もしも、美綴綾子の迷言が、本当に伏線だったなら。   作:夜中 雨

16 / 29
《第十五話、Destiny(ディスティニー) Movement(ムーブメント)

 

 

「ッ——行動開始!」

 

 円蔵山の戦いは、こうして幕を開けた。

 

 俺たちは、山の中腹に存在する大空洞の中にいる。日の光の届かぬ洞窟の奥の奥、張り付けにされているのは、捕らえられた桜と、イリヤスフィールと呼ばれる女の子。

 二人がいるのは巨大な一枚岩の上。ここから500mほど進んだ上で、壁のような岩を登らないといけない。

 立ちはだかるのは巫女装束の美綴ひとり、とは言え油断はできない。一枚岩の上に、おそらく誰かいる。

 

「散開ッ!」

 

 遠坂と掛け声で、一斉に走り出す。

 遠坂・俺・慎二・セイバー・アーチャー・メドゥーサ、計六人が、各々(おのおの)違うルートをとって、美綴を横目に駆け抜ける。

 美綴が目をつけたのは俺だった。彼女の横をすり抜ける時、正面から刈り取るように放たれた薙刀のなぎ払いに対して、後ろに飛び、かわす。なぎ払いのモーションから次の構えに移行する瞬間、隙を見つけた。

 だから俺は、そこに斬り込もうと一歩目を踏み出した。

 

「——————投影(トレース)開始(オン)

 

 体の左側に打刀(うちがたな)を投影、黒い(つか)を右手で持って横一閃、居合のように斬り付けようとして———やめた。

 急いでもう一歩後ろに下がる。下から(たて)一文字(いちもんじ)の斬り上げを、間合いの外に出てやり過ごした。

 

 その時、

 

「おい、どうなってんだよ! 綾子!」

 慎二が狙撃銃を構えながら叫んでいる。その立ち位置がそもそもおかしい。

 慎二だって、俺たちと同じタイミングで走り出していた。美綴の横を通り過ぎるあたりまでは確認していた。なのに、まだ、俺の隣にいる。

 

 他の面々も同じだった。

 全員が一斉に、同じタイミングで走り出し、美綴に妨害された奴が時間稼ぎを買って出る。そしてその役は、俺が当たった筈だった。

 だったら、これだけの時間が過ぎた今、()()()()()()()()()()()()()()()()()なんて、そんなのはまずあり得ない。

 

「まあ、どう考えても、原因は一人しかないじゃないの」

 

 遠坂は宝石を三つ、左手の指に挟んでから言った。

 

「空間転移か空間置換か、それとも他人の固有時制御か。どれにしろ、馬鹿みたいな話ね」

「うーん、いい線行ってるんだけどねーー。残念ながら全部ハズレ。

 答えはコレよ、コレ」

 

 遠坂の問いに対して、美綴は律儀に答えるようだ。

 薙刀を左手で保持し、右手を巫女服の懐に忍ばせる。

 取り出したのは、一つの、懐中時計だった。

 

「ディスティニー・ムーブメント。それが、この礼装の名前。そして、今の違和感の正体でもあるワケさ」

 

 それは、(つや)やかな黒の懐中時計だった。

 鎖を持ってぶら下げたソレは(ふた)の中心部が透明で、中の針が見える仕組みだった。

 カチッ、と音がして、その蓋が開いていく。

 

 それは、不思議な時計だった。

 真っ暗な背景に、濃く青く光る文字盤。文字盤に書かれているのはローマ数字ではなくルーン文字だし、文字盤と同じように青く輝く針は五つもある。どう見ても、時間を測定するモノではない。

 

因果天運(ディスティニー)調律機構(ムーブメント)(あたし)唯一の魔術礼装にして、概念礼装。有する能力は、“運命の調律”」

 

 カチッ、と音がして、全ての針が止まった。

 瞬間、左手一本で薙刀を振るい、左から右に横なぎに払った。その斬撃は俺たち六人全員に、()()()()()当たった。

 俺は打刀(うちがたな)で薙刀を(はじ)いた。遠坂は薙刀をかわし、慎二は狙撃銃についている銃剣で、三騎のサーヴァントもそれぞれの武器で薙刀を弾いた。

 薙刀の刃は一つしかない。斬撃が飛んで来たわけでもない。一度しか薙刀を振るわなかった。でも、六人はそれぞれに斬撃に対処する必要があった。

 

