BLEACH/the blade works 作:蓼野 狩人
無力だった。
目が覚めた時、オレが真っ先に思い浮かべたのは、虚が集う向こう側から差し伸べられた浮竹隊長の右手だった。
いや、実際に右手が差し伸べられた訳では無かったはずだ。虚の軍勢を斬魄刀で斬り払わなければ助けられなかった筈であり、そして隊長は封印状態にせよ始解状態にせよ、斬魄刀は両手で扱う。あれはきっと、あの人の優しさが見せた幻覚の類だ。
だからこそ、今のままではダメだと理解した。オレは……また、誰かに助けられてしまった。今度は自分が助ける番だと、死神を幾人も惨殺した大罪人である藍染を追うべきだと、そう誓っていたのに。
あの手を伸ばす為に、もっと強くならないとダメだ。
四番隊の救護ベッドのヘリを強く固く握りしめる。ベッドの脇には自分の斬魄刀が立てかけられ、柄が丁度右手の傍にあった。
格子窓から月が見える。どうやら同じ部屋に入院中の死神は居ないようだった。見回りの気配も今の所はない。
静かに、斬魄刀を抜いた。
「……山水拓け、『干将・莫耶』」
左手に顕れるは、亀甲模様の黒き刀身「干将」。
右手に顕れるは、小波模様の白き刀身「莫耶」。
2つは互いに引き合い、導かれ、軌道を変じる。
2つは霊力にて霊子を組み上げ、数多に生じる。
2つは組み上げられた霊子を崩して宙に爆ぜる。
これらの情報は、全て
心象世界を訪れる度に、白と黒のの斬魄刀との絆が深まるのは感じていた。名前も、特性も、戦法も、瞑想時間が長くなればなるほど目に見えるようになった。その弊害か、他人の斬魄刀の本質すら“見える”ようにもなった。
斬魄刀と分かり合える者が、強くなれる。
一護の持つ斬魄刀を見ればそれは明らかだった。あれ程までに持ち主と呼応し、共鳴し、力を貸す斬魄刀は類を見ない。例え夜一さんが持ち出した転神体で習得したにせよ、卍解に至り使いこなすまでが早かったのも頷ける。
あの戦いの最中、一護自身が何かを信じきれていないようにも感じたが……。
(今は、自分の事だ)
誰かを守れる強さが欲しいと感じる一方で、これ程までに身近な存在の『干将・莫耶』と対話も出来ないのは寂しかった。
自分の何が足りないのか分からない。あるいは斬魄刀にはオレに力を貸そうという気はさらさら無く、対話すら厭う程にオレと接触したくないのかもしれない。
ただ、時間がない。
あの時のように、誰かを背にして守るべき場面はこれから増えていくはずだ。未だに藍染一味の動向は不明だが、近いうちに尸魂界と本格的な敵対に至るのはまず間違いない。
幸い、四番隊の医療は食いちぎられた肩と脚もすっかり治してくれていた。全身には傷一つない。昔から心臓の少し上辺りにある抉れたような古傷だけが残っているだけだ。
(明日は休暇を伸ばせないか申請してみよう)
始解を解いて、ベッド脇にそっと立て掛け直した。
~・~・~・~
「いや、この度は本当に済まない。穿界門の管理に当たっていた死神の中に不届き者が居たらしくてね。救援が大幅に遅れてしまった。――車谷君かい?彼なら外傷はほとんど無かったし、身体にも特に異常なしという事でもう復帰しているさ。それこそ心配ない。――休暇をとりたい?いいとも!むしろ私からのお詫びも兼ねて、消費する有給とは別の手当として追加で4日休んでもらってもいい。怪我が治ったとはいえ、大変な目に遭わせてしまったからね」
トントン拍子、というより浮竹隊長の立板に水が流れるかのような話術で、元の有給と併せて5日間もの申請が通ってしまった。個人的には素直に嬉しいし、なんなら尸魂界中を気ままに放浪するのもアリかと思ってしまったが、そこは気を引き締める。
長い休みを貰えたおかげで、やっと夜一さんに例の話を通してもらえるチャンスを得たのだから。
瀞霊廷を抜け、ひた走りに走って「双極の丘」を目指す。瞬歩は地道な反復練習が重要である、と夜一さんは言っていた。
歩法としての瞬歩は基本的に短距離限定の歩法ではあるが、修練によってその距離を伸ばすことが出来る。昔は「丘」に辿り着くまでに三十回は休憩していたが、今はなんとか三回以内に抑えられるようになった。調子がいい時は一回で行けたものだ。
それでも、上には上がいる。
