ISげもの   作:マイク横須賀

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転入前の少佐です。


軍人黒兎

『アウトバーンにて、またもや玉突き事故発生』

 

官舎の部屋に付けられたテレビには、ポルシェが物の無惨にひしゃげた姿を晒していた。幸いにして死傷者は出なかった様だ。

 

「珍しく暇だ。やることがない」

 

そういってテレビの電源を消し、朝食時に渡されたハリボを咀嚼する。蒟蒻ゼリーなので喉に詰まらせない様、ゆっくりと甘噛みしながら味を楽しむ。

 

この微妙に年寄り臭い眼帯娘、名をラウラ、姓はボーデヴィッヒという。誇り高いドイツ連邦軍所属にして、階級は『少佐っぽいもの』である。特務士官と謂えようか。

 

何故『少佐っぽいもの』かと問われれば、試験体ベビーだの十五歳の小娘だの、人体実験だの色々と重い過去を清算した結果、今の地位に落ち着いたのである。位打ちとも言えよう。

 

 

「かといって仕事したらしたらで、中尉(っぽい何か)から小言喰らうしなあ」

 

自分の部下にして副官に対しぼやき、本日の休暇 をどうしたものかと思案する。無理矢理取らされた物とはいえ、無下に扱えば部下達が泣くので、慎重に動かざる得ない。

 

便宜上、部隊の長となったからには、その職責を果たす事が軍に対しての恩と考えている少女は、あまりに余暇に対して無頓着であった。副官や隊員が無理矢理町へ連行する位には。

 

そうした副官達の努力も実り、たまの休みにアフリコーラを嗜みながら豚足を摘むドイツ少女には昇華したものの、生来の気質からか頑固な所は変わらなかった。

 

(いや、部下が仕事しているのに上司が遊び呆けるのは違うだろう)

 

齢十五にして、社蓄の鑑みたいな事を宣う『ドイツの冷水』。職務時は部下達に厳しいが、何より、自分自身に一番厳しく律を課している姿勢から付けられた呼称である。

 

ワーカホリックの上司になられては困ると、隊員どころか他部隊からも嘆願書が提出された事もあった。本人としては、またそれで色々と悩んだりもしたのだが。

 

「仕方ない、何かしら書籍かファンタでも買いに行こうか」

 

そういって、私服に着替え出す黒兎。地味な服装であるが、本人の容姿が整っているためかCMのモデルの様になっていた。具体的にはUNI〇LOとか〇Uみたいな。

 

身分証をズボンのポケットに入れ、履き慣れたローファーに足を入れ官舎から出る。空を見れば、もこもことした雲が太陽を隠していたが、外出には丁度良い天気である。

 

「ふう、良い天気だ。牛乳でも飲んでいくか」

 

すぐに外出せずに、官舎から少し歩いた駐車場に設置された自販機にて、牛乳を買う少佐。日課というか半ば義務になりつつある行為を見て、笑う者はいない。

 

「しかし、毎日二本飲んでるのに、何故身幹が育たないのだろう」

 

個人差としては、部隊の中でも豆タンク扱いの少佐の目下最大の悩みである。副官から、『隊長はそのままでいて』と歪曲に提言された時は、周りを気にせず肩を震わせながら部屋に戻り泣き明かした。

 

(戻った時、中尉に土下座された時はどうしようかと考えたな。あの時は駄目な上司だと自省したが)

 

そう反省の歴史を思い返しつつ、グビリと牛の乳に口を就け、一気に飲み干す。飲み初めた当初は苦手であったが、飲み慣れた今ではすっと喉を通り、自らのメラニン色素の薄い身体に活力を与えてくれる。

 

「よし、では出るか」

 

そうして、意気揚々と基地正門まで歩いていく黒兎の隊長。周囲からの挨拶にも欠礼なく会釈と『お疲れ様です』と一言添えていく姿は、年相応の少女の印象を周囲に馴染ませていた。

 

(帰った後にレーゲンのチェックをして、機体試験に備えよう。ただでさえじゃじゃ馬なのに、肝心の乗り手が無能の私とは)

 

何の冗談か、と吐きつつ歩を進めている事は誰にも気付かれなかった。

 

 

 

 

町に出て、先ずホットチョコを購入し、辺りを見回す。眼帯を外し色の濃いサングラスを着けてやや視界が暗いが、視界の隅に公園が入った。

 

「平和だな、凄く」

 

そのままふらっと公園のベンチに腰掛け、感慨深く呟く。喜んでいるのか呆れているのか、自分でも解らない感情のまま息をつく。

 

かつて遺伝子強化の試験体としてこの世に生を受け、正式に軍属となるまでに様々な試験を受けた事を思い出す。

 

非人道的な事業である事は承知していた。しかし、それが無ければ生まれていなかった事も事実であり、何よりも一人では無かったのだ。

 

仲間、同胞ともいえる友がいた。自分一人では折れていたであろう状況において踏ん張って、頑張って、それらを踏破できたのは他ならぬ朋輩達のお陰だった。

 

(だからこそ、その成果を生を授けてくれた国に見せたかったのだが)

 

手元の端末には、自らの身体データや詳細な情報が写し出されており、部隊全体で見て下から数えた方が早い、自分の当時の記録を眺めながら思う。

 

(まさか失敗するとは、な)

