もしも、美綴綾子の迷言が、本当に伏線だったなら。   作:夜中 雨

23 / 29
《第二十二話、イマジナリ・アラウンド(虚数領域)

 

 

 スカサハが、高くで握った左手を()けて、世界に魔力が展開された。

 

「—————“イマジナリ・アラウンド”」

 

 ……だが、何も変わらない。

 周囲には大量の剣が突き立ったまま、空を覆う雲の群れは依然(いぜん)、かなりの速度で流れている。

 この固有結界の主人(あるじ)、アーチャーは、その両手に双剣を構えた。

 

「“イマジナリ・アラウンド(虚数領域)”。ということは、魔力の発生源は間桐桜か」

「桜の魔力を、私が“死溢るる魔境への門(ゲート・オブ・スカイ)”を展開する要領でこの空間に流し込んだのだ。

 外見は何も変わるまい。だがこの世界は、サクラの魔術特性に感染している」

 

 スカサハは槍を右手に、こちらに一歩近づいた。

 

「この固有結界は、すでにイマジナリ・アラウンド(虚数領域)だ」

 

 俺はアーチャーの背中から手を離し、後ろに下がる。呆然としていた慎二の隣まで下がると、耳打ちした。

 

「大丈夫か? 慎二」

「衛宮うるさい。だいたいお前何しに来たんだ。前に出てろよ」

 

 慎二の言葉を聞いて安心した俺は、腰に()している無逆(むげき)を、帯と直角になるように立てて、自由に動けるように調節した。

 

「—————投影(トレース)開始(オン)

 

 打刀(うちがたな)を投影し、右手で握る。

 スカサハを、というより“イマジナリ・アラウンド”という術を警戒したランサーが、腰を深く落として防御の体勢をとって、ボソッとこぼした。

 

新技(しんわざ)かよ。能力と特性、弱点と制限、全部いちから調べねえとな。面倒くさえ」

 

 アーチャーは、双剣を手に警戒しながら、少しずつ前に出た。

「ランサーのマスター。君は先ほど、どうして“アレ”を使わなかった?」

 

 アーチャーは、ランサーとバセットさんとの二人と並んで、声を潜めて質問していた。

 

「あの状況だ、君の“アレ”ならばスカサハを一方的に殺せたのではないのか?」

「残念ながら、“斬り抉る戦神の剣(フラガラック)”を射出するには、まず起動させる必要があります。

 その(すき)を与えてくれるほど、あの女は容易(たやす)くありません」

 実際、前回の戦いではその(すき)を突かれました。とバセットさんが続けた。

 

「つまり、私としてはどうしても、その(すき)を引き出すところから始めなくてはいけません」

 

 バセットさんが(こぶし)を握って、「貴方はどう見るのです?」と、ランサーに振っていた。

 

「さぁな。あのスカサハだ、案外、ゲイボルクすら“切り札”じゃねえ可能性もある。考えだしたらキリなんざねぇよ。

 まあ(なん)にせよ、オレはやる事をやるだけだ」

 

 そんなランサーを横目に見ながら、アーチャーが双剣を手放し、弓に持ちかえる。

 

「ならば、“イマジナリ・アラウンド”とやらが厄介だな。

 起動はしているはずだが、何の気配もない。どんなカラクリが隠れているのか、まるで見当も付かん」

 

 俺たちが悩んでいる(さま)を眺めながら、スカサハは右手一本で、クルクルと槍を回していた。

 

「しかし、最近の魔術師というのも、馬鹿には出来んな。

 この場に流れる法則、“架空元素・虚数”なんぞというものは、我々の時代にはなかったものだ。

 “人間が世界を理解しようとする事”を属性として落とし込むとは。

 さしずめ、“最新の魔術属性”といったところか」

「貴様の戯言に付き合っていられる程、我々も暇ではないのでな。

 この目で直接、確かめさせてもらう」

 

