もしも、美綴綾子の迷言が、本当に伏線だったなら。   作:夜中 雨

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※食事中の方は、気をつけてお読みください。
 一応、そういった表現があります。




《第二十三話、神話の戦い》

 

 

 腕を組んで仁王(におう)()ちする黄金の王(ギルガメッシュ)は、ここに開戦を宣言した。

 

「ならば貴様の望み通り、“神話の戦い”を再現してやろう。

 ———(あわ)れな女神よ、この(オレ)()()してやる」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 坂の上を陣取るギルガメッシュが(あご)を上げる。その背後に十数個の波紋が立ち、その(うち)から剣身(けんしん)が姿を(あらわ)す。

 

「せめて(オレ)(たの)しませろ、駄女神(だめがみ)

 

 背後に浮かんだ波紋の中から顔を(のぞ)かせた剣たちを一斉(いっせい)に射出。十数振りの剣は、まるで流星群のごとくメーティスに飛んでいった。

 

「凛、三十メートル(ほど)退()がってくださいな」

 

 メーティスは左手の盾を大きく(かか)げる。盾の表面にある仮面の目が、飛来する剣群(けんぐん)(とら)える。

 飛んできた剣の群れは、目に見えて遅くなった。いくつも(かぞ)えないうちに完全に停止し、空中で固まった。

 凛はメーティスの指示通り、後ろを向いてダッシュした。強化魔術を(ほどこ)された凛の両脚(りょうあし)は地面を蹴り、(またた)()に三十メートルを走りきる。

 ズガガガガッ、と凛の後ろで土煙(つちけむり)が立ち(のぼ)る。近くに突っ立っている巨木に手をついて振り返れば、自分がさっきまで立っていた場所には、いくつものクレーターが存在するのみだった。

 

()ずは、此方(こちら)の宝具を切るところからですね。このままでは戦いにすら持ち込めませんし……」

「ッツ———!!」

 

 凛の両肩が()ね上がった。背中から頭にかけての毛穴が泡立ち、鳥肌が立った。

 

「ちょっとメーティス! 後ろから急に声かけないでよ、驚くじゃないの!!」

 

 凛が目線だけを後ろ、木の影に向けた。

 

「そう言われましても……」

 

 凛の後ろに現れたメーティスは、少しだけ眉根(まゆね)を寄せる。

 そんなメーティスの反応を半ば無視して、凛はギルガメッシュを視界に収めたまま、メーティスに聴いた。

 

「それで? 何の話なのよ」

(わたくし)の宝具の話です。

 エポナは殺され、仮面盾(アイギス)ではいつまで()つか(わか)りません。

 ———ですから、最終宝具を発動させます」

 時間を(かせ)いで下さいませんか? と、メーティスは凛に盾を押しつけ、木陰(こかげ)から飛び出していった。

 

「ちょ、調子に乗るんじゃないわよ!」

 

 凛も(あわ)てて駆け出した。

 全く、何だっていうんだろう。士郎と関わった(おんな)(たち)は、何でこうも暴走(ぼうそう)気味(ぎみ)になるんだろう。

 

 凛は脚を動かしながら考える。

 メーティスが急に飛び出したのは、私に考える時間を与えないようにするためだ。(げん)に私は、心の贅肉(ぜいにく)(ののし)りながら走り出してしまった。

 メーティスが『時間を(かせ)いで下さいませんか』と言ったからには、ギルガメッシュとかいう金ピカの攻撃を気にせずに動きたいと言う事。集中するなり、真名(しんめい)を解放するなり、時間がかかるというワケだ。

 ここで問題になってくるのは、“どれくらいの時間を(かせ)げば良いのか”だが、これに関してはあまり考えなくてもいいと思う。戦闘中に一分も二分も時間を(ひね)り出せと言うのなら、一言あってもいいはずだ。そして時間を(かせ)ぐ方法も厳選(げんせん)する必要がある。

 なのに、あの女神は、何もしなかった。

 なら、後は簡単だ。あの女神が、遠坂凛に(おこな)わせたい動作(どうさ)を、そのままなぞってやるだけでいいのだから———

 

 メーティスが林の中を(かけ)(めぐ)る。

 ギルガメッシュの目の前、彼の視界の中を左から右へ駆け抜ける。ギルガメッシュはその痩躯(そうく)を瞳の中で追いかけながら、王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)を展開、自身の背後に細波(さざなみ)()った三つの波紋から、それぞれ“神殺しの剣”を一振りずつ射出した。

 ギルガメッシュが射出した三振(みふ)りの剣を一瞥(いちべつ)したメーティスは、速度を落とすことなく手短(てみじか)()に突っ込んだ。

 剣が着弾する寸前(すんぜん)、メーティスが地面を蹴って()び上がると、“壁走り”の要領で、樹の幹に左足を置く。右脚を振り上げる勢いも利用してさらに加速すると、空中で側転(そくてん)して上下逆さまになり、三発の剣弾をやり過ごした。

 ギルガメッシュの口がへの字に曲がる。

 滞空しているメーティス目掛けてさらに三発、先ほど発生させた波紋を使って剣弾(けんだん)を射出した。

 上下逆さまの体勢から、“後ろ回り”の要領で姿勢を制御、空中で体勢を立て直したメーティスは、迫り来る剣弾から目を()らすことなく別の樹の幹に両脚を揃えて着地する。

 両脚をバネに、自分の体を撃ち出すメーティス。空中で縦に回転しながら剣弾に突っ込んでいくと、三発の剣弾のうち、一番右側の一発に(かかと)()としを叩き込む。縦に回転する勢いを全て乗せた、右脚による一撃だった。

 

小癪(こしゃく)な……ナッ———ッツ!!」

 

 ギルガメッシュが硬直した。腕を組んだまま、坂道の上から凛とメーティスとを見下ろした状態で。

 いつの間にか数が増えて二十(もん)ほどになった波紋から顔を出している剣群(けんぐん)すらも全てまとめて、完全に固まっている。

 

「メーティス! これでしくじったら、本当(ほんっとう)容赦(ようしゃ)しないんだからねっ!」

 

 ギルガメッシュの眼球がメーティスの後ろにいる凛を(とら)える。(それ)ゴルゴーンの仮面盾(ゴルゴニス・アイギス)を、両手で(ささ)げ持っていた。

 

「———そして、(わたくし)の最終宝具を展開するための、一手でもあるのですよ」

 

