もしも、美綴綾子の迷言が、本当に伏線だったなら。   作:夜中 雨

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《第十二話、綾子の浄眼》

 

 

「全員揃ったわね」

 

 衛宮邸、その居間の中。

 真ん中にデンと鎮座しているコタツを囲んで、俺と遠坂とサーヴァント三騎が座っていた。

 桜は隣の部屋で今も寝ている。後遺症など無いとは言うが、昨日、この家でも戦闘があったらしくって、その時の疲労で休んでいる。

 

「一応、今後の打ち合わせということで呼んだわけだけど……その前に先ず、サーヴァントの三人には伝えておかなきゃいけない事があるから、先に言わせて貰うわね」

 

 コタツの毛布を深く掛けた遠坂が、ひとつ話を切り出すのだった。

 

「———それは、綾子の眼の能力(ちから)についてよ」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 空が白み始めてきた頃、俺たちは家にたどり着くこと出来た。

 最も、本当の困難はここから始まった訳で……

 

 どういう事かと言うと、遠坂が、玄関で仁王立ちをしていた訳だ。

 そうとは知らずにノコノコと帰路に着いた俺たちは、まさに門をくぐった瞬間、笑顔を貼り付けたアクマと出会った。

 

 結論から先に言うと、俺たちは遠坂に()()()()()許してもらえたんだが、それまでが非常に長かった。

 疲れ果てて布団の上に倒れこんだ時にチラッと確認した限りでは、俺が正座していた時間は30分くらいみたいなんだが、疲労と恐怖の相乗効果で、どうにも5倍くらいには感じられた。

 

 そんなこんなで、既に時刻は10時半。

 学校という職場に向かわなければならない筈なのに、これじゃあ既に遅刻だな、なんて言ってしまったが運の尽き。

 今の今まで遠坂は、ニッコリ笑ったままだった。

 

 

 ———そして、今。

 コタツの各人の手前には、各々の湯呑みとお茶菓子が乗っている。

 それが全員に行き渡ったところで、遠坂がさっきの言葉を紡いだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「綾子の瞳は浄眼に分類される能力を持ってるの。つまり、“見えないものを見る能力”ね。

 問題は何を見るか、なんだけど———綾子の場合は“(えにし)”を見るの。人と人との繋がり、結びつきの事なんだけど、つまり何が怖いのかって言うと……ええっと……」

 

 右手を顎に当てたまま固まってしまった遠坂は、その目線を天井に向けて、ゆらりゆらりと動かしている。

 眼の動きにつられて遠坂の顔まで揺れ出したものだから、なんだか可笑しくて、つい笑ってしまった。

 

「ちょっと! 何笑ってるのよ、士郎! 言っときますけど、私はちゃんと解ってるんですからね!」

 

 目尻(まなじり)を吊り上げた格好でキッ、と俺を睨めつけて……ついでにアーチャーも睨まれていた。

 

「大体、アイツの能力は“難しい”のよ。概念が解りづらい事に加えて、綾子の奴が能力(ちから)の全貌を明らかにしてないし……」

「確か、美綴の眼は(えにし)を見るって言ってたよな。なら、まずはその(えにし)って奴を説明してくれないか。

 直接の説明が難しいんだったら例えでもいいんだ。ほら、神話とかに絡めてさ」

「神話ねぇ。神話って言っても、みんなが知ってる神話なんてそんなに沢山ないじゃない。有名どころは聖書に出てくる奴とか、ギリシア神話の…………」

 

 その瞬間、遠坂の目の色が変ったのがはっきり見て取れた。

 有り体に言って、今の遠坂はとてつもなくキラキラしていた。

 

「———そう!」

 ズビシッ、と効果音が鳴りそうな勢いで腕を振り上げ、人差し指で俺を指す。

「例えば、メデューサという怪物は、ギリシア神話の中でペルセウスに首を切って殺されているわよね。

 もし私たちが、時間移動が出来るなんらかの魔術を習得していてね。過去に戻って、当時のギリシアに行けたとしても、それを覆すことは出来ないのよ。何故なら、()()()()()()()()()()()()

 

 ズズっと湯呑みを傾けて一息ついた遠坂は、ゆっくりと続きを、語り始めた。

 

「人理定礎の話、前にも一度したわよね? つまりはそう言う事、細かなところは変えられても、一度決定した“多くの物事に影響を与える事象”は変わらない。

 理由は簡単よ。

 解りやすく言うのなら……そうね、運命と呼ばれるもの、その流れは()()()()()()()()()()()からよ」

「さっぱり解らないんだが……」

「なら諦めなさい、士郎。

 ———綾子はね、『“(えにし)”は未来から過去に向かって流れてんのよ』なんて言ってたの。『原因は全て未来にあって、そこから伸びる(えにし)によって現在(いま)が決まる。(あたし)にはそれが見えてるんだ』って……」

