So Long, Lonesome ~追憶の言葉~   作:けんごち

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第十一話

 レインは懐に呑んでいる拳銃に手を伸ばす。引き返すしか道はない細い一本道。その両側を塞ぐようにして建っている建物の上から見下ろされる形だ。相手の魔導士はアイザックとデイブの二人。ここから拳銃で撃ったところで当たる保証はない上に、隙を突かれる可能性が非常に高い。さらに厄介なことにチャックは声を奪われている状況だ。

――こいつはまずいな

 職業柄、レインは今まで何度も死線は越えてきた。しかし、今回ばかりは突破口となるようなほころびが見つけられない。

 焦るあまり、相手にまんまとこちらの行動を見抜かれてしまっていた。

「……アンタ、さっきこの人達を殺すって言っていたけど、それはやるなよ」

 リチャードが牽制するようにデイブを睨みつける。

「Oh sorryちょっとかっこつけてみただけさ」

 デイブは大げさに両手を広げてみせる。

「でもさぁ、リチャード。こいつらって、殺しでもしなけりゃあ止まらない系だよ、おじさんの勘的に」

 アイザックがへらへらと笑いながらチャックとレインの二人を指さす。

 そのやりとりを見ながら、レインは相手が一枚岩ではないことを見抜く。少なくとも、あのリチャードという男はレイン達に危害を加えることに消極的だ。

「それにどうせこの世界はぶち壊すんだし、今ここでどうなっても大差ないと思うんだけどねえ」

 アイザックはつまらなさそうに右手の平を天に向けて息を吐く。

「確かにそうだけど……アンタらの思い通りになるのが気に入らないんだよ」

 リチャードがアイザックとデイブの二人をそれぞれ順に睨みつける。

 その様子を見てレインは悟る。どうやら、リチャードとアイザック、デイブの二人は反目し合うような仲らしい。となれば、本来なら彼らだけで協力関係を結ぶはずはなく、ならば鍵となっているのは――

「ケンカ、ダメ。みんな、仲間」

 アルと呼ばれた少年が仲裁に入る。そのときの三人の反応を観察してレインは理解した。このアルと呼ばれている少年こそが、リーダーなのであると。

「……ロウ検閲官、耳は聞こえるかい?」

 レインに小声で尋ねられて、チャックは頷く。声が出せなくなっているだけで、その他の感覚については問題はない。

「どうやら俺たちは完全に奴らの手の内で踊らされていたらしい。焦って行動を起こすのは見透かされていたみたいだな」

 チャックは苦いモノをかみつぶしたかのような表情で頷く。かといってゆっくり構えている余裕があったわけでもなく、つまりは最初から分の悪い勝負だったということだ。

「見たところ、あのアルという少年が連中のリーダーのようだ。俺の懐には、一応最新式のリボルバー拳銃がある。連中に通じるとは到底思えはしねえが……隙くらいは作り出せるはずだ」

 レインは考える。最悪はこのまま二人とも殺されてしまうこと。そうすれば今奴らを止めようとする人間はいなくなる。なんとしてもそれだけは避けなくてはならない。

 チャックが不安そうにレインの顔を見る。その表情からは、これからレインのやろうとしていることを理解し、そしてそのレインの身の上を心配していることが理解できる。

「――わかっているな? 俺が行動を起こしたら迷わずに行け。こんなところで二人仲良くやられる必要はねえんだ」

 レインは懐の拳銃を意識しながら、頭上にいるリチャード達の動きを注視する。意思の統一がとれていないためか、今すぐ行動を起こす気配はない。しかし、こうやって状況を見極められるのも後数秒といったところだろう。

 仕掛けられる前に仕掛けるしかない。

 レインは左手でチャックの肩を押し出すと、右手で懐から拳銃を取り出す。狙いは一点。奴らの好きを作り出す可能性があるのは、ここしかない。

「行け!」

 叫ぶと同時にレインは引き金を引く。完全に相手の虚は突いている。これ以上のタイミングはない。火薬の爆発で押し出された弾丸が、まっすぐに――アルの眉間へと向かって飛ぶ。

 走り出したチャックが振り返って状況を確認した瞬間だった。突如としてバルコニーの壁がせり上がった。そして金属同士が当たる高い音と共に、その真ん中に小さなシミのような傷ができる。

 

――金属とは混ぜ合わせることで新たな力を発揮する素材だ。中でも軽金属と呼ばれる元素は、質量の軽さ故に応用の範囲が広い。そのうちの一つ、アルミニウムに対して銅やマグネシウム、亜鉛を混ぜた金属は、軽量かつ高い耐破断性を持つ盾となるのである。そう、拳銃の弾などは軽く押しとどめる程に。

 

