叩き付け、そのまま動けないように足で踏みつける。結構な衝撃が全身を駆け巡ったようで、ハーゼの足元で一夏は呻き声を上げた。
『一夏ぁ!!』
と、その時だった。突如、アリーナの放送マイクを通して篠ノ之箒の声が響き渡った。
『男なら…男ならその程度の相手ッ…!!』
「その程度とは心外だ」
ぶっちゃけ激励の内容に興味は無いが、地味に腹が立ったハーゼは一夏の足を掴み、レーゲンの全開出力で箒の居る場所目掛けてぶん投げた。
一瞬の出来事に、箒目掛けて放り投げられた一夏も、白式を纏った一夏を放り投げられた箒も、思考と動きが止まる。動かねば、ただでは済まない。それが分かっているのに、動けない。ISを動かすことも、解除する事も、その場から逃げ出すのも、全てが間に合わない。互いに互いがどんな表情を浮かべているのか、それがハッキリと認識できるぐらいに、ISを纏った人間砲弾は生身の少女へと接近し、そして…
「危ないですわね」
箒を押しのけるようにして立ちはだかった、蒼いISの放った強烈な裏拳で横にぶっ飛ばされた。
そのまま頭から壁に突っ込み、一夏は白式を纏ったまま声も出せずに気絶。一夏が倒され、一夏が踏み潰され、一夏が投げ飛ばされ、一夏が飛んできて、一夏がぶッ飛ばされ、一夏が壁に突っ込むところを一気に目の当たりにする羽目になった箒は遂に頭がパンクしたのか、ポカンとした表情のままその場にへたり込んで呆然としていた。セシリアがアリーナに飛び出す間際に言った、『介抱は頼みます』という言葉も、聴こえていたかどうか怪しいものだ。
「と言うか、危ないのは貴様の方だと思うがな」
「淑女たる者、殿方を受け止めることより、受け止められることに憧れて当然ですわ」
「そう言う問題じゃないと思う……で、やるの…?」
シャルロットの問いに、ハーゼは笑みを深くする。言うまでも無く、これは茶番だ。このままでは学園の所有物と化す無人機の残骸とコアを、オランジュがシャルロットにお膳立てさせ、ハーゼに回収させたのである。デュノア社の利益は亡国機業の利益に、亡国機業の利益はデュノア社の利益になる。その事を、両者の繋がりを知られていない今だからこそ存分に利用する、ただそれだけの事だ。故にコアと残骸を回収した今、いつまでもここに残っている理由はハーゼに無い。だが…
「そうだな…」
管制室から飛び出してきたブルー・ティアーズと、こちらに複数の銃口を向けるラファール・リヴァイヴ・カスタム。機体も乗り手も、決して一筋縄ではいかない強者にして、心から信頼する仲間。そして同時に、同じフォレスト一派のIS乗りとして互いに競い合い、切磋琢磨する間柄でもある。暫くはこの任務のせいで気軽に模擬戦もできないので、今回のような形にでもならない限り、勝負することは出来ない。兵士として育てられたせいか、少しバトルジャンキーな部分もあるハーゼとしては、それが少し残念で仕方ないと思っている。
だからこそ、シャルロットの言葉には喜んで『是』と答えたいところだが、生憎と今回は都合が悪い。セイスから送られてくる情報の中に、ようやく突入準備を終えたIS学園教師チームが迫っていることを告げるものが含まれていた。
「遊んでいくには時間が足りないな。目当てのものは手に入ったし、今日は帰らせて貰おう…」
『待て、ラウラ・ボーデヴィッヒ』
その場を飛び去ろうとした刹那、アリーナに再び響く声。振り返ってみると、先程一夏を放り投げた管制室に織斑千冬が立って居た。
「ブリュンヒルデに名を知られているとは、実に光栄だ。初めまして、織斑千冬殿。私の事は、ハルフォーフにでも聞かされましたかな?」
『目的は何だ、自分を捨てた祖国(ドイツ)に復讐でもしにきたか?』
あの場所から兄に連れ出して貰うのと、入れ違う様にドイツ軍にやって来た世界最強。軍内部ではとっくにタブーな存在となっていたであろう自分のことを知っていたのは驚きだが、ドイツに借りを返すと言う名目で黒兔隊の教官を務めた彼女のことだ、自分のことも何らかの形でその時に知ったのだろう。
