死神JKデイズちゃん (リメイク!)   作:氷の泥

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05 初めての友達9.8

 私にデイズという名前が付いてから少なくとももう半年は過ぎて、魔法少女一周年記念とも呼べる日が近づきつつあるくらいだった。

 つまりその日は私のもう一つの誕生日ということになるわけだけれども、誰かにそれを祝って欲しいとは少しも思わない。っていうのは、私のことを「デイズ」として記憶している知り合いなんてものは、あの軽薄な神様以外に誰一人として存在しないからだ。

 ある昼近くの東京。人でごった返す交差点の上空を漂うように飛びながら、私は魔法少女の休暇を満喫していた。飛行能力使用時は誰からも存在を認識されない……という魔法少女の特性にも、もうすっかり慣れてしまって使いこなしている。それはもう、もしも急に普通の人間に戻されてしまったとしたら、空が飛べないことをひどく不便に感じてしまいそうなくらいに馴染んでいる。

 デザイア討伐の使命に追われることのない束の間の休息期間。その期間にわざわざ空を飛んでいるのは、別に私が人嫌いになったとか、そういう理由があるわけではない。地上に降りれば私の格好は確かに悪目立ちするかもしれないけれど、そんなことは承知の上で今の容姿を選んだのだし、それを後悔しているというわけでもない。

 ではなぜどこにも遊びに行かず、ただ空を飛んでいるのかといえば……それは私があろうことか、モチベーションという物をほとんど全て失いつつあったからだった。

 今の私の命は、普通の人間が誰も手にしたことのない「自らで望んで授かった命」だけれども、自ら望んだ割には、私は、この人生で何をするべきなのかを見失ってしまっている。

 神の計らい(というか魔法少女の仕事に対する給与に当たる待遇)によって金銭の縛りがなくなったことに、健全な金銭感覚を持つ女子高生であった私は最初大いに感動したものである。映画は見放題、服は買い放題、カラオケは歌い放題で、飲食店だってどこにでも行き放題食べ放題飲み放題、遊園地だって普通に並ぶとはいえ遊び放題。……そんな待遇の中で遊び回ることはそりゃ楽しかった。最初の三か月くらいは夢のようだった。デザイアとの戦いに見合った対価だと確信していた。

 けれども、つまりまあ今となっては、そんな豪遊生活に飽きてしまったのである。ブランド物をかき集める趣味があるわけでもなく、創作作品に惹き付けられる感性を持っているわけでもなく、美味しい物を食べている時にこそ生まれてきた意味を感じるということもなく、とにかく私はいろいろなことに音速で飽きてしまって、自分の趣味を司る価値観の、何と浅いことかを知ってしまったのだ。

 ズルをして遊んでもつまらないと誰か大人が言っていた気がするけれど、あれは真実だったのだ。通常の人間から逸脱したやり方でこの世を楽しもうとしても、なぜだか全て上手く楽しめなくなってしまう。

 逆に言えば、それは私がまだまだ、人間らしい心を持ってしまっているせいなのだとも思う。中途半端に馴染んだ生活の中で、魔法少女らしい心はまだ持てていないということだ。魔法少女ではなく人間らしく、人並みに様々なことへ飽きている。

 けれど魔法少女らしい心とはいったい何なのだろう? どうすれば楽しくなれる? 空中から見下ろす人混みの中に不真面目そうなチャラい男を見つけて、私は苦い経験を思い出してしまった。

「お姉さん、いま暇?」

 あの日そう声をかけてきた男も似たような見た目をしていた。ナンパされた経験は生前になかったわけでもないから、普通に無視して立ち去ろうとしたのだけれども、その一瞬で、

「ねぇちょっと」

 と、あの種の男に手首を掴まれるという経験を、その時私は初めてしたのだった。……いや、男の人に腕を引かれること自体が初めてだったかもしれない。だからなおさら悪い。

 思わず振り返りその男の顔を見ると、彼が私に対するリスペクトの類を一切胸中に持ち合わせていないことが察せられた。顔に「こいつチョロそう」と書いてあるくらいなのだから、よほどひどい人間性をしている男なのだと思う。

