もしも、美綴綾子の迷言が、本当に伏線だったなら。   作:夜中 雨

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《第十六話、自陣探索》

 

 

「ゴルゴーン、自分で自分を封印しなさいっ!」

 

 メドゥーサの霊基に打ち込まれていた封印術と、遠坂の令呪との重ねがけ。

 

「うそっ! これでも止まらないなんて」

 

 俺たち五人が見つめる中、体を起こしたゴルゴーンは、半分崩れた正座をしていて、右手も地面についている。髪の毛がゆらゆらと(うごめ)き、まとまって三匹の蛇となった。

 

「だが、これは好機だ、凛。見たところ、髪の毛の蛇で索敵している。ヤツ自身は盲目(もうもく)だろう。封印のおかげか、魔力もほとんど感じない。楽に、仕留められる」

 

 アーチャーは黒白の夫婦剣、干将(かんしょう)莫耶(ばくや)を投影、中段に構えた。

 

「お(あつら)()きに、オレは対魔獣宝具の投影が可能だからな」

 

 俺は緊張しようとして、失敗した。肩の力の抜けた状態で、いつもの呪文を、唱えた。

 

「——————投影(トレース)開始(オン)

「やはりか、衛宮士郎」

 

 薙刀を投影した俺は、ゆっくりと歩いて、ゴルゴーンとアーチャーとの(あいだ)に立つ。

 

「アーチャー、お前はずっとそうやって、正義の味方をやって来たのか?」

「それは、『救えぬモノを削ぎ落としてきたか?』、という意味か?」

「違う。『用済みになった人々を次々に切り捨てて来たのか?』という意味だ」

 

 俺は薙刀を円をかくように縦に一閃、後ろから迫ってきた髪の毛の蛇を弾き飛ばす。俺の動作を見たアーチャーは、ニヤリと笑った。

 

「さて、どうだったかな。生憎(あいにく)と記憶が摩耗(まもう)していてね、忘れたよ。とうの昔に」

 

 アーチャーの隣にいる遠坂は、右手の指に宝石を挟んだままだ。

 

「士郎。ここでゴルゴーンを殺せば、令呪が二画、手に入るわ。

 いい? 感情の問題じゃない、戦略の話よ。それを踏まえた上で、そっちを選択するってわけね」

「ああ、俺はやる」

「そう、じゃあ士郎。どうにかしてソレ、持って帰ってよね」

 

 慎二は鼻を鳴らした。

「どうでもいいけど、僕を巻き込むなよ衛宮」

「ありがとう、慎二。助かる」

 

 慎二はもう一度、顔を(そむ)けて、鼻を鳴らした。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 アルトリア・ペンドラゴンには、判断できなかった。

 

 音をたてて扉が閉まる。

 比較的強めの足音を立てながら、遠坂凛が廊下(フローリング)を歩くのを、後ろからついていく。

 

「慎二っ! ケガは?」

 

 居間で、座りながら、右足の手当てをしている間桐慎二に、乱入してきた遠坂凛が問いかける。慎二は、自分の右足を恐る恐るさわってから、凛の顔を見上げた。

 

「魔術刻印がここまで便利なモノだったとはねぇ。遠坂、もう繋がってる」

「準備は?」

「アタッシュケースに詰まってるよ」

「そう……」

 

 フゥ、と息を吐く凛。肩を脱力させ、腰に手を当て、顔を上げた。

 

「いくわよ、慎二。資料は全部うちにある。綾子も、これで終わりとは思えないから、次の一手(いって)の予測と対応。

 行くわよ」

 

 

 遠坂邸のリビングに、アルトリアは一歩踏み入った。壁には絵画、床は赤を基調とした絨毯で、部屋の真ん中にアンティークローテーブルが設置してある。慎二は、ローテーブルの奥側に置いているサロンソファにドカンと腰掛けた。

 

「セイバーも座っていたまえ。凛も、そろそろ上がってくる頃合いだろう」

 