 アーチャーは、矢を(つが)えてすらいない弓を引く。ギギッと音を立てて()一杯(いっぱい)引き絞った弓の中心に、電気のような魔力光が走る。そして、そこに矢が出現した。ドリル状に捻れた(やじり)矢羽(やばね)は無く、代わりに(ヒルト)が付いている。

 

「————偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)

 

 アーチャーの放った矢は、剣の丘の上を、青い光を引きながら一直線に飛んでいく。

 スカサハに迎撃するようすはなかった。右手一本でゲイボルクを持ち、棒立ちに()()っている。

 そこに、偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)が着弾する。空間をえぐり取るほどの威力が、爆風に転化(てんか)して解き放たれた。

 

 衝撃で地面が()れ、爆風が吹き荒れ、キノコ雲が(のぼ)る。

 地響きと衝撃波、爆音が鳴り止んだ後、ゆっくりと煙が晴れていく。

 ……だが、

 だが、少し不思議なことがあった。キノコ雲の下、偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)の着弾地点にクレーターが見当たらないのだ。アレほどの爆発、アレほどの威力の宝具を撃ち込まれて、着弾した場所が以前と変わらないなんて事が、()たしてあるだろうか。

 

「言ったはずだがな、『ここは虚数領域だ』、『桜の魔力に感染している』、と」

 

 スカサハがいた。無傷でただ、立っていた。

 

「ココは“攻撃力”やら“防御力”やらが存在しない空間なのだ。あらゆる“比較”が、意味をなくす世界だからな」

 

 右足に体重をかけて立っているスカサハは、右手に持っている赤槍(せきそう)をクルクルと回しながら左手に渡した。その流れで左足重心になる。

 

虚数(イマジナリ・ナンバー)などと、面白いモノを考えるものだな。なぁ、セタンタ。

 綾子から聞いたぞ。“架空元素・虚数”ほど、嫌悪(けんお)されながら存在している魔術属性も、(ほか)にあるまい」

 と、スカサハは言った。

 

 架空元素・虚数とは、“魔術理論としては存在するが、物質界には存在しないモノ”だ。

 

 もしも身近(みじか)に数学者や教授、あるいは教師といった肩書(かたがき)の人間がいるなら、質問してみると良い。

「先生、虚数なんて幽霊みたいなモノでしょう? あんなの信じていいんですか」と。

 その人はきっと答えてくれる。

「どうだろうな。有ると便利だが、本当に虚数だなんてモノが存在するのか、私にも分からん」と。

 

 数学者や科学者たちは、便利だから“虚数”という概念を使ってはいるが、だからといって、虚数(それ)が本当に存在すると思っているのか、というと、また別だったりする。

 それに、学校で初めて“虚数”というモノを勉強する時、大抵の学生は拒否反応をしめし、『虚数なんていらない』と思うワケだが———

 

 その反応は、(ヒト)として正しい。

 

 “虚数”が見出(みいだ)された時、世界中が拒絶した。世界中の数学者たち、その全てが拒絶したのだ。

「虚数なんてモノを認めてしまうと、(かず)の計算すらできなくなる。数学という体系そのものが崩壊する」と。

 

 今まで自分たちが慣れ親しんできたもの、それが根幹から揺らいでしまう。“(かず)(かず)として機能しなくなる世界”、世界中の人間が何千年とかけて積み上げてきたものを、一撃で破壊する“文明にとっての毒”。それが虚数だった。

 だからこそ、当時の人たちは、数学者ですら、虚数というモノを認めたくなかったのだ。そんなモノを認めてしまうと、人間たちが歩んできた、この、人理(じんり)すらも、揺らいでしまいそうだったから。

 虚数を認めた瞬間、我々の文明が築き上げてきたモノの根幹に、致命的な欠陥(けっかん)が生じる。今日(きょう)明日(あす)か、といった単位で文明が滅びることはない。だが確実に、もっとゆっくりと、数十年から数百年の時間をかけて崩壊する。そんな状態に、かつての世界は(おちい)っていた。

 

