So Long, Lonesome ~追憶の言葉~   作:けんごち

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第四話

 イーストエンドロンドンから警察署へ戻ったレインは部下の警察官が出迎えられた。なんでもレインを訪ねてきた客がいるらしい。レインはコートを脱がないまま、応接室へと向かう。

「ん? これはこれはロウ検閲官」

「おはようございます。レイン警部補」

 応接室の固い木の椅子に座っていたチャックが腰を上げ慇懃に頭を下げる。レインも軽く会釈を返すと、対面の椅子へと向かう。

「久しぶり、というほど間が空いてはいないか。なんにせよ、諸々の後片付けで忙しいことと思うが、息災かい?」

「おかげさまで。レイン警部補の方こそお元気そうで」

「警察官なんて生業は体力が資本さ」

 軽く鼻で笑いながらレインは椅子に腰を下ろす。

「わざわざ朝一で俺を訪ねてきたってことは、緊急の用件かい?」

 レインの言葉にチャックは頷く。

「確認したいことがありまして」

「ほう。それはなんだい?」

「ジョナサン・ワイルダーについてのことです」

 チャックは声を落とす。応接室にはチャックトレインの二人しかいないが、どんな拍子で他人に話を聞かれるかわからない。

「ほう。それはまた穏やかじゃない話題だな」

 レインが静かに唇の端を伸ばす。

「単刀直入に伺いますが――警察組織であの一連の事件の犯人がジョナサンだったことを知っているのはどなたでしょうか?」

「そうさな……知っているのは、俺とロンドン警察の上層部の本当に極一部だけだ。俺の部下でさえジョナサン・ワイルダーが犯人だったことは知らねえ」

「そうなのですか? しかし、ジョナサンの家を家宅捜索したのでは?」

 チャックが疑問を差し挟む。確か、事件が解決した当日、すでにレイン達警察はジョナサンの家宅捜索を終えていたのだった。

「それについては適当にごまかしたさ。都合のいいことにジョナサンは『怪物を取材した』小説を書いていた。その過程で怪物と遭遇し、行方不明になったとしても、そうおかしなことではないだろう」

 レインは悪戯っぽく笑ってみせる。このようにこの男には食えない部分がある。

「なるほど。では、ジョナサン・ワイルダーが犯人であったことが漏洩した可能性については?」

「おそらくはない、だろうな。俺自身はもちろん吹聴するつもりはないし、この事件を真相不明として闇に葬る決断をしたのは上の方の連中自身さ」

「わかりました。しかし――」

「書類か何かが流失した可能性というのもないぜ。記録はほとんど破棄されているか、一部残っていたとしてもこの警察のトップシークレットだ」

「……やはり、そうですか」

 そうかもしれないと思ってはいたが、実際に自分の耳で聞くと暗澹たる気分になる。チャックは力なくうなだれた。

「……わざわざそんなことを俺に確認しに来るとは、何かあったのかい?」

「ええ。実は――」

 チャックは昨日の出来事をレインに説明した。ピカデリー通りで遭遇した若い男。彼ははっきりとこう言ったのだ、ジョナサン・ワイルダーを殺したのか、と。

「なるほど。なら、その若い男がジョナサン・ワイルダーが犯人だったことを知っていると考えて間違いはなさそうだな」

 顎に手を当ててレインが唸る。ジョナサンが犯人だったことを知っているのは、本当に極一部だ。ならば、どこかから情報が漏れ出たと考えるべきなのだが――

「魔導協会にも警察にも心当たりがない、となると、厄介だな」

「ええ。まだ私の勘でしかないのですが――この事態を放っておいてはいけないような気がします」

「あぁ。アカシックレコードについてもまだ見つかっていないんだろう? ならば石橋を叩きすぎるということもないだろうな」

 レインはやれやれといった調子で大きく息をついた。

「それはそうと別件だが、俺もお前さんの方に用があったんだ」

「レイン警部補が私に、ですか?」

 レインが話題を切り替える。

「あぁ。アカシックレコードと比べれば大した話じゃねえんだが、Dのところに金塊を持ち込んだ奴が現れてな――」

 レインは今朝Dから話された金塊を巡る一件についてチャックに説明した。

「確かに、状況を見れば錬金術で造り出されたもの、と考えるのは妥当な線ですね」

 チャックは唇に親指を当てる。

「魔法を用いて貴金属を生み出す行為は、確かに私達検閲官の仕事の範囲。しかし、実物の金と一切違わぬものを作り上げるとは……」

「なんだい? そいつはそんなに珍しいのかい?」

 押し黙ったチャックにレインが尋ねた。

「ええ。魔法を使って石ころを金に変える、そういった行為は過去枚挙に暇がないほどありましたが、それらは得てしてお粗末なものです。金色なのは表面だけで、削れば地金が出るですとか、見た目や質量も実際の金とは似ても似つかないものだとか」

「となると、そこまで精度のいい金を生み出せたということは」

 チャックはこくりと頷く。

「手練れの――いえ、そんな言葉では生ぬるいですね。天才的もしくは奇跡としか言い様がない話です。少なくとも、そんな芸当ができる魔導士は、私の知る限りではおりませんし、実際この世に存在するとも思えません」

