もしも、美綴綾子の迷言が、本当に伏線だったなら。 作:夜中 雨
スカサハが、高くで握った左手を
「—————“イマジナリ・アラウンド”」
……だが、何も変わらない。
周囲には大量の剣が突き立ったまま、空を覆う雲の群れは
この固有結界の
「“
「桜の魔力を、私が“
外見は何も変わるまい。だがこの世界は、サクラの魔術特性に感染している」
スカサハは槍を右手に、こちらに一歩近づいた。
「この固有結界は、すでに
俺はアーチャーの背中から手を離し、後ろに下がる。呆然としていた慎二の隣まで下がると、耳打ちした。
「大丈夫か? 慎二」
「衛宮うるさい。だいたいお前何しに来たんだ。前に出てろよ」
慎二の言葉を聞いて安心した俺は、腰に
「—————
スカサハを、というより“イマジナリ・アラウンド”という術を警戒したランサーが、腰を深く落として防御の体勢をとって、ボソッとこぼした。
「
アーチャーは、双剣を手に警戒しながら、少しずつ前に出た。
「ランサーのマスター。君は先ほど、どうして“アレ”を使わなかった?」
アーチャーは、ランサーとバセットさんとの二人と並んで、声を潜めて質問していた。
「あの状況だ、君の“アレ”ならばスカサハを一方的に殺せたのではないのか?」
「残念ながら、“
その
実際、前回の戦いではその
「つまり、私としてはどうしても、その
バセットさんが
「さぁな。あのスカサハだ、案外、ゲイボルクすら“切り札”じゃねえ可能性もある。考えだしたらキリなんざねぇよ。
まあ
そんなランサーを横目に見ながら、アーチャーが双剣を手放し、弓に持ちかえる。
「ならば、“イマジナリ・アラウンド”とやらが厄介だな。
起動はしているはずだが、何の気配もない。どんなカラクリが隠れているのか、まるで見当も付かん」
俺たちが悩んでいる
「しかし、最近の魔術師というのも、馬鹿には出来んな。
この場に流れる法則、“架空元素・虚数”なんぞというものは、我々の時代にはなかったものだ。
“人間が世界を理解しようとする事”を属性として落とし込むとは。
さしずめ、“最新の魔術属性”といったところか」
「貴様の戯言に付き合っていられる程、我々も暇ではないのでな。
この目で直接、確かめさせてもらう」
アーチャーは、矢を
「————
アーチャーの放った矢は、剣の丘の上を、青い光を引きながら一直線に飛んでいく。
スカサハに迎撃するようすはなかった。右手一本でゲイボルクを持ち、棒立ちに
そこに、
衝撃で地面が
地響きと衝撃波、爆音が鳴り止んだ後、ゆっくりと煙が晴れていく。
……だが、
だが、少し不思議なことがあった。キノコ雲の下、
「言ったはずだがな、『ここは虚数領域だ』、『桜の魔力に感染している』、と」
スカサハがいた。無傷でただ、立っていた。
「ココは“攻撃力”やら“防御力”やらが存在しない空間なのだ。あらゆる“比較”が、意味をなくす世界だからな」
右足に体重をかけて立っているスカサハは、右手に持っている
「
綾子から聞いたぞ。“架空元素・虚数”ほど、
と、スカサハは言った。
架空元素・虚数とは、“魔術理論としては存在するが、物質界には存在しないモノ”だ。
もしも
「先生、虚数なんて幽霊みたいなモノでしょう? あんなの信じていいんですか」と。
その人はきっと答えてくれる。
「どうだろうな。有ると便利だが、本当に虚数だなんてモノが存在するのか、私にも分からん」と。
数学者や科学者たちは、便利だから“虚数”という概念を使ってはいるが、だからといって、
それに、学校で初めて“虚数”というモノを勉強する時、大抵の学生は拒否反応をしめし、『虚数なんていらない』と思うワケだが———
その反応は、
“虚数”が
「虚数なんてモノを認めてしまうと、
今まで自分たちが慣れ親しんできたもの、それが根幹から揺らいでしまう。“
だからこそ、当時の人たちは、数学者ですら、虚数というモノを認めたくなかったのだ。そんなモノを認めてしまうと、人間たちが歩んできた、この、
虚数を認めた瞬間、我々の文明が築き上げてきたモノの根幹に、致命的な
人類の集合的無意識、“アラヤ”は、人類の航海図たる“
かくして、この世界の人間は、その大多数は、虚数を嫌悪することに
そもそもの話、虚数なんぞという意味不明なモノをサラッと登場させる“数学という学問”
だがもちろん、『虚数の意味を理解できない』という人は
“
その言葉
つまり、“虚数”ד虚数”=“マイナスなんちゃら”、だと言っているだけだから。だが、それ
衛宮士郎という人物の設定をあげるなら、『
——と、いったところだろうか。
では、この設定を知って、衛宮士郎という人物を好きになれる人間が、
好きになるためには、設定以外の何か、“
人はいつも、正しい事を言えば説得できると思いこむ生き物だ。
“
……本当にそうだろうか。
不登校の子供に、「学校に行くのが正しい事だ」と言えば、それだけで学校に行くようになるのだろうか。
通り魔に我が子を殺された母親に、「通り魔に
今まさに
そうだ。結局、どれ程正しい事だとしても、“
そんな事だから、虚数という概念は魔術世界・科学世界を
そんな“虚数”の性質をひとつだけあげるとするならば、それは“虚数に感染したモノは
