Fate/Lost Shadow   作:宮城まこと

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二日目 夜

 闇と殺意だけがこの空間をしていた。漆黒に消える火花と乾いた金属音。たった五分の間にどれだけの命のやりとりが交わされたのだろう。

 朝陽はランサーの後姿を見守っていた。

 彼女に敗走は無く、また敗北も無い。

 サーヴァント同士の攻防は宝剣、宝槍のぶつかり合いとなる。それ故に近くで戦いを観戦するなどもってのほかなのだ。高純度の魔力のぶつかり合いによってマスターが耐えきれないという場合も往々にして有り得るのだ。

 だが、彼らもまた魔術師なのだ。記憶を無くしている朝陽でさえも己の身の守り方は心得ている。

 ともに戦場に立ち、駆けるとはそういうことだ。

 サーヴァントの敗北はマスターの敗北となる。

 一度でも恐怖に身を竦めて力を弛ませたのならば、死が彼らを捉えるだろう。

 死など、傷など恐れるな。置き去りにしろ。その先に勝利はある。

 ランサーは槍を構え直し、キャスターの剣を受け止める。またキャスターも、彼女の槍を刃に接した瞬間に相手の力をいなしている。

 両者の実力、技の冴えは拮抗しているように思える。朝陽が戦いにおいては素人だからそう言えるのだろうか。

 否、戦いはたしかに拮抗している。

 常人ではおよそ瞳に捉えることなどできない、高速の攻防においてキャスターとランサーはこの力の均衡を破ることは叶っていない。

 

 だが、真相は至ってシンプルだった。

 互いにまだ本気を出していないのである。

 破れないのではなく、破らないのだ。

 相手の手癖、攻撃と反応速度を見極めるためにあえて手を抜いているのだ。

 聖杯戦争において、宝具の存在を隠すのは何よりも重要な事だ。ひとたび真名解放し躱されるようなことがあれば、真名が発覚してしまうだけではなく、宝具の性能も知られ容易く対策を講じられてしまうのだ。

 ランサーは槍を振り回してキャスターとの距離を取り、一呼吸置く。

 

「お主、キャスターのわりには良く動く。儂の槍でも穿つのに少々骨が折れる」

 

「言っただろう、本来はクラスが違うと。私がキャスターのクラスに甘んじているとはいえ、この剣の冴え、鈍る道理ではないのだ」

 

 キャスターの持つ剣の鏡のような清らかな刀身が、月の光をまるで湖畔の水面のように反射する。

 

「ふむ、ならば儂も少し本気を出すとしよう──」

 

 ランサーの全身から目視できるほどの体内魔力(オド)が溢れ出す。近辺家屋の窓ガラスがひび割れ、ついには粉々になる。

 彼女にも似た、どこか影の有る魔力。対して、キャスターが解放した魔力はどこまでも潔白の二文字が良く似合う。

 対局の色を持つ魔力同士が両者の中央付近で絡み合い、やがて静かに消え去る。

 

「ゆくぞ」

 

 キャスター、ランサーともに地面を舗装しているコンクリートが砕けて散るほどの万力を足に込めて駆け出す。

 刹那のうちに一撃が重なり合う。

 衝突した瞬間に周囲の空気が弾け飛び、強烈な風が朝陽に襲いかかる。単純な威力の話ならば先ほどの倍は容易く出ている。

 彼女が槍を横薙ぎに払うと、キャスターが剣で受け止め、力をいなして接近を試みる。しかし、彼女の懐に入る前に、ランサーは身体を半歩引いてキャスターの追撃を躱すと空間を引き裂くように槍を振り下ろす。

 地面が捲り上がり、粉塵が舞い上がる。

 

 ──如何にもな鎧の癖に良く動く。

 

 キャスターは防戦に徹していた。自ら近づくことは極力せず、ほんの僅かな隙にのみ己からの攻撃を許している。

 ランサーが攻撃を仕掛けた。家屋の壁を駆け上がり、逆さになりながらもキャスターの脳天を目掛けて槍を放つ。

 意表を突かれたキャスターは、身体を急いで飛び退かせ首の皮一枚で躱すことに成功するが、額が削れて綺麗な横顔に血が滴る。

 間髪入れず、ランサーは追撃に移行する。

 先に地面に着いた槍に重心を預けて、妖艶に舞う踊り子のように身体を捻らせてそのまま槍で薙ぎ払う。

 キャスターも負けじと二度目の攻撃を剣でいなすと、堪らず彼女との距離を開けた。彼女は着地すると悠然に槍を構え直す。

 

「今の一撃を躱すか」

 

「あの程度でやられるほど、私が軟弱な戦士に見えるか?」

 

「いやなに、お主の実力を測ったのだ」

 

「慢心だな。その驕りは勝利を足元から崩すぞ?」

 

 キャスターの言葉に、彼女はにやりと笑う。

 

「驕りではない。久方ぶりの戦いでな、少々昂っておるのだ。許せよ」

 

 キャスターは額から滴る赤い体液を拭い、魔力を持ってその傷を一時的に縫う。まだ底が見えない戦いに朝陽は固唾を飲んで見つめるしかなかった。

 

 だが──。

 

「オイオイオイオイぃ! 何やってんだよ、キャスター!」

 