 しかしなぜ、よりにもよって私狙いなのか。うつむきがちに歩くような……好意的な言い回しをするなら「文学少女タイプ」である人ではなく、奇抜な恰好で自己肯定感に溢れていそうな(実際溢れている)私をなぜ「チョロそう」と判断したのだろうか。それが不可解だった。

 まあ彼の中にある理屈が何だったところで、そんなことはどうでもいい。「男性の欲望」とでも呼ぶべき内容のデザイアにも何度か対峙した経験がある私にとっては、それは「憎むべき欲望である」ということだけが確かで、だからそれ以外のことなんてどうでもよかった。

 そうなのだけれども、舌打ち混じりにその手を振り解こうとすると、これが思ったより男の力が強くて、そのことに気が付いて私は初めて、自分の身に危機感を抱かされた。

 そしてその瞬間になって気付いたことがある。それはデザイアのことだった。欲望の化け物デザイアたちは、思い返してみれば、単純な膂力で勝負するタイプがほとんどいなかったのである。

 あの漠然とした「モテたい気持ち」が巨人の姿を成した山本くんのデザイアを「単純な膂力」と呼ぶなら別かもしれないけれど、要するに私は敵対した相手に、シンプルに「女の力じゃ勝てない」と直感したことが一度もなかったのだ。化け物と戦い続ける使命を負った私が、ただのナンパ男相手に初めてそれを直感させられた。……正直、かなり怖かった。

 私は思わず、反対の手のひらの中に鎌を出しそうになった。すぐにそれを振るって、用が済めば鎌を消してしまえばいい、それで血が出るわけでも倒れる人が出るわけでもなく、誰もが鎌の存在を見間違いだとしか思わないだろう。……というところまで考えて、そこで、さて私は彼から何を断ち切ればいいのだろう? という疑問に突き当たった。

 当たり前だけれどデザイア相手の時と違って、彼に必要以上の危害を加えてはならないのだ。私が妙な面倒に巻き込まれないためにもそれは絶対である。相手の存在をこの世から断ち切るとか、そういうことは絶対に出来ない。

 忌むべき化け物討伐を生業にしていた私は、ちょうどよい正当防衛の手段について考えたこともなかった。そうして判断が遅れたことが、向こうの視点では「あっけに取られている」という風に映ったのか、人を舐め腐ったようなナンパ男はより一層その手に力を込めて言う。

「奢るからお茶しない? カラオケでもいいけど」

「いや、あの……」

 金銭に縛られない私にとってこの世で一番魅力のない誘い文句だと思い、やはりこの手の男は多少痛い目を見るべきだとも思ったけれど、だからといって暴力に頼ってしまっては、まるで倫理的には私の手首を離そうとしない彼のやり方を肯定してしまうかのようで憚られる。

 そこで私は「非暴力、精神攻撃」の心情を掲げた。もちろんナンパ男に対してのみ特例的に適用される心情である。その心情に従い、空いている方の手で出現させた鎌を握り彼に刃を通した。鎌はすぐに消す。

 ぎょっとした顔をした彼の腕を振り払うと、あっけなく私は解放された。

「さよなら」

 言って踵を返してしまえば、もう彼が私を追ってくることはなかった。

 彼から断ち切った物は「女性への興味」である。今後彼が独り身で生きていくのか、興味があるフリを装って誰かと付き合うのか、あるいは……一部の人たちが喜ぶ方面へ行くのか? 私の知ったことではないけれど、あの手の男にそういう仕打ちをすることは、むしろ正義だろうと自分に言い聞かせることにする。

 もちろん私だって男性のそういう気持ちを頭ごなしに否定するわけじゃない。いくら欲望の化け物と戦っていたってそんなことはしない。山本くんのあれはまだ可愛い方だと思うし、それに私だって人並みに、彼氏は欲しいのだ。

 ……ちなみにこの話のオチとしては、

「そのローブに、透明人間になれる機能でも付けてあげようか?」

 と、後々神様からそんなことを言われたことがある。

 それで、あぁこの人は私の身に起こったことを全部知っているのか……と確信した時の方が、ナンパに遭った時よりよほど気持ち悪かった。だから私は、誰に第二の誕生日を祝ってほしいとも思えないのだ。

 

 

 

 

 

 

 要するに必要なのは、友達なのでは?

