So Long, Lonesome ~追憶の言葉~   作:けんごち

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第十三話

 無造作に書き殴られた落書きのような路地を、デイブはマントを翻し駆け抜けている。

 計画性など皆無なスラム街の道。数度道を曲がっただけで自分の居場所を見失ってしまうこの複雑さが、今のデイブにはありがたかった。いくら相手が凄腕の検閲官とはいえ、この迷路のような路地を逃げ回るデイブを補足することはできないだろう。

「ハァハァ、まったくCrazyにも程があるよ! まさしくIncredibleだね!」

 一人言でも呟かなくてはやっていられない。自らの力に絶対の自信を持っていたデイブ。魔法の相性から考えても、圧倒的に有利だったのはデイブの方だった。しかし――現実はデイブの思い通りにはならなかった。

「付き合いきれないね! 俺がMonsterに変える速さよりも、ミスターテューダーが召喚する方が速いなんて!」

 愚直なまでの力と力の勝負。テューダーの召喚した兵士達を怪物に変えるデイブ、そしてそれをも上回る速度で召喚を行い戦局をひっくり返して見せたテューダー。知性のかけらもないリバーシのようなもの、とテューダーが表現した戦いは、デイブの逃走という形で幕を閉じた。

 実際は、あのまま戦い続けていたらどうなっていたかはわからない。しかし、デイブは自らの力を振り絞った上でどちらが立っているのか――そんな賭けに打って出る気は毛頭なかった。元々、テューダーの足止めさえできれば十分なのだ。だからこそ、怪物に変えた兵士達を一気呵成に突撃させ、戦況の混乱に乗じて逃げるという手を打った。

 デイブの判断は正しかったと言える。

 時間稼ぎも行いつつ、逃走にも成功している。先ほどは、わざと相手に見つかるために立ち止まっていたが、今は尾行をまくように複雑に走り続けている。いくらウィローハウスの魔法が優れているとはいえ、そう簡単に追跡できるものではない。

「いやー、けどLuckyだったね! 俺のManuscriptは無事だ。これさえあればI can make itどこへ行ってもNo problemさ」

 デイブは懐にある魔導書の感触を確かめる。魔導書を失ってしまえば魔導士は一巻の終わりだが、逆に言えば魔導書がある限りは魔法を使える。

「ワオ! 今日は俺のLucky dayだね!」

 曲がり角という曲がり角を曲がって複雑に走った上で、目の前に飛び込んできた景色にデイブは歓喜した。イーストエンドロンドンのスラム街からの出口。視界の先にはイギリスのダウンタウンの風景がある。

「このMazeみたいな街からどう抜け出そうかEmbarrassingだったけど、これでもうOKだね」

 後ろを振り返りテューダーの追跡がないことを確認して、デイブは安堵する。市街地にさえ出れば、奴らは迂闊には仕掛けて来られない。その本質が『変質』であるデイブの魔法。市街地の真ん中でその牙が市井の人々に向けられれば、どのような状況になるかを想像できない検閲官達ではない。つまり、街にいる限りはデイブは常に人質を取っているようなものなのだ。

「さらにLuckyだ! あそこに水がある」

 走り通してきたので、さすがのデイブも喉がからからだった。若干ふらつく足取りで、道の端にある井戸へと歩み寄る。

「Wow隣にちょうどいいAbandoned houseがある!」

 井戸へと歩み寄って、デイブはさらにその奥に廃屋があることを発見した。廃屋とはいえ中は綺麗で、調度品の類いも埃は被っているものの、使用に耐えないものはなさそうだ。

 デイブは井戸から汲み上げた水を一気に飲み干し、そして廃屋の中に入る。部屋の真ん中に無造作に置かれている安楽椅子の埃を払い、そこに腰掛ける。体中に伝わるゆったりとした振動が心地よい。

「Resurrectionだね! ここならLurkingに最適だ」

 鼻歌でも歌いたいくらいの気持ちで安楽椅子を揺らしていたら、次第に懐にある魔導書が気になってきた。どうにも固くて重くて大きいこんなものが懐にあるせいで、今一気が休みきらない。デイブは懐に腕を突っ込むと、魔導書を取り出し、それを安楽椅子の片側にある机に上に置く。手を伸ばせば届く距離だ。仮に検閲官に見つかったとしても、すぐに魔導書を手に取り反撃できれば問題ない。

