駄天使の堕とし方 作:いくも
天使は恋ができない。
誰かに恋するということは、一人を特別に扱うということだ。そいつのことだけを考えて、そいつのためだけに動く時間がどうしても必要になってくる。デートの時、プレゼントを買う時、そいつと子作りするとき。
小さい時によく親や教師にいわれただろう。「好き嫌いしないように」と。天使の所業というのは、まさしくそれだ。好き、嫌いが入る余地がないし、入ってはいけない。
なぜなら誰かや何かを特別視した瞬間、そいつの中で、世界の中で、天使とか神様とは意味がなくなるからだ。自分を見ずに他の誰かだけ見る神に、誰も祈ることは無いだろう。
つまり博愛なんてものは究極の利他主義であり、誰も愛さないことに等しい。誰かの特別になるのも、誰かに特別を与えるのも、それは悪魔の所業だ。神に属する者は等しく誰をも愛して赦す。それがそいつらの正道だろう。神とか天使とかが存在するのなら、という話だが。
昼休みの屋上。俺が弁当を食いながら適当にそんな話をすると、給水タンクの上から声が降ってくる。
「ほー、春辺。だから天使は恋ができない、と」
「知らん。ただの俺の想像と妄想だ」
ふむふむ。同級生の天真=ガヴリール=ホワイトは、ノートパソコンをピコピコとやりながら頷く。
「あー、あれだな。この国の言葉で言えば、当たらずとも遠いですって感じだな」
「おい、ネトゲ周回の暇つぶしに何か話せと言ったのはお前だろう。面倒くさくなってるんじゃない。あとそれを言うなら、当たらずと雖も遠からず、だ」
「本当に遠いからしょーがないだろ。ったく、人間界のことわざってのは不便だな。柔軟性がない」
「お前の勝手で先人の知恵を歪められてたまるものか」
もぐもぐ。ピコピコ。元来お互いおしゃべりな方ではない。昼休みの屋上に沈黙が降り、咀嚼音とキーボードの音が響く。
俺、春辺陸亜と天真が屋上で偶然居合わせてから、一カ月。天真は口うるさい同級生と先生の目を逃れるため、ここでネトゲをしているそうだ。どうやって入ったかを問い詰めても、「天使だから」の一点張りだ。俺がここに入る手段も褒められたものではないから、問い詰めてはいない。
それからなんとなく、さながら獣同士が縄張りを主張するように。昼休みのひと時を互いに、好き勝手に過ごしていた。
その過程で彼女にリクエストされ、互いの暇つぶしに今のような話を話すことがあった。主に話し手は俺だ。天真と言えば話を聞いているのかいないのか、大体が適当に相槌を打って終わる。俺も所詮暇つぶしに過ぎないため、真剣に聞いてほしいわけでもない。
自前の卵焼きに箸を伸ばす。今日の卵焼きは出来がいい。程よく付いた焼き色は、ことさら食欲をそそる。甘過ぎず辛過ぎず、ちょうどいい塩梅になっていることだろう。
さて、いただきま――
「おい、春辺」
「……なんだ。」
しかし至福の卵焼きタイムは、天真の呼びかけに遮られる。精々嫌味に見えるよう眉を寄せ、顔を上げる。彼女もまた不機嫌そうに眉を寄せ、給水タンクの上から顔を覗かせている。
「お前、私が恋をしたがってると思うか?」
「いや、まったく」
「即答かよ。で、それはなんでだ?」
「それはお前が、自分は天使設定をどこまでも貫く痛い中二病患者で――ってごへっ!?」
「誰が設定だ。中二だ。天誅くらわすぞコラ」
俺の顔面に上から降ってきたマウスが直撃する。もちろんネズミではない。天真のパソコンのマウスだ。クソが。
俺はそのマウスを握りしめ、思いきり投げ返す。『あうっ』という可愛らしい悲鳴とともに、マウスは見事その額に命中する。ストライク。
「これのどこが天誅だ!暴力(物理)でしかないだろうが!人がお前の与太話に付き合ってやってんだから、飯くらい静かに食わせろバカ野郎」
「ちょっ、おま、人のマウスなんだと思ってるんだ!お前と違って天使たる私と、ネット上の国を救うこのマウスは、替えがきかないんだよ!丁重に扱えクソ野郎」
「Amaz〇nで980円のマウスと同列でいいのかお前は……天使としてそれでいいのか……」
おでこをさすりながらマウスの汚れを払う天真に、俺は思わず頭を抱える。天真はそんな俺を死んだ目で見下し、先ほどの会話の続きを切り出す。
彼女曰く、恋ができない理由とは。
「帰ってネトゲ、朝方寝る。起きたら学校、寝不足で学校で寝る。帰ってネトゲ、たまにバイト。この生活のどこに、恋人作ってそいつと戯れる時間があるってんだ。私はお前みたいな童貞拗らせた男子と違って忙しいんだ」
「学校と週一のバイト以外、暇な時間しかないだろうがバカ天使」
話を聞いた時間を返せ。
こいつの話を聞いてると、まともに食事をしたり風呂に入ったりしているかも怪しい。俺は栄養失調で、しかも臭い女の近くにいたくはない。
