もしも、美綴綾子の迷言が、本当に伏線だったなら。   作:夜中 雨

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《第一話、聖杯戦争》

 

 

「———聖杯戦争?」

 

 なんだそれは。

 反射的に右隣を見やると、赤色の長いストレートを風に揺らしながら、彼女はチラリと、一瞬だけ俺を見た。

 

「聞いておらぬのか? あの二人が、以前から何かと準備をしていたというのに」

 

 俺、衛宮士郎が聖杯戦争のことを知ったのは、遠坂たちと別れてからさらに半日が経過した時のことだった。

 あの後、気がついたら朝だった。

 どうやら眠らされていたらしく、起こされてはじめて諸々(もろもろ)の事情に気が付いたのだ。

 

「なんにしても助かったよ。

 ありがとう須賀(すが)さん。なんとか、冬木には行けそうだ」

「そうか。だがひとつ訂正しておくとな、私の苗字はスカだ。スガではない」

「あぁ、そうだった……悪い。須賀(すか)さん」

 

 俺は横目で彼女を(うかが)う。

 赤毛をロングまで伸ばした彼女は、白いネックセーターの上から黒に近い臙脂(えんじ)色のジャケット、ボトムは茶色のワイドパンツ。

 胸元にはブランクルーンを(かたど)った木製のペンダント。

 そんな感じの格好で、運転席に座っている。

 なんというかさ、昼間とかに喫茶店のテラス席で脚でも組んでそうな感じの、カッコいい(ひと)なんだ。

 

 今、俺がいるのは赤いオープンカーの中、その助手席。

 運転席に座ってる赤毛の女性、須賀(すか)さんは、この車のことを“ロードスター”って呼んでいるから、そういう車種なんだと思ってる。

 今、赤いロードスターは高速道路を南下中(なんかちゅう)で、一路(いちろ)、九州地方へと向かっているというわけだ。

 

「それで、何の話だったんだ?」

「“聖杯戦争”の話だ、(たわ)け。ソレが、もうじき冬木で開催されると、そういう話だ」

 

 須賀(すか)さんは長い赤毛を風で踊らせながら、俺の方を(よこ)目見(めみ)た。その口元は、少し弧を描いていた。

 空は快晴。

 彼女はハンドルを撫でながら、楽しそうにフフッと笑った。

 

 須賀(すか)さんという人は、俺たちのアドバイザーにして協力者にして戦闘の師匠のような人だ。特にその戦闘技能には目を見張るものがあって、“武芸百般”というのだろうか、素手から暗器、銃撃戦まで何でもござれの達人で、おまけに歌と踊りも上手いという()(てつ)もない人なのだ。

 彼女と初めて会った時に名刺を渡されたのだが、そこに“お振り仮名”がなかったものだから、俺は彼女を「スガさん」と呼んでしまった。

 その結果、拳骨の一発と訂正の言葉が飛んできたのだが、今の今まで直せないまま、気を抜くと直ぐに濁点を付けて呼んでしまう。

 

 本人曰く、“スカ”という読みは“スガ”という読みよりも古いとかなんとかで、「スカの方が歴史があるのだ」「私のことはスカと呼ぶように」とのことだった。

 いや、他人(ひと)の名前の読みを間違えるというのは、それだけでめちゃくちゃ悪いことだが。

 

「まずそれがわからないんだ。なんなんだよ、“聖杯戦争”って」

「殺し合い、と聞いている。二人ひと組になって、七グループで殺し合いをするそうだ」

「それって、どういう経緯で勃発したんだ?」

「さて……な。冬木の伝統だと、私は聞いたが」

 

 伝統、つまりは昔からやってるということか。殺し合いと形容出来てしまえるものが、少なくとも、俺の生まれるずっと前から。

 

 俺の夢は“正義の味方”、だったりする。他人が苦しんでることに耐えられない性格(たち)だった。

 そんな訳だから、高校生になってからこっち、飢饉(ききん)が発生したり紛争が勃発したりした地域に行って、ボランティアでいろいろと駆け回ったりしているのだ。

 

「まぁ、お(ぬし)の投影魔術でカバー出来る範囲は広い。()()()()()()、遅れをとる事もあるまいて」

「? って事はつまり、俺は“合格”ってことで良いのか?」

「ああ、後は最後の試験を()って、私の修行は修了だ。良く、付いて来たな、士郎」

 

