もしも、美綴綾子の迷言が、本当に伏線だったなら。   作:夜中 雨

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《第二十一話、“この世全ての悪であれ(アンリ・マユ)”》

 

 

「あれっ? シロウは今回、袴姿(はかますがた)で行くのですか」

 

 俺が自室の(たたみ)()(はかま)()いた。それから真っ赤な(ひだり)(そで)、“聖バルバラの聖骸布”を装着したとき、近くにいたセイバーに小さな声で(たず)ねられたのだった。

 

「ああ。気合を入れる時は、いつもこれを着るようにしてる。稽古(けいこ)(ばかま)聖骸(せいがい)()だ」

 

 それに答えて、それから俺は、押し入れから引っ張り出してきた刀、無逆(むげき)を、腰に()した。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「散々私たちをコケにしてくれたわね。この借りは高くつくわよ」

狼煙(のろし)を上げて呼び出したこと、もしかして怒ってる? 遠坂、『道に迷ってて遅れました』じゃあ、面白くないでしょ」

 

 海浜公園の、レンガ造りの地面の上から吠える遠坂。

 未遠(みおん)(がわ)の河口付近の空間に浮いて、余裕たっぷりに見下ろす美綴。

 乗っけから、二人は対象的だった。

 

「桜を返しなさい。そうするなら、半殺しで許してあげるわ」

「返すワケないでしょ。こっからが本番なのに」

 

 俺たちを上空から見下ろして、美綴は人数を数え始めた。

 

「えーっと。全部で八人、ちゃんといるわね」

 よしっ、と頷く美綴。

 

「それじゃあ早速。始めるよ、スカサハ」

「ああ、待ちわびたぞ」

 

 瞬間、周囲の魔力が鳴動(めいどう)した。空間が震えたかと思ったら、周辺の四方に魔力が収束し、俺たちを囲むように植えられている街路樹に纏わりつき、魔力の柱が四本、形成された。

 ランサーが槍を召喚し、一人、戦闘態勢をとった。

 

「木々に収束する魔力、“オガム”か」

「『“オガム”を軽んじるものは、“オガム”によって殺される』。我ら戦士にとっては、馴染み深いものだろう? 

 のう、セタンタ」

 

 スカサハが海浜公園の縁の手すりの上、そこに悠然(ゆうぜん)と現れた。黒と赤紫の布とを一枚ずつ重ねたような、身体に張り付く薄い服。ストレートの赤い髪。抜群のプロポーションを惜しげもなくさらし、両脚を重ねるようにして手すりの上に立ち、右手に槍を、一本だけ持っている。

 

仕合(しあ)うのは三度目か? 既に二度敗走しているな、次はないぞ」

「次なんざいらねえよ。ここで倒して、そんで終わりだ」

「ハハッ、そうか。楽しみだ」

 

 スカサハは右手に保持している槍の()(さき)を背後にむけた。自然、左肩が前にくる。左腕を前に伸ばし、人差し指を柔らかく伸ばし、ランサーを指差した。

 ランサーが反応して腰を落とす。その腰の沈みと重なるように、スカサハが人差し指を()(した)に振った。

 ドンッ、と魔力が駆け抜ける。

 俺たちを中心に存在する、魔力を()びた街路樹に囲まれた領域、それと重なるようににルーン文字が浮かび上がった。

 ()(じゅう)に、結界が発動していた。

 スカサハが、音も無く地面に降り立つ。

 コツン、と石突(いしづき)で地面を叩く音。それが二つ。

 一つはスカサハが立てたもの。もう一つは、

 

「せっかくだし、決めさせてやるよ、衛宮」

 

 巫女装束の美綴が、薙刀を持ってスカサハと並んだ音だった。

 

「最後の引き金は、お前たちに引かせてやる」

「だったら、すぐに桜を渡しなさい」

「嫌だね遠坂。それを決めるのは衛宮だし」

 

 ギュイン、と遠坂の魔術刻印が動きだした音を聞いた気がした。

 遠坂は三歩ほど前に出て、左手で照準をつけ、ガンドをその手に生み出した。

 