 この静寂の戦場に、似つかわしくない粗野で大きな声がここぞばかりに轟く。キャスターの背後の闇から現れたのは、キャスターのマスター、ラインハルト・ブラックウェルだった。

 彼は金色の髪を右に左に揺らしながら、包帯で右腕を吊られていたが、自分のサーヴァントへの怒りで表情を歪ませていた。

 

「誰かと思ったら貴様か。なるほど、土壇場でこのキャスターを召喚したのか」

 

 ランサーは侮蔑の表情をラインハルトに向け、キャスターには憐憫の目線をくれた。

 

「ランサー、てめぇだけは絶対にブッ殺してやる! マスターである俺を裏切りやがって!」

 

 ラインハルトは歯を食いしばり、今度はランサーに対する怒りで身体を震わせている。事情を把握していない朝陽にとっては目の前で起きている出来事を理解するのに時間を要した。

 

 ──あいつもしかして。ランサーが言っていた。

 

「ほう、儂を殺すか……大きく出たな三下風情が」

 

 彼女の瞳に宿るこれまでにない明確な殺意。朝陽も魔術回路を通して灼けるような魔力の迸りを感じた。

 ランサーから放出される魔力は次第に周囲にまで影響を及ぼした。地は砕かれ、レンガ造りの家屋たちは悲鳴を上げて軋んでいる。それだけではない、朝陽の見ている彼女の背が歪み始めている。

 いや、正確にはランサーを取り囲む空間すべてが歪み始めているのだ。

 洪水のような魔力の渦が彼らを蝕む。

 このままでは、マスターだけでなくここに住んでいる者たちにまで被害が拡大する。

 唐突に朝陽の脳裏に過る幼き死体たち。血の池にひとりぽつんと立っている。

 

 ──やめろ。やめろ。やめてくれ! 

 

「ランサーやめろ!」

 

 彼は初めて彼女に対して怒号を飛ばした。

 

「!」

 

 彼の悲痛な叫びがランサーに届いたのか、魔力の渦は夜霧のように霧散する。周囲の歪みが元に戻りこれで大地の悲鳴は止められた。

 

「……すまなかった、儂としたことがつい熱くなってしまった。助かったぞ、朝陽」

 

 ランサーは振り返ることはせずにキャスターを睨み付けたまま朝陽に礼を言った。

 

「なんだよ、驚かせやがって……おいキャスター、遊びは終わりだ! 宝具を開帳しろ!」

 

 ラインハルトがそう告げると、キャスターはため息交じりで一度剣の構えを解き、呼吸を整えてから両手で剣を握る。

 

「そういうことだ。手加減は出来なくなった、これからは()りにいかせてもらう」

 

 キャスターが改めて握った剣から清々しい風とともに大量の魔力が溢れる。

 

「『穢れなき清剣(オートクレール)』解放!」

 

 彼の剣は宝具の類であった。魔術師というクラスには見合わず、真昼の青空のような胸を透く剣の輝きは聖剣にも匹敵しうる。

 

『穢れなき清剣』はキャスターの生前愛用していた剣の名前である。放出した魔力はやがて一本の剣に集約され、圧倒的破壊力を生み出す。

 さすがのランサーも脅威を感じ、槍を構えて相手の宝具に神経を尖らせて最大限警戒する。

 

「気を抜くなよ、ランサー」

 

 キャスターがこの戦いで初めて先手を打った。走り出すための一歩すらランサーには視認できなかったのか、一気に距離を詰められ、清剣(せいけん)が容赦なく襲いかかってくる。

 回避不能な一撃に対してランサーが防御の体勢を取り、槍で剣を受け止める。が、集約された膨大な魔力が解放され眩い閃光とともに彼女を包む。

 朝陽は腕で目を焼かれぬように視界を覆いながらもランサーの安否を願う。

 

「ランサー!!」

 

 彼の叫び声は、辺りを埋め尽くす青い光に掻き消されていったのだった。

 

 

 ×     ×

 

 

 キャスターが宝具を解放する数分前、彼女は駆ける。駆ける。駆ける。

 自らの影を置き去りにせんとばかりに、帯刀している彼女は全速力で走った。

 柊継は朝陽と同じように別陣営に襲われていた。こちらからは目視できないだが、あちらからはこちらの姿は丸見えなのだ。この特徴を持っているクラスならば知っている。

 アーチャーだ。姿が見えないほどの離れている距離に加えて、先ほどから彼女を追いかけるような弾丸が飛来している。

 

 これは不味い。

 こちらはセイバー。名の通り剣を使う英霊である。このアーチャーとは根本的に相性が悪い。相手はわざわざ近づいてくる阿呆ではないはずだ。

 そもそも剣を使うアーチャーなどいるはずなどない。

 対して、彼女たちは近づかなければ攻撃できない。完全に後手を踏まされている。

 

「ますたー殿、また来たぜ」

 

 セイバーが霊体化しながら念話で継に注意を促す。

 

「分かってるってば! 貴方も少しは避ける手伝いしなさいって!」

 

「そう言いなさんなって。若いうちから小じわが増えるぜ?」

 

 セイバーが憎まれ口を叩いていると、継は後頭部を狙って飛んでくる弾丸を視界に入れずに方向転換して躱して路地に入り込み、落ち着くために壁にもたれかかる。

 

「貴方ってこういう時、本当に役に立たないわね」

 