 人類の集合的無意識、“アラヤ”は、人類の航海図たる“人理(じんり)”に、“虚数と関わらない”よう、ひとつの(こう)を書き加えた。

 かくして、この世界の人間は、その大多数は、虚数を嫌悪することに()()()()()。自らの正気を保ち、人類がより長く生存し、この文明をより強く発展させる。そのために、必要なことだったのだ。

 

 そもそもの話、虚数なんぞという意味不明なモノをサラッと登場させる“数学という学問”自体(じたい)を嫌いになる人は多い。

 だがもちろん、『虚数の意味を理解できない』という人は滅多(めった)にいない。

 “二乗(にじょう)してマイナスになる数”。

 その言葉自体(じたい)は、そう難しくないからだ。

 つまり、“虚数”ד虚数”=“マイナスなんちゃら”、だと言っているだけだから。だが、それ自体(じたい)は“虚数というキャラクターの設定”でしかない。

 

 衛宮士郎という人物の設定をあげるなら、『穂群原(ほむらはら)学園(がくえん)2年C組に在籍(ざいせき)する赤毛の少年で、魔術師見習い。養父の影響で「正義の味方」になることを本気で(こころざ)している』

 ——と、いったところだろうか。

 では、この設定を知って、衛宮士郎という人物を好きになれる人間が、一体(いったい)何人いるだろう。

 

 好きになるためには、設定以外の何か、“()”以外の何かが必要なのだ。それは感動だったり、想いに触れることだったりする。人それぞれ、色々あるものではあるが、設定だけでは、正しいだけでは、()りない。

 人はいつも、正しい事を言えば説得できると思いこむ生き物だ。

 “()”には“(じょう)”を説得する力があると信じて疑わない生き物だ。

 ……本当にそうだろうか。

 不登校の子供に、「学校に行くのが正しい事だ」と言えば、それだけで学校に行くようになるのだろうか。

 通り魔に我が子を殺された母親に、「通り魔に()うだなんて不幸だったね。でもコレは、ただ運が悪かっただけなんだから」と言えば、納得できるのだろうか。

 今まさに復讐(ふくしゅう)を成し遂げようとしている人間に、「それは犯罪だぞ」と言えば、引き下がってくれるのだろうか。

 

 そうだ。結局、どれ程正しい事だとしても、“()”に“(じょう)”を説得する力なんて、始めからありはしないのだ。嫌いな人間にイヤミな声色(こわいろ)で正しい事を言われて、素直に受け入れられる人なんて、まずいない。

 

 そんな事だから、虚数という概念は魔術世界・科学世界を()わず嫌悪され、拒絶されながら存在してきた。

 そんな“虚数”の性質をひとつだけあげるとするならば、それは“虚数に感染したモノは(ほか)と比べることが出来なくなる”というものだ。

 RPGに例えるなら、“ゲーム世界の全てのパラメーターに文字バケを引き起こさせるウィルス”のようなモノで、敵へのダメージの判定すら出来くなる。文字バケを起こしたパラメーター同士で『どっちが強いか』なんて、計算できるはずもないのだから。

 

「既存の価値観を叩き壊し、周りの人間に不快感しか与えない。だが、便利だから使えるモノ。

 “架空元素・虚数”とは、まさに、惰性(だせい)とエゴの塊とは思わぬか?」

 

 爆発が起こり、爆風が吹き荒れる。

 その中からスカサハが、爆風を突っ切って走り抜け、槍を構え、突きを繰り出す。

 槍の先端で前方の空間を(えぐ)るように螺旋に突き出してランサーの槍を弾くと、穂先(ほさき)を後ろに引き、石突(いしづき)で前方をなぎ払う事で、追撃しようと飛び出してきたバセットさんを牽制(けんせい)しつつ後ろに飛び下がる。

 スカサハとの距離が開いたことでバセットさんが気を緩めそうになった瞬間、スカサハは槍を地面と水平にぶん回しながら、その槍の遠心力に乗って、バセットさんの右隣に飛び込んだ。

