BLEACH/the blade works   作:蓼野 狩人

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第三話

市街地に溢れ出しそうな(ホロウ)が、その度に頭部を白と黒の幅広な剣に穿たれ、切断され、地を這う。

辛うじて逃れた虚も、付近に落ちた剣の自爆に巻き込まれて全身を吹き飛ばされて絶命する。

その中心で、剣を次から次へと両手に生みだし投擲するは赤髪の死神。彼の持つ斬魄刀、その名を『干将(かんしょう)莫耶(ばくや)』という。

 

 

~・~・~・~

 

 

「ぜあぁぁぁあ!!」

 

作業としてみれば単調に映るだろう。オレは斬魄刀を出しては投げつけ、出しては投げつけを繰り返しているだけだ。虚がいくら出てきても現状なら幾らでも処理できそうにも見えると思う。しかし、先程から斬魄刀を生みだし続けた結果、八十七回目の投擲から霊力の底が見えてきていた。

 

「……ッ」

 

加えて、虚の猛攻に対して無傷という訳ではなかった。虚にも様々な種類がいて、特殊能力を持つものも少なくない。左肩の肉はカエル型の虚の舌に削り取られ、右足の脛は狼のような虚に噛み付かれた。流血が止まらない。

 

ここは車谷先輩だけでも尸魂界に送りたい所だ。無防備に寝ている先輩を庇いながら戦うだけでもかなり神経が削られる。しかし尸魂界と現世を渡り歩くには地獄蝶の案内が必要不可欠であり、そして周囲での激しい戦闘音に全く反応せず眠る先輩に起きる気配はない。

 

オレが車谷先輩を連れていけば、その間は虚が街に溢れ出すことになる。

 

(恐らくは『死神を優先的に襲うこと』と言われているのが唯一の救いか……)

 

今回、虚がなぜ大量に出現しているのか、明確な理由は分からない。ただ、予想は出来る。

虚圏(ウェコムンド)に去った愛染の一味。

死神の情報を知っている虚。

まるで追い出されているかのように殺到する大虚(メノス・グランテ)

 

(……虚をけしかけた上で高みの見物でもしているのか!)

 

もしそうであれば、付近に愛染の仲間がいる可能性も否定出来ない。今の状態ではこちらから探すことも難しいだろうが。

 

「……ッ!?」

 

頬を爪が掠め、血が吹き出る。どうやら虚の攻撃から意識が若干逸れてしまっていたらしい。血が伝う感触はいつ以来だろう。虚の体液に塗れた死覇装が、だんだん重く感じてくる。

 

「……ォォオ!!」

 

最後の力を振り絞る、という言葉は好きじゃなかった。けれども、残った霊力の量から見れば、これ以上戦闘が長引けば死に至るだろうという事は容易に予想がつく。

 

「鶴翼……三連ッ!」

 

投擲、投擲、投擲。

正面からのし掛かるように迫ってくる虚に、連続して三度、干将と莫耶を投げつける。互いの位置関係によって精密に引かれ合う斬魄刀は、回避不可能なタイミングで虚の頭を六度串刺しにした。

 

両手を見れば、霊力の使い過ぎか腕のあちこちから出来た裂傷から垂れた血で染まっていた。視界も段々狭まっている。腕を動かそうとしても、ただ痙攣するだけ。

 

ここまでか。

 

仰ぎみた空の先、四体目の大虚に斬り掛かる一護の姿が見えた。

「月牙……天衝ォォオ!!」

繰り出す斬撃に、大虚の仮面が切断される。

 

あれ程の強さがあれば……もっと戦えたのに。

周囲に殺到する虚の群れ、倒れていく身体、遠のく意識。

 

「……郎君!!士郎君!!しっかりしろ!!」

 

そして、誰かの声が開きかけた穿界門(せんかいもん)の向こう側から聞こえた。

 

気がした。

 

 

~・~・~・~

 

 

何故、尸魂界(ソウル・ソサエティ)からの救援が遅れたのか。

 

現世から虚の反応が異常な程検知され、限定霊印なしでの隊長格派遣の必要性があると判断された為、本人からの申し出もあり、十三番隊の隊長である浮竹十四郎、席官の虎徹清音、小椿仙太郎を中心とした計十五名が現世に向かおうとした(尚、他にも朽木ルキアが立候補したが、霊力が完全に回復していないと診断された為に尸魂界にて安静するよう諌められた)。

 

しかし、穿界門を通ろうとした矢先に外部から何者かの妨害を受ける。現世との接続が希薄となり、地獄蝶の案内付きでも現世に辿り着けないので止む無く一時帰還。技術開発局の局長である涅マユリが原因を最速で解析し、原因は穿界門の管理に当たっていた死神の裏切りによるものだと断定。