「お前さんにそこまで言わせるほどのものか」

 レインは困った様子で頭の後ろを掻いた。チャックに投げれば簡単に解決するかと思っていたが、どうやらそんな単純なものではないらしい。

「ならば実際にどこかから本物の金塊を持ち込んだということになるが、それを売れなかったからといってゴミのように捨てるかね」

「わかりません。しかし、もし魔法によるものであるとするならば――」

 人智を超えた力。つい一週間ほど前までの出来事をチャックは思い返す。あのときもこれまでの常識では『ありえない』と思っていたことが起こった。今の金塊の話も、どことなくこの状況に似ている。

「なんにせよ、金塊の件については私の方でも注意しておきます」

「あぁ。よろしく頼むぜ」

「それでは私は失礼します」

 チャックが椅子から立ち上がりレインに向かって頭を下げた。レインもチャックに合わせて立ち上がり、右手を挙げて挨拶を返した時だった。

「そうだ。一人だけいるぜ。ジョナサンが犯人だったことを知っているかもしれない奴がな」

「え?」

 唐突なレインの言葉にチャックは思わず聞き返した。

「ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンのマルティン博士さ。あのとき、マルティン博士と俺は一緒にいた。何かの拍子にジョナサンが犯人だったことを知った可能性があるな」

 

  *

 

 チャックがリチャードと出会った日、一人の男がイーストエンドロンドンの古物商の元を訪れていた。

「いやー、どう? こんな質のいい金なんてそうそうないよ。しかも、それがこんなにたくさんと来たもんだ」

 テーブルの上に机の足が歪むほどの金塊を載せ、にやりと笑う男。前髪で右目が隠れており、無精髭と眠そうな目、そして猫背が印象的だ。ぼろ布をローブのように纏っていた。身長はそこそこ高く、椅子に座っている店主を上から見下ろしていた。

「あ……いや、確かに見事な金だけどさぁ」

 店主は狐につままれた顔で、愛想笑いとも引きつっているだけともわからない表情を浮かべていた。突然現れた見かけない風体の怪しい男。そいつがいきなりおとぎ話の財宝でしか出てこないような巨大な金塊を机の上に無造作に置いたものだから、状況を理解するのに思考がまったく追いつかなかった。

「で、で、こいつはおいくらポンドになるのかな? 俺の見立てだと、一生遊んで暮らせる位はあると思うんだよね」

「いや、まぁ、そうですね……」

 どうしたものか、と店主は思案した。どう考えてみても、まともなルートを通ってきた品物ではない。しかもこの量。個人資産とは到底思えず、国家か銀行か、それともマフィアか、何か大きい組織が背後にいることが察せられた。

「あの……うちみたいな弱小だと、即金でこいつを買い取れるほどの持ち合わせがないもんで」

 店主はそう言って誤魔化そうとした。事実、こんなとんでもない大きさの金塊をまともに買い取れるだけの金はなかった。いや、どこへ持って行ったとしても、こんなものを正規の値段で買い取れる奴はいないだろう。

「あー、別にいいのよ。現金が欲しいだけだからさ。言い値で売るよ」

 男はヘラヘラと笑いながら、そう言ってきた。あっさりと、言い値でいい、と言った男の態度が店主の不信感を募らせた。

 どう考えても、関わってはいけない案件だ。

「いやいやいや。すみません。本当に無理なんですよ。うちはほら、古物商で、中古の食器とかそういうのは扱っているんですけどね」

 汗を拭きつつ、店主が店内を手のひらで示した。イーストエンドロンドンのスラム街。そんなところにまともな品があるわけもない。

「あー。金より食器とかの方がよかった?」

 男が残念そうに言った。このまま次は大量のウェッジウッドのティーセットなんかを持ち込んできそうな勢いであった。

「いや、本当にすみません! うちはそんないいものを扱えるようなところじゃなくてですね。こう、割れた食器とかほつれた服とかを安価に売りさばくけちくせえ店でして」

 店主はへこへこと頭を下げた。なぜだかわからないが、目の前にいる男が得体の知れない怪物に見えた。

「あー。じゃあ、まぁいいや」

 男はつまらなさそうに言うと、目の前の金塊を指さした。

「これ、重くて持って帰るの面倒なんだけど、適当に処分しておいてくれる?」

 まるでゴミを捨てるように言ってのけた。

「いやいやいや! そんなん無理ですって! 持って帰ってくださいよ!」

 店主は必死に拒否した。この男が扱いに困るやばいブツを処分しに来たのだとしたら、そんなものを置いていかれては困る。動いている金の大きさから見て、トラブルに巻き込まれたらまず間違いなく命はないだろう。

「しょうがないねえ。こんなんだったら、もっと小さいのにすればよかったなぁ」

 男はつまらなさそうに呟いて、金塊をひょいと持ち上げると、店を後にした。店主は呆然とその背中を見送った後、慌てて外へ出て周囲の状況を確認した。店から十数フィートのところで、草むらにゴミのように捨ててある金塊を見つけたのは、その五分後だった。

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