セイバーが走る、美綴綾子へと。
巨大な地下空洞の中、黄金に輝く剣身を持つ聖剣を八相に構え、右肩に担ぐようにして、両者の間の空間を埋める。
「——————ハッ!」
袈裟斬りに振り下ろされた聖剣は空を切る。
綾子は右脇に構えた薙刀を大きく円を描くように横薙ぎすると、自身が振るった薙刀に運ばれるようにして右側に50センチほどふわりと動いたのだ。結果、セイバーから見て左側に躱すと同時に、横薙ぎで左側から、セイバーの首を刈りにきた。
セイバーは全身から、風の魔力を放出する。
聖剣を覆う必要のなくなった風王結界、それがセイバーの魔力に呼応して出力される。右回り、半時計廻りの渦を巻きながら吹き上がる風の魔力が、綾子の薙刀を弾き上げる———直前、綾子は己の薙刀に、自分自身の魔力を通した。
「—————恋するに、死にするものにあらませば———」
運命を調律する。
綾子自身とセイバーとの縁を調え、お互いは、同じ運命に括られるのだ。
そうして綾子の薙刀は、風王結界をすり抜ける。だがその刃が、首の骨を切り裂くその前に、セイバーは無言で、魔力放出を収束させた。
袈裟懸けに振り下ろした聖剣の先から、黄金の魔力が吹き荒れる。その魔力に押し出されるようにして、セイバーは後ろに飛んだ。体の周囲に風王結界による風の魔力を纏わせることで、空中での姿勢制御に成功したセイバーは、聖剣を左から右に、横薙ぎに振るうのだった。
金の光の斬撃が、綾子に一閃、迫り来る。
「———我が身は千度、死に返らまし」
それを綾子は、真正面から、縦に一閃切り裂いた。
セイバーが、着地する。
「聖剣の一撃を切り裂くのですか」
聖剣を正眼に構えなおすセイバーに、綾子は、薙刀の刃を向ける。
「なに、儀式場はもう整ってるんだ。少しくらい私の力が増したって、そう不思議でもないでしょ」
———“千日手”ってこういう事か。と凛は思った。
セイバーと綾子の戦闘を後ろから見ていて、気づいたことがあったのだ。
綾子は“縁を観る浄眼”、セイバーは直感による緊急回避、それと鞘。二人が二人とも、防御過剰なのだ。そして恐らく二人とも、全力で戦っているわけでも、なさそうだったし。
「ややこしいわね」と、口から漏れた。
スカートの右ポケットからルビーを取り出しながら、ふと、家にしまった在庫のことを思ってしまった。大粒のルビーはあといくつあったっけ?
それはあまり、深く考えたくはない。
———これでいつかの予言通り、“殺す殺さないの関係”だな———
先ほどの綾子の言葉、それはつまり、私たちが初めて会ったあの日からすでに、今日のことを予見してたということだ。
それにしては少し変だ、と思う。
それなら何故、対策を打たなかったのか。
凛ですら、綾子のことは知っている。当然、それは全てではないだろうが……それでも、ある程度は知っているのだ。
———美綴綾子の浄眼は“縁を見る”、『縁は未来から流れてくる』とは綾子の言で、つまりアイツは最初から、私と士郎とが上手くいかなくなる事を知っていた、ということでもある。
それなら何故、未来を変えようとしなかったのか。
士郎が壊れることを憂いて世界をぶっ壊すくらいなら、他にやりようはいくらでもあった筈だ。特に、あの美綴綾子なら———
その時、凛は違和感を感じた。
違和感というか、魔力の感じが何処かおかしい。
ふと、右手の甲に視線をやった。そこからアーチャーとのパスに意識を向ける。すると、急速に魔力が吸われていることが分かった。
「アーチャーのヤツ、固有結界でも展開して———」
