So Long, Lonesome ~追憶の言葉~ 作:けんごち
まるで精神が肉体から切り離されたかのように体の自由はきかない。だが、意識だけははっきりとしていて、レインの双眸は目の前で額を押さえて壁により掛かる男に注視されている。
「……どうやら声は出せるようだな。お前さん達が何をやってくれたのかはわからないが、こいつは立ったり動いたり、そういうことができなくなる、という解釈で問題ないかい?」
言葉を選びながら、レインはリチャードの様子を観察する。魔法でレインの動きを封じ、こうして地面に這いつくばらせている。本来なら圧倒的に有利な状況であるが、今にも意識を失い地面に倒れ伏してしまいそうなのはリチャードの方だ。
「お前さん……お前さんは、一体何をやったんだい? 魔導士でもない俺には皆目見当も付かないが、その様子明らかに普通じゃねえ。大丈夫かい?」
レインが声を掛けると、リチャードは首を振りながら、なんとか右腕で体を立てる。
「アンタに……心配される……筋合いはない。自分の立場を……わきまえろ」
「わきまえているさ。俺は警察官。いついかなるときでも市民の安全を守るのが、俺の仕事さ」
「屁理屈を、言うな」
忌々しそうにリチャードは吐き捨てる。その額からは、溶けたつららのように汗が滴り落ち、地面に転々と黒い染みを作っている。
「リチャード、どうしたの? 早く、こいつ、殺そう?」
コロコロと鈴が鳴るようなかわいらしい声でアルが言った。しかし、その提案にリチャードは明らかにうろたえる。
「待ってくれ……殺すって」
「殺す、とても簡単。こいつ、動けない。首を絞めても、刃物を刺しても、そこの側溝に顔を沈めても、死ぬ」
「いや……そうじゃない。そういうんじゃなくて」
「どうしたの?」
不思議で仕方ない、とばかりにアルは小首を傾げる。
「俺には……この人を殺す理由がない」
「理由がない! リチャード、何を、言ってる? こいつがジョナサン、追い詰めた。こいつも、ジョナサン、殺した」
「追い詰めたって……この人は警察官なんだろう! だったら、ただ自分の仕事をしていただけじゃないか!」
リチャードは悲鳴を上げるように叫んだ。
「……お前さん、やはりジョナサン・ワイルダーの関係者か。しかし、俺たちが調べた限りでは、奴は天涯孤独の身だったはずだ。唯一の家族だった妻にも先立たれている」
「黙れ!」
立っているのも辛い様子ながらも、リチャードは腹の底から響く声でレインを恫喝した。
「何もわかっちゃない! 何も知らないんだ、アンタらは! 所詮、警察だの捜査だの、偉そうなことを言っていても、物事の本質なんて何にも見えていないだろう?」
「……耳が痛い話だ。その通りさ。俺たちは――いや人間は万能の神じゃねえ。自分たちの不徳のいたすところなんざ、身に染みて、痛いほどよくわかっているさ」
レインは自嘲的な笑みを浮かべる。
「リチャード、早く、こいつ、殺そう? こいつの仲間、戻ってくるかも」
「アル。少し、黙っていてくれ。俺にはまだ――」
「まだ、どうしたの? リチャード。リチャードは、この世界、壊す。みんなみんな、壊す。今、こいつ殺しても、問題ない。こいつを殺したことも、壊れる」
ただ遠くから見れば天使とも見間違えるような微笑みで、アルはリチャードに囁いた。
「……だったら、別に今どうこうしなくてもいいだろ」
リチャードが口の中に含むように呟いた。
「ダメ。リチャード、まだ、決意、できてない。こいつ、殺す。きっと、それで、吹っ切れる」
アルの囁き。しかし、リチャードは首を縦に振らない。
「……俺が一人でお前さん達を追う判断をしたのは、お前さんに匂いがしなかったからだ」
「匂い? ……急に何を言い出すんだ、アンタは」
レインから唐突に切り出された話にリチャードは戸惑う。
「この稼業を十年も続けているとな、大体わかるのさ。人を傷つけても平気でいられる人間の匂いがな。しかし、お前さんからはその匂いがまったくしなかった。だからまぁ、不用意にお前さん達を追いかけた俺は、こうして醜態を晒しているわけだが」
滔々とレインはリチャードに語りかける。
