駄天使の堕とし方   作:いくも

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愚直な悪魔の闖入

 

 馬鹿は風邪をひかないと言う。

 

 さて、こんなことが現実世界でありえるだろうか。馬鹿の基準にもよるが、馬鹿ならば寒空の下薄着で遊びまわり、帰っても手洗いもうがいもせず、いかにも普通の人間より風邪を引きやすく思える。

 

 ではなぜこの言葉は世に広まったか。俺はこう考える。馬鹿は風邪をひいても気づかないのである、と。馬鹿だから自分の現状を正しく把握できず、先のことを考えて行動ができない。結局微妙に具合が悪いまま過ごし、長引かせる。

 

 そしてそれは別に悪いことではないとも、俺は思う。病は気からとも言うが、馬鹿と呼ばれる人種にも強みはある。社会に出れば体調関係なく働くこともざらであるし、知らない間に風邪が治っているのであれば、医療費も浮く。免疫力も高まる。

 

 それに少なくとも、自分が賢明だと思っているクソガキよりはいくらか好感が持てるし、周りから愛されることだろう。

 

 昼休みの屋上。今日は快晴、とは言い難い。おどろおどろしい厚い雲に空は覆われ、雨も降っていないのにかなり薄暗い。

 

 いつもと変わることなくパソコンを弄る天真は、顔だけこちらに出してニヤニヤと笑う。

 

「へー、春辺。小賢しいクソガキってのは、例えばお前みたいのを言うのか?」

「ま、大体合ってる。俺とかお前とかの話だ」

「調子乗んな殺すぞ堕天使」

 

 上から飛んでくるマウスを軽く投げ返す。そう何度も同じ手にはかからん。というか、俺は事実を言ったまでだ。俺とか天真とかは、まさしく大人や目上に嫌われる小賢しいクソガキだろう。

 

「で、急に馬鹿についてなんか話せってのはどういうことだ」

「あー、私の知り合いにも一人底抜けの馬鹿がいてだな。今朝も犬とメロンパン取り合ってたの思い出して、つい」

「へぇ。同じクラスか?」

「まあそうなんだけど……ってお前、あの馬鹿にも気づいてないのか!?やっぱおかしいんじゃないの?」

「別にそいつに限ったことじゃない。お前以外のクラスメイトの顔も名前も知らん」

「……そういうことを真顔で言うのは、確かにクズ男って感じだな、お前」

 

 なぜか頬を朱に染め、天真は呆れたようにため息を吐く。

いや。俺は思い直す。最近は少しばかり増えたか。ヴィーネとラフィエル。天真が彼女らを名前でしか呼んでいないため、フルネームはまだ知らない。

 

「にしても犬とパンを取り合うとは。なかなか愉快そうな人間だな」

「まあ見てて飽きないやつではあるよ。人間じゃないけど」

「え?」

 

 俺は思わず天真の顔を見る。

 

 もしかして、また?

 

「ちょ、待ちなさーーーーーーい!!!!!」

 

 ガタン!その時屋上の扉が大きな音を立てた。俺と天真の視線はそちらに向く。

 

 そこには、白い犬がいた。

 

「あ、あんた、いい加減にしなさいよ!何度も何度も何度も何度も!私の大事なメロンパンを取ってって!今日という今日は未来の大悪魔、胡桃沢=サタニキア=マクドウェル様がきっちりと躾を――って、あれ?こんなとこで何やってんのガヴリール」

 

 訂正。メロンパンを咥えた白い犬と、見るからにわかるバカがいた。

 

「お前また犬に昼飯取られてんのか。どれだけバカなんだこのバカは」

「なっ!あんたバカバカって、天使の分際で大悪魔様になんて口のきいてくれちゃってんのよ!」

「バカバカバカバカバカ」

「バカって言うなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!――おごっ!?」

 

 胡桃沢は叫ぶと同時に天真につかみかかろうとするが、ひょいとよけられ俺の横に顔面から突っ込む。

 それでようやく俺の存在に気付いたのか、あら、と俺を一瞥する。

 

「あんた、誰?」

「まず体勢を整えてから喋ろうか」

 

 胡桃沢は顔面から壁に突っ込み、尻を突き出した状態で俺に話しかける。見えるぞ、紫の布切れが。

 パンを犬にとられ、友人にバカと連呼され顔面を殴打し、見知らぬ男にパンツを見られる。あまりにも不憫なバカに、俺は思わず手を差し出す。

 