 数日間空中を漂った私が依然として空に浮きながら、そのへんで売っていたたこ焼きを食べつつ思い至ったのはそんな結論だった。

 第二の人生における生活を振り返ってみれば、生前の私の趣味は、楽しいという気持ちは、全て友達ありきの物だったように思えてくる。なんでも好き放題出来ることを初めの三か月は楽しく感じていたけれど、その後の三か月でそれらにほとんど飽きてしまったのは、私の孤独が原因なのだ、きっと。

 そのことに気が付くと、途端に、涙が出そうなほど寂しくなってきた。そうだ、そうだよ、今まで贅沢と散財に溺れて誤魔化していたけれど、知り合いがあの神様しかいないなんて、そんなのは悲しすぎる。彼氏が欲しいどころの話じゃない、私には今、会って話せる友達も家族もいないのだ。それで幸せになれると思っていた今日までの方がどうかしていた。

 けれども魔法少女という使命は、その仕組み上孤独が約束されてしまっているような物だ。デザイア関連で知り合った人たちの記憶には残れず、各地のデザイアを狩るため神の力で北へ南へあちこち飛ばされる。これで友達を作れというのが無理な話で、転勤族の家に生まれた子どものさらに上を行くつらい境遇がここにある。いいヤツとは言い難いけれど悪いヤツでもなかった山本くんのことを覚えているのは私だけで、きっと彼は今も、デザイアを生み出すには至らない程度に弱まった欲望で、それでもモテたいモテたいと思っていることだろう。……私という存在については綺麗さっぱりすっかり忘れて、そんなことを思っているに違いない。

 だんだんと、洒落にならないレベルで悲観的になってくる自分がいた。いや、本当に泣きそう。実際には一滴たりとも涙なんか出ないけれど、涙が出なくたって心で泣きそうだ。望んで得た命を自ら捨てるだとか、そんな皮肉めいた結末にだけは絶対になりたくないけれど、しかしこのままではモチベーションという物が本当に危うい。

 ……まさか、あの時ナンパに応じてみるべきだったのか? 危なくなればすぐに鎌の力で逃げられるのだ。あんな男だってれっきとした人間で、もしかすると彼が、実は、私の友となってくれる存在だったなんてことは……。

 ……いや、ないな。それは絶対にない。まずい、寂しさで思考がやられつつある、もしや彼はその「思考のやられ」を私に見出して……!? だから気弱そうな人ではなくて私に声をかけたのか……!?

「ねぇ、あなたもしかして魔法少女?」

「え?」

 私がネガティブ思考スパイラルに陥っている間に、いつの間にか隣に人がいた。それは一目見て年下だと分かる、やや幼い見た目の少女だった。ただその少女の恰好は私に負けず劣らずの奇抜さで、西洋の方の人形を模倣したかのように、彼女は白黒ツートンカラーの、見事なゴスロリファッションに身を包んでいた。

 かわいい! という感想と、布の表面積がすげぇ! という感想が同時に湧いてくる。

「浮いてるからそうかなって」

「え、あぁ、うん」

 あっけに取られながら、ほとんど無意識のオートパイロットで私はたこ焼きをまた一つ口に入れた。少女がそれをものすごく真剣に見つめていたことを、オートパイロットながら私の方も見逃さない。

 試しに「食べる?」と言ってみると、「いいの!?」とやけに大きなリアクションをした彼女が「あーん」と大きく口を開ける。もうそんなに熱くはないはずだけれど、熱を持ったたこ焼きの殺人性は半端じゃないので、よく冷ましてから一つ彼女の口に放り込む。

「おいしい~!」

「そ、よかった。もっと食べる?」

「ん……待って、まだ口の中にある」

「それは見れば分かるけども」

 もぐもぐ口を動かす彼女に残りのたこ焼きを容器ごと渡した。ちなみに、例えばその際うっかり手を滑らせて、我々の眼下の人々に突然たこ焼きが降り注ぐとか、そんな間抜けなことは絶対に起こったりしない。魔女の触れる物にもある程度浮遊能力は共有されるのだ。