「リチャード・スチュアート、お前さんは人を傷つけて平気でいられる人間じゃねえ。善良な、悪い言い方をすれば臆病な人間だ。そんなお前が一体何をしようとしている? そっちの少年に教唆されたからといって、ほいほい踊らされるほど馬鹿でもない。一体、何なんだ? お前さんを突き動かしているものは。それはやはり――ジョナサン・ワイルダーに関することなのか」
「べらべらべらべら喋るなぁ!」
リチャードが全身から力を振り絞るように叫んだ。
「アンタに……アンタなんかにワイルダーさんの何がわかるっていうんだ。所詮アンタから見たらあの人は犯罪者、それ以上でもそれ以下でもない、そうなんだろう?」
「……あぁ。そうだな」
「だったら、黙っていろよ。くだらない説教なんかたくさんだ。そんな上っ面だけのことばなんて聞き飽きている」
「そうか」
レインはじっとリチャードの顔を見つめる。このロンドン市街に住むほとんどの市民は自分が犯罪を犯すとは夢にも思っていない善良な人々であろう。しかし、そういった人間でも犯罪に走ることがある。そう、今のリチャードのように追い詰められた表情をして。
「アンタは優秀な警察官らしいな? だから、そうやって正義の味方ぶって、何もかも自分が正しいみたいに振る舞えるんだ」
「馬鹿を言うんじゃねえ。所詮、俺はただのしがない公務員さ。正義なんてありゃしねえ。ただ法に基づきこの街を片付ける掃除屋みたいなもんだ。だから、自分が正しいなんて思ったこともないさ」
「口先だけなら何とでも言える」
レインと話しているうちに落ち着いてきたのか、リチャードは顔色を取り戻し始めていた。荒かった息も落ち着き、額に水でも浴び方のように浮かんでいた汗も引き始めている。
「リチャード、時間、かけすぎ。早く、しないと」
アルはリチャードの袖を引き急かす。
「……いや、この人はこのまま置いておこう。この手の人間は、下手に関わらないほうがいい」
「リチャード、でも」
「俺がいいって言うんだから、それでいいんだ! 指図なんてしないでくれ! 指図されてやりたくないことをやるのはもうたくさんなんだ!」
リチャードはアルの手を振り払う。そして威嚇するようにレインを睨みつける。
「どれくらいの間、アンタの体の自由を奪えるかわからないけど、少なくとも俺がそうしたいと思う限りはそうなる。しばらくそこに転がっていろ」
冷たくレインを見下ろすリチャードの色違いの瞳。しかし、レインは唇の端で薄く笑った。
「そうだな。最近いろいろ忙しくてね、疲れも溜まっていたところだ。こうしてしばらくゆっくりと休ませてもらうとするかな。……俺はな」
「え?」
レインの言葉にリチャードが反応するのとほぼ同時であった。巨大な影がレインの上を飛び越える。そして軽やかに重く響く足音。慌てて視線を向けたリチャードの目に映ったのは――
「アンタは、テューダーの!」
白馬にまたがり優雅に金糸のような髪をたなびかせる男――テューダーだった。
「ワガハイもいるでにゃんすよ」
そのテューダーの後ろからウィローハウスもぴょこんと顔を出す。
「なんとか間に合ったみたいだねえ」
優雅に微笑みながら、テューダーは馬から下りる。そうすると、彼の魔法で顕現されていた馬の姿は溶けるように消える。
「……偉そうなことを言っていたくせに、あのデイブ・バレットは何をしているんだよ」
予想だにしなかった状況にリチャードはうろたえる。リチャード自身は魔法を使えるわけではないが、スチュアート家という名門にいた以上、魔導士を見る目は肥えているつもりだ。その彼から見て一流の力を誇っていたデイブが、みすみすテューダー達を取り逃すとは思えない。
「あぁ、安心しな、リッチー。あの怪物くんは魔導書を取り上げて無力化させただけで、体の方は元気なもんだよ」
「今頃は格子の中で今か今かと仲間の帰りを待っているところでにゃんす」
ぺしっとウィローハウスが自分の額を叩く。
「……アンタの時間稼ぎは成功ってわけか」
恨めしげにリチャードはレインを見る。
「時間稼ぎをしたわけじゃねえ。ただ、お前さんが人を躊躇せずに傷つけられる犯罪者じゃなかった、それだけのことさ」
地面に倒れ伏したままレインは軽く鼻で笑ってみせる。
「レイン警部補、無事ですか!」
息を切らせながらテューダーが来た方角の反対から、駆け寄ってきたのはチャックだった。
「お久しぶり、って言いたいところだけど、それどころじゃなさそうだね」
息を切らしながらチャックの後について来ているのは光正である。
