ちなみにドンキーコングによく踏み台として出てくる赤い虫の名前はニックナックというらしいです。どうでもいいですね
「は、はは、本当に現れた……。」
男二人は恐怖に足が竦みそうになりながら乾いた笑いを零す。
目の前には三体の
その光景に感化され、彼らの内なる攻撃性が目を覚ます。
「これから始まる殺戮を思うと……たまんねぇな……」
「ああ。俺達がこいつを支配して、大量の人間を殺すんだ」
彼らが歩んできた人生に、誇れるようなものは何一つなかった。小さな頃から地べたを這いつくばり、泥水を啜って生きてきた。
今こそ見返す。自分達が味わってきた本当の悪意と闇を、奴らに平等にもたらしてやる。
二人は歪んだ感情を胸に、最後の工程を終わらせた。
「さぁ行け! 平和ボケしたクソ共に地獄を味わわせてやれ!」
死の騎士は転移し、一瞬で姿を消す。
そして地下に静寂が訪れる……はずだった。
──ご苦労様。
聞こえるはずのない
* * *
「35番、千五百枚で落札です! おめでとうございます!」
場内から歓声があがる。落札したのはこのエ・ランテルでも有数な商会のオーナーだ。
商売事には詳しくないが、恐らくこれも駆け引きの一つなのだろう。大胆に資金を投じることで、周囲へのアピールも兼ねている……。
正直、金貨千五百枚も使ってやるようなことなのだろうか。そんなことを考えてしまう。
「リーダー、次ですよ」
果実水をぐいと飲み干し、司会の声に耳を澄ませる。
「続いての品は──」
すると、突如背後から何か巨大なものが落下したような音がした。
一体何事かと振り返る。その正体は、もはや見慣れてしまった巨躯のアンデッドの姿であった。
──オオオァァァアアアアアアーー!!
三体の死の騎士が咆哮をあげた。
『虹』の三人はすぐさま武器を取る。目の前のアンデッドに明らかな敵意を感じたからだ。
「お前ら、やるぞ!」
「もちろんだぜリーダー。俺らが戦わなきゃ誰がやるってんだ」
彼らは
会場は恐怖に飲まれ阿鼻叫喚の嵐である。
中には冒険者もいたはずだが、無理もない。死の騎士を今日初めて見た他国の者も多いだろう。それに奴の能力──殺した相手を従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)に変える──を考えれば、足手まといは必要ない。
今はただ時間を稼げればそれでいい。仮に死んでも、蘇生の目はある。
モックナックは覚悟を決め、死の騎士に突撃しようとした──その時だった。
自分の背後から耳をつんざくような音が轟く。思わず耳を覆ってしまったが、目の前には驚くべき光景が広がっていた。
苦悶の唸り声をあげて膝をつく三体の死の騎士。奴らの足元からは白い煙が上がっていた。
そして後ろからスタスタと歩いてくる一人の少女。メイド服にも似た奇妙な衣装に珍しい柄のマフラーを巻き、その手には白色の武器らしきものが握られている。こんな状況で何とも情けないと思ったが、彼女の顔は非常に均整のとれた顔立ちで、思わず頬が赤くなる。
少女はくるりと反転し、深く息を吸い込むと、慌てふためく人々に呼びかける。
「……全員、落ち着く!」
必死に張り上げたであろうその声は、残念ながら届かなかったようだ。
「むぅ」
モックナックは考える。彼女の行動は正しい。この状況で混乱した者達が下手な行動を起こしては、余計な犠牲が増えかねない。
少女の肩を軽く叩き、助け船を出す。
「全員聞け! 俺はオリハルコン級冒険者のモックナック! ここは俺達が食い止めるから、どうか落ち着いてくれ!」
おお、と縋るような声で溢れる。しかしすぐに疑問の表情が浮かぶ。本当にオリハルコン級で勝てるのか、と。
勿論あの死の騎士に勝とうなどとは考えていない。この少女の持つ兵器は強力だが、死の騎士の本質はその耐久力(タフネス)にあると魔導王陛下から聞いている。一体ならまだしも、三体ともなれば絶望的な戦力差だ。いずれ疲弊し追い詰められてしまうのは想像に難くない。
だが、この街には
「心配するな! すぐに『漆黒』のモモン殿が来てくれる! それまで必ず持ち堪えてみせる!」
やはり効果は覿面だったようだ。今やアダマンタイト級最高峰として知られる『漆黒』の名は、周辺国家にも轟いているのだろう。この場にいる誰もが安堵の色を浮かべた。