「今一度、アンタ達六人の運命を、(あたし)の運命と同調させ(調律し)た。(あたし)の攻撃はそれぞれに当たるし、アンタ達の攻撃も、(あたし)に当たる」

 

 パチン、と懐中時計の(ふた)を閉じて(ふところ)に入れた。クルクルっと薙刀を回して、左足が前、左半身の腋構(わきがま)え、刃は後ろ。

 緋袴がふわっとゆれた。斬撃が来ると感じた瞬間、美綴はおもむろに左手を伸ばし、空中を掴んで、引っ張った。

 急に、(えり)が引かれる。前につんのめりそうになって、とっさに左足を一歩踏み出す瞬間、美綴のヤツは左半身から反転、右半身になりながら足元をなぎ払った。

 

「ッ———!」

 

 間合いは遠い、が、当たらないなんて思えなかった。左足の外側に突き立てた刀にガキッという感触。薙刀の刃はそのままスゥーと引いていく。

 周りを見渡す。

 遠坂は無事、セイバーとメドゥーサも。慎二は右すねを切られていた。アーチャーは左手で遠坂を抱えて()げ、その腹を切られていた。

 美綴は、薙刀の刃をスルスルと後ろに持っていき、右半身の腋構えに移行した。

 

「そんな、多重次元屈折現象(キシュア・ゼルレッチ)だなんて」

 アーチャーから解放された遠坂は、左手の宝石の一つを右手に持ち替えた。

 

「だから、違うって言ったじゃん。あのお爺さんも時間旅行の真似事くらい出来るでしょ。でも、ソレは本質じゃないし、厳密には時間旅行でもない———ほら、そんな感じよ」

 

 ニッ、と覇気を込めた笑みを浮かべ、右半身のまますり足で一歩、右足を前に送り、その足が地面を(つか)むか(つか)まないかのギリギリで、スッと引っ込めた。

 セイバーが斬り込んできたからだ。魔力を一瞬だけ、ジェットのように後ろに噴出し初速を得たセイバーは、勢いを殺すことなく、不可視の剣を袈裟斬りに放つ。

 それを美綴は(かわ)してみせた。右足を引っ込める反動で左足をさらに左に送り出し、その動作の中で左に1mくらい移動して、流れるように左半身に移行しながら(ぎゃく)唐竹(からたけ)に斬りあげる———のを、セイバーの剣が上から(おさ)える。

 

「やはり。攻撃する前に刃を止めれば、問題無いようですね」

「へえ、やるじゃんセイバー。そんじゃ、コレはどうよ」

 

 美綴は刃を引いた。薙刀でもって刃を引くということは、石突きが前に出るということ。そう、石突きでブン殴る———と見せかけて、セイバーが反応しようとした瞬間、薙刀の刃で後ろを突いた。

 

 俺が真っ先にやったのは、慎二の後ろの空間を刀で斬り裂くことだ。右足を包帯でグルグル巻きにしている慎二の後ろからやって来る突きを弾く。同時、メドゥーサが俺の後ろを攻撃してくれた。俺はあわててメドゥーサの腰を抱き、引っ張る。メドゥーサの後ろから来た攻撃は、かすっただけで()んだみたいだ。

 確認すると、みんな無事だった。アーチャーは弓を構えていて、腹の傷も(なお)っている。

 矢が三本放たれた。が、薙刀の一振りで粉砕されて、俺たちは斬撃の処理に武器を振るうハメになった。

 

「どお? いい感じにチューニング出来てると思わない?」

 

 美綴は構えをそのままに話しかけてきた。

「それに、そろそろ終わるハズなんだけど」

 

 遠坂は“うっかり内臓の魔術刻印”をギュインギュイン言わせているが、攻撃はしない。今は()だ、ためている。

 

「何がよ?」

「か・く・に・んっ」

 

 語尾にハートマークでも出てきそうな感じに笑う美綴。

 ズンッ、と音がしたかと思ったら、俺たちは上からの重圧で地面に押しつぶされていた。

 全身に等しく強化魔術を通す。腕立てのようにググッと体を持ち上げ、地面との間に右足を突っ込む。なんとかして顔を上げた。来るだろう攻撃に備えてようとして……体が動かないことに気づく。空間が、固定されている。