“バチッ”と、右手の甲、アーチャーとの契約をしめす令呪から、赤い稲妻のような魔力光が宙へと走り、凛はそれに引きずられるように、手の甲を、空へ差し出すような格好になった。
「へっ? …………うそっ、そんな……ッ!」
凛は慌てて手の甲を見る。そこに、令呪の跡はカケラも無かった。
凛が正気に戻ったのは、自身の耳元で金属音が、金属同士が擦れ、弾かれる音が鳴ったからで。つまりは、凛の後ろに回り込んだ綾子の横薙ぎを、セイバーが上に弾いてくれたからだった。
「どうしたのよ遠坂、この期に及んでよそ見してさぁ。要らないんなら、その首貰うぜ」
「ちょっ、綾子っ。今アーチャーの令呪とパスが———」
「ああ、アーチャーが死んだのか。まあ、聖杯戦争なんだし、よくある事なんじゃない?」
左手で右手首を握る凛に対して、右手一本で薙刀を握る美綴綾子。薙刀の刃を下にして、垂らすように立っている。
「そろそろ、時間も押してるみたいだしな。儀式を、先に進めてみるか」
「私が、それをさせるとでも?」
セイバーが聖剣を脇構えにした。右半身を綾子に向けて、左足を後ろに引いて、聖剣の鋒が左後ろを指すように。
「私はここに、貴女を止めるために来たのです」
「悪いけど、こっちはお前に興味がないんだ。救われるだけ救われて、サッサといなくなるヤツなんて。
———結局、お前は自分の誇りを守ったんだ。護られたのはお前であってアイツじゃない。アイツの理想は、進展しないし解決しない。
あんなのは、“御伽噺のめでたしめでたし”。現実に救いは、カケラもないんだぜ」
「……なんの話をしているのです?」
「お前と士郎の話だ。“お前と士郎との物語”、お前は救われて“めでたし”だけど、そこに士郎の救いは無かった」
ちょうど位置が反転し、大空洞の入り口側にたたずむ綾子。
「お前はさ、始めから全部持ってるんだ。
騎士としての誇りも、王としての誓いも、いつか夢みた、ただ一度の尊いモノ。
お前はそれを確かめて、後はサッサと帰っちまった。あの朝、別れ際に救われたのは士郎じゃない。お前が、ただ一人だけ」
“はぁ”と凛はため息をついた。
「———何が言いたいのか、サッパリ解らないんですけど」
口を挟む。
何がムカつくって、コイツは、さっきからずっと“一人よがり”だ。
「適当なこと言ってないで、すぐに桜を返しなさい。ブッ飛ばすわよ」
セイバーの左隣に陣取って、右手を上げてガンドを作る。五指を揃えて綾子の顔に照準し、威嚇に何発か撃ち放つ。
綾子はつまらなそうにガンドを“観る”。琥珀色の両眼が一瞬だけ光ると、ガンドはたちまちに立ち消えてしまった。
「お前もお前だよな、遠坂」
薙刀の柄を右肩に乗せるようにして担ぎ、肩を落としてため息をつく綾子は、凛から見て、少し気落ちしているようだった。
「衛宮士郎にとって、あるいは英霊エミヤにとってすら、お前は“憧れ”だったんだよ、遠坂。
衛宮士郎は遠坂凛に憧れた、『あんな風に生きられたなら、どんなにいいか』と憧れたんだ。
———『バカじゃないの』と思ったんだろ? 『頑張ってるヤツが報われないなんて嘘だ』と思ったんだろ?
それなのに最後の最後、一番日和っちゃいけない時に、よりにもよって日和っちまった。
あの朝お前は、英霊エミヤに救われたんだ。“絶対に口にしてはいけない言葉”を口にして。
最後のひと言、『大丈夫だよ、遠坂』は、お前のための言葉だ。お前の恋を終わらせるため、“憧れの女”を、アイツはフッた」
「だから、何の話をしてるのよ?
