「ほろろ、おろろ、ふぁらら」
何だか訳の解らない夢から覚め、気付けばそこはベッドであった。等と雪国めいた感想をしつつ、篠ノ之箒は目を醒ました。ルームメイトを軽く驚かせて。
「あ、おはよう篠ノ之さん。大丈夫?」
やや心配そうな顔をこちらに向け、声をかけてくるルームメイトは鷹月静寐という。黒の短髪に左右の髪留めが特徴の、しっかりとした印象を持つ娘だ。
「ああ、すまない。大丈夫だ、問題ない」
「いや、問題あるでしょう?腕利きの烏と戦って疲れたっていう顔してるわよ、貴女」
何処のナインボールだ、それと思いつつ、やや重たい身体を覚醒させる。やはり精神はともかく、肉体は昨日のダメージが残っているのか、中々起きてくれない。
「あの、鷹月さん。重ね重ね申し訳ないが」
「はいはい。ほら、手を出して」
寮友の手助けの下、ベッドという魔のトラップから起きる。4月だからまだ良いものの、冬は起きられるかどうか不安になる。
「とりあえず顔洗って、髪整えてきなさいな。シーツはこっちで手直ししておくから」
「ありがとうございます。恩に着ます」
「報酬は海老チャーハンな」
「あいあい」
そういって寝室から洗面所に入り、水道水で顔を驚かせる。もう春だというのに、その冷たさは鋭く、顔を容赦なく襲った。
「上善如水っていうけど、厳しさも全面に染み渡るわぁ……」
老子若しくは荘子に軽くぼやきつつ、ちらと鏡を見る。物をなかなか捨てられず、ややジャイアニズムが滲み出している自身の顔が写っていた。耽美系ではない。
「不細工な面してるなあ、私」
カラカラと笑いながら、辛口の自己評価を下す。見目の事ではなく、表情の事だが。今なら織〇とか〇川の物真似も出来るだろう。かつて幼なじみに『行動原理が芸人』と言われた事を思い出し、さらに笑う。
(しかしな一夏、そうなったのはお前の影響でもあるのだぞ?)
気怠い疲労感と筋肉痛を与えてくれやがった幼なじみに対し、胸中にて反論する。確かに、昔はこんな『三馬鹿』と謂われるような性格では無かった。根っこは多分変わってないが。
男女と言われる位、妙に剣が好きだった。親が剣道をしていたのもあってか、物心つく前から竹刀を弄っていたという。振らずに魔女の如く、空を飛ぼうとしたりしていたそうだが。子供特有の謎行動です。
「今思えば、あの時タチの悪い病気になってたんだろうな。姉さんのこと、悪く言えないわ」
顔を洗い、長くなった髪を水で少しずつ梳かしながら、姉に詫びる。未だ全てに納得も理解もしていないが、信じる事だけは忘れていない。
「だから説明が欲しいのだがなぁ、イマイチ理解に苦しむ」
ちょくちょく電話して近況を報告がてら、ISについて聞いてみたが、彼女がけんもほろろならまだよかった。
『お前の頭をグランドオープン!』してやりたいくらい、意味が解らなかったのだ。必死さが電話越しに伝わってくる程、誠意は伝わったが。最後辺りは涙声になっており、聞いてたこっちが罪悪感を感じた。
(まあ、幸いにして時間はたっぷりとある。ゆっくりと、時間をかけて話そう。頑張ります、父さん、母さん)
今頃ギニア辺りに居るだろう両親に誓いながら洗面所から出て、丁度ベッドメイクを終わらせた寮友に一礼する。
気さくに、『気にしない気にしない』と笑顔で返してくれた相方に、改めて良い人と相部屋になれてよかったと感謝の念をもった。
◇
寮友と制服に着替え、向かう先は食堂。IS学園の生徒及び教職員の胃袋を掴む聖地であり、時折来校する観光客も、必ず何か食べて帰るという風聞が飛び回る美食の地である。何より安い、というより半ばタダ。エンゲル係数が不安な家庭にも、優しい制度であります。
「さて、今日の飯はなんじゃらホイ」
「身体の痛みより、先ず飯か。割と凄く体育会系よね、篠ノ之さん」
「鷹月さんや、合宿とかだとね?食わないと死ぬの、物理的に」
趣味が手芸、草木の手入れという、完璧に文化系な鷹月と交流という名の異文化コミュニケーションを行いつつ、お互いについて話す。
こちらが、剣道の話や保護プログラムにてあちらこちら転校していた事を話したら、やけに同情された。同情するなら友になってくれと冗談混じりで言ったら快諾された。真面目過ぎるだろ、この娘。
ほんの少し、生真面目なルームメイトの将来を案じつつも、やれ買い物のチラシチェックだの、桜島は最高だのと寮友と話して、騒いでいる内に食堂に着いた。
入口に立て掛けられている黒板式の看板には『本日のオススメ』が白と赤のチョークで大きく書かれていた。
「ほう、今日はジ〇リ飯が食えるのか、たまらぬな」
「朝から大盛りのミートボールスパとか、カロリーとか栄養学に喧嘩売ってるのかしら?」