 彼女は切らしている呼吸を整え、セイバーに小言をぽつりと呟く。

 

「仕方ねぇだろう? 俺は刀を打つことしか出来ねぇ。戦闘はおめぇさんに任せるって契約の時に言ったろ?」

 

「ええだから、そんなこと言った自分の発言に後悔しているのよ!」

 

 彼女はもう一度呼吸を整えて、腰に携えている刀に手をかける。いつでも抜刀できる準備はしている。だがそれは前提条件で敵が目の前にいなければならない。

 姿が見えなければこの刀もただの鉄塊だ。

 ──落ち着け。

 この勝負、冷静さを失えば確実に負ける。

 姿が見えなければ晒してもらうだけだ。あの弓兵にこの白刃を突き立てなければ気が収まらない。

 

「セイバー……貴方にお願いがあるの」

 

「ん? なんだよ改まって」

 

 継がセイバーの疑問に答える。

 

「貴方は飛んでくる弾丸の方向を全部報告して。私が全部躱して斬りつけてやるから」

 

 常人ではおよそ考え付かない、否、考えたとしても行動に移さないであろう作戦を提示した継に対してセイバーが豪気に笑った。

 

「ぶははは! イカれてんなぁおめぇさん。だけどそこが気に入ってんだよ」

 

「ええ。多少イカれてないと勝てないのよ、この聖杯戦争ってのは」

 

 セイバーにつられて彼女も笑う。

 覚悟は決めた、作戦も立てた。あとは、実行するだけ。

 継は全身に魔力を回した。滞りなく、潤滑に。

 どくんと、心臓に焔が灯ったように熱くなると次第にその熱は全身に巡っていく。

 

「──行くわよ」

 

 彼女は再び走り出す。

 路地から身体が出た途端に見計らっていたかのように狙い済ました弾丸が襲いかかる──。

 

「西の方角だ!」

 

 セイバーが叫び、継は弾丸の軌道を完璧に見切り紙一重で躱しながらも加速する。

 一足(いっそく)二足(にそく)。そして三足(さんそく)へと。

 

「お次は北だ!」

 

 想像の範囲内だ。アーチャーは弾丸を吐き出すたびに、居場所を掴まれないように常に移動している用心深いサーヴァントだ。

 だがこうして弾丸を躱し続け、距離を詰め続ければいずれ追い詰められる。

 敵も相手取るのはサーヴァントだけだと踏んでいるはずだ、だからこそ彼女のこの行動に意外性があり虚を突ける。

 たとえ距離を離すことを常に心掛けていたとしても、サーヴァントが移動するよりも早く追いついてみせる。継にはそれだけの自信があった。

 

 柊継。彼女は日本の魔術師一族の末裔だ。柊家は栄華を極めていた時代はとうに過ぎ、陰陽術や妖術、そして魔術と姿を変え世俗に潜んでいたが、百年前から零落の一途を辿っている。

 そして最悪の中、彼女は生まれた。

 男児で無かったが、彼女には有り余るほどの才能があった。かつての栄光を想起させるほどに。

 しかし、柊家には彼女に継がせるはずの魔術刻印は一つしかなかった。平安の時代より存在していた柊の歴史はほとんど費えてしまったのだ。

 彼女は一族復興のために己を鍛えた。いや、鍛えさせられた。友人も作らず、ただひたすらに、孤独に耐え抜いて技を磨いた。

 努力の結果はすぐに表れた。

 

 初めに説明するが、彼女はどこまでも基本に忠実だった。基本に始まり、基本に終わる。それが彼女の理念であり、生きるための指針でもあった。

 魔術師にとっての基本技術は主に身体強化が挙げられる。彼女は身体強化を極めた。必要以上に。

 彼女が十八を迎えた頃、ある到達点を迎えた。

 極みという途方もない高み。彼女はいつしかそこに立っていた。

 おそらく、人間の数十倍の速さで動け、人の数十倍遠くまで見え、人の数十倍強い。

 彼女の魔術は一足二足と、徐々に身体の動きと魔力の回転率を上げていく。最大十足までだが、十足に到達すると彼女は三騎士のサーヴァントに匹敵しうる力を持つ。

 

 五足までであればキャスター、アサシンといった直接的な戦闘に不慣れな相手にならば肉薄することが可能になり、十足にもなると条件次第でバーサーカーやセイバー、ランサーも同等に闘える。

 彼女の魔術に名前はない。やっていることはそれだけ基本的な事なのだ。

 

「見つけた! 一気に加速する!」

 

 移動している最中の敵をようやく視認できた。段階はすでに五足へと到達している。

 ついにアーチャーを追い詰めた。

 最後の弾丸が放たれる前に継は飛翔。漆塗りの空に天高く舞う。相手はこの街の教会の屋根に着地しようとしている。

 相手の着地とともに同時に、継は人の面影が僅かに残っているサーヴァントに向かって抜刀し、斬りつけた。

 アーチャーは持っていたスナイパーライフル、リー・エンフィールドで斬撃を防ぐが、狙撃銃は真っ二つに折られてしまう。

 アーチャーは継の刀を身体をのけ反らせて首の皮一枚で躱し、飛び退いて距離を作る。

 

「おいおい、どうしてくれんだよ。結構お気に入りの銃だったんだけどなぁ」

 

