駄天使の堕とし方   作:いくも

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腹黒い天使の闖入

 

 勝てば官軍負ければ賊軍、という言葉がある。

 

 たとえ道理に背こうと勝った者こそが正義、負けたものが悪であるという考え方だ。これは戦争においては非常に合理的であり、ある種正しい考え方ではある。

 

 だが世の中では、特にこの国において、それは奨励されない場合もある。その精神は、例えば相撲、柔道、剣道、弓道、合気道のような武道に現れる。

 礼節を重んじ、試合前、試合後の『約束事』こそを重視し、時にそれは勝敗よりも重い。モンゴル人の横綱が横綱らしくない相撲で非難されることなどざらにあるし、弓を射て中ろうと、射る姿勢、内容が悪ければ評価はされない。人間には結果だけを見て良しとしない価値観があり、それは他の動物とはかけ離れて異なるものであろう。

 

 今日も今日とて昼休みの屋上。ネトゲで味方が下手なせいで負け、罵詈雑言をパソコンに投げまくる天真に、俺はそんなことを話す。うるさすぎて次の授業の小テスト範囲の古文単語が頭に入ってこないのだ。天真は無言で俺の話に耳を傾け、気づけば給水タンクの上からシュタリと俺の横に降り立っている。その碧眼がじろりと俺を睨む。

 

「だから何が言いたい、春辺」

「人間は動物とは違う。勝敗以外のことに価値を見出し、自分の人生の糧にすらしようとする。そういう余裕をもって生きられる人間になりたいな、という話だ」

「あ?勝たなきゃ意味なんてねーんだよ!ふざけやがって、今月いくら課金してると思ってる!あのへたくそタンクとヒーラーのせいで速攻で前線崩壊、中衛も使えねえし、私たち後衛アタッカーまで火の海……」

 

 うぅ……ネトゲの惨状を思い出したのか、天真はがっくりと綺麗なorzとなり、小さく泣き始めた。そんなに悔しかったのか。俺自身あまり勝敗に拘らない質なので、その気持ちは正直わからない。先ほどは偉そうなことを言ったが、そこまで何かにのめりこんだことがない。その常とは違う情けない姿は、流石に憐憫を誘う。

 

「あー、その、なんだ。俺にはその気持ちはわからんが、まあ、気にすんなよ。次があんだろ」

「……謝って」

「は?」

「今すぐ偉そうなこと言ったの謝って!私が負けたの謝って!クソ味方引いたの俺のせいだって謝って!」

 

 何を言ってやがるこのクソ天使。しかしその声にいつものふてぶてしさはなく、震えてすらいる。小さな体躯は年齢のそれよりもはるかに小さく、頼りない。

 

 震える瞳としばしにらみ合い、天真の目じりに雫が溜まり始める。はぁ。腹の底からため息が出る。いつものおふざけ程度ならいいが、俺の目的のためにも、本気でこいつの不興を買うわけにはいかない。

 

 それに、泣いた女は何よりも面倒だ。

 

「すまなかった。俺が悪かった」

「……もっと」

「お前は悪くない。すべて周りが悪い」

「……足りない」

「お前は頑張った。その努力を讃えてやれなくてすまなかった」

「……ほんとに?」

「ああ。負けて泣くほどやったんだ。本気になれるものがあって羨ましい」

「……わかった、赦す」

 

 目元を余った制服の袖でごしごしと拭い、天真はちょこんと俺の横に腰掛ける。まだしおらしく目を伏せ、うなだれている。普段からこのくらい大人しければ扱いやすいんだが。

 

 もぐもぐもぐ。昼休みの屋上には咀嚼音しか聞こえない。いつものピコピコという天真のパソコンの音が聞こえない分、単語練習にも身が入る。目が単語をしっかりと捉え、脳に刻まれる。記憶力は悪い方ではない。赤点をとらない程度には覚えておかなくては。

 一つ覚えページをめくり、また戻り、確認。単語帳に目を落としたまま、残しておいた卵焼きに箸を伸ばす。

 

