もしも、美綴綾子の迷言が、本当に伏線だったなら。   作:夜中 雨

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《第十七話、士郎が見つけたもの》

 

 

「しかし、()れば()るほど、面白い娘よなぁ」

「ん? 何が?」

「この娘だ。綾子、この娘はあまりにも(いびつ)。まさに奇跡としか言いようのない一品だ」

 

 ナイフを動かしてステーキを切りながら、ギルガメッシュが口にする。

 

「ああ、まあね。出来ることはやっておこうと思って。そうなると判っていても、そうしない理由はないでしょ」

 

 対面する綾子は巫女服のまま、石造りの豪奢な椅子に座っている。この部屋の内装は全てウルク式だった。椅子も机も祭壇も、この部屋の全てがウルク第一王朝時代の様式にのっとってデザインされているのに、綾子は巫女服、食卓の上には現代食。その二つだけが浮いていた。

 綾子は、部屋の中で浮いているモノの一つ、湯飲みを持ち上げて口に運んだ。

 

「それで? こっちは勝手に進めるけど、そっちはどうすんの?」

「フッ、俗物に染まったな綾子。この(オレ)に、そのような問答は不要であろうに」

「ま、形式美ってヤツよ。()えるもの全てスルーしたら、面白くないじゃない? 

 (あたし)みたいなのにとって、楽しむってのは割と大事な事だから」

 

 ギルガメッシュが口に運びかけていたステーキを止めた。1秒か2秒、そのまま固まったかと思えばすぐに再起動し、ステーキを皿に戻して席を立った。

 自分の飲みかけのゴブレットを持ち、赤ワインを一気飲みしてゲートオブバビロンの中に放り込んでから、一言残して立ち去った。

 

「ことの(ほか)、有意義な昼食であった」

 

 見送った綾子は、その場で湯飲みを傾けズズっと熱いお茶を飲み、石造りのテーブルに置いてから、そちらの方を見ないまま、桜に声をかける。

 

「起きてるんでしょ、桜」

「…………」

 

 返事はない。綾子から見て左手に、人を横たえる祭壇があった。直方体の祭壇、そこに桜は寝かされている。魔術的に固定されて、ずっとそのまま。

 

「どう? “悪”を(はら)んだ感触は。まあ、孕むといっても概念的な話だから、アンタの子宮は空っぽなんだけど」

 感覚的には似たようなもんでしょ。と、綾子も立ち上がった。

 

「…………」

 

 無言の桜を一瞥(いちべつ)して、部屋の入り口から出て行こうとして、初めて桜が、その喉を震わせた。

 

「美綴部長」

「うん?」

「どうして……わたしだったんですか?」

 

 部屋の入り口で綾子は止まった。そのまま入り口付近の壁に背を預けて腕を組む。

 

「そりゃ、アンタが異常だったから、かな」

わたしが……異常……

「そ、アンタは明らかに受け入れ過ぎで、我慢強過ぎる。その精神は明らかに人間離れしていたからね。

 普通なら、三日かな」

 

 三日あればどんな女でも終わってる、と綾子は言う。どんなに気の強い女でも我慢強い女でも、三日あれば狂ってる。と

 

「だからアンタは異常だった。だってもう十一年でしょ、有り得ないわよ」

 

 壁に預けていた背を離し、桜の元まで歩いて行った。

 桜の視点から見ると、自分の視界にヌッと顔が現れたように見えたろう。綾子は桜を覗いていた。

 

「だから、実験してみる事にしたわけだ。

 アンタは、“神に()()()()()者”なんじゃないかってさ」

 

 この時初めて、桜の表情に変化があった。その眉間にシワがよるのを可笑(おか)しそうに笑うと……

 

「“普通の人間が別段重きを置かぬ(モノ)、どうでもよかりそうな(コト)”。そんなのを、馬鹿正直(しょうじき)に守り続けるヤツのことよ。アンタみたいなのを一言でいい表すなら、そうね、“日常世界そのものを否定できる人”。そういうヤツを“神に()()()()()者”って言うのさ」

 

 綾子が顔を上げて、桜の視界から消えてしまった。

 

 ———正直(しょうじき)の、頭の中に神やどる。ってね———

 

 桜以外がいなくなっても、最後の言葉だけは部屋の中に響いていた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 ランサーが来てからは大変だった。部屋の振り分け、急きょ増えた昼食の準備、ランサー陣営とのコミュニケーション。中でも特に大変だったのは、暇を持て余したランサーがセイバーと一騎討ちをしようとしたこと。