だがモックナックは一つだけ嘘を吐いた。
『漆黒』が応援に来てくれるとは限らない。<伝言>の魔法を使える仲間がいないため、連絡を取ることもできていない。そもそも、今この街にいるのかどうかすら分からないのだ。
そんな心境を見抜かれたのか、隣の少女に声を掛けられた。
「……心配ない。モモンには連絡済み。直に来る」
「何?それは本当か?」
「……本当」
素っ気なく返されてしまったが、本当ならば有難い。希望があれば戦える。
死の騎士達が立ち上がる。傷はほとんど癒えてしまったようだ。
「……私が抑える。怯んだら追撃して。……出来る?」
「ああ、任せろ。意地でも退かせてみせるさ。お前ら、行くぞ!」
「「おう!」」
* * *
戦闘開始から数分経った。敵の動きは多少鈍くなったように見えなくもないが、戦意が潰えた様子はない。
対してこちらは満身創痍。なんとか小さい反撃を貰うだけに済ませているが、それでも十分に重い攻撃だった。仲間達は既に息も絶え絶えで、更に手持ちのポーションも尽きている。
少女のほうはというと、汗一つかかず三体同時に相手している。しかしその表情に余裕は見えない……気がする。
自分より遥かに小さな女の子が戦っているのに、情けなくへばってはいられない。モックナックは剣を杖に体を持ち上げ、前進する。
攻めあぐねた死の騎士は、フランベルジュを持つ右腕を振りかぶった。その目線の先は──。
「まずい!」
ブォンという音と共に、回転する凶器が恐ろしい速度で少女を襲う。
モックナックは決死の覚悟で飛んだ。
「うおおおおおお!」
ルーンが刻まれた盾がひしゃげる程のエネルギーを一身に受け、モックナックの体が大きく弾き飛ばされる。
そのまま少女の頭上を通り過ぎ、誰もが背中から壁に激突するかと思われた。しかしそうはならなかった。
あろうことかその少女は、頭上を通るモックナックの襟首を片手で掴み取り、驚異的な腕力で地上に引き戻したのだ。
モックナックは何が起きたのか分からないといった表情で少女を見る。
「……大丈夫?」
「あ、あぁ……」
呆然としていると、大きな音を立てて施設の扉が開かれた。
現れたのは救世主。漆黒の全身鎧に身を包むその男は、人間離れした跳躍からグレートソードを振り下ろし、死の騎士を真っ二つに切り裂いた。
「皆すまない、待たせたな。もう大丈夫だ」
* * *
戦闘開始からきっかり五分。時間通りに現れた漆黒の英雄は、溢れんばかりの歓声を生んだ。
シズはモモンに近寄り、背を預ける。
「そっちは頼めるか?」
「……問題ない」
台本通りの台詞を交わし、素早く弾倉を交換。そして死の騎士に狙いを定め、六十発のフルバーストを浴びせる。喧しい射撃音はわずか二秒で止み、目標は跡形もなく弾け飛んだ。
そして後ろを振り返ると、残る死の騎士は既にモモンのもとに切り伏せられていた。
モモンはシズに近づき問いかける。
「君はたしか、魔皇ヤルダバオトに仕えていた元メイド悪魔の一人、シズ・デルタ……だったか?」
思いもよらぬモモンの発言に周囲がどよめく。
「……そう。……でも今は魔導王陛下に忠誠を誓っている」
「ふむ。そうか……」
そのやり取りを見て、モックナックも二人に近寄り声を掛ける。
「モモン殿。その子は──」
「分かっているとも。ありがとう、シズ・デルタ。君のおかげで尊い命が守られた」
「……気にしない。魔導国民を守るのが、私に与えられた役目」
シズとモモンは握手を交わす。すると入口から一人の女性が現れた。
「来たか、ナーベ」
「はい、パ──モモンさん。こちらの男が、例の」
モモンの前に放り出された二人の男。その首をむんずと掴み、後ろにいる人々に見せつける。
「皆の者聞いてくれ。我々『漆黒』は、この魔導国で悪事を企む二人組の男を調査していた。この者達の目的は、先ほどのアンデッドを暴走させ、魔導国の信頼を失墜させることだ。しかし想定外の事態が起き、こうして皆に危険を及ばせてしまった」
再びどよめきが広がる。魔導王陛下の仕業じゃなかったのか、そんな声が多数あがる。
「本当に申し訳ない」
「モ、モモン殿が謝ることでは! 悪いのはこいつらです!」
「いや、謝らせてくれ。全ては私の不甲斐なさ故だった」