 須賀(すか)さんはもう一度、唇の端を吊り上げると、真顔になって車を止めた。

 

「———ふむ、渋滞か。すまぬな、士郎。これでは夜になりそうだ」

「いや、渋滞なら仕方ない。それを言うなら俺だって、起こしてもらえなかったら、今頃はまだ空港の中だったと思う」

 

 そう、空港だ。

 腕組みをして唸ってみる。どうして遠坂と桜の二人は、俺を眠らせる必要があったのか。

 今までだって、散々三人で戦場に行ってきた筈なのに。

 

「遠坂と桜。最近、何か変わったことはなかったか?」

 

 これは一度、聴いておかなきゃいけないことだ。

 

「さてな。イラクで最後にあった時は、そういった素振(そぶ)りはなかった(はず)だが」

 

 手掛かり、なし。

 彼女は気にするな、と言った。お前たちに乗り越えられない試練ではないから、と。

 

 車が、動き出す。

 

「とりあえず冬木市までは届けてやる。そこからはお前がやれよ、士郎」

 

 髪を()えさせる白のネックセーターは、彼女によく似合っていたと、俺は思った。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「さて、冬木に戻ってきたはいいんだが」

 

 時刻はすでに夜になった。

 

 俺は、乱立するビルの屋上から、眼下に広がる街を見下ろしている。

 なんでそんな事をしているのかと言うと、それは今、俺の目に映っているモノが原因だった。

 そう俺は————剣戟(けんげき)を、目撃していた。

 “新都(しんと)”と呼ばれる、“急速に近代化が進んだ街”の外れ、取り残されるように存在する外人墓地の真ん中で、四つの人影が錯綜(さくそう)していた。

 

「遠坂のやつ、どうしてこんな」

 

 そのうちの一人が遠坂で、どうやら赤い外套の男と共闘しているように見える。

 

「これが、“聖杯戦争”というやつか」

 

 俺の立っているココから遠坂のいる外人墓地まではかなりの距離がある。それこそ、300メートルではきかないだろう。

 でも、これ以上近づくとマズい。感知される恐れも出てくる。

 300メートルも離れた人間を感知するなんて、それはもう並の人間ではない。

 注意が、必要だった。

 

 遠坂たちの敵となるのは“青い男”とパンツスーツの……多分女。身体(からだ)の軸の使い方、骨盤の操作が女性のそれだ。

 

 男女四人は急速にくっついたり離れたり、槍を振り回したり魔術をやったり、戦闘形態としては魔術師どうしのバトルのそれだが、圧倒的に規模が違う。

 

 普通なら、一瞬で100mを詰めたりしない。

 

 赤い外套を着た白髪の男、遠坂の相方と思われるそいつは遠距離主体なのだろうか。遠坂と入れ替わるようにして後ろに下がると、いつのまにか弓を持ち、いつのまにか矢を放つ。

 

 全部で七つ、その全てが必中であるとすぐにわかった。それ程に、綺麗な(しゃ)だった。

 

 避ける事は不可能だ。“すでに中っている七本の矢”には、それを躱す(すべ)がない。

 一見、対処できそうにも見えるだろう、拘束されてる訳でもなし。撃ち落とすなり避けるなり、出来る筈だと思うだろう。でも……

 

 これは、いつか覚えのある感覚だ。

 完全に呼吸を盗まれた一撃、感覚としては将棋で“詰み”になった時のソレに近い。そう、相手が()()()()を指した瞬間、己に対処の術なしを悟る。

 何も出来ない訳じゃないんだ。避けようとするなり迎え撃つなり……でも、その全ては間に合わない。ほんの一手、時間が足りない、()()()()()()()()()()。それが、呼吸を読まれるという事だから。

 

 矢は、パンツスーツの女性に向かって飛んでいく。それは、彼女が“居ついた瞬間”だった。

 ショートカットのその女性は、一瞬その矢を(かわ)そうとして、体が動かないことに気が付いた。

 

 筋肉で骨を動かすために、筋肉は収縮(しゅうしゅく)する必要がある。つまり、『次の瞬間に動かせる筋肉は、前の瞬間に緩んでいる筋肉だけ』である訳だ。だからアーチャーは、『矢を(かわ)すためには、“今縮んでいる筋肉”を使わなければいけないような位置』に矢を打ち込んだのだ。