 言うが早いか、アーチャーはキッチンへ行ってしまった。それを見送って、アルトリアはローテーブルの手前側、バルーンバックチェアに腰掛けた。

 少しして、ドカン! っという音がした。振り向くと、凛が、ドアを蹴り開けてリビングに入ってくるのが見えた。左(わき)に木箱を抱え、右手の上には本や資料がうず高く乗っている。

 

「ありがと、セイバー」

 

 アルトリアが凛から木箱を受け取ると、凛は右手に積み上がっている本の塔をローテーブルに置く。アルトリアが木箱を返還、凛はそれも、ローテーブルの端に置いた。

 慎二も交えて三人で、ローテーブルをいっぱいに使って、資料の仕分けをやっていると、アーチャーのため息が割って入ってきた。

 

「やはりこうなったか。ああ、分かっていたとも」

 

 トレース・オン、と呟いて、こげ茶色のコーヒーテーブルを投影、それぞれの椅子の横に設置して、その上にティーカップを置いてまわった。

 

「ありがとうございます、アーチャー」

「いや、君が気にすることではないさ、セイバー。もとより、こうなる気はしていたよ」

 

 アルトリアは、コーヒーテーブルからソーサーを取り上げる。紅茶(ブラックティー)だ。スンっと、鼻から空気を取り込んだ。

 名も知らぬ花の香りの消えた後、甘い残り香がふわっとたなびく。

 ティーカップを持ち上げる。明るい朱色(しゅいろ)が波紋を作った。唇をつけて、一口すすった。

 

「おいしいです、アーチャー。ええ、とても飲みやすい」

「ならば、入れた甲斐(かい)もあると言うものだ」

 

 アーチャーが、口の端だけで笑う。アルトリアには、とても幼い笑顔に見えた。

 

「というかコレ、ウチのじゃないでしょ」と、凛。

 猫足の付いた椅子、サロンチェアで脚を組んで、ソーサー片手にカップをもう一度傾けた。

 

「なに、商店街の銘茶本舗(めいちゃほんぽ)で見つけてね。気に入ったので仕入れてみた。

 ああ、感想は結構。先に進めてくれたまえ」

 

 アーチャーは凛から視線を切って、腕を組んで(うつむ)いている。口元はほころんでいた。

 凛は、アーチャーをチラッと見て目を逸らし、やおら背筋を伸ばし脚を正した。急に真面目な顔つきにして、話し出した。

 

「とりあえず、桜の探知は失敗したわ。手を替え品を替え、いくつか試したけど、全部ダメ。慎二、セイバー、アーチャー、なんでも良いわ。お願い、力を貸して?」

「ええ、必ず。

 ですが、手がかりとなりそうな物は提示できません。魔術師の視点で、絞り込むことは可能ですか?」

「って言うか、慎二。あなた、綾子の計画について知ってるって言ってたじゃない」

「『途中までは知っている』って言ったんだ。

 いいか遠坂。僕が知ってるのは、“桜を使ってアンリ・マユを抽出しようとしている事”と、“アンリ・マユで世界を潰そうとしている事”だけだ。他は知らない」

 慎二は両膝の上に両肘を置き、両手を組んで口元を隠していた。

 

「となると、アンリ・マユの呪いを放出・拡散させるための儀式を必要とするハズよね?」

「ああ、どんな方法で桜の中に封印したか判らないけど、“桜の中が一番安全だから”って理由なら、相当厳重に閉じ込めた筈だからね」

 

 凛が右手を軽く握って、顎に当てて考えている。

 

「対策としてパッと思いつくのは、大量の使い魔でのローラー探知かしら」

「範囲は絞れよ遠坂。広すぎる。そんな面倒なの、やってらんない」

「かと言って、大規模な儀式に耐えうる土地なんて限られてるわよ。片手の指で足りるわね」

「遠坂。それ、外したら終わるよ」

「あーー」

 

 凛は慎二の視線から、逃げるように紅茶を一口。一度口から離してもう一口。今度はググッと全部飲み干して、立ち上がった。

 