モモンはそう言って頭を下げる。少し遅れてナーベも続いた。
各国に名を轟かせる英雄は圧倒的な実力を持つだけでなく、これほどの人格者だったのか。英雄の名に恥じぬ誠実な態度は、この場にいる全員の心を打った。
「そしてここにいる人々を守るため、命を賭して戦ってくれたシズ・デルタ。チーム『虹』の皆さん。心から感謝する。ありがとう」
こうして魔導国を襲う魔の手は退けられ、無事に平穏が保たれたのであった。
* * *
残念ながら確保した二人組からは大した情報を引き出すことはできなかったが、当初の目的は達成できた。それにアルベドとデミウルゴスの作戦通り、モモンという英雄の存在を権力者達に直接知らしめることができた。まさに一石二鳥といえるだろう。
「シズ。今回の任務、ご苦労だった」
アインズは今回の作戦の主役の一人であるシズに激励の言葉を贈る。また最近の働きを評価して、褒美を渡す必要があった。
「昨日預かったマフラーだが、無事に強化が完了した。新しく付与した効果は『五分間何も行動しなければ上位不可視化(グレーター・インヴィジビリティ)が発動できる』だ。褒美として受け取ってくれ」
アインズはシズに近寄り、直々にマフラーを巻いてやる。シズは嬉しそうにマフラーを頬に当て、ペコリとお辞儀する。
「……ありがとうございます。嬉しいです」
今回シズのマフラーの強化に使用したデータクリスタルは、実は結構なレアものであった。時と場所を選ぶがその効果は強力で、特に危険地帯で本領を発揮する。しかし、この転移後の世界において変質した制約は、非常に厄介なものになっていた。
というのも、”行動”という部分が文字通りあらゆる行動が該当しており、例えば背中を掻くというような小さな動作でもすぐに反応してしまうのだ。
ユグドラシルでは流石に許されていたのだが、これだけ厳しい制限が掛けられては使う気にはなれない。長時間ふらつかずに立ち続けるというのは意外と難しいものだからだ。
そこで思い出したのは、以前ユリ・アルファから聞いた妹(世間)話。
どうやらシズは自分の仕事がなくなると、まるで地蔵のように一切動かなくなることがあるらしい。後から本人に聞いてみると、いわゆる節約モードに入っていたという。
そういう経緯がありアインズはこのデータクリスタルの使用に踏み切ったというわけだ。
アインズが椅子に戻ろうとするとき、なにやら喜色の笑みを浮かべてこちらを見てくる淫魔が視界に映った。
「アルベドもご苦労だった」
「ありがとうございますアインズ様。ところで、私にも何か……」
両手を胸の辺りで組み、もじもじと身体をくねらせる。もはや幾度となく見た光景だ。
「ああ、それはまた後でな」
「かっ、畏まりました! 今夜寝室に伺います!」
「そういう意味じゃないからな!?」
相変わらず都合の良い解釈をするアルベドを制してから、コホンと気を取り直す。
「そうそう。なんでも最近人間達の間では、ナーベ派とシズ派で派閥が生まれて争っているらしいぞ?」
はははと笑い、場を仕切りなおそうとする。が、残念ながらそれは悪い方向に転がってしまった。
「……アインズ様は、どっちですか?」
シズによる巨大爆弾が投下される。
「え?いや、あ~……」
「あ~るべど、ですよね!」
「ちょ」
「うふふ、アインズ様。恥ずかしがらずとも良いですわ。なぜならアルベド派閥はアインズ様たった御一人! いつでも独占可能です! シズも、そう思うわよね?」
「……」
「シ~ズ~?」
アルベドは笑顔のまま口角を引き上げ睨み付け、対するシズは何処吹く風だ。
(ちょっと笑い話を振ったつもりだったのに、どうしてこうなってしまうんだ……)
ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございました。
言葉の意味や表現方法を調べながら、何とか書き上げられました。何万文字も書いている連載作家さんの大変さを身に染みて感じる日々でした……。
本作品は如何でしたでしょうか? シズの魅力を伝えられたでしょうか。伝えられたなら幸いです。
これでひとまず最終話としましたが、ネタが思いつけば第二章を書くことになるかもしれません。その時はまた、応援よろしくお願いします。