 アーチャーは真っ二つに両断された狙撃銃を見つめ、肩を竦めて笑う。

 

「これじゃあもう直せねぇな。アリアにまた怒られちまう。おい、どうしてくれんだよ。これじゃてめぇの首を持って帰るしかなくなるじゃねぇか」

 

 アーチャーは人間の面影が残る女性のサーヴァントだった。

 何故彼女を人間の面影が残ると表現したのか。それは彼女の特徴的な容姿によるものだった。

 アーチャーの側頭部に角が生えていた。片方が折れており、片方が天を突いている。胸元が開いている服装をしており、大きな胸を他人に見せつけているようにも思える。

 加えて男勝りの口調に、使っている武器は弓ではなく銃。

 こんな英霊聞いたことがない。

 銃を使う英霊ならば近代の英霊だと決まっており、等しく人の見た目をしている。

 だが目の前にいるサーヴァントはまさしく悪魔のようだった。

 

「まさか突っ込んでくるのが人間とはねぇ、ちょっと驚いたぜ」

 

 アーチャーはリボルバー拳銃、トーラス・レイジングブルを魔力で創り出し、拳銃を握る。

 おそらく装填してある銃弾も魔力で編んだものだろう。

 

「だがよ、この距離で俺とやり合って勝てるとでも思ってんのか?」

 

「試してみる?」

 

 アーチャーのリボルバー拳銃による早打ちと、継の居合抜きによる早抜き。

 力だけではない速さの勝負。

 張り付く氷のような恐ろしいほどの静寂。月の光が僅かに陰ると、臆することなく継が仕掛ける。対するアーチャーも、彼女の顔面に狙いを定めて引き金を引く。

 ──閃光。

 真昼の太陽のような輝きがアーチャーと継を包み込む。この光はここではないどこかのサーヴァントによる宝具の一撃だと悟るのに、二人ともそう時間は要さなかった。

 

 

 ×     ×

 

 

「ランサー!」

 

 朝陽は腹の底から叫んだ。

 彼女からの応答がない。素人目の彼にもあの宝具と呼ばれるキャスターの剣による一撃が、尋常ならざるものだと理解させられた。

 閃光が途切れると、想像以上に悲惨な光景が目の前に広がっていた。

 凄まじい魔力によって発せられた閃光の熱量によって周りが焼けただれている。

 しかし、どうしてか朝陽には傷一つなかった。

 

「情けない声を出すな。儂はまだ生きておる」

 

 彼女の背中が物語っていた、彼女が身を挺して宝具から朝陽を守ったのだと。

 

「私の『穢れなき清剣(オートクレール)』を受けてもなお、折れぬその槍、その意志、敵ながら見事なり」

 

 キャスターは剣を払い、ランサーに賛辞の言葉を贈ってから再び剣に魔力を集約させていく。

 朝陽は驚愕した。

 ふざけるな、あれだけの一撃を連続的に放てるというのか。これではランサーの身が持たない。マスターである自分が何か策を考えなければ。

 

「……朝陽よ、お主は儂が負けると思っているのか?」

 

 ランサーが振り返らず彼に尋ねた。自分が負けると思っているのかと。

 朝陽は、はっとした。

 マスターである自分が相棒であるサーヴァントの勝利を疑ってどうする。自分たちの敗北の姿を想像するなど三流以下のすることだ。

 信じろ、仲間を。疑うな、勝利を。

 朝陽はかぶりを振る。

 

「勝て、ランサー。あんたに命を預ける」

 

 朝陽からは見えなかったが、彼女が心なしか笑ったように見えた。

 

「だ、そうだ。儂はなんとしても勝たねばならなくなった。キャスターよ、覚悟はよいか?」

 

 ランサーが膨大な魔力を紅の槍に込めると、キャスターが思わず身構えてしまう。戦略的に優位に立っているのにも関わらず。

 キャスターの目の前からランサーが音もなく消えた。

 ──(はや)い。

 切り合いを始めたころとはまるで比べ物にならない。移動したと視認出来たところで、ランサーはキャスターの感覚よりも先に心臓目掛けて槍を放つ。

 

「くっ!」

 

 宝具を解放してなければ、防御すらままらなかっただろう。

 キャスターは辛うじて槍を剣で退(しりぞ)けるが、互いの武器に込められた魔力同士のぶつかり合いにより、身体が弾き飛ばされた。

 彼の清剣が宝具というならば、彼女の手に持つ魔槍(まそう)もまた宝具なのだ。

 宝具と宝具のぶつかり合いはまさに天災。

 弾かれたキャスターは体勢を整えて剣を構えるが、ランサーは陽炎の揺らめきの如く、瞬く間に姿を消す。

 ──どこから来る。

 次の一撃は意外にも彼の側面からだった。

 命の灯火を薙ぐように放たれたランサーの攻撃をキャスターはまたしても紙一重で躱す。

 宝具を解放し、一度は優位に立ったはずの清廉な騎士は再び防戦一方となってしまった。

 

「何故だ……どうして勝てない!? こっちは宝具を使っているんだぞ!」

 

 ラインハルトは徐々に押され始めているキャスターを見つめ、歯を食いしばりながらやり場のないどす黒い感情を吐き出す。

 歯がゆさは苛立ちに変わり、そして最後に怒りとなる。

 ラインハルトは勝つための手段を選ばなかった。

 騎士同士の高潔な戦いなど知るものか。こうなったらマスターを直接狙ってやると。

 