 ギルガメッシュは急ぎ、メーティスに視線を合わせる。

 真っ先に目についたのは、変化した(ひとみ)だった。その大きな月色(つきいろ)の瞳だ。ギルガメッシュの知っているイシュタルの日色(ひいろ)の瞳とは真逆(まぎゃく)の、それでいて、金色の瞳。

 ただ立っているだけのメーティスの瞳に、ギルガメッシュは()せられたのだ。

 

「ほぅ、(オレ)もこれまで、幾多(いくた)の魔眼を目にしてきたが———お前のそれは格別よな」

「ええ、(わたくし)のコレはあらゆる魔眼の原典でございますから。

 魔眼とは本来、この目のことを指すのです。この世に蔓延(はびこ)るあらゆる魔眼は、全て、(わたくし)の目の模倣(もほう)に過ぎない。

 ———ですが貴方には差し上げませんよ。この眼は()()()()()()でございますから」

「その姿に戻ってなお、紛い物(アレら)を姉と(しょう)するか。貴様のそれも、筋金(すじがね)()りよな」

 

 メーティスとギルガメッシュ、両者の(あいだ)に緊張がはしる。

 坂道の(うえ)(した)。お互いにただ立ったまま、静寂(せいじゃく)の時間が過ぎる。

 

「遠坂凛、それなり以上に、離れては(いただ)けませんか? 

 このままでは、巻き込んでしまいますので」

 

 凛は沈黙(ちんもく)を保ったまま、ギルガメッシュからも目を()らさずに、バックステップで距離を取る。

 ギルガメッシュの剣弾のせいで周囲の木々は()ぎ倒され、一面、見渡しが良くなっていた。凛はその境界線を越える。ギルガメッシュの被害の、(およ)んでいない位置まで退がる。

 

「———それでは」

 

 メーティスはギルガメッシュに向き直る。

 最終宝具を発動しても、メーティスの姿はほとんど変わらなかった。唯一変わった彼女の瞳は、強く月色(つきいろ)に輝いていた。

 

「“神話の戦い”を始めましょうか。

 (わたくし)も、明日(あす)夜明(よあ)けは見たいので、この場所で、(ひね)り潰して差し上げますね」

「ハッ、言いおるわ。

 ———だがな女神よ、気づいているか? 神話とは常に、ヒトの歴史に()(つぶ)されるということを」

 

 ギルガメッシュが右腕を上げる。真っ直ぐ伸ばした右手で(ちゅう)(つか)む。そんなギルガメッシュの右手を中心に黄金の波紋が立つと、その中から大きな(かぎ)を取り出した。

 それは黄金の(かぎ)だった。(つか)のついた、小太刀(こだち)ほどの大きさの(かぎ)

 ギルガメッシュはその(かぎ)虚空(こくう)に突き刺し、回す。

 変化はすぐに(おとず)れた。

 (かぎ)の先端から上空に、赤い、魔術回路ような、あるいは巨大な樹形図(じゅけいず)のような、直線的な固形魔力が展開される。(かぎ)の先端を起点に、上空にいくにしたがって広く、大きく広がった樹形図(じゅけいず)(がた)の赤い魔力は、一瞬光ったかと思うと、急速に縮み、黄金の(かぎ)の先端に収束した。

 

「…………なっ、な……」

 

 凛が、口を開けて固まった。目が、離せなかった。ギルガメッシュとかいうサーヴァントが持つ、ソレ。先ほどの黄金の(かぎ)から変化した、剣のようなモノ。

 凛はソレを見上げる形で固まって、何かを言おうとして、何も言えなかった。

 ———(つか)がある。黄金のアームガードが付いている。その刀身があるところには、赤い幾何(きか)(がく)模様(もよう)が発光する、黒い円筒(えんとう)があるのみだった。

 

「“神話の戦い”と言うからには、この(オレ)も、本気で相手をしようではないか」

 

 突っ立っているだけのギルガメッシュが浮いていく。彼を中心に莫大(ばくだい)な魔力の奔流(ほんりゅう)(たた)え、まるで重力など無いかのように、ギルガメッシュは(ちゅう)にいた。

 

「忘れられた(あわ)れな女神よ、見せてやろう。これこそが、ヒトの(つむ)いだ重みと力よ。

 ———吹き荒れよ、エア。

 見よ! 天地を分かち、神を切り離し、ヒトとしての歴史を(ひら)いた。(オレ)()(ぎょう)をっ!」

 

 天高(てんたか)(かか)げた円筒形(えんとうけい)の、剣の先端部分が回転する。

 赤く色付いた魔力を逆巻(さかま)きながら放出する神造兵装(しんぞうへいそう)乖離(かいり)(けん)。その(きっさき)をメーティスに向けて、黄金の王は、自らの最強宝具の、真名(しんめい)(うた)()げる。

 

「それこそが、この(オレ)物語(ものがたり)天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)よっ!!」

 

 その時、メーティスが右腕を突き出した。

 衝撃波が駆け抜ける。

 ギルガメッシュの宝具、天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)出鼻(でばな)(とら)えた一撃は乖離(かいり)(けん)の先端に当たり、剣に巻き込まれて(せめ)ぎ合う風を吹き散らした。

 右拳(うけん)の衝撃が、空中にいるギルガメッシュを強く叩く。赤い腰布がバタバタはためく。ギルガメッシュが歯を()いしばる。

 そして、宝具に魔力を()じ込んだ。

 

「———(あま)いわぁぁぁっ!!」

 

 乖離(かいり)(けん)の三つの円筒(えんとう)が回転を強める。それぞれが、(となり)円筒(えんとう)に対して逆回転し、それぞれが風を巻き込むことで発生する暴風の断層が擬似(ぎじ)(てき)な時空断層となり、ギルガメッシュの腕の突きと共にメーティスへと襲い来る。

 対するメーティスは、突き出した右拳(みぎこぶし)(ひら)き、五指を揃え、(てのひら)乖離(かいり)(けん)に照準する。その右掌(みぎてのひら)を基準にして左手を引き(しぼ)り、両手の(あいだ)で、メーティスは魔力をスパークさせた。

 黄金の光が、メーティスの両手の(あいだ)の空間から、外に向かって溢れ出る。その中から現れたのは、月色(つきいろ)に輝く矢であった。

 

「———————母親殺しへの贄の天罰(イーピゲネイア・エクディーキッスィ)

 

