もしも、美綴綾子の迷言が、本当に伏線だったなら。   作:夜中 雨

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 思うところがあって題名を変更しました。
 内容は前と同じです。




《第二十話、衛宮 士郎》

 

 

『私は、王になるべきではなかったのです。私ではブリテンを救えなかった。ならば聖杯によって、私よりもふさわしい人物が王になれば……』

 

 セイバーは一昨日(おととい)、キッチンの(そば)でそう言った。アルトリア・ペンドラゴンは、ブリテンの王に相応しくなかったのだ、と。

 だか、ブリテン王国が一度滅ぼされる運命にあったというのなら、話は全く変わってくる。

 “Fate/stay night”という儀式の被害を最小限に抑えることができたのか、その後のウェールズの発展に十分なものを残すことができたのか。

 それはきっと、未来の政治家が決めること。未来の国民が決めることだ。だってまだ、ブリテンは続いているのだから。“ブリテンという名前の国”はなくなっても、かつてブリテンの国民だった人たちの子孫が、まだこの世界に生き続けているのだ。なら、セイバーに必要なのは“それ”だけだ。自分がどういう王として噂されていたのか、かつての自分はどういう王として(うつ)っていたのか。

 

 だから、

 

 だからきっとセイバーは、何も、間違ってはいなかったのだ、と。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「では。シロウ、メーティス、しばらく留守にします」

「ああ、遠坂たちによろしくな」

 

 遠坂・慎二チームとの連絡係をかって出たアルトリアは、この日、衛宮邸を後にした。

 メーティスのこと、未遠(みおん)(がわ)のことを伝え、この先に(そな)えるために。(たな)ぼた的な展開で明らかになった戦力と情報、これらを遠坂たちと共有するために。

 

「行ってきます、シロウ」

 

 アルトリア・ペンドラゴンは走り出す。この事件の、収束の気配を感じながら。この聖杯戦争の結末も、美綴陣営との決着も、聖杯そのものがどうなっているのかすら分からないまま、収束していく気配を感じて。

 

 “衛宮士郎という人間はどういう人か”というのが、ここに来て少し分からなくなった、とアルトリアは思う。

 士郎とアーチャーが鍔競(つばぜり)り合う姿を見て、二人の姿を己に重ねた。けれど、こうして士郎とよく接するようになってみて、いくつか気づいたことがある。

 

「シロウは、サクラのことをどう思っているのですか?」

 

 アルトリアはその夜、士郎の部屋に訪れていた。本当は凛との連絡係を名乗り出ようと思ったのだが、その前に、気になったことを士郎に聴いた。士郎はなぜか、それに(こころよ)く答えてくれた。

 

「憧れた人、かな」

 

 そう言って士郎はまた、いつものように笑うのだ。お互いに向かい合って座っているこの状況で、アルトリアが見逃すなんてあり得なかった。

 

「俺が憧れている人間は、三人いるんだ」と、士郎が言った。

 

「一人目は、俺の親父(おやじ)になってくれた人。衛宮切嗣。

 二人目は、眩しいくらい鮮烈に生きる人。遠坂凛。

 そして、三人目が桜なんだ」

 

 アルトリアは、正座しながら聞いている自分の体を緊張させた。

 多分、ここがそうだと直感した。士郎がこれから話すこと、それこそが、士郎にとっての一番奥。士郎の、いちばん柔らかい場所。

 

「桜はさ、俺にとって、唯一安心できる人だった。

 取り(つくろ)わなくても良かったから」

 

 ほら、人と人とのコミュニケーションってのは、共感で成り立ってるところが大きいだろ? と、士郎はちょっと首をかしげた。

 

「俺はさ、誰かと共感しあえたことが無かったんだ。俺が感じた事をそのまま話すと、周りの人達は口をそろえて言うんだよな、『そう感じるのはおかしい』と。

 遠坂なんかは特にそうだった。『私は厳しく行くわよ』って言って、俺が暴走しそうになった時とか、普通とは違う価値観を元に動いた時なんかに、よく(たしな)めてくれた」

 

 それはとてもありがたい事だと、士郎は言う。遠坂が俺なんかの為に時間と熱意を使ってくれるのは、この上なくありがたい事だ、と。

 

「シロウ」

 

 アルトリアは、

 

「シロウは、どうしてそう、自分を卑下(ひげ)するのですか?」

 

