本来笑うという行為は攻撃的なものであり、今相手に対しウヘヘとニヤけた面を晒す彼女もまた、それらの類いである。
「強い喃、強すぎる喃」
「虎〇先生やめてください死んでしまいます」
織斑一夏は悟った、目の前の幼なじみが小さい頃のそれではなく、流血と暴力が大好きな戦闘狂だということを。
「戦うと元気になるなぁ、なぁ一夏ァ」
「オ・ノーレ」
訂正、御大将だった。
「すごいね~篠ノ之さん、幽鬼みたいだ~」
「いや本音、あれは凄いっていうかなんというか」
「織斑君大丈夫だろうか、これが終わったら慰めねば、姉として」
「「誰が姉だ」」
剣道場の入口付近ではのほほんさんに鏡さん、谷本さんの三人がこちらを見て何やら話している。なんだ、弱いとか言われてるのだろうか少しショックだぞ私。
箒に話しかけても『ウ゛ァー』としか返さないし、なんだコレ。私はいつの間に、ホラーの世界に入ったのだろうか。もしかしてワールドパージされてるのか、私。ならば夢から醒めろ俺。牙突喰らわしてくる幼なじみとかイメージしてないし。
「だ、誰かー助けてー殺されるー!」
「ふふふ、どうした一夏震えておるぞ、おほほほ」
誰でも良いやっつけてくれ、目の前にいる人生の酔っ払いをやっつけてくれ。なんでもしますから。
「ん?今なんでもするっていったよね?」
「あ、本音!こんちくしょう、菓子と出番が絡むとCPU倍増しやがった!!」
「フ〇ック!あざといわこのアキラ様、くたばれ!」
なにやら三人娘が騒いでいるが、なにかあったのだろうか。のほほんさんどっか行ってしまったぞオイ。この平成生まれの小娘がとか聞こえるが、私達全員生まれ年一緒だってば。
そうこうしていると、竹刀がイヤな音と共に、こっちに向かってきた。おいやめろ、死ぬ、死んじゃうから。掠っただけで胴着越しに冷汗が湧く、もうやだこのブシドー。
「楽しい試合ですね……一夏」
「楽しいと思ってるのはお前だけだ!ア〇リームに帰れ!」
「モッピー知ってるよ、誘い受けだって」
「うるせぇ!羅刹が一の太刀使ってんじゃねえ!」
二の太刀要らずの殺し技を、惜し気もなく使い攻めてくる箒に徐々にペースをとられていく。このままでは一本とられ、そのまま『ぎょえ~篠ノ之箒』とか言わされそうだ。嫌だ、絶対に嫌だ。
それにしても、新当流とか何処で覚えたのかコイツ。開祖並に人を斬った剣豪の亡霊でも乗り移ったか。いや、さっき虎〇流使ってたし違うか。『なまくらと申したか』とか、ちゅぱ衛門かよ。
「そーれ、一夏。避けなかったら死ぬぞ、ほれ『神妙剣』」
「ギャアアッ!?バカァ、トーシロに奥義使うな!」
なんだもうコイツISとかいらねえよ、拘束具にしかならんよ。嗚呼もうキレたよ俺、ぶっ飛ばそう。
煮だった頭を冷ましつつ、体を右半開に構え直す。ブシドーも何かを感じたのだろうか後方にやや下がる。いい判断だ、けどな。
「遅せぇ、遅いぞ箒」
「何だと薩摩の亡霊がッ!」
言うより速く、竹刀と竹刀が鈍い音を反響させる。体を捨て、待ちを捨て、剣道らしからぬ動作で打ち込み、迫る。相手もこちらに併せ、対峙を捨て得物で応対してくる。
やっべえ、こっちもニヤけてきた。感染してきたのだろう、相対する相手に興奮が冷めやらない。血が沸き、身体を躍動させている。そう自覚しつつ、一旦距離を置く。
すまん、柔肌に傷を付けるかもしれない。そう益体ないことを考えた後、再び吶貫する。
剣道場にバシンと、何かが破裂する音が響いた。
◇
「かいちょーお願いします」
「……は?」
普段、生徒会室で菓子を食べているか寝ているか、ソファーでゴロゴロするしかしていない後輩が、息せき切りながらやって来た。
何事かと聞いてみると、同級生の乱闘騒ぎであるという。なお、頭の痛い事に戦乙女の弟と天災兎の妹との一騎打ちと付け加えて。
落ち着きなさい刀奈、COOLになるのよ。まずは素数を数えて……駄目だわ、全然落ち着かない。よくよく考えたら、なんでそんなことになったのか。わけがわからない。
本音の説明も『むーざんむーざん』と、暫くうどんを控えようと考慮する程のグロテスクな口調なので、今一つ要領を得ない。狂気に染まれとでもいうのだろうか、対暗部用暗部組織だと忘れているのではないか。
少なくとも当事者の二人とも、入学早々に騒ぎを起こす奇人変人の類には見えなかったが。人は見かけによらないということなのか、ならばやむなし。
生徒会長たる者、常にその行動において他の模範とすべし。そう決断し、通報してくれた後輩に声を掛ける。瞬間、後輩が打算的な表情を浮かべていた気がしたが、まさかと胸中で否定した。目の前にいる妹の従者は、わざわざ同級生の為に息も絶え絶えに、此処まで走ってきたのだ。今も息を整え、また現場に走り出そうとする程に。
「本音、とりあえず事態の概要はわかったわ。一刻も早く、現場に向かいましょうか」