 が、その箸は見事に空ぶる。

 

 横を見ると、ハムスターのように口に物を詰め込んだ天真がいた。

 

「おー、お前の卵焼きやっぱうまいな。お前が罪を悔い改めた証として、供え物を天子様が受け取ってやったぞ。感謝しろ」

 

 ガハハ。彼女は者を口に詰め込んだまま、豪快に笑う。

 

 少しでも優しさを見せた俺がバカだった。

 

「死ねこの駄天使!吐け!今すぐ吐き出せ!返せ俺の卵焼き!」

「ぐ、ぐえっ!?やめろ、マジで吐く、吐くから!おま、今そんな揺らして首絞めたら……おええええええええ」

「うわっ!?きったねえな駄天使!近寄んな!風呂入れ!歯を磨け!顔洗え!」

「たまには風呂入ってるし顔洗ってるわ!つーか誰のせいで吐きそうになってると……おええええええ」

『ぎゃあああああああああ!!!!!!!』

 

 再び天真がえづき、屋上に悲鳴が重なる。俺は吐きそうになる天真から逃げ、天真はゾンビのように俺に追いすがる。なんでこっちに来るんだこいつは。やめろ、こう見えて俺は綺麗好きなんだ。ちょ、というか、弁当でべたべたの手で掴むなアホ。近寄んな。

 

 しばし茶番が続き、俺も天真も、その人物の来訪に全く気付かなかった。

 

「あらあら~楽しそうですね~。ヴィーネさんに聞きましたが、本当にガヴちゃんここにいたんですね~」

 

 俺と天真は同時に振り返る。屋上の入り口にいたのは、銀髪の少女。目はニコニコと狐のように細められ、所作のところどころに高貴さが滲む。

 

「あれ、ラフィエル?何してんのこんなとこで」

「ふふ、ガヴちゃんが最近屋上で面白いことしてるって聞いてきたんですが――」

 

 ラフィエルと呼ばれた少女と俺の距離が縮まり、彼女は耳打ちする。

 

「やっぱり、悪い虫がついてたようですね」

「――ッ!?」

 

 殺気。俺が感じたのは恐らくその類のものだ。首筋にナイフを押し当てられるような、そんな感覚。

 しかし彼女を見ても、そこには先と何も変わらない笑顔だけだった。

 

「ガヴちゃーん、さっきヴィーネさんが呼んでましたよ。先生がガヴちゃんの提出してない国語の宿題でカンカンに怒ってるって。行ったほうがいいんじゃないですか?」

「ゲ、あのハゲか……あれ怒らせるの流石にヤバいか……はぁ。行ってくるわ」

「はい、いってらっしゃいです~」

「ちょ、天真、待って――」

 

 バタン。しかし無情にも屋上の扉は閉められる。その扉に手をかけていたのは、ラフィエルだ。ガチャン。ついでのように不穏な音が聞こえた気がする。

 

 後ろ手で鍵をかけたラフィエルは、ニコニコと天使のような笑みを俺に向ける。

 

「さて、春辺君、でしたか?」

「ああ、そうだ」

「最近ガヴちゃんと親しくしているそうで」

「親しくってわけじゃない。人嫌いがそれぞれ好き勝手に、ここで昼休みを過ごしてるだけだ」

「へぇ。でも先ほどは随分仲がよさそうに見えましたが」

「さっきのはただのトラブルだ。お前も天真の知り合いなら躾くらいはしといてくれ。勝手に人のもの食べちゃいけません、と。じゃあな」

「何逃げようとしてるんですか~?お話はこれからですよ?」

 

 流れるように俺は手をあげ、屋上の扉を開けようとする。しかし、いまだ笑顔のラフィエルに手首をつかまれ、阻まれる。

 

「まあ前置きはこれくらいでいいでしょう。面倒は嫌ですし、あなたも『こちら側』のようなので単刀直入に聞きますが」

 

 笑顔がここまで怖いと思ったのは、初めてではなかろうか。

 

