もしも、美綴綾子の迷言が、本当に伏線だったなら。   作:夜中 雨

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《プロローグ》

 

 

「アンタとはきっと、殺す殺さないの関係までいきそうだ」

 

 はじめは、とてもびっくりしたものだった。だってそうだろう? 初対面の女からいきなりそんな事を言われたのだから。

 それから、(わたし)の顔をジッと見て、ひとつ頷いて、「やっぱり、あたしの目に狂いはなかった」って。

 もう訳がわからなかった。

 だから、「貴女(あなた)どちら様?」って私が聴いて、それでやっと、アイツは名前を名乗ったのだった。

 

 美綴(みつづり)綾子(あやこ)という女は、とても変わった女だった。確かに時々(ときどき)本音(ほんね)が入ると口調が男っぽくなるけれど、今言いたいのはソコではなくて、そういうのではなくて————普通に考えて有り得ないほど、あの女は“物知り”だった。

 “物知り”という言葉を聞いたとき、人はどういう人物を想像するのだろうか。

 きっと、“歩く図書館”とかそんな感じの。あるいは“頭でっかち”とかだろうか。

 でも、あの綾子に限っていえば、そんなことはない。

 

 その程度ではない、と言うべきだろうか。

 

 知識がある、程度ではなく、知恵がある女だった。

 いつ作ったのかも分からない人脈を持っている女、でもあった。

 時々、“人ではない”ような、あるいは“枯れ果てたおばあちゃん”のような、そんな雰囲気を見せる女、でもあった。

 まあ、結局この物語は、そんな“へんな女”が登場する“へんな物語”だと言うことで、ひとつ勘弁(かんべん)してほしい。

 それから————

 

 それから、“プロローグ”だなんて、物語風に始めてみたはいいけれど、この物語はまだ終わっていないのだから、物語というべきではないと思う。

 だって、この物語が終わるのは、私たちが皆、死に絶えた時だけだから。

「それまではずっと続けていく」と、みんなで決めた物語だから。

 ———“物語”と言うものには必ず、始まりと終わりとがあって、どういう風に始まってどういう風に終わるかで、物語全体の意味付けが決まる。

 物語だけの話じゃない。

 歴史だって同じこと。

 今の政治家たちの政策が、正しかったか間違っていたか、効果があったか無かったか。

 そう言ったことは、その政策が及ぼす影響がぜんぶ終着したあとで、結末から逆算して初めて、読み解くことができるものだ。

 物語もそれと同じ、“良し悪し”と“意味”とを評価するためには、一度結末まで読み終えてしまわなければいけないのに、『この物語は終わらない』なんて()かすのだ。

 

 それはもう、物語ですらない。

 

 物語と呼んでいいものでは、決してないのだ。

 とにかく、私たちの物語はまだ終わっていない。

 私たちがそう決めた以上、物語はまだ続いている。

 続いてる以上、出来事の意味は変わり続ける。

 ———だけど、

 私たちの物語はまだ終わっていないけど。

 その出来事の意味は変わり続けているけれど。

 それでも、()()()()が終わってしまったこと、その事実だけは、今も変わらずここにある。

 

 “聖杯戦争”と、呼ばれる儀式が(おこな)われた。

 その最中(さなか)に事件が起きた。

 いや、『聖杯戦争そのものが既に事件だ』と言われると、何も反論はできないけれど。

 “聖杯戦争”は全部で5回行われたらしい。60年周期で4回と、10年空けてもう一度。

 その中で私が参加したのは、一番最後の5回目だけ。

 4回目はほとんど何も知らなかったし、それよりも前は生まれていない。

 今回私が語るのは、5回目の聖杯戦争のこと、その最中(さなか)に起きた事件のこと。

 

 それから、衛宮(えみや)士郎(しろう)のことだ。

 士郎はこの事件を通して、ついぞ何も変わらなかった。

 でも、何かに気づいたみたいだった。

 それが何かは、結局、分からずじまいだったけれど……。

 もっとも、桜のほうは思いあたる(ふし)があるようだった。

 問いただしてみても要領を得ない言葉ばかりで、私にはチンプンカンプンだったけれど。

 

