もしも、美綴綾子の迷言が、本当に伏線だったなら。 作:夜中 雨
「あれっ? シロウは今回、
俺が自室の
「ああ。気合を入れる時は、いつもこれを着るようにしてる。
それに答えて、それから俺は、押し入れから引っ張り出してきた刀、
◇ ◇ ◇
「散々私たちをコケにしてくれたわね。この借りは高くつくわよ」
「
海浜公園の、レンガ造りの地面の上から吠える遠坂。
乗っけから、二人は対象的だった。
「桜を返しなさい。そうするなら、半殺しで許してあげるわ」
「返すワケないでしょ。こっからが本番なのに」
俺たちを上空から見下ろして、美綴は人数を数え始めた。
「えーっと。全部で八人、ちゃんといるわね」
よしっ、と頷く美綴。
「それじゃあ早速。始めるよ、スカサハ」
「ああ、待ちわびたぞ」
瞬間、周囲の魔力が
ランサーが槍を召喚し、一人、戦闘態勢をとった。
「木々に収束する魔力、“オガム”か」
「『“オガム”を軽んじるものは、“オガム”によって殺される』。我ら戦士にとっては、馴染み深いものだろう?
のう、セタンタ」
スカサハが海浜公園の縁の手すりの上、そこに
「
「次なんざいらねえよ。ここで倒して、そんで終わりだ」
「ハハッ、そうか。楽しみだ」
スカサハは右手に保持している槍の
ランサーが反応して腰を落とす。その腰の沈みと重なるように、スカサハが人差し指を
ドンッ、と魔力が駆け抜ける。
俺たちを中心に存在する、魔力を
スカサハが、音も無く地面に降り立つ。
コツン、と
一つはスカサハが立てたもの。もう一つは、
「せっかくだし、決めさせてやるよ、衛宮」
巫女装束の美綴が、薙刀を持ってスカサハと並んだ音だった。
「最後の引き金は、お前たちに引かせてやる」
「だったら、すぐに桜を渡しなさい」
「嫌だね遠坂。それを決めるのは衛宮だし」
ギュイン、と遠坂の魔術刻印が動きだした音を聞いた気がした。
遠坂は三歩ほど前に出て、左手で照準をつけ、ガンドをその手に生み出した。
「アンタが選ぶのよ、綾子。大人しく桜をこっちに渡すか、ここでぶっ飛ばされてから桜を渡すか」
遠坂の威圧を、美綴が柳に風と受け流す。この緊迫した状況の中、薙刀を右肩に
「やめときなよ、遠坂。今桜をとり外せば、世界が滅ぶぜ」
美綴は左手の親指で、後ろに浮かぶ桜を指した。
「アレには、“
あそこから桜を外せば、アンリ・マユが現出するんだ。人格もない、純粋な呪いの形で」
美綴は薙刀を振り上げ、ゆっくりと、その
「———桜を殺せ、衛宮士郎。
十のために一を捨てる、それが正義の味方だろ?」
前方にいる遠坂から、ガリッと、歯をくいしばる音がした。見ると、遠坂が両手を握り締め、歯を噛んで唇を震わせていた。
「アンタ、どこまで……ッ。アンタ———」
「凛、問題無い。こちらにも
アーチャーがみんなに見えるよう右手を掲げて、手を
「——————
アーチャーが右手を握った時、その手には一振りの短剣があった。
アーチャーはその短剣を持つ手を、ゆっくりと下ろした。
「宝具の
有する能力は“契約の白紙化”だ。つまり、これを間桐桜に突き立てれば、それで彼女は解放される」
だから心配するな、と。アーチャーは遠坂をなだめて見せた。
「アーチャーっ! よくやったわ」
一瞬前とは打って変わって、口元に笑みを浮かべる遠坂は「さあ、ここが正念場よ」と気合を入れた。
「まさか、それで助かると思ってるの? 遠坂。
今言ったじゃん、『外せば呪いが
桜とアンリ・マユとの契約を破壊してしまえば、
美綴は薙刀の
「純粋な形で分離されたアンリ・マユは、泥のように固まることなく広がっていく。
一見、何かしら変わったようには見えない。
ま、当然よね。この呪いで変わるのは肉体や土地や環境じゃない、人の心の方だからさ」
美綴の両目が光った。琥珀色の大きなひとみが、魔力によって輝いた。
舌打ちするアーチャーとランサー。どうやら、話を無視して奇襲する腹づもりらしかった。