そんな経験、無いんですケド」
「無いだろうぜ。だってコレは、いつかのイフのお前の話だ。数ある平行世界の一つ、お前とアーチャーとの物語。
———私が、関わらない世界の話。
お前たちに言っても仕方がないのかもしれないけどさ。殺してからじゃあ、口も利けなくなっちまうしな」
綾子は、懐から一枚の和紙を取り出した。家紋に使われるような菱形の剣、“剣菱”が三つ、重なり合うような形に折られていて、つまりそれは折紙だった。
その折紙を見せつけるように左手で掲げ、巫女服の綾子は宣言する、『この世界を殺す』、と。
「第六魔法の使い手が現れる時、それは世界の滅びを指す。
『秩序が、“第六”に敗れる日』
私が存在するだけで、この世界は異変する。この世界の、魔術基盤そのものが書き変わるんだ。そんなの、魔法使いを除いて、影響を逃れ得る者は無い」
「させると思ってるの? アンタが何をどう思おうが勝手だけどね、それをこっちにまで押し付けるんじゃないわよ。
アンタが“その目”で何を見たのか知らないし、知りたいとも思わないけど、身に覚えのないことをウダウダと、抜かしてんじゃ、ないわよッ!!」
綾子の顔に照準してある自分の右手指先からガンドを連射、綾子が眼力で消し去るのと、凛が叫ぶのとは、同時だった。
「行くわよッ、セイバー!」
凛は走る、美綴綾子へと。
ガンドの呪いをガトリング・ガンのように乱射しながら走り、綾子の手前、2メートル半くらいのところで、大きく、右に跳んだ。
凛が右に跳ぶことで空いた空間を、光の斬撃が駆け抜ける。セイバーが剣を縦に振り下ろし、その 斬線をなぞるように、剣身から溢れる光が、まっすぐ、綾子へ向かって駆け抜ける。それを、綾子が躱す。
左から右へ、凛やセイバーから見て右から左へ、いつの間にか斬撃を躱した後、綾子はさっそく攻撃に転じる。
セイバーから見て左から横薙ぎに、綾子の薙刀が振るわれる。
横から切りつけてくる一撃と打ち合うように、セイバーは聖剣を振り下ろす。だが、綾子の薙刀は聖剣をすり抜けた。
音もなく、途中から気配も消えた薙刀による一撃は、振り下ろされる聖剣を躱して最後まで振るわれる。振りきって止まった瞬間、綾子の右手は薙刀を離す。
空中に滞空する、薙刀。
折紙を懐に仕舞い終わった左手で、空いた左手で、宙にある薙刀をキャッチする。
———すると綾子の存在は、凛の目の前にあったのだ。
「クッ」と、凛の口から声が溢れた。
魔力は一切感じなかった。綾子の眼も光らなかった。東洋系列の呪術発動の兆しもないまま。
つまり、綾子は純粋な歩法だけで、瞬間移動じみた動きをしたというのか。
「———なんてヤツ」
綾子が左手一本で、自身の左体側に構えている薙刀の柄に右手を添える。その右手が石突の方に何センチか滑ったかと思うと、次に凛が気づいた時には、薙刀の刃はが、凛の首の、右側にめり込みそうになっていた。
その、今にも自分の首を切り落としそうな刃と、自分自身の首との間に、右手の甲を差し挟む。魔力が溢れ出てることを示すように輝くルビーを握った右手に、その甲に、薙刀の刃がめり込んで———そのまま、凛をまったく切り裂くことなく、凛の首を、すり抜けていく、その最中———
「ハッ———」という掛け声が、綾子の後ろで一つあがった。
そして、凛に傷ひとつつけることなく首をすり抜けている薙刀が、凛の首を半ばまで通り抜けた時、後ろから迫ったセイバーが、右から左に横一閃、聖剣を薙ぎ払った。
———それは、清廉とした風の囁きのような斬撃だった。
涼やかな歌い声を響かせながら振り抜かれた一閃は、綾子を呑み込み、大空洞を金色に染め、その巨大な側壁の手前まで吹き飛ばした。
「無事ですかッ! 凛」
「まあね、ちょっと反則気味だけど。今はそんなこと、あまり気にしてられないし」
凛の前に立ち、吹き飛ばした綾子を見つめながら問いかけるセイバーに、凛は右手の中のルビーを見ながら応答した。
「しかし、無事で良かったです。凛に刃が喰い込んだ時は、まさに冷や汗ものでした」
セイバーは再び、その聖剣に光を燈す。