 

「———よっ、とりゃっ——————ハァァァアッッ!!」

 

 俺があわてて中庭に来てみると、ランサーとセイバーが手合わせしていた。ランサーが槍をぶん回しセイバーを攻め立てる。セイバーはゆっくりと後ろに退がりながら(かわ)し、剣で弾いていた。そこに、槍の穂先(ほさき)が縦に落ちてくる。セイバーが左に躱す。ランサーが槍を引こうとして、それをセイバーが剣で(おさ)える。

 

 “橋掛(はしがか)り”。『剣と槍とで戦えば槍が圧倒的に有利だ』と言われる白兵戦の世界において、最もポピュラーな“対長柄武器(ながえぶき)用攻略戦法”。長柄武器を剣で抑え、そのまま柄に沿()わせるように手元を刈り上げる技の事。

 ランサーが引いた槍のスピードとセイバーの前に出るスピードが完全に一致した。衛宮士郎はその瞬間をたまたま目にして、世界が、切り取られたように錯覚した。

 セイバーとランサーとでは、ランサーの方が断然速い。でもこの瞬間、この一瞬だけは、両者の速度が完全に一致していた。なんのことはない。ただそれだけなんだが、一瞬、見入ってしまった。

 

「はっ!」

「———んっ!」

 

 間合いに入ったセイバーが、槍の()から剣身を離して切りかかる。その軌道状に石突きが割り込んでくる。ランサーが槍を立ててカードしていた。

 セイバーの剣が振り下ろされる。それは真っ直ぐ立てられた槍に当たる。と、思った瞬間。彼女はランサーの右隣にしゃがみ込んでいた。剣を右肩でかつぐような形でしゃがむセイバーに反応して、ランサーが突きを放った———時にはもう、そこにいなかった。

 

「———ッ!」

 

 ランサーが突きを放つのど同時、彼の右斜め後ろ、少し上空から、セイバーの剣が袈裟懸(けさがけ)けに———。

 

「ほぅ、流石(さすが)はセイバー。そうこなくっちゃな」

「それはこちらも同じです、ランサー。噂に(たが)わぬ俊足(しゅんそく)ですね」

「おうよ! こちとら速さ(それ)だけが取り柄なもんでな」

「ご謙遜(けんそん)を。貴方(あなた)の槍の、並々ならぬセンスと執念、感服した」

 

 言い合う二人は、いまだ構えを解いていない。剣を構え、槍を構えたままで。称賛しているのか、隙を探しているのか、腹の内をさぐっているのか。

 その時、俺の耳が足音を捉えた。後ろからここに向かってくる足音を。

 

「ランサーっ! こんなところで何をしているんですか!?」

 

 バゼット・フラガ・マクレミッツ、ランサーのマスター。遠坂の差配でここに住うことになった彼女が、キッチリとスーツに身を包んで現れた。

 

「ランサー、わかっているのですかっ。我々は居候(いそうろう)なんですよ!」

「そりゃまぁ、一応同盟だしな」

「だったら!」

 

 バゼットさんが掴みかかる。ランサーの両肩をガッチリ掴み、前後にゆすろうとしたのだろう。バゼットの両腕が動いているが、ランサーが全然動かないので逆にバゼットがガクガク揺れている。

 

「どうしてっ! そう何時間もたたないうちにこうも騒ぎを起こせるのっ」

 

 ランサーが左手で首の後ろを()いている。コレはアレだ、『面倒になったなー』なんて思ってる顔だ。

 コッチにも少し時間があることだし、俺は暇つぶしも兼ねて提案してみることにした。

 

 

「いや美味(うめ)えな、オイ!」

 ランサーが(どんぶり)片手に吠える。

 

「士郎君、私たちまでご馳走になってしまって……」

 バゼットさんは小さくなってしまっている。

 セイバーを盗みみると、こちらも美味しそうに食べてくれるもんだから、仕込んだかいがあるというものだ。

 

「シロウ、この時期にイクラを食べることが出来るとは、思ってもみませんでした」

「毎年大量に仕込んで冷凍してあるんだ。年中イクラが食べたいって言われて、試行錯誤した結果だな」

 なんにせよ良かったよ、と締めくくる。こういう風に急遽(きゅうきょ)人数が増えた時のために、いくつかこういったモノを冷凍していたりするワケだが、やはり何時(いつ)も味が劣化していないかドキドキしながら出すことになる。

