もしも、美綴綾子の迷言が、本当に伏線だったなら。   作:夜中 雨

27 / 29
《第二十六話、「殺す、殺さない」》

 

 

 セイバーが走る、美綴綾子へと。

 

 巨大な地下空洞の中、黄金に輝く剣身(けんしん)を持つ聖剣を八相(はっそう)に構え、右肩に(かつ)ぐようにして、両者の(あいだ)の空間を()める。

 

「——————ハッ!」

 

 袈裟斬(けさぎ)りに振り下ろされた聖剣は(くう)()る。

 綾子は右脇に構えた薙刀を大きく円を描くように横薙ぎすると、自身が振るった薙刀に運ばれるようにして右側に50センチほどふわりと動いたのだ。結果、セイバーから見て左側に(かわ)すと同時に、横薙ぎで左側から、セイバーの首を()りにきた。

 セイバーは全身から、風の魔力を放出する。

 聖剣を覆う必要のなくなった風王結界(インビジブル・エア)、それがセイバーの魔力に呼応して出力される。右回り、半時計廻りの渦を巻きながら吹き上がる風の魔力が、綾子の薙刀を弾き上げる———直前、綾子は(おのれ)の薙刀に、自分自身の魔力を通した。

 

「—————(こひ)するに、(しに)にするものにあらませば———」

 

 運命を調律する。

 綾子自身とセイバーとの(えにし)調(ととの)え、お互いは、同じ運命に(くく)られるのだ。

 そうして綾子の薙刀は、風王結界(インビジブル・エア)をすり抜ける。だがその刃が、首の骨を切り裂くその前に、セイバーは無言で、魔力放出を収束させた。

 袈裟懸(けさが)けに振り下ろした聖剣の先から、黄金の魔力が吹き荒れる。その魔力に押し出されるようにして、セイバーは後ろに飛んだ。体の周囲に風王結界(インビジブル・エア)による風の魔力を纏わせることで、空中での姿勢制御に成功したセイバーは、聖剣を左から右に、横薙ぎに振るうのだった。

 金の光の斬撃が、綾子に一閃(いっせん)、迫り来る。

 

「———()()千度(ちたび)()(かへ)らまし」

 

 それを綾子は、真正面から、縦に一閃(いっせん)切り裂いた。

 

 セイバーが、着地する。

 

「聖剣の一撃を切り裂くのですか」

 

 聖剣を正眼に構えなおすセイバーに、綾子は、薙刀の刃を向ける。

 

「なに、儀式場(ぎしきば)はもう(ととの)ってるんだ。少しくらい(あたし)の力が増したって、そう不思議でもないでしょ」

 

 ———“千日手”ってこういう事か。と凛は思った。

 セイバーと綾子の戦闘を後ろから見ていて、気づいたことがあったのだ。

 綾子は“(えにし)()浄眼(じょうがん)”、セイバーは直感による緊急回避、それと(さや)。二人が二人とも、防御過剰なのだ。そして恐らく二人とも、全力で戦っているわけでも、なさそうだったし。

 

「ややこしいわね」と、口から()れた。

 スカートの右ポケットからルビーを取り出しながら、ふと、家にしまった在庫のことを思ってしまった。大粒のルビーはあといくつあったっけ? 

 それはあまり、深く考えたくはない。

 

 ———これでいつかの予言通り、“殺す殺さないの関係”だな———

 

 先ほどの綾子の言葉、それはつまり、私たちが初めて会ったあの日からすでに、今日のことを予見(よけん)してたということだ。

 それにしては少し変だ、と思う。

 それなら何故(なぜ)、対策を打たなかったのか。

 凛ですら、綾子のことは知っている。当然、それは全てではないだろうが……それでも、ある程度は知っているのだ。

 ———美綴綾子の浄眼(じょうがん)は“(えにし)を見る”、『(えにし)は未来から流れてくる』とは綾子の(げん)で、つまりアイツは最初から、私と士郎とが上手くいかなくなる事を知っていた、ということでもある。

 それなら何故(なぜ)、未来を変えようとしなかったのか。

 士郎が壊れることを(うれ)いて世界をぶっ壊すくらいなら、他にやりようはいくらでもあった筈だ。特に、あの美綴綾子なら———

 

 その時、凛は違和感を感じた。

 違和感というか、魔力の感じが何処(どこ)かおかしい。

 ふと、右手の(こう)に視線をやった。そこからアーチャーとのパスに意識を向ける。すると、急速に魔力が吸われていることが分かった。

 

「アーチャーのヤツ、固有結界でも展開して———」

 

 “バチッ”と、右手の(こう)、アーチャーとの契約をしめす令呪から、赤い稲妻(いなずま)のような魔力光が(ちゅう)へと走り、凛はそれに引きずられるように、手の(こう)を、(そら)へ差し出すような格好になった。

 

「へっ? …………うそっ、そんな……ッ!」

 

 凛は(あわ)てて手の甲を見る。そこに、令呪の跡はカケラも無かった。

 

 凛が正気に戻ったのは、自身の耳元で金属音が、金属(きんぞく)同士(どうし)()れ、弾かれる音が鳴ったからで。つまりは、凛の後ろに(まわ)()んだ綾子の横薙ぎを、セイバーが上に弾いてくれたからだった。

 

「どうしたのよ遠坂、この()(およ)んでよそ見してさぁ。()らないんなら、その首(もら)うぜ」

「ちょっ、綾子っ。今アーチャーの令呪とパスが———」

「ああ、アーチャーが死んだのか。まあ、聖杯戦争なんだし、よくある事なんじゃない?」

 

 左手で右手首を握る凛に対して、右手一本で薙刀を握る美綴綾子。薙刀の刃を下にして、()らすように立っている。

 