 

「まぁ一応、契約ですから?」

 

 視界の上から、まるで風船が降ってくるみたいにゆっくり降りてきたのは、紫色のローブを(まと)った女性のサーヴァント。フードは外れていて、そのローブは翼のように広がっている。中のドレスはわずかに風ではためいていて、青っぽいストレートの髪に横にとがったエルフ耳、赤紫の口紅をしていた。

 

「確認は、しておきましたよ」

「おっ、ありがとねぇキャスター。(あたし)一人じゃどーも不安でさぁ」

「それはどうでも良いのですけれど」

 キャスターと呼ばれた彼女は、その後ろに三人の人間を浮かべていた。透明なタンカに乗っているように仰向けになっている三人のうち一人は桜だ。残り二人は銀髪で、両方とも女性。一人は大人でもう一人は子供、親子だろうか。

 

「さっさと終わらせてしまいましょうか、メェディウム(μεντιουμ)

「いや〜っ。それにしてもまッ———」

 ゴゥッ! と、セイバーの魔力が吹き荒れる。

 

「はぁぁぁああっ!」

 セイバーを中心に魔力の渦が発生する。空間の固定をほつれさせ、銀の具足があらわになって、蒼いドレスがはためいている。ギュッと剣を握り締めた瞬間、魔力は爆発的な威力となって、大空洞をかけぬけた。

 

「アーチャーーっ!!」

 

 遠坂の悲鳴にも似た合図を聞いたアーチャーが矢を一本放った。セイバーの魔力でほつれたとは言え空間固定は健在(けんざい)で、矢は途中の空間に固定される。

 

 ——————壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 

 魔力を自壊させることで固定空間に穴が開く。キャスターの意識がアーチャーに振られた瞬間、セイバーは力をフッっと抜いた。

「なっ——————?!」

 キャスターの視界からセイバーが消えた。まずい、目視できない攻撃を(ふせ)ぐのは下策。ならば——と、即座に転移魔術を起動、転移先を適当に設定、したところで、アーチャーの動きに気がついた。

 アーチャーが発散した魔力が渦巻き、その矢に収束している。大きな黒い洋弓に装填(そうてん)されたドリルのような刀身の剣。

 アレはまずい。撃たせてはいけない。

 即興の防御は確実に抜いてくる。なら、転移を早めるより他はない。

 キャスターの転移開始と螺旋剣の発射は同時だった。

 背中から倒れるように消える寸前、キャスターが感じたのは二つ。空間をねじ切りながら飛んでくる螺旋剣、自分の胸に当たるか当たらないかの所で急速に崩壊し始めたその魔力と、(おのれ)襟首(えりくび)を掴んだ、誰かの手の感触。

 

 キャスターに着弾すると同時に、アーチャーの矢は大爆発した。それはもう、大空洞をゆるがす程に。

 

「アーチャーー!!」

 遠坂が吠えた。

「桜を巻き込んで、とうするつもりよ!」

「その辺は私も考えている。

 魔術で運ばれていた三人には、それぞれかなり強力な防性結界に(まも)られていた。加えて、彼女たちよりも高い位置で爆破したのだから、おそらく、そう大きな傷は負うまい」

 

 それよりも、とアーチャーがこぼす。

「すまない、ココを壊せなかった」

「洞窟を破壊する気だったの? アーチャー」

「ああ、脱出経路が一本しかないというのは、この場合、こちらとしては不利だからな」

 

 したり顔でうそぶくアーチャーを、俺は睨みつける。

「アーチャーお前、セイバーが死ぬところだったじゃないか!」

「あぁ、その点は褒めてやる、小僧」

「お前ッ!」

「だが、そのお陰で、敵サーヴァントを一体(ほふ)ることに成功し———」

 

「悪いね、衛宮。その期待には、答えられないかな」

 

 爆炎がおさまった先、その効果範囲よりさらに向こう、片膝を立てて右手を地面につけている美綴がいた。左手でキャスターを抱えている。

 俺が使った令呪の一画は、完全に無駄だったということだ。

 

「こちらが一手(いって)(そん)か」

「そういうコトッ」

 