「結論出たならサッサと動く!」

 

 真っ赤なコートをガバッと羽織って、「ホラ行くわよ!」と発破をかけながら、暖色のマフラーを適当に巻いた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「……リン」

 

 夕方、遠坂邸リビング。茜色に染まる夕日のせいで採光用の白いカーテンがオレンジ色に(にじ)んでいる。

 アルトリアは後ろから、遠坂凛に声をかけた。ソファに腰掛け、両手でカップを持って紅茶を飲んでいる、遠坂凛に。

 

「うん?」と、首だけひねってこちらを向き、続きを(うなが)す凛に、ずっと疑問だった事を聴いた。

 

「リンは、マスターとは長い付き合いだと伺いましたが。どうしてこうも、()りが合わないのですか?」

 

 そう、士郎と凛は仲がいい。

 アルトリアの知る限りにおいて補足するなら、“普段は仲が良い”と言うべきか。何も無ければ、とても気の合う二人だと思う。だが、一度(ひとたび)何かあれば、(またた)()に仲(たが)いしてしまう。

 あの時、魔獣ゴルゴーンを封じ込めた時もそうだ。アーチャーがゴルゴーンを殺そうとしたのは、おそらく凛に配慮して。美綴綾子の思惑通りにこれ以上の厄介を抱え込んでいては、桜を救えないと判断したから。

 

「確かに、マスターはアーチャーに勝った。そうである以上、あの場面で正義について持ち出されては剣を収めるより他に無い。ですが———」

「セイバー」

 

 遠坂凛のエメラルドグリーンの綺麗な瞳が、夕日を受けて輝いている。アルトリアからは左半分した見えない顔は、少し、イラついているようだった。

 

「一応、誤解の無いように言っておくけど。あの戦いは、士郎が勝ったわけじゃないわ。アーチャーが納得して、ただ、引き下がっただけなんだから」

 勝手なこと言わないでくれる? と、彼女の瞳は語っていた。

 凛はアルトリアから視線を切って、目を伏せた。

 

「士郎は、壊れてるのよ。紛争地域で義勇軍その他のヤツらと一緒に戦ったこともあるんだけど、そこで馬の合わなかった奴らに“人形(プログラム)”なんてあだ名されてた。

 それは私も、(まと)()てると思ってる」

 

 凛はカップを置いて、ソファの背もたれに左肘を乗せ、アルトリアと向き合った。

 

「アイツは5歳の頃、大災害に見舞われた。それだけなら“何処にでもある悲劇”で終わるんだけど、アイツの場合は少し違ってた。アイツは、その大災害の唯一の生存者なのよ。分かる? セイバー。

 大災害の死者、のべ500人。その(すべ)てを見捨てて、たった一人だけ生き残った男の子」

 

 ———そんなモノ、イエスの十字架と同じじゃない———

 

 凛がこぼしたため息が、アルトリアにははっきり聞こえた。

 

「アイツはそれに罪悪感を感じてる。贖罪(しょくざい)意識と言い換えてもいい。そんな十字架を背負ったアイツは、“自分を捨てて、周りの人を優先させる”。そんな、男になった。

 つまり、“正義の味方”ね」

 

 凛が、立ち上がる。アルトリアに向き直った。

 

「誰かのためになりたいという想い、誰もが幸せであって欲しいという願い。そんなモノを()いたまま、アイツは今を生きている」

 

 一歩、二歩、三歩。アルトリアの前まで来た凛は、身長差から少し見下ろす感じになった。

 

「それの、なんて(みにく)いんだって話」

「……リン。貴女(あなた)はそれを、(みにく)いと感じるのですか」

 

 震える声で尋ねたそれを、凛は無視した。

 反転し、アルトリアに背を向ける。

 

「士郎となんで反りが合わないのか、って言ったわよね? そんなに難しいことじゃないわ。単に真逆(まぎゃく)なのよ、私たち」

 