「そろそろ、時間も押してるみたいだしな。儀式を、先に進めてみるか」

「私が、それをさせるとでも?」

 

 セイバーが聖剣を脇構(わきがま)えにした。右半身を綾子に向けて、左足を後ろに引いて、聖剣の(きっさき)が左後ろを指すように。

 

「私はここに、貴女(あなた)を止めるために来たのです」

「悪いけど、こっちはお前に興味がないんだ。救われるだけ救われて、サッサといなくなるヤツなんて。

 ———結局、お前は自分の(ほこ)りを守ったんだ。(まも)られたのはお前であってアイツじゃない。アイツの理想は、進展しないし解決しない。

 あんなのは、“御伽(おとぎ)(ばなし)のめでたしめでたし”。現実に救いは、カケラもないんだぜ」

「……なんの話をしているのです?」

「お前と士郎の話だ。“お前と士郎との物語”、お前は救われて“めでたし”だけど、そこに士郎の救いは無かった」

 

 ちょうど位置が反転し、大空洞の入り口側にたたずむ綾子。

 

「お前はさ、始めから全部持ってるんだ。

 騎士としての誇りも、王としての(ちか)いも、いつか夢みた、ただ一度の尊いモノ。

 お前はそれを確かめて、後はサッサと帰っちまった。あの朝、(わか)(ぎわ)に救われたのは士郎じゃない。お前が、ただ一人だけ」

 

 “はぁ”と凛はため息をついた。

「———何が言いたいのか、サッパリ(わか)らないんですけど」

 

 口を(はさ)む。

 何がムカつくって、コイツは、さっきからずっと“一人よがり”だ。

 

「適当なこと言ってないで、すぐに桜を返しなさい。ブッ飛ばすわよ」

 

 セイバーの左隣に陣取って、右手を上げてガンドを作る。五指(ごし)(そろ)えて綾子の顔に照準(しょうじゅん)し、威嚇(いかく)に何発か撃ち放つ。

 綾子はつまらなそうにガンドを“()る”。琥珀(こはく)(いろ)両眼(りょうがん)が一瞬だけ(ひか)ると、ガンドはたちまちに立ち消えてしまった。

 

「お前もお前だよな、遠坂」

 

 薙刀の()を右肩に乗せるようにして(かつ)ぎ、肩を落としてため息をつく綾子は、凛から見て、少し気落ちしているようだった。

 

「衛宮士郎にとって、あるいは英霊エミヤにとってすら、お前は“憧れ”だったんだよ、遠坂。

 衛宮士郎は遠坂凛に憧れた、『あんな風に生きられたなら、どんなにいいか』と憧れたんだ。

 ———『バカじゃないの』と思ったんだろ? 『頑張ってるヤツが(むく)われないなんて嘘だ』と思ったんだろ? 

 それなのに最後の最後、一番日和(ひよ)っちゃいけない時に、よりにもよって日和(ひよ)っちまった。

 あの朝お前は、英霊エミヤに救われたんだ。“絶対に口にしてはいけない言葉”を口にして。

 最後のひと言、『大丈夫だよ、遠坂』は、お前のための言葉だ。お前の恋を終わらせるため、“憧れの女”を、アイツはフッた」

「だから、何の話をしてるのよ? 

 そんな経験、無いんですケド」

「無いだろうぜ。だってコレは、いつかのイフのお前の話だ。数ある平行世界の一つ、お前とアーチャーとの物語。

 ———(あたし)が、関わらない世界の話。

 お前たちに言っても仕方がないのかもしれないけどさ。殺してからじゃあ、口も()けなくなっちまうしな」

 

 綾子は、(ふところ)から一枚の和紙(わし)を取り出した。家紋に使われるような菱形(ひしがた)の剣、“剣菱(けんびし)”が三つ、重なり合うような形に折られていて、つまりそれは折紙(おりがみ)だった。

 その折紙(おりがみ)を見せつけるように左手で(かかげ)げ、巫女(みこ)(ふく)の綾子は宣言する、『この世界を殺す』、と。

 

「第六魔法の使い手が現れる時、それは世界の滅びを()す。

秩序(ちつじょ)が、“第六(だいろく)”に(やぶ)れる日』

 (あたし)が存在するだけで、この世界は異変(いへん)する。この世界の、魔術基盤そのものが書き変わるんだ。そんなの、魔法使いを(のぞ)いて、影響を(のが)()る者は無い」

「させると思ってるの? アンタが何をどう思おうが勝手だけどね、それをこっちにまで押し付けるんじゃないわよ。

 アンタが“その目”で何を見たのか知らないし、知りたいとも思わないけど、()(おぼ)えのないことをウダウダと、()かしてんじゃ、ないわよッ!!」

 

 綾子の顔に照準(しょうじゅん)してある自分の右手指先からガンドを連射、綾子が眼力(がんりき)で消し去るのと、凛が叫ぶのとは、同時だった。

 

「行くわよッ、セイバー!」

 

 凛は走る、美綴綾子へと。

 ガンドの呪いをガトリング・ガンのように乱射(らんしゃ)しながら走り、綾子の手前(てまえ)、2メートル半くらいのところで、大きく、右に()んだ。

 凛が右に()ぶことで()いた空間を、光の斬撃が駆け抜ける。セイバーが剣を縦に振り下ろし、その 斬線(ざんせん)をなぞるように、剣身(けんしん)から(あふ)れる光が、まっすぐ、綾子へ向かって駆け抜ける。それを、綾子が(かわ)す。

 左から右へ、凛やセイバーから見て右から左へ、いつの()にか斬撃を(かわ)した後、綾子はさっそく攻撃に転じる。

 セイバーから見て左から横薙ぎに、綾子の薙刀が()るわれる。

 横から切りつけてくる一撃と打ち合うように、セイバーは聖剣を振り下ろす。だが、綾子の薙刀は聖剣をすり抜けた。

 音もなく、途中から気配も消えた薙刀による一撃は、振り下ろされる聖剣を(かわ)して最後まで振るわれる。()りきって止まった瞬間、綾子の右手は薙刀を離す。

 