 メーティスが弓もなく放った矢と、乖離(かいり)(けん)の放つ時空断層(じくうだんそう)旋風(せんぷう)が衝突した。

 月色(つきいろ)の矢は乖離(かいり)(けん)の時空断層に触れるやいなや細切れにされ周囲に光を撒き散らしながら消滅する。

 ———衝突の様子(ようす)を観ていたギルガメッシュが、目を細める。

 次の瞬間、時空断層を内包(ないほう)する乖離(かいり)(けん)の暴風は、自らで自らを喰らい合い、時空断層どうしがぶつかり合い、それぞれで対消滅(ついしょうめつ)を引き起こし、メーティスに届くころには、完全に消えてしまった。

 

「———なるほど、貴様のソレは対神宝具、“神の権能を強制的に自身へと返還させる宝具”という訳か」

 

 今のは、“アルテミスの天罰”だった。

 かつてアルテミスの巫女だったイーピゲネイアという少女がいた。トロイア遠征隊が嵐から逃げてアウリスの港に立ち寄った時、アガメムノーンという男は仲間の隊長たちに説得されて、娘のイーピゲネイアを魔女として殺害した。

 これを知ったアルテミスは、運命を操り偶然を利用して、アガメムノーンが勝手に生贄(いけにえ)となって死ぬように、天罰を与えたのだった。

 “アルテミスの天罰”が描かれるのは、主に“母親殺し”に対してである事が多い。自らを産み落とした母という存在をその手にかける事。それは父権制(ふけんせい)であるギリシア神話が始まるまでは“ 究極の法を破った罪”だった。

 ギリシア神話世界では、この法を嫌ったゼウス一派によって『母というのは、その母の子と呼ばれる者の生みの親ではない、その胎内に新しく宿った“(たね)を育てる者”に過ぎないのだ。子を(もう)けるのは父親であり、母はただあたかも主人が客をもてなすように、その若い芽を護り育ててゆくわけなのだ』という理論のもと、『父親のみを“親”と認めることで“母親殺し”という現象は存在し()ない。よって、母を殺すことは罪ではない』という法律を作り上げ、アルテミスの権能の一部を剥奪(はくだつ)した。

 ゆえにこれは、今のアルテミスでは使えなくなった“(たい)()のアルテミスの天罰”だった。

 

 ギルガメッシュはもう一度乖離(かいり)(けん)を振り上げ、上段に構えた状態で、メーティスの力を分析する。

 

「……だが———」

 

 ギルガメッシュは口をつぐんだ。しかし、“ギルガメッシュが何を()たからそれを言おうとしたのか”は、すぐに知られる事になる。

 それは、メーティスを見れば一発だった。

 

「アッ——————ッ!!」

 

 メーティスが少し前屈(まえかが)みになって、左肩を押さえていた。その左肩から先、メーティスの左腕(ひだりうで)は脱力していて、左脚の少し前で揺れている。

 そんな、メーティスの左腕(ひだりうで)は白く、所々(ところどころ)が濃い青緑(あおみどり)(いろ)に変色していた。腕の皮膚(ひふ)次第(しだい)に伸びて、ゆっくりと垂れていく。腕のいたる所で急速に水膨(みずぶく)れが膨張し、破裂する。

 そして何より、メーティスの左腕(さわん)各所(かくしょ)から、蛆虫(うじむし)が湧き出してきた。

 

 メーティスが左腕(さわん)を垂らし苦しむ姿を(なが)め見て、ギルガメッシュはもう一度、王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)を、大量の波紋を展開する。

 

左腕(ひだりうで)が腐り果てた……だけではないな。貴様の左腕(ソコ)から、神秘と魔力が急速に抜け落ちている。左腕(ひだりうで)ごと、アルテミスに奪われよったな?」

 

 (くだ)らん、と吐き捨てたギルガメッシュは、乖離(かいり)(けん)を振りかぶった状態で、波紋から神殺しの武具を大量に射出。続けて、乖離(かいり)(けん)を起動した。

 

「まるで(くだ)らん。

 ———興醒(きょうざ)めも(はなは)だしいぞっ! ()女神(めがみ)ッ!!」

 

 乖離(かいり)(けん)が振り下ろされる。

 吹き荒れる時空断層の嵐と、飛んでくる剣群。

 上から眺めるつまらなそうなギルガメッシュの顔が———(きょう)(がく)()(ひら)かれた。

 

「一度でも権能を使えば、(わたくし)奪回(だっかい)されたことに気付(きづ)かれる。気付(きづ)かれただけで、肉体ごと奪われる脆弱(ぜいじゃく)な神性 。ですが、

 ———()めないで下さいね、英雄王。こうして無様(ぶざま)(さら)そうとも、(わたくし)も大地母神が一柱(ひとはしら)。神話体系の生みの親、万神(ばんしん)(はは)の一人です。

 残った力で勝利を(つか)み取ることの、なんと———容易(たやす)いことかッ」

 

 メーティスは腐り果て、ちぎれ落ちた左腕(ひだりうで)を完全に無視し、左肩(ひだりかた)を押さえながら、()()()()()()()()()()()()()()

 メーティスは腕を失い、それでもドレスを(ひるがえ)しながら、アマゾネスの女神として、立っていた。

 ギルガメッシュの口から「クッ!」という声が()れた。

 

石化の魔眼(キュベレイ)、双子の女神の光輪(こうりん)をも取り込んだ、その(しん)姿(すがた)かっ」

 

 ギルガメッシュが乖離(かいり)(けん)の出力を上げる。赤い嵐が吹き荒れる。しかし、メーティスに届くことはなかった。

 

「メドゥーサの魔眼の中に、(わたくし)の名の一つが残っていて良かったです。

 こうして、貴方(あなた)に対抗できる」

 

 メーティスは右手をギュッと握ると、右腕を真横(まよこ)にピンと伸ばす。(てのひら)を上に指を(ほど)くと、その中には小さな蛇が存在していた。

 メーティスの(てのひら)に収まる大きさの、細くて長い水の蛇。メーティスの「お()きなさい」の()け声で、その蛇は空中を泳いで、メーティスの後ろの方に飛んで行った。

 そして、ギルガメッシュに集中する。

 

「はぁぁぁぁああっ——————ッ!!」

 

 メーティスは腐りかけた(りょう)(がん)から血を流しながら、ギルガメッシュを(にら)み付ける。(りょう)(がん)が内側から爆散することと引き換えに石化の魔眼(キュベレイ)の出力をさらに上げたメーティスは、時空断層の嵐を抜いて、乖離(かいり)(けん)本体に効力を届かせることに成功した。

 とは言え、メーティスの魔眼(ゴルゴーン)の性質は“戦意の喪失(そうしつ)”。ゴルゴーンの仮面盾(ゴルゴニス・アイギス)の宝具と同じに、石化させる事は本質ではない。