 アルトリアは、士郎の手を握っていた。

 士郎は握りられていない方の手で首筋を触る。困ったように笑っている。

 

「自分を卑下(ひげ)してるつもりは、ないんだけどな……

 俺は自分の事を、“幸福な人間”だと思ってる。世界で一番、とまではいなくても、それなり以上には幸福だと」

 

 士郎はアルトリアの手を握りかえし、目と目を合わせた。

 

「人生っていうのは、お金のようなものだと思う。降って湧いた、あぶく銭のようなもの。

『これは俺のお金なんだから』と、自分のために使う人。『元々は自分のものじゃなかったから』と、誰かのために使う人。

 俺はどっちでもいいと思う。ただ俺は、それを自分のために使ってるんだ」

「ん? シロウは『正義の味方になりたい』と言っているのですから、“誰かのために使う”のではないのですか?」

 

 アルトリアの質問から少しだけ()があった。その(あいだ)士郎は、黒目を斜め上に向けていた。

 

「たとえば、誰かを助けるとするだろ。そうすれば、その人は(あん)()したり嬉しそうにしたりする。それを見てると俺も嬉しい。だから、やっぱり俺のためだ」

「しかしシロウは、報酬を求めないではないですか」

「そりゃあ、貰うものは全部最初に貰ってるんだ。今更(いまさら)、俺はいらない」

「シロウは、報酬として何を?」

「俺は、今ここに生きてるだろ? だから、報酬はとっくに貰ってるんだよ、セイバー」

 

 ———燃え盛る炎と、一面の焼け野原———

 

「確かに、あの場所“は”地獄だった。だけど、それだけでもなかったんだよ」

 

 燃え盛る炎の中、士郎が一人で歩いていると、さまざまな人を見た。(すべ)ての人が、死を間近に感じていた。

 その場の空気に当てられて泣きじゃくる赤ん坊を、ゆっくりと、座り込みながらあやすお母さん。

 道端で死んでいる大人たち。

 衛宮士郎の原初の記憶。

 そこでは、誰もが“今”を必死に生きていた。自分も、隣の誰かも、もうすぐ死ぬのは分かってるのに。死の瞬間が一分後か十分後か、それだけの違いでしかないのに、『それでも生きたい』と、全身で叫んでいたんだ、と。

 

「その光景が、とても綺麗だと思った。あの場所が綺麗だと思ったんだじゃない。あの場所でも、あんな場所でも輝いている人の心が、とても、綺麗だと思ったんだ。

 ———その果てに、切嗣がいた」

 

 繋がっている手と手を通して、士郎の心が染み渡ってくるようだった。

 交錯する目線と目線、重ね合った二人の(てのひら)、そして士郎の発する気配の全部。そういったものに、アルトリアは浸っていた。

 

「俺が『正義の味方になりたい』と言い続けているのは、あの光景があるからなんだ。

 世の中には、(しいた)げられている人がいたり、どうしようも無くなってしまった人がいたりする。でもあの日、俺が見た光景が本当なら、そんな人たちも、誰にも負けないくらい綺麗だと思うんだよ」

 

 ——— 果たして、私は誰を救いたくて、その戦場に(おもむ)いたのか。

 この手で切り落とし、この手で殺した人をこそ、救いたかった筈なのにな———

 

 こと、ここに(いた)って、アルトリアは初めて、自身の間違いに気がついた。士郎がいつも口にする、アーチャーがかつて口にした、『正義の味方』という言葉、この言葉の意味するものが、“衛宮士郎”とそれ以外とでは、天と地ほどに(へだ)たっていたのだという事に。

 

「では、シロウは……シロウの言う“正義の味方”とは……もしかして」

「“正義”、ではなく“正義の味方”。

 俺はあくまで、『味方をしたい』んだ。“頑張っている人たち”の味方を。

 結局、アイツですら、ただの一度も『正義をなしたい』だなんて事は、言わなかったんだよな」

「シロウは、いつだって“救いたい誰か”のために、戦場に(おもむ)いていたのですね」

 

 心持ち、手を握る力を強くする。そうすると、士郎が笑った。心からの笑みではなかったけれど……

 

「だから、そんな俺だからこそ、間桐桜に憧れた。

 俺は、誰かを恨んだことがない。ブチ切れたこともない。俺のそういうところが特に、『(いびつ)だ』と言われる。

 それはきっと、(ほか)の人とは世界の分け方が違うからだと思うんだ。だから、誰にも理解されない」

 