 アーチャーのつぶやきに上機嫌に返しながら立ち上がり、キャスターを(はな)した。美綴は、念入りに体の具合を確認するキャスターにどっちが早いか尋ねると、「彼よ」と返ってくる。

 

「じゃあ、計画通りに」

「ええ、(わか)りましたわメェディウム」

「うん、選手交代ね———行くよ、小次郎」

 

「了解つかまつった」

 

 岩棚の上から人影が跳んで来る。ソレは姿勢のいっさいを乱さずに、いかにも軽く降り立った。袴姿(はかますがた)に紺色の陣羽織(じんばおり)濡羽色(ぬればねいろ)の髪をポニーテールに結んだ男。こいつもサーヴァントだった。

 隣で慎二が舌打ちして、狙撃銃を背負い、(ふところ)からナイフと拳銃(トンプソン・コンテンダー)を取り出した。

 キャスターが後ろに下がり、美綴が前に出て小次郎と並び、三角形のフォーメーションとなった。キャスターの後ろには桜たちがいる。対してこちらは、セイバーとメドゥーサが前衛、俺と慎二が真ん中、遠坂とアーチャーが後衛だ。

 自分自身に念入りに強化魔術をかけながら、待つ。慎二がナイフを逆手に構え、後ろでは弓を引き(しぼ)る音がする。一触即発。視界に映る陣羽織のサーヴァントがスルッと一歩踏み出した瞬間、後方、大空洞の入り口付近で爆音が鳴った。

 

「ふむ。帰って来てみれば、またぞろ面白そうなモノを……」

 

 振り返ることはしない。多分、殺されてしまうから。だか、声色だけでも良く分かる。

 

「さぁて、私はどうすれば()い? 綾子。此奴(こやつ)らを———殺せばそれで足りるかな?」

「うん、ザックリ言えばそうなんだケド。この場合は“(うつわ)”の方が大事だからさ、悪いんだけど、キャスターと先帰ってくれない?」

「よいだろう。協力すると言ったのは(わし)だ、そのくらいはやろうともさ」

 

 まるで瞬間移動のように、キャスターの隣に現れる。赤毛に、抜群のプロポーション。体の線が綺麗に浮き出る赤紫の布の服。右手の槍は、薄く(あか)く輝いている。

 

「帰るぞ、キャスター」

「ずいぶんとお早いお帰りで。さぞや簡単だったのでしょうね」

 

 スカサハが、キャスターの腕を掴んだ。

 

「させるか!」

 アーチャーが反応する。先程と同じ螺旋剣が、もう一度放たれた。青い閃光を引きながら走る一振りの剣は、しかし、着弾する前に迎撃された。

 

「————突き穿つ死翔の槍(ゲイボルク)

 

 衝突する。青く輝く螺旋剣と、赤く輝く投擲槍(とうてきそう)

 それらは、お互いを食い破ろうと突き進み、ほんの数瞬拮抗(きっこう)し、爆発した。

 爆音と突風、衝撃波が駆け抜ける。耐えきれず、慎二と俺は吹っ飛んだ。勢いに任せてゴロゴロ転がって、受け身をとって立ち上がる。残り香のように漂う煙。その向こうに、スカサハとキャスターはいなかった。

 

「ちょっ、アーチャー! 桜を探して!」

「すまない、凛。迎撃された(すき)に逃げられてしまった。おそらくは転移魔術だろうが、()がわるいな」

 

 遠くの方で遠坂の声を聞きながら、転がっている慎二を助け起こす。セイバーとメドゥーサは小次郎と呼ばれた剣士と戦っていて、遠坂とアーチャーは距離を離して美綴と睨みあっていた。

 

「クソっ」

 慎二は立ち上がりざまに悪態(あくたい)をついた。

「どうするよ衛宮…………最悪だ」

 

 遠坂と合流した時、この状況でも遠坂は、勝つ気でいるみたいだった。

「いい三人とも、この計画は綾子が主犯みたいだから」

「起源弾さえブチ込めばそれで終わるんだ。綾子の隙くらい作っとけよ、衛宮」

「…………ああ……」

 

 打刀を投影、剣士と打ち合っているセイバーたちの後ろにつく。美綴はセイバーたちを挟んで反対側。

 

「いくわよっ!」

 