「アンタが選ぶのよ、綾子。大人しく桜をこっちに渡すか、ここでぶっ飛ばされてから桜を渡すか」

 

 遠坂の威圧を、美綴が柳に風と受け流す。この緊迫した状況の中、薙刀を右肩に(かつ)ぎ、薄く笑みすら浮かべていた。

 

「やめときなよ、遠坂。今桜をとり外せば、世界が滅ぶぜ」

 

 美綴は左手の親指で、後ろに浮かぶ桜を指した。

 

「アレには、“ただ悪であれ(アンリ・マユ)”の呪いが純粋な形で収まってんだぜ。聖杯という基盤もなく、ユスティーツアという(から)もない。

 あそこから桜を外せば、アンリ・マユが現出するんだ。人格もない、純粋な呪いの形で」

 

 美綴は薙刀を振り上げ、ゆっくりと、その()(さき)で俺を(しめ)した。

 

「———桜を殺せ、衛宮士郎。

 十のために一を捨てる、それが正義の味方だろ?」

 

 前方にいる遠坂から、ガリッと、歯をくいしばる音がした。見ると、遠坂が両手を握り締め、歯を噛んで唇を震わせていた。

 

「アンタ、どこまで……ッ。アンタ———」

「凛、問題無い。こちらにも(ふだ)はある」

 

 アーチャーがみんなに見えるよう右手を掲げて、手を(にぎ)りながら呪文を唱えた。

 

「——————投影(トレース)()開始(オン)

 

 アーチャーが右手を握った時、その手には一振りの短剣があった。数多(あまた)の宝石を溶かし固めたようなマーブル模様の刀身が、稲妻型にはしっている。その短剣に()はついておらず、稲妻型の刀身であることもあって、突き立てることしか出来そうにない(もの)

 アーチャーはその短剣を持つ手を、ゆっくりと下ろした。

 

「宝具の(めい)を、“ルールブレイカー”という。

 有する能力は“契約の白紙化”だ。つまり、これを間桐桜に突き立てれば、それで彼女は解放される」

 だから心配するな、と。アーチャーは遠坂をなだめて見せた。

 

「アーチャーっ! よくやったわ」

 

 一瞬前とは打って変わって、口元に笑みを浮かべる遠坂は「さあ、ここが正念場よ」と気合を入れた。

 

「まさか、それで助かると思ってるの? 遠坂。

 今言ったじゃん、『外せば呪いが(あふ)れる』ってさ。ルールブレイカー(それ)使っても一緒。桜を呪いから解放すれば、アンリ・マユが現出するんだ。もっとも、目に見える形で変化するものは何も無いけど」

 桜とアンリ・マユとの契約を破壊してしまえば、依代(よりしろ)をなくしたアンリ・マユが現出する。と、美綴は言った。

 

 美綴は薙刀の石突(いしづき)を地面につけて、俺たち一同を観察し始める。

 

「純粋な形で分離されたアンリ・マユは、泥のように固まることなく広がっていく。

 一見、何かしら変わったようには見えない。

 身体(しんたい)の不調を(うった)える者もおらず、環境が変わったと感じるものもない。

 ま、当然よね。この呪いで変わるのは肉体や土地や環境じゃない、人の心の方だからさ」

 

 美綴の両目が光った。琥珀色の大きなひとみが、魔力によって輝いた。

 舌打ちするアーチャーとランサー。どうやら、話を無視して奇襲する腹づもりらしかった。

 二騎のサーヴァントが動き始める直前に、美綴が魔眼を発動、攻撃の機会を潰していた。

 

「桜という(うつわ)(うしな)い、拡散していくアンリ・マユに感染した人々は、判断基準が少しずつ変化していくんだ。“目的の達成”に“他者を害するという行為”が(から)みつくようになってくる」

 

 でも、誰も気付けないんだよな。と、美綴が笑う。

 

「人間には攻撃本能があるからさ、区別なんてつくわけないんだ。最初は誰も気づかない。

 そして、気づいた時には手遅れだ」

 