空中に滞空する、薙刀。

 

折紙(おりがみ)(ふところ)仕舞(しま)い終わった左手で、()いた左手で、(ちゅう)にある薙刀をキャッチする。

 ———すると綾子の存在は、凛の目の前にあったのだ。

 

「クッ」と、凛の口から声が(こぼ)れた。

 魔力は一切感じなかった。綾子の()(ひか)らなかった。東洋系列(とうようけいれつ)呪術発動(じゅじゅつはつどう)(きざ)しもないまま。

 つまり、綾子は純粋な歩法(ほほう)だけで、瞬間移動じみた動きをしたというのか。

 

「———なんてヤツ」

 

 綾子が左手一本で、自身の(ひだり)体側(たいそく)に構えている薙刀の()に右手を()える。その右手が石突(いしづき)の方に何センチか(すべ)ったかと思うと、次に凛が気づいた時には、薙刀の()はが、凛の首の、右側(みぎがわ)にめり込みそうになっていた。

 その、今にも自分の首を切り落としそうな刃と、自分自身の首との(あいだ)に、右手の(こう)()(はさ)む。魔力が()()てることを示すように輝くルビーを握った右手に、その(こう)に、薙刀の(やいば)がめり込んで———そのまま、凛をまったく()()くことなく、凛の首を、すり抜けていく、その最中(さなか)———

「ハッ———」という()(ごえ)が、綾子の後ろで一つあがった。

 

 そして、凛に傷ひとつつけることなく首をすり抜けている薙刀が、凛の首を(なか)ばまで通り抜けた時、後ろから迫ったセイバーが、右から左に横一閃(よこいっせん)、聖剣を()(はら)った。

 ———それは、清廉(せいれん)とした(かぜ)(ささや)きのような斬撃だった。

 (すず)やかな歌い声を(ひび)かせながら振り抜かれた一閃(いっせん)は、綾子を()()み、大空洞を金色(きんいろ)に染め、その巨大な側壁(そくへき)手前(てまえ)まで吹き飛ばした。

 

「無事ですかッ! 凛」

「まあね、ちょっと反則(はんそく)気味(ぎみ)だけど。今はそんなこと、あまり気にしてられないし」

 

 凛の前に立ち、吹き飛ばした綾子を見つめながら問いかけるセイバーに、凛は右手の中のルビーを見ながら応答(おうとう)した。

 

「しかし、無事で良かったです。凛に()()()んだ時は、まさに()(あせ)ものでした」

 

 セイバーは再び、その聖剣に(ひかり)(とも)す。

 下段に構えた聖剣の、金色に輝く剣身(けんしん)から、“ゆらりゆらり”と、金の魔力が()(のぼ)る。

 

「それにしても、“(えにし)()る目”とは、思っていたよりもずっと、奇怪(きっかい)なもののようですね」

 

 セイバーが見つめる先、大空洞の横の壁、斬撃の余波(よは)によって吹き荒れる金色の魔力を押しのけるようにして、綾子が歩いて近づいてくる。右手には当然のように薙刀を持ち、綾子の左手は、またしても折紙(おりがみ)を持っていた。

 御札(おふだ)サイズの熨斗(のし)のような形の折紙(おりがみ)()()げたその折紙(おりがみ)に息を吹きかけると、たちまちにボロボロに崩れ、無くなってしまった。

 綾子が、二人を見据(みす)える。

 

眼力(がんりき)だけとは言え、“Destiny(ディスティニー) Movement(ムーブメント)”で位相(いそう)をずらした(はず)なんだけど……。

 その上から()()んでくるとか、その剣やっぱりデタラメだよな」

 士郎が()()むだけはある。と綾子は言った。

 

 とは言うものの、綾子の体は綺麗なもので、その身を(つつ)む巫女装束も、砂埃(すなぼこり)くらいしかついていない。

 

 セイバーが右の脇構(わきがま)えに移行(いこう)して、地面と平行にした剣身(けんしん)に魔力を()めるのを尻目(しりめ)に、凛は黙って、少し考えを(めぐ)らせた。

 

 ———まず大前提(だいぜんてい)として、綾子を魔法使いにしてはいけない。

 これは、分かりやすく世界が崩壊するからだ。『魔法使いとなった綾子が世界に存在している』という、ただそれだけで、人理には致命的な疾患(しっかん)(しょう)じる。結果、未曾有(みぞうう)の大災害となることはほぼ間違いない。

 ———次に、私とセイバーの右側にある“星の祭壇(さいだん)”。一枚岩の巨大な(がけ)のようなあの場所に、綾子を到着させてはいけない。

 どう考えでも、あそこは“魔法使いになるための魔法陣”があるだろうから、そんな場所に綾子が到着した時点で、私たちの負けが確定する。

 

 今のところ、私たちが負けるための必要(ひつよう)十分(じゅうぶん)条件(じょうけん)はこれだけだ。つまり最後まで綾子を、大空洞の奥にある、あの巨大な岩の上に登らせなければ、私たちに負けはない。

 そして儀式とは、場所と時間だ。

 何か大掛(おおがか)かりな儀式を(おこな)いたいなら、必ず、場所と時間とを吟味(ぎんみ)する必要がある。

 私だって、アーチャーを召喚する時には同じ事をやったのだ。“聖杯からのバックアップ”という強力な後盾(うしろだて)があってなお、私の魔力(オド)最高潮(さいこうちょう)に達する午前二時に、遠坂が管理する土地の中でも、かなり大きな龍脈の噴出口(ふんしゅつこう)の上にある遠坂邸(とおさかてい)の地下工房で、という具合(ぐあい)に。