 ……で、なぜこの少女には私の姿が見えていて、なぜこの少女は私と同じく宙に浮いていて、なぜ私に「魔法少女か?」と聞いてきたのか。その理由が察せないほど私も馬鹿ではないけれど、しかしそれほどではないにしたって、ついさっきまでの私はそれなり馬鹿だったように思う。

 魔法少女がこの世に自分一人だけだと信じ込んでいるつもりはなかったはずなのに、それがいつか目の前に現れるだろうとは少しも想像していなかったのだ。

「質問に質問を返すようで悪いけど、あなたは魔法少女なの?」

 この半年の間に私の中で「驚き」の感情は相当衰えてしまったのか、なんだか自分でも不可解なほど冷静にそう聞くことが出来た。口の中の物を飲み込んだ少女が答える。

「うん、そうだよ。わたしはナインエイト、重力の魔法少女。あなたは?」

「私? えーと、名前はデイズ。何の魔法少女かと言われると、うーん…………死神?」

 死神らしさが分かりやすいように、大鎌を背中に背負う形で出現させる。思えばこれをいつも出現させたままにして生活していたのは、最初の一か月くらいのものだったような気がする。

「わっ、かっこいい~!」

 人の機嫌を良くさせるのが上手い子だなと思った。

「わたしの武器はこれだよ」

 言ってナインエイトが両手に小さな何かを出現させる。サイズ的に一瞬マイクかと思ったそれは、よく見ると形からして杖のような物らしかった。上側の先端が鉤型に曲がっている棒状の物は、きっと杖だろう。魔法の杖とは、なるほど順当に魔法少女らしい。

 彼女の出した杖は片方が黒色、もう片方が白色のわかりやすいコントラストを発揮している。けれどその杖の何が一番印象深いかと言われれば、それは鉤型以外の部分の形、デザイン性だった。なんというかこう、あざといというか、女児向けアニメに登場するアイテムを連想させられるような、適度にゴテゴテした「可愛さ」がそのデザインの特徴だった。

 ゴスロリ衣装と合わせて考えて、早くも彼女の趣味が大体わかってきたような気がしている。私としてもなかなか嫌いじゃない趣味だった。

「こっちがラスルで、こっちがイナン」

「えっ?」

「武器の名前」

「……名前?」

 自分自身の魔法少女としての名前が便宜上必要だとは早い段階で思ったものだけれど、武器に名前を付けようという発想まではなかった。今言われるまで、この半年ちょっとの間で一度も、その必要性を感じなかったのだ。

 つまり、あなたは誰ですか? と聞いてくる人は当然ながらたくさんいたけれど、その鎌の名前はなんですか? と聞いてきた人は一人もいなかったのだ。……まぁそれが普通だとも思うけれど。

「決めてないの……?」

「決めてない」

「もったいない!」

 人生の半分を損している! と言わんばかりの勢いだった。

「せっかく魔法少女になったのに、そんなの絶対もったいないよ!」

「そ、そう……?」

 そんな「女の子に生まれたのにおしゃれしないなんて勿体ない!」的な話なのか……?

 そう困惑せざるを得ないけれども、しかし何も、これっぽっちも分からない話ではないようにも思う。というのも、自分が大きな鎌一つしか持っていなかったから、今まで疑問に思う日はなかったけれど、幼い顔つきに似合わぬものすごい迫力で力説する彼女の手の中にある杖を見ると、確かにそれを「黒い方」「白い方」と呼ぶのは味気ない気もしてくるのだ。

 だからといって、自分の鎌に名前がないことを恥じるほどではないけれど。

「黒い方がラスル、白い方がイナン。ラスル&イナンだよ、素敵じゃない?」

「いやまあ素敵だけれども。……ちなみに由来は?」

「由来? ……じゃあ、ちょっとこれ持って」

 たこ焼きを食べるための串を渡される。何のこっちゃと思いながらとりあえず受け取ると、彼女は黒い方の杖……ラスルを胸の前に掲げた。

「グラビデラスル!」

「わっ」

 途端、串が鋼鉄にでもなったかのように重くなった。見た目は何も変わらないのに、明らかに単なる細い木の棒が有する重さではない。……が、まあそれ自体はそこまで驚くことでもなかった。私は彼女の自己紹介を聞き逃したわけではないのだ。重力の魔法少女ナインエイト……彼女が操るのは当然重力、つまり重さだろう。