 ゆえに、乖離(かいり)(けん)の硬直時間はそう長くない。“一瞥(いちべつ)するだけでモノの本質を見抜く眼”を持つギルガメッシュに、すでに一度見られている。だから、この眼で見られた場合の対処法も、知られていると思って行動すべきだ。

 

「———(かこ)いなさいな、オケアノスっ!」

 

 だからメーティスは、ペットを呼んだ。

 

 突如(とつじょ)、海が立ち上がった。海の水が、その巨大な鎌首(かまくび)をもたたげ、海水で出来た巨大な蛇が、空中を泳ぎ出した。

 ギルガメッシュは一度脱力する。メーティスの魔眼の能力は“ 相手の『攻撃しよう』という意志そのものを縛るもの”。だから、もう一度動きたいのなら、一度脱力し、自らを(しず)め、心を穏やかにする必要がある。

 この時、ギルガメッシュは無防備になる。だが、ギルガメッシュには()えていた。目の前に迫りくる海水の蛇が、何をしようとしているのかを。

 

「———神代(じんだい)回帰(かいき)か」

「ええ、この体です。(わたくし)は長期戦闘に向いておりません。(ゆえ)に、全力で戦える“場”を用意しました」

 

 海水と融合して巨大化した蛇、“オケアノス”と呼ばれた水の蛇が、周囲を旋回(せんかい)しながら浮遊していた。ギルガメッシュやメーティス、凛の周囲を大きく取り巻くように回遊する海流の蛇(オケアノス)は、次第(しだい)に自分の尾に追いついて、噛み付いた。(へび)(くち)尻尾(しっぽ)が触れた場所から合体し、ひとつの巨大な、円環(えんかん)し浮遊する海流になった。

 ———“オケアノス大結界”。

 最も古いタイプの結界のひとつ。水の流れによる円環結界(えんかんけっかい)だ。

 

 ギギギギッ、と時空の()れ合う音がする。

 その音を聞いて、ギルガメッシュは凄惨(せいさん)に笑う。

 

()いぞ、ならば(まく)()けといこうではないか。

 ———円環(えんかん)の大地母神よ、精々(オレ)(たの)しませよ。貴様のそれが、“気に入らぬ結末を、本を最初から読み直すことで回避しようとする愚行”であるのだとしても、道化っぷりは認めてやる。精々足掻(あが)き、この()(あと)を残すが()いぞっ!」

 

 メーティスが走る。空中にいるギルガメッシュの足元へと。姿勢を低くし、上体(じょうたい)を前に傾け、右腕は後ろを押し出す感じで、(すべ)るように前へと進む。

 ギルガメッシュが剣を放つ。自身の宝物庫に眠る武具のうち、目の前の女神の神性を貫通し()る性能を持つものを厳選し、走るメーティスに射出する。だが———

 

()(ほど)、砕け散った目で良く避ける。戦闘部族の神だけはあるな」

 

 メーティスは脚の回転を緩めることなく、ただ歩幅(ほはば)の調節だけで自分のスピードに緩急(かんきゅう)をつけ、飛来(ひらい)する剣を(かわ)していく。

 ギルガメッシュは一度、王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)を全て仕舞(しま)うと、新しい波紋を展開、さらなる武器を撃ち放つ。

 メーティスはそれも(かわ)そうとして、その行動を途中でキャンセル。空に向かって跳び上がりながら、大きく右脚を振り抜いた。

 

「———————歪められた女神の話(プルートニス・ヒストォリア)

 

 振り抜いたメーティスの右脚は風を巻き込み、風が権能に染められた。ペルセポネの権能によって“黄泉(よみ)(おく)り”の効果を付加された風は、ギルガメッシュが撃ち出した宝具の数々を、その効果が発揮されるより前に、(まと)めて異次元に飛ばしてしまう。

 

 そして、メーティスの右脚が腐り始める。

 (あお)いドレスの(すそ)から見える右脚は、すでに変色を始めている。皮膚の下で蛆虫(うじむし)(うごめ)いているのが分かる。

 それらの一切合切(いっさいがっさい)を、奥歯を噛みしめて(こら)えたメーティスが飛び込んだ。さっきまで剣群が存在していた空間を通り過ぎ、空中にいるギルガメッシュの目の前まで迫った時、メーティスは右腕を振りかぶる。

 

 ギルガメッシュが石化の魔眼(キュベレイ)の完成形、停戦の魔眼(ゴルゴーン)の対処法を看破したのと同じように、メーティスもまた、乖離(かいり)(けん)の欠点を看破していた。

 それは、“乖離(かいり)(けん)が強過ぎる”という事だ。発動前に発生する吹き荒れる魔力によって、“王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)”からの宝具射出攻撃が不可能となる。ゆえに、王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)からの弾幕によってメーティスを足止めしつつ天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)をチャージすることができない。

 メーティスはこうして、高速起動による接近戦に勝機を見出した。

 

 ギルガメッシュがとっさに波紋を展開、宝物庫から盾の宝具を呼び寄せ、左手で()(つか)み、メーティスのパンチの軌道上に配置した。

 

 ゴォォーーン! と(かね)を叩いたような音が響いた。

 自らの(こぶし)に金属の硬さを感じながら、メーティスは腕を内側に(ねじ)る。

 メーティスの右腕が(わず)かに伸びた。メーティスのパンチに耐えるためにギルガメッシュは力を入れて全身が硬直している。その上から、メーティスの右腕が伸びた分の衝撃が、まるで打ち寄せる波のように、ギルガメッシュの体幹(たいかん)(おそ)う。

 

(なに)っ——————?」

 

 ギルガメッシュ自身、不思議なくらい気持ちよく、痛みの一切(いっさい)を感じることなく、地面に吹っ飛ばされていた。

 

 ———骨に対して筋肉は螺旋状に付いている。だから、人の体は螺旋状に動くようにできている。

 つまり、『腕を普通に上げなさい』と言われてその通りに行動する時は、()()()()()()()()()()のが自然なのだ。その体勢こそが“腕が最も高く上がる姿勢”でもある。

 しかし、『腕を普通に上げなさい』といきなり言われて、(ねじ)りながら上げる人はまずいない。

 “真っ直ぐに上げる”ってなんだろう? 

 腕を(ねじ)らずそのまま上げる? 

 まるでロボットのように? 