 この呪いの厄介なところは、解呪(かいじゅ)に多大な犠牲を()いるところだ。

 解呪(かいじゅ)しようとするという事は、既に呪いが発動した後だという事だ。だから、解呪者も感染している可能性が高い。そして、感染した人間が目的を達成するためには誰かを(ころ)す必要がある。

 結果、もがけばもがくほど人は死に、世界は犯罪(あく)に染まっていく。

 

 美綴は左手を、士郎に差し出した。

 

「誰も悪くないよな、衛宮。人間に人を殺すよう仕向けているのはアンリ・マユなんだから。

 この先にある“闘争にまみれた世界”では、“何かをする(たび)に誰かを殺さないといけなくなる”。人々は(にく)み、(うら)み合い、地獄のような世界が生まれる。

 でも、誰も悪くないよな衛宮。悪いのはぜんぶ、アンリ・マユなんだから」

 だから、選ぶだけで良いんだ。と美綴が言う。

 

「選びなよ、衛宮。

 ルールブレイカーで桜を救って、世界を壊すか。桜を殺して世界を救うか。

 正義の味方か桜のミカ———」

 

 ふわっ、と美綴が跳んだ。(ひざ)を曲げ宙に上がり、軽やかに後ろの(さく)に降り立った。瞬間、その(さく)が爆散する。ランサーが叩き下ろした槍の穂先が(さく)を壊し、衝撃波を発生させた。

 

「ちょっとー、まだ喋ってんだけど」

 

 美綴がランサーの後ろに現れた。まるで瞬間移動のような速度だった。

 

「うるせぇ」

 

 ランサーは振り向きざま、赤い槍をなぎ払う。それは確かに、美綴のいた場所を切った———はずだった。

 振り向いたランサーのさらに後ろに移動していた美綴は、右手の人差し指と中指とをランサーの腰に当てて、軽く押した。

 ランサーが吹っ飛んで来る。海老(えび)()りとなって、突き出した腹を前にして、弾丸の(ごと)き速度で飛んで来るランサーを左腕でキャッチしたアーチャーが、右手の白い刀身の短剣、莫耶(ばくや)投擲(とうてき)する。

 回転しながら空間を切り裂いていく白い短剣は美綴の頭に当たる軌道だ。当然のように美綴が、少し前屈(まえかが)みになって(かわ)す。陰剣(いんけん)莫耶(ばくや)は美綴の頭の横を通り過ぎ———

 アーチャーが右手を引いた。投影した陽剣(ようけん)(かん)(しょう)を握った右手を。

 美綴の後ろから返ってくる莫耶(ばくや)干将(かんしょう)投擲(とうてき)するアーチャー。美綴の前後から、干将(かんしょう)莫耶(ばくや)挟撃(きょうげき)していた。

 二振りの短剣に前後から挟まれた美綴の身体(からだ)が、尻もちをつくように(わず)かに沈んだのを見た俺は、気づけば走り出していた。

 

「アーチャー!」

 

 前後からやってくる短剣二振りが両方とも美綴をすり抜けた。“美綴の眼”の能力を使ったわけじゃない、短剣を(かわ)挙動(きょどう)があまりにも(わず)かだったから、すり抜けたように錯覚しただけ。

 美綴の輪郭(りんかく)がブレる。縦にブレ、その(あと)横にブレ始める。

 マズい、と俺はアーチャーの前に飛び出した。腰に()してある無逆(むげき)鯉口(こいぐち)を切り、左肩を前に落とす。自然と、右肩と右腰とが後ろにさがった状態で“構え”る。

 次の瞬間、世界から美綴が消えた。もちろん、本当にいなくなったわけじゃない、そう錯覚しただけだ。

 だが、俺たちのメンバーは慎二を除き全員、近接戦闘ができる。だから(わか)った。今この瞬間は、美綴綾子へのあらゆる攻撃が通用しない、と。

 美綴は、気がついたらアーチャーの前にいた。美綴は左足前の脇構(わきがま)えから、左腕を上げて薙刀を立てた状態に移行する。

 そこから上体(じょうたい)だけを前屈みに沈ませ、(ひだり)前腕(ぜんわん)と頭との(すき)を、わざと(さら)した。

 俺はやっと、二人の(あいだ)に陣取ることに成功した。

 