 ゆえに、彼女は(かわ)せない。

 (かわ)そうとして硬直してしまったがために、打ち落とすことも出来なくなった。

 ならばこそ、その(のち)も、彼女が生きていく(ため)に必要なものは、ただ一つ。

 

 ————剣戟(けんげき)を、目撃した。

 青い男の赤い槍。

 どんな服なのかわからないが、全身()(さお)の男の手にある、魔力を(たた)える赤い槍。

 男は槍をぶん回し、その槍が、ひとつではない()(えが)く。

 一瞬の(のち)、全ての矢は落とされていた。

 

 ……。ひと息ついた、感じだろうか。ちょうど双方が、距離を取ったカタチになった。

 何かをしゃべっているらしい、口の動きが目に映る。

 だが俺に読唇術(どくしんじゅつ)(こころ)()は無い、話の内容は分からなかった。

 その時だ。男の(にぎ)る槍の殺気に、大気が震えたのは。

 

「——————————ッツ!」

 

 ドンっと、300メートル離れたここにも、魔力風が吹き荒れた。気迫が突き抜けていった。

 その気迫に目を見張る。

 有り得ない。

 俺も戦場にいたからわかる。コレは、殺気なんで生易しいものじゃない。

 殺気というものはもっと微妙で、相手が攻撃する瞬間、その一瞬に流れるものだ。

 そういうモノ、であるはずだった。

 心臓が萎縮する。

 ……ダメだ、力を入れると身体が居つく。だからダメだ。

 脊椎に凍った鉄を突き刺すような、感覚。

 .コレで良い。恐怖した時の身体操作だ

 、いつもやってきた事だ。

 脊椎に魔力を通して、そこに恐怖を溶かし込む。こうすれば、恐怖の中でも身体は動く。

 よし、動く。

 ここまでのは初めてだ。だからほんの一瞬、身体操作に時間をとられた。

 

 その一瞬で、世界が全く変わっていた。

 例えば、大気の中にも魔力はある。

 例えば、大地の中にも魔力はある。

 そしてそこにある魔力というのは、人間の中にある魔力よりもずっと、おおらかで溶溶(ようよう)たるものだ。

 当然、人がコントロールし得るものではない。

 それを、

 それを、赤の魔槍が根こそぎ喰らった。

 それを、呑み干してしまっていた。

 俺は刀剣には一家言(いっかげん)あって、戦場に身を置く者の癖か、無意識のうちに解析魔術を使うことが多いようで、あの槍も既に解析している。

 だからわかる。

 アレはマズイ。

 アレは、発動させてはならないものだ。

 そうなれば、必ず誰かが死ぬ事になる。

 

 槍の(まと)は赤い男か遠坂か。どちらにせよ、青い槍兵は手練れの男で、攻撃のタイミングも、対象すらも俺には読めない。

 ……だからだろうか、俺は

 いつの間にか手にある和弓に、矢を(つが)える。

 

 遠坂が()られる、そう思ったんだ。

 それだけの存在だった、それだけの戦いだった、それだけの魔力だった、だから俺は。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 走れ! 

 

 ——走れ!! 

 

 ————ただ走れ!!! 

 

 俺は路地裏を駆け抜ける。

 強化した脚で踏みしめる。

 人気のない小坂(こさか)をくだり、道なりに疾走する。

 振り返ってはいけない。

 体幹(たいかん)(ひね)るな、(じく)がぶれればそこで死ぬぞ! 

 感覚を研ぎ澄ませ。目は、障害物を避ける為だけに使えばいい。

 他の全てで殺意を感じろ。殺意は今、どこにむいている? 

 殺気の流れを感じとれ。その流れから身を外せ。

 

 相手を感じて、左脚を一歩ぶん、右へとズラす。

 俺の左手側、50センチほどの位置に、赤色の突きが抜けていった。

 

 遠坂は“狙撃手なんて知らない”って態度をとったと思う。こと戦場でのアイツの思考回路はよく知っている。たぶん、「白けたし、ここでお開きね」とか「再戦したいならいつでもどうぞ」とか、そんな感じだと思う。

 だから後は、俺が追っ手を巻いて、遠坂たちと合流するだけでいい。もっとも————

 

 

「オラァ——————ッ!!」

 

 撒ける気なんて、全くしないが…………。

 