下段に構えた聖剣の、金色に輝く剣身から、“ゆらりゆらり”と、金の魔力が立ち昇る。
「それにしても、“縁を観る目”とは、思っていたよりもずっと、奇怪なもののようですね」
セイバーが見つめる先、大空洞の横の壁、斬撃の余波によって吹き荒れる金色の魔力を押しのけるようにして、綾子が歩いて近づいてくる。右手には当然のように薙刀を持ち、綾子の左手は、またしても折紙を持っていた。
御札サイズの熨斗のような形の折紙、焼け焦げたその折紙に息を吹きかけると、たちまちにボロボロに崩れ、無くなってしまった。
綾子が、二人を見据える。
「眼力だけとは言え、“Destiny Movement”で位相をずらした筈なんだけど……。
その上から捻じ込んでくるとか、その剣やっぱりデタラメだよな」
士郎が惚れ込むだけはある。と綾子は言った。
とは言うものの、綾子の体は綺麗なもので、その身を包む巫女装束も、砂埃くらいしかついていない。
セイバーが右の脇構えに移行して、地面と平行にした剣身に魔力を込めるのを尻目に、凛は黙って、少し考えを巡らせた。
———まず大前提として、綾子を魔法使いにしてはいけない。
これは、分かりやすく世界が崩壊するからだ。『魔法使いとなった綾子が世界に存在している』という、ただそれだけで、人理には致命的な疾患が生じる。結果、未曾有の大災害となることはほぼ間違いない。
———次に、私とセイバーの右側にある“星の祭壇”。一枚岩の巨大な崖のようなあの場所に、綾子を到着させてはいけない。
どう考えでも、あそこは“魔法使いになるための魔法陣”があるだろうから、そんな場所に綾子が到着した時点で、私たちの負けが確定する。
今のところ、私たちが負けるための必要十分条件はこれだけだ。つまり最後まで綾子を、大空洞の奥にある、あの巨大な岩の上に登らせなければ、私たちに負けはない。
そして儀式とは、場所と時間だ。
何か大掛かりな儀式を行いたいなら、必ず、場所と時間とを吟味する必要がある。
私だって、アーチャーを召喚する時には同じ事をやったのだ。“聖杯からのバックアップ”という強力な後盾があってなお、私の魔力が最高潮に達する午前二時に、遠坂が管理する土地の中でも、かなり大きな龍脈の噴出口の上にある遠坂邸の地下工房で、という具合に。
分かるだろうか、“その場所”に“その時間”、“その人”がいる。この三つが揃って始めて、儀式というのは、そのスタートラインに立てるのだ。
だから、その内のどれか一つでも狂わせてしまえば、理論上は、全ての儀式を妨害できるという訳だ。
となると問題を、『“魔法使いに成れる時間”というのがいつまでか』という一点に集約できる。
———アーチャーが負けるくらいだ、あっちの戦場はあまり芳しくないのだろう。となると援軍は期待できない。
———だが、『聖杯戦争が終わるまでずっと、いつでも魔法使いに成れる』という訳でもないだろう。それが可能なら、ここの大聖杯をひっぺがした次の日にでも儀式をやれば良かったのだ。そうすれば、今頃は地獄絵図になってたろうし。
そして何より、綾子はわざわざ、今夜みんなを未遠川に集めている。足止めに使える人員が少ないからか、全員を一ヶ所に集めてから足止めとなる人員をあてがった。
つまり綾子は、今日に全てをかけているのだ。全員を集めて足止めをかけた以上、すでに計画は露呈している。計画を露呈させてまでこうして行動したってことは、何はどうあれ綾子の方に、今夜中に決めたい理由があるのだろう。
今のところ参考に出来そうな情報はこれくらいか、と顔を上げる時、ふと、ギルガメッシュの言葉がよぎった。
———我は“結末”に“間に合う”と言ったのだ。さぁ行ゆけ、後はその目で見るが良い———
それはそう、ちょっとした疑問だった。
“結末”に“間に合う”とは、一体何に“間に合う”のだろうか、という疑問。
こんなのは、“間に合う”もなにもない。凛が到着するのがギリギリだったというならまだしも、時間的には、セイバーひとりでももう少し保ちそうだったし。となると、考えられる事としてはもう一つ、この先に『まだ間に合う』何かがあるのか。