RPGに例えるなら、“ゲーム世界の全てのパラメーターに文字バケを引き起こさせるウィルス”のようなモノで、敵へのダメージの判定すら出来くなる。文字バケを起こしたパラメーター同士で『どっちが強いか』なんて、計算できるはずもないのだから。
「既存の価値観を叩き壊し、周りの人間に不快感しか与えない。だが、便利だから使えるモノ。
“架空元素・虚数”とは、まさに、
爆発が起こり、爆風が吹き荒れる。
その中からスカサハが、爆風を突っ切って走り抜け、槍を構え、突きを繰り出す。
槍の先端で前方の空間を
スカサハとの距離が開いたことでバセットさんが気を緩めそうになった瞬間、スカサハは槍を地面と水平にぶん回しながら、その槍の遠心力に乗って、バセットさんの右隣に飛び込んだ。
バセットさんを狙ったスカサハの槍は、ランサーによって弾かれる。
スカサハは、ランサーが己の槍を弾く力をも利用してさらに槍をもう一回転、真正面から来たアーチャーに叩きつけた。
アーチャーも、ランサーの援護と自分の防御のために周囲に刺さっている剣の群れを引き抜き、スカサハに飛ばしてはいるが、そのことごとくが無視されていた。
飛んで来る
上から降ってきた槍の
スカサハが左手で受け止める。
残った左足で地面を蹴ったアーチャーは、蹴りを受け止めたスカサハの左手を踏み台にして、距離を取った。
「小僧、準備だ。固有結界を
「———何?」
驚きだった。
アーチャーが展開した固有結界が、アーチャーの手を離れかけていたことに。
「魔力を、お前に流すだけで良いんだよな。アーチャー」
俺はアーチャーの後ろに陣取り、声をかける。すでに魔術回路を回し、魔力の生成を始めている。
「覚悟しておけ、衛宮士郎。恐らくは固有結界の解除だけで、魔力は全部持っていかれるぞ」
「かと言って、このままだと永遠に遠坂の魔力を
俺は、アーチャーの背中に、もう一度手を置いたのだった。
アーチャーの背中に力がこもる。ググッと筋肉が収縮し、わずかに猫背になった。
スカサハの標的が変更される。ランサーと打ち合う槍をそのままに、左手にもう一本のゲイボルクを召喚、ランサーの槍を挟み込むようにして巻き上げ、吹き飛ばした。
ランサーはその
二回転三
クルクルと回る槍がランサーの右足首に吸い付くように回転し、
スカサハが、こっちに向かって走って来る。両手の槍が真っ赤に輝く。
「
スカサハが左手の槍を突き出した。因果逆転の呪い、それを“アーチャーの心臓を
スカサハに巻き上げられ、吹き飛ばされた槍の勢いはそのままに、ランサーは右足を
「—————
あり得ない
———ここまで、一瞬の出来事だった。
“イマジナリ・アラウンド”という名前の魔術に汚染された固有結界を解除するために、アーチャーが
アーチャーの目は
その一瞬、無防備なこの瞬間、アーチャーはスカサハに反応出来ない。
スカサハはワザと左手のゲイボルクでランサーの槍と拮抗させている。そうすればこの瞬間、ランサーはアーチャーを護るための
———ケルト神話、アルスターサイクルの英雄、彼のクー・フーリンを育てた師匠は、
それでも
まるで“鶴翼三連”のような
アーチャーの最も使い慣れた双剣、
アーチャーとって切り札とすら言える
そう、事ここに
「——————
だが、そんな“
「——————
スカサハの後ろから声がした。
スカサハの動きが、一瞬止まった。
「—————おおぉぉぉぉ、りゃぁぁっっ——!!」
空中で、右足の
急速に分裂を始める槍の
ランサーのゲイボルクがスカサハのいた場所に
スカサハは、俺たちより二十メートルほど後退していた。
「……おせぇぞ、バセット」
そう言ったランサーの顔は、ほころんでいた。
「文句を言わないでください、ランサー。やっと
俺たちから見て左斜め前。ちょうど、さっきまでスカサハがいた場所を挟み込む位置にバセットさんがいる。彼女の
———そして、
「足止めばかり頼んで。すまなかったな、ランサー」
「はっ、本気でそう思ってんなら、ニヤけたツラをどうにかしやがれ」
薄く雲がかかった夜空。
大きな月が浮いていた。
それは、綺麗な半月だった。
「
バセットさんはランサーに背中を
バセットさんの背後をカバーできる位置に立ったランサーが、今の発言に口をはさんだ。
「ゴチャゴチャ考えるだけ無駄だ、バセット。スカサハのヤロウ、オレに修行をつけてた頃より強くなってやがる。あの女に関しちゃあ、常識の外にいると思った方がいいくらいだからな」
まぁ、でも。と脚を開いて腰を落とし、体に添わせるように槍を構えた。
「固有結界は解除して、
アーチャーの方は知らねえが、ことオレたちにとっちゃあ、切り札を切れば抜けられる。
———そうだろ、師匠?」
ランサーが
「———さて、どうだろうな?」
スカサハは両足を重ねるように、
「いずれにせよイマジナリ・アラウンドは健在だ、現実空間にも感染している。
お前の言うように、あらゆるパラメーターが意味を無くす世界でも“ゲイボルク”や“ルーの剣”は効果を発揮するのも知っているが———」
スカサハは構えを崩さないままに俺たち全員を見渡した。
「お前たちは、“
しかし、逆を考えてみようとは、しなかったな?
