―――セシリアが絵画を受けとり、その場を立ち去ってから暫く―――
「お疲れ様です、こちらが約束の報酬になります」
セシリアの一瞬の隙を突いて、余った資金で技術部に作って貰った贋作とすり替えた本物の絵画を受けとり、窃盗団のリーダーに報酬を渡す。金持ちなだけあって物の価値を見極める知識はありそうだから、一度は本物を持たせてから偽物とすり替えた訳だが、思いの外こいつら腕が良いわ。あのセシリアを驚かせる程の隠行とか特に素晴らしい、子飼いに加えるのを本格的に検討しておこうか。
「何者なんだあのお嬢さん。あんな狙撃出来る奴、この業界にもそんなに居ないぞ?」
「だからこの方法にしたんですよ。お蔭で、彼女の銃口に狙われずに済みましたでしょう?」
そんなこいつらでも、やっぱりセシリアの狙撃は恐ろしく感じたらしい。実際、正面からあいつとやり合ったらコイツラもただじゃ済まなかっただろう。だからこそ、アイツの銃口がコイツらに向かないよう、こんな手段を選んだ訳だけど。
「ところで、マグマードと話を点けてくれる件は…」
「はい、どうぞ」
そう言って手渡した通話中の携帯を手に取り、受話器の向こうに居る彼と言葉を交わす窃盗団のリーダー。通話の相手は勿論、こいつらが前金貰って仕事ぶっちした相手、件のマグマード氏。落とし前も付けずに許すなんて普通は有り得ないが、彼には組織ぐるみで貸しが幾つもある。説得は、割と簡単だった。
「感謝する」
「いいえ、お安い御用で」
「また気が向いたら仕事持ってきてくれ、お前なら、格安で引き受けてやる」
「それはそれは、ありがたい話です。覚えておきます」
携帯を受けとり、改めてお目当ての品に目を向ける。勇ましくも美しい女騎士が、聖母の様な微笑を浮かべているこの絵、確かに良い絵だ。元々旦那の知人の遺作で、どこぞの金持ちが安く買い叩いて、公国の美術館に引き渡したものらしいが、明日には旦那の部屋に飾られていることだろう。
「それにしても、随分と高い買い物をしたな…」
今回の出費はこいつらへの報酬が前金と合せて四千万、必要経費が八百万、技術部に頼んだ贋作代が二百万、合計五千万円なり。それで手に入ったのが、売値一千万ちょっとの絵画が一枚。確かに、傍から見れば大損も良いとこだ。だけど…
「いいえ、そんなことありません」
だけど俺にとっては、決してそんなことは無い。何せ相手はあのセシリア、今回こそ楽勝だったが、それはアイツがこの業界に身を投じたばかりの素人だったからだ。あまりにモノを知らないが、元々のアイツは頭が良い。学ぶべきものを学び、盗むべきものを盗んだら、きっと化ける。それこそ、俺の地位を脅かしかねないぐらいに。きっと、旦那もそれを踏まえた上で俺と勝負させたんだろうな。
とは言え、俺も負ける気は無い。あの人に憧れ、あの人の力になろうと努力し続けてきたのは俺だって同じなんだ。旦那と知り合ってたかだか一年ちょっとの後輩に対して、こちとら積み重ねること十年。それを思えば五千万なんて金額…
「意地とプライドの値段にしては、安過ぎるくらいです」
◆◇◆◇◆
―――そして現在―――
「君はエージェントとしてならば、若手の中でも指折りの実力者だ。それに関しては贔屓目無しに、僕自ら保障しよう。だけどね…」
事のあらましを伝えられ、オランジュが意気揚々と部屋を出て行った後も呆然としていたセシリアだったが、フォレスト声にビクリと身体を震わせ、恐る恐る彼と向き合った。そんな彼女に、自室の執務室、その椅子に座ったまま、フォレストは言葉を投げかける。
「組織を纏める者としての資格は、はっきり言って皆無に等しい。彼が持っていて君が持っていないモノの数々、それはこの組織のリーダーとしても、オルコット家の当主としても、あまりに致命的過ぎる」
いつもの笑みを消し、真顔で…
「私が、持っていないモノ…?」
声と身体を震わせながら、問いを絞り出したセシリア。その問いに、フォレストは指を一本ずつ立てながら答える。
「狡猾さ」
卑怯な手も厭わず、時にはプライドすら捨て、どんな条件下であろうと目的を達成させる知恵。そして、それを可能とする為に常に備え、力を蓄え続ける貪欲さ。
