「箒、食堂行こうや」
午前の授業が終わり、纏め終わったノートを篠ノ之箒は眺めていた。そんな大和撫子に声を掛ける異性が一人、ワンサマーこと織斑一夏である。
「構わないが、シャルルとセシリアはどうしたのか」
「二人して仲良く屋上でランチですってよ、羨ましいことで」
「成程、弁当か」
朝、日課の素振りのため外に居たモッピー。そのため、貴公子がそそくさと職員寮に向かったのは知っていた。馬に蹴られる趣味は無かったので、敢えて何も言わなかったが。
(本当に性別が逆だよなぁ、あの二人。方や男前、方や金髪美人、そして教師と生徒。うーん、何処のレディコメか、羨まけしからん)
朝の貴公子の献身振りを見て、箒はそんな事を思った。このモッピー、小学四年辺りから家族と離れた生活をしていた為か、無駄に逞しい精神構造を所持していた。あと妄想癖も。
『麦は踏まれて強くなる』、十歳辺りから十五歳までの五年間、様々な艱難辛苦を彼女は経験したが、それを糧にして一つの持論を得た。秘技開眼というべきか。
(『頑張れば報われる事もある』、実際私もそうして学園に入学出来たしな)
このモッピー、姉が姉という事もあり推薦での入学も容易であったのだが、本人が謹んで断った。但し、入るなら入るで自分で入ると半ば自らの意地を押し通して、であるが。
受験勉強は至難を極めたが、想い人が入学すると聞きブーストが入った超モッピーを阻む物は無くなった。跡形もなく。
「嗚呼眠い……それはそれとして、綺麗に纏めてんのねノート。後でコピーさせて」
「良いぞ別に、ジュース一本な」
「金取るんすか」
「等価交換、ああ良い言葉だ。それにタダより怖い物は無いぞ?」
さても浅ましきは人の心にて、等と対価無しで人に物を請う幼馴染に苦言を呈する箒。一夏も一夏で思うところがあったのか得心した面持ちになっており、ニヤリと女たらしの面を出していた。
(だから一々メンズフラッシュするなと、魅惑の黒子も無い身でありながら何で其処まで輝いて見えるのか)
モッピーは思った。目の前の彼はこの五年間でどれだけの女子を惑わせ、そして絶望の底に叩き落としたのか。比較的付き合いの長い自分でさえ『ご覧の有様』なのだ、初心でオボコな小中学生であればひとたまりもあるまい。
このモッピーの考え、実の所かなり正鵠を得てはいた。若干違いをいうならば、織斑一夏には既に心に決めた人が居り、ただ単に操を守っているだけなのだが。兎さんですよ、兎さん。
「致し方無し、ジュースではないが今度茶を一杯」
「茶道部にでも入る気かお前。点てるなら美濃焼で頼む、志野茶碗で一服したい」
「織部ェ……黒織部で面白いのを手に入れたんだけど」
「それお前の好みだろうが、送ってくる器と一緒にカタログつけんな」
教室から食堂までの間、両者にしかわからない話題で盛り上がっている二人。学生なのに茶器に興味がある一夏と箒、剣の師匠から教えて貰った道は剣道だけではなかった。
武人たる者、武芸のみでは片手落ち、それではいかんというべきか作法やらなんやら二人とも仕込まれた。その甲斐はあってか下地は出来、門下生二名は数寄者の業に目覚めた。
結果、へうげな一夏と傾いた箒の出来上がり。父親として師匠として『どうしてこうなった』と柳韻師父は嘆いた。
が、そもそも二人の前にこのおっさん、戦乙女と天災兎にもある程度イロハを教えており、その結果が今日の世相である。兎にしても千冬にしても意識はしていないが、ある意味彼が元凶といえなくもない。
「まあまあ、ほんのちょっと、ちょっとだけでええから」
「先っちょだけみたいな言い方すんな、阿呆。織斑先生はしっかりしているというにお前は」
「いや、騙されるな箒。先生アレで利休居士リスペクトだから、こないだ黒楽茶碗持ってウキウキウオッチしてたから」
「ウッソだぁ」
いやいやホント、と反論する一夏を見て箒の中の幼馴染像にやや更新が入った。出会った当初は『気に食わない奴、というよりくたばれ』だったのにな、とモッピーは少し感慨に浸る。
色々あって『気に食わないが気になる奴』、『話して見たら割と話せる奴』、『気になって仕方がない奴』と出世魚の如く変わっていく気持ちが何なのか。幼い頃の自分には理解出来ないモノだった。
姉や親はそれを『恋』と教えてくれた。『愛』ではないのかという問いには答えてくれなかったが。
はぐらかされた答えを探すべく図書館で本を読み、沈黙を貫く文字を追っている内に夢の国に入国する日々。
強制的に連行した幼馴染が、閉館時間にはおんぶして家に帰してくれるオプションには大変お世話になった。あとむっちゃ満足した。
「一夏」
「どうした箒、金子の無心なら断るぞ。俺も心許ない」
「違うわ惚け、全国優勝の記念とか言って高名の紅志野買うからだ。使うのに凄い気遣うんだぞアレ」
「リボン共々大事にしてくれとんのね、有難う」
なんで其処で笑顔で礼を云うのか。散財癖について一言物申す筈だったのに、もう何も言えなくなってしまったではないか。リボンの事まで言うか、馬鹿一夏。
何故こんな元朴念仁を好きになってしまったのか。惚れたもんの負けよ、と何処からともなく聞こえた気がしたが無視した。
現実を直視するのは思いの外辛い、かつて彼女の姉が同様に悩んだ事を知らずにそう懊悩するモッピー。世界から見ても、見た目や何やらが似てないと言われる篠ノ之姉妹であるが、割と同類であると誰が知ろうか。
その後、ブツブツ言いながら歩く箒の手を取って食堂の扉を開けた幼馴染が、モッピーに声を掛けるまで彼女はずっと自問自答していたとか。全くもって凡骨ですわ。
箒ちゃんは素直になったら可愛いと思います。いやツンツンしてるのも良いのですがね。