 

 分かるだろうか、“その場所”に“その時間”、“その人”がいる。この三つが(そろ)って始めて、儀式というのは、そのスタートラインに立てるのだ。

 だから、その内のどれか一つでも狂わせてしまえば、理論上は、全ての儀式を妨害(ぼうがい)できるという(わけ)だ。

 となると問題を、『“魔法使いに()れる時間”というのがいつまでか』という一点に集約できる。

 

 ———アーチャーが負けるくらいだ、あっちの戦場はあまり(かんば)しくないのだろう。となると援軍(えんぐん)は期待できない。

 ———だが、『聖杯戦争が終わるまでずっと、いつでも魔法使いに()れる』という(わけ)でもないだろう。それが可能なら、ここの大聖杯をひっぺがした次の日にでも儀式をやれば良かったのだ。そうすれば、今頃は地獄絵図になってたろうし。

 

 そして何より、綾子はわざわざ、今夜みんなを未遠(みおん)(がわ)に集めている。足止めに使える人員が少ないからか、全員を一ヶ所に集めてから足止めとなる人員をあてがった。

 つまり綾子は、今日に全てをかけているのだ。全員を集めて足止めをかけた以上、すでに計画は露呈(ろてい)している。計画を露呈させてまでこうして行動したってことは、何はどうあれ綾子の方に、今夜中に決めたい理由があるのだろう。

 

 今のところ参考に出来そうな情報はこれくらいか、と顔を上げる時、ふと、ギルガメッシュの言葉がよぎった。

 

 ———(オレ)は“結末”に“間に合う”と言ったのだ。さぁ行ゆけ、後はその目で見るが()い———

 

 それはそう、ちょっとした疑問だった。

 “結末”に“間に合う”とは、一体(いったい)何に“間に合う”のだろうか、という疑問。

 こんなのは、“間に合う”もなにもない。凛が到着するのがギリギリだったというならまだしも、時間的には、セイバーひとりでももう少し()ちそうだったし。となると、考えられる事としてはもう一つ、この先に『まだ間に合う』何かがあるのか。

 

 “間に合う”、“間に合う”、“まだ間に合うこと”、となると———

 

「うそ……ホントに?」

 

 無意識に、左手で口を(おお)ってしまった。

 “あり()ない”、と切り捨てることは出来るが、しかし……。

 凛はチラリと右を見る。そこには“星の祭壇(さいだん)”がある。遠坂凛が守らなければいけないモノ、美綴綾子には、取らせてはいけないモノ。

 

「ねえ、セイバー。ちょっといいかしら」

「何でしょう凛。私は、彼女の攻撃に(そな)える必要があります。出来(でき)れば、()(みじか)に」

 

 セイバーは右脇(みぎわき)に剣を構えたまま、聖剣の魔力を高める。剣身から、勢いよく光が()き出した。

 

(いく)つかやって欲しいことがあるのよ。この戦いに勝つために」

 

 綾子は薙刀を、その両手に持ちなおす。薙刀を両手でふわりと持って、軽く下段に。一歩ずつこちらに近づきながら、ゆっくりと、存在感が消えていく。

 綾子が20メートルほど先で止まった時には、“そこに()なくて、でもそこに()る”ような、あるいは“そこに()てそこに()ない”ような、そんな不思議な状態になっていた。

 

「————()(かれ)と、(あれ)をな()ひそ、九月(ながつき)の———」

 

 綾子が薙刀を上段に構えて、

 

「———(つゆ)()れつつ、(きみ)()(あれ)を」

 

 それを、一直線に振り下ろす。

 

 反応して、凛の隣にいるセイバーが、右脚(みぎあし)を一歩踏み込みながら、腰だめに構えた聖剣を、右下から、左上に振り上げる。

 宝石の粒が(きら)めくような音、そんな音が数多(あまた)折り重なって、綾子の薙刀の斬撃を、金の奔流(ほんりゅく)(はじ)き上げる。

 残心を待つこともなくセイバーは、振り上げた聖剣から再び魔力を放出させて、下まで一気に、()り下ろす。

 空中に(いま)滞空(たいくう)する、金色の粒子を()り裂くように、金の光の斬撃が、ビームのように()(はな)たれた。

 甲高(かんだか)い大気の()(ごえ)、聖剣の斬撃に引き裂かれる周囲の空気が、まるで、祝福(しゅくふく)()のように響きわたった。

 ———その、最中(さなか)

 突き抜ける、光線のような斬撃を、“シュッ”と切り裂く音がした。

 

「——————参剣(さんけん)御符(ごふ)、“一刀両断”」

 

 下から上に、(たて)一直線(いっちょくせん)。金色の光線を()()って、中から綾子が跳び出してきた。

 “シューーッ”と、地面の上を軽く(すべ)り、スピードを弱めていく。()いた草鞋(わらじ)から砂埃(すなぼこり)を立ち上げ、後ろ向きに()ることでセイバーから目を離さずに、20メートルほど(ほし)祭壇(さいだん)に近づいて、綾子は止まった。

 無言で姿勢を立て直し、薙刀を右脇に構える。(ふところ)折紙(おりがみ)仕舞(しま)()えた左手を、スッと薙刀の()にそえた。

 

 そんなセイバーと綾子との戦いを、セイバーからも少し離れて見ていた凛は、一人、()をうかがっていた。

 

 ———(オレ)は“結末”に“間に合う”と言ったのだ———

 

 そう、あの王さまはそう言った。『後はその目で見るが()い』と。その言葉が本当ならば、この場に私がいる意味、その先も見えてくる。

 

「でも、ホントに?」

 