 アルトリアの相槌(あいづち)も待たずに、そのまま続けた。

 

「事態への対処、その初動がいちいち正反対なのよ。ゴルゴーンの時もメドゥーサの時も綾子の時も、聖杯戦争への参加理由も。当然、それ以前からずっと、何かある(たび)にアイツは私と違う道を行く。分かる? セイバー。アイツ一度も、私の決定に“はい”って言わないのよ。“そうだな”って言ってくれた事も無いのよ。

 だから、反りが合わないなんて、当然じゃない?」

 

 凛は歩き出した。重心のブレない綺麗な歩法、まるでバレエダンサーが舞台上で舞っているかのような。宮廷貴族の歩法のようで、その実、隙のない実戦的な歩き方で。

 凛はドアを開けた。

 アルトリアから凛の表情はうかがえない。夕方というのも相まって、凛の顔は、完全に影になっていた。

 

「セイバー。士郎はね、“一度決めたことは()()()()()()”し、“自分を勘定(かんじょう)に入れていない”。一見解りにくいけど、それはアーチャーも(おな)じなのよ」

 

 半歩、右足だけをドアの外側に出して、顔だけで振り向いた、遠坂凛は、真っ赤に燃えていた。

 

「そりゃ(みにく)いわよ。アイツら、誰かを護ると決めたら守り通すだろうし、その為に自分が使えるなら生きてもいるでしょうけどね。それは別に、自分がその人と一緒にいたいからじゃないのよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。アイツら、本質的に偽善者なのよ」

 だから士郎を置いて来た、と凛は語る。今回もしかり、聖杯戦争に参加する時もしかり、と。

 

「別に、見捨てようってわけじゃないわ。でも、ちょっと疲れたから。だからね、セイバー」

 

 ———これ以上詮索(せんさく)しないで———

 

 勢いよくドアが閉る。アルトリアは立ったまま、追いかけることをしなかった。

 

「プログラム、ですか」

 

 士郎の蔑称(べっしょう)として使われていた言葉。凛の長ったらしい講釈よりも、その一言の方が印象的だった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 アルトリアが台所に立っている士郎を見ると、いつも同じイメージが頭をよぎる。

 

 ———何はともあれ(メシ)(メシ)———

 

 そんなイメージ。

 士郎は食事をとても大事にしていると思う。そういえばアーチャーも、紅茶を入れたりお茶菓子を用意したりしていたような。

 衛宮邸の居間の座卓に正座して、台所の士郎を眺めながら、アルトリア・ペンドラゴンは“衛宮士郎”について考えていた。

 

シロウ

「ん? どうしたんだ? セイバー」

「いえ、なんでもありません。それよりマスター、今はゴルゴーンについて奔走(ほんそう)しているとの事ですが、具体的には何をしているのですか?」

「うーん。『何を』と聞かれると、『何もしていない』と答えるしかない。実際、成果は何も無いからな」

 

 トントントン、と小気味いい包丁の音が聞こえてきた。さらにはグツグツ煮える音。アルトリアは、こういう音が好きだと思った。なんと言うか、落ち着くのだ。

 自分(シロウ自身)が話をぶった斬ったのを感じたからか、今度は士郎から話しかけてきた。

 

「今日は、他には誰もいないんだよな」

「ええ。リンもシンジも、今日は遠坂邸で(いただ)くと。アーチャーが護衛がてら買い出しに行っていましたから、何も心配はいらないかと」

「セイバーは、さ。こっちで良かったのか?」

「はい。シロウは私のマスターですから」

「あー、そうか。そうだったよな、忘れてた」

 

 士郎が土鍋を持ってくる、アルトリアの目の前にセットされた鍋敷きの上にそれを置く。少し小さい、一人用の土鍋だった。

 

「本日のメニューは、味噌煮込みうどんです」

 

 士郎は、土鍋の(ふた)を取り去った。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 夜、月明かりの(した)。アルトリアの姿は中庭にあった。