 遠坂の掛け声と共に、撃ち放たれるガンドの呪い。機関銃の如く連続掃射されるそれらは、セイバーやメドゥーサには効かない。対魔力のスキルを高ランクで保有する二騎のサーヴァントには、三小節以下の魔術はどうあがいても無効化される。が、アサシンのサーヴァントと目される(さむらい)にはそれがない。ゆえに、遠坂のガンドは、敵にだけ効果を与える呪いに()ける。

 当然、まともに当たったところで、ヤツにも大したダメージはないだろう。だが、セイバーとメドゥーサを相手取っているこの状況では、わずかな怯みも命とりだ。

 

「打ち払え、風王鉄槌(ストライク・エア)!」

 

 サムライが遠坂を斬ろうとしてガンドを(かわ)したタイミングに合わせて、セイバーが宝具、風王結界(インビジブル・エア)を開放。聖剣に(まと)わせた風をなぎ払いながら撃ち出した。

 

 走りだす。

 

 サムライが風王鉄槌(ストライク・エア)の効果範囲外に離脱。結果、美綴までの道が(ひら)いた。

 体を前に倒していく。スピードが上がる。美綴まで一直線に駆け抜ける。俺の横をガンドの嵐が追いこしていく。

 美綴は俺の間合いに入った。俺は打刀を振り上げる。右一足(ひとあし)をすり足で出しながら、唐竹割りにたたき下ろした———が、手応えはない。

 美綴は俺の正面にいる。が、剣の間合いにはいくらか遠い。薙刀の刃が、()を描きながら降ってくる。

 

 ———いい? 士郎。綾子が“動く”かどうかだけ、見ておきなさい———

 

 さっき遠坂と合流した時、言われた事があった。

「動かなかったら、余裕が持てるかもしれないから」

「なんだか判りにくい言い方だな、遠坂。もっと噛み砕いてくれないと、俺には解らないぞ」

「だから、さっき綾子が言ってたじゃない『(ゆう)する能力は、“運命の調律”』だって。

 いい、士郎。今、セイバーとライダーがサムライと戦ってるわ。でも、綾子は()()()()()()()。つまりセイバーとライダーの攻撃は綾子に届かない。なら綾子の攻撃も、こっちまで届かないのよ」

 

 ———だからね、士郎。綾子が無駄な回避動作を始めたら気を付けなさい———

 

 ()を描いて降ってくる、その薙刀の刃を、俺は……

 刀身を地面と水平にして、頭上で受ける。

 

 ———そうじゃなければ、調律を外してる(音は狂ってる)と思うわよ———

 

 刃が、止まった。

 打刀の刀身に、触れるか触れないかのところで、薙刀が止まった。

 俺は左半身のまま刀を頭上にして、美綴も左半身で、相手は薙刀を振り下ろした格好だ。

 硬直した。二人とも動かないままで、時間だけが過ぎていく。刀身どうしが触れ合っているところから、相手の、次の動作を予測し合う。この間合いだと俺が有利だが、読み損じれば即座に死ぬ。

 だが、コレで良い。

 いや、コレが良い。

 ———と、美綴の視線がそれた。

 好機だ。

 膝を抜き、腰をかがめ、重力を使って下に加速する。ちょうど尻餅をつくような感じで数センチだけ後退して手応えを消し、一歩引いた右足で地面からの反動を受ける。俺が再加速、再前進する瞬間と重なるように発砲音が耳に届いた。

 慎二の起源弾。わずかに遅れて俺の突き。

 慎二の起源弾は必殺の銃弾だ。相手の魔術回路をズタズタにして、めったやたらに繋ぎ直し、魔術を暴発させるらしい。その発動条件は、慎二が放った起源弾に、相手が魔術で干渉すること。

 ならば、“運命の調律”とやらがどんな魔術であれ、起源弾に干渉した時点で、俺たちの勝ちが確定する。

 それは一瞬だった。一瞬、美綴の動きが止まった。そして、そのタイミングで突きが入った。

 だが、すべてが終わった時、俺は、失敗した事をさとってしまった。

 

「———見事(みごと)

 

 俺の後ろで、サムライの声。

「“見る”ことで押し留める(すべ)があろうとは、()(ほど)、興味深いものよ」

 