 凛が(つぶや)く。両脚には“強化”をかけて、両手には燃料となる宝石を握りしめる。ルビー、サファイア、トパーズとエメラルド。大量に持つ宝石の数々(かずかず)は、凛が持ってきた、現時点での全てである。

 つまり、失敗すれば全てが終わる。

 

 深く、息をはいた。

 

 今、凛の目の前では斬撃(ざんげき)応酬(おうしゅう)()り広げられている。セイバーが光の斬撃を()(はな)ち、綾子はそれを切り裂きながら右へ左へと(かわ)している。

 そんな異次元の戦いを見ながら、凛は走り出した。

 大空洞の奥、巨大な(がけ)の上にある、星の祭壇(さいだん)の中心へ。

 

 凛の動きに気づいた綾子が、それを止めようと動き出す。

 セイバーが聖剣を横薙(よこな)ぎし、その斬線(ざんせん)をなぞるように金色の光線が横に伸びる。

 綾子は、自分へと迫る光の斬撃を、セイバーへと突っ込み、聖剣にほど近い場所から、左手で折紙(おりがみ)を持ち、上から下まで斬り下ろすことで、斬撃が拡散するよりも前に、切り()みを入れた。

 一瞬だけ、金色の光のない空白地帯を作ると、そこに()()み、凛を()る。

 何処(どこ)からともなく“カチッ”と、時計の針が動く音が聞こえると、凛の動きが、目に見えて遅くなった。

 凛の体の動きは機敏(きびん)なままだ。だが、その動きから想像するスピードの半分も出ていない。まるで、凛と星の祭壇(さいだん)との(あいだ)の地面が、急速に伸び広がっているかのように、凛のスピードだけが遅くなった。

 

 ———凛と星の祭壇(さいだん)との(えにし)を切り離し、その運命をズラしたのだ。

 凛が懸命(けんめい)に走りながら、チラリと綾子の方を見た。だけど、すぐ前を向いた。

 セイバーの、二発目の斬撃を目にしたからだ。

 

 ドッ、という、空気が弾き飛ばされる音が凛まで届いた。地面から上空に向かって()き上がる巨大な金の奔流(ほんりゅう)は、綾子を容易(たやす)()み込んだ。

 後ろから響いてくる衝撃音に押されるように、凛のスピードは元に戻った。

 ようやく、(がけ)の手前まできてもスピードを緩めず、(がけ)の根元に一歩、その右脚を踏み出した。

 

 ……良かったと、心中でそう思う。この(がけ)が、断崖(だんがい)絶壁(ぜっぺき)ではなくて。

 (ひざ)にかかる負荷が増した。でも、()()かなきゃいけないほどでもない。感覚としては、坂道(さかみち)を登る感じに近かった。

 傾斜(けいしゃ)にして、45度を()えるかどうか、といったところ。ゴツゴツとしている地面は、年月(ねんげつ)のせいか(かど)がとれ、全体としてみれば、そう大きな隆起(りゅうき)も無かった。

 これなら最後まで登りきれる、と確信した。

 凛が見上げた限りでは、頂上に近づくにしたがって傾斜(けいしゃ)はきつくなる。とはいえ、強化魔術を(ほどこ)した凛の脚力で突っ走れないほどではない。

 ———と、すぐ近く、凛の後ろで爆音がした。

 

「ツッ———!」

 

 踏み出した左足から、魔力を地面に流し込む。右足で地面を蹴りつけて前に進む。凛の重心が完全に左足に乗り切ると、地面に流し込んだ自分の魔力を、地面の中で“転換(てんかん)”した。

 

 ———(よう)は、宝石魔術の応用だ。いや、技術発展の系譜(けいふ)からすると、こっちの方がご先祖様かもしれないが。

 遠坂家は代々、“転換(てんかん)”の特性を()かし、宝石魔術を専門とする家系だ。宝石の中で魔力を流転(るてん)させ、本来は保存できないはずの魔力をストックできる状態にする。その後、宝石に宿った念に乗せてそのまま魔力を解放することにより、魔弾として戦闘に利用する。

 そう、凛が今やってる事は、宝石魔術と変わらない。

 足元にある地面、その中にあるケイ素を使って、凛は今、この瞬間に即興で、“遠坂家の宝石”を作り上げた。

 

「————Geben(グェーベン) Sie(スィエ) das(ダズ) Ziel an(ズィーラン)ッ……」

 

 凛が地面を踏みしめる、左足の下、そのから魔力の鼓動(こどう)が“ドクン”、と一つ振動した。

 

「—————Anfang(セット)Sprengen(スップリングァン)ッ!!」

 

 ドッ、と()き出す魔力圧と、指向性を持った炎。凛の足裏(あしうら)に直撃した爆風は、凛の体なんか一瞬で()()ばす威力だった。

 強化魔術をかけた脚で、その足裏(あしうら)で、凛は、噴き上がる爆風に乗る。“ピカッ”と、下からの光で視界が(おお)われる。その後からきた爆風でミニスカートがはためいて———そして、凛は飛んだ。

 両脚の膝をくっつけて前に突き出し、90度よりも深く曲げる。上半身は真っ直ぐに立てて、両腕は大きく左右に広げて。

 前からくる風を感じて、感じて、感じて……。

 すると、不意(ふい)に視界が(ひら)けた。

 

 ———それは、(やま)(いただき)のような風景だった。

 例えるなら、火山(かざん)()。大空洞の入り口から見た、あの(がけ)の上、そこには擂鉢(すりばち)(じよう)のクレーターが広がっていた。そのクレーターの、一番底。一番の中心点には莫大(ばくだい)な魔力が渦巻いている。

 銀色と金色と白。三色の光が、クレーターの中心に()る。まるで実体を持つ巨大な蛇のように渦巻き、うねり、互いに絡まりあっていた。

 