 当然だろう。とアルトリアは思う。

 “士郎が味方をしたい人たち”はきっと、士郎以外には見えないのだ。“士郎が味方をしたい人たち”は、加害者と被害者のことなのだから。

 士郎はきっと、加害者も被害者も助けたいのだ。だけど、加害者には加害者の味方がいて、被害者には被害者の味方がいる。そういった、加害者や被害者の味方たちはお互いに、反目しあっているのだから、混じり合うことはない。

 

 お互いに、敵陣営が幸福になることを許さない。

 

 ——— これが私からの教訓だ、衛宮士郎。衛宮士郎という人間は、大切な人を救おうとすればする程に、周囲に災厄を撒き散らす———

 

 だからこそ、加害者と被害者とを救おうとすれば、加害者や被害者の味方たちが、勝手に戦火を大きくしていく。

 

 ——— それからは、数を基準に人を救うようになった。己の心が信用できないと悟ったからだ———

 

「桜は、俺と似た感性を持っている。我慢するのが得意なところとか。『傷付けるくらいなら、自分はいない方が良い』って思うところとか。

 俺も、自分がいなくなる方が状況が良くなるなら、真っ先に自分を捨て駒に出来るし……

 でも、桜は、どこまで行っても普通の女の子なんだよ。

 下心や打算、好奇心の方が信用できるところとか、無償の愛ってヤツを『理解できなくて怖い』って思えるところとか、さ」

 

 いやだ。と、アルトリアは思った。

 士郎の、今の笑みを見るのが嫌だと。

 やっと、今しかた、士郎の笑顔が僅かに変化してきたところだったのに。

 

 困ったように、士郎が笑う。

 仕方ないな、と士郎が笑う。

 諦めたように、士郎が笑う。

 

「俺には、そんな事思えないから。俺は、そういった場所を、全部素通りしているから。

 ———そんな俺が、空っぽに見えるらしい」

 

 人間が覚悟を決める時、そこには、不安や痛みが必ず(ともな)う。そういったものと戦いながら、人は覚悟を決めるものだ。

 

「俺は、最近までそれがわからなかった。俺にとって覚悟ってのは、一番最初に決めるものだったからな。

 何かを始める時、何かが変わった時、未来の状況を予測して、最初に自分の行動を(さだ)めておくこと。考え()る最悪の状況を仮定して、『たとえそうなったとしても、俺はこれをやり続ける』と決めておけば、いざと言う時に迷わなくてすむ。即座に動くことが可能になる」

 

 アルトリアの左手が、士郎の手を握っていない方の手が、暖かく感じられた。手の(しょっ)(かん)を確かめてみると、士郎の太腿があることがわかった。

 二人は、ずいぶん近づいていた。

 

「いざと言う時、俺は迷わず行動に移す。移せることを知っている。その瞬間、たとえ苦しかったとしても、刃を振り抜く自分自身を、ありありと想像できるから。その為にこそ、俺は覚悟を口にする。

 だからかな……俺の覚悟は、軽く見えるみたいなんだよ」

 

『そんな簡単にやるって言えるわけないだろう』、『どうせ出来もしない事を(のたま)いやがって』。

 士郎の覚悟のほどを知らない人たちからすると、適当な事を言っているようにしか聞こえない。耳触(みみざわ)りの良い言葉を並べているようにしか見えてこない。

 実際に、士郎が行動に移す時、どれほどのモノを飲み込んだのか、想像できる人はそういない。

 

 人は、常に自分を基準にして考える生き物だ。だから、“もしも、自分がその状況になった時、そんな風に出来るか”と考えた時、自分なら絶対にできないと思ってしまったら、『そんな事出来るヤツなんかこの世に存在しない』という結論まで、ノンストップで進んでしまう。

 もし、そんな事が出来るヤツがいたのなら、そんなヤツは普通じゃない、どっかしらが狂っている。

 今まで生きてきた人生の中で、そんなヤツいなかったもの、そんなヤツは何かが壊れてるか、あるいは、気づかないだけで、壊れる寸前なんじゃないかな? 