 ———わざと(すき)(さら)すことにも利点はある。

 戦闘中はお互いに、相手の(すき)を探し合っている状態だ。そんなタイミングで大きな(すき)を見せつけられれば、嫌でもそこに意識がいってしまう。マジシャンのやるミスディレクションと同じものだ。戦闘中にのみ使用でき、武術の(こころ)()のある者にのみ作用するミスディレクション。

 つまり、この次の瞬間に、(すき)(さら)した地点から(わず)かでも移動すれば、美綴は相手の、視界から消える。

 美綴は(たい)を転換させ、左足が前の状態から右足が前の状態に移行した。この動作の中で30センチ。たった30センチだけ、美綴は右にズレた。それだけで、彼女は全員の視界から消えたのだ。

 (たい)の転換と同時、美綴は右手を押して薙刀の刃を下から上に斬り上げる———瞬間には、俺の抜刀(ばっとう)が完了していた。

 視界から消えた美綴の動きなんて、俺にはわからない。だから、“美綴が消える瞬間”にタイミングを合わせて抜刀(ばっとう)したのだ。

 

 ———抜刀(ばっとう)、つまり居合術といえど、“抜いて切ること”だけが本懐(ほんかい)ではない。

 居合術の神髄(しんずい)は、他に類を見ないほど精密な身体制御(しんたいせいぎょ)にある。

 刀身が(さや)から抜け出ないままに刀を操作しようとすれば、(さや)(けず)れ、刀身は(ゆが)む。刀を抜くのが特別に難しいわけじゃない。体幹を崩さず、居合術の流れのままに刀を抜くという事が、何にも増して難しいのだ。

 それをクリアするために必要な事、しなくてはならない動きがある。右手で刀を抜かず、左手で(さや)を引かない。右肩と左肩、右腰と左腰、そして右脚と左脚とを、同じタイミングで動かし始めて、全てバラバラのスピードで動かし、斬り付けるタイミングでピタリと一致するよう動き終わる。

 この体感(たいかん)獲得(かくとく)したとき、剣の感覚が一変(いっぺん)する。

 

 日本剣術における“強さ”というのは、ひとえに、“どれだけの時間を逆行できるか”というのと同じ意味だ。

 朝、起き抜けに因縁の敵と出会って殺し合いになった時、片方の剣士は10秒先の未来に()るとする。10秒先の未来から逆行し、10秒先の未来の情報を知っている状態で剣を振るう剣士がいるとする。

 では、もう一人の剣士が“夜から逆行してきた剣士”だとするとどうだろうか。

 もう一人の剣士は、起き抜けに出会った因縁の敵を切り倒してから朝食をとり、家の掃除をしてから昼食を食べ、昼寝をしてから買い物に行く。その(あと)近所(きんじょ)の子供と走り(まわ)って夕飯を食べて風呂に入って寝る直前に、『ああ、そういえば今朝因縁の敵と相対(あいたい)したな』と“今”を思い出すように剣を振るう剣士なら、どうだろうか。

 一人目の剣士に、勝ち目などないだろう。どれだけ感覚を研ぎ澄ましても、勝ち筋など、かけらも浮かんでこないだろう。

 

 ———勝敗など、始まる前から決まっているのだ。

 

 日本剣術の達者(たっしゃ)な者は、“(わず)かでも勝ち筋が有れば、それを掴み取ることが出来る能力”を持っている。身体(からだ)の感覚が未来に先行(せんこう)しているからだ。

 “未来視”ではなく、“未来体感”。

 ゆえに彼らは、自分がフライングできる範囲内において、たった一筋(ひとすじ)でも勝ち筋が有れば、必ずそれを掴み取れる。未来を見る能力ではなく、未来を収束(しゅうそく)させる能力だと言い換えてもいい。

 日本の剣士たちは古今東西、“相手を倒すため”ではなく“未来を掴み取るため”に、日々(ひび)剣を振るっているのだ。

 

 ならば、“居合”とは何だろう。居合術とは、剣術中(けんじゅつちゅう)の奥義だとか神髄(しんずい)だとか言われている。居合術という体系そのものが剣術の奥義として位置していると言う者もいるほどだ。