 ———それも、一瞬。

「トッ」というふくみ声を一つ上げ、綾子が()び上がっていたのだから。

 凛は体勢を崩さないように、目だけを後ろに向けるように振りかえる。

 

 ———綾子には、重力がはたらいてないようだった。薙刀を左の脇に構え、その(きっさき)を後ろにして振りかぶり、両膝を軽く曲げて浮いている。

 そんな格好で、()いているように()んでいる。

 当然、綾子も()び上がった(わけ)だから、凛に向かって進んでいる(はず)だが、その速度は遅い。

 両手で体の左側に保持(ほじ)した薙刀は(やいば)を後ろ、石突(いしづき)を前に。左手で刃の近くを持ち、右手は石突の近くを持ち、両手の親指を向かい合わせるようにして構えている。

 ———そんな綾子の、右手。

 石突の近くを握っている綾子の右手が、石突へと(すべ)り出す。薙刀の()は綾子が両手を広げた距離よりも長いから、当然、()の先端に辿り着くまでに限界(げんかい)(むか)える。その後は、自然に右手が右側に移動を始めて、それに影響された薙刀の(やいば)は、左から大きな円を(えが)きながら一気に前へと加速するのだ。

 でも、凛と綾子とは100メートル以上も離れていて、そんな場所からではまず、(やいば)は届かないはずだ。

 だが、綾子はその体勢から、薙刀を右に振りぬいた。

 

 ———つまり、それは……。

 

 瞬間、凛の足元から、金色の光が()(のぼ)る。

 セイバーが、そこにいた。

 風王結界(インビジブル・エア)を使って風を巻き上げている。

 セイバーが今までに放った聖剣の斬撃、それによって周囲に振りまかれた金色の光が、(まわ)りの地面で(いま)だに(くすぶ)り、淡く光を放っていて、そこから金色の粒子が、まるで(ほたる)の乱舞のように輝き、踊っている。

 そんな、周囲の空気を巻き上げているセイバーは、金色の風を(まと)っているかのように、視界の下から、凛の眼前(がんぜん)に現れた。

 セイバーの聖剣は下段に構えられている。

 その下段にある聖剣が、セイバーの左側で、後ろから円を(えが)くように振り上げられて、一閃(いっせん)

 金の斬撃が、()()んだ。

 

 凛がクレーターの(ふち)に着地した時、セイバーは重力に引かれてまっすぐ落ちていた。綾子は、吹き飛ばされて彗星(すいせい)のように、金色の尾を引きながら墜落(ついらく)していた。

 

 その激闘(げきとう)から顔を(そむ)ける。

 凛はクレーターの中心へ踏み出そうとして、足首の痛みに動きを止めた。左手で、左足首を触ってみると、“キィン”と痛む。

 仕方(しかた)なく、凛は右足だけで立ち上がり、左足首に魔力を通した。

 痛みが引くまで、遅くて10秒といったことろか……。

 ほんの一瞬、一瞬だけ手持(ても)無沙汰(ぶさた)になった凛は、後ろを振りかえり、セイバーと綾子を見て———

 

 痛くても、走り出さなかった自分を(うら)んだ。

 

「—————うそっ——」

 

 綾子は、金色に燃えていた。

 聖剣の光は炎となって、綾子の服を燃やしていた。でもそれは、時間と共に鎮火(ちんか)していく。

 問題はその後だ。

 聖剣の光がなくなった後、綾子は一度、その()を光らせた。

 

 振りかえった凛は、そんな綾子と……そんな綾子の琥珀(こはく)(ひとみ)と、目が合った。

 その瞬間、凛はマズいと直感した。綾子は本気だ。

 本気で、来る。

 

 (がけ)の根元にいるセイバーが迎撃に走りだす。

 それなのに、凛は全然(ぜんぜん)、安心できなかった。

 足首は痛めていて動かない。両手に持っている宝石は、これから先に必要になる。だから今は使えない。

 セイバーの迎撃は、突破される気がしてならない。 

 だって、綾子の握る薙刀に、(やいば)がないのだから。

 折れたのか、消しとんだのか。綾子は、薙刀の()の部分だけを、その右手で握っている。

 ……どうしよう、()んだ。

 

 ———今ならまだ、間に合うだろうよ———

 

 ……あの時、“王さま”はそう言ったハズだ。

 綾子はセイバーと接敵する。セイバーが剣を八相(はっそう)に構える。

 その時、綾子は薙刀の()を右手一本で持ったまま、その右足を、左足よりも左に、踏み出した。

 力なく()れた右腕から伸びる薙刀の()が、“するっ”と。綾子の動きに影響されて、まるで後を引くように、地面と水平になった。

 その()を、綾子は両手で握る。()石突(いしづき)のあたりを持つ右手と、真ん中あたりを持つ左。

 セイバーの間合(まあ)いに入る瞬間、綾子はすーっと、時計回りに回転を始めた。両手で持って前に突き出された薙刀の()が、綾子を中心に大きな円を(えが)く。

 廻る綾子に、セイバーは剣を振り抜いて————吹き飛んだ。

 大空洞の入り口付近(ふきん)まで一気に飛ばされたセイバーを尻目(しりめ)に、凛を目指して走ってくる、綾子。

 上体(じょうたい)を斜め前に倒し、両手は後ろの空間を押し出すようにお尻のあたりに、歩幅を小さくとることで(からだ)上下動(じょうげどう)することを抑え、かわりに脚の回転を早めることでスピードを出す。右手だけで、逆手に握った薙刀の()を尻尾のようにたなびかせて、綾子はこっちに、一直線に向かっていている。

 

 ———後は、その目で見るが()い———

 

「あっ、ああっ———!!」

 

 そうだ。今、やっと気づいた。

 あの“王さま”が、私に言おうとしていた事と、

 こだわる場所を間違えていた、という事に。

 