「あら! 光正ちゃんじゃない。アンタ、日本に帰ったんじゃないの?」
「これはまた……頼りになる助っ人が来てくれたもんだ」
予想だにしなかった光正の登場にテューダーとレインは目を丸くする。一人、ウィローハウスだけが、くつくつ、と奥歯で笑いを噛み殺している。
「まぁ、いろいろありまして」
チャックが意味ありげな視線をウィローハウスに送ると、それだけでテューダーとレインの二人は状況を理解した。
「何はともあれ、赤星さんに来ていただいたおかげで窮地を脱することができました。アイザック・ベイリは魔導書を奪った状態で拘束させていただいております。当人も完全に戦意を喪失している状況です」
集まってきたレイン達の姿を見て、リチャードは奥歯を噛む。光正の登場など予想しなかった出来事もあったが、こうもあっさりとデイブとアイザックの二人が出し抜かれるとは。先ほどとは打って変わってリチャードの方が圧倒的に不利な状況だ。
「リチャード、よかったね、みんなきた」
「え?」
的外れにしか思えないアルの言動にリチャードは目を丸くする。
「よかったって、一体」
「今、僕たち、ピンチ。だから、リチャード、力を使うしかない。覚悟できる」
アルの言葉にリチャードは青ざめる。確かにアルの言うとおりだ。ここまで追い詰められた以上、もはややるかやらないかしかない。
「気をつけな、お前さん達。魔導士でない俺には皆目見当がつかないが、言葉を奪い、体の自由を奪う――それをやったのは、このリチャードという男だぜ」
なんとか上半身を起こしながら、レインが告げた。状況からうすうすその答えを見て取っていたテューダーとチャックの二人は生唾を飲み込む。
「なるほど。あの怪物くんと戦ったときから、なんとなくそうじゃないかとは思っていたけどねえ」
「しかし、魔導士なら、魔法を使う際に必ず魔導書が必要となるはず。なのにこのリチャードという男は、そんなそぶりは一切見せませんでした。いくらなんでも私達検閲官三人の目をごまかせるわけがない。このリチャードが使ったのは、果たして本当に魔法なのか」
チャックが疑問を口にする。無論、チャックとてリチャードに魔法を封じられた可能性を考えなかったわけではなかった。しかし、彼がこれまで培ってきた魔導士としての常識が、その可能性を否定したのだった。
「魔導書なく魔法を使うことができるか、か。僕も昔、魔法が使えなかったときにそんなことを考えてみたことがあるよ。魔導書が使えなくても魔法が使える方法があるんじゃないか、って。でも、だめだった。考えれば考えるほど、それが不可能だということがわかった。それこそ魔導書が勝手に自分で動きでも――」
瞬間、光正の頭の中を稲妻のようなひらめきが走った。
「見つからないアカシックレコード、生きている魔導書……まさか、あのときジョナサンが空中戦艦の上でやろうとしていたことは」
光正がアルを見る。その瞬間、チャックも光正の考えを理解する。
「まさか、そんな、馬鹿な……あのとき、ジョナサンはアカシックレコードを、アカシックレコードを使って、この少年を生み出していたというのですか!」
光正とチャックがたどり着いた答え。もしもアルという少年が、魔導書から生み出された、いわば生きている魔導書であれば、物語なくして魔法を発動することができる。しかし、本来ならば魔導書が人になったというのはにわかには信じがたい話だが――
「フィリップ・マイルズ、アイザック・ベイリ、デイブ・バレット、そして――サム。魔法で人を創り出したという前例がこれだけあるんだ。その方法を応用してアカシックレコードを人に造り替えるっていうのも、不可能ではないってわけかい」
苦いものを舌に載せたような表情でテューダーが呟いた。テューダー自身も、ただ魔導書が人になったと言われただけなら到底それを信じることはできなかっただろう。しかし、数多くの前例を目の当たりにした今、それを否定できる論拠はない。
「前例が全くないのでわからないのでにゃんすが、もしも魔導書が人になったとしたら、その魔法はどうやって発動するのでにゃんす?」
ウィローハウスが疑問を口にした。確かに先に名前が挙げられた四人の魔導士も、魔法を発動させるためには魔導書に物語を綴る必要があった。では、魔導書そのものが命を持ったとしたら、それはどうなるのか?
