IS学園生徒会長の朝は早い。他の生徒がまどろみの中にいる頃に、素早く起床。手早く制服に着替え、寮を出る。たまに襲撃者が来るが、素手で撃退。武器を使うより素手の方が強い人なのだ。
「さて、早く行かないと。マイスターに怒られちゃうわ」
倒した襲撃者を草むらに寝かせ、再び歩を進める。定刻きっちりと参上する為の努力は怠らない。その為か、一部の生徒からは時計扱いである。
ルルルと鼻歌を歌いながら学園に向かう生徒会長。たまに人外扱いされども、教師陣がそれに輪を掛けて怪物扱いなのであまりパッとしない。
一応学園では生徒最強なのだが、ここ一番でポカやらかすのは不遇としか言いようがない。具体的には、崖から落ちたりISごとバラバラにされたり。
「しっかし、昨日は参ったわねー。口上言う前に織斑先生にやられるとは」
手に持った扇子には『不完全燃焼』と明らかにフラストレーションが溜まった文字が出ている。何せ、今年度の新入生に対してのデモンストレーションが、まさかの不発に陥ったのだ。
「先生相手だから仕方ないとは言え、全くの見せ場無しとか馬鹿みたいじゃないですかー!」
周りに誰も居ない事を確認して叫ぶ。空の晴天模様に対し、彼女の心持ちはどんより雲のようだ。思わず『死(チ)ねー!』と騒ぐ位には。
こんなんでも生徒会長なんです。学園生徒最強なのです。スクラップとか鉄屑とか言わないであげて下さい。
そうこうしてる内に生徒会室に着く。扉を開ければ、既に先客がいた。
「おや、やけにレイプ目ですねお嬢様。おはようございます」
「おはよう。昨日何故か、顔面破壊される夢を見てね……あぁ、夢じゃなかったわ、アレ」
おでこをさすれば、昨日の痛みが甦ってきた。もう痣や瘤はない筈なのに、脳中に今だこびりついている。トラウマともいう。
国家代表の地位に就く自分でも、まだまだ追いつけない人種は世界に数多く居る。戦乙女に至っては、その極みともいうべきか。本人が聞けば否定しそうではあるが。
「努力を怠らない天才相手に、凡人はどう戦えというのよ」
「個人で勝とうとするから負けるんですよ、会長。チームでやるのとワンマンでやるのでは、また違うと思いますが?」
幼なじみの会計から、嫌な現実を突き付けられた。夢も希望もないが、凄く正論ではある。納得出来るかは別にして。
「だからその個人で勝ちたいのー!」
「……本当に『更識』当主らしくないですね、お嬢様。組織のトップが、そんな我が儘言いなさんな」
「お飾りのトップで、誰が着いて来るって言うのよ。ある程度、実績作らなければすぐにすげ替えられるわよ、当主なんて」
「はいはい」
わずか十代で、一家処か一大組織の長になった。組織を纏める役目とは、メリットよりもデメリットの方が大きく、人に言えない苦労も多々あった。全てを放り出して、誰も知らない所へ逃げ出したくなる時もあったのだ。事実、一度だけ脱走未遂をやらかした。
隣で、喫茶店のマスターの様に丁寧に、ホットミルクが入った鍋に対し紅茶の茶葉を投入している音楽好きも、同じく労苦を分かち合った友だ。
『布仏』の秘蔵っ子と一緒に更識本家に来たときから、ずっと離れる事なく着いてきてくれた。口は悪いというレベルではないが。
「インサイダー紛いの事は、もうしたくありませんがね。お金に関しては信用第一ですよ、お嬢様」
「下手したら海外旅行だったものね、永遠に」
「今はまだ父や伯父上様がご健在ですから。ゆっくりと、確実に行きましょうお嬢様」
竹馬の友の言葉は厳しく、されど出してくれたミルクティーは温かく、ほんのりと甘い。これでバナナシフォンがあれば言うこと無しなのだが。
「ねぇ虚、お菓子は……」
「黙って飲んで下さい」
「ハイ」
あまりしつこく言うと、お代わりが煮込み式の微妙な紅茶になるので黙って飲んだ。せめて軽食が欲しい。朝早く仕事しているので、腹はもうペコちゃんだ。
少しだけ、騒がしくない程度に備え付けのラジオをつける。ちょうど流れた曲は、喫茶店らしく『喫茶レ〇ン』だ。心なしか眼鏡を掛けたマイスターも機嫌良さげだ。
「はい、お嬢様。軽食の用意が出来ましたので、手洗いお願いします」
よっしゃ、と心の中でガッツポーズを取る。ありがとうラジオ局、良い選曲だわ。目の前の、頼り甲斐のあるクールビューティは音楽好きなのよ。
手洗いを終え、来客用のテーブルにつく。テーブルを見れば、卵と千切りキャベツ、土台はベーコンと如何にも美味しそうなモーニングが二人分置かれていた。
「そうそう、朝はこういうので良いのよ。うわー卵半熟やん、素敵やん」
「食い意地張った会長には、これくらいが宜しいかと」
「いやーOKOK。失礼な事言われても今は特に気にしないわ」
隣で幼なじみが呆れているが知ったことか。今この身は、目の前のモーニングを食すことに全神経を向けているのだから。美味い紅茶に、腹の減るモーニング。朝からテンション上がって来たわ、コレ。有頂天ですよ。
「よし。では、いただきます」
「はい、召し上がれ。ではこちらも」