セタンタは言うに及ばず、士郎にも教えた筈だが……。『物事は自分たちの視点からだけでなく、敵の視点からも考えるように』と」
「オイっ、てことはまさか……」
「そう、そのまさかだセタンタ。お前たちが“
綾子の本当の
「待てよ、師匠。てことは何だ、“
「
ふと、考える。
こっちの“アンリ・マユ拡散の儀式”の保険のために、美綴がどこかに向かってるとは、俺にはあまり思えなかった。美綴の性格を考えると、むしろ……
「“どっちでも良い”んだ。
どちらか一つでも成功すれば世界を滅ぼせる。そんな儀式が二つあるのか」
「そうとも、どちらでも
———足止めが、
◇ ◇ ◇
「そんな、どうして?
一騎増えるだけでもあり得ないのに、九番目のサーヴァントだなんて……」
「マヌケめ、どこに目をつけておるか。召喚の順序から言えば、この
「……。まさかとは思いましたが、ここで
そう言って、メーティスは盾を呼び出した。左手に盾を持ち、構え、アルトリアと凛を後ろに
ゴゥゥ、と風が吹いた。山から吹き下ろした風が、ギルガメッシュの背後から吹きつける。メーティスの
「しかし、見上げた
赤い腰布のついた全身
「自分を捨て駒に、
エポナは捕まった。だがエポナの奮闘で、メーティスたち三人は、鎖から距離を取ることに成功していた。
エポナが鎖で
そこから十五メートルほど手前で、メーティスは盾を構え、二人より前に出る。後ろで、アルトリアは聖剣を持ち、凛はエメラルドを
「アルトリア、遠坂凛、お二人は
「はっ? ちょっ、メーティス何言って———」
「美綴綾子が向かった先は、
———お行きなさい、アルトリア」
メーティスは目線だけをアルトリアに一瞬飛ばす。
アルトリアは、思わず声を上げていた。
「
「
メーティスは、今度こそ完全に振り返り、アルトリアを眺めた。
「
———
アルトリアが
「リン———」
「先に行って、セイバー」
凛は左手にエメラルドを持ち替えると、右手にサファイアを取り出して三歩進み、メーティスと並んだ。
「私が、マスターとして士郎より下だと思われる事に我慢ならないってのもあるけど……こんな関係でも、メーティスのマスターなのよね、私。
だからまぁ……見届けさせなさい、メーティス。目の前の金ピカに勝って、サッサとセイバーを追いかけるわよっ!」
「そう意気込むこともないぞ、娘。そこなセイバーをこちらへ
「……あら、
「ハッ、当然であろう。
貴様が
ヒトの領分を超えた悲願に手を出した愚か者。その破滅を愛してやれるのは、天上天下にただ一人、この
メーティスが口を閉じた。唇に力を入れて、それでも
「ええ、確かに。
———
「……何が言いたい?」
「宣戦布告ですよ、ヒトの王。彼女を
◇ ◇ ◇
「お前たちを
そうとも、前面に出る
スカサハの唇は
◇ ◇ ◇
「「———さぁ、
◇ ◇ ◇
腕を組むギルガメッシュの後ろの空間に、十を数える波紋が立った。
坂の上から凛とメーティスとを見下ろして、ギルガメッシュは、その威容を
「ならば貴様の望み通り、“神話の戦い”を再現してやろう。
———
次回、Fate/stay night[Destiny Movement ]
———第二十三話、神話の戦い