 

「しっかし、ボウズの剣はおもしれーな。前やった時も驚いたが、今回もそうだ。スピードもパワーも劣ってやがるのに、なんで()められるのかがわからねぇ」

 

 急遽(きゅうきょ)用意したイクラ丼がきれいサッパリ無くなったころ、湯飲みを持ったランサーが切り出した。その言葉に反応したセイバーが正座をしたまま、少しだけ、胸を張っていた。

 

「ええ、明らかに劣る筋力と魔力。さらに、シロウの投影する剣では、我らサーヴァントを強引にねじ伏せることも出来ない。にもかかわらず、シロウの剣は我らに届く。ただ、“達者である”というだけで」

「“(うま)さ”、ただ(うま)いだけでサーヴァントの“速さ”と張り合うこともできるたぁ、新発見だぜ。

 なぁボウズ、ありゃどういう原理だ? 魔力も使わないただの剣術が“固有時制御”の領域に届きかけているってだけで大事件なんだが」

 と、ランサーは俺の肩を叩く。

 ヒリヒリする肩をさすりながら、俺は唸った。

 

「なんて言えば良いのかよく分らないから、俺の言葉で悪いんだけど」

 と、前置きを入れた上で、顎に手を当て、次の言葉を探していた。

 

「結局は“間合い”なんだよな。“間合い”さえちゃんと把握(はあく)しておけば、相手が二倍速・三倍速でも、十分に対応可能なんだ」

「とは言ってもよ。(いく)らか距離が伸びたところで、さほど変わるモンじゃねえだろ。サーヴァントと人間じゃ、元の速さが違いすぎる」

「違うぞ、ランサー」

「何がだよ。違わねえだろ、俺たちゃマスターから魔力貰ってんだ。この体も魔力で出来てる。比較にはならねえよ」

「ああ、いや。ソコじゃなくて」

 

 両手を顔の前で振りながら、ランサーの(げん)を訂正する。

 

「剣道用語に“一足一刀(いっそくいっとう)の間合い”なんてのがあるから勘違いされやすいんだが、“()”ってヤツは本来語源として、時間感覚を表す言葉なんだよ。

 “間に合う”、“間があく”、“間を外す”。

 “間髪(かんぱつ)入れず”、“間一髪(かんいっぱつ)”、“鬼の居ぬ間に洗濯だ”」

 

 ほらな。と、周りを見る。三人とも、バゼットさんも頷いてくれた。

 

「だから、“間合い”って言葉も、本来は時間感覚を表すモノだ。聖杯からの知識にあるなら……野球を想像してくれないか? プロ野球の場合、ピッチャーの投げる球は時速150キロ(くらい)出ることもあるよな? けど、人間はそれほどのスピードでは走れない」

 

 人間の走るスピードよりも、野球ボールのスピードの方が圧倒的に速い。じゃあ、バッターはボールを打てないか、というとそうではない。それは、バッターが自分の正面にボールが来てからバットを振り始める訳じゃないからだ。振り始めるのはもっと前。振り始めた瞬間ではまだ、ボールはバットの当たる距離には無い。

 圧倒的に遅い“人間”が振るうバットがボールに当たるのは、タイミングが合うからだ。空振った時、バッターにボールが当たらないのは、バッターボックスの位置がボールの弾道からズレているから。

 

「俺がやっているのは、原理的にはコレと同じなんだ。セイバーやランサーの攻撃軌道から一歩ズレる。セイバーやランサーが俺の剣に当たる距離に入る一瞬に重なるように、その瞬間、そこに刀を置いているんだ。

 ほら、美綴と一緒にいたサムライのサーヴァントもやってたろ? 日本武術的には基礎挙動(きょどう)だからな」

 だから、固有時制御うんぬんは違うと思うんだけど。と、付け加える。

 

「簡単に言っていますが、シロウ。それは、私たちの攻撃を全て見切っていなければ到底不可能な技術ではないですか。

 我々、サーヴァントの攻撃の(すべ)てを」

 

 セイバーは俺の湯飲みにお茶を足しながら首を(かし)げた。

 

「シロウはどうやって、我々サーヴァントの攻撃を見切ったのです?」

 