「さすがかいちょーそこにしびれるあこがれる~」
瞬間、奇妙な間があったが気のせいと断じる。さて、少し顔見せが早すぎるが背に腹は変えられない。そう思いつつ剣道場に向かう。
「さてもさても入学当日に問題児発生とは因果なものね。でもまあ、それだからこそ生徒達に見せつけられるのだけれども」
何を、と聞かれればすぐに答えるだろう。生徒会長の強さとは、手っ取り早く周りの理解を得るには実践が一番効果的なのだ。
かくしてIS学園生徒会長『更識楯無』、学園最強が未だ見ぬ乱痴気騒ぎの二人に対し、お灸を据えるべく動き出したのだった。
◇
IS学園職員室、そこは出会いの少ない淑女達の溜まり場。知り合いから届く結婚式の招待状、年賀状に映る親子の笑顔。頻繁に来る田舎の両親からの見合いの催促、学生時代のタイムカプセルに書いた手紙。
此処は地獄の一丁目、織斑千冬の飲むネスレのコーヒーは苦い。
「榊原先生、またですか」
「悪い先生ではないんですが、出会いが悪いとしか……」
そういって、クリープでマイルドになったコーヒーに口を着ける山田先生。猫舌のようで、少しずつ舐めるように飲んでいく姿に苦笑しつつ、戦乙女はお茶請けの煎餅の包装を破いていく。
「今度、傷心旅行として一緒に熱海までついて来て貰いましょうか。温泉で気分転換でもして貰わないと雰囲気が危ないです」
結構、ズケズケと物を言う後輩だが、本心から心配しているのだろう。何せ明日は我が身だ、先達をフォローするのも無駄にはならない。
(まぁ、榊原先生の事だから、来週辺りの婚活バスツアーで手頃なのを捕まえて来るだろうが。何ヶ月持つか)
そう思案しながらテレビを観賞しつつ、煎餅を摘む戦乙女。テレビの中では、『海に帰れ、バカヤロー』と川に海豹を放流するリーマンパパが映っていた。
良い親父さんだ。結婚するならこんな人がいいな、などと少しセンチになる戦乙女。今年で24と、男性から見れば一番魅力的な時期であるが、当の女性にとっては色々と焦る時期なのだとか。
「織斑先生はどうですか?まさか『安定より浪漫』とは、言わないとは思いますが」
「私か?ふむ、あまり考えた事がなかったな」
それはいけませんよ、とズズイと力説する山田先生。先生は綺麗だからもったいない、とか先生程の人が結婚に無頓着とか、あってはならない等、散々に言われた。そこまで出来た人間でも無いのだが、と反論すれば更にまくし立てられた、何故か。
「織斑先生がもし、男性でしたらそれでも良かったかもしれません。男性なら、三十代でも引く手数多でしょうから。私でも三十代の先生のプロポーズでしたら、喜んでお引き受けします」
「落ち着け、山田先生。熱中し過ぎて論点がおかしくなっているぞ」
年も差程変わらない筈の後輩にして、これほどまでに気にしてしまう物なのか。贔屓目に見なくとも、目の前の後輩は充分に器量良しの優良物件だ。出会いさえあれば、大丈夫だとは思うのだが。
「教師だと、そもそもその出会いが無いじゃないですか。先輩、もしかして男性ではありませんか?」
「すまんな女で。昔、腐れ縁にも似たような事を聞かれたが、私は正真正銘XX染色体だよ」
何気に失礼すぎる言葉だが、それほどまでに消耗しているのだろう。あまり目くじら立てても仕方あるまい。榊原先生の愚痴に比べれば、まだ可愛いレベルだと聞き流す。
「随分な挨拶ね、織斑先生」
「おや、部活動の説明はもう終わられましたか、榊原先生」
気付けば、赤色のジャージがよく映える三十路が、目の前にいた。部活等の管理責任者にして、学生の夢を問答無用で砕く女性、榊原菜月(29)である。
「悪意ある説明どうも。女同士に友情なんてないのよ……」
どうやら、学生時代の親友に男を盗られたのは、噂通り事実のようだ。事実はいつだって残酷だが、男運が悪いとか、そういったレベルではないような気がする。
「元気を出して下さい、榊原先生。ちょっとくらいダメな女教師のほうが、大好きな人だっていますよ」
「フォローになってないフォロー有り難う。なら、付き合ってくれない?」
「すいません、私ノンケです」
三十路近くで、しっかり先生しているようで、少し駄目な先生が可愛いのは事実ですが、私は百合ではないのだ。
「そっちの意味じゃないわよ。貴女の知り合い二人が騒いでるから……山田先生、そんなに睨まないで、誤解よ誤解」
どうやら剣道場にて、弟と妹分がエキサイトし過ぎて暴走しているようだ。久方振りに再会し、旧交を暖める気持ちは解らなくもないが、少々熱を持ち過ぎている。程々に熱冷ましに行かなければならないか。
「わかりました。では行きましょうか先生……真耶、だからそんな眼で見るな。誤解だってば」
後輩のじと目を尻目に、少しばかり居心地を悪くしつつ、榊原先生と共に剣道場へと向かう戦乙女であった。
女の先生向けの、特別な指導書の存在を知り、愕然とした今日この頃。