「おお、鍛錬をしっかり続けておるようじゃな。小さい頃の砕蜂を見ておるようじゃ」
必死になって瞬歩で移動しているというのに、背後からあっさりと追いつかれて気軽に話しかけてくるのは、『瞬神』の異名をとる四楓院夜一その人だった。
「はっ……話しかけないでくださいよ、オレがどれだけ頑張っていると……」
「お主が一度も休むことなく瀞霊廷から『遊び場』まで辿り着けるように取り組んでおるのは知っとるからの。今日辺りには出来ると思っておるんじゃが、どうじゃ?」
何やらワクワクした顔で尋ねられはしたものの、当人は汗を一切垂らさずにオレと並走しているわけだ。流石に傷付く。
「まっ……まだまだ……頑張りますよっ……。夜一さんに追いつけるくらいには…」
「うーむ、それは感心せんの。儂に追い付こうという気概は実に良いが、無理のし過ぎは禁ずると言ったはずじゃ」
「……ッ」
その通りだ。いくら我武者羅に追い縋ったところで、身体を壊してしまっては元も子もない。昔から人よりも忍耐力だけは自信があるが、ならば無理してもいいというのは筋違いだろう。
「まぁ、よい。男子が懸命に頑張る姿は愛いものじゃからな」
その言葉の真意を問いただそうと口を開きかけた直後、遠目にに「双極の丘」が見え始めた。
「おお!とうとうここまで休み無し。あと少しじゃ」
二カッと笑う夜一さんに対して、オレは出しかけた言葉を呑んで瞬歩に集中した。この人の言動はいちいち読めない上に、こちらから言葉尻を捕らえようとしてもするりと逃げてしまう。現世に潜伏するために習得した黒猫への変化術を好んで使うと聞いたが、四楓院夜一と言う人物は正しく猫の性格なのだろう。
~・~・~・~
(全く酷い有様よ)
十三番隊所属の死神、衛宮士郎。汗だくになりながらも瞬歩を継続発動させる横顔を眺めつつ四楓院夜一は嘆息した。しかし、その思考は隣の青年に向けられたものではなく、己自身に対して為されたものだった。
かつて瞬歩において右に出るものはいないと言われた夜一だが、現世での潜伏生活は死神としての戦闘能力を想像以上に低下させていた。現に、つい最近の旅禍騒動の際には砕蜂と対峙したが、瞬歩の速度に限れば完全に敗けていた。
勝負の決め手となった
事件解決後は「遊び場」に設置した浦原喜助独自の穿界門にて、現世と尸魂界を交互に移動しつつブランクを取り戻す為に鍛錬を重ねた。ある日は同じくブランクを気にしていた浦原と模擬戦闘を行い、またある日には砕蜂の鍛錬に顔を出し(砕蜂は妙に嬉しそうだった)、今では最盛期に程近いレベルにまで戻せたはずだ。
しかし、士郎を見ると己の努力が如何に温いものだったかが分かる。
自分には武の才があった。
その才があればこそ周囲に認められ、刑軍の総司令官まで登り詰めた。努力するだけ伸びるという保証があったのだ。
だが、これほど努力を重ねる士郎には、武に関わる才は無い。歩法の才も白打の才も斬術の才も無い上に、鬼道に至っては生まれつき使うことが出来ない。彼は死神になったとしてもその中に埋もれていくだけの「持たざる者」であったのだ。
その持たざる者が、ブランクから戻す前の夜一の速度を追い越そうとしている。持久力の伸びが悪いものの、それこそこれからの鍛錬でどうにでもなるだろう。
何度も練兵場に通っては我流の斬術を磨き、あの衛宮切嗣から教わった白打の鍛錬も欠かさず、間違った方法だったとは聞いたが、体質的に不可能だと告げられるまで鬼道の練習も続けていたらしい。
彼にはどんな才能にも引けを取らない、努力の才があるのだ。
気まぐれな猫と称される自分とは程遠い生き方だが、彼のような死神には教え導く師が必要だ。現世にすっかり慣れてしまい、戦いから身を置いて随分と経つ自分ではあるが、師として彼を導くことはまだ出来る。あの時、黒崎一護とその仲間を導いたように。
そして、彼らの先導者として道を拓けるように、自分も彼のような覚悟を決めなければならない。
夜一は、以前に浦原から聞いた開発中の具足について思い巡らせていた。
~・~・~・~
とうとう休憩無しで「丘」まで辿り着けるようになった。
ここの地下には夜一さんと浦原さんが協力して作ったという『遊び場』があり、その存在は未だに他の死神から察知されていない。流石はあの二人といった所だろう。
