So Long, Lonesome ~追憶の言葉~ 作:けんごち
「ええぞ。じゃけど、この辺りのもんはよそもんにうろつかれるのを好かんでのお。わしんとこがそいつらのこと調べたるけえ、お前さんらはここで待ちんさいな」
チャックがレインに連れて行かれたのは、以前にも行ったことのあるイーストエンドロンドンのカフェだった。となれば、目的はただ一つ。レインはアイザックとデイブの捜索にDの助力を依頼した。
チャックにはまだ信じられない。目の前でにこにこと笑っているのは、どこからどう見ても普通の少年だ。それが、ロンドン裏社会を支配するマフィアの六代目ボスというのだから、まさしく事実は小説よりも奇なりである。
「話が早くて助かるぜ。警察官である俺がこの辺りをうろついていると、どんな因縁をふっかけられるかわかったもんじゃねえからな」
レインがそう言うとDは小気味よく笑った。
「警察の『掃除屋』にかばちたれるやつぁおらんわ」
親しげにやりとりをするDとレインの二人を見ていると、チャックはなんとも不思議な気持ちになる。本来なら、マフィアのボスと警察官が関係を持っているなど許されざるべきことのはずなのだが、どうにもこの二人の関係は癒着とかそういうものには見えてこない。かといって、ただ単に仲がよいと表現するのも間違っているような気がする。どうにも不可思議だ。
「なんじゃ、検閲官。ワシの顔になんかついとるかのう?」
チャックの視線に気づいたDが悪戯っぽくチャックの顔をのぞき込む。
「あ、いえ……失礼しました」
自分の不躾な視線を見とがめられたことが気恥ずかしく、チャックは素直に頭を下げた。そのときである
「ボス! その魔導士らしき連中を見たって奴が網に引っかかりやした!」
お洒落なカフェにそぐわない人相の悪い男が息を切らして駆け込んできた。
「……お前さん、そんな大きい声を出しなさんな。無粋じゃのう」
その姿を見て、頬杖をつきながらDがつまらなさそうに息を吐いた。刹那、報告に来た男の体が九十度に綺麗に折れ曲がる。
「すいやせんでした!」
「まぁそれはええけえ。で、連中のヤサはどことタレこまれたんじゃ?」
Dに促されて、男は自分の手のひらを見た。どうやらそこに情報を書き込んできたらしい。
「ホワイトチャペル近くのスラム街です! そこのボロアパートの空き部屋に一週間ほど前から入っている連中の特徴が、まさにボスの言っていた連中でして」
Dの部下の報告に、レインはにまりと唇の端を伸ばす。
「さすがはお前さんのファミリーだな。こんなに早く尻尾を掴むとは、優秀なことだ。俺の部下にも欲しいくらいだぜ」
「それはええのう。けど、ワシんとこのもんは警察嫌いが多いんじゃ」
レインの冗談をDは笑い飛ばした。
「そんな暢気なやりとりを……奴らの居場所がわかったのなら、早くそちらへ向かいましょう。ことは一刻を争うかも知れないのですよ!」
チャックに急かされてレインは椅子から立ち上がる。
「わかっているさ。お前さん、そのアパートってのはどこだい? この辺の地図なら頭に入っている。大体の場所さえ教えてもらえれば大丈夫だ」
Dの部下はDの表情を伺う。Dが、それでいい、と言うように頷くと、右手をレインに見せる。
「なるほど。確かにこの辺りはアパートというか得体の知れない建物が密集している地域だな。人の出入りも激しい。隠れるにはもってこいってところか」
レインが納得した様子で頷く。レインの頭の中ではすでに大体の地理が把握できているらしい。
「場所がわかったのなら、私達で先行しましょう」
「お前さん、テューダー検閲官達は待たなくてもいいのかい?」
チャックは一瞬考えるような仕草を見せたが、すぐに真っ直ぐにレインを見つめ返す。
「まだその情報が正確かどうか確認できていません。先に私達で奴らの正確な居場所を突き止めましょう。テューダーさん達にはこちらまで来て貰うように伝えてあります。言伝を頼めば問題なく合流できるはず。私達で奴らの潜伏先を見つけた後、テューダーさんたちを待って、突入を仕掛ける形でいきましょう」
「ふむ……確かにそれが一番無駄がないかもしれねえな。あいわかったぜ。なら、俺たちで先にホワイトチャペル方面へ向かうとしよう」
言いながらレインはDに視線を送る。
「ワシゃかまわんぞ。テューダー検閲官らが顔を出したらちゃんと伝えとくけえ」
Dの返答を受けて、チャックとレインはお互いの顔を見て頷き合う。
「いろいろとすまなかったな。助かったぜ」
「気しなさんな。お互い様じゃ。のう?」
笑いながらDがチャックの顔を見る。マフィアに借りを作ってしまったことに怖さを感じるが、背に腹は代えられない。
「――この一件については感謝しますが、しかし、それで私達が貴方方に特別便宜を図るようなことは」
「噂通り真面目じゃのう! 急いでるんじゃろ? はよ去ね」
逡巡した上での生真面目なチャックの返答に、Dは腹を抱えて笑う。そんなDの反応にあっけにとられていたチャックだったが、すぐに気を取り直し、カフェの出口へと向かう。
「案内役はいるかの?」
「いや、大丈夫だ。奴らのヤサを見つけてもらっただけで十分さ」
レインはDに薄く笑いかけると、先を進んでいるチャックの後を追う。
「せわしないのう」
慌ただしく飛び出した二人の背中を見送った後、Dは紅茶のカップを手に取り、口をつけた。
「お前さんもご苦労じゃった。もう帰ってええぞ」
Dは報告に来た部下にねぎらいの言葉を掛けた。が、その部下は時間が止まったかのように動かないまま突っ立っている。
「どないしたんじゃ? 何をぼさっと突っ立っとる?」
Dがさらに声を掛けるが、Dの部下は反応しない。心を取り上げられたように、ぼんやりとカフェの天井を見上げている。
「おい、しっかりせえや!」
その状況に異常を感じたDが立ち上がり部下の方を揺さぶる。そうしていると徐々に部下の視線が焦点を結び始める。
「……あれ? ボス、俺、なんでここに?」
しばし瞬きをした後、きょとんとした顔で部下はDを見つめる。
「――お前さん、自分がここで何をしとったか、覚えとるか?」
部下の両肩を掴み、Dがその目を睨めつける。Dの迫力に気圧された部下だが、おそるおそるといった調子で口を開く。
「いえ。あの、ボスに言われてイーストエンドロンドンであの魔導士連中の情報を探っていたはずなんですが……気がついたら、ここにいて」
部下の返答を聞くやいなや、Dは忌々しそうに唇の端を伸ばして吐き捨てる。
「やられてもうた。ガセを掴ませられたんじゃ。これは……罠じゃ」