So Long, Lonesome ~追憶の言葉~   作:けんごち

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第二話

「リチャードという男は、あのスコットランドの名門貴族スチュアート家の人間なのですか!」

 思わず立ち上がったチャックを、テューダーは苦笑いを浮かべながら右手で制した。チャックはばつが悪そうな顔をし、おとなしく座り直す。

 魔導協会跡地、瓦礫の上に腰を掛けながらテューダーとチャックは話をしている。傍らには仕事をさぼっている(?)ウィローハウスもいる。

「まぁ、あれさ。俗に言う名門の家っていうのは、今となっちゃあ張り子の虎もいいとこのくせに、変なお付き合いがあってねえ。アタシのテューダー家と向こうのスチュアート家も何度か顔を合わせたことがあるのさ」

 ふー、と紅茶の湯気を吹き、テューダーはカップに口をつける。瓦礫まみれの中でウエッジウッドのカップで紅茶を嗜んでいる光景は奇妙ではあるが、不思議とテューダーがやると絵になる。

「スコットランドのスチュアート家といえば、イングランドのテューダー家に並ぶ名門。つまりは魔導協会の上層部の一人。だとすれば、ジョナサン・ワイルダーのことを知っていたのも納得できます」

 紅茶のカップを握りしめつつ、チャックは頷く。怪物騒動の真犯人がジョナサン・ワイルダーだったことは一級機密事項とされているが、魔導協会最上層部の人間なら情報にアクセスすることができる。つまり、リチャードというあの若い男がジョナサンの名前を知っていたことも、彼が父親か誰かから情報を貰ったと考えればつじつまは合う。

「にゃるほど。人の口に戸は立てられぬ、でにゃんすね。秘密というのは漏れ出るものぞな」

 もっともらしくウィローハウスが頷く。

「……残念だけど、その可能性はないと思うわね」

 しかし、テューダーは首を横に振った。そして言いにくそうに続ける。

「あの子、リチャードは確かにスチュアート家の次男坊なんだけど……魔法の才能が全くないんだ」

「え?」

 チャックは目を見開いた。

「オッド・アイってのが印象に残りやすいってのもあったけど、それ以上にあの子の暗い表情がやけに目の玉の中にこびりついちまってね。だから、ほんの数回会っただけだけどはっきり覚えていたのさ」

 テューダーは苦いものを飲み込むような顔をする。

「魔法の名家に生まれたのに魔法の才能がない人間がどういう扱いを受けるか……噂によれば自立という名目で、事実上勘当されちまったらしいね。まぁ、当人にとってもスチュアート家に居続けるのは針のむしろだっただろうけどね」

 テューダーは遠くを見つめ大きく息をつく。

「だからさ、リチャードがスチュアート家の誰かから事件の真相を聞いたっていうのは、ありえないんだよ」

 チャックもウィローハウスも何も言えなかった。彼らは魔法の名家の出身というわけではない。学生だった頃にテューダーに直接スカウトされる形で検閲官となった。しかし、そんな彼らでも魔導協会に所属したことで、名家の出身という人種がどんなものかを知っている。だから、リチャードがどれだけ辛い人生を送ってきたかは容易に想像ができる。むしろ超名門出身のくせに、チャックやウィローハウスと親しくするテューダーが異端なのだ。

「あのとき、私にジョナサンについて尋ねた彼の表情がまだ目にこびりついています」

 チャックがぼそりと言葉を落とす。

「私の反応を見たときの彼は……辛いというか苦しくて仕方がないというか、そんな表情をしていました。認めたくないことを認めざるを得ない、そんな葛藤を感じました」

「チャッキー。アンタは『放っておけない』って、そう思うんだね?」

 テューダーに尋ねられ、チャックは静かにしかし力強く頷く。

「彼のことも気になりますが、どこから情報が漏れたのか――その点についても調べておく必要があると思います」

 チャックの返答にテューダーは頷く。

「あいわかった。こっちの方はアタシとボーヤでやっておくから、アンタはそっちをしっかりやんな」

「袖振り合うも多生の縁と申すでにゃんす。チャッククン、ワガハイ、このロンドンのおいしいすいーつリストを作成しておくでにゃんすから、お代はそちらで頼むでにゃんすよ」

 ウィローハウスが悪戯っぽく笑う。そうすると「ボーヤ、アンタここぞとばかりにたかるんじゃないよ」とテューダーに軽く頭をはたかれる。

「ありがとうございます、テューダーさんにウィローハウスさん」

 チャックは慇懃に二人に礼を述べる。

「あの事件の真相を知っているのは、魔導協会の人間以外は警察の方々のみ。まずは早速明日にでもレイン警部補に状況を確認したいと思います」

 チャックの瞳に静かな炎が灯る。彼の本能が告げていた。これは見過ごしてもいいことではない、と。

 

 