 士郎は自室で読書をしている。ギリシア神話関連の本も積み上げて、ノートに神々の関係図を書いたりしながら(うな)っていた。

 

 中庭から見える位置に土蔵(どぞう)がある。

 アルトリアが土蔵(どぞう)のドアを開けると視界いっぱいに張り巡らされた赤い鎖が見て取れる。(ほの)暗く、わずかに発光する赤い鎖。その鎖が縛るのは、土蔵いっぱいの巨体だ。いや、本体はさほど大きくはない。170cmほどの女体。だがその存在は、土蔵いっぱいに広がっていた。

 

「貴様か、セイバー」

 

 彼女の声は透き通り、エコーのように響いてくる。

 

「こんな場所に、なんのようだ」

「いえ、気になったものですから」

 

 アルトリアが土蔵の中に入る。するとすぐに、髪の毛が伸びてきた。シュルシュルと這いずってくる髪の毛、その先端が編み込まれていく。そうして、アルトリアの目の前で鎌首(かまくび)をもたたげた。

 

「ゴルゴーン。貴女は、自らがゴルゴーンになる前のことを覚えているのですか?」

「何っ?」

「貴女がメドゥーサという、ライダーのサーヴァントであった時のことを、まだ、覚えていますか?」

 

 数多(あまた)の鎖によって土蔵の中心、ちょうど真ん中、空中に(はりつけ)にされている彼女、ゴルゴーンがゆっくりと、その目を(ひら)く。

 その瞳は、わずかに輝きを取り戻していた。少しして、おおよそ人とは思えない四角形の瞳孔がアルトリアを確かに捉えた。

 

「既に忘れた。そんな、昔の話はな」

 

 アルトリアとゴルゴーンは瞳を合わせる。別に睨み合っているわけではない、ただ視線が交錯(こうさく)している。

 

「それで? 何を知りたい、娘。退屈しのぎだ、答えてやらんでもない」

「…………」

 

 返答につまる。アルトリアとしては、なにがしかの明確な理由があってここにきたわけではなかった。聖杯は既に分割され、敵の本拠地はつかめないまま、『おそらくはもう一度どこかで儀式をするだろう』という目算はあれど具体的な日時も場所もわからない。アルトリアには魔術師としての技量もなく手持ち無沙汰(ぶさた)。士郎は何かやっているが、いまさら後ろにくっついて回るには距離を取り過ぎた。

 そして、少しだけ士郎が気になる。原因は二人の戦い、士郎vsアーチャーの戦いだった。そこで、士郎とアーチャーが同じだと知った。

 自分と同じだと。

 

「いえ、マスターが助けてようとしている。そんな貴女(あなた)が、気になったものですから」

「この私に何用かと思えば、そんなことか。諦めろ、貴様ではどうにもならん」

 

 返答につまる、だが今回は逆だ。話の内容が繋がらない、訳の分からないことを言われて、一瞬、ゴルゴーンの言葉を飲み込むのに時間がかかった。

 

「何を———」

「“救えない”と言ったのだ。貴様ではどう足掻いても救いきる事など不可能だとな」

「何の話をしているのですか! 私はシ———」

「衛宮士郎の話だろう? あの男の知識は残っている。正義の味方になりたい、だったか。だからこそ、貴様はあの二人を意識しているのだろう? 己と重ねて」

 

 ゴルゴーンが身をよじった。赤い鎖がジャラジャラっと鳴って、彼女の肌に触れている箇所から煙がジュッと立ち昇り、素肌に、火傷の跡を残す。まるでイエス・キリストの像のようにT字に吊られているゴルゴーンは、身じろぎしたことでさらに鎖がきつくなり、本格的に鎖が全身を縛り上げた。

 

「全く、女々しい奴め。貴様がどう足掻いたところで、ブリテンの滅びは一切(いっさい)変わらん。“やり直し”とて同じ事。やり直したところで、あの剣は貴様以外を選びはしない。貴様以外を選んだところで、やはりブリテンは滅ぶだろう。