「ボク、力、ある。けど、ボク、まるで、鉛でできた人形みたいに、自分の力、自分で出せない。だから、リチャード、必要」
あっけらかんとした様子でアルは話し始める。
「ボク、リチャードに力、あげる。リチャード、ボクの力、使う。けど、リチャード、魔導士、違う。だから、とても、辛い」
「……アル、喋りすぎだ」
リチャードが顔をしかめる。
「そうだったのですか……。魔導士ではない人間を通して無理矢理力を発現させるがゆえに、その人物の肉体に多大な負担がかかるという。なら、ビカデリー通りで私の前に姿を現したときも、すぐにその場を立ち去ったのは、体調不良も理由だったということですね」
チャックが得心した表情で頷く。
「あの少年を弾薬と例えるなら、スチュアートは銃といったところ、か」
レインがリチャードを見つめる。確かに例えるならば銃のような存在ではあるが――それは弾を撃つたびにはげしく銃身を痛め、ともすれば破壊するものだ。
「待って。僕にはまだ状況がよく読み込めていないんだけど、そこの背の高い人がアカシックレコードの力を使える、そう解釈して問題ないんだね?」
「あぁ、そうみたいだねえ、光正ちゃん。この子が引き金を握っているのさ、アカシックレコードの力、この世界を破壊しうる力を解放するね」
光正にテューダーが同意する。
「しかし、たった一人の身動きを封じるだけで疲労困憊顔色真っ青とのこと、ワガハイ達全員をどうこうすることはできないのではにゃんすか?」
ウィローハウスの指摘はもっともだ。いくら全知全能と謳われるアカシックレコードの力とはいえ、それを使う人間が一人の身動きを封じるだけで疲労困憊となっている有様ではたいしたことなどできるはずもない。チャックとレインが先ほど追い詰められたのは、アイザックとデイブという二人の魔導士がいたためであり、その二人がいない今、リチャード一人でこの場にいる人間全員の相手をするのはほぼ不可能だ。
「みんな、半分あってる。でも、半分、間違い」
アルが天使の微笑みを浮かべる。
「確かに、魔法で、リチャード、体痛める。僕の力、リチャードから、出すから。だから、何回も、できない。でも、一回だけ、大丈夫。僕の全ての力、一回で開放すれば」
「ちょっと待ってよ! そんなことをしたら、そのリチャードっていう人の体は――」
「砕ける。でも、大丈夫。みんな砕ける」
思わず叫んだ光正にアルは微笑み返す。純粋無垢なその微笑みが逆に恐ろしい。彼は人の形をしているが、人ではない。その冷たい事実をまざまざと突きつける。
「ジョナサン、この世界壊すため、ボクを造った。だから、ボク、壊す」
「……アルちゃん、って言ったかねえ? アンタの言いたいことはわかったさ。でも、リッチー、アンタの意志を聞いちゃいないよ。アンタは本当に、この世界を壊してしまいたいと思っているのかい? アンタは、それでいいのかい?」
テューダーがリチャードに問いかける。
「それが――ワイルダーさんの望みだったっていうのなら」
「ジョナサン・ワイルダーの望みじゃない。アタシは、アンタの――リチャード・スチュアートの意志を訊いてるんだよ」
テューダーは優しくあやすように言葉を継ぐ。しかし、それが逆にリチャードを激高させた。
「うるさい! そんな何もかもわかっているかのような態度をしやがって! アンタには俺の気持ちなんてわかりゃしない! 名門テューダー家の名に恥じない優秀なエリート様にはな! 魔法の使えない俺が、あの家でどんな扱いを受けてきたか……アンタなら、簡単に想像できるだろう!」
リチャードは震える指でテューダーを指す。
「……そうだね。アンタのことがわかる、なんてそんな傲慢ちきなことは言えやしないね」
ふぅ、とテューダーは小さく息を吐く。
「赤星光正、だったな? アンタの事も俺は知っているぜ。アンタもロンドンに来るまでは魔法が使えなかったんだろう? はるばるロンドンまで来て、念願の魔導士になった気分はどうだ? 魔導士の家系に生まれたくせに、魔法が使えなかった落ちこぼれを卒業してせいせいしたか?」
悪意を持った目でリチャードは光正を見つめる。
「僕には、君がどういう扱いを受けてきたかなんてわからない。けど、僕は恵まれていたよ。魔法は使えなかったけど、誰も僕を責めたりはしなかった。家は優秀な兄が継ぐから、お前は心配するな、ってね」
「優秀な兄、か。俺にもいるよ。散々、俺を見下して、馬鹿にしてきた奴がな」