 イーストエンドロンドンの路地裏。薄暗い建物の影で、壁に背を預けながらリチャード・スチュアートは真っ黒になった空を見上げている。

 信じたくはなかった。しかし、自分の質問に対する魔導協会検閲官の反応。それだけで十分だった。

「ねっ。ボクの言ったとおりだったでしょ」

 路地裏に無造作に詰まれた荷物。その上にある一つの小さな人影がリチャードに向かって語りかける。

「ジョナサン、殺された。魔導協会の検閲官とロンドン警察の警察官たちに」

 言葉とは裏腹に声は無邪気に陽気に響く。

「いや……でも」

 リチャードは両手で顔を覆って唸るように呟いた。

「どうしたの? わかったでしょ? あの検閲官の顔、リチャード、見た」

「確かに、そうだ。でも……」

 リチャードはまとわりつくものを振り払うように首を横に振る。

 確かに雑踏で声を掛けたあの検閲官の反応。あれは彼らがジョナサンを殺したことを肯定するものだった、と捉えることはできる。しかし、それと同時に、彼がとても悲しそうな顔をしたことが気になる。あれは不本意な結末だったとでも言うように。

「俺は知ってるんだ。あの人たちの上司に当たる人を」

 そう、何度かお茶会で顔を合わせただけであったが――スチュアート家の公然の厄介者として、誰もまともに声を掛けてこなかった自分に気さくに話しかけてきてくれた唯一の人物。あの名家の人間達が集まった場で、堂々と「別に魔法の才能なんてなくたっていいんだよ」と言ってのけた人。ロンドン、いやイギリス魔導協会最高峰の力がありながら、型にはまらず自由に優美に振る舞ってみせたあの人。

 その当時すでに齢二十歳そこそこで魔導協会の検閲官となり、存分に辣腕を振るっていた。同じような名家に生まれたはずなのに、全てがリチャードとは正反対だった。だからこそ、彼にかけてもらった言葉はうれしかったけど、同時にしらけている自分もいた。

 ――あんたなかに俺の何がわかる、って。

 イギリスを代表する名家に恥じない威風堂々たる振る舞い、イギリス最高峰と謳われる魔法の実力、若くして魔導協会の重鎮として辣腕を振るえる人望。自分に求められ、自分が持っていないものを、あの人は全て持っていた。嫉妬という感情すらわかないほどの、まるで空を飛ぶ白鳥を見上げるアヒルのような気持ち。

 あの検閲官の返答を聞いた後、雑踏ですれ違ったけれど、相手は自分のことなど覚えていないだろう。自分は、スチュアート家に、いやこの世界に必要のない人間なのだから。

「……あの人はきっと俺のことなんか覚えていないだろうけど、でも俺は覚えている」

 しかし、だ。そんな自分の気持ちは置いておいて、リチャードはテューダーという男の人物像を思い返す。

 どういった流れでそんな話になったのかはもう覚えていないが、お茶会で所在なげにしていたリチャードにテューダーはこんな話をしてくれた。人を裁くのは法であり、検閲官はその手助けをするだけの存在に過ぎない、と。そう語るテューダーの顔がまぶしくて、目が眩みそうになったことははっきりと覚えている。

「俺には、やっぱり信じられないんだ」

 リチャードは苦悶の表情で顔をしかめる。

「今日会った検閲官だって、あの人の薫陶を受けているはずなんだ。そんな人が、検閲官としての在り方を無視して私刑で人を殺したりするとは、到底思えないんだよ」

 テューダーという男の誇り高さと潔癖さ。そんな彼がリーダーを務めるロンドン魔導協会の検閲官という組織。だからこそ、彼の仲間である検閲官が無思慮に暴力に訴えかけ、人を殺したなどとは信じられない。

 それに、あのときの検閲官の表情も――罪を見とがめられたというよりは、どうしようもない辛い過去を思い返させられた、という顔だった。罪の意識と後悔がありありと浮かんでいた。だから自分も何が何だかわからなくなって――そのまま逃げ出した。

「リチャード、ボク、疑う?」

 地面に降り立った少年が、真っ直ぐに背の高いリチャードの顔を見上げる。

 月明かりが少年の真っ青な瞳に反射して、深い海の底に引きずり込まれそうにリチャードは錯覚する。

「いや……俺は疑っているわけじゃない。そう、なんていうか、信じられないんだ」

 リチャードは頭を振る。何が正しいのかが、わからない。

「ボク、わかるよ。なんでもわかる。だから、リチャード、ボクを信じて。ボクだけ信じて」

 少年はリチャードに微笑みかける。その美しさはまるで天使のようだ。リチャードの全身から少しずつ力が抜けていく。

「アル。お前は――」

 そう言ったきり、リチャードは言葉を失う。しかし、アルと呼ばれた少年は満足そうに微笑む。

「復讐、しよう? 壊しちゃおう? ボクもリチャードと同じ。この世界、きらい」

 無邪気に一切なんの悪意もなくアルという少年は微笑んだ。

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