“間に合う”、“間に合う”、“まだ間に合うこと”、となると———
「うそ……ホントに?」
無意識に、左手で口を覆ってしまった。
“あり得ない”、と切り捨てることは出来るが、しかし……。
凛はチラリと右を見る。そこには“星の祭壇”がある。遠坂凛が守らなければいけないモノ、美綴綾子には、取らせてはいけないモノ。
「ねえ、セイバー。ちょっといいかしら」
「何でしょう凛。私は、彼女の攻撃に備える必要があります。出来れば、手短に」
セイバーは右脇に剣を構えたまま、聖剣の魔力を高める。剣身から、勢いよく光が噴き出した。
「幾つかやって欲しいことがあるのよ。この戦いに勝つために」
綾子は薙刀を、その両手に持ちなおす。薙刀を両手でふわりと持って、軽く下段に。一歩ずつこちらに近づきながら、ゆっくりと、存在感が消えていく。
綾子が20メートルほど先で止まった時には、“そこに居なくて、でもそこに居る”ような、あるいは“そこに居てそこに居ない”ような、そんな不思議な状態になっていた。
「————誰そ彼と、我をな問ひそ、九月の———」
綾子が薙刀を上段に構えて、
「———露に濡れつつ、君待つ我を」
それを、一直線に振り下ろす。
反応して、凛の隣にいるセイバーが、右脚を一歩踏み込みながら、腰だめに構えた聖剣を、右下から、左上に振り上げる。
宝石の粒が煌めくような音、そんな音が数多折り重なって、綾子の薙刀の斬撃を、金の奔流で弾き上げる。
残心を待つこともなくセイバーは、振り上げた聖剣から再び魔力を放出させて、下まで一気に、斬り下ろす。
空中に未だ滞空する、金色の粒子を斬り裂くように、金の光の斬撃が、ビームのように撃ち放たれた。
甲高い大気の鳴き声、聖剣の斬撃に引き裂かれる周囲の空気が、まるで、祝福の音のように響きわたった。
———その、最中。
突き抜ける、光線のような斬撃を、“シュッ”と切り裂く音がした。
「——————参剣御符、“一刀両断”」
下から上に、縦一直線。金色の光線を切り割って、中から綾子が跳び出してきた。
“シューーッ”と、地面の上を軽く滑り、スピードを弱めていく。履いた草鞋から砂埃を立ち上げ、後ろ向きに滑ることでセイバーから目を離さずに、20メートルほど星の祭壇に近づいて、綾子は止まった。
無言で姿勢を立て直し、薙刀を右脇に構える。懐に折紙を仕舞い終えた左手を、スッと薙刀の柄にそえた。
そんなセイバーと綾子との戦いを、セイバーからも少し離れて見ていた凛は、一人、機をうかがっていた。
———我は“結末”に“間に合う”と言ったのだ———
そう、あの王さまはそう言った。『後はその目で見るが良い』と。その言葉が本当ならば、この場に私がいる意味、その先も見えてくる。
「でも、ホントに?」
凛が呟く。両脚には“強化”をかけて、両手には燃料となる宝石を握りしめる。ルビー、サファイア、トパーズとエメラルド。大量に持つ宝石の数々は、凛が持ってきた、現時点での全てである。
つまり、失敗すれば全てが終わる。
深く、息をはいた。
今、凛の目の前では斬撃の応酬が繰り広げられている。セイバーが光の斬撃を撃ち放ち、綾子はそれを切り裂きながら右へ左へと躱している。
そんな異次元の戦いを見ながら、凛は走り出した。
大空洞の奥、巨大な崖の上にある、星の祭壇の中心へ。
凛の動きに気づいた綾子が、それを止めようと動き出す。
セイバーが聖剣を横薙ぎし、その斬線をなぞるように金色の光線が横に伸びる。
綾子は、自分へと迫る光の斬撃を、セイバーへと突っ込み、聖剣にほど近い場所から、左手で折紙を持ち、上から下まで斬り下ろすことで、斬撃が拡散するよりも前に、切り込みを入れた。
一瞬だけ、金色の光のない空白地帯を作ると、そこに踏み込み、凛を観る。
何処からともなく“カチッ”と、時計の針が動く音が聞こえると、凛の動きが、目に見えて遅くなった。
凛の体の動きは機敏なままだ。だが、その動きから想像するスピードの半分も出ていない。まるで、凛と星の祭壇との間の地面が、急速に伸び広がっているかのように、凛のスピードだけが遅くなった。