 例えば、遠坂家に与えられた(おお)師父(しふ)からの宿題。

(おお)師父(しふ)の魔術礼装、“宝石剣ゼルレッチ”を作成せよ』というモノがある。代々遠坂の家にて()がれてきた、“魔法使いになるために()さなければいけない事”。

 

 今にしてやっと、凛は思ったのだ。

 “宝石剣ゼルレッチ”があの形でないといけない理由なんて、何ひとつとして無い、と。

 必要なのは、形ではなくて性能なのだと。

 (よう)は、“宝石剣”としての性能さえあればいい。形は別に、剣でなくても(かま)わないのだ、と。

 士郎の“剣の投影”は、バカみたいなものだから、私はずっと、剣という形に(しば)られていた。だけど本来は、時空を切り裂く事が出来(でき)るなら、並行(へいこう)世界(せかい)から魔力を持ってくる事が出来るなら、姿や形なんてのは放棄してもいいものなのだ、と。

 もっと言うなら、『形なんて無くてもいい』と今、気づいた。

 

 この状況では士郎に(たよ)ることも出来ない。宝石を集めて工作する時間もない。面白(おもしろ)いくらいに“()()()くし”だ。

 ———と、考えた時、私は初めて、士郎の気持ちが(わか)った気がした。投影をしようとする時の、士郎の気持ちが。

 その、士郎の気持ちをなぞるように、あの呪文を口に出す。

 

「——————投影(トレース)開始(オン)

 

 それは、士郎専用の呪文。私が(とな)えても、本来は意味をなさないもの。

 ———でも、

 これしか思いつかなかったのだ。自分の内側に(もぐ)るために、これから(おこな)う魔術のために。そのために、私に唯一(ゆいいつ)欠けていたもの、私に足りなかったもの。それは———

 

「遠坂の魔術を()てること」

 

 今まで、私の全てをかけて学んできたものを、綺麗サッパリ()てること。

 (かた)に縛られてはいけないのだ。確かに始まりには、(かた)というものが必要だ。どういう風に考えて、どういう風に理解して、どういう風に体を使い、どういう風に実践(じっせん)するか。

 “遠坂家の魔術”を引き継ぐためにも、そういったものは必要だった。

 でも、今から私がやろうとしているのは、違う。基礎とか応用とか、そういったものではない。奥儀(おうぎ)ですら、生温(なまぬる)い。

 そして、私の中には、今までに学んできた“全部”がある。

 

 だったら後は、ただ全てを忘れるだけ。覚えたものを全部忘れて、“()()()くし”の自分に()ける。

 

 ———大丈夫。手本(てほん)は、嫌というほど見てきた(はず)だ。(まぶた)()じれば(よみがえ)る。ずっと見続けてきた者だ。

 私は、“それ”を知っている。

 

「——————投影(トレース)開始(オン)

 

 まだ、足りない。私にはまだ深さがない。

 

「—————投影(トレース)開始(オン)

 

 何も考えるな、凛。思考をとめ、心をとめろ。

 

「————投影(トレース)開始(オン)

 

 たった一つに集中すれば、ほかの全ては抜けてなくなる。

 

「———投影(トレース)開始(オン)

 

 心を(ゆだ)ねるたった一つは、ずっと前から決めている。

 

「——投影、開始」

 

 いまも私の中にある、この、暖かいもの。

 

 ——————投影(トレース)開始(オン)——————

 

 結局、私はとことん、宝石とは(えん)()いようだった。

 

投影(トレース)開始(おん)ッ!!」

 

 綾子が目の前に迫ってきて、凛は右手を、右上まで振り切った。

 指をそろえて手刀(しゅとう)型取(かたど)り、左下から右上まで、剣で切るように振り切った。

 そうやって凛がなぞった空間から、先。

 

「—————Der(デァ) Säbelhieb(ゼィーべルヒープ)

 

 扇状(おうぎじょう)に放たれる閃光(せんこう)が、大空洞を(まぼゆ)いばかりに染め上げた。

 なのに、閃光(せんこう)の中から、綾子の手が伸びてきたのだ。綾子の手は、振り切った凛の手首を掴み、ひっくり返した。

 それだけで、凛の体は浮き上がったのだった。

 

 “ぐるん”と、自分の体が回転したことだけは(わか)った。ただ、それが一回転だったのか、それとも何回転か回ったのか、そのあたりは(わか)らなかった。

 

「リンッ! 大丈夫ですか、リン」

 

 右脇(みぎわき)(かか)えられたかと思うと、セイバーに引き起こされていた。

 (あわ)てて(あた)りを見渡(みわた)すと、凛は(がけ)(くだ)っていて、その根元まで落とされていた。

 

「……遠坂。いくら何でも、この()(およ)んで“魔力砲”は無いんじゃない?」

 

 凛は、声の方、(がけ)の上を(ふり)(あお)ぐ。

 “星の祭壇”の(ふち)(がけ)(きわ)に綾子はあった。

 黒こげになった薙刀の()を放り捨て、琥珀(こはく)()を輝かせながら、遠坂凛を(にら)んでいる。

 

「アンタのそれは、同じ位相(いそう)に像を結んでいるヤツにしか当たらない。

 確かに、使い方によっては()尽蔵(じんぞう)にエーテル砲を撃てるけど、(あたし)は今、アンタとは違う位相(いそう)にいるんだ。アンタと(あたし)は、現在(えにし)が繋がってない。(めぐ)()う運命にはないワケさ。

 出逢(であ)うこともないヤツに、ぶっ放したってしょうがないだろ?」

 

 綾子は、(がけ)の上で目を閉じた。

 

「これで終わりだな、遠坂。

 ———世界を殺して、お前も殺す。それで終わりだ」

 