「グラビデイナン」

 白い杖が掲げられると、串はもとの重さに戻った。一度見せてもらえば何も難しいことはなく理解できる。黒い杖が重力を増やし、白い杖が減らす。重力の増減は大雑把な範囲指定ではなく、特定の対象に対してだけのピンポイントでも有効。大体そんな感じのことが、彼女の魔法少女としての能力だと思われる。

 けれどもそれは、その程度の説明は、どのあたりが私の質問の答えになっているのだろう? 私は彼女に「武器名の由来は?」と聞いたはずなのだけれど、魔法の杖のその力を披露してもらったところで、由来の方にはまったくピンと来ない。

「どう? すごいでしょ?」

「うん、びっくりした」

 褒めてくれと彼女の顔に書いてあったので、ぱちぱちと手を叩いておく。すると重力の魔法少女は満足げにニコニコと笑うのだった。

 ……生前、私がまだ普通に学校へ通う高校生だった時も、クラスにこんな愛されキャラがいたなぁと思い出す。一生誰かしらから愛され続けて生きていけるのだろうな……とあらゆる人物に確信させるような人間だったあの子は、しかしテスト成績が壊滅的なことにより定期的に見る者を不安にさせる人物だった。そこまで含めて、無意識に周囲の人間を保護者目線にさせる才能の持ち主だったのかもしれない。

 ……そうやってかつての友達を思い出してみると、なんだかあまり楽しい気持ちではなくなってしまう。私が死んだと知った時、あの小動物みたいな子はどんな顔をしたんだろう……? なんて、そんなことを知ることが仮に出来たとしても、何にもならないはずなのに。

 そう、それよりも魔法少女としての私にとっては、目の前の少女の存在の方が重要であるに決まっている。

「……で、ラスル&イナンの由来は?」

「あ、うん。だから、こっちが重さの増える杖でしょ? で、こっちは減る杖。だからこっちがプラスの杖で、こっちがマイナスの杖ってこと」

「うん」

「ということは?」

「……は?」

「ほらいたでしょ、あの赤と青の姉妹みたいなポケモン。ピカチュウに似てるやつ!」

「……………………あっ、あぁ~! えっ、そういうこと?」

「そういうこと」

 理解した。確かにいた、そんな名前のポケモンが。つまり「(プ)ラスル」と「(マ)イナン」だ。

 ……な、なんてくだらないネーミング。わかってしまうとあまりにもくだらなさすぎて、そりゃノーヒントで考えても答えにたどり着けるわけがないだろうと、彼女のセンスに対して敗北感に近い感覚を持った。

 大体元ネタがそれなら、どうして杖の色は赤と青じゃないんだろう? という疑問については、彼女の服装が全てを物語っている。よほど白黒のツートンカラーが好きなのだろう。そしてネーミングセンスのくだらなさについても同じことだ。ナインエイトって、それはつまり重力加速度「9.8」のことじゃないか。……まああの日ゲームで適当な理由により偶然使ったガンダム「デスサイズヘル」の略称を名乗る私、死神の魔法少女デイズが「くだらない」なんて言えた立場ではないことは重々承知しているつもりだけれども。

「くだらな~って思ったでしょ」

「えっ? 思ってません」

「うそだぁ~」

「ホントホント」

「んー、まあどっちでもいいんだけどさ。でもね、とにかくわたしが言いたいのは、名前なんて響きが良ければくだらなくてもいいんだよってこと」

 期待と御教授の眼差しが目の前にあった。私は、ファッションには若干こだわりがあるけれども、ネーミングについては何もないのに。そんな女を捕まえて、そんな目をして何になる。

「だからほら、デイズちゃんもその鎌の名前決めようよ! 今!」

 やっぱり……。そうため息が出そうになったところを、努めて我慢した。悪気のない愛され系少女に、擦れた女の悪意を向けることは大罪であるように思えてならなかったのだ。

 ……どう見てもナインエイトは私より年下である。それは容姿だけでなく、話し方やその内容からも察せられることだ。これは私の思い違いであってくれた方が良いのだけれど、だから彼女は見たところ、まだ中学生くらいなんじゃないだろうか……? ナインエイトという名前自体、最近知ったばかりの言葉を無邪気に使いたがる子どものような物を感じてしまう。……これまたデイズを名乗る私が言えた立場ではないけれど。