 人間の肉体の構造を(かんが)みると、筋肉は“螺旋状”についている。だから人の体は“螺旋”に動くようにできている。それが“自然な動き”なのだ。でも、思い込みによって“普通に動く”つもりが、いつの間にか“不自然な動き”になってしまった。

 “不自然な動き”でも、生きていける環境だからだ。

 不自然な動きを続ければ、必ず何処(どこ)かがおかしくなる。昔の人々も、きっとそれが分かっていたに違いない。だって、それぞれの国ごとに、対処法が伝承(でんしょう)され続けているのだから。

 ヨガや武術は、その発祥を紀元前まで(さかのぼ)る。

 スポーツの起源は、三万年前には確認されている。

 ウェイト・トレーニングは、ギリシア・ローマ時代だ。

 ———そうやって人々は、文明の発達によって“自然から解離(かいり)してしまう身体(からだ)”をなんとか(つな)ぎ止めようとしていた。

 それでもやがて、文明の発展に身体(からだ)の調整が追いつかなくなる時代が来る。

 ———現代だ。

 おそらく、現代のトップアスリートでさえ、古代ギリシアやメソポタミアで“普通に生活する”だけで、相当に消耗(しょうもう)するだろう。“日常”に求められる身体性能(しんたいせいのう)に、天と地ほどの差があるからだ。

 

 そういう意味では、ギルガメッシュの認識は正しい。

 

 ———その点で言えば前回のは落第だったな。あの程度の火で死に絶えるなど、今の人間は弱すぎる———

 

 では、今ここにいるメーティスはどうだろう。彼女は古代ギリシア世界の、さらに前に存在していた。その肉体理解(にくたいりかい)身体制御(しんたいせいぎょ)は、現代人の比ではない。加えて、“ 夜に留まされし運命の神(Fate / stay night)”を発動させ、ちゃんとしたサーヴァントとなったメーティスなら、どうだろうか。

 

 “純粋な盾としての性能”において、ギルガメッシュの王の財宝のなかでも、トップクラスの宝具を真正面から(つらぬ)いてギルガメッシュに衝撃だけを通し、吹き飛ばしたメーティスが着地する。

 右脚は腐り落ちているため左脚一本で着地したメーティスは、大きく(ひざ)を曲げ、しゃがみ込むようにして衝撃を逃す。遅れて、(あお)いドレスのスカート部分が、ふわふわと(ただよ)いながら、ゆっくりと(しず)まっていく。

 

 メーティスは節穴(ふしあな)となった両眼から血を流しながら、存在しない眼球で、それでもギルガメッシュに顔を向けた。

 

「よもやこの(オレ)が、このような無様を(さら)そうとはな」

 

 ギルガメッシュは、空中の至る所に波紋を展開し、そこから鎖を射出、それを別の波紋から宝物庫の中に繋げることで蜘蛛の巣のように網を張り、衝撃を吸収していた。

 そんなギルガメッシュは自分とメーティスとの(あいだ)王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)の波紋を壁のように展開し、中から魔術師の杖を(のぞ)かせて威嚇(いかく)牽制(けんせい)している。

 ギルガメッシュは体を起こしながら、メーティスの体を観察した。

 

「だが女神よ、すでに貴様に猶予(ゆうよ)は無いぞ? 

 この戦いも、(オレ)の勝利で幕引(まくひき)きよ」

「何を言っているのですか? (わたくし)にはまだ、左脚と右腕が残っていますよ。此処(ここ)からが大詰(おおづ)めです」

 

 メーティスは片脚でしゃがんだ姿勢から、(わず)かに重心を前に傾ける。何時(いつ)でも、ジェットのように突っ込んでいける体勢をとった。

 それを見たギルガメッシュが、笑う。

 もはや抑えが効かぬとばかりに、右手で顔を(おお)い、左手を腰にあて、笑うのを我慢しているようだったが、やがてそれも出来なくなり、最後には堂々と爆笑する。

 

「———貴様ッ、それでも女神か? 

 (おのれ)が今何を背負っているのかも感じ取れずに女神だと? 

 ハッ! 笑わせるな()女神(めがみ)め。貴様はすでに終わっているのだ。ここまで時間をかけた時点で、貴様の負けよ」

 

 ギルガメッシュの言葉を聞いて、メーティスが自分の体を点検する。

 目で見ることは出来ない。全身の感覚は痛みが飽和(ほうわ)していて役に立たない。だから残った右手で体のあちこちを触り、異常がないかを確認する。と同時に、指先から魔力を流し、神秘的な視点からも確認した。

 すると———

 

「ガッ、ああぁぁぁぁああッ——————ッツ!!」

 

 右腕が、内側から(ねじ)り切られた。

 体から離れていく右腕、右肩に残る神秘を感じる。

 ———知っている。

 メーティスは、この感じを知っている。

 

 ——————女神アテナ——————

 

 マズい、このままではマズいと直感したメーティスは攻勢にでる。

 自分の右肩にはアテナの神秘がこびり付いて離れない。そしてさらに、メーティスの体をも、侵食しようとして来ていた。

 

 メーティスは、気持ち前のめりになっていた重心をさらに前へ、完全に倒れそうになる寸前(すんぜん)で魔力を()めた左脚を解放。自分の体重と、それに対する地面からの反発を左脚で受け止めながら、その全てを推進力(すいしんりょく)に転化する——————直前、メーティスの子宮が握り潰された。

 

「ッ—————————ッツ…………!!」

 

 最早(もはや)何の声もなく、メーティスは崩れ落ちた。

 うつ伏せに倒れる両手右脚のないメーティスに、ギルガメッシュがゆっくりと歩いて行った。

 

「右腕に加えて、子宮までも潰されよったな? 潰したのはアテナと……ヘラか。

 あまりにも暴れ過ぎたな、円環(えんかん)の女神よ。貴様側からアクセスせずとも、向こう側から干渉(かんしょ)されるとは……」

 

 ギルガメッシュは、倒れたメーティスから(いく)らか離れた場所で止まった。取り出してから、ついに一度も仕舞(しま)わなかった乖離(かいり)(けん)を高く(かか)げ、ゆっくりと起動する。

 

「この結末は、(わか)り切っていた筈だがな。何故(なぜ)宝具を起動した? 一度でも起動させてしまえば、貴様は“ギリシア神話という地獄”を追体験(ついたいけん)することになる。

 例え、気に食わぬ結末を(むか)えた物語であろうとも、否定することに意味などあるまい。例え始めから読み返したとしても、いつかまた、結末を読み直す羽目(はめ)になるだけだ」

 

