BLEACH/the blade works 作:蓼野 狩人
刀が地面から次々と生えてくる光景を、夜一は一度しか見たことがない。あの黒崎一護の斬魄刀である『斬月』の本体が具象化した際、この地下修練場の至る所から様々な形状の『斬月』が生えてきたのだ。そして本体は一護に「本物の『斬月』だけが私を屈服させられる」と告げ、三日に渡る修練が始まった。
あの光景の焼き直しとでも表現すれば、この胸騒ぎも抑えられるのだろうか。
「では、始めよう。先ずは貴様に現実を教えてやる」
少し前、『干将・莫耶』の本体は士郎に対して厳しい表情で宣言すると、右手を真っ直ぐに差し出し、鬼道のような文言を唱え始めた。
「刀をもって身体と成す。
虚ろなる骨肉、墓標たる魂魄。
戦場に至る不敗の徒、敗走せずとも勝利せず。
月夜の忌み子。亭午の化生。
無稽の刀に零るるは、限りを超えた数多の軌跡。
――此処に現せ、零限無刀――!!」
所々の単語がハッキリと認識できない、不思議な詠唱。瞬閧を開発したこともあり、夜一は(浦原等の天才には及ばないものの)多少鬼道にも詳しいと自負している。しかし、この詠唱はどうにも鬼道らしくない気がする。鬼道というよりはむしろ――
突然、本体の男を中心として青白い炎が波紋のように広がった。炎は広がる端から地形を瞬く間に真っ白な砂の世界へと侵食し、地形と共に洞窟の天井も、月一つ浮かぶのみの深遠なる闇の空へと上書きされていく。
やがて、見渡す限りの景色が全てモノクロな砂漠の深夜に再構築され、そして地面からありとあらゆる始解状態の斬魄刀が出現した。
「……この中の斬魄刀は、どれも貴様が今まで解析したものだ。この中に、貴様の求める真の始解がある。真の始解を理解せぬうちに私を倒せると思うな」
(――士郎の出自について、儂は全て聞いておるはず……じゃが、これは一体何がどうなっておるんじゃ)
夜一の目に映る斬魄刀のうち、見覚えのあるものが幾つも確認出来る。確か本体の男のすぐ左にある斬魄刀は、阿散井恋次の『蛇尾丸』だろう。特徴的な形状をしている為、すぐに分かる。
仄かな桜色を纏う斬魄刀は操作前の『千本桜』。
中指を嵌める造りになっている『雀蜂』。
柄の部分の鎖に三日月型の刃が繋がれている『氷輪丸』。
他にも隊員のものらしき斬魄刀が幾つも並んでいる。
他人の斬魄刀を複写しているとでもいうのか。元々斬魄刀というのは持ち主の性格等を反映して独自の能力を獲得するもので、だからこそ全く同じ斬魄刀というのは基本的に存在しない。
ならば目の前に広がるこの光景は何なのか、という話だ。
「…………」
夜一はチラリと付近の砂に埋もれかけている機械を見た。浦原は故・衛宮切嗣とは幼馴染である自分に次ぐ長い付き合いであり、仲がよかった。切嗣の遺した養子でもあり切り札でもある士郎を見守る役割もまた、浦原は背負っている。
今の『転神体』を用いた修行も、浦原が事前に設置した測定装置によって詳細な記録がなされているはずだ。今までに分かっていることだけでも充分かもしれないが、記録しておくに越したことはない。
右手に『転神体』を制御する為の紐を握っているか確認し、戦場に目を向け直す。丁度本体の男と士郎が肉薄する直前であった。
~・~・~・~
「うおおおお!!」
手近にあった斬魄刀を手に取り、目の前の男に対して振りかぶる。
どうして景色が変わっているのか?とか、どうして今までに「見て」きた斬魄刀が突き刺さっているのか?とか、そんな事を考えている余裕は無かった。
分からないことは考えれば考えるほどに後から湧いてくる一方で、一つだけ確信できることがあったからだ。
それは、殺意。
斬魄刀の本体であるにも関わらず、純粋にオレを殺そうとする直接的つ強烈な意思だった。
『片陰』で男の無防備な脇腹を薙ぐように、正確に切りつける。が、いつの間にか男の手には『干将・莫耶』が握られていた。
「……この程度か」
交差した『干将・莫耶』の刃によって食い止められ、完全に静止していた。引き抜きて体勢を立て直そうと考えたものの、一瞬のうちに挟まれた『片陰』は破壊されてしまった。
「私と対峙する意味を、貴様は薄々気づいていた筈だ」
返す刀で迫る『干将』をギリギリの所で避け、瞬歩で距離を取って1番手近にあった『崩山』を取る。
「遅い」
振り返ると同時に『崩山』を前方に翳すと、羽子板状の側面に『莫耶』が突き刺さり切っ先が眼球に迫る。
「……!?」
『崩山』を完全に貫かれる前に手元を裏返し、『莫耶』を取り落とさせる。その隙を突くように『崩山』を突き上げると、
「自分の戦い方も忘れたのか?」
足元の『莫耶』に込められた霊力が爆散した。
「……ッァァア」
腕に自壊しなかった『莫耶』の破片が掠め、傷が走る。見た目に反して傷は深いようで、今こうして逃げている間にもどんどん血が垂れていく。
(次の、次の斬魄刀がいる!!)