「名前ねぇ。私そういうの考えるの苦手だから、あなたが決めてくれない?」

 ナインエイトという名前はそのままでは長く、どう略していいものかも分からなかったので、私はひとまず彼女のことを「あなた」と呼んだ。今後が思いやられるので、私は私で鎌の名前よりも早く彼女のあだ名を早く考えるべきなのだと思う。

「わたしが? ダメだよー、そういうのは自分で考えないと。自分で考えるからいいんだよ?」

「……じゃあお言葉を返すようですけど、ナインエイト様のことは何とお呼びすればよろしいのでしょうか。そのままだと長いんですけど」

「ナインでいいよ」

「決めるのはやっ」

 あわよくば重力の魔法少女のあだ名決め大会で鎌のネーミングの件を流してしまえやしないかなと考えたのだけれど、そんな姑息な企みはまるで通用してくれなかった。

「名前ねぇ……。名前、鎌、……サイズ。…………うーん?」

 デスサイズ、という言葉が真っ先に思い浮かんだけれど、それは却下した。デイズという名前の元ネタを示唆するという点では面白いかもしれないけれど、形のない物を断ち切る鎌にその響きは似合わないような気がした。さっきはナインにそっちが考えてくれなんて言ったけれど、いざ自力で考え始めてみると、苦手とはいえ自分が「違う」と思う名前は付けたくないという、己のこだわりの気持ちに気が付かされる。

 そもそも私は死神モチーフを自称したけれど、だからといって本気で死を司る存在を自称したいわけではない。いつの頃だったかネカフェでちょっと調べてみたのだけれど、あのデスサイズヘルというガンダムだって、死神を名乗りながらも正義の存在として仲間と共に戦っていたらしいし、私もニュアンス的にはそれと同じような物なのである。

 スマホを取り出して検索してみる。「デスサイズヘル 武器 名前」。……出てきた答えは「ビームシザース」だった。確かにデスサイズヘルの鎌はビームで形成されていたけれど、私の鎌にビーム要素は皆無だし、その名前をそのまま採用する案も却下するしかない。……というかシザースって鋏の意味だったと思うのだけれど、なんでそれがあの鎌の名前なのだろう? まあいいか。

「サイズ……サイズ……デイズ?」

「おお、なんかいい調子そうじゃない!?」

 鎌を表す英語サイズと自分の名前デイズで韻が踏めることに気が付いた。しかし、それだけではただラップが始まりそうな予感がしてくるだけだった。デイズ! サイズ! なんとかズ! みたいな。

 ……と、その時私の頭の中に突然、ネーミングの神が舞い降りてきた。それはもちろん、何度も話したことのあるようなあの神様とは全然違う、概念としての神、天才的な閃きのことだ。名探偵が事件の全貌をある時一瞬のうちに理解するように、まさに電流が走るような「正解」が私の中に流れ込んできたのだ。

「決まった。決まったよナイン」

「おお、なになに? どんなの?」

「私の鎌の名前は、……デイズ・サイズ・ヘヴンだ!」

 今までの流れからするに、重要なのはくだらなさだと思っていた。くだらなさと響きの良さ、その融合が求められているのだと。そして私の中にこんな問いが降ってきたのである。「その鎌は何物だ?」と。

 これは神の力で作られた鎌だ、そしてこれは私が死んだあと、あの死後の世界……つまり天国で作られた物だ。つまりそう、この鎌は、メイドインヘヴン!

 そしてそれをさっきのラップに組み合わせると響きが完璧に良くなった。ラップとダジャレは違う!と力説していた内容を何かの漫画で読んだけれど、今日初めてその意味を理解した気がする。デイズとサイズに比べて、デイズとヘヴン、サイズとヘヴンはまったくダジャレでも何でもないのに、なぜか全部合わせるとすごく響きが良くなる。これがラップなんですね、そうなんですね……!