 

 居合の本願(ほんがん)、それは(はやし)(ざき)甚助(じんすけ)が神様から(さず)かったとされる、“願い”に対する、“もう一つの答え”だった。

 剣士の願い、それは『どうしても勝たなければならない時に、絶対に勝てるようになりたい』というものだ。

 “大切なものを取り返すため”、“大事な誰かを護り通すため”、“どうしても、倒さなければならない敵がいる”。そういった運命が、いつか自分の前に現れるとして、そういった運命と相対(あいたい)した時、どうしても勝たなければならない時に、絶対に勝てるようになりたいというのが、かつての剣士、(さむらい)と呼ばれる者たちの願いだった。

 

 それに対する、一つ目の答え。

 それが、剣術の本願(ほんがん)にある。“だった一筋(ひとすじ)でも勝ち筋が有れば、必ずそれを掴み取る能力(ちから)”。

 でも、それではどうしても満足できない男がいた。名を(はやし)(ざき)甚助(じんすけ)という。

「俺たちが日々修行しているのは、どうしても護りたいものがあるからだ。いざと言う時、『偶然で負けました』なんて嫌だと思うから。いざと言う時、絶対に勝ちたいと思うからだ。

 だが、俺たちが修行の果てに手に入れるものは何だ。“だった一筋(ひとすじ)でも勝ち筋が有れば、それを掴み取る能力(ちから)”でしかないじゃないか。勝ち目の無い戦いで、そんなモノはなんの意味も()さないじゃないか」

 そして、長年の鍛錬と全力の修行の末、彼は“(はやし)明神(みょうじん)”からもう一つの答えを()る。

 

 それが居合、“絶対に勝てない戦いで、それでも勝ち筋を見つける能力(ちから)”。

 

 とは言え、“抜いて切ること”だけが本懐(ほんかい)ではない。

 二人は、ただ止まっていた。

 美綴は、薙刀を股下(またした)から頭上(ずじょう)まで振り上げた状態で。

 俺もまた、刀を股下(またした)から頭まで斬り上げた状態で。

 二人の間合いは、少し、遠かった。

 

「ほう、身振りだけで綾子を()めたか」

 

 スカサハが声を出した。それによって(みな)が、状況に追いついたように動き始めた。

 ランサーが突進し、槍を振り回しながら美綴を狙う。槍が一回転するたびに訪れる()(さき)の斬撃は、その全てが必殺だった。様子(ようす)()やフェイントは一切ない、首や腹、着地した瞬間の足元なんかを刈りにいっている。

 美綴が右脚を一歩退()げる。刈り上げてくる槍を(かわ)した。

 トッ、と、両脚を(そろ)えて1メートルほど跳びずさる。なぎ払いから変化した、三連の突きの全てを(かわ)した。

 美綴はスカサハと並び立つと、懐から懐中時計を取り出し、琥珀色の両眼を魔力によって光らせた。

 

「これくらいで(あたし)は抜けるよ。スカサハ、後は頼んだ」

「そうか———ではな、綾子。また……」

「うん。またね、スカサハ」

 

 美綴の姿が揺らいだ。体そのものが薄れているのだ。スゥーっと、空気に溶けていくように。

 

「ちょっ、逃げるつもりっ?」

「じゃあね、遠坂」

「アーチャーッ!」

 

 アーチャーが(こた)えて、弓を構える。だが、最後まで放つことは出来なかった。

 

「すまない、凛。アレはもう、(あた)らない」

 

 消えゆく美綴に、一同(いちどう)がなす(すべ)なく立ち尽くすなか、今まで黙っていたメーティスがひとり、俺の右袖(みぎそで)を引っ張った。

 

「士郎、看過(かんか)できぬ事態です。彼女を行かせてはなりません。

 彼女に、最大戦力を当てる必要があります」

 

 俺は顔だけで振り向いた。

 

「移動手段はあるのか? メーティス」

(わたくし)のエポナは、“神話体系を()えて駆け抜けた神獣”です。この程度の結界、どうと言うことはありませんよ」

 