 

 衛宮士郎という男は、感情と行動とを切り離す事が出来るらしい事を、アルトリアは知っていた。

 覚悟を行動に移す事が(つら)くないわけがないのだ。ただ、それはあの日の、“燃え盛る地獄”の中を我慢して生きることよりも、マシだっただけ。

 士郎にとっての原初の記憶は、“一面の焼け野原”だ。ならば、士郎にとっての“辛い”の基準もまた、“一面の焼け野原”になるのだろう。

 “一面の焼け野原”の中を歩いている時の感覚、それよりもマシなら、士郎はそれを飲み込んでしまえる。飲み込めることを知っている。

 だから士郎は、先に覚悟を決めることが出来る。決めた覚悟を行動に移せると、確信できてしまえるのだから。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 遠坂邸についたアルトリアは、呼び鈴を鳴らし、アーチャーに出迎えられて中に入った。部屋の中では、凛と慎二が猫足のついたアンティークチェアに腰掛けながら、ローテーブルに資料を広げて会議をしていた。

 アルトリアは、座っている凛と慎二に、ここ三日足らずの間に起きた出来事を語った。メーティスのことと、未遠(みえん)(がわ)のことだ。

 

「ふーん、成る程ね。良く分かったわ、セイバー。ありがとね」

「いえ、こちらこそ、連絡が遅くなってしまって」

 

 話し終わると、凛はなんとも奇妙な表情になった。笑みがこぼれそうな、泣き出しそうな、そして怒気が混ざったような、そんな表情に。

 

「あーあ、あんなに歩き(まわ)ったのにな」

 

 凛は両手で自分の頬を叩いた。

 バシッといい音がなり、ゆっくりと目を(ひら)いた凛は、とても、凛々しい顔になっていた。

 

「なんにせよ、そういう事なら動くっきゃないわね。

 戻るわよ、みんな。どうやら、聴かなきゃいけない事も増えたみたいだし、作戦会議といこうじゃないの!」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「皆さま、初めまして。リビアとアナトリアとの大地母神、“知恵”のメーティスです。

 現界(げんかい)したクラスはライダー、ステータスは人間並み、ですが、宝具を三つ持っております」

 

 衛宮邸に帰ってすぐ、士郎が入れたお茶が行き渡ったところで、メーティスが自己紹介した。

 居間の真ん中に陣取っている座敷机を八人で囲んで、メーティスのことを周知する。

 

「じゃあまずは、あなたの宝具を教えてちょうだい。

 これから反撃をかますんですもの、ちゃんと知っておきたいわ」

 

 遠坂凛は、膝の上に乗せていた真っ赤なコートを、背中に回して後ろに置いた。

 対面にいるメーティスは、心持ち真面目な顔をした。

 

「一つ目の宝具は“ゴルゴーンの仮面盾(ゴルゴニス・アイギス)”といいます。能力は、仮面の視線に(さら)された相手の、攻撃意志を縛るものです。

 二つ目は、“エポナ”という雌馬(めすうま)です。(わたくし)はライダーですから」

 

 メーティスは二度、三度、深呼吸をした。それから、もう一度口を(ひら)いた。

 

「そして最後が、“夜に留まされし運命の神(Fate / stay night)”。これに関しては形のある宝具ではありません。夜である事を条件に発動できる、“対神(たいしん)宝具(ほうぐ)”です」

「……、効果は?」

「ギリシアの女神たちに分散した“かつての権能”を、一時(いっとき)(あいだ)だけ、奪回(だっかい)するというもの。一度だけ女神として立つことが出来る宝具、というものです」

 

 凛が動かなくなった。目を伏せるようにして、(もの)()げに固まっている。

 誰も、慎二ですら動かないまま(いく)ばくかの時間が過ぎてから再起動をはたした凛は、ようやく、緊張を(ほど)いたように見えたのだった。

 

「それじゃあ、メシにしよう」

 すかさず、士郎の声が割って入った。空気が弛緩(しかん)した瞬間を使って一同の視線を集めた士郎は、彼にとって最も重要なことを質問した。

 

「みんな、何か食べたいもの、あるか?」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「マヌケか貴様は。イカの特性を考えろ、味の具合を(かんが)みろ。料理の仕上がりを想像し、食べた瞬間をイメージしろ」

「わかってるよ、アーチャー。だから今———」

「手が止まってるぞ馬鹿(ばか)(もの)。そちらの湯にはニガリを入れておけ。アナゴの半分は皮のヌメリを完全に落とす」

 