 美綴が消えた。

 気がつくと50mほど離れていて、左手にサムライを抱えている。そのサムライは既に下半身が石になって、胸に穴が()いていた。

「すまぬな、綾子姫(あやこひめ)。どうやら、ここまでのようだ」

 美綴がサムライを横たえる。アーチャーが何発か矢を放つが、どれもが逸れて、美綴の後方に抜けていった。

 サムライが、フッと笑った。

「『ならば、逃げ道を囲めばいいだけのこと』か。確かにコレは、逃げられんな……」

 

「よっしゃッ!」

 遠坂のガッツポーズが目に浮かぶようだ。目の前で粒子となって消えていくサーヴァントを見ながら、そんな事を考えていた。

 

「あー、ちょっと気が抜け過ぎてのかな」

 

 サムライを横たえた時の姿勢のまま、美綴は薙刀を拾った。

 

「そっちのサーヴァントも一つ潰すね。じゃないと、割に合わないからさ」

 

 クルッと回して刃を下に、薙刀を地面にサクッと刺して、美綴は懐中時計を取り出した。

 

(かま)えて! なんか来るわよっ!」

 

 遠坂の合図で、俺たちはそれぞれの位置を確認する。お互いにカバーし合えるように。

 美綴は懐中時計の文字盤を見ている。カチッ、カチッ、という音がやけに耳に飛び込んできた。

 カチッ、カチッ、カチッ、カチッ、カチッ

 ドンッという発砲音と、慎二の舌打ち。二発目の起源弾だった。

 美綴はフゥーっと息を吐いた後、パチッと音を立てて、懐中時計を閉じ、胸にしまった。

 

「なんだよ、なんなんだよアヤコッ! お前今、干渉したよな? 魔術で干渉しやがったよなっ! 

 なら、なんで立ってんだよ、潰れてろよオォイ!」

「うるさいぞ、間桐。少し黙ってろよ」

 

 美綴は歩き出した。こっちに向かってゆっくりと。

 一歩、二歩……あれ? 

 美綴はメドゥーサの前にいた。左脚を前にして、半身をきって脇構え、薙刀の刃を後ろにしている。

 一閃。

 

「士郎!」

 遠坂の声が聞こえる。でも、問題はそこじゃない。メドゥーサを抱えて離脱した俺の腕のなかには、左脇腹から右肩までななめに切られたメドゥーサがいる。俺は無傷だ。

「メドゥーサっ、おい!」

「し、しろう。すみまっ———ッ」

 美綴を見た。薙刀を振りかぶった状態から、縦に一閃。俺はメドゥーサに覆いかぶさる。

 

「まっ、こんなもんか」

 

 そう言って、美綴はUターン。俺たちから離れていく。遠坂のガンド、アーチャーの矢、少し遅れてセイバーの斬撃。どれ一つとして、美綴には当たらない。アイツは避けてすらいないのに、俺たちのあらゆる攻撃が素通りしていく。

 美綴が顔だけ振り返り、俺たちを見渡した。

 

「どれだけ削れるのか、見ものだな」

 

 発砲音。慎二が(わめ)く。美綴の姿が揺らいだ。体そのものが薄れているのだ。スゥーっと、空気に溶けていくように、美綴は消えてしまった。

 

「アーチャー、綾子のヤツ、まだここにいる?」

「いや、少なくとも目視では確認できん。目標、完全にロストだ。

 サーヴァントを一騎づつ削った。形だけを見れだ痛み分けだが、内容は完敗だな」

「そうね、むこうの拠点もわからないし」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 メドゥーサに異変が現れたのは、ひと段落ついた頃だった。

 

「マスター、無事ですか?」

「ん? ああ、俺は無傷だよ、セイバー。だけど」

「ええ、ライダーは重症ですね。ですが、心臓も霊核も健在(けんざい)です。リンが遠隔(えんかく)で治癒を(ほどこ)しているようですし、戦線復帰は不可能ではないでしょう」

 

 こっちに来たセイバーと話していると、メドゥーサが少し身動きした。

 

「メドゥーサっ、おいメドゥーサ! 返事をしろッ、なぁ!」

「ちょっと、士郎。治癒かけてるんだから、あっち行ってなさい」

 ドスドスとやって来た遠坂に押しのけられるようにして、メドゥーサから引き離され———俺はメドゥーサの声を聞いた気がした。

 