「キャスター! 死んでもランサーを抑えろ! 俺はマスターを狙う!」

 

 ラインハルトはキャスターに向かって叫び、鼻息を荒くしながら、つかつかと早歩きで朝陽との距離を詰める。

 

「御意に」

 

 キャスターは戦い方を変えた。敵を倒すのではなく、足止めをするために。攻撃を捌き続け、適所で攻撃を加える。先程と同様の攻防一体のスタイル。

 

「よいのか? 怪我をしているマスターを戦わせても」

 

「私はただマスターの指示に従うだけだ」

 

 キャスターもランサーも高速を超える攻防の中でも、言葉をいくつか交わす。

 

「そちらこそ良いのか? 私の見立てでは、戦いが得意なマスターだとは思えないが?」

 

 キャスターの問いかけにランサーは不敵に笑う。

 

「なに、私のマスターは簡単に殺されるタマじゃないさ」

 

 

 キャスターがランサーと交戦している間に、マスター間でも戦闘が始まった。

 

「あの女のマスターになったのが運の尽きだ。ここで死んでもらうぞ」

 

 ラインハルトが折れていない左の手を上げると、物陰から厚いアタッシュケースを持った人影が飛び出してくる。

 

「俺の名前は、ラインハルト・ブラックウェル。お前は?」

 

 白い肌をした女性のホムンクルスがラインハルトに傅き、アタッシュケースを彼に献上するような形で手渡す。

 

「俺の名前は……朝陽だ」

 

「アサヒ……? ったくどこの馬の骨か分からん奴にここまで手こずるなんてなぁ」

 

 互いに名乗ると、ホムンクルスが何も言わずに一歩前ラインハルトの前に出る。

 

「代々ブラックウェル家に伝わる決闘に基づいて名乗りは上げた、次は武器を抜け。ランサーのマスター」

 

 彼の眼は真剣だった。

 確実に朝陽を殺すつもりなのだろう、決闘というルールに基づいて。

 朝陽はポケットからルーン石を取り出した。

 

「はっ、ルーン魔術か。また随分と古臭いものを使うな」

 

「次はあんたが武器を抜く番だ」

 

 ラインハルトの安い挑発に乗らずに、朝陽は淡々と戦う準備を整えていく。これが彼にとって初めてのマスター同士の直接対決。なおさら負けるわけにはいかない。

 

「武器? ああ、俺の武器はすでに抜いてある」

 

 開戦の狼煙は不意に上がった。

 まずホムンクルスが踏み出し、右腕から人体を容易く切り裂けそうな厚い刃が飛び出して斬りかかってくるが同時に朝陽の魔眼が発動した。

 動きは寸分違わず影が教えてくれる。

 朝陽は飛び退いて回避するが、前髪の先が僅かに散らされる。

 想定していたものより動きが早い。

 この朝陽の魔眼──名付けるならば先明(せんめい)の魔眼にも弱点がある。それは使用する当人の能力に依存してしまうことだ。

 たとえ敵の動きを把握してしても、身体がついてこなければ反応が叶わない。

 対して、ラインハルトの魔術は人形を使役することにある。

 

 人体に対しての改造。

 それこそが彼の最も得意とする分野である。

 本来戦闘向きではないホムンクルスに対して武器を仕込んである人形の腕や足に取り換えることによって、戦闘用ホムンクルスは短命という弱点を克服することが出来る。

 瞬間的な火力や、ホムンクルスの出来栄えなどはもちろん劣るが、この二つの点を除いても、ホムンクルスの人形化は実用的だと言える。

 二人の魔術の相性は悪いと断言して差し支えないだろう。

 最低限な肉体強化がやっとな朝陽と、人形になっている手足が壊れない限りいくらでも戦い続けられるホムンクルス。

 魔力の消費も考慮すると朝陽の勝利は薄い。

 

「そらそら、逃げるだけでは決闘にならんぞ?」

 

 ラインハルトが逃げ惑う朝陽を見て冷笑する。

 彼の言う通りだ。逃げているだけでは戦いにならない。

 朝陽は逃げるための足を止め、握りしめているルーン石に魔力を込める。

 攻撃が来るのが分かるのならば、攻撃に合わせて反撃することも可能だ。

 カウンター。

 これこそが朝陽の見出した勝利への道筋。ホムンクルスは義足となった両足で飛び上がり、右腕の刃で斬りかかってきた。

 失敗すれば死が待っているだろう。だが、振り切るように朝陽は動き出す。

 刃を恐怖ともに躱し、ホムンクルスの腹部か胸部のどちらかを狙ってルーン石を叩き込む。

 

 ──アンサズ。

 

 炎が吹きあがり、ホムンクルスの身体を一瞬だが覆い尽くし、魔弾のような衝撃でホムンクルスを五メートルほど先へ吹き飛ばし相手を背中から地面に叩きつけた。

 ランサーが刻んだルーン石には二つの役割があった。

 一つ、現に使ったように炎を引き起こすもの。

 二つ、炎と同時に魔弾をぶつけるもの。

 直接石をぶつけても、石を投げつけてようとも、効力は十二分にに発揮する。

 朝陽は心の中で彼女に感謝した。

 