 ギルガメッシュの(かか)げる乖離(かいり)(けん)の先端、三つの円筒(えんとう)(たが)(ちが)いに回転を始める。その一つ一つが、ひとつの世界を象徴するとすら言われる円筒(えんとう)が、それぞれに発生させた三層の力場によって時空流を()み出し空間変動を引き起こす。空間を巻き込み、(ねじ)り、千切(ちぎ)り、時空断層を発生させる。

 先端を上に向けられた乖離(かいり)(けん)から発生する時空断層の嵐は次第(しだい)にその半径を縮め、段々と細くなっていく。

 それが、まるで一本の赤い線のように見えた時、メーティスの口が(わず)かに動いた。

 

「ま……っ。まだ、です」

 

 メーティスは首の力だけでギルガメッシュを見上げる。

 高く掲げる乖離(かいり)(けん)の、“創造神エアの権能”を一部再現した力場がまるで剣のように収束した。

 ———それはまるで、赤く(まる)い実体のない光の剣。乖離(かいり)(けん)の先端からビームセイバーのように発生する“権能の力場”はゆっくりと、だか確実に、世界そのものに干渉(かんしょう)していた。海流によって世界を定義する大結界オケアノスが(きし)みを上げる。“神代(じんだい)回帰(かいき)”の起点となった海水の蛇(オケアノス)が、悲鳴を上げた。

 メーティスは存在しない(ひとみ)でギルガメッシュを見上げながら、自身の想いを(つむ)ぎ出した。

 

「例え、この先が地獄だとしても、構わないんです。

 例え、この先に無限の苦しみが待ち受けていたとしても、大丈夫。

 ———(わたくし)は、嬉しかったのです。あの瞬間は、何があっても忘れない。

 この先、(わたくし)がどうなろうとも———ずっと、幸せなのですから」

 

 うつ伏せに倒れているメーティスの左脚に神秘が纏わりついていく。ところどころが破れているドレスの裾から少し見える脹脛(ふくらはぎ)、そこに、女神キュベレイの力が()まる。

 大地の権能、その一端を引き出して、左脚を赤紫色に染めながら、メーティスはギルガメッシュに狙いを定める。

 

「ですから、如何(どう)しても、負ける訳には、いかないのですっ!」

「……女神よ、貴様には———エアの(しん)姿(すがた)をくれてやる」

 

 ギルガメッシュは、手に持つ乖離(かいり)(けん)を真っ直ぐに天に向けている。エアの先端に収束した赤い光のサーベル状の刀身から、天に向けて細いビームが放たれた。

 かつて、エア神が世界を安定させた(さい)(もち)いることになった、乖離(かいり)(けん)の最古のカタチ。剣という概念が出来る前に生まれたもの。人の望みによって作られながら人の意思に影響されず生まれる“神造兵装”の一つ。

 宇宙(そら)が、赤く渦巻いていく。

 

 メーティスとギルガメッシュ、二騎のサーヴァントは互いを見上げ、見下ろして……

 メーティスの脚の力が鳴動(めいどう)し、ギルガメッシュの右手がピクリと動き——————メーティスの頭が割れた。

 まるで、(おの)を振り下ろされたかのように、メーティスの脳天から()蓋骨(がいこつ)が半分ほど、カチ割れた。

 

「ゼウウゥゥゥゥーーーース!!」

 

 全身の激痛すら忘れて、メーティスは叫ぶ。

 ギリギリのところで()っていたのに、今のゼウスの介入で、メーティスの勝機はなくなったのだから。

 まるで、叫び声と共に命を吐き出したかのように、メーティスの存在感が消えていく。

 ギルガメッシュは目を細め、天に(かか)げた乖離(かいり)(けん)を、振り下ろす。

 

「……。——————天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 ランサーのゲイボルクが、赤く輝きを放つ。

 そのゲイボルクを、スカサハが槍で上から(おさ)える。スカサハはランサーのゲイボルクを下に下にと押し下げながら、()ぐり込むように突きを入れる。

 

「ぬぅぅわっ!」

 

 ランサーが変な声を上げながら緊急回避する。体を思いっきり(ひね)りながら乱回転ジャンプして、空いた空間をアーチャーが()める。

 アーチャーが真正面から()り出す双剣の乱撃(らんげき)を、スカサハは右手一本で槍を(あやつ)り、回し、(ことごと)くを弾き、(さば)く。

 

 そんな、サーヴァント同士の戦いを見守りながら、俺はバゼットさんの隣にいた。バゼットさんは斬り抉る戦神の剣(フラガラック)を構えながら、ランサーの戦いを注視している。

 そんなバゼットさんが、ボソッと、声を出した。

 

()()えず、今は安全策をとって、ランサーには打ち合って(もら)っていますが……

 士郎くん、“イマジナリ・アラウンド”の性質、(つか)めそうですか?」

「いや、ダメだ。

 さっきバゼットさんが証明してくれた“効果の中に破壊する対象が(しめ)されている宝具”でならダメージを見込める、ってこと以外さっぱり分からない」

 

 俺は右手で投影した打刀を持ったまま、左手を腰に、(さや)(うち)(おさ)まっている“本打(ほんうち)無逆(むげき)”を軽く()でた。

 

 ランサーやスカサハの持つ宝具、ゲイボルクの能力は『真名解放すると()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、後から“槍を放つ”という原因(げんいん)動作(どうさ)を行うことで、必殺必中の一撃を可能とする』というものだ。

 そして、バゼットさんの宝具、斬り抉る戦神の剣(フラガラック)の能力は『“(たい)()した敵が切り札を使う事”を条件に発動することで自らの攻撃を“先に成したもの”とする順序を入れ替える付属効果が発生し、絶対に相手の攻撃よりも先にヒットする。そして、ほんの(わず)かでも敵の攻撃より先に命中した瞬間に順序を入れ替え、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、“先に倒された者に反撃の機会はない”という事実を()(ちょう)することで、結果的に敵の攻撃は“起き()ない事”となり逆行するように消滅する』というもの。

 どちらの宝具の能力にも、“先に相手を倒すことを確定させる”という効果が付随(ふずい)している。

 宝具がキチンと発動すると、“自らが先に相手の急所を穿(うが)つ”という事実が確定する。そしてそこに、パラメーターは関係ないのだ。

 イマジナリ・アラウンドの効果によって全ての“攻撃力”が意味をなくしたとしても、“急所を穿(うが)つという効果によって破壊”される現象に対しては、何の防御にもなりはしない。

 

 だからこそ、『ゲイボルクと斬り抉る戦神の剣(フラガラック)の宝具による攻撃は、イマジナリ・アラウンドの影響を受けつけない』と言う事だった。

 