 バセットさんを狙ったスカサハの槍は、ランサーによって弾かれる。

 スカサハは、ランサーが己の槍を弾く力をも利用してさらに槍をもう一回転、真正面から来たアーチャーに叩きつけた。

 アーチャーも、ランサーの援護と自分の防御のために周囲に刺さっている剣の群れを引き抜き、スカサハに飛ばしてはいるが、そのことごとくが無視されていた。

 飛んで来る剣群(けんぐん)をまるでそよ風のように突っ切って、それでもなお、スカサハの肌は傷ひとつなく、槍と共に横回転しながら飛び上がり、空中で回転軸を九十度ひねり、アーチャーへ唐竹(からたけ)()りに打ち込んだ。

 上から降ってきた槍の穂先(ほさき)干将(かんしょう)莫耶(ばくや)を交差させた受け止めたアーチャーは、フッと力を抜いてスカサハをひき込み、右足で横からの回し蹴りを放つ。

 スカサハが左手で受け止める。

 残った左足で地面を蹴ったアーチャーは、蹴りを受け止めたスカサハの左手を踏み台にして、距離を取った。

 

「小僧、準備だ。固有結界を自壊(じかい)させるぞ」

「———何?」

 

 驚きだった。

 アーチャーが展開した固有結界が、アーチャーの手を離れかけていたことに。

 

「魔力を、お前に流すだけで良いんだよな。アーチャー」

 

 俺はアーチャーの後ろに陣取り、声をかける。すでに魔術回路を回し、魔力の生成を始めている。

 

「覚悟しておけ、衛宮士郎。恐らくは固有結界の解除だけで、魔力は全部持っていかれるぞ」

「かと言って、このままだと永遠に遠坂の魔力を()らい続けるだけなんだろ。なら、やるしかないじゃないか」

 

 俺は、アーチャーの背中に、もう一度手を置いたのだった。

 

 アーチャーの背中に力がこもる。ググッと筋肉が収縮し、わずかに猫背になった。

 スカサハの標的が変更される。ランサーと打ち合う槍をそのままに、左手にもう一本のゲイボルクを召喚、ランサーの槍を挟み込むようにして巻き上げ、吹き飛ばした。

 ランサーはその俊敏(しゅんびん)でもって、吹き飛ばされたゲイボルクの軌道に自分の体を()()ませる。

 二回転三(ひね)り。アクロバティックな曲芸じみたジャンプによって空中を吹っ飛ぶ己の槍に追いついて、槍の()に右足を、そっと()えた。

 クルクルと回る槍がランサーの右足首に吸い付くように回転し、(まと)わり付いた。

 スカサハが、こっちに向かって走って来る。両手の槍が真っ赤に輝く。

 

()穿(うが)ち、()穿(うが)つ———」

 

 スカサハが左手の槍を突き出した。因果逆転の呪い、それを“アーチャーの心臓を(つらぬ)く”ためだけに収束させた、一撃。真紅の閃光をたなびかせながらやって来るゲイボルクを———上空からもう一本のゲイボルクが迎撃した。

 スカサハに巻き上げられ、吹き飛ばされた槍の勢いはそのままに、ランサーは右足を()わせる事でベクトルの向きだけを変え、スカサハのゲイボルクに狙いを定めた。さらに、ランサーの右足を振り抜く勢いをプラスされたゲイボルクは、空中を疾走しながら、赤い尾を引いていた。

 

「—————蹴り穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)!」

 

 あり得ない軌跡(きせき)を描きながら突き出されたスカサハの槍は、あり得ない軌道(きどう)で降って来るランサーの槍と拮抗(きっこう)した。

 ———ここまで、一瞬の出来事だった。

 “イマジナリ・アラウンド”という名前の魔術に汚染された固有結界を解除するために、アーチャーが(おのれ)(うち)深くに沈み込んだ、その一瞬の出来事だった。

 アーチャーの目は()いている。だが、自らの心象世界に干渉するために集中した結果、アーチャーの目は外の世界を見ていない。

 その一瞬、無防備なこの瞬間、アーチャーはスカサハに反応出来ない。

 スカサハはワザと左手のゲイボルクでランサーの槍と拮抗させている。そうすればこの瞬間、ランサーはアーチャーを護るための一手(いって)を打てないから。

 