無愛想で可愛げの無い当時の自分のことを思い出すと、そんな奴のことを忘れず、あまつさえ誰かに教えるなんて物好きな奴も居たもんだと心底思う。あるいは、それ程までに自分のことを嫌っていたのか。どちらにせよ、自嘲気味な笑みが自然と浮かんでくる。
「質問に対する返答も兼ね、3つ程言わせて貰おう」
しかし折角だ、返事はしておこう。そう思った彼女は、千冬に向けて指を一本立てる。
「一つ、国が私を捨てたんじゃない、私が国を捨てたんだ」
立て続けに二本目、同時に残骸を纏めたワイヤーたちを自分の元に手繰り寄せる。
「二つ、ここに来たのはある意味偶然、このブリキ人形と私達は無関係だ」
三本目の指を立てると同時に、肩のレールカノンを千冬に向ける。これには流石のセシリア達にも緊張が走り、二人は全ての武装の銃口をハーゼに向ける。そして…
「三つ、その名前はあまり好きじゃない」
言うや否や、砲口を千冬の居る管制室からアリーナの進入ゲートへと向け放つ。その直後、放たれた砲弾はゲートを開き、突入してきたIS学園教師部隊の出鼻を盛大に挫いた。そして兄譲りの猛獣のような獰猛な笑みを浮かべ、言い放つ。
「今の私は、亡国機業フォレスト一派のエース、ハーゼだ」
早々に先頭の一名が吹っ飛ばされたことにより、突入部隊が動揺している内にハーゼは飛び立つ。勢いよく飛び上がり、来た時と同じように装甲だけでシールドをぶち破り、あっという間に空へと登って行く。
その姿はさながら、月を目指して跳ぶ兎の如く。
その場に居た誰もが、その力強い彼女の飛翔に目を奪われ、動くことが出来ず。学園の教師達が我に返った頃には既に、ハーゼはステルス装置を起動させ、追跡は不可能となっていた。
この日、IS学園は、たった一匹の黒兔に敗北したのである。
「鼻歌交じりにバレルロールとは、随分と御機嫌だなハーゼ」
「エムか。護衛役、感謝する。それと、どうだ、アジトまで空中レースでもしないか?」
「そんなことより、オランジュがカンカンだったぞ」
「え、何故」
「お前、まだ各国の諜報機関ですら把握してなかったのに自分が亡国機業の、それもフォレスト一派であることを堂々と名乗ったそうじゃないか」
「あ…」
「オランジュ曰く、『報告したら兄貴がカムチャッカファイヤー状態』だとさ」
「あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
◇◆◇
数日後、ドイツにて…
「という訳で、貴官にはIS学園に転入して貰いたい。引き受けてくれるか?」
「勿論であります、ハルフォーフ少佐」
「よろしい。では頼んだぞ、『ヘルガ・イエーガン』中尉」
「了解であります!!」
軍人らしい、良く響く大きな声。その返事と同時に黒兔隊の指令室を出た彼女は静かに、ゆっくりとした動きで通路を歩く。赤色混じりの茶髪をセミロングに、栗色の瞳。一見すると、どこにでも居そうな普通の少女だった。
爛々と輝く金の瞳と、狂気さえ感じる笑みさえ無ければ…
「正直、まだ生きているとは思わなかったでありますなぁ…」
―――あの、出来損ないの死に損ない―――
「それに上層部の方にも困ったものであります。何が『シュヴァルツェア・レーゲンは盗まれていない』、何が『過去にも現在にも、ドイツ軍にラウラ・ボーデヴィッヒなる人物は存在しない』でありますか。この状況で誰がそんなことを信じるのやら、見苦しいったらないであります」
―――あぁ、本当にどいつもこいつも死ねば良いのに―――
「まぁ良いでしょう。元々、ISを盗まれたなんて失態を隠蔽する為に作られた私のシュヴァルツェア・レーゲンでありますが、あちらを壊せば本物も偽物も無いであります。徹底的に破壊して差し上げましょう、そして…」
―――アンタのことも、今度こそ徹底的にぶっ壊してやるよ―――
「ふふ、ふ、はははは…あっははははははははははははははッ!!」
『ドイツの人喰』と言われた、黒兔隊のエースの狂笑。彼女の本性を知る者は、基地全体に響くこの笑い声が消えるまで、恐怖に震え続けた。
○裏拳で物理的にも精神的にも凹んだ一夏
○でもセシリアがお見舞いに来てくれたら元通り
○逆にハーゼは滅茶苦茶凹んだ
○初登場、オリキャラの『ヘルガ・イエーガン』。性格は、邪悪なウリエ君
○次回、本格参戦