二騎のサーヴァントが動き始める直前に、美綴が魔眼を発動、攻撃の機会を潰していた。
「桜という
でも、誰も気付けないんだよな。と、美綴が笑う。
「人間には攻撃本能があるからさ、区別なんてつくわけないんだ。最初は誰も気づかない。
そして、気づいた時には手遅れだ」
この呪いの厄介なところは、
結果、もがけばもがくほど人は死に、世界は
美綴は左手を、士郎に差し出した。
「誰も悪くないよな、衛宮。人間に人を殺すよう仕向けているのはアンリ・マユなんだから。
この先にある“闘争にまみれた世界”では、“何かをする
でも、誰も悪くないよな衛宮。悪いのはぜんぶ、アンリ・マユなんだから」
だから、選ぶだけで良いんだ。と美綴が言う。
「選びなよ、衛宮。
ルールブレイカーで桜を救って、世界を壊すか。桜を殺して世界を救うか。
正義の味方か桜のミカ———」
ふわっ、と美綴が跳んだ。
「ちょっとー、まだ喋ってんだけど」
美綴がランサーの後ろに現れた。まるで瞬間移動のような速度だった。
「うるせぇ」
ランサーは振り向きざま、赤い槍をなぎ払う。それは確かに、美綴のいた場所を切った———はずだった。
振り向いたランサーのさらに後ろに移動していた美綴は、右手の人差し指と中指とをランサーの腰に当てて、軽く押した。
ランサーが吹っ飛んで来る。
回転しながら空間を切り裂いていく白い短剣は美綴の頭に当たる軌道だ。当然のように美綴が、少し
アーチャーが右手を引いた。投影した
美綴の後ろから返ってくる
二振りの短剣に前後から挟まれた美綴の
「アーチャー!」
前後からやってくる短剣二振りが両方とも美綴をすり抜けた。“美綴の眼”の能力を使ったわけじゃない、短剣を
美綴の
マズい、と俺はアーチャーの前に飛び出した。腰に
次の瞬間、世界から美綴が消えた。もちろん、本当にいなくなったわけじゃない、そう錯覚しただけだ。
だが、俺たちのメンバーは慎二を除き全員、近接戦闘ができる。だから
美綴は、気がついたらアーチャーの前にいた。美綴は左足前の
そこから
俺はやっと、二人の
———わざと
戦闘中はお互いに、相手の
つまり、この次の瞬間に、
美綴は
視界から消えた美綴の動きなんて、俺にはわからない。だから、“美綴が消える瞬間”にタイミングを合わせて
———
居合術の
刀身が
それをクリアするために必要な事、しなくてはならない動きがある。右手で刀を抜かず、左手で
この
日本剣術における“強さ”というのは、ひとえに、“どれだけの時間を逆行できるか”というのと同じ意味だ。
朝、起き抜けに因縁の敵と出会って殺し合いになった時、片方の剣士は10秒先の未来に
では、もう一人の剣士が“夜から逆行してきた剣士”だとするとどうだろうか。
もう一人の剣士は、起き抜けに出会った因縁の敵を切り倒してから朝食をとり、家の掃除をしてから昼食を食べ、昼寝をしてから買い物に行く。その
一人目の剣士に、勝ち目などないだろう。どれだけ感覚を研ぎ澄ましても、勝ち筋など、かけらも浮かんでこないだろう。
———勝敗など、始まる前から決まっているのだ。
日本剣術の
“未来視”ではなく、“未来体感”。
ゆえに彼らは、自分がフライングできる範囲内において、たった
日本の剣士たちは古今東西、“相手を倒すため”ではなく“未来を掴み取るため”に、
ならば、“居合”とは何だろう。居合術とは、
居合の
剣士の願い、それは『どうしても勝たなければならない時に、絶対に勝てるようになりたい』というものだ。
“大切なものを取り返すため”、“大事な誰かを護り通すため”、“どうしても、倒さなければならない敵がいる”。そういった運命が、いつか自分の前に現れるとして、そういった運命と
それに対する、一つ目の答え。
それが、剣術の
でも、それではどうしても満足できない男がいた。名を
「俺たちが日々修行しているのは、どうしても護りたいものがあるからだ。いざと言う時、『偶然で負けました』なんて嫌だと思うから。いざと言う時、絶対に勝ちたいと思うからだ。