 一瞬、頭の中でシュミレートする。誰か行くのが、一番良いのか。

 俺の左側にいるセイバーを見てから、目線を前に、遠坂を見た。遠坂も俺を見ていた。

 

「遠坂、頼む」

 

 少しの間、うつむいた遠坂は顔を上げ、その視線で俺を射抜いた。

 

「……わかったわ」

「では、私は残ろう。『最大戦力を』というのなら———セイバー、君こそが相応(ふさわ)しい」

 

 後ろのアーチャーが左を、セイバーを見たのがなんとなく分かった。

 

「私、ですか?」

「もちろん、()(さや)を取り戻した君をおいて、(ほか)に誰がいるというのか。

 君が、最強だ」

 それに、そこなランサーは紫の師匠にご執心らしい。と、チャチャを入れる。

 

「うるせぇ、黙ってろアーチャー。オレは今、機嫌が悪いんだ」

 

 ランサーは赤い槍(ゲイボルク)を構えて、スカサハの正面に立っていた。

 

「先に行ってろ。オレは師匠をぶっ倒して、そんでお前らの後を追う」

「ですから、サクラさんはこちらで受け持ちます。もっとも、触れると爆発するようですので、あなたが帰ってくるまで放置、という対処になるでしょうが」

 少なくとも私たちは、目の前の女を倒さねばなりません。と付け足すバセットさんは、肩にかけていた金属製の(つつ)を地面に落とした。

 

「……遠坂」

「ワケ分かんないけど、とりあえず今だけは信じてあげるから。

 移動中にでも、説明してもらうわよ、メーティス」

「ええ、もちろんです」

 

 メーティスがエポナを召喚する。

 虚空から馬のいななきが聞こえ、(ひずめ)の足音が聞こえ。そして、白馬が姿を現した。

 俺と右隣にいるメーティスとの(あいだ)に割って入るように出現した真っ白な馬は、並足(なみあし)で進み、遠坂の前で停止した。

 

「そう上手く、行かせると思うのか?」

「『そう上手く行かせる』のが、英雄の仕事だろうが」

 

 スカサハとランサーとが火花を散らせる。もっとも、スカサハは楽しそうに笑っているが。

 ドッ、という衝撃音と共にランサーの魔力が爆発的に増大する。それは周囲に存在する大源(マナ)を巻き込みながら自身の槍に収束し、ランサーは足を一歩踏み出す。

 

「サッサと行け、お前ら!」

 

 ランサーが駆け、バセットさんが追従する。

 

「———刺し穿つ(ゲイ)

 

 槍を腰だめに構えたランサーが右足を大きく踏み込むと共に、その宝具を解放した。

 

「—————死棘の槍(ボルク)———!! 」

 

 ランサーの宝具がスカサハによって真っ向から迎撃されるのを見ることすらしなかったメーティスは、エポナにセイバーと遠坂とを乗せていた。

 

「では、()きますよ」

 

 セイバー、遠坂、メーティスの順に三人を乗せてなお危うげなく、その白馬は疾走(しっそう)する。海浜公園の(ふち)、スカサハの魔術によって()(じゅう)に結界の張られた、その境界へと。

 

「そおら———二本目だ、セタンタ」

 

 スカサハが飛び上がった。ランサーとバセットの二人から、体一つ分だけ浮き上がったスカサハは左手を引き絞る。その手にはもう一本の赤槍(せきそう)が召喚されていた。

 

「———突き穿つ(ゲイ)

「そのまま()け! 凛」

「—————— 死翔の槍(ボルク)!」

 

 スカサハが槍を投げるのと、アーチャーが右腕を上げるのとが同時だった。

 赤く尾を引く彗星(すいせい)のごとき一撃が、エポナを狙って空を走る。だが、ゲイボルクがエポナに突き刺さるより前に、それを阻むものが出現した。

 

 ———— 熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)———

 

 アーチャーの呟きと共に、エポナに乗った面々を(まも)るように現れた桃色の花弁は、人を包み込めるほど大きな花を咲かせながら、その七枚の花びらで、ゲイボルクを受け止めて見せた。