「おいおい、刑事さーん。いきなり子供の眉間を狙って銃弾ぶっ放すってどうなのよ?」

 へらへらと笑いながら、アイザックが右手に持った魔導書を揺らすように振っている。

「……弾丸を撃つ瞬間にお前さんの動きが見えたんでな。確実に防御に回るように狙いを返させてもらったぜ」

 ゆっくりと硝煙を立ちのぼらせる拳銃を降ろしながら、レインがアイザックを見据える。レインが拳銃を取り出し引き金を引くまでの短い時間――その間にアイザックは魔法を詠んでみせた。

「おー怖い怖い。さすがは掃除屋の異名を持つ刑事さんだ」

 アイザックは隣に立つリチャードが横目で睨みつけるのもどこ吹く風と、へらへらと笑う。しかし、レインは動じない。もともとアイザックが攻撃を防ぐと計算した上でアルを撃ったのだ。本当の狙いは――

 チャックが来た道を真っ直ぐに走って戻っている。視界の端でチャックの背中を見て、レインは唇の端を伸ばす。最悪の事態だけは避ける、それだけが狙いだ。このままチャックが逃げ切って、テューダー達と合流さえすれば。

 だが、レインの希望はすぐに打ち砕かれた。

 声を出せないチャックは悲鳴の代わりに壁にしたたかに体を打ち付ける鈍い音を響かせる。その腕には、チャックが召喚した妖精の牙が突き刺さっていた。

「おー、狙いはNot so badだったけど、俺が彼のMagicをMonsterに変えていたのを忘れていないかな?」

 場違いなまでに陽気な調子のデイブの声が上から降ってきた。

 チャックはなんとか右腕に食らいつく妖精の牙をはずそうともがくが、チャックの力では妖精を退けることができない。

 レインは、マルティンに見せられた写真を思い出す。顎を異様に発達させた魚。その口から覗いていた鋭い牙。

「俺からOne more adiviceだよ! 彼が召喚したFairiesはみーんなMonstersに変えたからね! ここから逃げ切っても、君達の逃げ道にはそれだけの数のMonstersがAnbushしているわけさ!」

 クソ、とレインは心の中で歯がみした。甘い相手ではないと思っていたが、やはり――こちらの苦し紛れの策など通用しないということか。

 状況を打破するには、チャックの魔法が封じられていることが痛すぎる。頼みはこちらに向かっているテューダー達だが、用意周到な相手のことだ。既に妨害策は講じられているはず。

「……この稼業を始めたときから、まともな死に方はできねえだろうな、と思っていたが、ここが我が人生の終点ってわけかい」

 レインは銃口をチャックの肩に噛みついている妖精へと向けると、その引き金を引く。怪物と化した妖精は、その羽を散らしながら地面に落ち、そして跡形もなく消える。

「すまねえな、ロウ検閲官。お前さんだけはなんとしても生き残ってもらいたいと思っていたんだが――俺の力不足だ」

 諦めたようにレインはチャックに笑いかける。チャックは血のにじむ右肩を押さえながらレインの方を見、そして力強い視線をもってして首を振る。――まだ終わりではない、と。

「おやおや。刑事さんの方は諦めているのに、そっちの検閲官くんは諦めが悪いねえ。いい加減、もう詰んでるって事は認めた方がいいんじゃない?」

 アイザックがチャックを嘲笑う。

「YesもうYouたちはNo wayだよ」

 デイブが大げさに両手を広げてみせる。

 彼らの言うとおり、もはやレインとチャックに打つ手はない。それは疑いようのない事実だ。そう、レインとチャックの二人『だけ』では――

 

――英雄の駆る馬は、夜の霧を裂くがごとく、深い森を駆け抜けた。十フィートはある長槍を携えながらも、彼は巧みに、まるで己が手には短鞭しかないかのように木々の間をすり抜ける。木々に視界を遮られても、英雄の視線は相手の姿を捉えて放さない。そして針の穴を通すように、木々の向こうにいる敵を無慈悲に刺し貫くのだった。

 

 まるで鬱蒼とした森の奥のようなイーストエンドロンドンの路地裏。その道の真ん中を、まるで整備された馬場を走るかのように真っ直ぐに一人の馬に乗った騎士が駆けてくる。手には大の大人二人分ほどはあろう長槍を携えて。