「チッ、油断しやがって。おいさっさと立て!」

 

 ラインハルトが怒号を飛ばすと、ホムンクルスはゆらゆらと立ち上がる。

 彼女の服は焼けており、腹部の皮膚も火傷を負っている。常人が戦える状態ではないのだ。どうして彼女は立つ。痛みを感じないのか。

 

「止めろ。その子は戦える状態じゃないだろ」

 

 朝陽の敵に同情した台詞に、ラインハルトは失笑した。

 

「フハハハハハッ! おいおい今度は何を言い出すかと思えば。いいか? ホムンクルスに自分の意志なんてない。命令されたことをただ実行するだけなんだよ! 俺が戦えって言ったら戦う。それがこいつらの存在理由だ」

 

 彼が嘘偽りを言っているとは思えない。紛れもない事実なのだ。だとすれば、目の前にいる幼気(いたいけ)なホムンクルスは壊れるまで、いや壊れても動き続ける。

 痛いと叫ぶことすら出来ずに。

 直後。朝陽にまたしても激しい頭痛が襲いかかる。最悪のタイミングだ、一体何が引き金になっているというのだろうか。

 彼が痛みで表情を歪ませると、ホムンクルスは攻撃を仕掛けてきた。

 

「クソッ!」

 

 朝陽は躊躇してしまった。ポケットのルーン石を使用することを。

 相手も多少なり傷を負ってくれたおかげで、鈍った攻撃を簡単に回避できたが、反撃には転じなかった。

 だが疲弊する身体では避け続けられない。

 待っているのはいずれにせよ死。

 このままでは殺されてしまう。

 その時だった。

 目にも止まらぬ速度で黒髪の女剣士はホムンクルスの義手を切断した。

 

「あん、たは……」

 

 彼女はラインハルトから朝陽を守るように彼の前に刀を収めて仁王立ちした。

 

「貴様ッ! 勝負の邪魔をするつもりか!?」

 

 予期せぬ乱入者でうろたえるラインハルトに、彼女は凛とした目つきでこう言った。

 

「私はね勝負は好きよ。その結果死ぬのも結構。でも、これじゃあ勝負にすらなってないじゃない。一方的な暴力は一人の人間として看過できない」

 

 柊継。彼女がラインハルトに向かって刃を向けたのだった。

 

 

「立てる?」

 

 彼女に言われ、朝陽は自分が知らない間に尻餅をついてしまっていることに気がつく。

 

「ああ、大丈夫だ」

 

 朝陽は地面に手を着き、ラインハルトと継を警戒しながら立ち上がる。敵である彼女がどうして自分を助けてくれるのか、理解できなかった。

 

「教えてくれ。どうしてあんたがここに?」

 

「こいつを叩きのめしてから教えてあげる。セイバーも貴方のサーヴァントの援護に向かわせたわ。今は味方よ、信じて」

 

 継は刀の切っ先をホムンクルスとラインハルトに向け瞳に敵を映して、宣言する。

 

「貴方も奥の手を出しなさい。改造したホムンクルス如きでは、私は止められないわよ」

 

「くっ、おいお前! 何ぼさっとしてやがんだ! さっさと動け!」

 

 ホムンクルスは斬られた右腕を抑えて、両の義足の踵とすねから腕同様に刃が飛び出す。

 ホムンクルスもまだ戦意を失っていない。否、失うことを許可されていない。彼女は戦うことでしか生きていけず、戦うことでしか死ぬことを許されていない。

 彼女たちはほとんど同時に動き出す。

 ホムンクルスは足を蹴り上げ、装備されている刃で継の柔肌を切り裂こうとする。が、継は刀で苦もなく捌き切る。朝陽も一目で察した。

 両者には超えることのできない実力の壁があると。

 ホムンクルスの彼女がまるで踊るように連続で攻撃を加えるが、その一切が継に決して届かない。

 継は僅かに大振りになった蹴りを躱して刀を返し、峰でホムンクルスの脇腹を強打する。くの字に身体が曲がった瞬間に首に一撃を叩きこむと、ホムンクルスの身体は地面に勢いよく叩きつけられ完全に静止した。

 

「言ったでしょ、奥の手を出しなさいって。私とこの子じゃあ勝負にすらならないのよ」

 

 彼女の言葉にラインハルトは下唇を噛み、悔しさで表情を歪ませながら大きく肩を震わせる。

 

「クックックッ。ハハハハハ! 良いだろう! 死ぬことが望みなら、そこの男と一緒に殺してやるよ!!」

 

 ラインハルトが吠えると、直前にホムンクルスから手渡されたアタッシュケースを前に突き出す。

 

「傑作──モンスター」

 

 ラインハルトがぼそりと呟くと、アタッシュケースが突如として独りでに開く。中からおぞましい魔力とともに現れたのは、モンスターの名の通り、およそ人とは思えない怪物だった。

 二本の足で立ち、丸太のように太い二本の腕と背中から生えているもう二対の腕。口から飛び出している牙に滴る涎。筋骨隆々な巨躯に加えて血走った眼で朝陽たちを睨む。

 

「GAaaaaaaaa……」

 

 怪物は唸声を上げ、朝陽たちを威嚇する。

 

「フン、驚いて言葉もないか。これこそが俺の傑作のひとつ、モンスターだ! 人間の型を残しながら理性を消し、我が研究の粋を集めた。行け、手始めにそこの生意気な小娘をブチ殺せ!!」