「あなた、一体『何』ですか?」

「何、とは」

 

 質問が漠然とし過ぎている。冷や汗を気取られぬよう頭に手をやり、思案する素振りを見せる。

 

「とぼけないでください。ガヴちゃんが、今のガヴちゃんが、ただの人間にここまで近づくとはとても思えません。それに、おかしいのはそれだけじゃない」

「と、言うと?」

「私の目には、ここにいるガヴちゃんもあなたも、視えなかった。今のガヴちゃんが私の目を欺ける結界を張れるとも思えない」

「何を言ってるかわからんな。結界?視えない?お前も天真みたく自称天使の中二病患者か?」

「煽って論点をずらそうとしても見え見えですよ~」

 

 その金色の瞳に射すくめられる。また彼女と俺の距離が縮まる。

 

「ならここを隠していたのはあなたしかいない。でもあなたからはなんの力も感じない。ヴィーネさんもそう言っていました。おかしいですねぇ」

「俺はお前ら中二病とは違うぞ。善良な一般市民だ」

「感じないほどその力が小さいのか、感じられないほど大きいのか、さて、どっちでしょうね」

 

 俺の話なんか聞いちゃいない。にしても、そのセリフはどこか淫靡だからやめたほうがいいと思われる。

 

 彼女は見定めるように俺の目をのぞき込む。知らずのうちに体が硬直する。チャイムが鳴ったのか、グラウンドの男子たちが校舎に戻っている。

 しかし屋上だけは静寂に包まれていた。結界。俺はようやくそれに気が付く。よく見ると薄い膜のようなものが屋上を覆っている。こんなもの、さっきまではなかったと思うが。

 それに驚く俺に、ラフィエルは拍子抜けしたようにため息を吐く。

 

「ま、いいでしょう。あなたは私の結界にすら気づいていなかったようですし。少なくともガヴちゃんとあなたを隠していたのは、あなたではない。と、とりあえず納得することにします。……ああ、これはここでの会話を聞かれないために先ほど張った結界です。あなたたちを隠していたものは、今はその痕跡もない」

「ふーん。なかなか設定も細かいな」

「ふふー、あくまでシラをきりますか。そうですか」

 

 はは。ふふ。屋上に一組の男女の不気味な笑い声が響く。

 

「ま、クラスメイトとしてこれからは仲良くしよう。ラフィエルさん」

「ええ、こちらこそよろしくお願いしますね。春辺君」

 

 ラフィエルはもう話はないのか、踵を返す。

 

 扉に手を賭けようとする直前、彼女の十字の髪留めが落ちた。ラフィエルは身をかがめてそれを取ろうとする。

 

 しかしその瞬間、音がした。

 

 ビリッ、プチン。

 

 ピリ?破れるようなものはここには何も――

 

 何が起きたか理解できずにいると、屈んだままのラフィエルはプルプルと震え、動かない。

 

 右手は十字の髪飾りを持ち、左手はその豊かな胸を必死に抱えている。

 

 彼女の前に回ると、白磁のようなその肌は耳まで真っ赤である。

 

 ああ、と、俺は初めて理解した。

 

 胸が大きいのは得ばかりではない、という女性の言い分は真実であると。

 

 彼女はギ、ギ、ギと壊れかけの機械のような動きで俺を見る。俺はそんな彼女に、今度こそ満面の笑みを浮かべる。

 

 その笑みを見て、彼女の顔は絶望に染まる。

 

「……お、お願いします。このことはどうぞ内密に……内密にお願いしたく――」

「天真―――――――――!!!!!!!!聞いてくれ!!!今ラフィエルのブラが屋上で――」

「や、やめてええええええええええええええええ!!!!!!!!!!」

 

 屋上で嬉々とした大声と悲鳴が混じる。

 

 貧乳は正義である、とは誰の言葉だっただろうか。

 




ラフィエルが好き過ぎてこんなんになっちゃった。ヴィーネ推しのみんなごめんね。

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