 ———ケルト神話、アルスターサイクルの英雄、彼のクー・フーリンを育てた師匠は、伊達(だて)ではなかった。

 (かず)ではこちらが(まさ)っている。僅か一年で影の国での修行を終えた天賦(てんぷ)の才もいる。理論化された戦闘経験だけで、その天才と拮抗し()錬鉄(れんてつ)の英霊もいる。

 それでも(なお)、こうもあっさり崩された。

 

 まるで“鶴翼三連”のような一連(いちれん)の動きだ、と士郎は思った。アーチャーと打ち合う中で読み取った、アーチャーにとっての“切り札”であり“必殺技”。

 アーチャーの最も使い慣れた双剣、干将(かんしょう)莫耶(ばくや)によって()り出される“多重(たじゅう)投影(とうえい)飽和(ほうわ)攻撃(こうげき)”。干将(かんしょう)莫耶(ばくや)の“(つい)になる短剣とお互いに引き合う”という特性を使って手数を増やし、攻撃を飽和(ほうわ)させ、相手の対応出来る限界を()え、(すき)を作り出す。

 アーチャーとって切り札とすら言える状況(それ)を、スカサハはいとも容易(たやす)く、作りあげた。

 

 そう、事ここに(いた)って、スカサハを邪魔するモノは何もない。彼女のゲイボルクに反応出来る位置には、誰もいなかった。

 

「——————貫き穿つ死翔の(ゲイ・ボルク・)……」

 

 だが、そんな“()み”に近い状況を、スカサハの“貫き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク・オルタナティブ)”を、だった一小節の詠唱で、ひっくり返した人がいた。

 

「——————後より出て先に断つ者(アンサラー)

 

 スカサハの後ろから声がした。

 スカサハの動きが、一瞬止まった。

 

「—————おおぉぉぉぉ、りゃぁぁっっ——!!」

 

 空中で、右足の()()くランサー。

 急速に分裂を始める槍の穂先(ほさき)

 ランサーのゲイボルクがスカサハのいた場所に多数(たすう)突き刺さり、空中を回転した勢いをそのままにアーチャーの隣に着地したランサーの手に、戻っていった。

 スカサハは、俺たちより二十メートルほど後退していた。

 

「……おせぇぞ、バセット」

 

 そう言ったランサーの顔は、ほころんでいた。

 

「文句を言わないでください、ランサー。やっと(つか)んだ一瞬だったのですから」

 

 俺たちから見て左斜め前。ちょうど、さっきまでスカサハがいた場所を挟み込む位置にバセットさんがいる。彼女の右拳(みぎこぶし)は、緩やかに天を指していた。その拳から十センチほど上に、黒鉄色(くろがねいろ)の球体が、浮かんでいる。

 

 ———そして、

 

「足止めばかり頼んで。すまなかったな、ランサー」

「はっ、本気でそう思ってんなら、ニヤけたツラをどうにかしやがれ」

 

 薄く雲がかかった夜空。

 大きな月が浮いていた。

 それは、綺麗な半月だった。

 

斬り抉る戦神の剣(フラガラック)が反応しない? 今の流れから、全てをキャンセルしたというのか」

 

 バセットさんはランサーに背中を(あず)けて、スカサハの方を振り向いた。

 バセットさんの背後をカバーできる位置に立ったランサーが、今の発言に口をはさんだ。

 

「ゴチャゴチャ考えるだけ無駄だ、バセット。スカサハのヤロウ、オレに修行をつけてた頃より強くなってやがる。あの女に関しちゃあ、常識の外にいると思った方がいいくらいだからな」

 まぁ、でも。と脚を開いて腰を落とし、体に添わせるように槍を構えた。

 

「固有結界は解除して、斬り抉る戦神の剣(フラガラック)を起動した。“イマジなんとか”って新技の、特性と弱点も把握した。

 アーチャーの方は知らねえが、ことオレたちにとっちゃあ、切り札を切れば抜けられる。

 ———そうだろ、師匠?」

 