「一仕事終えた後のRelaxは最高――」

 刹那、デイブは目を見開いた。薄暗い廃屋の中。見間違いかと一瞬思った。しかし、そんなはずはない。木の壁が厚いレンガに変わり、そして何もなかったはずの目の前に鉄格子が広がっているなど、そんな見間違いがあるはずがない。

 デイブは反射的に傍らの魔導書へと手を伸ばす。しかし、その指の先は魔導書へと届かず、ただ二の腕に冷たい金属の感触を残すのみだ。

 隙間から漏れてくる日光に薄く照らされた部屋。その真ん中にある鉄格子の中にデイブはいる。硬い石机の上に座って。

「What'sどうなっているんだい! 俺はどこかにTeleportationさせられたのかい!」

 まさに泡を食うといったデイブの表情。一体、自分の身に何が起こったのか、全く理解できていない。瞬間移動くらいでしか説明できない現象だ。

 薄暗い部屋に笑い声が響く。

「にょほほほほ。こちらをちょっくら拝借するでにゃんすよー」

 ひょいと手を伸ばしデイブの魔導書を取り上げる。一度聞いたら忘れられない、独特のしゃべり方。

「な、ミスターウィローハウスだって!」

 何の前触れもなく幽霊のように現れたウィローハウスにさすがのデイブも驚きを隠せない。

「なぜ……いや、一体いつからYouはここに? それ以前に、Where am I?」

「いつからここにとはまた失礼な質問でにゃんすねえ。ワガハイ、ゆーれいみたいにに存在感がないでにゃんすか」

 落ち込んでいるような口調とは逆にウィローハウスの目は悪戯心で爛々と輝いている。

「いつからもなにも、ワガハイがいるここに宇宙人クンがやって来て、勝手に檻の中にはいっただけぞなもし」

 そう言ってウィローハウスはデイブを指さす。そして、その瞬間、デイブは理解する。

「そうか――これはまさしくYour magicなんだね」

「にょほほほほ。そのとーりでにゃんす」

 口を隠して笑いながら、ウィローハウスは懐から魔導書を取り出す。

 

――動物って奴は長生きすると不思議な力を持つようになるってもっぱらの噂さ。ブラックドッグみたいにね。そういえばこんな話があるんだよ。ある日男が道を歩いていたら、急に喉が渇いてきた。あたりを見れば、綺麗な井戸があるじゃないか。男はそこに走り寄って、ごくごくと水を飲み干した。一心地ついた男があたりを見回すと、綺麗な空き家があったのさ。これ幸いと男は家の中にあった安楽椅子に腰掛けた。ゆっくりゆっくり船を漕いでいる内に、心地よくまどろんできたって訳さ。寝ている間に泥棒に荷物をとられちゃいけねえ。抱きしめて寝ればいいと、男は半分寝ながら傍らの自分の荷物に手を伸ばした。しかし、男の手はガツンと冷たい何かに当たった。なんだいなんだい、気持ちよく一が寝ようとしているのに、と男がうっすら目を開けると、目の前には鉄格子。え? と男が驚く間もなく、一匹の猫が男の荷物を加えて走り去る。怖いねえ怖いねえ。猫だって年を食えばケット・シーみたいに何かになる。果たしてどこからが現実だったのか。何にせよ、男は見事に化かされたっていうわけさ。

 

 魔法を詠み上げてウィローハウスは舌を出して笑ってみせる。

「Oh my god全てはYou達の掌の上だったってことかい」

 あまりにも見事に騙されてしまったため、悔しがる気持ちも起きない。デイブは両手を挙げて降参の意思を示した。本命はテューダーではなく、ウィローハウスだったのだ。デイブがテューダーから逃げ出すことを織り込み済みで、逃走に集中しもっとも警戒がゆるくなる瞬間を狙われたのだ。

「あまりお構いできなくて申し訳ないでにゃんすが、そこでネズミクンとでもお話をして待ってて欲しいでにゃんす」

 申し訳なさなどかけらもない様子でウィローハウスは言った。

「全く、俺のComplete defeatだね。思い出したよ、ミスターウィローハウス。君たちがこう言われていることを――」

 イギリス魔導協会検閲官――彼らのことをよく知るものは、皆口を揃えてこう言う。

 最強はテューダーだが、最も敵に回したくないのはウィローハウスだ、と。

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