「忍耐力」
目的の為ならば自分の身を切り、大切な物すら質に賭ける度胸。どんなにバカにされようが、どんな逆境に立たされようが、最後に笑うのは自分であると、その時が来るまで信じ続けられる精神。
「人脈」
仲間、同業者、ただの腐れ縁。人との縁と言う物は、結んだ者の手によって、どんな形にだって変える事が出来る。それこそ手足のように、そのまま自分の力としても…
「その人脈を即利用できるだけの、信用と信頼」
無論、縁を人脈に、人脈を力にする為にはすべきこと、必要なことが多々ある。それを知り、実践しなければ、何の意味も無い。
「情報」
無知は罪と良く言うが、まさにその通りだ。特に今回、彼女はあまりにモノを知らな過ぎた。この世界の常識も、自分の身の程も、何もかもが足らなかった。だが、何よりも…
「何よりも、今の君には『人を見る目』がない」
「人を見る目?」
フォレストの瞳が、ジッとセシリアを見つめる。それはこれまで、セシリアが一度たりとも向けられた事の無い暗く、冷たいものだった。
「君はオランジュを、彼がどんな人間であるかを、上部だけを見て判断したね?」
相手を侮り、完全に見縊った結果、終始自分はピエロを演じる羽目になった。そもそも本当にオランジュがセシリアの思う通りの人間だったのならば、最初からフォレストが彼を後継者に指名する筈が無いと、少し考えれば分かったろうに。
「そして君は、自分の手足として雇った人間が、どんな人間なのか正しく理解していなかった」
挙句の果てには、上っ面の実績だけで相手の人間性を判断し、仕事を途中放棄した挙句に前金を持ち逃げするような奴等を安い報酬で動かそうとして逆に裏切られる始末。おまけに今この瞬間まで、自分が裏切られていた事に気付けなかったと言うから笑える。
「組織の長と言うのはね、結局のところ如何にして上手く人を使うか、その一点なんだよ」
上司にとって部下とは、騎士にとっての剣、狙撃手にとっての銃。時に手足となり、相棒となり、半身となり、自分を支え、自分の限界に可能性を齎す大切な存在。だからこそ、彼は問い掛ける。
「銃の性能を正しく把握出来ない奴が、優秀な狙撃手になれるものなのかい?」
その問いに、セシリアはただ黙って俯くしか出来なかった。逆にフォレストは、未だ視線をセシリアに向けたまま、口を開く。
「いいかい、セシリア。僕に褒められたいとか、憧れているからって言う理由だけでオランジュの立場を狙っているんなら、僕は全力で君を止めるよ。この立場はね、表とか裏とか関係なく、そんな軽い気持ちでやって良いものじゃないんだ」
「そんな、軽い気持ちでなんてッ…!!」
「今回、少し条件が違ったら」
思わず顔を上げ、反論しようとしたセシリアの言葉を遮り、告げる。
「君は大切な仲間の傍に、平気で敵に寝返るような人間を置いていた。その可能性は、考えた?」
ヒュッと、セシリアが息を呑む声がいやに響いた。それに構わず、フォレストは一切表情を変えることなく、彼女を見つめ続けながら言葉を続ける。
「僕達の成否は、目的の達成だけでなく、仲間の命に直結する。その事を、理解していた?」
その問いにセシリアは再び俯き、消え入りそうなくらい小さな声で『いいえ』と答えた。もう今の彼女は、フォレストの瞳を直視できなくなっていた。自分の情けなさと、これ以上、敬愛するフォレストに向けられる眼差しが恐しいのだ。その瞳に、失望の色が浮かんでいるかもしれないと思うと、恐くて怖くて顔を上げられなかったのである。
「僕が居座るこの場所は、彼が目指しているこの場所は、全ての仲間の命を預かる大切な場所。それを正しく理解できない君に、この場所を譲るつもりは一切無い。一から勉強して、出直して来なさい」
「……はい…」
話は終わりとでも言わんばかりの雰囲気に、セシリアは俯いたまま、ふらついた足取りでフォレストに背を向け、部屋を出ようとする。そして退室しようと扉のドアノブを握ったところで、その手が止まる。
(出直して来なさい?)