 それはかつて遠坂と、仲違いした議題(ぎだい)だった。

 

「未来を、感じるときがあるんだ」

「それは直感のようなものなのですか?」

「直感かどうか判らない。俺は、直感を感じる時の感覚が判らないからなんとも言えない。

 でも、俺の感覚的には、“未来が見える”とか“未来を予測した”とかじゃない。なんて言うか、“未来にフライングした”感じなんだよ」

 

 ランサーが顎に手を当てた。うーん、と悩んで口を開いた、

 

「“フライング”とはまた、分かりにくいな。どんな感じだ?」

「“自分の過去の体を動かしている感じ”、あるいは“自分だけ先に未来の出来事を体感している感じ”

 感覚的にはどっちも同じなんだが」

 

 例えば、さっきランサーと模擬戦をやった時、俺はランサーが槍を突き出すのを確認してから身を(かわ)した。ランサーの攻撃を確認してから動くって事は、俺の皮膚に突き刺さる直前に理解が追いつくって事だ。そして、()()()()()()()()()()()。それはどう考えても(かわ)しきれるタイミングじゃない。でも、模擬戦ではそれで躱した。

 

「肉体の動きには(ほころ)びがある。動作から動作につなげる時、新しく動作を始める時、肉体の動きは一瞬(ほころ)び、一瞬止まる。それは、どれだけ速く動けたって変わらない。どれだけ“正確”で“細やか”に動けるかって話なんだよ」

 

 動きを“正確”で“細やか”にしないといけないのは、何も武術だけじゃない。音楽だってその代表だ。例えばピアノひとつとっても、ただ一音、ひとつの鍵盤を押し下げるだけでも、プロと素人は全然違う。それは当然、指先の動きが違うからだが……つまり、指先が鍵盤に触れてから下まで押しきるまでの間の、指先の動く1センチばかりの距離を()()()()()()()()が、プロと素人との境目だ。

 強く始めて弱く終わる、弱く始めて途中を強くし最後は弱い。

 そう言うことを鍵盤を押し下げる1センチの間にやれてしまう。

 ピアノを聞く人にとってはひとつの音にしか聞こえないが、指先が割れている音だと、そのひとつの音が素人には無い深みを持って聞こえてくる。

 ピアニストの場合もドラマーの場合も、ギタリストの場合だって、問題になってくるのは、どこまで体を細かく割れているのかなのだ。人間は自分の体を使って時間をカウントする(わけ)だから、体を細かく割って使う事は、時間を割って使う事に帰結(きけつ)する。

 

 俺は右手を前に、スーッと伸ばした。

 

「“その1秒を切り(きざ)む”んだ。“自分の身体(からだ)を切り(きざ)む”んだ。

 “体の割り”をどんどん細かくしていくと、身体(しんたい)時計(どけい)における時間感覚が(みつ)になってくれる。周囲の時間の流れがゆっくりに感じられる。(おのれ)の目の前にいる相手の動きが緩慢(かんまん)に見えてくる。

 そういう術理が確かに存在する。だから、最終的には、スポーツでも音楽でも武術でも、身体(からだ)をいかに細かく(きざ)むかが重要になってくる。

 相手よりも自分の方が動きを細かく(きざ)んでいれば、相手に感知されないままに、駆け抜けることが出来るんだ」

 

 この場にいる三人が三人ともが、眉間にしわを寄せている。セイバーがひとつ(うなず)いて、口を開いた。

 

「先ほどシロウと模擬戦をした時もそうですが、美綴綾子との戦闘でもサムライのサーヴァントとの戦闘でも、威力も魔力も速度も、(すべ)て私の方が上回っていた。なのに、攻めきれなかった。それがコレなのですね。

 彼らは、私には感知できない時間の隙間(すきま)を移動していた」

「ああ、日本武術では強くなる事を目的としてないんだ。あらゆる流派において奥義のされるワザには、必ずコレが関わってる。

 “速い”じゃなくて“早い”。相手がカチッ、カチッというペースで時間を(きざ)んでいる時に、俺はカチカチッ、カチカチッってペースで(きざ)む。つまり、タイミングが違うんだ。拍子(ひょうし)が細かく、速く(きざ)まれる。

 そうすると、相手は(ひと)コマか(ふた)コマ、遅れてしまう。

 そして、相手の動きはゆっくりに見える」

 

 ズズッと、セイバーの入れてくれたお茶をすする。言い訳をするように、俺は笑った。

 