瞬歩でもう一度一気に離れるものの、先程のように追い付かれる可能性が非常に高い。何か工夫が必要だと思うものの、今はそれを考える余裕なんてない。今はひたすら逃げて隙をつくチャンスを掴まなければ。
「まだ逃げる気か……煩わしいな」
今度は『春塵』を手に取り、次の攻撃に備えて構える。構えた先の男は如何にも詰まらなさそうな表情で『干将・莫耶』を投げ捨てると、『氷輪丸』を地面から抜きはなった。
「……お前、絶対に『干将・莫耶』の本体じゃないだろ」
オレの質問に、男は薄く笑いつつ「そうだ」と言い放ち――
「――
手にした『氷輪丸』を勢いよく地面に突き刺した。
何故解号を、と思考した瞬間にその場から離脱しようとして、足元が地面から生えてきた氷で固定されている事に気付く。
「なっ――何で―」
「これで終わりだ、衛宮士郎。理想を抱いて溺死しろ」
声に対して振り返れば、そこには『干将・莫耶』を大きく振りかぶった男が月を背にして立っていた。
死ぬ。
「待て!!」
死を覚悟した瞬間、足元の氷が粉々に砕け散った。目の前には緑色に光る紐を持った夜一さんが現れ、目の前の男に雷系の鬼道を纏った拳を翳している。
「お主……斬魄刀として持ち主を守る誇りはないのか!!卍解の修行として事を行うにしても度が過ぎておる!!何故その様に問答無用で殺そうとする!何故じゃ!!」
「……やれやれ、だな」
叫ぶ夜一さんに対し、目の前に「瞬神」の拳を突きつけられて尚平然と男は肩を竦めた。
「私がもし普通の斬魄刀の本体であるならば、確かに積極的な危害は加えないだろうさ。だが、此奴と私の関係は違う。単なる斬魄刀とその持ち主というソレでは決してない」
持ち主は手元の『干将・莫耶』を下ろし、自然体となりつつ話を続ける。
「私と此奴は、同じ存在だ。私はいつも影から此奴の様子を伺い、そして私の存在を無意識に捉えておきながらずっと放置していた。つまり逃げていたのさ。理想だの正義だのほざきながらな」
オレが……逃げていた?