 

「足りないな」と、着地したスカサハが()らす。

 実際、拮抗(きっこう)したのは一瞬だけで、次の瞬間にはパリン、という破砕(はさい)(おん)が連続して聞こえてきた。

 熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)の花弁を何枚か破壊されたことで、投影の起点としたアーチャーの右腕が、上体(じょうたい)ごと後ろに流される。アーチャーが、よろめいた体幹を立てなおす。その衝撃の中、アーチャーの右袖(みぎそで)が魔力圧で持っていかれた。

 既に走り出しているエポナが結界の境界線を越えるまでもう(いく)ばくも時間はない。だが、その程度でゲイボルクの能力から逃げることなど出来ないことを、俺たちはよく知っている。

 

「万が一がある、かもしれないな。では保険をかけるか……」

 

 スカサハがエポナに向かって走りだす。身体(からだ)の右側に槍を保持して追いかける。

 スカサハの左手は槍の穂先(ほさき)側を握り、右手は石突(いしづき)側を握っていた。上半身は地面と平行になるほどに倒して、槍を地面スレスレに構えている。その槍が、赤い光を放ち始める。

 スカサハの槍が真名を解放するより先に、ランサーの槍がその能力を発揮した。スカサハが槍を持つ側、スカサハから見て右側から回り込むように近づいたランサーは彼女を射程に捉えるやいなや、もう一度、宝具の名を口にした。

 ランサーの宝具を相殺するため、スカサハも宝具を発動させる。

 “スカサハの心臓を穿(うが)つ”という結果を作りだすことに成功したランサーの“ 刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)”が、その未来を実現させようと疾走する。

 “ランサーの持つゲイ・ボルクの穂先(ほさき)穿(うが)つ”という結果を確定させたスカサハの“ 刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)”が、未来を実現させるために飛来する槍を迎撃する。

 かくして、二本のゲイボルクは、何度か時間を逆行し、何回か因果を逆転させながら、お互いの槍に付加された呪いで、お互いの“因果逆転の呪い”を、()らい合った。

 そこに、バセットさんが追いついた。

 

「———ハッ———!!」

 

 バセットさんがスカサハの左側から突きを入れた。スカサハは反応し、振り向きざまにバセットさんの突きに合わせて左手を出し、突きの軌道に割り込ませ、受け止める。

 インパクトの瞬間、バセットさんは膝を曲げてパンチの威力を底上げした。腕・肩・背中・腰・脚、身体(しんたい)各部(かくぶ)の筋肉を全て同時に、全く同じタイミングで収縮させることにより生まれる剛腕のパンチ、全身にくまなく作用させた身体強化と、グローブに付加された硬化のルーン。

 その一撃は、サーヴァントの(てい)で呼び出されたスカサハにも(とどき)()るものだった。

 バセットさんのパンチを、スカサハが左掌(ひだりてのひら)で受ける。(こぶし)に乗っていた威力のすべてをスカサハ自身の(からだ)の加速力に転化させ、衝撃に逆らわない事で、スカサハはランサーとバセットさんからの距離をとった。

 ランサーの槍、ゲイボルクがまた、赤く輝く。

 この一戦で、既に何度目になるか分からない回数の、真名解放(しんめいかいほう)

 キバるランサーが嬉しいのか、フフフと笑ったスカサハは、後ろ向きに飛び下がりながら両手に一本ずつ槍を握った。

 

 着地の瞬間には、誰しも必ず(すき)が生まれる。その一瞬を狙って放たれるランサーの“刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)”。

 これに対しスカサハは、普通ではない飛びかたで後ろに飛び下がることによって、“後ろに飛び下がった瞬間に前に踏み込む”という絶技を見せる。

 

()穿(うが)ち、()穿(うが)つ———」

 

 スカサハが左手に持つゲイボルクで、迫り来るランサーの“刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)”を相殺し、お互いの魔槍が喰らい合っている状況下にあってなお、彼女は右腕をフリーにしていた。

 

「——————貫き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク・オルタナティブ)———!!」

 