「昔、誰かに言われたんだよ。『そうやって時間(からだ)(きざ)んでいくと、時間的にフライングができる』って」

 

 ———真っ直ぐ突っ込んでくると、分かっているのに(かわ)せない。攻撃を当てたと、確信したのに避けられる。衛宮(えみやー)、アンタがそう感じてるって事は、(あたし)はアンタより、未来にいるって事なんだぜ———

 

「そいつは……状況的には、多分美綴なんだけどな」

 

 ———アンタが見ている(あたし)は、(あたし)からすれば残像のようなモノ、過去に残った虚影に過ぎない。

 ほら、あるじゃん。時代劇とかでさ、何十人とかの敵に囲まれて、バッサバッサ倒していくヤツ。最近じゃあ、主人公は切り傷とかいっぱいあって、息も上がってる方がリアルだろう、とか言われてるけど。

 アレはさ、実際は全然違うんだよ。ただの虐殺なんだよ、アレ。一方的な殺戮(さつりく)だった。

 だって、“時間的にフライング”してるんだぜ。時代劇の主人公は何秒か先の未来にいるんだ。時間感覚が遅れてるヤツらじゃ勝てるわけ無いじゃん。

 相手(主人公)は常に、何秒か先の場所にいるから、斬りかかっても当たらない。

 時代劇の主人公にすれば、こんなの、()え物切りと変わらない。首を差し出してくるヤツを、順番に斬り殺すだけの簡単な作業に他ならない———

 

「俺たちが倒そうとしてる美綴綾子という存在は、俺よりもずっと未来にいる。だからせめて、“未来に存在する敵を攻撃する方法”を、見つけないといけないんだ」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「んで、コレがゴルゴーンか」

 

 その後、ランサーを土蔵(どぞう)に案内した。眠るゴルゴーンを目の前にして、俺たち四人が隣りあって並んでいる。

 

「今は寝てる。夜になって封印が弱まると起きてくるんだ」

「セイバーのマスター、刻限は今日の(よる)でよろしいですか?」

 

 バゼットさんはゴルゴーンを封印している術式に興味があるみたいだった。

 

「ああ、遠坂が言うには、封印式と令呪の重ねがけでも一日しか持たないらしい。封印時(ふういんじ)に一画、昨日の夜に補強で一画。今夜十二時をもって、三画目の令呪で自害させる、と」

「ならよ、三画目の令呪も補強に使えば、明日の夜まで伸ばせんじゃねーの?」

「『それだと士郎が妨害して戦闘になるじゃない!』って。だから俺では邪魔できない令呪による自害を使うみたいだ」

「あー……」

 

 ランサーが遠くを見ている。つまり、おもいっきり目を逸らした。

 

「我々は同盟関係です。私たちも手伝いましょう」

 

 バゼットさんが振り向いて、俺の目を見て一歩近づく。彼女の差し出した手を、俺は取った。

 

「ありがとう、バゼットさん。よろしく頼む」

 

 

 実のところ、メドゥーサを助ける計画は第一段階で止まっている。

 メドゥーサが怪物になるきっかけを作った太古の女神、ギリシア以前の大地母神。それを見つける事すらできていない。アーチャーはギリシア神話の中に痕跡があると言っていたが、何度読み返してもわからなかった。

 

「なるほど」

 

 ところ変わって俺の部屋。小さなちゃぶ台を囲んで四人、俺の説明を受けていた。

 ちゃぶ台の上には、俺の作成した神々の関係図を広げている。

 そして、ランサーが吠えた。

 

「何のメドもついてねーじゃねーかッ!」

「だから焦ってるんだ。焦れば余計に頭が回らなくなるから逆効果だし」

「じゃあ何で呑気に昼メシなんか食ってたんだよ」

「なんだよ。食事の時間は大切なんだぞ」

「あー、そういう事じゃねーんだが……まあいいや。そら、ギリシア神話()を貸せボウズ、俺も読んでやる」

 

 ランサーがちゃぶ台の上の“ギリシア神話”を取り上げる。あぐらのまま、(ひざ)(ひじ)をついて読み始めた。

 そんなランサーを横目に見ながら、バゼットさんが切り出した。

 