「ふ。進んで手を貸すとは、気が利くじゃない。いいわ、あんた、私の配下にしてあげる!光栄に思いなさい!」

「それは結構ですバカ悪魔」

「だからバカって言うなぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 胡桃沢は腕を回し俺に殴りかかろうとするが、ひょいとよけるとまた壁に顔から激突する。ピクリ、ピクリと体がけいれんしているが、大丈夫だろうか。

 

「おい、天真。このバカ放っておいていいのか」

「いい、いつものことだ。このバカ悪魔、頑丈だけが取り柄だからな。この程度じゃ壊れん」

「悪魔ってのはヴィーネさん以外初めて見たが、彼女とは随分と違うな」

 

 まだピクピクと痙攣している胡桃沢を見て、俺は思う。彼女は常識的であり、天真のような駄天使の面倒を見ようとしていることから、良識的にも見えた。

 

「あー、それはどうかな。ヴィーネはヴィーネで問題アリだからね」

「問題、とは?」

「天使よりも優しくて真面目で勤勉な悪魔ってどうよ」

「なるほど」

 

 優しさも真面目さも勤勉さも一般には美徳だが、なるほど悪魔基準ではそうもいかないか。

 

「なら悪魔の中のエリートというか求められる像は、あのバカみたいなのか?」

「そんなわけないだろ。悪魔があんなバカだらけだったら、今頃魔界は存在してない」

「それは違いない」

 

 わっはっはっ。俺とガヴリールは顔を見合わせて笑う。すると足元からすすり泣く声が聞こえる。

 

「グ、グスン、だから、バカバカバカっていうなぁ……」

「悪かった、流石に言いすぎた。立てるか?」

「あ、ありがとう。ふふん、あんたやっぱりホントは私の配下になりたいんでしょ?今なら特別に第一の配下にしてあげても――」

「天真、バカは扱いやすくて助かるな」

「だろ」

「あんたらなんて大っっっっ嫌いよ!!!」

 

 うわあああああああああん。自分のメロンパンのことも忘れ、胡桃沢は走って屋上を去る。そのあまりに悪魔らしくない後ろ姿を見て、思わず笑いが漏れる。

 

「面白い奴だな、あいつ。胡桃沢と言ったか」

「だから言ったろ、見てて飽きない奴だって」

 

 笑う彼女に、頷きを返す。

 

 俺は賢明なクソガキも好きだが、懸命な大バカも好きだ。あのタフさもひたむきさも愚直さも、彼女の大切な個性だと言える。周りの目を気にするあまり関りを遮断した俺には、それがとても眩しく見える。

 

 彼女はいくら笑われようと、独りであろうと、自らの目標を口に出してきたのだろう。言霊とも言うが、彼女ならひょっとして、いつかは。そう思わせる何かが、胡桃沢にはある。

 

 その真実はただのバカか、それとも、さてはて。

 

「本当に面白い奴だ。つい反応が面白いからからかってしまったが、今度は少しばかりゆっくりと話したいもんだ。興味が湧いた」

 

 なあ、天真。そう横の天真に呼びかけようとするが、彼女はこちらを見ていない。話しかけても反応がない。見れば肩が少し震えている。

 

「どうした?天気も悪いし、少し冷えるか?」

「……うるさい。春辺のアホ。バカ。タコ」

「突然罵倒されるいわれはないんだが」

「うるっさい。話しかけんな」

 

 天真は今度は俺に小さな背を向ける。うーむ、見事に機嫌を損ねてしまった。堕天使という悪の存在が悪魔に興味を持つのは、やはり天使の目線からはいただけないのだろうか。正確には堕天使でもないのだが。

 

 彼女の機嫌を損ねるわけにはいかない。これまでの様子から彼女たち天使や悪魔には俺の力は届かないようだから、堕天使として彼女を堕とすことはできないのだ。

 

「悪かった。あれだ、話すならラフィエルさんの方にしとくか。あの人は天使だろ?」

「……」

 

 しかし天真の機嫌は一向に直らない。なんだか悪化しているような気さえする。まいったな、天使でも駄目か。彼女にとって自分と同じ種族と交友を持つのは、好印象だと思ったのだが。

 

「……今度卵焼きやるから機嫌直せ」

「ハンバーグもつけて」

「調子に乗んな」

 

 天使と言うのは、どいつもこいつも食い意地ばかり張っているのだろうか。

 




結局サターニャもヴィーネも好きなんですけどね

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