「そもそも貴様は此奴の正体を理解していない。此奴は、言わば借り物の正義を唱えるだけの空っぽな死神だ。その虚ろな心はひたすら誰かを救う事だけに意識を割くことで成り立っている。ハッキリ言わせてもらうが、此奴の生き方は人間のソレとはかけ離れている」
男の一言一言が、全身の怪我から心に侵入し、侵食してくるような錯覚を抱いてしまう。
「元々此奴は、自分のどこをとっても普通の奴じゃない。魂魄、身体、精神、どれも他人から共感を得られないように出来ている。いたとしても同じような状況で話せて打ち解けられる奴など精々一人であり、そして此奴が望むように多くの人々を助けてしまえば、此奴は『他人を絶対に助ける』という理想を抱いて足掻き続けた結果、野垂れ死にするだろう」
「お前に「お前に何が分かるか、とでも言いたいのだろう?」
男は口の端を吊り上げて、半眼で睨んでくる。
「私がいくら貴様を殺そうとしたところで、そこの死神に邪魔されるのが関の山か。いいだろう、今は手を引いてやる。休んでいる間にそこの死神から自分の正体について聞くんだな」
そして、最後に男はこう言い捨てた。
「私ともう一度戦う前に、自らの正体に幻滅して自害するかも知れんがな」
~・~・~・~
夜一が緑色の紐から手を離すと、周囲の風景はあっという間に崩れ去っていき、男は転神体に戻り、元の洞窟の風景が戻ってきた。先程までの戦闘がまるで夢のように感じた一方で、腕から滴る血の感触が意識を現実につなぎ止めている。
「……すまぬ。儂としたことがすっかり動揺してしもうとった。先ずは風呂にでも入って怪我を治すかの」
夜一さんが頭を下げてきたが、別に夜一さんに落ち度がある所は無かった。他の隊員が所有する斬魄刀が立ち並ぶ光景を見て動揺しないはずがない上に、一日かけて戦うつもりが十分も経たずに強制終了となってしまった。
このまま奴に屈服するとでも言うのか。いや、いいわけが無い。
「待ってください、夜一さん……オレについての話、今がその時じゃないんですか。アイツに勝つ為に、オレはオレ自身について知らなくちゃダメみたいなんです」
オレの記憶は、凡そ110年前から始まっている。流魂街にある炎上した屋敷から発見されたらしいが、その屋敷の住人ではなかったことは確からしく、自分がどうやらボロボロの服を来て横たわっていた事は何となく覚えている。
燃え落ちていく屋敷の天井を眺めながら、いつの間にか涙を流していた。自分の周囲には何人もの死神が血溜りを作って倒れていて、頭上の梁がギシリ、ギシリと傾いていく様子を見ながら「ああ、自分は死ぬんだな」と理解していた。
声が聞こえていた。
何故お前だけが生きているんだ。
何故お前だけが生きようとする。
俺達と、私達と、僕達と、儂らと。
一緒に死ね。
死ね。
死ね。
それは呪いだった。既に死者の世界であるはずの尸魂界で、ただ霊子に還っていくだけである筈の霊魂からの怨嗟の声だった。
嫌だ。死にたくない。生きていたい。
幼い自分の声は、他の声に紛れて今にも消えそうだった。
刻々と、目に見える“死”が近付いてくる。
「―――て!」
その時だった。あの声が聞こえてきたのは。心の内から響いてくるのでは無く、焼け焦げた空気を伝って響いてきた声だった。
「―――だ人が――」
炎の中から飛び出してきた死神の死覇装は、炎によってか既にボロボロだった。必死の表情で飛び込んできた男がオレを見つけた時、驚きの表情になった。
何かに気づき、悩み、恐れていたようにも思える顔だった。しかし、すぐにただひたすら安堵したような顔になってオレに一言告げた。
「――君が、生きていてくれて良かった」
これが、今の衛宮士郎が抱く原点だ。
「じいさんが縁側に座っているとき、オレに『正義の味方になりたかった』って言ったんです。だから、じいさんがなりたかった『正義の味方』として、死神になって尸魂界を守りたいと考えた」
「……そうか」
「だから、オレは知らなくちゃ行けないんです。オレが記憶を失う前、あの火事の裏に何があったのか」
じいさんが亡くなった後、本人には聞き辛いと思っていたので護廷十三隊に入隊した後に事件の記録を調べてみたことがある。しかし、それらしき情報は一切出なかった。
何故、隠蔽されたのか。あの時に実は何が起きていたのか。大きな屋敷が燃えていたことは覚えていたが、あれ程の屋敷で何人も人が死んだのに、全く情報が出回らなかった。
「夜一さんは隠密機動の元統括軍団長だったんですよね?砕蜂さんかは聞きました。それなら当時、何があったのか知っているはず。一体何があってオレはじいさんに助けられたんですか?」
静かな洞窟に、生暖かい風が吹いている。夜一さんは終始無言でオレの話を聞いていたが、やがて俯きがちの顔を上げて正面からオレを見据えてきた。
「のう、士郎よ……これから話す事は、全て真実だと四楓院夜一の名の元に誓おう。じゃが、知った後に後悔するでないぞ。これはお主がお主自身の事を知り、そして乗り越えて行くために話す事じゃ。草葉の陰の切嗣は、きっとこの話をすることを望んでおらんだろう。これはお主が考えているよりもずっと悲惨な内容になる。それでもよいか」
「……はい、お願いします」
オレが頷くと、夜一さんはようやく重い口を開いた。
「これは、衛宮切嗣が隠密機動の第四分隊『誅罰隊』の長に就いておった時のことじゃ――」
戦闘シーンとかちゃんと読める代物になっているか不安です。
追記
別作品を執筆するため、次回の投稿は遅れます。御容赦ください。