だが、俺たちが修行の果てに手に入れるものは何だ。“だった
そして、長年の鍛錬と全力の修行の末、彼は“
それが居合、“絶対に勝てない戦いで、それでも勝ち筋を見つける
とは言え、“抜いて切ること”だけが
二人は、ただ止まっていた。
美綴は、薙刀を
俺もまた、刀を
二人の間合いは、少し、遠かった。
「ほう、身振りだけで綾子を
スカサハが声を出した。それによって
ランサーが突進し、槍を振り回しながら美綴を狙う。槍が一回転するたびに訪れる
美綴が右脚を一歩
トッ、と、両脚を
美綴はスカサハと並び立つと、懐から懐中時計を取り出し、琥珀色の両眼を魔力によって光らせた。
「これくらいで
「そうか———ではな、綾子。また……」
「うん。またね、スカサハ」
美綴の姿が揺らいだ。体そのものが薄れているのだ。スゥーっと、空気に溶けていくように。
「ちょっ、逃げるつもりっ?」
「じゃあね、遠坂」
「アーチャーッ!」
アーチャーが
「すまない、凛。アレはもう、
消えゆく美綴に、
「士郎、
彼女に、最大戦力を当てる必要があります」
俺は顔だけで振り向いた。
「移動手段はあるのか? メーティス」
「
一瞬、頭の中でシュミレートする。誰か行くのが、一番良いのか。
俺の左側にいるセイバーを見てから、目線を前に、遠坂を見た。遠坂も俺を見ていた。
「遠坂、頼む」
少しの間、うつむいた遠坂は顔を上げ、その視線で俺を射抜いた。
「……わかったわ」
「では、私は残ろう。『最大戦力を』というのなら———セイバー、君こそが
後ろのアーチャーが左を、セイバーを見たのがなんとなく分かった。
「私、ですか?」
「もちろん、
君が、最強だ」
それに、そこなランサーは紫の師匠にご執心らしい。と、チャチャを入れる。
「うるせぇ、黙ってろアーチャー。オレは今、機嫌が悪いんだ」
ランサーは
「先に行ってろ。オレは師匠をぶっ倒して、そんでお前らの後を追う」
「ですから、サクラさんはこちらで受け持ちます。もっとも、触れると爆発するようですので、あなたが帰ってくるまで放置、という対処になるでしょうが」
少なくとも私たちは、目の前の女を倒さねばなりません。と付け足すバセットさんは、肩にかけていた金属製の
「……遠坂」
「ワケ分かんないけど、とりあえず今だけは信じてあげるから。
移動中にでも、説明してもらうわよ、メーティス」
「ええ、もちろんです」
メーティスがエポナを召喚する。
虚空から馬のいななきが聞こえ、
俺と右隣にいるメーティスとの
「そう上手く、行かせると思うのか?」
「『そう上手く行かせる』のが、英雄の仕事だろうが」
スカサハとランサーとが火花を散らせる。もっとも、スカサハは楽しそうに笑っているが。
ドッ、という衝撃音と共にランサーの魔力が爆発的に増大する。それは周囲に存在する
「サッサと行け、お前ら!」
ランサーが駆け、バセットさんが追従する。
「———
槍を腰だめに構えたランサーが右足を大きく踏み込むと共に、その宝具を解放した。
「—————
ランサーの宝具がスカサハによって真っ向から迎撃されるのを見ることすらしなかったメーティスは、エポナにセイバーと遠坂とを乗せていた。
「では、
セイバー、遠坂、メーティスの順に三人を乗せてなお危うげなく、その白馬は
「そおら———二本目だ、セタンタ」
スカサハが飛び上がった。ランサーとバセットの二人から、体一つ分だけ浮き上がったスカサハは左手を引き絞る。その手にはもう一本の
「———
「そのまま
「——————
スカサハが槍を投げるのと、アーチャーが右腕を上げるのとが同時だった。
赤く尾を引く
————
アーチャーの呟きと共に、エポナに乗った面々を
「足りないな」と、着地したスカサハが
実際、
既に走り出しているエポナが結界の境界線を越えるまでもう