「…………にげっ……て……、今すッ……ぅぁぁぁああああーー!!」

 

 遠坂とセイバーの腕をつかんで()びずさるのと同時、メドゥーサの体が、爆発した。

 蛇だ、と思った。鱗のない紫色の蛇だと。メドゥーサの体の傷から、それが大量に噴出している。メドゥーサの右肩から袈裟懸けに切り傷、左肩から逆袈裟の傷。彼女の服、黒のボディコンにX(エックス)を刻むその傷から、紫色の大量の蛇が、勢いよく吹き出している。

 湧き出る蛇は俺たちのいっさいを無視して、メドゥーサの体に纏わりついて、締め上げていく。

 胸の下あたりから出てきた蛇がシュルシュルと下半身に巻きついて、胸の谷間あたりから出てきた蛇は胸から上に絡みつく。

 メドゥーサに駆け寄ろうとした俺はセイバーと遠坂にはがいじめされ、その(あいだ)にも蛇はどんどん増えていく。辛そうな声、苦痛に歪む顔、目をおおい隠すバイザーの隙間から、メドゥーサの涙を、俺は見た。

 巻きつく蛇の数が多すぎて、もはや団子のようになった時、ソレは黒く岩のような質感に変化して、卵の殻のようになった。

 

「アッ——————ッッツ!」

 

 遠坂が悲鳴を押し殺した。遠坂の左手の令呪、ハマグリの貝殻を円形に三つ並べたような形の令呪が、焼けたように赤く光っている。遠坂は右手で左手の令呪を抑えて、俺たちに声をかけた。

 

「“霊基縛り”の封印術が作動してる。ライダーの霊基が変質したのよ! 何かくるっ!!」

 

 ゴォォォォッ! という地鳴りのような、あるいは大気の鳴動(めいどう)するような音の後、ピキピキと殻がひび割れていく。割れ目の中から(くら)い光が漏れ出てきている。黒くて(くら)い、影を作らぬ光の束が、割れ目を左右に押し開くように、中から、黒くテカる紫色の触手が現れた。遠坂の左手にある、桜の令呪が輝きを増し、岩石の卵の中にあるモノと共鳴している。大量に出てくる紫の触手は、出てきた(はし)からほつれ、(ただ)の髪の毛になってしまった。

 結局、岩石の卵の(から)が全部壊れてしまう頃には、池のような髪の毛の海となった。

 さらに、髪の毛たちは一点に収束していく。

 そうして、ひとりの女性が生まれ落ちた。

 髪の毛が常識的な量に落ち着いた頃、髪の毛の海の中にあったモノを見ることができるようになったからだ。

 メドゥーサの面影がはっきりと残るその相貌(そうぼう)。さらに肉感的になった胸。両手両足は青銅(にぶい金色)の鱗に覆われていて、指先は鉤爪(かぎづめ)になっている。

 

「よっしゃ! (おさ)え込んだっ!」

 

 遠坂が吠える。左手を握ったままつき出して、その手首を右手で掴んで、そのまま左手を天高くつき出した。

 

Anfang(セット)

 Ich(イッヒ) deklariere(ディクラーリィ) der(ディァ) Befehlszauber(ヴェフィーェル ヅァウヴァー)……“令呪に告げる ”! 

 Ein(エン) neuer(ノィヤ) Nagel(ナァグル)

 Ein(エン) neuer(ノィヤ) Gesetz(グゼッツ)

 Ein(エン) neuer(ノィヤ) Verbrechen(フェアブレッヒェン) !」

 

 キィン、という金属音とともに、遠坂の左手から赤い魔力が拡散、空間に溶けていく。

 

「ゴルゴーン、自分で自分を封印しなさいっ!」

 

 カシャン、と、ガラスの割れるような音。ゴルゴーンのいる空間が充血したように赤くひび割れた、と思ったら、すでに元に戻っていた。

 

 そして、青銅(にぶい金色)の指先がぴくりと動いた。右手の鉤爪(かぎづめ)が地面を掴み、ゆっくりと、ゴルゴーンは起き上がる。

 

「うそっ! これでも止まらないなんて」






次回、Fate/stay night[Destiny Movement ]

———第十六話、自陣探索

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。