「高いところから人を見下ろしているつもりみたいだけど、これくらい槍が長けりゃあ、十分届くわねえ」

 まるでオペラの感想を述べるような優美な口調。

「にょほほ。ローズさん。ガツンとやってやるといいでにゃんすよ」

 そして場違いに脳天気な声。

「あぁ、そうだねえ。叩かれた蠅みたいに、地面に落ちな」

 騎士が馬上で大きく長槍を振り回す。そして、その槍を一閃、デイブの足元へと容赦なく突き立てる。

「What」

 足場に阻まれて直撃はしなかったものの、騎士の容赦ない一撃はデイブの足元を崩した。デイブはよろめきながら、そのまま尻餅をつく。

「テューダーさん! ウィローハウスさん!」

 刹那、チャックの声が響いた。

「やぁ、チャッキー。見たところ腕を怪我しちまっているみたいだけど、命をどうこうって感じじゃあなさそうだね」

「やや。警部補クンも無病息災のご様子。間に合ってよかったでにゃんす!」

 身に纏ったローブを整えながらテューダーは優美に微笑んだ。ウィローハウスは右手をしゅっと挙げると、おどけるように自分の額をそれで叩いて見せた。

「……どうして、僕たちの、場所、わかった?」

「Yesそうだよ! 途中にあった道しるべの妖精達はみんな俺がMonsterに変えたんだ」

 アルがいぶかしげに首を傾げ、よろめきながら立ち上がるデイブがテューダーとウィローハウスの二人を指さす。

「にょほほ。そちらの宇宙人君はワガハイ達が何者かご存じないようで?」

 ウィローハウスがデイブを指さし、口元を押さえながら朗らかに笑う。

「ワガハイ達は魔導協会検閲官――捜し物はお手の物でにゃんすよ」

「ま。そういうことさね。チャッキー達との合流地点に現れたアタシ達にボスのボーヤからの言づてがあってね。それでアタシ達は自分たちの魔法でチャッキー達を探すように切り替えたのさ」

 両手を広げ、大げさにあおり立てるようにテューダーは言った。そして気遣わしげな視線をチャックに向ける。

「テューダーさん……ウィローハウスさん、よかった。貴方たちならきっと来てくれると」

「チャッキー……ごめんね。本当ならアンタがそんな怪我をする前にここに来ているべきだったんだけどね」

 ふぅ、とテューダーは短く息を吐く。そして、その長い髪を搔きあげる。

「さぁてと、アンタ達。覚悟はできているかい? うちの子をこんな目に遭わせてくれたんだ、それなりの落とし前はつけてもらうよ」

 テューダーはおもむろに魔術書を開き、目の前にいる四人の男たちを睨みつける。

「形勢逆転、といったところか。しかし、ロウ検閲官。奴らは声を封じ、お前さん達に魔法を詠ませないようにすることができるんでないかい?」

 レインがステュアート達の動向を視線で牽制しつつ、チャック達の元に歩み寄り尋ねた。

「チャッキー。アンタがピカデリー通りで遭遇したってやつかい?」

「にゃるほど。さしものチャッククンも声を封じられてしまえば袋のネズミ。ワガハイ達魔導士にとっては実に厄介な能力でにゃんすねえ」

 チャックは頷き、そして確信めいた表情で口を開く。

「確かに私たち魔道士にとっては非常に厄介な魔法です。しかし、先ほどのテューダーさんの攻撃でわかったことがあります」

「わかったこと?」

 テューダーが尋ね返した。

「魔法の性質からして、人の体をどうこうできるとなれば、デイブ・バレットの魔法である可能性が高い。そして、実際にテューダーさんが奴を攻撃した瞬間、私の声は元へ戻った。つまりは、魔導士から声を奪うことのできるのは――やはりデイブです」

「なるほど。それなりに筋の通った説明だな」

 レインがチャックの仮説に同意する。

「さらに魔導士から声を奪う魔法は、同時に一人にしか掛けられない可能性が高いです。この状況なら何を差し置いてもまずは魔導士である私たち三人の声を奪うべきですがそうしていない。そして実際、先ほど声を奪われていたのは私だけです」

 言いながらチャックは自分たちを見下ろすデイブを睨みつける。あくまで仮説でしかないが――今、奴らが何も仕掛けてこないことが何よりの証拠だ。もしもこの場にいる三人の魔導士を同時に封じることができるのなら、そうしているはず。

「ちょっとちょっとー。合流できないように罠に掛けるって手筈だったのに、合流されちゃってるよ? こんなんで俺たち、大丈夫?」

 アイザックが大げさに両手を広げて天を仰いでみせる。

「Oops! Very strongな検閲官が三人! 困ったね!」

 言葉とは裏腹に朗らかな笑みを浮かべながらデイブがころころと転がるような声で言った。

「あんたら……この期に及んでその反応は理解に苦しむけど、今となっちゃもうどうでもいい。しかし、どうするんだよ。検閲官は魔導協会きってのエリート。それが三人もだ。とてもじゃないが、俺にはどうにかできる気がしない」