 俺は左手を(さや)から離し、しかして(つか)(がしら)(つか)むことなく、ダラりと下げる。

 右手一本で刀を(にぎ)って、サーヴァントたちの戦いから目を離して、俺は月夜に浮いている桜を見上げた。

 

 

 

 ———去年の夏、学校で“虚数の授業”があった。その時、全く理解できなかったものだから、図書館を(めぐ)って調べたことがある。

 

「……先輩。虚数って、やっぱり嫌な数だったんですね?」

 

 その図書館巡りにひと段落ついた時、一緒に付いて来ていた桜が、そう言った。

 穂村原(ほむらはら)学園(がくえん)の夏服に身を包んだ桜は、両手を組んで俺を見上げて、俺と二人、目と目を合わせた状態で、問いかけたのだ。

 そんな風に懇願(こんがん)する桜の言葉を、否定してやることが、当時の俺にはできなかった。

 

 図書館巡りの結果、俺が知り得た虚数の情報は一つだけ、『計算結果に虚数が浮かび上がってくる時、それは“出来ない”という意味だ』ということだけだった。

 例えば、『間桐桜がこのまま努力を続けていくと、何年後に遠坂凛に追いつくか』を計算したとする。

 答えが“3”と出たならば、『三年後には追いつける』という意味だ。

 答えが“−2”と出たならば、『二年前には追いついている』という意味になる。

 では、計算結果が虚数になったら、どういう意味になるのだろう。

 

 ———『追いつけない』という意味だ。

 

『あらゆる過去、現在、未来において、間桐桜が遠坂凛に追いつくことはない』という意味になるのだ。

 虚数という概念は(すう)直線(ちょくせん)(じょう)には存在しない。よって、現実世界では『(かい)なし』となって、結果『出来ない』というのが分かるだけだ。

 

 そんな事しか分からなかった図書館からの帰り道、「虚数は嫌な数ですね」と桜が言って、俺は否定できなかった。

 それから、虚数のことを調べ始めた。

 何でもいい、何か材料が欲しかった。『虚数はすごいヤツなんだ』と、桜に言える材料が。

 

「———桜。今日、一緒に帰らないか?」

 

 それがいつの頃だったか、今ではあまりハッキリしないが……ともかく俺は、その日、桜を呼び止めた。

 午後の授業の合間(あいま)、休み時間に一年の教室に行って、扉の近くにいた生徒に桜を呼んでもらって、一緒に帰る約束を取り付けた。

 やっと見つけた、宝物(たからもの)(たずさ)えて———

 

 

 

「———バゼットさん」

 

 上空で拘束されている桜から、(いま)だ戦闘中の三騎のサーヴァントたちに視線を移して、俺は隣のバゼットさんに声をかけた。

 

「このイマジナリ・アラウンドっていう魔術のことはサッパリだけど、でも、“虚数”は本来、もっとすごいヤツなんだ。もっと、祝福されていいようなヤツた。

 だから、何とも言えない」

「“架空元素・虚数”には、もっと別の力があると?」

「そう、だから俺は、最後まで手を伸ばし続ける」

「では私も、最悪を想定して動きましょう」

 

 俺も、バゼットさんも、三騎のバトルに集中する。

 たった三騎、たった三人による戦闘のくせに、それはもはや“戦争”だった。 

 スカサハは、自身の投槍(とうそう)をランサーに弾かせることで、一瞬その場に(くぎ)()けにして、もう一本の槍を(ひね)りながら思いっきり引く、その槍の回転でアーチャーの黒い短剣、干将(かんしょう)を弾く。

 槍を引きつける力を利用して5メートルほど飛び退()がった時、スカサハにとって相手のサーヴァントは(すき)だらけだった。

 右腕をカチ上げられたアーチャーに、投槍(とうそう)を弾いた直後のランサー。ランサーはすでに次の攻撃に備えつつあるが、アーチャーは……

 

「させねぇ!」  

 

 ランサーがスカサハに突っ込んでくる。

 それを見もって、スカサハは息をゆっくりと吐いた。

 呼吸と共に魔力を両脚に、そしてその先の地面へと流し、自分が流した魔力の流れに乗った(すべ)るような高速移動で、ランサーの突進を左にふくらむように(かわ)し、(よこ)一文字(いちもんじ)に斬撃を放つ。

 アーチャーの腹から、血が舞った。

 

 ランサーが振り向いた時にはもう、スカサハは離脱していて、両手でクルクルと槍を(もてあそ)びながらため息をついた。

 

(さそ)われたなセタンタ。

 いつも言っているだろう。戦闘に集中するのはいいが、熱中すると(おお)雑把(ざっぱ)になるのは欠点だと」

 

 スカサハがランサーを(よこ)()に見る。

 槍の回転は止まっていた。

 

「バディの危機と、私の(さら)した(すき)に惑わされ(はや)ったか。

 まったく……もう少しお前が冷静ならば、アーチャーが傷を負うことも無かったろうに」

 

 スカサハが眺める先、アーチャーの腹には、ちょうどヘソの辺りに一文字(いちもんじ)の傷がある。

 アーチャーの、莫耶(ばくや)のガードの上から()って、その身に斬線(ざんせん)を刻んでいた。

 

「やはり……か」

 

 アーチャーが右手で腹をさすりながら、思わず、といった風にこぼした。

 

「スカサハ、その身に虚数魔力を取り込んでいる貴様だけが、このイマジナリ・アラウンド(虚数領域)の中でダメージを与えられる、というわけか」

「虚数という概念は()の数と比較できない。だが虚数を()けてやれば話は別だ。“どちらが深く沈んでいるか”だけは、(かろ)うじて表現できるのだからな」

 

 スカサハが一歩、二歩、三歩と歩き、胸を張って声を張る。

 

「間桐慎二に綾子を追わせないことで無力化し、イマジナリ・アラウンドでアーチャーと士郎とを無力化した。セタンタの宝具は撃たせる前に(わし)が潰すし、(わし)がゲイボルクを放たなければ、そこな小娘は振り上げた“ルーの剣”を下ろせない。

 ———さぁ、次はどうする?」

 

 チッ、とランサーが(した)()つ。

 バゼットさんが(けわ)しい顔で黙り込む。

 

「お前たち、そろそろ気付いているのだろう?」

 

 スカサハは赤槍(せきそう)石突(いしづき)を地面に立てて、槍にもたれ掛かるように、右腕を(から)めて立っている。

 