———凛と星の祭壇との縁を切り離し、その運命をズラしたのだ。
凛が懸命に走りながら、チラリと綾子の方を見た。だけど、すぐ前を向いた。
セイバーの、二発目の斬撃を目にしたからだ。
ドッ、という、空気が弾き飛ばされる音が凛まで届いた。地面から上空に向かって噴き上がる巨大な金の奔流は、綾子を容易く呑み込んだ。
後ろから響いてくる衝撃音に押されるように、凛のスピードは元に戻った。
ようやく、崖の手前まできてもスピードを緩めず、崖の根元に一歩、その右脚を踏み出した。
……良かったと、心中でそう思う。この崖が、断崖絶壁ではなくて。
膝にかかる負荷が増した。でも、手を突かなきゃいけないほどでもない。感覚としては、坂道を登る感じに近かった。
傾斜にして、45度を越えるかどうか、といったところ。ゴツゴツとしている地面は、年月のせいか角がとれ、全体としてみれば、そう大きな隆起も無かった。
これなら最後まで登りきれる、と確信した。
凛が見上げた限りでは、頂上に近づくにしたがって傾斜はきつくなる。とはいえ、強化魔術を施した凛の脚力で突っ走れないほどではない。
———と、すぐ近く、凛の後ろで爆音がした。
「ツッ———!」
踏み出した左足から、魔力を地面に流し込む。右足で地面を蹴りつけて前に進む。凛の重心が完全に左足に乗り切ると、地面に流し込んだ自分の魔力を、地面の中で“転換”した。
———要は、宝石魔術の応用だ。いや、技術発展の系譜からすると、こっちの方がご先祖様かもしれないが。
遠坂家は代々、“転換”の特性を活かし、宝石魔術を専門とする家系だ。宝石の中で魔力を流転させ、本来は保存できないはずの魔力をストックできる状態にする。その後、宝石に宿った念に乗せてそのまま魔力を解放することにより、魔弾として戦闘に利用する。
そう、凛が今やってる事は、宝石魔術と変わらない。
足元にある地面、その中にあるケイ素を使って、凛は今、この瞬間に即興で、“遠坂家の宝石”を作り上げた。
「————Geben Sie das Ziel anッ……」
凛が地面を踏みしめる、左足の下、そのから魔力の鼓動が“ドクン”、と一つ振動した。
「—————Anfang、Sprengenッ!!」
ドッ、と噴き出す魔力圧と、指向性を持った炎。凛の足裏に直撃した爆風は、凛の体なんか一瞬で吹き飛ばす威力だった。
強化魔術をかけた脚で、その足裏で、凛は、噴き上がる爆風に乗る。“ピカッ”と、下からの光で視界が覆われる。その後からきた爆風でミニスカートがはためいて———そして、凛は飛んだ。
両脚の膝をくっつけて前に突き出し、90度よりも深く曲げる。上半身は真っ直ぐに立てて、両腕は大きく左右に広げて。
前からくる風を感じて、感じて、感じて……。
すると、不意に視界が開けた。
———それは、山の頂のような風景だった。
例えるなら、火山湖。大空洞の入り口から見た、あの崖の上、そこには擂鉢状のクレーターが広がっていた。そのクレーターの、一番底。一番の中心点には莫大な魔力が渦巻いている。
銀色と金色と白。三色の光が、クレーターの中心に在る。まるで実体を持つ巨大な蛇のように渦巻き、うねり、互いに絡まりあっていた。
———それも、一瞬。
「トッ」というふくみ声を一つ上げ、綾子が跳び上がっていたのだから。
凛は体勢を崩さないように、目だけを後ろに向けるように振りかえる。
———綾子には、重力がはたらいてないようだった。薙刀を左の脇に構え、その鋒を後ろにして振りかぶり、両膝を軽く曲げて浮いている。
そんな格好で、浮いているように飛んでいる。
当然、綾子も跳び上がった訳だから、凛に向かって進んでいる筈だが、その速度は遅い。
両手で体の左側に保持した薙刀は刃を後ろ、石突を前に。左手で刃の近くを持ち、右手は石突の近くを持ち、両手の親指を向かい合わせるようにして構えている。
———そんな綾子の、右手。