こちらが手をつけた後を見計らい、年上の従者も『いただきます』と、綺麗なバリトンボイスを皮切りに食事を始めた。制服姿なのが少々残念であるが。
「うん、美味しい。朝でもサラサラ入るわ。ベーコンエッグウマー」
作りたての半熟目玉焼きと、下に敷かれた脂身たっぷりのベーコン。食い過ぎは良くないと言われても、この旨さには抗えない。
沢山食べた分、沢山運動すればよかろうと考える自分は間違ってない筈、多分。
そう言い訳しつつ、スープを飲む。インスタントでもポタージュは美味い。クルトンと共にスプーンで掬い上げて飲む暖かさ満点のスープ、少しずつ身体が熱を持ってきた。
そして、忘れてはいけない主食のトーストを見てうっとりとする。何?金持ちならもっと良いもの食え?馬鹿野郎、幼なじみが朝早くに起きて作ってくれたモーニング。充分に贅沢ではないか。
目の前の厚切りトーストは、一目見て只のトーストでは無かったのだ。
先ず表面を見れば耳はカリカリで、噛じればポロポロと崩れること必死の状態。口に入れれば、そのサクサク感が口内に刺激を与える事は容易。事実、一口一口噛み締めそう感じる。
「うーん、この良い塩梅。流石ね虚、良いセンスだわ」
「お褒めに与り恐悦至極、とでも言えば良いのですか?」
「このツンデレめ、褒めてるのだから素直に喜びなさいな。何なら歓喜に咽び泣いても良いわよん?」
「ハッ」
は、鼻で返しよったコヤツ。主従の契りはどうしたオイ、桃園の誓い張りに重い奴だぞ。髭とかアル中は居ないが。
「早く食べないと冷めますよ、お嬢様」
「むむむ」
正論でスルーされ、少しショック。頑張れ私負けるな私、とりあえず食事を再開しよう。うん、ウバのミルクティー美味しい。甘い香と強い渋味、何より色が堪らない。流石サザビー、スタバで高いだけはあるわ。
表面にたっぷりのバターを塗ったトーストと交互に、淹れて貰った二杯目の紅茶を飲む。ストレートやレモンも良いモノだが、私にとっては紅茶とはミルクティーなのだ。こればっかりは譲れない。
隣で、渋味が少なく軽快な味が特徴のセイロンティーを嗜むマイスターも、そこは理解してくれており、常に出すのはミルクティー。しかもつくりたて、完璧だ。
「二十歳になってからにしてくださいね、アイリッシュ頼むのは」
「魔術師じゃあるまいし、そんなこと言わないわよ。簪ちゃんが頼んできたら、止めてあげてね?」
「ええ、こないだ文庫版買っておられましたから、そこはもう」
軽口を叩きながら、自分の半身について心配する。まだ微妙に、中学生特有の病気が治っていない愛しき存在の英雄願望について。上を目指すは良いことであるが、そういう時えてして道を間違える事は多々あるものだ。
(あの子はどちらかと言えば、養子っぽいんだけどね)
例え、近親者に化物と揶揄される程の天才がいたとしても、その存在を受け入れ、理解しようと追いかけてくる人間はどれだけいるのか。
あの女子から見ても華奢な身体で、精一杯走ってこちらに向かってくる愛しき兄弟は、それを実行しようとしている。だからこそ、嬉しいと思うと同時に不安になった。
周りから排除されないだろうか、その道を否定されないだろうか。言われるだけならまだしも、人は時として理解出来ない存在に対し敵対することがままある。自分が入り、そして通っている道が正にそれなのだ。
以前、溺死というか凍死しかけていた兎と世間話した時にかけられた言葉を思い出す。
『人が死ぬ時とはどんな時か、何だと思うかね?小さなお姉ちゃんよ』
その時は解らなかった、いや、答えをまだ知らなかったというべきか。存在自体が童話や物語のそれの言葉には、上手く説明出来ない嫌な異物が込められていた。
何故あの時、あの兎は『狂言回し』の自分にあんなことを言ったのか。下駄を履かされつつも、境界人から大人になった今ならば理解出来た気がした。気がした、だけであるが。
(駄目やね、私。簪ちゃんの方がよっぽど賢いわ)
思考の波から帰還し、ふぅと溜息をつく。考えれば考えるだけ、煮詰まりグズグズになる問いなど愚か極まりないと一笑に付す。軽く自らに嘲笑も含めて。
「ねぇ虚。もし、本音ちゃんが無理して自分に追いつこうとしていたら、貴女はどうする?」
「どうするも何も、止めますよ当然。但し、本当に危なくなった時に限り、ですが」
「そっか」
「ええ、そうですよ」
まるで、赤子の成長を見守る母親のようだ。厳しくも、慈愛あるママさんになるだろう年上の幼なじみが眩しく見えた。
(私ならどうするだろうか。一度甘やかすと、とことんまで甘やかしちゃうんだろうなー。あれ?今とあまり変わらない?)
愛情のストッパーを母体に置き忘れた姉の赤心であり、裏表はなかった。何せ裏も表も『好き好き大好き』しか書いてないのだから。
「会長、早く食べないと片付けてしまいますよ。さぁ、ハリーハリー」
「あ!ちょっと待って今食べるから!」
従者のセメント対応に慌てつつ、優雅とは程遠い所作で残りの朝食を掻き込む学園最強。
今日の放課後には、簪ちゃんと話して癒されよう。そう決意する生徒会長であった。
珈琲派の方にはすいませんでした。