 解る? なんて、さっきはにべもなく流したくせに、こう言う時だけ確認してくるんだもんな……

 

 意趣返しに溜め息をひとつ。そして、

「美綴に見える(えにし)ってヤツと運命とが、同じ性質を持っているってことか?」

「うん、良く出来ました」

 遠坂はついに満面の笑みだ。

 

「いい? (えにし)と運命は本来別物。でもね、とりあえずは、同じものだって考えてた方が解りやすいわ。そして、ここまで来れば、もう終わったようなものよ」

「あー、いや……もうちょっと説明してくれると、助かるというか———」

「つまり!」

 

 ここで割って入ってきたのは、意外にもアーチャーだった。

 いつもの如く、遠坂の後ろで適当な柱にもたれ掛かっているアーチャーが心なしか俺を睨んでいる。

 

「つまり、あの女は未来を見る能力を持っている、ということだろう。未来からやって来る流れを見るなら、当然その眼は未来へと向けられているのだからな」

「流石ねアーチャー、その通りよ。綾子には、未来が見えるの」

 

 ———これが、遠坂がどうしても言わなければいけないと思った事。

 居間にみんなを集めた理由。

 

「悔しいけど、私には対策が思い浮かばなかったわ。アイツとはライバルだから、いざと言う時の事も考えてはいたんだけど……結果はお察し。

 だから、その辺りを話し合いたいのよ。私のプライドにこだわって無駄に出来る時間は、もう無い筈だから」

 

 遠坂の顔には影が差していた。学校でも、いつも美綴と張り合っていたから、 俺も見て知っているから、言葉にしなかった遠坂の情動も判るような気がしていた。

 

「では、此方からも幾つか提示するべき特徴がある」

 

 遠坂が口火を切ったアーチャーに頷く。今更恥ずかしくなったのか、湯呑みで顔を隠していた。

 

「昨晩の我々の戦闘においてだ。

 昨晩の戦闘で、我々は不可解な現象に見舞われた」

 

 ああ、あの時の美綴との戦いは不可解な事ばかりだった。

 アーチャーの攻撃モーションを打ち消したかのような技。

()()()()()()()一射を外させた事。

 

「高位の魔眼は術者の脳味噌とセットとも聞く。

 もしも、バロールの魔眼の持ち主がいたのなら、その者は“死”に触れる事が出来る筈だ。“死”を見る眼を持っているという事は、“死”を理解する脳を持っているという事でもあるからな」

 

 腕を組んだまま、アーチャーは顎を上げた。

 

「恐らく、今回のソレとて同じ事。

 美綴綾子という少女が、(えにし)を見る眼を持っているというのなら、それは同時に、(えにし)や運命といったモノに直接干渉出来る能力を持っているという事でもある」

 我々ではどう足掻いたところで、理解を得ることが出来ない筈の概念というものを、真に理解することが出来ると言うのなら、干渉する事もまた、不可能では無いだろうさ。と……

 

「……そう、そんな事まで出来るんだ、アイツ」

 

 やっと湯呑みを置いた遠坂が、溜め息と一緒にそうこぼす。

 

「未来を見るだけじゃなくて、運命そのものに干渉して来るのなら……対処のしようが無いじゃない」

 どうしろって言うのよ……と、遠坂が俯いていると。その正面に音も無く、紅茶が置かれた。

 

「煮詰まった頭で考え混んでいても仕方があるまい。一息入れたらどうだね、凛。

 丁度、紅茶が入ったところだからな」

 それに———と、アーチャーが後ろ、障子の向こうを見返るのと、ライダーが音も無く立ち上がるのとが同時だった。

 

 

 

「———サクラ、起きたのですね。お体の調子はどうですか?」

「うん、今はまだ、何もわからないけど……わたしは大丈夫だから」

 

 なんて言う声を障子ごしに聞いていると、アーチャーに手で追い払われた。

「行ってこい、衛宮士郎。凛の方は私に任せておくといい」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「姉さん! わたし今、とっても体が軽いです!」

 

 中庭をサンダルで子供のように走り回る桜が、遠坂に向かって手を振っている。

 寝込んでいたという事もあって、出で立ちは簡素な白いワンピースだが、今の桜からはむしろ無邪気なわんぱくが感じられた。

 

