So Long, Lonesome ~追憶の言葉~   作:けんごち

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第八話

「イーストエンドロンドンの古具屋に金を持ち込んだ男については、こっちの方でももう捜査を始めている」

 ロンドン警察署に訪れたチャックの顔をみたレインは、開口一番にそう言った。

「私がどういった用事でここへ来たか、お見通しのようですね」

「まるで魔法のようかい? なァにたいしたことはない、ただの刑事の勘さ」

 何事もないように言うと、レインは一枚の紙をチャックに渡す。

「よっぽど無警戒なのかなんなのか、あれよあれよと目撃証言が集まったぜ」

 チャックは渡された紙に目を通す。そこには時系列準に整理されたアイザックの目撃情報がまとめられていた。チャックがアイザック達に遭遇したときの目撃情報もあるので、信憑性は高いだろう。

「私が遭遇したときの目撃情報もありますね。この男の名はアイザック・ベイリ。本人がそう名乗りました」

「なるほどな。魔導協会図書館にそのアイザックとやらの照会はしたのかい?」

「まだですが――おそらく、協会に資料はないでしょう。実際に奴と対峙した私の勘で恐縮なのですが、奴らはおそらくフィリップ・マイルズと同じ存在だと思います」

「奴『ら』だって? ということは、他にもいるってことかい?」

「ええ。もう一人、デイブ・バレットという男とアイザックは行動を共にしています」

「アイザックにデイブ、か」

 レインは目を眇め顎に手を当てる。ここ数日目にした不可解な出来事が一つ一つ繋がっていく。

「マルティン博士が言っていた魚を怪物に買えた魔導士ってのは、そのデイブって奴かい?」

「そこまでははっきりとわかっていませんが、その可能性は高いのではないかと思います」

 言葉を選びつつも、チャックは自身の見解を伝える。

「わかった。しかし、そいつらは一体何が目的なんだろうかね」

 レインの呟いた疑問。それはチャックも感じていたことだった。

「金塊を売ろうとしたのは資金を得るためと考えられますが、魚を怪物に変えた理由は……実験でしょうか」

「実験、だと?」

 怪訝な顔をするレインにチャックは頷く。

「ジョナサンがそうでした。あの怪物騒動は、奴が魔法をもってして神を生み出すための実験だったと」

 チャックは苦々しげに吐き捨てた。

「事態はそうとうに逼迫していると見てよさそうだな」

 レインは誰にともなしに言うと、立ち上がりコートを羽織る。

「目撃情報からアイザックという男の足取りはだいたい掴めている。そのアイザックという男は、お前さんと別れた後、イーストエンドロンドン周辺で目撃されたのが最後だ。つまり、奴らのヤサはイーストエンドロンドンのスラム街にある可能性が高い。早速で悪いが行くぜ」

 やはり頼りになる男だ、とチャックは思う。レインの捜査能力の高さには舌を巻くばかりだ。

「わかりました。もうすぐこちらへテューダーさんとウィローハウスさんも来られるはずです。言伝を頼んで、私達は一足先にイーストエンドロンドンに向かいましょう」

 できれば二人と合流してからイーストエンドロンドンに向かいたいところではあったが、今は一分一秒の時間でも早く動き出したい。

「わかった。俺たちは一足先にイーストエンドロンドンに向かい奴らのヤサを探し出す。そしてテューダー検閲官らと合流して一気に踏み込む、っていうのが理想的な展開だな」

 そう言った後、そうそう全てがうまくいくとは限らないがな、とレインは自虐的に笑った。

 

  *

 

「リチャードさぁ、ちゃんと飯は食ってる?」

 破れた窓から上半身を出し、空を見上げながらアイザックはリチャードに尋ねた。

「……別に。アンタには関係ないだろう」

 部屋の隅に片膝を立てて座るリチャードは、埋めた膝の先に声を掛けるように答えた。

「関係ないって、つれないねえ。おじさん、寂しいよ」

「……馴れ馴れしくするな。アンタらはワイルダーさんの知り合いかもしれないけど、俺にとっては見知らぬ他人なんだ」

 リチャードはできる限り低い声で脅すような声色を作ってみせる。

「おーこわこわ。おじさんいじめないでよねー」

 しかし、そんなリチャードの虚勢を見抜いているのか、アイザックはふざけるように笑う。

「Butミスターリチャード、顔色がNot so goodなのは間違いないよ」

 デイブが、ちっちっ、と人差し指を振る。

「……食欲がないんだ。暢気に飯なんて食う気分になれない」

 リチャードは膝を抱えたまま重く息を吐き出す。手足が震えているのは寒さのせいだけではないだろう。

「本当に、やるのか? 俺に、できるのか?」

 暗闇の中、手探りで天から垂らされた糸を探すように、リチャードは呟いた。リチャードの言葉は、しんと冷えた空気の中、ところどころひび割れた壁に吸い込まれて消えていく。

「リチャード、できる。リチャードなら、できる。だから、ボク、声をかけた」

 アルが天使の微笑みをもってしてリチャードに優しく語りかける。まるで誘惑するように。

「アイザックもデイブも、リチャード、いじめないで」

 アルがぷうと頬を膨らませ、窓際にいるアイザックとデイブに視線を向ける。

「いやいや、別にいじめてなんていませんよ。おじさん、結構リチャードのこと好きなのに嫌われちゃってるもんで」

「Broken heartだね。ミスターベイリ」

 わざとらしくしょげるアイザックとそれをからかうように笑うデイブ。

「別にあんたらのことだけを特別に嫌っているわけじゃない。俺は……魔導士って人種がとにかく嫌いなんだよ」

 リチャードが道ばたにゴミでも投げ捨てるように言った。それを聞いて、アイザックは目を丸くする

「へー。魔導士は全員お嫌いときたか」

 アイザックはヘラヘラと笑いながら立ち上がり、リチャードの元へと歩いて行く。

「でもねえ、おじさんちゃんと気づいてるんだよ。ここに本を一冊隠し持っていること。いつもそれを後生大事に持ち歩いているよねえ? なんだかんだいっても、魔導士に未練があるんじゃないの?」

 アイザックがリチャードの胸元を人差し指で叩くように指す。その仕草を受けて、リチャードは不快感を露わに顔をしかめる。

「……これは、そんなんじゃない。というか、人の懐を探るなんて不躾な奴だな」

 リチャードは右手で懐を押さえながら、眉間に皺を寄せ威嚇するようにアイザックを睨みつける。そうするとアイザックは降参とばかりに、大きく両腕を挙げる。

「はいはい、おじさんが悪かったですよ。でもねえ、おじさん、暇なのよ。だってやることないんだもん」

「Me tooだね! ミスターリチャードの邪魔をさせない、が俺たちのMissionだけど、No body commingだからね!」

 リチャードは軽口を叩くアイザックとデイブを恨めしそうに見る。

「……俺はあんたらにそんなこと頼んだ覚えはない」

「そんなつれないこと言わないでよ。おじさんたち、マスターを失って、本当にやることがないんだから」

「Yes俺たちあのままだったらSleep and destroyだったからね」

 リチャードが発する剣呑な空気もまったく意に介さない。アイザックとデイブの落ち着きはある意味異様にすら見える。

「だいじょうぶ。アイザックもデイブも、働いてもらう。リチャード、ジョナサンのこと探す。あいつら、リチャード、ジョナサン探しているに気づく。だから、きっと来る」

 アルは笑ってみせる。その表情の軌跡が、まるで薄暗くなった部屋で光の筋が糸を引くように残る。

 

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