「…………」

「……あ、あの? ナインさん……?」

 と、個人的には渾身の傑作が爆誕したと思ったのに、名付けを勧めてきた当のナインはポカーンとした表情で、魂が抜けたように呆然としていた。……彼女のファッションの趣味は嫌いじゃないけれど、いやちょっと残念ながら、今の私のネーミングをディスるようならやっていけないかもしれない。

 そんな敵意の卵みたいな感情を抱いたはずの私は、しかしなぜだろう、まだ純粋な感性しか持っていなかった小学生の頃に、担任の先生が目の前で自分の書いた作文に目を通している時のような、心臓が喉を上がって来そうなほどの尋常ではない緊張を感じていた。

 私は今、ナインエイトから採点を受けている。

「デイズちゃん」

「はい」

「……天才じゃない?」

「……マジ?」

「天才だよ!! すごい!!」

「マジ~!? ふぉぅ~!!」

 こうして、死神JKデイズちゃんもとい死神の魔法少女デイズが持つ武器の名は、デイズ・サイズ・ヘヴンで決定したのだった。直訳して「デイズの鎌(天国製)」。

 そしてやっぱり私の人生に必要なのは、友達以外の何ものでもないのだと確信した。だからそれ以外の余計なことは、今の楽しい気持ちを邪魔するだけの無粋な物だから、意識的に思考の隅へ隅へと追いやった。出来るだけ目立たない場所へと、限りなく無に近い場所へと追いやった。

 なぜ半年もの間一度も見なかった他の魔法少女……つまり「同業者」が今突然現れたのか、そこに意味はあるのだろうか。例えば一人では到底太刀打ちできないようなデザイアが現れる前兆だとか……なんて思考も、いらないいらない……と、ポイと捨て去る。

 私の考えが正しければ、魔法少女という存在は皆「すでに一度死んだ存在」のはずで、だとすれば私よりもずいぶん幼そうなナインは、無邪気で幼気で愛らしい彼女は、かつて私と同じように…………なんて想像もいらない、いらない、必要ない。今は楽しい気持ちだけがあればいい。半年間も一人でいて、ようやく、ようやくの同業者、ようやくの友達なのだ。

 私が彼女に望むのは、私のことを忘れないでいてくれることだけ。きっと同業者ならそれが可能なはず、そうに違いない。だってデザイアの存在を認識している我々は、それに関わる全てをわざわざ忘れる必要だってないはずなのだから。

 だから彼女は、私の初めての友達になってくれるに違いない。二度目の人生で初めての友達に。

 きっとそれは向こうも同じことを考えていてくれたのだと思う。そういうこともあってなおさら仲良くなれるだろうと確信した。私たちは本当にどちらからともなく連絡先の交換を申し出た。これは魔法少女特有の行動原理なのだ。私たちはいつ次のデザイア討伐に駆り出されるか分からず、いつどれだけ離れた地に飛ばされるか分かったものじゃない。だから「連絡先を聞いてもいいものだろうか……」なんて奥ゆかしい大和撫子を気取っていられる余裕が一切ないのである。今連絡先を知らなければ、二度と会えなくなっても確率的に当然だということを知っているから。

 初めて神様以外の連絡先がスマホの中に登録された時、私は人生の始まりを感じた。一度目の人生で初めて友達が出来た時の気持ちなんてすっかり忘れてしまったけれど、それでも当時は、今ほどの喜びと希望を覚えてはいなかっただろう。

「ね、デイズちゃん、今度映画を見に行かない? 時間がある時でいいから」

「いいよ。映画好き」

「やった! わたし、友達と映画を見に行くのが夢なの。死ぬまでにやりたい百のことの一つ!」

「……ふふ、なにそれ」

 一瞬だけ、暗い気持ちになる。せっかくの友達からの誘いに、それを悟られないようにする。

 無邪気な彼女は、神様とどんなやり取りをして魔法少女になり、空に放り出されたのだろう。そんなことを考えてしまった。「死ぬまでにやりたいこと」なんて言われてしまったら、そういう想像をしてしまうのも仕方がない。

 私たちはそういう意味でなら、まだ一度も死んでいない。「死ぬまでにやりたいこと」のチェックシートを埋めていくことが出来る限り、私たちはまだ死んでいない。私もナインも、道中ちょっとしたアクシデントはあったかもしれないけれど、取り巻く環境や境遇は大きく変わってしまったかもしれないけれど、それでも昔からずっと生きている。