 魔槍ゲイボルク、その投擲(とうてき)による対軍宝具。

 その強大な呪いを“白馬を狙い撃つ”という一点に収束させて放つホーミング・ミサイル。その追尾性能は、地球の裏側に相手がいたとしても飛んでいくほど。

 ……知っているとも。

 スカサハ自身が張った二重(にじゅう)の結界など吹き飛ばし、どこまでもエポナを追いかけることなど始めから知っている。

 だからこそ、アーチャーがこちらに残ったことなど、俺は始めから知っている。

 だから俺は今、アーチャーの背中に手を当てている。

 よろめくアーチャーを支えるためなんかじゃない。ただ、アーチャーの体に、英霊となったアーチャーの体に、全力で魔力を注ぎ込むために。

 

 スカサハの二本目のゲイボルクがやって来る。一本だけでもヤバいってのに、二本目(これ)熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)にぶつかればどうなるかなど、火を見るよりも明らかだった。

 だから、一本目の槍を(こら)えているこの状況で、アーチャーに(ほか)の動作を完遂する余裕はないから。俺が代わりに、魔術回路を回すのだ。

 

「これを通したら承知しないからな、アーチャー」

「オレを誰だと思っている、(たわ)け」

 

 既に、遠坂にもらった大粒のルビーは()み込んでいる。その中に凝縮されていた魔力を、俺の魔術回路を通して“衛宮士郎”が使える状態にならしていく。そうして出来た“衛宮士郎の魔力”をアーチャーのヤツに、全力で注ぎ込んだ。

 

「「————体は剣で出来ている(I am the bone of my sword)」」

 

 赤い尾をたなびかせて飛来する二本目のゲイボルクが熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)に衝突する。今まで(かろ)うじて(たも)っていた花弁の盾がガラス細工のように粉砕された。二本の槍は、遮るものの無くなった空間を白馬に向かって疾走し———

 

「「アンリミテッド(UNLIMITED)ブレイド(BLADE)ワークス(WORKS)———!!」」

 

 アーチャーの魔術回路に強引に魔力をねじ込むことで詠唱をすっ飛ばして、その固有結界は発動した。

 

 ———ここはもう、果てなき荒野に無数の(つるぎ)が突き刺さっている風景が広がる、アーチャーの心象世界。その中に、スカサハを、放たれたゲイボルクごと取り込んだのだ。

 

「一度ロックオンすれば、“(いく)たび(かわ)されようと相手を貫く”という性質を持つために、標的が存在する限り、そこが地球の裏側だろうとすっ飛んでいく魔槍、ゲイボルク。

 だがどうやら、“世界を超えていくほどの追尾性能”は持っていないと見た」

 間違っていたかね。と、アーチャーが唇の(はし)を吊り上げた。

 

 スカサハは戻って来た二本のゲイボルクを送還し、残った一本の槍をクルクルと回した。

 

「見事、と言っておこうか。別の世界に飛ばされては、流石(さすが)の槍も追いきれんか」

 

 スカサハがゲイボルクを切り払い、左手を天高く伸び上げた。

 

「では此方(こちら)も、(ふだ)をひとつ切るとしよう」

「させるかよ!」

 

 真っ直ぐに突っ込んでいくランサーの進路上に虚空から現れたゲイ・ボルクが突き刺さる。

 それもただ突き刺さるのではなく、ランサーが通る瞬間と重なるように突き刺さっていく。ランサーは進路を変更せざるを()ず、さらにゲイボルクが突き刺さり……ランサーはバセットさんの隣まで下がった。

 

「せっかく、綾子と二人で組み上げたのだ。使わなければ損だろう?」

 

 スカサハの上げた左手に、異質な魔力が溜まっていた。反射的に飛び出そうとするランサーをバセットさんが静止する。

「どう見てもカウンターを狙っている。無策で突っ込むのは危険です」と。

 左手に溜まった魔力を握り締め、スカサハが口を開いた。

 

「——————“イマジナリ・アラウンド”」

 

 握った左を開くと共に、世界に魔力が展開された。

 






次回、Fate/stay night[Destiny Movement ]

———第二十二話、イマジナリ・アラウンド(虚数領域)
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