 

原因は解らなかった。ただ、IS適合率向上の為に行った試験の結果、身体機能に大きな変化が顕れたのだ。

 

すぐに試験は中止され、他隊員の身体機能のメディカルチェックが入ったが、杞憂だったらしく自分以外は無事であった。

 

それに対し安堵した際には、周りから強く叱咤され、そして泣かれた。

 

普段当たりの強かった上官や、チビとからかってきていた整備士も同様に泣いていた。最後に私も泣いてしまった。

 

自分の為に泣いてくれる人達に何一つ返せない、そんな自分に泣いた。

 

(能力が落ちたというより、制御出来なくなったといった方が良いのだろうな、コレは)

 

元々の身体が大きく変化した様な物だ。自身ではそう感じており、ガワは同じでも中身は別物に変貌していた事に驚きを隠せなかった。

 

(継ぎ接ぎ、もしくは奇形。正しく出来損ないの状態だったな、あの時は。いや、今もか)

 

試験を受ける前の半分も全力を出し切れない。そんな慣れない身体に翻弄されながらも挫ける事なく、苛酷なリハビリを続けた。

 

その甲斐あってか、今ようやく数年前の自分に追いついた。純粋に嬉しかった。

 

リハビリ達成後、副官にワインで煮込んだ米を、『お赤飯です』と力説され無理矢理食わされたり、部下達に千羽鶴を渡され武運を祈られたりと色々あったが、良き思い出だ。間違っているところは多々在れど、祝う気持ちに嘘はなかったのだから。

 

(だからこそ、恩を返したい。軍、部隊の皆は勿論、数年動けなかった私の役目を代行してくれた中尉、それに)

 

ほんの一年であるが、素晴らしい一年を与えてくれた二人、その内の一人から先日依頼を受けた。彼女が講師を務める職場に来てくれと。軍からも了承を得ているとの事だった。

 

「IS学園に入れ、か。軍属の人間に対して、結構な無茶をいわれるものだ、織斑教官も」

 

アラスカの禁止事項に片足処か、両手両足全部抵触している存在をISの総本山に迎え入れる。狂気の沙汰だ、ありえない。そう皮肉りながら、茶色の暖かな飲料を飲む。舌が火傷した。

 

「ちっ、ナノマシンもこういった時は融通が利かんというに」

 

少々子供みたいな駄々を捏ねくり回し、端末のページを閲覧していく。学校施設の写真や募集要項、関係者の推薦状の写しに海外語訳の教科書の申請書など、入校に際しての電子書類に目を通していく。

 

制服等に関しては、貸与品ではなくオーダーメイドで誂える様だ。黒兎的には、学生の身分にて少々贅沢な気もした。

 

何せ今着ている私服以外の軍服やベルト、制帽など普段使用している被服全てが貸与品の生活をしているのだ。衣食住の面倒を国に負担させている身空としては、自分で準備したかった。

 

(金額払おうとしたらしたらで、『経費で落ちます』の一点張りだったなあ。お金あまりないだろうに、軍も)

 

そう無体な心配をしつつ、食堂の紹介ページを見て手を止めた。映っているのは、日本食。ありふれた物ではあるが、見ている彼女は懐かしい物を見た。そんな顔をしていた。

 

「確か『おでん』だったかな、アイツが作っていたのは」

 

ぷるぷるした蒟蒻とホクホクのじゃがいも、出汁の染みた大根に卵。グツグツと煮たそれを食べた時を思い出した。熱かったが美味かった。

 

「逢えるかな」

 

ポツリと呟いた。恩師と同じく一年という短い期間ながら、実に強烈な印象を両目に焼き付け、残してくれた金髪の男子の姿を幻視した。

 

シャルル・デュノア、欧州の統合計画の一環として、企業視察の為各国をドサ廻りしていた様で、自分の部隊にも来たのだ。何故子供がと疑問に感じたが、自分も似たような物なので何も言わなかったが。

 

企業主の子息という立場をよくわかっていた様で、余り口煩く質問してくる事もなかった。ただお互いにナイーブになっていた時期であった為か、少々手を交えた口論になったが。

 

「まさか、異性との付き合いで喧嘩越しになるとは」

 

しかし、悪くはなかった。相手の言に篭った熱は、確実に自分の何かを溶かしたのだ。痛い程感じた情感、自分ながら『ちょろい』と思った。

 

「こんな私でも、あるものなのだな。人一人をこうまで気にするとは」

 

胃袋と閨を抑えられたら負けと副官は言っていたが、まさか自分がそうなるとは思いもしなかった。

 

「それにしては男女が逆じゃないか。旦那とか謂われたくないぞ、私は」

 

とにかく、向こうで笑われない様に料理本でも見に行こう。素材の味を活かす独逸人としても、色々学ぶ事は悪くない。わからなければ教授して貰えば良いのだ。

 

「しかしアイツ、彼女は出来たのだろうか。好きな人がいると言っていたから、まだいないかもしれんが」

 

出来ていないなら、それはそれで良かった。気に入った相手を助けるのも、一友人としての努めだ。凄く大変だろうが。

 

そう考え、公園を後にする。後日、彼女が学園の季節外れの転校生として、周囲を大きく混乱させる要因になるのだが、それはまた別のお話。




左目眼帯、惇兄しか知らない。
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