「リン」というセイバーの声で、やっと両手を思いっきり、(にぎ)()めていたことに気づいた。

 セイバーの介抱(かいほう)(ことわ)って、自分の脚で立ち上がる。(りょう)(てのひら)から(したた)る血を感じながら、綾子を睨んで、凛は()える。

 

「…………巫山戯(ふざけ)てんじゃ、ないわよッ!!」

 

 左手で、滅多(めった)矢鱈(やたら)にガンドを放ち、当たらない綾子に当てようとする。

 ガンドに当たれば呪われる。病気になったり、不幸になったりする呪いだ。『トコトンまで不幸になって、箪笥(たんす)(かど)で小指をぶつけるような不幸に半年ばかり見舞われなさい』とばかりに、ろくな照準(しょうじゅん)も付けずぶっ放し続けた。

 

「何でもかんでも『殺す殺す』してりゃ良いってもんじゃあ、ないでしょうがッ! 

 アンタはッ、ひとりよがりなのよ。

 その目は未来が見えるんでしょうが! 『人と人との繋がりだって見える』って、アンタ自分で言ってたじゃないの! 

 だったら……だったら何で、今まで何もしてこなかったのよ」

 

 当たらないガンドを放り投げ、凛は叫んだのだった。

 そんな凛を、綾子はただ、つまらなさそうに見つめている。

 

「———お前にさ、(あたし)の何が分かるんだよ」

「分からないわよ、分かるわけないじゃない。

 べつに、分かりたいとも思わないけど———」

「だったら。

 だったらそこで、黙って見てろよ」

「はぁ? 

 自分が殺されるのを黙って見るバカが何処(どこ)にいるってのよ」

「…………もういい。聴いた(あたし)がバカだった」

 

 綾子は、空中から何かを取り出すかのように、右手を、左に振るう。右手の振りからほんの(わず)かだけ遅れて、左手を、右手よりも遠くで、右に振るった。

 一瞬だけ、綾子の体が“ふわっ”と浮き、沈む。

 ———そして“(まい)”が始まった。

 

 左回りで“くるくる”と回っていたと思うと、いつの間にか右回りになっている。そんな綾子の右回転に引きずられるように、背後から光が立ち上がる。金銀白の三色の光は、互いに(から)まりながら綾子に渦巻き、銀河系の渦のように、綾子に(なら)って右回転にまとまっていく。

 

「セイバー、お願い」

 

 凛の一声を合図に、下段に構えていた聖剣を、ゆっくりと上段まで振り上げていく。

 

「—————束ねるは星の息吹(いぶき)、輝ける命の奔流(ほんりゅう)

 

 (がけ)の上で綾子は舞い、(がけ)の下でセイバーは(うた)う。

 上段に(かか)げた聖剣の、その剣身(けんしん)に光が(とも)る。

 それは絶望を裂き、希望を(とも)す“灯火(ともしび)の剣”。かつて『百の松明(たいまつ)を束ねたよりも(なお)、明るく輝いた』とされるこの剣が、今、(にま)()によって解放された。

 周囲の地面から光の粒が舞い上がり、踊る。

 その中心で(てん)()灯火(ともしび)の剣は、輝きを一気に増し、剣身(けんしん)から金の光を立ち昇らせる。

 

「—————約束された(エクス)——」

 

 セイバーは、(おの)が聖剣を振り下ろす。

 

「————勝利の剣(カリバー)ーーーッ!!」

 

 “ドンッ”という衝撃と共に駆け抜ける聖剣の輝きは、綾子へと一直線に突き進む。

 ———対して、綾子は神楽(かぐら)を舞っていた。

 右手で渦を描くようにゆったりと上に取り、ふわりふわりと右回転に回っている。それは、自分を中心に円運動をするのではなくて、見えない柱を(まわ)りを(めぐ)るような、そんな右回転だった。

 

 そこに、光の斬撃が撃ち込まれる。

 (がけ)の下からビームのように飛来した金の光は綾子を呑み込む。やがてそれは奔流(ほんりゅう)となって、上空へと噴き上がった。

 ———“すーっ”と、綾子が左回転に切り換える。

 約束された勝利の剣(エクスカリバー)奔流(ほんりゅう)が、不自然に揺らいだ。一度ブレた後、奔流(ほんりゅう)は左回転に巻き込まれてしまった。

 星の祭壇からの三色の魔力と同化して綾子の周りを(めぐ)(まわ)る、聖剣の奔流(ほんりゅう)

 

 両手の手刀(しゅとう)を切り払い、舞い終えた綾子が止まる。

 凛とセイバーとを見下ろしていた。

 

「言ったろ? 終わりだって。

 この()が明けると魔力も馴染(なじ)む、そうすればゲームオーバーだ。世界は変革(へんかく)し、(あたし)はその未来を生きる」

 

 見下(みくだ)してくる綾子に、凛は思わず唇を噛んだ。

 さっきのが、最後のチャンスだったのに……。

 そうとも、凛にはもう手立(てだ)てが無かった。“エーテル砲”が効果を見込めない時点で、凛自身にやりようは無い。何故だか綾子の術を抜けられるセイバーの聖剣も、凛を(まも)ってくれそうになかった。星の祭壇の(ふち)で十何秒か、凛が詠唱する時間を稼ぐことができないのだ。セイバーなら綾子とも打ち合える。でも、凛を護りながらとなると、難易度は一気に跳ね上がるから。

 

 そう、だから凛には手立(てだ)てが無かった。

 

「———悪い、遅くなっちまった」

 

 ……()()()手立(てだ)てが無かったのだ。

 

 

「状況は……、あまり良くないみたいだな。遠坂」






次回、Fate/stay night[Destiney Movement ]

———最終話、〜また、恋をしよう〜
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。