 目指しているのは冬木中央公園だ。なんでも、10年前に大災害があって、一面焼け野原になって、それで縁起が悪いってんで自然公園とあいなった。

 あそこまで行けば、(ある)いは生き延びられるかもしれない。

 勿論、なんの手立てもない訳じゃない。禁じ手だと言われたが、それを使おうと思っている。

 これからやるのは一回限りの大博打、“禁じ手を俺に教えてくれた奴”すらも、どうなるかは分からないと言っていた。

 それを、使う。

 ……全く、自分の無才が嫌になる。

 後ろの奴は明らかに人間じゃない。とはいえ、俺はその“人間じゃない奴等”にも、太刀打ち出来なければいけないハズなんだ。

 正義の味方になりたいならば……

 それがこの(てい)たらくだ、本当に嫌になる。

 実際、後ろの奴らと真正面から闘えば、俺に勝ち目などない。

 かろうじて俺が生きているのはただ単に、逃げるルートを吟味していた事、スーツ女が槍使いほど速くはない事、それに加えて追っ手の二人が一般人に被害が及ぶことを嫌っているだろう事、コレら3つが偶々(たまたま)重なってるからだ。

 重なってなお、俺が生きているのが奇跡に思える。

 

 俺の戦闘スタイルは隙を(さら)す事から始まる。だいたいは頭か左腕が多いが、そうやって隙を晒してやると敵はそこ以外を狙えなくなってくる。

 どうあっても、隙のある場所を意識してしまうからだ。

 隙を晒す利点はもう一つあって、“隙を晒す場所”が致命的であればあるほど“それ以外の場所”は頑強なガードを作れる。

 “(かま)え”ってヤツはそういうものだ。どんな構えでも隙はある。むしろ隙があるから構えと言える。そういう点では、“隙のない構え”というのは“全身隙だらけ”と同じ事、()()()()()()の中にあってなお、相手の攻撃に対処できる身体を作れば、()れが“無構え”と言うヤツだ。と、いつか誰かに教わった。

 

 だからという訳でもないが、俺のスタイルは隙ばかりだ。隙を晒して攻撃を誘導し、それをかわす。

 

「どうするよ、バゼット。あのボウズやりやがるぜ。周りを気にしながら戦うのは面倒だ」

「そうですね。では、私も出ます。あの男の力量も、おおよそ見当が着きましたし」

 

 声が聞こえた。

 マズい。

 今までのは様子見だったのか。いや、どちらにせよ態勢を立て直されるとマズい、今ある“流れ”が切れたら終わりだ。

 上手くいかない時は何をやっても上手くいかない。逆に、上手くいく時は何をやってもだいたい上手くいく。そういう“流れ”ってヤツは戦場ではとても大事だ。

 

「それじゃあ、まあ……次でキめるか……」

 

 まさに今、“流れ”が途切れた。

 断ち切られた。

 だからマズい、次の攻撃はかわせない。

 そう、直感させられた。

 

 裏路地を走っている己の速度を維持したままで、右脚(みぎあし)を、振り上げる。その右脚の勢いを使って、自らの速度ベクトルを上方に修正する。

 ちょっとした身体技法だ、右脚を振り上げる事で左脚は自然に伸びて、家を二軒、跳び越えた。

 ……そして俺は終わりを悟った。

 既に均衡は崩れている。

 既に“流れ”は断ち切られた。

 そして、二人の攻撃を感知。

 幸い、ジャンプが間に合ったおかげで、攻撃のタイミングだけは制限できた。

 武術を学んである一定以上の力量を獲得すると、跳躍中の戦士への攻撃は非常に分が悪い事に気づく。“居着かない”という状態にあるとわかる。

 “居着かない”とは“居着く”の対義語で、“居着く”とは文字通り身体が地面にくっついてどうにも動かせない瞬間や状態を指す。

 ここで肝になるのは()()()()()()()()、というところ。そう、地面と身体とを切り離してしまえば“居着かない”状態を体現出来る。

 地面に居るヤツからすれば、空中にいる敵は基本的に狙えない、狙いが定まらないのだ。

 とはいえ、それは絶対ではない。絶対ではないが、かなりのリスクを背負うんだ。

 だからまず狙わない。

 じゃあ敵はどうにも狙えないのかといえば、そうではない。着地の瞬間を狙えるのだ。

 着地の瞬間は“居着かない”から“居着く”へとチェンジするから、だけでなく、その瞬間自分の脚は普段の何倍もの重さに耐えなければならないからだ。

 大きく居着く。

 とても、とても大きな隙となる。

 だからこそ、奴らは必ずそこを突きに来るはずだ。

 それに、()()()