「私もギリシア神話は(たしな)んでいます。ですが、そんな痕跡(こんせき)見当たりませんでしたが」

「だから困ってるんだ。俺たちでは当たり前になり過ぎて、見落としてるものがあるかもと思って、何度も読み返してはいるんだが」

「ほかの方法は検討しましたか? 魔術的に元に戻す方法などは?」

「それは遠坂が諦めた。なら、魔術にうとい俺がそう短時間で思いつけないと思う」

「そう、ですか」

 

 バゼットさんは黙りこみ、ちゃぶ台の上の関係図を眺める。

 するとセイバーが隣に寄ってきて、小さな声で耳打ちされた。

 

「シロウ、どうしてアーチャーの言う通りに、ギリシア神話から探そうとするのです?」

「あー、それはだな。他の本、この前メドゥーサと本屋に行った時に買った本は現代人が書いた本だからな。どうしても証拠に欠ける、最終的には神話から見つけないといけないんだ。だから、アーチャーの言うようにギリシア神話の中にあれば、一気に前に進めるんだ」

 

 あまり、納得はしてないみたいだった。

 セイバーと肩を寄せ合い、ランサーが手に取らなかった方、“恋愛物語としてのギリシア神話”を読んでいると、ランサーが不意に声を上げた。

 

「しっかし、ギリシア神話なのに“メドゥーサ”ってのは違和感あるな」

「何がおかしいんだよ、普通だろ。まっとうな英霊じゃないか」

「何言ってやがる。“メドゥーサ”ってのは、サンスクリット語で“女性の知恵”を表す名だろうが。ギリシア神話の中にサンスクリット語語が出てくるもんでな、疑問に思っただけだ」

 

 …………。なんだって? 

 

 ちゃぶ台をドンっと叩いて立ち上がり、ランサーに向かって声を上げた。

 

「ランサー! それはどういう———」

「聖杯の知識だ。現代のインドにおける二十二の指定言語の一つだからな、オレにも知識が回ってきたみたいだ。

 にしても、この神話の中の神霊は驚くほど死なねえな」

 

 俺は、ちゃぶ台の向こうで顔を上げたランサーを見た。彼の顔は差し込む夕日によって(かげ)り、影になっていた。

 

「そうなんだよ、ほとんど死なない。神霊に分類されてた存在がギリシア神話内で死んだのはメドゥーサくらいなんじゃないか?」

「は? なに言ってやがる、メドゥーサが登場するずっと前に死んだヤツがいるじゃねえか。いつ生まれたかもわからねえくせに、真っ先に殺される神様がよ」

 

 気がつけば、俺はランサーの隣にいた。なかば押しのけるようにして、その手に持っているギリシア神話の一ページ、ランサーの指差すその文字を見た。

 

 俺は———

 

「———やっと見つけた」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 夜、土蔵(どぞう)の前。柔らかい月明かりが照らす中庭の端っこ。

 セイバーと二人で、ここにいる。

 

 土蔵の扉に手をかけて、顔だけ(かたむ)けてセイバーを見た。セイバーは俺の顔を見返して、(まばた)きをひとつ。

 そして、俺は土蔵(どぞう)()を開けた。

 

「それで、私を殺す算段はついたか? 士郎」

 

 凛と響く声がする。数多からまる赤い鎖のその奥に、(はりつけ)られていても、彼女の声は透き通っていて、とても美しいと、衛宮士郎はもう一度、確認した。

 

「やっぱり、やっぱりお前は綺麗だよ、ゴルゴーン。

 お前自身は卑下(ひげ)するけれど、俺にはやっぱり綺麗に見える」

「何が言いたい」

 

 その言葉に(こた)えるように、セイバーと二人、土蔵の中に歩いていった。

 

「ずっと、気になっていた事があった。“どうしてゴルゴーン三姉妹の中で、お前だけ成長する事ができたのか”、それから“どうしてお前は、アテナに呪われなければならなかったのか”

 それが、ずっと疑問だった」

「考えた事もない。あったとしてもとうに忘れた。そんな事より、もう時間がない。あの小娘は優秀な魔術師だが、令呪こみでもコレが限界だ。むしろ称賛すべきだぞ、士郎。人の身でこの化生(けしょう)を、二日も封じ込めたのだからな」

 

 ゴルゴーンの顔を見上げる。彼女の瞳を見返して、俺はきっと笑っていた。

 

「関係ないわけじゃないんだ。ゴルゴーン、これはとても重要で、そして、俺たちは勘違いしてたんだから」

「勘違いも何もない。“私を殺さなければ貴様らが死ぬ”というだけだ。死にたくなければ私を殺せ」

 