ふと背後を振り返ると、フォレストは相変わらず椅子に座ったまま彼女を見つめていた。しかしその表情は先程とは違い、いつものニコニコとした微笑を浮かべ、眼差しも見慣れた優しいものに戻っていた。
「僕は何も、長い付き合いだからと言うだけで、オランジュを後継者に指名した訳じゃない。それはもう、理解したね? つまり僕の後を任せられるだけの実力と、意志さえあれば、彼だけにこだわる理由も無い」
言うや否やフォレストは椅子から立ち上がり、ゆっくりとした足取りでセシリアの元へと歩み寄ってきた。纏う雰囲気も、随分と柔らかい。
「君は優秀な娘だ。まだまだ未熟な点も多々あるが、過ちを認め、反省し、成長するだけの聡明さを持っている。自分に何が足りなかったのか、何を間違えたのか、何を知らなかったのか、改めて良く考えてみなさい」
そして、セシリアの好きないつもの微笑を浮かべながら、そっと優しく彼女の頬に手を添えて、囁くようにこう言った。
「オランジュと同じように、君にも期待しているよ。これからも励むようにね、お嬢さん」
◇◆◇
「~♪」
さっきとは打って変わり、鼻歌混じりに軽い足取りでフォレストの部屋から出てきたセシリア。そして、見るからに上機嫌な彼女は視線の先に見知った顔を見つけた。
(……オランジュさん…)
少し離れた所で、此方をニヤニヤしながら見つめていた。これまでの彼女だったら、単純にバカにされていると思って勝手に憤っていたかもしれない。
だが、今なら理解できる。彼は分かっているのだ、自分が先程、この部屋でフォレストと何を話し、何を言われたのかを。そして、そのやり取りを経て、自分がどんな顔をして部屋から出てくるのか。その全てを予想し、的中させたからこそ、面白そうにニヤついている。
(心底悔しいですが、認めます。貴方は間違いなく、おじ様の後継者に相応しい方であると…)
間接的にバカにされているのは変わらないし、腹が立つのには違いが無い。だが彼には、それが許されるだけの実力がある。フォレストに言われた、組織の長として自分に足りないモノを、彼は全て持っている。今の自分では逆立ちしても勝てない、それは覆しようの無い事実だ。だが、それでも…
「私、諦めませんわ」
「ハッ、上等」
不敵な笑みを浮かべながらも、決してこちらを侮ったりしない力強い瞳。いつものヘラヘラした態度に隠されたその本性に追い抜く日を夢見て、彼女はまた一歩、足を前へと踏み出した。
○増長して天狗になってる愛娘の鼻をへし折るのが今回の目的の一つ目
○自分に足りないモノを自覚させ、成長を促すのが二つ目
○あまり心配してないけど、どうせ後継ぎ候補は自分しか居ないからと思って安心してないよね?もしそう思って努力を怠っている様なら、後継者の座は彼女に譲るからね?と言わんばかりに釘刺すのが三つ目
さて、次回はこのまま外伝を続けるか、それとも一端本編の方を進めるか……悩む…