 

 ラインハルトは余裕綽々に自慢話をしながら怪物に戦う命令を下した。

 怪物は()えながら走り出す。

 このままでは、いくら腕が立つと言っても継の小さな身体では捻り潰されてしまう。

 朝陽は継の前に立つ。彼女は紛れもなく今は味方だ。ならば、身体を張って守る。助けられた借りは返さなければ気がすまない。

 朝陽はポケットからルーン石を取り出し、先ほどより多くの魔力を込めて怪物に投げつける。

 

「!?」

 

 驚愕する怪物を覆い尽くす炎。だが、朝陽の抵抗は敵を殺しきれるほどでは無かった。

 怪物の体表を覆っていた炎が消え、火傷の傷の痛々しさが残ったまま怪物は朝陽たちに迷わず走ってくる。朝陽が力不足を痛感した瞬間、継が彼の脇からするりと風が吹き抜けるように駆け出す。

 

「助けてくれてどうもありがとう。でも、貴方が狙うのはあっちの男でしょ?」

 

 彼女はそう言って微笑む。

 継は全身を魔力で強化した。ちなみに彼女の魔術を捕捉すると、通常の状態が零足だとすると、三足までは急激な加速または減速が可能なのだ。

 そして三足。もはや常人では三秒も瞳に映していられない速度に達している。彼女は怪物が振り上げた丸太のような腕を紙の如く切り裂く。

 出血を伴う傷となったが、怪物は火傷とともに即時再生を始める。

 

「再生!? まったく面倒ね!」

 

 継が戦っている間、朝陽もラインハルトと戦うことを覚悟した。ポケットからもう一度ルーン石を取り出して、ラインハルトに接近する。

 

「チッ、仲間が増えたくらいでイキがるなよ!」

 

 朝陽はルーン石をラインハルトに投げつけるが、彼の魔力障壁(しょうへき)によって防がれてしまった。

 ラインハルトの左腕の肘から先は宝石が複数内蔵し、改造された義手だった。朝陽のルーン石を防いだのは、彼の義手の甲に仕込まれた宝石魔術だった。

 

「人形師が本体で戦えないとでも? 甘いんだよ、てめぇはさぁ!」

 

 ラインハルトは掌を向け、小振りで彩り豊かな宝石を銃弾のように打ち出す。もちろん朝陽も魔眼にも見えていたが、すべては避けられず彼の腹部に一つだけ直撃する。

 

「ガハッ!?」

 

 朝陽よりも練度の高い魔力での魔弾。耐えられない激痛が襲いかかる。

 朝陽が吹き飛び、背中から地面に叩きつけられた。

 反応できなかった。

 宝石魔術とは、宝石に込めた魔力によって効果を得る魔術である。通常は人の手による投擲などが主流なのだが、ラインハルトは義手から宝石を高速で射出しているのだ。

 朝陽の魔眼を持ってしても、すべて避けるのは不可能に近い。

 朝陽は直撃した腹部を押さえながら立ち上がる。

 幸い、内臓破裂や骨折は引き起こしていない。

 激痛で呼吸が辛いが立てなくなるほどでは無い。だが、また宝石を射出されては身が持たない。

 残るルーン石は二つ。

 たとえ投げつけたとしてもまたラインハルトに防がれてしまう。ならば勝つ方法は一つ、直接彼に叩き込むしかない。

 

「立てたとしても、息も絶え絶え。そんな状態でどうしようって言うんだ。命乞いをしろ。そうすればてめぇを人形に改造するだけで許してやるよ」

 

 ラインハルトはよろけながら立ち上がる朝陽を見つめ、勝利を確信したのか、肩を大きく震わせながら(なぶ)る目つきでそう言った。

 

「こいつよか良い駒になるんじゃねぇか?」

 

 地に伏せ、もう戦えないホムンクルスに対してラインハルトは靴底を執拗に彼女の頬に擦り付けた。

 ホムンクルスの虚ろな瞳が誰かと重なった。

 焼けたフィルムのように途切れた記憶の中で、朝陽はあの虚無なる瞳を見た覚えがあった。助けを求めることも逃げ出すことも許されない、囚われた瞳。

 

「──どけろ」

 

「は?」

 

 朝陽は拳を固く握りしめ、怒号を飛ばす。

 

「その足をどけろって言ってんだよ!!」

 

 彼は激昂していた。

 この沸々と心の底から這い出る感情が一体どうして現れたのか、朝陽は知っている。

 継が言っていた通り、戦って死ぬことを享受している者ならばその人間の生き死にに文句などない。だが、戦うための道具として死ぬ覚悟を、死ぬ選択を受け入れていないしていない無垢な者たちを利用しているのならば、許すことなどできない。

 ──たとえ、この身朽ち果てようともそんな暴挙止めてみせる。

 朝陽の全身から体内魔力が溢れ出す。

 

「くっ、なんだこいつ!?」

 

 ラインハルトは思わず一歩だけ後退りして朝陽との距離を取った。

 ──何を逃げている、相手は足元にも及ばない三流魔術師だぞ。

 ──三流魔術師のはずだ、なのにどうして冷や汗をかいていている。

 

「調子に乗るなよ!」

 