 そうだ。そうだろうとも。だが、だからこそ俺はここにいる。

 思わず伸ばした右手の指が、対ゴルゴーン用の結界に弾かれる。バチっていう音を上げたその指を見てから、俺はゆっくり、彼女に告げた。

 

「俺には、お前が女神に見える」

 

 ゴルゴーンの目をもう一度見ながら、俺ははっきりと言葉にしたんだ。

「この問題は、結局それだけの話なんだ」と。「俺たちはずっと、お前を怪物だと勘違いしていた」と。

 もし、もしも、今言った事が正しいとするなら、ひとつの疑問が生まれてくる。もしも“メドゥーサやゴルゴーンは怪物”だというのが間違いで、本当は女神だというのならば、どうだろう。『昔はアナトリアの女神だったかもしれないが、ギリシア神話でメドゥーサは怪物になった』というのが俺たちの勘違いで、ただの思い込みだというのなら、どうだろう。どうして(みな)、今の彼女を怪物だと認識しているのだろうか、という疑問が、湧いてこないだろうか。

 

「それは、ギリシア神話において、お前が怪物として描かれているからだ」

 

 “認識の改変”というのは、とても強力な呪いである。特に、その人の性格や過去の出来事を、事実をまじえて()(よう)に改変された場合は、解呪(かいじゅ)の難易度が極端に跳ね上がり、本人が何を言おうとも、その全てを曲解されてしまうだろう。そして、この“認識改変の呪い”とてもいうべきものには、それを効率的に拡散させ()る最高の概念礼装が存在する。

 

 物語だ。

 

 そう、物語というのは、人々が最も受け入れやすい情報拡散ツールなのだ。そして何より重要なのが、“人は毎日、物語に出会う”ということ。

 人間という生き物の現実認識は、その全てが物語として把握(はあく)されている。人間の記憶は、物語の形で保存される。

 そして、人間の知る出来事の多くは自分自身で経験したものではない。隣町で起きた事件のニュースも百年前の科学者の功績(こうせき)も友人が書いた同人誌も全て、言語を使って出来事どうしを連鎖させ、()()()()()()()報告したものであり、それが本当にあった事なのかどうかを知ることは、完全にはできないのだ。

 物語から外れてしまった出来事はどうやっても知ることはできないし、物語から外れてしまった情報は想起することすらできなくなる。

 ギリシア神話においてメドゥーサが怪物として描かれた以上、“怪物としてのメドゥーサ(ゴルゴーン)”しか知ることはできないし、たとえ彼女の名前がメドゥーサではなかったとしても、物語において“そう”としか記されていない以上、“メドゥーサ”と“怪物としてのメドゥーサ(ゴルゴーン)”以外の名を、俺たちが記憶に留めて続けておくこともまた、できないのだから。

 

 (ゆえ)にもし、物語によって真名(しんめい)の認識改変をされたなら、その物語が聖書と並ぶほどの古典中の古典であったなら、世界の思想・文芸・芸術に多大(ただい)な影響を(およ)ぼしている書物(しょもつ)であったなら、そんな物語によって真名(しんめい)を書き換えられた女神は、怪物として描かれた女神は、いったい、どうなるのだろう。どうなってしまうのだろうか。

 “アテナの呪い”とは、つまりそういうモノなのだった。

 でも、

 

「やっと見つけた」

 

 今度こそ俺は手を伸ばす。遠坂の結界に弾かれないようにゆっくりと、だが確実に。

 右手の指先が結界に触れる。バチっという音と共に放電のような魔力光が走る。

 いける、衝撃は許容範囲内だ。

 さらに指先の速度を落として、ゆっくりとゆっくりと、ゴルゴーンに向かって進ませる。指先はまるで電気を(まと)っているような感じになり、魔力光は断続的に輝き続ける。

 バチバチッという音と光にさえぎられながら、その向こうにゴルゴーンを見ながら、もう一度手を伸ばしながら、声を放った。

 

「お前の名はゴルゴーンなんかじゃない。メドゥーサですらなかったんだ」

 

 そうしてやっと、俺の手は今度こそ、彼女に触れた。

 

 

「—————お前は、メーティスだ」






次回、Fate/stay night [Destiny Movement ]

———第十八話、運命の夜
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