「万が一がある、かもしれないな。では保険をかけるか……」
スカサハがエポナに向かって走りだす。
スカサハの左手は槍の
スカサハの槍が真名を解放するより先に、ランサーの槍がその能力を発揮した。スカサハが槍を持つ側、スカサハから見て右側から回り込むように近づいたランサーは彼女を射程に捉えるやいなや、もう一度、宝具の名を口にした。
ランサーの宝具を相殺するため、スカサハも宝具を発動させる。
“スカサハの心臓を
“ランサーの持つゲイ・ボルクの
かくして、二本のゲイボルクは、何度か時間を逆行し、何回か因果を逆転させながら、お互いの槍に付加された呪いで、お互いの“因果逆転の呪い”を、
そこに、バセットさんが追いついた。
「———ハッ———!!」
バセットさんがスカサハの左側から突きを入れた。スカサハは反応し、振り向きざまにバセットさんの突きに合わせて左手を出し、突きの軌道に割り込ませ、受け止める。
インパクトの瞬間、バセットさんは膝を曲げてパンチの威力を底上げした。腕・肩・背中・腰・脚、
その一撃は、サーヴァントの
バセットさんのパンチを、スカサハが
ランサーの槍、ゲイボルクがまた、赤く輝く。
この一戦で、既に何度目になるか分からない回数の、
キバるランサーが嬉しいのか、フフフと笑ったスカサハは、後ろ向きに飛び下がりながら両手に一本ずつ槍を握った。
着地の瞬間には、誰しも必ず
これに対しスカサハは、普通ではない飛びかたで後ろに飛び下がることによって、“後ろに飛び下がった瞬間に前に踏み込む”という絶技を見せる。
「
スカサハが左手に持つゲイボルクで、迫り来るランサーの“
「——————
魔槍ゲイボルク、その
その強大な呪いを“白馬を狙い撃つ”という一点に収束させて放つホーミング・ミサイル。その追尾性能は、地球の裏側に相手がいたとしても飛んでいくほど。
……知っているとも。
スカサハ自身が張った
だからこそ、アーチャーがこちらに残ったことなど、俺は始めから知っている。
だから俺は今、アーチャーの背中に手を当てている。
よろめくアーチャーを支えるためなんかじゃない。ただ、アーチャーの体に、英霊となったアーチャーの体に、全力で魔力を注ぎ込むために。
スカサハの二本目のゲイボルクがやって来る。一本だけでもヤバいってのに、
だから、一本目の槍を
「これを通したら承知しないからな、アーチャー」
「オレを誰だと思っている、
既に、遠坂にもらった大粒のルビーは
「「————
赤い尾をたなびかせて飛来する二本目のゲイボルクが
「「
アーチャーの魔術回路に強引に魔力をねじ込むことで詠唱をすっ飛ばして、その固有結界は発動した。
———ここはもう、果てなき荒野に無数の
「一度ロックオンすれば、“
だがどうやら、“世界を超えていくほどの追尾性能”は持っていないと見た」
間違っていたかね。と、アーチャーが唇の
スカサハは戻って来た二本のゲイボルクを送還し、残った一本の槍をクルクルと回した。
「見事、と言っておこうか。別の世界に飛ばされては、
スカサハがゲイボルクを切り払い、左手を天高く伸び上げた。
「では
「させるかよ!」
真っ直ぐに突っ込んでいくランサーの進路上に虚空から現れたゲイ・ボルクが突き刺さる。
それもただ突き刺さるのではなく、ランサーが通る瞬間と重なるように突き刺さっていく。ランサーは進路を変更せざるを
「せっかく、綾子と二人で組み上げたのだ。使わなければ損だろう?」
スカサハの上げた左手に、異質な魔力が溜まっていた。反射的に飛び出そうとするランサーをバセットさんが静止する。
「どう見てもカウンターを狙っている。無策で突っ込むのは危険です」と。
左手に溜まった魔力を握り締め、スカサハが口を開いた。
「——————“イマジナリ・アラウンド”」
握った左を開くと共に、世界に魔力が展開された。
次回、Fate/stay night[Destiny Movement ]
———第二十二話、