 アレは“人々に滅ぶことを望まれた国”だ」

「なんだと?」

 

 この獣は、『ブリテンは望まれて滅びた』と言ったか。

 衝動的に左手を伸ばし、胸元にある金属製の胸当てをつかもうとして———結界に弾かれた。バチッという音を立ててアルトリアの手を弾いた稲妻のような魔力光は、それなりの威力を持って、アルトリアを一歩下がらせた。

 

「フッ。小娘だったが、あの女の手腕は確かなものだな。私が外に干渉できぬという事は、其方(そちら)から此方(こちら)にも干渉できぬという事か」

 

 左手の指の先、結界に触れたところを見る。煙がたなびいてはいるが、問題ない。だが、今以上の威力でゴルゴーンを殴りつけようとしていたらどうなっていたか。アルトリアは直感した。この結界は、攻撃の威力が大きくなるほどに弾く力も大きくなるのだと。

 

「強引にいけないこともないですが」

 

 ゴルゴーンを見ると、彼女は目を閉じていた。

 アルトリアは呼び出していた不可視の剣を消し、土蔵(どぞう)から出るために扉を開けた。

 

「セイバー。ブリテンの救いを望むなら———まず、世界を滅ぼすよう聖杯に願い出るといい」

 

 アルトリアは扉を閉めた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「どうしたんだ? セイバー」

 

 翌日、朝食のあと。お皿を洗っている士郎がアルトリアに聞いた。アルトリアは机を拭き終わった布巾(ふきん)を持って士郎に返した。

 

「どう、とは?」

「なんというか、悩んでるようだったから。中庭の方もボーっと見てたし」

 

 士郎はありがとうと布巾(ふきん)を受け取り、水に潜らせて揉んでいく。その作業を後ろから見ながら、アルトリアは独白した。

 

「ちょうど、時間がポッカリと空いてしまって、それで、夢を見るのです。過去の夢、かつての自分の誤ちの夢を」

 

 士郎が布巾(ふきん)をギュッと(しぼ)る。その中からこぼれる水を、無性(むしょう)(すく)い取りたくなった。

 

「シロウは、アーチャーと相対(あいたい)した時、何を思い、あの言葉を返したのですか?」

 

 ———アーチャー。俺はすべてを、救えると思う———

 

「あー、あれか」

 

 士郎は布巾を干して、自分の頬を人差し指で軽く()いた。

 

「あれはそもそも、終わりの決まってるケンカだったからな」

 

 終わりというのは結末のこと、勝負の結果ではなく、その後に訪れるもののこと。

 

「俺が勝ってもアイツが勝っても、その先なにも変わらない。ただお互いの原点を確認し、わずかばかりの()さを晴らした。

 だから、セイバーが思ってくれているような、特別なモノはなにもないんだ。アレは、自分の手で自分の顔を殴りつけたようなものだからな。殴った手も殴られた(ほほ)も、別になにも変わらない。

 そりゃ、殴られた頬にアザくらいはできるだろうけど、それもいずれ消えていく。そういうモノだったから」

 

 士郎が笑った。そういえば、士郎は時々こんな風に笑っていると、アルトリアはふと思った。こんな風に、困ったように笑っている。

 

「セイバーは、その、ブリテンの王の選定をやり直したい、んだよな」

「ええ。私は、王になるべきではなかったのです。私ではブリテンを救えなかった。ならば聖杯によって、私よりもふさわしい人物が王になれば、あの結末も変わったのだろうか、と」

「それは、なんというか、難しいな。でも、俺にも一言言わせてもらえるなら———たぶん、セイバーは正しかったんだと思う」

「はい、私は正しかった。正しさばかりを考え、ヒトの心を理解しようとしなかったのです」

「あーいや、そうじゃなくてさ。セイバーはたぶん、正しく王様だったと思うんだよ」

 

 そう言って士郎はまた、笑った。困ったように、寂しそうに。

 