 だから、私に出せる結論は一つだけ、『衛宮士郎が別人になった』ということだけだ。

 確かに、この事件の前と後とで、士郎自身は何ひとつ変わっていない。見た目も、考え方も、性格も……それなのに、私からみた衛宮士郎は明らかに別人なのだ。

 別人のように、見えるのだ。

 “男が恋をする”とは、こういうことを言うのだろうかと、あの時の私は思った。

 

 この世界には人の数だけ物語がある。

 同じ出来事でも、人の数だけ見方があって、人の数だけ解釈が違う。

 私から見たら悪いことでも、その人から見たら違うかもしれない、

 私から見たらおかしなことでも、その人とっては普通かもしれない。

 

 今回は、基本的に士郎の視点で物語が進む。

 私が口を挟むこともあるけれど、それは()()()、だ。士郎視点だけでは(わけ)が分からなくなると思ったトコロだけ。

 どうしてかと言うと、私や桜の視点をあまり多くしてしまうと、その都度流れが途切れてしまって、わかりにくいんじゃないかってのがひとつ。

 それから、士郎の事をもっとたくさんの人に知ってほしかったから。つまり———

 

 あの男は誤解されやすい。

 あの男はあまり好かれない。

 

 これまで、私も何度か話したことはあったけど、あまり、良く思われていないようだったから。

 理由は、よくわかる。

 士郎は未熟だ。

 “私を護ってくれる”という安心感が、あの男には欠けている。にもかかわらず、突っ込んで行くのだ。

 “かっこよくない”と、言いかえてもいい。

 私も女だ。“強い男”や“完成された男”の魅力は、言われるまでもなく知っている。後ろから抱きしめられるとか。うん、アレはクル。だから、“赤い弓兵”や“青い槍兵”、“金色の王様”の方が、士郎より断然かっこいいという、彼女たちの言い分もよくわかる。

 でも、

 それでも、いや、そうだからこそ。士郎の魅力を知ってほしいと、私は思った。

 だから今回、私は士郎の視点で話を進める。

 彼がどんな男なのか、彼がどれだけ頑張ってきたか。そして、彼の心がどれほど強いか。

 

 そうだ、これは私による、私のための盛大な惚気話(のろけばなし)だ。

「ギルガメッシュの方がかっこいい」とか()かす、あなたに対抗するための惚気(のろけ)(ばなし)だ。

 とは言っても、“常に優雅たれ”を家訓とする私としては、ただの惚気(のろけ)(ばなし)なんて負けと同じだ。相手を辟易(へきえき)させるだけのお話なんて、全然優雅じゃないし。

 

 だからこれは、あなたに対する、私からの挑戦状でもあるのだ。

 途中で飽きればあなたの勝ち、最後まで惚気(のろけ)られたら私の勝ち。私が勝ったあかつきには、私の気分が爽快になるという寸法だ。

 そんな訳だから、私は、私の持てる全てをもって、あなたの興味を引き続ける。あなたが飽きてしまわないよう、最後までちゃんと惚気(のろけ)るために。

 

 さて、前置きも長くなってきたところだし、そろそろ本題に入ろうかと思う。それは当然、このお話の主人公についてだ。

 このお話の主人公は当然、衛宮士郎。

 そしてこれは、美綴綾子の物語でもある。

 とはいっても、このお話は世間でいうところのダブル主人公ではない。

 主人公が二人いるのではなく、ストーリーが二つあると思ってほしい。

 惚気(のろけ)(ばなし)物語(ものがたり)、ひとつの出来事にストーリーが二つある、といったもので、つまりはどんな出来事でも、受け取り方が違えばまったく違ったものになる、ということだ。

 