 土気色の顔で青白い吐息を吐きながらリチャードが嘆いた。その表情はアイザックやデイブと対照的だ。

「リチャード、疲れた? ちょっと休む?」

「いや……大丈夫だ、アル。いつものだ。心配ない」

 リチャードはアルに笑顔を作ってみせると、再び視線をアイザックに向ける。

「おー、怖い怖い。そんな顔しなくても、おじさんはちゃんとお仕事しますって」

「そうだよ、ミスターステュアート。俺たちに任せておけば、Everthing gonna be all rightだよ!」

「……あんたらのどこら辺が頼りになるのか俺にはわからないが、まぁ、いい。そこまで言うからには何か案があるんだろうな?」

 リチャードの言葉に、アイザックとデイブは不敵な笑みを浮かべる。

 その様子を見たテューダー達三人は魔導書を構える。臨戦体勢だ。

「あー、もちろんだよ、リチャード。魔導協会の腕利き検閲官三人に掃除屋の異名を持つ警官ときたもんだ。となりゃあ、俺たちができることはたったの一つ――三十六計逃げるにしかず!」

「Let‘s run!」

「なっ!」

 言うが早いか二人は駆け出した。アイザックの背中に伸ばしたリチャードの手がむなしく空をきる。

 アイザックとデイブの二人が背を翻し逃げ出したことに驚いたのはリチャードだけではない。チャック達四人も、予想外の行動に一瞬呆然としてしまってた。

「逃げた、ですと?」

「やや。これは予想していなかった行動ぞな!」

「何をしでかすつもりかは知らないけど、ここで捕り逃すっていう選択肢はないね」

「どうやら俺たちを分断するのが目的のようだな。検閲官三人がそろい踏みして状況が不利になったとみたか」

 テューダーとレインが冷静に状況を分析する。わざとらしい仕草、逃げるというのは見せかけで、本当の狙いは集合した彼ら四人を再びばらばらにすることだ。

「テューダーさんとウィローハウスさんはデイブを追いかけてください! 奴は魔導士を封じる事ができるが、それはたった一人のみ。魔導士二人がかりならば、なんとかなるはず」

「待ちな、チャッキー。理屈は通っているけどさ、だとしたらアンタがアイザックを追いかけるってことかい?」

 チャックを見つめるテューダーの瞳に気遣わしげな色が浮かんでいる。魔導協会検閲官たるチャックの実力は、イギリスの中でも最高峰と言えるだろう。しかし、そんなチャックの力を持ってしても――あのアイザックという男は危険なのだ。

「どう考えても、捕り逃したら厄介なのはデイブの方です。ですから、テューダーさんとウィローハウスさんで確実に奴を捕縛してください」

「しかし、チャッククン――」

「わかったよ、チャッキー」

 チャックに反駁しようとしたウィローハウスの口をテューダーが塞いだ。そして、そのまま頷き、チャックの提案を受け入れる。

「とっとと追いかけねえと見失っちまう。チャッキー、アンタを信じていいんだね?」

「……私とて検閲官のはしくれ。一対一の魔法勝負で遅れをとるわけにはいきません」

 チャックは笑いながら胸を叩いてみせる。虚勢だとわかっていながらも、テューダーは頷いた。 

「あの二人、勝手なことをしやがって」

 先ほどまでアイザックが立っていた場所を睨みつけながらリチャードが吐き捨てた。

「アル、俺たちも逃げるぞ。さすがにこの状況じゃ、真正面から正攻法は無理だ」

「わかった。リチャード、ボク、逃げる」

 リチャードの提案にアルは素直の頷く。それを確認したリチャードはアルの手を掴むと走り出す。

「敵さんは三つに分かれるか……。ならば、俺が残ったステュアート達を追いかけるとしよう」

 リチャードの動きを牽制していたレインがチャック達を交互に見る。

「あの二人は魔導士ではない、そう判断していいんだな?」

「あぁ、そうだね。あの二人が魔導書を使っている様子は見られなかったよ」

「私の知る限りでも、彼らが魔導書を使わなかったのは間違いありません」

 テューダーとチャックに確認をとったレインは納得した様子で頷く。

「あいわかった。相手が魔導士ではないのなら、俺でもなんとかなるだろう。俺がステュアート達を追い、テューダー検閲官とウィローハウス検閲官がバレットを追う。ベイリの方はロウ検閲官に任せるぜ」

 レインがそれぞれに指先で指示を出し、場をとりまとめる。

「ならば一刻も早く追跡しましょう!」

「みんな、この間のアタシみたいに下手を打つんじゃないよ!」

「にょほほ。実に興味深い魔法――と言ったら不謹慎でにゃんすね。しかし、実に観察しがいがあるでにゃんす」

「どいつもこいつも捕り逃がすわけにはいかねえやつらだ。お前さんらでダメなら、イギリス中のどの魔導士を連れてきたってダメさ。頼んだぜ!」

 四人は頷き合うと、それぞれが追うべき相手の逃げた方角へと向かって走り出す。

 

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