 こうして、士郎とアーチャーとが、共に台所に立つ姿を自分が見るのは初めてかもしれない、とアルトリアは思った。これまでのアルトリアは、台所のことを気にも止めていなかったから。

 士郎もアーチャーも、アルトリアに背中を向けて(くち)喧嘩(げんか)しながら料理している。とは言え、二人の作業は淀みない。アーチャーは士郎にダメだしをしながら、士郎はそれに口ごたえしながら、それでも二人は完全な連携で。

 食材は士郎からアーチャーへ引き継がれ、アーチャーの手を()て別のボウルに入れられる。士郎の前にあるボウルからアーチャーの前にあるボウルへと移動している(あいだ)に、食材はその姿をガラリと変える。

 アルトリアはまるで、高等魔術を見ているような気分になっていた。

 そんなアルトリアの耳が、障子(しょうじ)()の閉まる音を捉えた。

 気になって追いかけてみると、長い廊下の途中、ちょうど中庭に出られる場所で凛が立ち止まっていた。日の光を浴びながら、赤いセーターを日に当てながら、中庭をぼんやりと眺めている。

 歩いて追いついたアルトリアは、そんな凛に後ろから声をかけた。

 

「ありがとうございます、リン」

 

 凛は目線だけでこっちをみた。

 

「良いのよセイバー。私と士郎との関係は、いつもあんな感じだから」

 

 それから凛は、そこにある縁側(えんがわ)に座って、つっかけに足を入れた。

 

「なんと言うか、“手のかかる弟”って感じなのよね、士郎は。

 バカな事をバカのままやり切ってしまう。上手(うま)くいかない時の方が多いけど、アイツは最後まで貫くから、なんらかの結果がついてくる。

 結果(それ)の、良い悪いは別にしてね」

 

 穏やかな冬の日差しに照らされて、凛の顔が白くみえた。

 

「私は、苦労したことがない、線を引いてしまうのよ。“自分に出来る事”と“自分には出来ない事”の(あいだ)に線引きをするの。“自分に出来る事”だけを選んで全力でやるから、大抵のことは、上手(うま)くやってしまえるわ」

 

 アルトリアには、今の凛がとても、とても、(はかな)げに見えた。

 

「アイツらのやり方は(みにく)い、あんなの偽善よ。

 アイツらにあるのは、ただ理想の結果だけ。“自分がしたいからそうする”んじゃなくて、こうなって欲しいという結果から逆算して、最も可能性の高い手段を選び取るの。『それで確実に成功するかどうか』を考えるんじゃなくて、『成功の可能性が一番高いのはどれか』を考えるのよ。つまり、アイツらはそもそも、“自分には出来ない事”を、ずっとやり続けてきた。

 たった一度でも、ある手段を選ぶと決めたなら、それを最後までやり通す。

 まるで、そうイップットされているロボットのように」

 

 凛が笑った。その笑みを見て、アルトリアは『シロウのようだ』と頭によぎった。

 

「でもね、セイバー。私、時々こう思うことがあるの。あんな風に、自分の能力で線引きなんかせずに、ただ物事に打ち込むことが出来るなら、それはなんて純粋なんだろう、って」

「リンは、サクラを選ばなかったシロウに、腹を立てていたのではなかったのですか?」

「前にセイバーも聞いてたでしょう? 士郎がどうやって冬木に帰ってきたのか。私たちに眠らされた後、どう行動してたのか」

 

 凛は、座ったまま上半身だけで振り向いて、アルトリアを見上げた。

 

「士郎と桜とは、もう終わってるみたいなのよ。

 ———ああ、『終わってる』って言うのは、“関係が”ってことじゃなくて、“覚悟を決めることが”ってことね。士郎と桜との(あいだ)には何かがあって、士郎はすでに覚悟を決めたみたいなのよ。

 だから、何の迷いもなく、士郎は冬木市まで戻ってきた」

 

 凛は、あの時の士郎の話を聞いて初めて、その事に思い(いた)ったらしい。

 

「それまでは、まるで気づかなかったわ。だってあの二人、感情も葛藤(かっとう)も、全然表に出さないんですもの」

 

 凛は不満を表すように、口をへの字に曲げて見せた。口元は不満を表してこそいるけれど、凛の表情は穏やかで。それをみたアルトリアは、一瞬、胸に詰まるものがあった。

 