 そして最後に、この惚気(のろけ)(ばなし)の結末は、やはりハッピーエンドが良いと思う。他人の不幸で惚気(のろけ)るほど、私の性格は悪くない。 

 

 さあ、長い前置きはこれにてお(しま)い。

 彼の話をするとしよう。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 衛宮士郎。彼はどういった人間か、と聴かれても、私はキチンとした答えを返すことは出来ないと思う。

 それは、私の中で答えが定まっていないから、ではなくて、初対面の人間にはどれだけの言葉を()えて聴かせても、きっと正しく伝わらない、誤解させてしまうのだろうな、というのがあるからだった。

 だから、私はいつも、こう答えるようにしている。

 

「あの男は変人だ」と答えるように。

 

 それは、衛宮士郎に対する理解の深さが、人によってかなり盛大に上下するからである。彼と学校の中でしか接点がないなら、彼についての評価はない必ず“良い人”か“優しい人”のどちらかに振れることになる。でも、一定以上の理解があるなら、そんな認識にはなりはしない。

 私としてはかなり辛辣な対応をしていると自認しているし、評価も割と辛めだと思う。

 実際、桜は最近、士郎を全肯定しそうな雰囲気を(かも)しているときがあるし、ヤツの師匠はヤツの師匠で、なんだかんだと弟子には甘い。そこら辺は三人でちょうどバランスが取れていると、思えてきた次第である。

 まあ、なんだ。色々と変な方向に話が逸れているかもしれないけれど、何が言いたいのかと言うと、つまり。

 士郎のことを知りもしないで、ぐだぐだ()かすアホどもを、はっ倒したいと言っているのだっ! 

 

「なぁ遠坂、そろそろ機嫌をなおしてくれないか。たのむよ」

「だって、アイツら許せないじゃない!」

「とは言っても、単に馬が合わなかっただけだ。目くじら立てるようなもんじゃないぞ」

 

「わたしも姉さんに賛成です。あんなの、先輩が悪いみたいじゃないですか」

 

 士郎のこととなると途端に意見が合わなくなることに定評のあるうちの妹も、今回だけは同意見のようである。当然だ、あんなこと言ってきたんだから。

 

「アイツら、あなたの事何て言ってたか忘れた訳じゃないでしょうね。“サンドバッグ”って言ってたのよ!」

 

 いうに事欠いて“サンドバッグ”ときたもんだ。そりゃー、普段温厚な私もブチ切れるってもんである。

 意味は、“暴言を吐かれても言い返さない”+“唾を吐かれても笑ってる”+“殴られても殴り返さない” = “やりたい放題し放題”、といったとこだろうか。

 地域紛争が起きたからって、ワザワザ駆けつけに行ってやったってのに。

 バカにしてる。

 奴らに手をあげなかった私は、褒められるべきだと思うんですけど。

 

 

 現在、関西国際空港。ゲートラウンジ。

 北九州行き、本日最後の便を待っているところ。

 時刻は午後7時回ろうか、というあたり。大量に並べられたプラスチックのイスの群れは、ガラス()りの窓の外に見える暗い夜空と窓の内側にある照明との光とに彩られ、ずいぶんと無機質に黒ずんでいた。

 その、一角。

 

「それだけじゃないんですよ、先輩。あの人たち、適当なこじつけと屁理屈で、全部先輩のせいにしてたんですっ!」

 

 椅子から立ち上がった桜が吠える。

 驚いた、普段から声を荒げるのを嫌うこの子が、まさかここまで大きな声を出すなんて。

 ここのゲートラウンジの椅子は全部が同じ方向を向いて設置されている。まるで学校の教室のように、前と後ろが存在する。

 私たちはその“左後ろの(すみ)”にいて、ラウンジの他の人間からは見えにくい場所に座っていた。

 私からは(まわ)りの人たちの背中が見えているものだから、大した事をする必要もないだろうと、簡単な認識阻害の結界だけを()って、飛行機に乗るまでの時間をつぶしていた。

 ———ハズだった。

 