 

原因を排除し、再び現世に向かうも、事件発生から既に一時間経過していた。

 

「隊長……間に合うでしょうか」

 

浮竹の左側を走る虎徹清音が不安そうに呟く。死神代行や旅禍、生き残った滅却師を含めたとしても、検知された虚の群れに対抗する人員が足りなさ過ぎる。黒崎一護は中でも朽木白哉を倒す程の実力を持ち、卍解を会得しているものの、大虚を相手にしていると仮定すれば残りの虚はあちこちに散らばっているだろう。

 

ましてや、平隊員の車谷善之助や衛宮士郎は……。

 

「……きっと大丈夫さ。車谷君はどんな場面でも助かろうとする精神があるし、士郎君は始解が出来なくても実力がある。二人とも生きてこちらの助けを待っている」

 

そう告げて微笑む浮竹だったが、内心ではどう考えているのか。羽織を靡かせて走る浮竹の後ろ姿を見ながら、小椿仙太郎は思案する。

 

(隊長は基本的に病弱だし、今回も俺たちだけで任務に当たろうとした。しかし隊長自身が「出る」と言ったんだ。隊員が命の危機に瀕しているってのも原因だろうが……)

 

十三番隊の中では、浮竹が特に朽木ルキアと衛宮士郎に目を掛けている事は周知の事実だった。どちらも浮竹を実の親のように思っているであろうし、浮竹もまた任せられた身として二人を大切にしている。

 

きっと誰よりも焦っているだろうに、感情を表に出さず、あくまでも何時もの隊長らしくあろうとしている。

 

「……そうですね、隊長。きっと間に合います」

「ええ、勿論私も信じてますよ?」

 

仙太郎が同意した直後、即座に乗っかってくる清音。浮竹の左右で睨み合う二人だったが、目の前にようやく出口が見えて気を引き締めた。

 

「……!?」

 

先頭の浮竹は目を疑った。

穿界門を出てすぐの場所には、目を閉じて安らかな表情を浮かべている車谷善之助が倒れており、その向こう側では全身が血塗れの衛宮士郎が今にも虚の群れに呑まれようとしていたのだ。

 

「士郎君!!士郎君!!しっかりしろ!!」

 

浮竹が呼び掛けながら真っ先に駆け寄り、霊圧を前回にして虚を怯ませつつ斬魄刀を抜いた。

護廷十三隊の総隊長から受け継いだ剣術。始解せずとも虚を一掃するには充分だった。

 

「各自、周囲の虚に対処!四番隊の者は衛宮士郎及び車谷善之助の救護を頼む!」

 

連れてきた人員に指示を出し、浮竹は救護中の四番隊を背にして殺到する虚に対峙した。

改めて虚を倒しつつ周囲を観察すれば、山中にしては不自然に地面が抉れている箇所があったり、生き残っている虚の中には四肢が抉れている個体がいたりする。

 

(…………。)

 

浮竹は一瞬だけ、士郎の目の前から消滅した虚の頭部に白と黒の刃が見えた様な気がしていた。士郎の霊圧にどこか抑えているような気配があったこと。そして自分の始解がどのような扱いであるか。

 

恐らくは、そういう事なのだろう。

 

士郎の元養父である故人、衛宮切嗣の話を思い出す。あの事件の業を背負った上で尚、斬魄刀に運命を背負うというのか。

 

「……何だ、これは」

「傷が……」

 

何事か呟く四番隊員に、浮竹が「どうしたんだい?」と尋ねると、その隊員が士郎の側から離れて浮竹に士郎の上半身を見せた。

 

「見てください。彼の身体には幾つもの裂傷が入り、左肩や右脚にも大きな怪我があったのですが……ご覧下さい。私達が手を加える前に傷が癒えていきます」

 

「……ふむ」

 

士郎の全身は確かに血塗れだったが、その元となった傷は確かに凄まじいスピードで癒えている。見るものが見れば、なぜ傷が急速に治っているのか容易に想像が付くだろう。

 

「そう言えば、衛宮君は前に四番隊の薬……を受け取っていたな。何でも隊長が作った特製だそうだ。傷を治しやすくする効果があるらしい。前に私にも話してくれた」

 

「そんな薬が……」

「いや、しかしあの方なら試していても不思議はない」

 

騒めく四番隊員を後目に、迫る虚を刀で捌いていく。

後で話を通しておかなければならないだろう、と思いながら。

 