リチャードは鼻で笑う。
「名門スチュアート家次男としてチヤホヤしていたくせに、どいつもこいつも俺に魔法の才能がないとわかった瞬間、掌を返したよ。挙げ句最後は、家の恥だから、と一人ロンドンに放り出されるときた。全く、笑うしかないよな。俺の人生、なんだったんだって」
ひび割れた笑みをリチャードは浮かべる。
「だから、別にどうでもいいんだよ。この世界がどうなろうと」
「本当にどうでもいいのなら、なぜ迷っているんだい、お前さん」
やっと上半身を起こせるまでになったレインが静かな口調で問いかけた。
「そうやって俺に説教する気か、警察官? 公権力の御旗の下に、自分たちこそが正義だと力を振るってきたアンタらが?」
「ふっ……この世に木の股から生まれた人間なんていねえ。どんな奴にも親はいる。だからまぁ、誰かしらの恨みを買ってろくな死に方をしないことも覚悟はしているさ。だから、気遣いは無用だ」
ふん、とレインは鼻で笑う。そこには彼が警察官として生きてきた十年間で、その身に染みついた影があった。
「リッチー。アンタがこの世界を憎んで、本気でぶっ壊したいと思うなら、それはそれで構わないわよ。ただし、アタシ達も検閲官として全力でそれを阻止する。それでお互い恨みっこなしといこうじゃないか」
テューダーが爽やかに笑いかけてみせる。
「やや、世界の終わる瞬間を見られるとは、これはまた観察しがいがあるでにゃんす。しかしながら、ワガハイ、まだもうちょっと数十年ばかし遊んでいたいので、それは延期してもらいたいもんでにゃんすねえ」
ウィローハウスが冗談めかした口調で、ぺしっ、と自分の額を叩く。
「貴方にどのような事情があろうとも、この世界は私の大切な友人が命がけで守った世界……ならば私も命がけで貴方を止めるのみです」
チャックが凜としたたたずまいで立ちはだかる。
「……僕にはわからないことだらけだ。君がどんな思いをこれまでしてきたのかも、そして、君にとってジョナサンがどういう存在なのかも。ただ、はっきりとわかることが一つだけあるよ。君にとってジョナサンのいない世界は、滅んでいるのも同じだって」
光正が気遣わしげに語りかける。
「一体、アンタらはなんなんだ!」
地面を激しく踏みつけリチャードが叫んだ。
「魔導士なんだろ? だったら、さっさと俺を力尽くで止めればいいだろう! 何を気を遣っていやがる! それとも何か? 俺が怖いのか? どんな力を持っているかわからない俺が――下手に手を出したら世界を破滅させかねない俺が!」
色の違う双眸でリチャードは魔導士達を睨む。
「以外と冷静に周りを見ているじゃないか、お前さん」
「リッチー、確かにアンタの言うとおりさねえ」
「藪をつついて蛇は出したくないでにゃんす」
「物語を詠むことなく魔法を発動できるとなれば、我々が攻撃を仕掛けた一瞬で後の先をとられることは十分にありうるでしょう。しかしながら、それ以上に――」
「力で君を押さえ込むことが正しいこととは思えないんだ。僕たちは知りたい。なぜジョナサンがあんなことをしたのか、そしてそれを受けてなぜ君が世界を破壊しようとしているのか」
「うるさい!」
額に脂汗を浮かばせてリチャードは再び叫んだ。
「今さら……今さらなんなんだ、アンタらは。手遅れだろ? もう取り返しが付かないだろう? ジョナサン・ワイルダーはもうこの世にはいない! 今さら何があったって……何も変わりはしない!」
リチャードの心が激しく揺れる。ジョナサンを倒した者達と接触すれば、その憎しみと怒りは確実なものになると信じていた。なのに実際はただ戸惑うばかりだ。決意が、できない。自分の身を粉々にして、アルの――アカシックレコードの全ての力を解放する決意が。
「リチャード、忘れないで。こいつら、ジョナサン、殺した。何も知らず、ただジョナサン、殺した」
「アル……」
「知らない、は、悪くなかった、ならない。知らない、は、許す、違う」
蠱惑的にアルはリチャードの意志を破壊へと誘導する。リチャードの表情から迷いの色が消えていく。
「無知は免罪符にならない……そうか……」
リチャードは静かに決意を固めていく。その両目に静かな炎のようなものが灯る。
刹那、魔導士達は魔術書を広げる。しかし、それよりもリチャードの動きの方が速かった。
「これで、できた」
アルが満足そうに微笑む。
真っ白な光が辺り一帯を包み、全ての感覚が消えていく。