地下に入った後、夜一さんから貰った水で喉を潤し、持ってきていた二番隊と四番隊の共同開発だという丸薬を噛み砕いた。
この一粒で腹が満たされる……という訳でもないが、ここには調理する食材もなく調理器具もない。弁当を作ろうかとも考えたけど、汚れた弁当柄を洗う機会も無さそうなので全て携帯食糧で済ませる事にした。
「極端な奴じゃな。お主はそれでも料理好きか?」
夜一さんはどうやら手作り弁当を摘み食いしてやろうという腹積もりだったらしく、あの妙な装束のどこから取り出したのか自分の箸まで準備していた。いや、箸だけかよ。自分の食事くらい持って来ればいいのに。
「オレの弁当は持ってきていてもあげませんよ。屋敷まで遊びに来る時だって、結局はオレが一から作っているじゃないですか。別に対価に金が欲しいとか言いませんから、少しくらい控えて下さい」
「……うむ」
悲しげに頷く腹ぺこ夜一さん。此処での用事がもし短期間で終われば、夜一さんや砕蜂さん、後は十三番隊の何人かを読んで食事会を開くのも悪くない。
ただ、受ける試練が相当なものなので5日間で終わるか分からない。それどころか、最悪の場合は死に至る可能性もある。
「夜一さん、例の物はありますか」
「安心せい。ちゃんと用意しておる」
持ってきていた饅頭らしき物を食べ終えた夜一さんが、岩陰から白い人型の模型を引っ張り出してきた。
「これが前にお主に話した『転神体』じゃ。既に色々教えたと思うがが、もう一度聞きたい事はあるかの?」
「……隠密機動の最重要特殊霊具で、使えば実体化した斬魄刀の本体が強制的に具象化される。出てきた本体と戦い、三日以内に屈服させることで、卍解を習得できる……。これでいいですよね」
「その通りじゃ。そして付け加えるならば、実体化した斬魄刀に殺されるリスクがある。この『転神体』は今までに二度しか使われておらぬが、一度目の浦原の時も、二度目の一護の時も大変じゃったな。」
一瞬遠い目をした夜一さんだったが、ふとその目を真剣なものに変え、ジッとこちらを見詰めてくる。
「お主から聞いた話では、確かどのような本体が現れるか分からんのじゃったな?もしかすると『転神体』で呼び出した本体は問答無用でお主を殺そうとするかもしれぬし、卍解を教える気なぞ更々ない捻くれ者かも知れぬ。初めは様子を見るが、万一の場合は儂が操作して『転神体』を止めるぞ。それで良いな」
「……分かりました。その時には是非お願いします」
水筒に残っていた最後の水を飲み干し、立ち上がる。斬魄刀を抜いて真っ直ぐに構え、解号を告げる。
「山水拓け『干将・莫耶』」
「……ほう、二刀か。確かに珍しいの」
現れた二組の斬魄刀を見た夜一さんは、思っていたより驚くことはなかった。
「まあお主の生い立ちについては、切嗣からも聞いたことがあるからの。二刀になっても一応納得は出来る」
「……いい加減、じいさんのことについても教えて欲しいんですが」
「……その時が来たら教えると、前にも言うたじゃろ?安心せい。浦原はともかくとして儂は必ず約束を守る。話すべき時を間違えてはならぬ話じゃが、話さない訳にもいかぬからの」
「……分かりました。では、行きます」
亡き養父の穏やかな表情を思い出しながら、オレは『転神体』に干将と莫耶を同時に突き刺した。
『転神体』が輝き、霊圧が収束する。異国の砂漠のような焼けた紅色の霊圧だ。刺した斬魄刀が溶けるように消え、集まった霊圧は徐々に人型になっていく。
「まさか、このような道具が存在したとはな。迂闊だったよ。貴様には卍解なぞ伝える気は更々無かったのだがな」
弾けた霊圧の中から、一人の男が話しかけてきた。
短い白髪に浅黒い肌。上半身には金で縁取られた奇妙な赤い外套と、黒く薄い鎧。腰からも上半身の外套の一部を靡かせ、黒いズボンを履いている。
嫌味を込めた笑みを浮かべた男は、続けて言った。
「さて、私を引きずり出したからには私と果たし合って貰おうか。もっとも、私を倒せるような器には見えないがね。理想ばかり追い求め、何も見ようとはしない我が
転神体で現れた本体は、元のあの人とは若干異なる服装をしています。