「リンはこれまでも、そしてこれからもずっと、シロウと共に歩んでいくのですね」

 

 アルトリアにしては万感の思いを込めた言葉の(たば)を、凛はあろう事か、叩き落としてしまった。

 

「そんな事ないわ。士郎とはいつか別れるわよ、私」

「なぜです。これほどまでに、二人の関係は強固ではないですか」

「耐えられないから、かな。

 士郎はピンチの時、自分が信頼している人間を後回しにする傾向があるのよ。私や桜をどう思っているのか本当のところは判らない。でも、私たちと見知らぬ人とが同じように危機にいる時、士郎は見知らぬ人を先に助けるわ」

 ———たぶん、自分自身を助ける事に罪悪感を感じるのね。と凛は言う。

 士郎に感情がないわけじゃないのだと。()()()()()、士郎は躊躇(ちゅうちょ)するだと。自分の仲間が助かると自分も嬉しい。自分が嬉しいと感じるという事が、士郎には許せない。

 

「“大火災”での罪悪感から、『自分が幸せになるのは、世界で一番最後でいい』なんて考えるようなヤツだから。『もしも、“幸せという名の座席”に限りがあるのなら、代わりに、(ほか)の誰かを乗せてくれ』って、平気な顔で言うヤツだから。

 そんなヤツが普通の感情を持っているから、不幸に突っ込んで行くような性格になるのよ」

 

 凛は笑った。アルトリアが士郎に似ていると思った笑みだ。どこか困ったような、どこか諦めたような。

 

「結局、アイツは普通の男の子なのよね。過去の経験から、不幸に突っ込んで行くようになっただけで。

『人間はみんな幸せになりたがるのが普通だ』なんて考えているうちは、絶対に思い(いた)らない。

 士郎の異常のことを、精神がおかしいんだって考えているうちは、絶対に思い(いた)らない。

 士郎は普通の男の子なのよ。普通の男の子だからこそ、自分で自分が許せないの」

「リンは、ずっと?」

「ええ、士郎を()人間(にんげん)にしようとずっと頑張ってきた。

 でも、限界を感じているのかもね、私。

 ずっと、士郎が自分を許せるようにしたいと思い続けてきたけど。それってつまり、士郎自身に“世界中の人々が幸せになっている姿”を見せつけて、安心させてあげないといけないわけで……。そうなって初めて、士郎は自身の幸せを考えることが出来るようになる」

 

 凛は縁側(えんがわ)に腰掛けたまま、アルトリアを見上げた。

 アルトリアは凛を見下ろして、彼女の笑顔のわけを知った。

 

 凛はアルトリアを、眩しそうに見上げていた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「これが、日本料理の真髄だ」と、ドヤ顔でアナゴを提供するアーチャー。

「前に食べたものと全然違います」と、目を輝かせるセイバー。

「ほう? なかなかやるじゃねーか」と、目を細めるランサー。

「美味しいですよ、士郎」と、ありがたいことを言ってくれるメーティス。

 そこに、マスターの面々も加えて、この日の昼食は(にぎ)やかに進んだ。

 

 俺、衛宮士郎はといえば、調理の主導権をアーチャーに握られたことにショックを受けながら皿洗いに(きょう)じていると、なんとセイバーが手伝いを申し出てくれたのだった。

 

「ありがとな、セイバー」

「いいえ、シロウ。私が手伝いたかったのです」

 

 俺が差し出すお皿を受け取って()きながら返答するセイバーの声に含むところを見つけた俺は、その内容を予想できる気がしたのだった。

 

「もうすぐ、聖杯戦争も終わりそうだよな」

「はい。それもありますが、私とシロウが出会ったのが、ほんの十日ほど前だなんて思えなくて。

 ずっと前から、もっと一緒にいるような……そんな気が、してきたものですから」

 

 水で流して泡を切った皿を、左手にいるセイバーに渡す。セイバーが皿を受け取って布巾(ふきん)()き、水を(ぬぐ)う。綺麗になった皿はセイバーによって、後ろのカウンターの上に置かれる。

 こうして、セイバーを見ることは度々あった。だがその度に俺は『衛宮士郎はセイバーのマスターには相応しくなかった』と、思うのだ。なまじ戦場を経験している分、俺には純粋さが欠けている。