この件について知っているのは、浮竹自身を除き、四番隊隊長の卯ノ花烈、総隊長の山本元柳斎重國、八番隊隊長の京楽春水、そして四楓院夜一と浦原喜助の五人。

 

御上の四十六室にはひた隠しにされた事件であり、衛宮切嗣が亡くなった遠因でもある。

 

(彼の存在は、この件について全く知らない藍染への切り札になりうるだろう)

 

そんな思考を巡らせる自身に苦笑いをしつつ、もう一つの切り札たる黒崎一護が上空から降りてくるのを眺めていた。

 

 

~・~・~・~

 

 

その後、今回の虚大量侵攻について十二番隊が中心となり調査・解析にあたった。

原因の一つは、捕えられた虚を拷問した涅マユリの報告により判明した。

 

「例の裏切り者、藍染惣右介の計画によるものだネ。事前に空座町にいる戦力を伝えた上で虚に現世を侵攻させ、部下の誰かに戦いの様子を記録させたのサ。現世に侵攻した場合のシミュレーションのようなものかネ」

 

知恵ある虚には誰を優先して狙うべきかを伝達し、知能のない大虚などは単にけしかけただけだろう。

 

「しかし、向こうからすれば知恵ある虚を多数喪う結果となった訳ダ。これに対しても簡単な考察が出来る。つまり……あちらには、有象無象の虚と比べても比較にならない程の戦力が揃っているという事サ」

 

その事実に護廷十三隊の者達は戦慄した。合計数千体の虚や十数体の大虚を使い捨てにしたとしても全く痛手にならないほどの戦力を、藍染が揃えているのだから。

 

あちら側には藍染含め隊長格の死神三体が戦力に含まれている。いくら藍染でも邪魔になるであろう護廷十三隊と隊長格三人だけで渡り合うのは避けるだろう。

 

ならば、大虚よりも上の戦力を何人も揃えているはずだ。少なく見積もっても席官クラスの虚を揃え、中には……信じにくい事ではあるが、隊長格の戦力もいるだろう。

 

「卑劣な裏切り者である藍染惣右介の戦力は未知数。それぞれの隊長も油断することなく敵の対処に当たるべし」

 

総隊長からの司令として伝えられた文言により、護廷十三隊の藍染一味に対する認識が改まった。

 

すなわち、単なる数人の裏切り者集団として対峙するのではなく、ひとつの巨大な勢力として対応すべきである、と。

 

「ようやく総隊長殿も認識を改めてくれたようだ。その点、今回の侵攻に関してこちらに利があったと言えるだろうね」

 

隊首会議を終えた帰り、廊下を歩く浮竹が京楽に話しかけた。

 

「確かにねぇ。僕らの御師匠様は頑固だから、きっと虚を味方につけて勢力を拡大しているなんて言う与太話は、進言しても耳に入れたかどうか分からないねぇ。その点、あちらさんはヘマをした訳だ」

 

カラフルな羽織をヒラヒラさせ、京楽は意味深な笑みで浮竹に肯定する。

 

「しかし……あの藍染がそんなヘマをするかねぇ。するにしても、何か別の目的があったんじゃないかと思うけどねぇ。大凡の戦力を計られるリスクを犯してでも得たかった情報があったんだろう」

 

「……それは」

 

「ああ、間違いないさ」

 

二人の頭には、同じ人物の事が浮かんでいた。

 

「衛宮士郎。藍染が唯一何も知らないであろう死神にして、衛宮切嗣が育てた一つの切り札。空座町の任務に着いていたからこそ、黒崎一護の実力を測るついでに見たかったのだろうね」

 

「……悟られてしまっただろうか、彼のことについて」

 

「さぁーねぇ。僕のカンではまだバレてはいないと思うけど、警戒は深まったんじゃないかな。彼の戦力自体は良くて席官レベルだけど、黒崎一護のような成長性は感じただろうねぇ」

 

「……そうか。彼自身もこれから狙われるようになるかも知れないな」

 

「四楓院のあの人にでも、更なる修行を付けるよう伝えておこうかねぇ。だって彼自身が、自分の強さに気付けていないだろうからねぇ」

 

 

 

隊首会議の翌日、傷の治りが早いこともあり三日で退院した士郎は、浮竹からの気遣いとして勝ち取った有給も加えて五日ほどの休みを貰うこととなる。




時間が出来たので、早速第三話を執筆しました。

しかし、知能ある虚って地獄に送られる奴とか結構居そうですよね。

虚を倒す端から出現しまくる地獄の扉……。多分、地獄も忙しかったんじゃないですかね。

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