「『煮詰まった頭で考えていても仕方がない』———うん、確かにそうね。ここはひとつ、張り切って遊ぶと、しましょうか!」

 

 それに呼応するように、何やらガッツポーズをしている遠坂。

 我がチームの司令塔が遊ぶと決めたなら十中八九俺も駆り出されるんだろうな、と思うとアレだ。でも、楽しそうな桜を見ていると、それも良いんじゃないかと思えてくる。

 

 

「そうと決めたら早速出かけるわよ! もうすぐお昼なんだし、時間もあまり無いんだから!」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 本日は2月3日、いくら節分とはいえ平日真っ盛りの火曜日である。つまり、どういう事かと言うと……

 

「……良いのかよ、遠坂。俺たち学生だぞ」

「細かいことは気にしない。遊ぶ時はパーっと羽目を外さないと」

「いや、ほら。周りの視線が……」

「そこはほら、こんな美女・美少女が四人もいるんですもの。注目されて当然じゃないかしら」

 自分で言うか? 普通……

 

 

 ともかく、俺たちは隣町に繰り出していた。

 小洒落た喫茶店でお昼を済ませた後、都内を散策して、駅前のあずみ書店に立ち寄ったところで、ライダーの雰囲気が変わったのを目敏(めざと)く見とがめた遠坂が大型書店に案内して、それから夢遊病者の如く本棚の迷路を突き進むライダーを俺が追っているという訳だ。

 背の高い本棚の壁。それが、人2人分くらいスペースを開けて、左右にずらりと並んでいる。

 俺がいるのは壁の手前側、本棚の上の貼り紙には“ヨーロッパ史”と書いてある。

 ライダーがいるのはこの壁の一番奥、さっき見た標識によると、どうやら世界各国の神話の本が置いてあるらしい。

 

「こんなところに居たのか、ライダー」

「士郎、あまり声を張り上げないように」

「……ああ、すまん」

 

 ライダーにたしなめられてしまった。

 彼女は手の上でハードカバーを開けたまま、眼だけをこちらに向けていた。そこにはタマゴ型の黒縁メガネが輝いている。

 

「みんなは隣の喫茶店に入って行った。『ここで寛いでいるから好きにして良いですよ。満足したら帰って来なさい』って、桜からの伝言だ」

「そうでしたか。それは、ご迷惑をおかけします」

「良いんだよ、元々気分転換なんだから。それより、なんの本を読んでたんだ?」

「……気になりますか?」

「正直、かなり気になる。俺も本は読むんだが、それは勉強として、だったから。娯楽としての読書ってのは考えた事もなかったんだ」

「そうでしたか……」

 と言いながら、ライダーは隣にいる俺に表紙を見せてくれた。

 

「“ケルト神話から読み解くイギリス史”?」

 また面白いものを選んでるよな。

「ていうか、ケルトってイギリスの神話なのか?」

「何を今更……イギリスにキリスト教が伝来するより以前、あの一帯はケルト的な文化・風習によって回っていたのですから」

「そうか、それでセイバーの奴、ケルト神話にああも詳しかったんだな」

「ええ。彼女、騎士王がブリテンの王となっていたのは5世紀頃ですから、まだキリスト教の影響も無かったでしょう。キリスト教がブリテン島に伝来したのはどう見積もっても、西暦590年よりも後のようですし」

「な、なるほど……しかし、よくそんな本を手に取ろうと思ったよな。俺なんかじゃ、探し当てる事も出来ないだろうし」

「———そうですね」

 なんて気の無い返事を返しながら、ライダーはパタンと本を閉じ、元々収まっていたであろう本の隙間に差し込んだ後、人差し指をスライドさせながら次の本を探している。

 そんなライダーが左手で抱き抱えている本があった。

 

「なあライダー、手に持ってる本、ちょっと見せて貰ってもいいか?」

「ええ、荷物を持って頂けるのでしたら」

 

 そう言いながらも、ライダーはそれを渡しくれた。

「あれ? 一冊じゃないのか……」

 右手の人差し指、それから目線は背表紙の上をスライドさせつつ、渡された本は4冊あった。

 

「“ケルト神話”に“アーサー王ロマンシア”、それから“ギリシア神話”が2冊もあるぞ……」

「ああ、その2冊は編纂された時期が違うのです。

 うち一冊は一度ローマ文学として輸入され、そこから欧州に流布されたものを翻訳してあります。つまり、近代文学・恋物語としてのギリシア神話ですね。

 ですがもう一冊は、アポロドーロスのギリシア神話は少し違います。この著者が伝承として()ったところのモノは純粋に古いギリシアの著述なのです。簡単に言うと、こちらの本はギリシア神話の原典とでも言いましょうか……純粋な、他の文化の影響を受けていないギリシア神話なのです」