「デザートは〇婆のケーキがつくみたいだが」
「ならばやむなし」
女の子はお菓子は別腹だというが、寮友もそれに洩れずデザート好きの様だ。勿論、私も甘い物には目がなく、政府から貰った金でよく甘味処に足を運んだものだ。いかん、腹が減ってきた。
「とりあえず中に入ろう」
「そうしましょうか」
言葉は少なくとも、思いは伝わる。相方も早く食事にかかりたいのだろう、目が据わっている。美味しい朝食という獲物を求め、戦場たる食堂に身を潜らせた。
飢えた餓狼といえば良いのだろうか。潜り抜けた先には一日の活力を欲し、必要なエネルギー源を摂取している生徒や教職員が、各々好物を頼み食していた。
入口に奨められていたミートボールスパや、おまじないをかけられた、食べると大粒の涙が出る程旨いおにぎりを一心不乱に食べている様子は、正に金曜のロードショーの光景である。
「昨日の昼と夕方も凄かったが、今日もまた朝から凄いな。見てるだけで美味そうなのが伝わってくる」
「あ、スゴイ。肉団子入ったトマトスープある」
「よし、二つ入れて貰おう」
壁に設置されているメニューの列を観賞しながら、行列に並ぶ。民間食堂と違い、学校施設だからか各テーブルの回転は程よく廻っており、すぐに自分達の番が来た。
「すいません、『隣りの手作り弁当』一つ」
「あ、ゴメンなさい。それ来月からなんですよ」
いきなり出鼻を挫かれた、気分はまさにガーンである。いや、ならばもう一つ。
「じゃあ、おでん定食一つ、豚の丸焼きも合わせて」
「ゴメンなさい。売切れです」
「……卵焼き定食、トマトスープもつけて下さい」
「あいよ」
残念無念と悔し涙もそこそこに、多少サービスを受けた卵焼き定食を持ち、空いているテーブルを探す。窓側を一瞥し、丁度食事にかかる見覚えの有りすぎる黒髪の後頭部が見えた。
「よっしゃ、ケーキラストワンゲット。席何処にする?」
「おめでとう。今見つかった、窓側に行こう」
なにやら周囲が牽制しているが、お構いなしに件のテーブルに進んでいく。寮友は寮友で、周りの視線に対し『いやーすいませんねー』と、全身で遜っていたが目だけは役得と喜んでいた。
「意外だな、こういった事は慣れてないかと思ったが」
「自分でやることは余り無いよ。でも面白いからね、これ」
「良い一面を見れたと言っておこう」
「それはどうも」
気の良い寮友の返事に相槌を打ちつつ、目的のテーブル前に着く。当人達は周りがざわついていたこともあり、既にこちらを向いて『おいでおいで』と手招きしていた。子供か私は。
「おはようマイペース侍。気分はどうよ?」
「おはようミスターフラッグ。目当ての定食が親方に持ってかれてな、少々ナイーブになりつつある」
「身体のこと聞いたんだけどなー。大根と蒟蒻、要るかい?」
「卵も」
「ダブるぞ」
反則的であるが、卵焼き半分と引き換えにお目当てのおでんを獲得した。流石一夏、アホみたいな山盛りご飯とおでんを一緒に食べようなんて奴、他にはいないだろう。
隣のシャルルはシャルルで、向かい側の英国娘の箸使いを指導していた。なんか凄く違和感がある光景だが、ガワはともかく中身はジャポネーゼだ。下手な日本人より作法はしっかりしていた。
「一夏、ルームメイトの鷹月だ。彼女が居なかったら、私はまだベッドで死んでた」
「おお、そいつはまた……すいません、うちのモッピーがお世話になりまして」
「いえいえ、相部屋の住人として当然のことをしたまでで」
まるで、親戚の家に子供を引き取りに来た仕事帰りの親の様に話す一夏に、つい笑いが零れる。本当にコイツ十五か?
「年齢詐称とかしてないし。ピッチピチのシャングリラ育ちやぞ」
「木星にでも行ってろ。もしくは火星でボ〇ンジャンプして、ナイスミドルになってこい」
「わけがわからないよ」
気にするな、私も私で何を言っているか解らない。最近妙に変な夢見たり、既視感を覚えることがよくあるが何かの病気だろうか。精神科が必要な。
学校から通院出来るか、またはカウンセリングが必要か、等と考えながら『いただきます』と皆で食べ始める。おかずを分けたからか、私と一夏の献立は瓜二つになっていた。
「スープまで一緒か、団子は?」
「二つ」
期せずして、二人はワハハと笑いながら食べていく。周りはどうしたと騒いでいるが、だいたい空気に馴染んできた鷹月や、英国のお嬢様は普通に食事を進めている。シャルル?お嬢様のお世話してます。
(さて、今日も一日頑張りますか)
朝の満ち足りた時間を楽しみつつ、頼んだ飯を味わうポニテ娘の顔は、既に綻んでいた。
寮生活って大変だなあと感じます。