まったく、つくづく嫌な奴だ、僕という男は。自分の我が儘の為に、ミスオルコット――セシリアを泣かせてしまった。僕の罪だ。男として、してはいけない類いの。
「御免、浅慮だった」
急いで謝罪し、反省の体を取り繕う。本当はそんな気持ちなど無い癖に。
「いえ、こちらこそ、不躾な処を」
本当に不躾なのは僕の方だ。好意に対して拒絶で返したのだから。
「何?修羅場?」「みつどもえ……」「ひとはprpr」
周囲の雑踏も何も聞こえない。どうやら難聴になったみたいだ。聞こえるのは自分の息遣いとセシリアのそれだけ、それだけだ。
一夏は、今は戸惑ってるから、話してくることはないだろうし。箒は頭の花畑にお出かけ中だ。二人の逢瀬を阻むものは無い。憎たらしい程に。
机の前に立つ双眸をじっと見つめる。例えこちらが目を逸らしても、その二ツの藍は動かない。あぁ、本気なのだ。
言わなくとも、伝えなくとも聴こえてしまう。彼女の表情が、風情が、五感では足りぬとばかりに、わざわざ六感まで用いて言魂を紡いでいく。
『貴方をお慕いしております』
いじましい程、伝わり、僕の心の臓の鼓動が高まる。当たり前だ、何せ言外とはいえ、告白されているのだから。
心当たりは幾つかあった。在りすぎて困るほどは無いが、少なくても零ではなかった。付き合いがあるのだから仕方ないとでも云うべきか。
彼女の実家は英国の貴族、オルコット家は国内でも有数の資産家だ。ブルジョアジーなのだ。
だからか、デュノアとはお互いに業務提携と云う名目で少なからず交流はあり、彼女と知り合ったのもそれが縁。
貴族のご令嬢と複合企業の御曹司、顔を合わせる機会は度々あった。
第一印象は泣き虫のくせに矜持だけは貴族のそれ。
さりとて蔑ろにする訳にもいかず、ある程度ほど好く、適当に、穏当に扱った。
生まれたばかりの子猫を育てる時よりも、上等な器を取り扱う時以上に大事に接した。
『大人になったら、私の執事になりなさい』と言われた時はどうしようかと考えたが、奴隷とか小間使いと言われないようになったので成長したんだと思うことにしていた。
そんなトムジェリみたいな関係は、お嬢様の両親が事故で還らぬ人となったことで大きく変わった。
いや、変わらざる得なかったといった方が正しいのだろうか。要因は彼女の実家にあった。
デュノアは、良くも悪くも身内で切り盛りしている企業だ。何せ社長の奥さん方が、それぞれに代表を務める俊英だ。コングロマリットの中であれ、それに陰りはない。
誰かが倒れたら起こして、全員で走る。理由は簡単明瞭。身内、家族だからだ。
社長自身、そんな余所から見れば馬鹿みたいな考えを体言したような人だ。
それはISが世に出てからも変わらない。
一方でオルコット家は奥さんと旦那の二人三脚で運営しており、多少ワンマン経営であったが、オルコット婦人のカリスマと旦那さんのきめ細やかなフォローアップにて、徐々に右肩上がりの黒字企業として、その規模を拡大していた。
おそらく、オルコット嬢が成人するまでには、多少突かれてもビクともしない企業になるだろうと、父は友輩の躍進をそう評していた。
それが泡沫に消え去ったことは、ひとえに運がなかったとしか、応えようの無い事実である。
ともすれば、問題は両親が隠れたオルコット家、否、セシリアである。両親の突然の訃報に身を震わす時間も、彼女には存在しなかった。
デュノアとしても、オルコット家との今後の付き合いをどうするか、進退を迫られたが社長はなんと僕に『行ってこい』としか言わなかった。
なんという親だ、子供に何が出来るものか、現実を突き付けようとでも謂うのか。僕はその時はじめて身内を、父を恨んだ。
よくよく考えれば、あの薩摩隼人がそこまで冷酷に、残虐超人になれる訳がなかったのであるが、その時の僕には、それを思案する余裕がなかった。
ただ、面倒をみた、手間の繋かる妹みたいな存在をなんとかしてあげたい。
『助けたい』と本能が叫んでいた。
そして、今現在、僕と彼女は此処にいる。
そんな関係をもった二人であるが故に、お互いに言葉にて真意は語らない。
語らない、が、しかし。
「御免、無理」
「そうですか、『まだ』……」
言葉だけでは真意は語らない、語れない。
「だから、これからもよろしく」
「ええ、ありがとうございます」
二人、貴公子とお姫様、執事とお嬢様は笑うのだ。二人一緒に。
うん、シャルルにすると妙にこっぱずかしくなるのですハイ。
次は一夏でええやろ(棒