 セイバーとくつわを並べるなら、もっと純粋な人の方がいいと思う。セイバーに対しては、少し強引にでも距離を詰めようとする人の方が、きっと良い結果を引き寄せてくれるのだと。

 俺は、セイバーに対して距離を詰めるようなことは出来なかった。俺とセイバーは同じものを掲げた者同士、“それ”がどういう意味かが分かってしまう。すでに最も大切なものを持っているセイバーに対して、それを捨てるように要求することが、俺にはついぞ出来なかった。

 

「ありがとうセイバー。俺の進むべき道が、少し分かった気がするよ」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「毎度毎度、えらく()めてくれるじゃない」

 

 立ち上がった遠坂が、握り拳を震わせている。

 

「全くだ。だがこちらとしてはやりやすい。()めてもらっている(あいだ)に、勝ちを(ひろ)わせてもらうとしよう」

 

 アーチャーは後ろで、腕を組んでたたずんでいる。

 

「私たちはすでに二度、彼女に負けているのです。ランサー、今度こそあの女を、スカサハを倒しますよ」

「まあそう何度も、無様を(さら)すわけにもいかねえしな」

 

 武装を展開したランサー陣営は、静かに戦意を高めている。

 

「………………」

 一人座ったままの慎二は、口をつぐんでいる。

 そして、

 

(つい)に、この時が来ましたね」

「シロウ、メーティス。(いくさ)準備(じゅんび)万端(ばんたん)ですか?」

「もちろんだセイバー。今回は、本打(ほんうち)無逆(むげき)を持ってきた」

 

 俺は不思議な感覚に見舞われていた。

 これから何かが始まるような。あるいは、これで何かが終わるような。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「“宿命”と“運命”との違い、桜は分かる?」

 

 魔術によって空中に固定されている間桐桜に、右隣から声がかかった。

 

「結論を言ってしえば、“何のために生まれて来たのか”が“宿命”で、その答えになるのが“運命”ね」

 

 眼下には未遠(みおん)(がわ)の河口。左手には冬木大橋。桜の正面には、海浜公園があった。

 桜は今、未遠(みおん)(かわ)の河口付近に浮いている。

 

「“何のために生まれて来たのか”がハッキリしている奴も、たまにいる。

 “この伝統を守るため”に生まれて来た。

 “親から引き継いだこの知識を子に(たく)すため”に生まれて来た。

 それから、“この国を護るために生まれて来た”、とかね」

 

 右隣には、美綴綾子。巫女装束で、彼女も(ちゅう)に浮いている。

 

「でもそういうのさ、大抵の奴らにはないじゃん。

 忘れてるってのが、本当のところなんだろうけど」

 

 綾子は左手で桜に触れていて、右手で懐中時計を(にぎ)っている。

 綾子は、その懐中時計を使って、桜の魔力と周囲の空間とを結合させていた。

 

「かと言って、ずっと宿命の無いまま、なんて事はないワケよ。だって誰にだって、“自分の人生が変わった瞬間”ってのがあるものだから」

 

 懐中時計をパチリと閉じた綾子は、「よし、挑発完了っと」と呟いて、それからやっと、桜の姿を視界に入れた。

 桜は、捕まった当時のままの服装、黒のカーディガンに桜色のスカート。両腕を、腰の後ろで束ねるように固定されている。

 

「桜、“運命”ってのは、“(おのれ)(いのち)(はこ)ぶこと”。どこに運ぶかは、個人個人が決めれば良いんだ。

 (おの)宿命(しゅくめい)運命(うんめい)と決めて、宿命(しゅくめい)のままに生きても良い。

 (おの)宿命(しゅくめい)を叩き壊して、そっぽを向いて生きても良い。

 (おの)宿命(しゅくめい)を受け入れた上で、飛び超えたって良いんだから」

 

 ———(あたし)は、そうするつもりだぜ———

 

 美綴綾子は、右手で何もない空間を掴み、(つか)みながら振り上げた。まるで、虚空から引き抜くように、その手に薙刀を召喚した。

 

(あたし)は、宿命(しゅくめい)を軽やかに飛び超える。

 アンタはそこで、ベソかきながら見てるといい。衛宮に自分が、殺される瞬間をさ」






次回、Fate/stay night [Destiney Movement ]

———第二十一話、“この世全ての悪であれ(アンリ・マユ)
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