 ランサーが(あご)をしゃくる。(あご)で指されたスカサハが、ゆっくりと笑った。

 

「———さて、どうだろうな?」

 

 スカサハは両足を重ねるように、爪先(つまさき)だけで地面に立ち、二本の槍を軽く広げて構えをとった。

 

「いずれにせよイマジナリ・アラウンドは健在だ、現実空間にも感染している。

 お前の言うように、あらゆるパラメーターが意味を無くす世界でも“ゲイボルク”や“ルーの剣”は効果を発揮するのも知っているが———」

 

 スカサハは構えを崩さないままに俺たち全員を見渡した。

 

「お前たちは、“(わし)の足止め”に成功した。それは正しいだろう。実際、(わし)は神を追うことが出来なくなったからな。

 しかし、逆を考えてみようとは、しなかったな? 

 セタンタは言うに及ばず、士郎にも教えた筈だが……。『物事は自分たちの視点からだけでなく、敵の視点からも考えるように』と」

「オイっ、てことはまさか……」

「そう、そのまさかだセタンタ。お前たちが“(わし)の足止め”に成功したように、(わし)もまた、“貴様らの足止め”に成功したのだ。

 綾子の本当の(たくら)みを、邪魔(じゃま)する者共(ものども)を減らすためにな」

「待てよ、師匠。てことは何だ、“この世全ての悪(アンリ・マユ)”を、その呪いを、(おとり)に使ったってのか」

真逆(まさか)、コレはコレで本物だぞ? 何事(なにごと)も保険は必要だろうさ」

 

 ふと、考える。

 こっちの“アンリ・マユ拡散の儀式”の保険のために、美綴がどこかに向かってるとは、俺にはあまり思えなかった。美綴の性格を考えると、むしろ……

 

「“どっちでも良い”んだ。

 どちらか一つでも成功すれば世界を滅ぼせる。そんな儀式が二つあるのか」

「そうとも、どちらでも()いのだ。(わし)の受け持つこちらの儀式か、綾子の受け持つあちらの儀式か。どちらか一つでも成立すれば、綾子の願いは成就(じょうじゅ)される。

 (ゆえ)に———」

 

 ———足止めが、(わし)ひとりと思うでないぞ———

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「そんな、どうして? 

 一騎増えるだけでもあり得ないのに、九番目のサーヴァントだなんて……」

「マヌケめ、どこに目をつけておるか。召喚の順序から言えば、この(オレ)こそが始まりよ」

 

 深山(みやま)(ちょう)の郊外に、メーティスと凛とアルトリアの三人は立っていた。後ろには遠く町灯(まちあかり)が見える。山の(ふもと)の坂道で、前方には山頂がある。だが、それを(はば)むように、一人の、人影が立ち(ふさ)がっていた。

 

「……。まさかとは思いましたが、ここで貴方(あなた)が出てきますか。ヒトの王、ギルガメッシュ」

 

 そう言って、メーティスは盾を呼び出した。左手に盾を持ち、構え、アルトリアと凛を後ろに(かば)う。

 ゴゥゥ、と風が吹いた。山から吹き下ろした風が、ギルガメッシュの背後から吹きつける。メーティスの(あお)い髪とドレスが、正面から吹く風で後ろにはためいている。

 

「しかし、見上げた忠誠(ちゆうせい)よなぁ」

 

 赤い腰布のついた全身黄金(おうごん)の鎧をまとったギルガメッシュは、腕を組んでメーティスたちの乗ったエポナの前に立ちはだかった。ギルガメッシュは、メーティスの判断で進路を変更しようとしたエポナを“自身の蔵(ゲート・オブ・バビロン)”から空中に取り出した鎖で絡めとったのだ。

 

「自分を捨て駒に、主人(しゅじん)(ども)を逃すとは……」

 

 エポナは捕まった。だがエポナの奮闘で、メーティスたち三人は、鎖から距離を取ることに成功していた。

 