天真は俺の言い草に大げさなため息を吐く。給水タンクのはしごを下り、俺の前に立つ。
俺の名誉のために言っておくが、スカートの中身は覗いていない。他の人間ならいざ知らず、パンツだけ先に高校デビューを果たしたこいつの場合、履き忘れているパターンもある。流石にそれは洒落にならない。
「じゃあ逆に、春辺。お前は自分が万が一、いや億が一恋愛できると思うか?」
「思わない」
また即答する俺に、天真は目を瞬かせる。
「というか、恋愛する気がない。奇しくも俺もお前と同じだ。そんなことをする暇はない。勉強にバイト、ゲーム、アニメ、イベント。時間も金も、いくらあっても足りない」
「どうもお前を見ていると、そんな言葉のわりに、今言ったどれにも真剣になっていないよーにみえるけど」
「……勉強もバイトもやらなきゃいけないからやってるだけだ。それに、誰しもが本気で趣味に時間を費やしているわけじゃない」
「ふーん、そんなもんかね。人間界の娯楽は、こんなに面白いのに」
「普通の高校生なら、そんなものだろう」
へー。また適当に相槌を打ち、天真は俺の隣に腰掛ける。その瞬間、揺れる髪からふわりと柑橘系の香りが漂い、柔らかい空気が一瞬だけ俺たちの周囲を包む。
やはり、彼女は変わっていない。入学当初の流れる柳のような金髪はいまや見る影もないし、生活も学業も交友も滅茶苦茶だ。それでも、彼女の本質は底に眠ったまま揺らがない。
天真=ガヴリール=ホワイトは、やはり――
一瞬の思考。しかし彼女の前では、そんな油断が仇となる。
「ぼーっとしてんなよ、春辺。卵焼きいただきっ」
「おまっ、人のもの勝手に食うのは泥棒――って、楽しみにとっといたハンバーグまで!天使とか自称するのも大概にしろ。お前やっぱり悪魔以下だろうが!」
「あーあー、また罰当たりなこと言いやがって。こちとら天子学校主席の天子様だぞ。今なら崇め奉ってその弁当を供えるというなら、天国くらいには行かせてやる」
「……縁起でもないことを言うな。というか弁当一個で済む安い天国、行きたくもない」
「まあ、そのくらいじゃお前に天国は無理だな。天使に暴力を振るうとか心が汚れすぎてるし」
「先に暴力振るったのはどっちだおい」
天国。その響きに一瞬ドキリとする。そう。そんなところ、行きたくもない。
「春辺。春辺陸亜」
思ったより近くにいたその声に、一瞬ドキリとした。すべてを見透かすようなその碧眼から、思わず目を逸らす。
駄目だ、我慢できるだろうか。
「なんだ」
「なんだじゃない。天使とか天国とか、今日はそんな話をする日じゃなかったのか」
「終わりだ終わり。お前の中二にいつまでも付き合ってたら、こっちまで中二が伝染る」
なんだとこの野郎。彼女のそんな返事を期待していた。そのタイミングでチャイムが鳴り、今日もこの時間はおしまい。教室に戻り、こいつとは他人になる。
今日もそんな風に終わり、続くと思っていた。
「違うな。やっぱりお前は天国には行けないよ」
その時は、突然だった。
彼女の右手が俺の背中に伸びる。
やめろ。
そんなことを思う間もなく、それは引きずり出される。
現れたのは、翼。
片翼は漆黒よりも深い黒。人を魅惑し、虜にする。
片翼は純白よりも輝く白。人を先導し、神への下へと導く
地獄よりも醜悪で、天使よりも美しい。それを持つ存在を、彼らはこう呼ぶ。
「やっぱりか。なぜこんなところにいる。――堕天使」
一カ月。彼女と共にした一カ月、そこそこうまくやってきたと思う。しかし彼女の目を欺き続けることはできなかった。流石に優秀な天使だけある。内心の焦りと裏腹に、妙に納得している自分がいる。その真っ白な彼女の両翼をみて、安心している。
やはり、天真=ガヴリール=ホワイトは、俺とは違う。
「駄天使に、そんなことを言われたくはないな」
昼休み終了のチャイムが鳴る。校庭にいる生徒、廊下にいる生徒が駆け足で教室に戻る。屋上には俺と天真だけが――堕天使と駄天使だけが残される。
俺には目的がある。たとえ相手が天使だとしても、退くわけにはいかない目的がある。しかし、いくら目的のためとはいえ。緊張感無く思い出したように頭をボリボリと掻く天使をみて、ため息を抑えられない。
駄目天使と堕天使が恋をしなければならないとは、悪い冗談である。
春辺陸亜(はるべりあ)。主人公の名前はアナグラムです。ヒントは堕天使の名前で。無理矢理とかキラキラネームとか言わないでください。はい。
このくらいの文章量で続けていければなぁと思います。ちなみに本作ではガヴリールがヒロインですが、私自身はラフィエルが一番好きです。かわいいし、あとおっきい。なにがとは言いませんが。