 最も、私はもう一つ古いものを探していたのですが……と、自分の作業を止めないまま、口だけで俺とお喋りしている。

 

「…………」

 圧倒された。

 ちょっと本の話を振ると5倍くらいになって帰って来る。ライダーにこんな特技があったなんて。

 俺が感心しているうちに、また一冊見つけたみたいだ。本を開いて、目次を眺め、それから一つページをめくった。

 瞬間、彼女の目が見開かれ、眉間を寄せて細められる。

 

 それが、あまりにも寂しそうだったから……

「ライダー!」

「…………っ! どうしましたか? 士郎」

 振り向いた、ライダーに

「『どうしましたか』じゃないだろう! なんで、何でそんな悲しそうなんだよ」

()()()()()()()()

「なっ! …………」

「———いえ。なにぶん、自覚がないのもで———」

「お客様! ……お静に、ほかのお客様もいらっしゃいますので」

 ———後ろから声。

 

 女性店員にたしなめられてしまった。声が大き過ぎたらしい。人差し指を口前で立てて、強めの語調で注意された。

 

「あ、あ〜。…………すいません、すぐ出ますんでッ。

 行くぞライダー」

 

 腕を引っ張る。意外にも、ライダーはすんなり付いて来てくれた。

 前だけを見てズンズン歩く。レジ前に並んでやっと、ライダーが、小さな声で口を開いた。

 

「士郎、申し訳ないのですが…………本を、返しそびれてしまって……」

「ダメだ。それはきっと、ライダーが持ってないとダメなやつだ。

 理由はうまく言えないけど、それだけは買うべきだと思う」

 

 強引に本を奪い取り、俺が預かってた4冊の上に重ねて、3歩進んで店員に渡した。

 

「———これ、全部ください」

 

 この時初めて見えた表紙。その本のタイトルには“アマゾネスと蛇と馬”と、刻まれていた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「やっと来た! 随分と遅かったじゃないの。これ、紅茶も3杯目よ」

 

 私もうお腹ちゃぷちゃぷ〜と、お腹をさする遠坂が出迎えてくれた。

 当然ながら、遠坂の座っている席には他のみんなも揃っていて、アーチャーにいたっては思いっきり睨んでくる始末だ。

 

 いちいち嫌味を突っ込んでくるアーチャーをなんとかいなし、遠坂が桜の「体を思いっきり動かしたいです」に乗っかってバッティングセンターを所望して、アーチャーの助言を受けて急激に成績を上げたセイバーに負けるのが嫌だからと、さらにボウリングの勝負まで言い出して…………結局、夕飯の支度をしないといけない事を理由に使って帰路に着いた時には、西は日の入り東は月夜。大空は、綺麗なグラデーションになっていた。

 

 …………と、

 

「———士郎」

「なっ——————ッ!」

 

 やばい……何がヤバいって、やばい。

 急に耳元で囁かれたもんだから、背筋がゾクゾクしている。現在進行形だ、進行形でやばい。

 

「ラ……ライダー、さん? もうちょっと、こう……頼む、心臓に悪い」

 左耳を抑える、顔が熱い。

 

「? …………何がですか?」

「な、なんでも……ない。すまん……」

 

 さも不思議そうにされると、こっちが困る。

 顔を反らしながら喋ったものだから、言葉も、伝わってないかもしれないし。

 

「どうして謝るのですか? 士郎には何もされていませんし……」

「本当になんだもないんだ。それで、どうしたんだ? 続けてくれ」

「そう言うのでしたら……。士郎、先程はありがとうございました」

「『先程』と言うと———」

 

 ———振り返った俺と、ライダーの視線が重なった。

 

「書店での一件です。あの時は本を買っていただき、ありがとうございました」

「良いんだ、ライダー。俺だってライダーのこと、少しは知ることが出来たんだから。そのお礼だと思って受け取ってくれ」

「そうですか、それはなんとも———甘美な響きですね」

 

 今度はライダーが顔を反らしてしまったから、どういう表情してるのかわからないけど———

 

「ありがとうございますね、士郎。

 ———とても、嬉しかったものですから」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「———ねぇ、桜。今日は楽しかった?」

 

 みんなで並んで歩く中遠坂の唐突な質問に、それでも桜は、先頭を歩いたままクルリと反転して満面の笑みを見せてくれた。

 

 

「———はい。こんな日が、ずっと続いて欲しいです!」

 

 






次回、Fate /stay night[Destiny Movement ]

———第十四話、誘拐事件
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