 ラインハルトは義手を再び突き出した。

 

「死ねぇ!」

 

 ラインハルトの言葉とともに義手から宝石が射出された。

 A級の宝石を用いた魔術。直撃すれば敵の身体は粉々になりこの世界から消え失せる。そして、躱すことができない高速射出。

 義手に負荷こそかかれど、決死の一撃だ。

 放たれた宝石が朝陽の目の前で割れ、魔力のドームを創り出す。中は高濃度に圧縮された魔力の渦。どんな大魔術師でも無傷で防ぐことは不可能。

 ラインハルト対朝陽の勝負は、これにて決着。かと思われた。

 だが、宝石魔術の効力が弱まった瞬間。

 朝陽が並の魔術師では反応できない速度で渦から飛び出した。

 彼の身にかかっているのは、魔術師ならば誰でもできる強化の魔術なのだが、他者と一線を画すほど高位だったのだ。

 

「馬鹿な!? 何故無事でいられる!?」

 

 ではここで、朝陽があの宝石魔術を受け、どうして傷が少なかったのかの答え合わせをしよう。

 もちろん、ラインハルトの宝石は高速で打ち出された。だが、宝石の軌道は当然朝陽の魔眼にも見えていた。そして咄嗟に発動した身体強化の魔術で飛んできている宝石にルーン石をぶつけたのだ。

 宝石はルーン石にぶつかり、彼の前で炸裂。魔術の影響が無かったわけではないが、肉体の原型は留められ、さらに高位の身体強化魔術を肉体に施し、効力が弱まったと同時、最もラインハルトが油断している瞬間に攻撃を仕掛けたのだ。

 ラインハルトは舌打ちをして、義手の拳を握ろうとしたが、義手の反応がコンマ数秒遅れる。

 

「まさか──」

 

 義手の不具合。元より義手は身体と密に連携をとるため、メンテナンスや調整を細やかにしなければならない。彼は義手に負荷をかけすぎた。ルーン石の防御に、高速で宝石を射出、極めつけはA級の宝石の行使。

 宝石に蓄積されていた魔力は義手にほんの僅かに悪影響を及ぼす。本来ならば気になるほどでは無い。だが、戦闘においてはまばたき程度の心の乱れが、命取りとなる。ラインハルトは拳を今度こそ握り、朝陽に向かって思い切り振り抜く。

 しかし、拳の軌道も朝陽の眼には見えていた。

 ラインハルトの拳を躱し、彼の鳩尾(みぞおち)にルーン石を直接叩き込む。

 魔力の煌めきとともに炎が上がり彼の身体は魔弾の衝撃によって大きく後方へ吹き飛んで行き、散々足蹴にしてきた地面に二転三転と転がる。

 

「やったのか……?」

 

 朝陽はラインハルトの戦闘不能を確認する前に膝から崩れ落ちる。彼もまた傷を負い、想像以上に疲弊しているのだ。

 

「てめぇ……ふざけやがって……」

 

 これ以上にないほど完璧に全力のルーン石を見舞ったラインハルトが身体を起こそうとする。だが激しく咳き込み喀血(かっけつ)し地に伏せる。

 

『ここは引きましょうマスター』

 

 念話でキャスターが彼に撤退を要求してきた。

 

「ふざけんな……俺に、こいつら如きに恥をさらせってのか……」

 

『ええそうです。死んでは汚名を晴らすことは出来ません。生きていれば、この度の恥じも(そそ)ぐことができましょう。マスター、ご決断を』

 

 ラインハルトは義手を地面に弱々しく叩きつけた。

 これを撤退の合図と判断したキャスターがラインハルトの元に颯爽と現れ、彼を担いだまま朝陽を一瞥して何か意味のある笑みを浮かべて飛び去った。

 

「どうやら片付いたようね」

 

 あの怪物を傷を負うこともなく倒した継がそう言いながら血の付いた刀を払い鞘に戻す。彼女の背後には手足と首を切られた、暴れていた姿など見る影もなくなったただの肉塊があった。

 

「立てる?」

 

 彼女は朝陽に向かって今度は優しく手を差し伸ばす。

 

「すまない……」

 

 朝陽は彼女の伸ばされた手を握り、やや警戒した面持ちでゆっくりと立ち上がる。

 

「どうしてあんたが俺を助けてくれたんだ?」

 

「それは儂も是非聞かせてほしいな」

 

 キャスターとの戦闘を終えたランサーとセイバーがマスターの元へ集まる。

 ランサーはそっと傷ついた朝陽を継の元から自分の腕の中に引き寄せると、訝しげな表情で尋ねた。

 

「ランサー、無事だったか……」

 

 朝陽が彼女の横顔を見つめ、目立った傷も無い様子の自分のサーヴァントの帰りに安堵していると、ランサーは彼の額を人差し指で弾く。いわゆるデコピンだった。

 

「馬鹿者め。マスターであるお主がこんなに傷ついてどうする。修行が足りんな、修行が。明日は覚悟しておけ。みっちり私が鍛え直してやる」

 

 ランサーが怒っているように思えた。朝陽の胸を透く懐かしい感覚。似たような経験を一体どこでしたのだろうか。思い出せないが、朝陽は力なく笑った。

 

「すまん。これから……気をつけ、る」

 

 そこで、彼の意識がぷつりと途切れた。

 

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