 私も、百とは言わないまでも、やりたいことをいくつかリスト化してみてもいいのかもしれない。それくらいの物があった方が、きっと生きることに張り合いが出るというものだ。

「今度と言わずに今から行っちゃえばいいじゃん。ナインもデザイア相手にするのはまだでしょ?」

「え、うん。……いいの!?」

「いいのいいの。あのね、空飛びながらたこ焼き食ってる女はね、大抵暇なんだよ」

「やったー!」

 ナインが両手を上げて喜んだかと思ったその瞬間、彼女はつむじを地表に向けて落下していった。ぎょっとして目で追うと、着地の瞬間に上手く体を回転させたのか、彼女はすんなり足の側から地面に降りている。

 空は飛べるし、仮に死んだとして蘇ることが出来る魔法少女の私でさえ、そんなスリリングな着陸を試みたことは一度もなかったんだけどな……と胸をなでおろした。

 けれど思えばそう、半年で娯楽の大半に飽きたと感じていた私は、ああいう意味のないことをして楽しむ気持ちに欠けていたのかもしれない。映画を見に行くならわざわざ人混みの中を通っていかなくても、映画館まで飛行して行けばいいじゃないかという感覚が、そういう味気ない考え方が、私自身の人生をつまらなくしていたのかもしれない。

 私も地上に降りる。空っぽになったたこ焼きの容器その他は鎌で「この世との繋がり」を断って消滅させた。この世との繋がりがなくなった物は、この世の存在である私からすれば消えたように見えるけれど、実際それがどこへ行くのか、それとも本当に綺麗さっぱり消えてしまっているのか、デザイア相手に何度もそれを断ち切ってきた私だけれど、その効果の本当の意味というやつは実は一切知らなかったりする。……まあ少なくとも死んだ人間が蘇ることが真実であった世界で、何かが綺麗さっぱり消えてしまうということは上手く想像できないけれども。

 すでに行くべき映画館でも決めていたのだろうか、ナインは人混みの中を器用にすり抜け、遠く遠くへ走って行って、私の目に映る分にはあっという間に小さくなってしまう。大通りにて大声を出すことも憚られた私が、気合だけを込めて「待ってよー」の意味で手を振ると、この距離で雰囲気だけを頼りに察知したとでもいうのか即座に振り返った彼女が、嬉しそうに満面の笑みで手を振り返してくれた。「早く早く!」の意味のように思えた。

 が、いくら人混みに慣れているらしい彼女でも、前方不注意となってしまったことは良くなかった。私から視線を外して再び前を向いた彼女は、それまで通りの猛スピードで走りだそうとして、その初動で人にぶつかってしまったのだ。しかもぶつかった相手が、絵に描いたような怖いお兄さんだった。間違いなく人を殴りなれているであろうタイプのガタイのいいヤンキーだった。

 遠くい距離でも雰囲気というものは痛いほど察知できる物だ……ということを、それで私も知った。ナインの視点からはバラ色に見えていたであろう世界が、急に心臓を掴まれたみたいに死と隣り合わせになったことが私にまで伝わってきた。震えて声になりきらない謝罪の言葉がこちらにまで聞こえて来るような、それほどの悲壮な雰囲気が、ナインの小さな背中から放たれている。

 私は、たぶん今までの人生一番の全力で走った。助けなければと思った。粗暴な男から「怒り」という概念を断ち切ってしまうことは私にとって造作もないことだけれど、あの少女が重力の魔法で自分の身を正しく守れるのか、守れたとして自分の心まで上手く守りきれるのか、申し訳ないけれど、会って一時間程度の仲ではまだそこまで信頼してあげることが出来ない。

 なんとなく、ナインは怖いことがあればすぐ泣いてしまうような子である気がした。だから私が守ろうと思った。あの子に変なトラウマなんか絶対植え付けさせない。今日は絶対に、楽しく映画を見に行くんだ。それ以外のことは必要ない。

 ……けれど不謹慎な話、そうして人混みを縫い駆けている時にこそ、私には今までで一番「生きている」という実感があったのだった。

 

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