「アーチャーが、極力(きょくりょく)魔力を使わずに戦っていることを。

 だからこそ、セタンタがよくカバーに入る。

 ———違うか?」

 

 スカサハは、目を細めてランサーを見た。

 ランサーは黙って槍を構える。

 そんな反応に、スカサハはフッと笑った。

 

()女神(めがみ)が戦っている。だから、アーチャーは魔力を制限して戦わざるを()ない。固有結界の発動には遠坂凛の宝石から。その解除は士郎の魔力から。

 ———お陰で、衛宮士郎も魔力(まりょく)()れだぞ?」

 

 そう、さっきの場面も、普段のアーチャーなら弾かれた干将(かんしょう)はすぐに手放していた。下手(へた)に握りしめた状態で腕ごと弾かれると、体幹が崩れて(すき)になる。だからこそアーチャーは、さっさと手を離し次を投影する。その時に飛ばされた剣をも攻撃に利用できるように、“干将・莫耶”を好んで使う。

 だか、さっきの一瞬、アーチャーは迷ったのだ。弾かれた干将(かんしょう)を、手放すかどうかで。

 

 少し、笑ってしまった。

 それほどに、ピンチだったから。

 

「———よし、じゃあ今度は、俺が出る」

 

 だから俺は前に出た。

 バゼットさんの隣にいた俺は、ずーっと歩いて、アーチャーを追いこし、ランサーをも追いこして、一人、先頭に立った。

 

須賀(すが)さんにも見せたことが無い、“切り札”を切る」

「———馬鹿(ばか)(もの)(わし)の名は“スカサハ”だ。

 何度言ったら(わか)るというのか……」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 神代(じんだい)回帰(かいき)の効果を持つ“オケアノス大結界”が消滅し、神秘の濃度が元に戻って、“神話の戦い”は終わりを()げた。

 隅っこに避難していた凛は、戦いの中心地に走った。その場所に辿(たど)り着いてみると、メーティスは倒れている。そこから、ある程度離れたところで、ギルガメッシュが立っていた。

 慌ててギルガメッシュを警戒する凛を見ると、ギルガメッシュは口を開き、ハキハキとした声で言ったのだった。

 

(オレ)よりも、だ。そこな女神を看取(みと)ってやれ。それの存在はもうじき終わる。

 せめて貴様が()てやるのが筋だろうよ、リン」

 

 ギルガメッシュの言葉に(したが)って、凛はメーティスを振り返った。(もと)より、凛が立ち止まった場所はメーティスの近くだった。だから、メーティスの状態がよく見える。

 

(わたくし)に……()れてはなりませんよ、凛。貴女(あなた)が…………汚れてしまいますから」

 

 凛がメーティスに駆け寄った時の第一声は、こちらを()(づか)う言葉だった。“汚れる”というのもやはり、文字通りの意味だろう。メーティスの全身は腐りかけ、蛆虫(うじむし)()い回っていた。

 そんなメーティスを、遠坂凛は()き起こす。

 

「汚れてない! 汚れてないからっ! 

 ———アンタは()(れい)だからっ」

 

 凛はメーティスの耳元から、それでも大声で叫んだ。万が一にも、メーティスが聞き(のが)すことのないように。

 

「でも、ほら———貴女(あなた)(ほほ)にも蛆虫(うじむし)が……ね?」

「関係ないっ! 蛆虫(うじむし)だろうが何だろうが、アンタの美貌を損ねるには、ぜんっぜん足りないのよ! アンタは、私が出会ったどんな女よりも、()(れい)だから」

 

 凛の声を言葉を聞いたメーティスは(ほほ)を緩めて、それからフッと凛の(ほほ)にいた蛆虫(うじむし)を吹き飛ばした。

 

「———女である貴女(あなた)がそう言うなら、少し、信じてみたくなりました」

 

 —————(わたくし)は、本当に—————

 

「士郎とアルトリア、それから桜のこと……どうか———」

「——————ッ、まかせなさいっ」

 

 メーティスは(さい)()に、微笑(ほほえ)んだ。

 

「……あぁ……月が、()(れい)ですね。叶うことなら、シロウと……次の夜明けを————」

 

 メーティスが、魔力の粒になって消えてゆく。

 ものの10秒も()たないうちに、凛の(うで)の中には、何も、いなくなってしまった。

 

「終わったな、ならば()くがいい。今ならまだ、間に合うだろうよ」

 

 メーティスの(さい)()看取(みと)った後、彼女の粒子の(ざん)()を見ながら、英雄王が口を開いた。

 凛は立ち上がり、ギルガメッシュに向きなおる。

 

「『間に合う』って、どういう意味よ?」

「ハッ! 何かと思えばそんな事か。(くだ)らん、(オレ)は“結末”に“間に合う”と言ったのだ。さぁ()け、後はその目で見るが()い」

 

 そこまで言うと、ギルガメッシュは黙ってしまった。ただ立ったまま、ずっと。

 これ以上は何も答えてくれないことを(さと)った凛は、全身に魔力による強化魔術を(ほどこ)した。

 

「ありがとう、王さま」

 

 それだけを言い残し、凛は走り出す。セイバーの後を()って、円蔵山(えんぞうざん)へ。

 

 ……、

 …………、

 ………………。

 

「———行ったか」

 

 ギルガメッシュが(ただ)ひとり、(こと)()(のこ)す。

 

「もう少し、きちんと説明すべきではあったが、王が無様な姿を(さら)すわけにはいかぬ(ゆえ)な。

 ———まあ、せいぜい頭をひねるが()いぞ、凛。貴様なら、辿(たど)り着くだろうよ」

 

 王はあくまでも、立ったまま、ずっと。

 

(たの)しかったぞ。この(オレ)が本気を出せる存在は(まれ)だ、(ほめ)めて(つか)わす」

 

 それは英雄王の前に立ちはだかった原初の女神、メーティスとの戦い。

 そして———

 

「ひと(にら)みで(オレ)を殺すか。

 天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)のさらに上からねじ込まれるとは———()()()()()()()()()な、メーティス」

 

 

 —————じゃあね。さようなら、可愛いメドゥーサ。最後だから口を滑らせてしまうけれど、———憧れていたのは、私たちの方だったのよ? —————

 

 

「まぁ、今の貴様なら、逃げ回らずとも()かろうて……。

 いや、何にせよ……これで終わりか」

 

 黄金の英雄は、(さい)()まで立ったままだった。

 






次回、Fate/stay night[Destiny Movement ]

———第二十四話、リミテッド/ゼロオーバー

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