 

「——————同調(トレース)開始(オン)

 

 撃鉄を上げ、引き金を引く。

 自らの魔力を、背骨を起点に起爆する。

 背骨を伝って上下に魔力を奔流(ほんりゅう)させる。

 そして意識が、自らの内に沈み込む。

 “投影魔術”、そう呼ばれる魔術技法が俺の賭けの正体だ。

 “投影(とうえい)”の名の通り、その魔術はプロジェクターのようなモノ。頭の中にあるイメージを現実世界に(うつ)し出すのだ。空想に魔力でカタチを与え、現実世界をほんの(わず)かに侵蝕(しんしょく)し、その存在を確立させる。

 ————そうして、俺の手に一振りの打刀(うちがたな)が像を結んだ。

 漆黒(しっこく)(さや)を左手で(つか)み、俺の右手は(つか)へとそえる。

 

「なにっ—————ッ!」

 

 声を拾った、気配の乱れも感知した。

 それは本当にほんの僅か、一瞬にも満たない刹那の停滞。その瞬間、彼らは直感に従って、“攻撃してイケるか否か”を判断したのだ。

 その、刹那の時間があればいい。

 居合術には時間の長短など関係ないのだ。

 “速い”も“遅い”もどうでもいい。

 時間がある、ただそれだけで、居合は既に完了している。刹那の()の内に終わるのだから。

 

「ッ——はっ!」

 

 吐息に乗せた、含み声をひとつだけ。

 時計回りに振り返りざま、左下から右上に逆袈裟に斬り上げる太刀筋で。

 俺の右から突いてきた槍と交差するように刃が走る。刃先では槍に絶対触れてはいけない、刃先で触れると刃(こぼれ)れするから、赤い槍と(しのぎ)を削る。

 

 刹那の()が終わる頃には、(しのぎ)は槍に触れていた。

 力はいらない、力で弾くわけじゃない。技を使ってあくまで軽く、(しのぎ)が槍に触れた瞬間、(しのぎ)でもって逸らした槍は、左側、スーツの女に流れていた。

 敵二人の目の色が変わる。

 俺は、脇目も振らず逃げ出した。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ハァ、ハァ…………ハァ—————っ」

 

 息を整える。

 魔力の流れを調整する。

 鞘はなくした。帯もベルトも巻いてないコート姿で“鞘引き”をかけたものだから、すっぽ抜けてしまったらしい。

 振り返れば敵がいる。

 敵の気配が感じられる。

 でも、やっと辿りついたのだった。

 

「随分と物騒な場所じゃねーか、おい」

「怨念の溜まり場、それも固有結界になりそうな程に凝縮されたもの、ですか」

 

 冬木中央公園。

 下草の生えた広い土地、外周には木々があり、それ以外はところどころのベンチだけ、そんな公園。

 ここは人が寄り付かない場所、だから来た。

 振り返る。

 俺の前には二人組み。

 一人は男、一人は女。

 男の方は青い髪に赤い瞳、さらには青い服を着ている。と言ったら語弊があるか。男の着ているのは、服というよりもボディーペイントに近い、青いウェットスーツのようなモノだ。得物は、赤く染まった槍ひとつ。まったく時代錯誤な男だ。

 女の方は黒のパンツスーツ、髪は赤紫のショートといったところ。両手に付けた黒いグローブから魔力を感じるから、あれが得物で間違いないか。

 さて、ようやく目的地にたどり着いた訳ではあるが、

 

「追いかけっこはこれで(しま)いだぜ、ボウズ」

 

 個人的には、ここからが本番だったりする。

 