 エポナが鎖で雁字(がんじ)(がら)めにされ、空中に()られている、その真下(ました)。ギルガメッシュは依然(いぜん)として全身金ピカで、腕を組んで突っ立っていた。

 そこから十五メートルほど手前で、メーティスは盾を構え、二人より前に出る。後ろで、アルトリアは聖剣を持ち、凛はエメラルドを(にぎ)った。

 

「アルトリア、遠坂凛、お二人は御行(おゆ)きなさい。ヒトの王は、此処(ここ)(わたくし)が食い止めますから」

「はっ? ちょっ、メーティス何言って———」

「美綴綾子が向かった先は、此処(ここ)から真っ直ぐ、円蔵山(えんぞうざん)の大空洞です。かつて大聖杯が(ふさ)いでいたあの場所が、彼女には必要ですから。

 ———お行きなさい、アルトリア」

 

 メーティスは目線だけをアルトリアに一瞬飛ばす。

 アルトリアは、思わず声を上げていた。

 

何故(なぜ)ですメーティス、ここは三人がかりで———」

()れは貴女(あなた)が、士郎のサーヴァントだからです」

 

 メーティスは、今度こそ完全に振り返り、アルトリアを眺めた。

 

貴女(あなた)にはやはり、行く義務があるのでしょう。円蔵山で、見ておいでなさいな。

 ———()れがきっと、貴女(あなた)のためでもあるばずです」

 

 アルトリアが逡巡(しゅんじゅん)し、隣の凛に意識を向けた。

 

「リン———」

「先に行って、セイバー」

 

 凛は左手にエメラルドを持ち替えると、右手にサファイアを取り出して三歩進み、メーティスと並んだ。

 

「私が、マスターとして士郎より下だと思われる事に我慢ならないってのもあるけど……こんな関係でも、メーティスのマスターなのよね、私。

 だからまぁ……見届けさせなさい、メーティス。目の前の金ピカに勝って、サッサとセイバーを追いかけるわよっ!」

「そう意気込むこともないぞ、娘。そこなセイバーをこちらへ寄越(よこ)せば、残り二人は見逃してやる」

「……あら、随分(ずいぶん)とアルトリアに御執心(ごしゅうしん)なのですね、英雄王」

「ハッ、当然であろう。時代(とき)民草(たみぐさ)の希望を一身に引き受けたが(ゆえ)の、その威光。

 貴様が(いだ)いていた、身に余る理想(ユメ)は、最期には貴様自身をも焼き尽くした。

 ヒトの領分を超えた悲願に手を出した愚か者。その破滅を愛してやれるのは、天上天下にただ一人、この(オレ)だけだ」

 

 メーティスが口を閉じた。唇に力を入れて、それでも(こら)えきれずにフフッと笑った。

 

「ええ、確かに。

 ———()()()()()愛してやれるのは、でしょうが」

「……何が言いたい?」

「宣戦布告ですよ、ヒトの王。彼女を手中(しゅちゅう)に収めたくば、守護神たるこの(わたくし)を、殺してから御行(おゆ)きなさいな」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「お前たちを二手(ふたて)に分かれさせ、その両方に足止めを当てる。

 そうとも、前面に出る美味(おい)しい(やく)は、(わし)とギルガメッシュが担当する。その(うら)で綾子が儀式をやれば———そら、“詰み”だ」

 

 スカサハの唇は真一文字(まいちもんじ)に結ばれた。

 眉間(みけん)に少しシワを作り、二本の槍を翼のごとく広げ、腰を落とし、前のめりに構えをとる。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「「———さぁ、此処(ここ)からが本番だぞ」」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 腕を組むギルガメッシュの後ろの空間に、十を数える波紋が立った。

 坂の上から凛とメーティスとを見下ろして、ギルガメッシュは、その威容を(さら)け出す。

 

「ならば貴様の望み通り、“神話の戦い”を再現してやろう。

 ———(あわ)れな女神よ、この(オレ)()()してやる」






次回、Fate/stay night[Destiny Movement ]

———第二十三話、神話の戦い
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。