 桜の大声に、周りの客たちが一斉に振り向く。

 桜が()えた部分だけで、不穏なニュアンスを感じとったのか、私たち三人ともに“好奇心”が突き刺さる。

 こんなことなら遮音結界も張っておくんだった。お陰で、まわりの視線がすごいのなんの。

 でもまぁ、今からでも遅くないか。ポケットから巾着(きんちゃく)(ぶくろ)を取り出して、中にあるターコイズの粉末を(つま)む。

 

 私は早口で呪文を唱えた。

 

「ああ、うん。それは、俺も知ってる———」

「知ってるなら! どうして先輩は何も言わないんですかっ」

「そこはほら、あの、ほら、なんと言うか……その」

 

 私は左手で頭をおさえながら、会話の聞こえる左側を盗み見た。

 士郎の奴は顔の横に両手を持ってきてワタワタと揺らしている。

 ……はぁ。

 まったくもって面倒な事だが、これから私たちがやらなきゃいけないことを思うと、こんなところで躓いてはいられないのだ。だから私は、“切り札”を使うことにした。

 立って論争している二人を横目に、プラスチックの椅子に脚を組んで座りながら、“士郎にも聞こえる声”で(ひと)(ごと)をつぶやいた。

 

「だいたい、綾子も綾子よ。いっつも私たちを見下したり(あなど)ったりするような奴らの所にばっかり送り込むんだから。

 アイツがどれだけ偉いか知らないけどね、こっちも限度ってものがあるのよ」

 

 わかる? 士郎。と、抱えた左手の指の隙間(すきま)から睨む。

 士郎の奴は綾子の話題にめっぽう弱い。この話題で愚痴ってやると、確実にこっちが勝ちを拾え———

 

「何言ってるんだ、遠坂。今、美綴の奴は関係ないだろ」

 

 …………はっ? 

 

「だいたい今は、こっちの紛争の話をやってるんであって、一般人の美綴はこの話には全然か———」

「関係ないワケ、ないでしょうがっ!!」

 

 今度は、私が立ち上がる番だった。士郎を真正面から()め付けて、詰め寄った。

 

 そう、関係ない訳がないのだ。あの女の影響力はかなりのものだし。

 そもそも、綾子の話題で士郎が怯むっての自体が気に入らないってのに、“関係ない”とか言いやがった! 

 

 でも、

 

「もういい、帰る! こっちくんな!!」

 

 こういう強引な言い回しは、ちょっとやり過ぎだっただろうか。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「桜、覚悟しておきなさいよ。士郎はあれで、結構根に持つタイプだから」

 

 時刻は既に8時過ぎ、飛行機の中。真ん中の通路より左側の窓ぎわの席で、雲に隠れて見えもしない夜景を眺めながら、桜に向かって呟いた。

 私の右、通路側からの物音が消えた。さっきまで、桜が重い鞄を(まさぐ)ってたみたいだったけど。

 

「それで十分なんです。少しの間でも、忘れないでいてくれたなら」

 

 その声の中には、いろいろなものが混ざって聞こえた。

 元々は桜が言い出したことだ、「聖杯戦争に先輩を巻き込みたくないんです」と。理由は、士郎がいつも無茶をするから。それに私が乗っかったのだ。「二人でさっさと終わらせてしまおう」と。

 そうして、士郎を置き去りにした。

 適当な理由をつけて士郎を動揺させ、暗示をかけて。

 

 だけど。

 桜の声には、それとは違う何かがあった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 高校二年の冬、私たちの聖杯戦争はこれから始まるのだ。

 士郎が首を突っ込めないように眠らせて、関西空港に置き去りにして、冬木に帰って来れないように()()()()()()()()()、綾子の奴を頼って欠席が進学に影響しないように手回しまでして。

 

 そうやって準備した聖杯戦争が近年稀(きんねんまれ)に見る大事件に発展するなんてこと、この時の私は、ちっとも思いつかなかったのだった。

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