 “禁じ手”。

 俺に許された唯一の勝機、可能性。

 とはいえ大規模な術式じゃない、すべて俺の中だけで完結する。

 魔術には“降霊術”という分野がある。

 神様とか精霊とか死者の霊とか、そういった現実世界では形にならないモノ、現実には干渉できないモノを“物の中”に呼び込むことで現実との接点をつくり、いろいろやる。

 そういうものだ。

 “召喚術”ともちょっと似ている。

 其は、魔力で(かたど)った器の中に呼び込むもの。精霊に、魔力で形を与えるもの。

 どちらにせよ“呼び込む対象”と接続出来なければ意味がなく、そこが一番難しい。

 だが今回だけは、それを気にせず行える。

 だからこその“禁じ手”だ。

 どうやら、俺の中には“何か”が埋まってるらしい。

 それが何かはわからない。でも、どうやら凄いモノらしい。

 “禁じ手”とは、それを己に降霊すること。

 まったく博打もいいとこだ。

 今までやったことがない。成功する保証などない。成功しても、何がどうなるかさっぱりだ。

 それでも、やらなければ死ぬだけだから。

 衛宮士郎よ、覚悟を決めろ。

 己の命を捨てる覚悟を。

 

 手に持つ刀を上段まで振り上げて、ゆっくりと中段の構えまで下ろす。

 先ずは時間を確保しないと、降霊なんて出来やしない。

 向こうも準備は万端みたいだ。青い男は槍を構えて、スーツの女はコブシを構える。

 

「——————同調(トレース)開始(オン)

 

 三人同時に踏み出した。

 

 禁じ手はまず、俺に埋まっているモノをそっくりそのまま投影することから始める。

 それから、投影したそれを解析して“使用者がその武器を使った時の技”を読み解いて、それを(ゆかり)にして持ち主を降霊させる。

 “憑依経験の降霊”と呼んでいるモノ。絶対絶命のピンチには、“俺の中にある物”を使ってそれをやりなさいと、聞いたことがあったんだ。

 

 手順は、言葉に直して三段ある。

 俺が一手を挟む時間を最低3回作らなきゃいけない。

 目の前の二人を相手に。

 

「シッ、ハァ———————ァア!!」

 

 槍による横薙ぎが来る。

 

「————フッ!」

 

 グローブに包まれた拳が迫る。

 

 こっちの武器は刀が一振り、対して向こうは槍一本に拳が二つ。

 力は敵が数段上、速さは槍兵がもっと上。

 打ち合えば刀が砕ける、弾いたりすれば連撃が来る。

 衛宮士郎に残された、活路はたったひとつ。

 

 腰を落として頭を下げる。

 足元のお金を拾うみたいに上半身を折りたたみ、それと同時に一歩右へ。

 横薙ぎの槍の一閃と、途中から、それが変化した突きをかわした。

 (もも)を引き上げる勢いを使って、地面に伏せる。

 四つん這いから転がって逃げる。

 これで、スーツ女の拳をかわした。

 これでやっと———

 

「そらボウズ! 今度はこっちが———ッ!」

 

 ———壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 

 四つん這いになった時に手を離した刀を分解、そのエネルギーを爆発に使う。

 原理的には原爆に近い……あれだ、相対論ってやつ。重さ=エネルギーってやつ。“重さ”を分解してエネルギーに出来るんだが、魔力でも似たようなことになる。

 流石に、放射線は出ないけど。

 

 刀が、爆発した。

 その爆風で距離をとる。

 感覚が飛んだ。

 五感すべてが一瞬消えた。

 思考にノイズが一瞬入った。

 爆風が収まりしだい顔を上げ、周りを見る。

 スーツ女を横抱きにした青い男を正面に見つけた。距離にして50mくらいだろうか。

 敵は、無傷か。

 こっちは、満身創痍だってのに。

 

「———————同調(トレース)開始(オン)

 

 今のうちに禁じ手の触媒を造ってしまおう。それが刀剣だったらいいんだけど? 

 

「あれっ? ……………………ガッ—————ッッツツ!!!!」

 

 身体が、縦にズレた。

 視界が、縦に真っ二つ。

 右と左がバラバラになった。

 魔力が、暴れる。

 

 痛い、とっても痛い。

 でも、痛みだけならまだマシだった。

 痛みだけなら、恐怖と同じやり方で克服できる。

 でも、あの方法は魔力を使う。

 そして、その魔力が制御できない。

 暴走、している。

 心臓に剣が刺さったみたいだ。

 

 見えない。

 上と下とがわからない。

 地面の感覚がなくなった。

 

「……………………………………ぅ、…………ァ……」

 

 耳が捉えた音も、判然としない。

 

「………………っ……ぉぅ、………………ッ…………………………」

 

 頬を撫でる()()()()が、少し冷たい……

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