「セイバー、この聖杯戦争が終わったら。一度、ウェールズを見に行かないか? そこで聴くんだ、『アーサー王は君たちにとってどんな王さまだった?』ってさ。

 そうしたら、セイバーが気にしてることなんて全部分かるんだから、だから聖杯に願うのは、その後でもいいんじゃないか?」

 

 自身の体が、震えているのを感じた。腰のあたりからゾワゾワゾワっという感覚が背中を駆け上り、首筋が震える。

 ああ、なんで。こんなにも簡単な

 

「良いですね。行きましょうシロウ。この聖杯戦争が終わったら、一緒に」

「あー、それでさ、セイ———」

 

 右手を上げて士郎をさえぎる。

 アルトリアは静かに息を吐き出した。魔力をうっすらと全身に纏わせる。感じ取れる魔力の塊、この質は人間ではない。

 サーヴァントだ。

 

「誰かが、来たようです」

「『誰か』って、遠坂か?」

「そこまでは(わか)りませんが」

 

 言って、アルトリアは歩き出す。士郎に慌てていると思われない程度に、されど最速で。自分の杞憂(きゆう)であればいいのだが……

 衛宮邸の玄関は引き戸である。

 これはマズいとすぐに気づいた。(ひら)き戸であれば、ノブを回しつつ戸を押して、その影に隠れて両手をフリーにできるのだが。引き戸は必ず片手が塞がってしまう。戸を開けた瞬間に奇襲されれば不利になる、と。

 アルトリアは己の武装を展開した。蒼いドレスに銀色のブレストプレート、右手には風王結界(インビジブル・エア)を纏わせた聖剣エクスカリバー。左手は引き戸の取手に、そして———

 一気に扉を開け放った。

 

「はっ?」

 

 衛宮邸の玄関口で剣を構える完全武装のアルトリアは、一人完全に浮いていた。

 

「おっ、出迎えがセイバーとは」

「あまり、歓迎されてはいないようですが」

 

 ランサーとそのマスター(バゼット)がいる。

 ランサーは私服だ。黒いレザーパンツに白いTシャツ、なんか現世に溶け込んでいる。そのマスター(バゼット)は礼服だ。三ツ揃えのパンツスーツをしっかり着こなしている。

 そんな二人が凛と一緒に、門の手前で談笑していた。

 

「どういうことですか、リン」

「どうもこうもないわよセイバー。簡潔に言うと、同盟を組んだってとこかしら」

「おう、一時休戦ってコトで。しばらく頼むわ、セイバー」

 

 ランサーが笑って手を振っている。そんな風景に思わず、頭を抱えるのだった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「はっ? 聞いてないぞ」

「そりゃまぁ、今言ったからね」

「…………。アーチャーには何て言ったんだよ」

「『マスターの決定に逆らう気?』って」

「…………」

 

 アルトリアには、士郎のため息が印象的だった。

 士郎が頭を抱える。やけに様になっていた。

 

「えーっと、どういう経緯こうなったかは、聴いていいんだよな」

「ええ、それを話しにきたんですもの」

 

 座敷机(ざしきづくえ)を挟んで凛と士郎が向き合っている。アルトリアは士郎の隣、ランサーとマスターは凛の隣に。

 凛によれば、ボロボロで倒れていた二人を保護したとのこと。ランサーの真名を聞いていた凛は、師匠(スカサハ)のいる向こうに付かれたらマズいと大オファー、二人の治癒を条件に一時休戦し自陣に加えたとか。

 そして、拠点ごと壊滅したランサー陣営の居場所は、

 

「それで、完治したから顔見せにね」と、凛。

「そんな訳でよ、しばらく世話んなるわ」と、ランサー。

「よろしくお願いします」と、バゼット。

「ハァー」と、士郎。

 

 なんと言うか、このチームの上下関係がよく判ると思うアルトリアだった。






次回、Fate/stay night [Destiny Movement ]

———第十七話、士郎の見つけたもの
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