石突の近くを握っている綾子の右手が、石突へと滑り出す。薙刀の柄は綾子が両手を広げた距離よりも長いから、当然、柄の先端に辿り着くまでに限界を迎える。その後は、自然に右手が右側に移動を始めて、それに影響された薙刀の刃は、左から大きな円を描きながら一気に前へと加速するのだ。
でも、凛と綾子とは100メートル以上も離れていて、そんな場所からではまず、刃は届かないはずだ。
だが、綾子はその体勢から、薙刀を右に振りぬいた。
———つまり、それは……。
瞬間、凛の足元から、金色の光が立ち昇る。
セイバーが、そこにいた。
風王結界を使って風を巻き上げている。
セイバーが今までに放った聖剣の斬撃、それによって周囲に振りまかれた金色の光が、周りの地面で未だに燻り、淡く光を放っていて、そこから金色の粒子が、まるで蛍の乱舞のように輝き、踊っている。
そんな、周囲の空気を巻き上げているセイバーは、金色の風を纏っているかのように、視界の下から、凛の眼前に現れた。
セイバーの聖剣は下段に構えられている。
その下段にある聖剣が、セイバーの左側で、後ろから円を描くように振り上げられて、一閃。
金の斬撃が、呑み込んだ。
凛がクレーターの淵に着地した時、セイバーは重力に引かれてまっすぐ落ちていた。綾子は、吹き飛ばされて彗星のように、金色の尾を引きながら墜落していた。
その激闘から顔を背ける。
凛はクレーターの中心へ踏み出そうとして、足首の痛みに動きを止めた。左手で、左足首を触ってみると、“キィン”と痛む。
仕方なく、凛は右足だけで立ち上がり、左足首に魔力を通した。
痛みが引くまで、遅くて10秒といったことろか……。
ほんの一瞬、一瞬だけ手持ち無沙汰になった凛は、後ろを振りかえり、セイバーと綾子を見て———
痛くても、走り出さなかった自分を恨んだ。
「—————うそっ——」
綾子は、金色に燃えていた。
聖剣の光は炎となって、綾子の服を燃やしていた。でもそれは、時間と共に鎮火していく。
問題はその後だ。
聖剣の光がなくなった後、綾子は一度、その眼を光らせた。
振りかえった凛は、そんな綾子と……そんな綾子の琥珀の瞳と、目が合った。
その瞬間、凛はマズいと直感した。綾子は本気だ。
本気で、来る。
崖の根元にいるセイバーが迎撃に走りだす。
それなのに、凛は全然、安心できなかった。
足首は痛めていて動かない。両手に持っている宝石は、これから先に必要になる。だから今は使えない。
セイバーの迎撃は、突破される気がしてならない。
だって、綾子の握る薙刀に、刃がないのだから。
折れたのか、消しとんだのか。綾子は、薙刀の柄の部分だけを、その右手で握っている。
……どうしよう、詰んだ。
———今ならまだ、間に合うだろうよ———
……あの時、“王さま”はそう言ったハズだ。
綾子はセイバーと接敵する。セイバーが剣を八相に構える。
その時、綾子は薙刀の柄を右手一本で持ったまま、その右足を、左足よりも左に、踏み出した。
力なく垂れた右腕から伸びる薙刀の柄が、“するっ”と。綾子の動きに影響されて、まるで後を引くように、地面と水平になった。
その柄を、綾子は両手で握る。柄の石突のあたりを持つ右手と、真ん中あたりを持つ左。
セイバーの間合いに入る瞬間、綾子はすーっと、時計回りに回転を始めた。両手で持って前に突き出された薙刀の柄が、綾子を中心に大きな円を描く。
廻る綾子に、セイバーは剣を振り抜いて————吹き飛んだ。
大空洞の入り口付近まで一気に飛ばされたセイバーを尻目に、凛を目指して走ってくる、綾子。
上体を斜め前に倒し、両手は後ろの空間を押し出すようにお尻のあたりに、歩幅を小さくとることで体が上下動することを抑え、かわりに脚の回転を早めることでスピードを出す。右手だけで、逆手に握った薙刀の柄を尻尾のようにたなびかせて、綾子はこっちに、一直線に向かっていている。
———後は、その目で見るが良い———
「あっ、ああっ———!!」
そうだ。今、やっと気づいた。
あの“王さま”が、私に言おうとしていた事と、
こだわる場所を間違えていた、という事に。
例えば、遠坂家に与えられた大師父からの宿題。
『大師父の魔術礼装、“宝石剣ゼルレッチ”を作成せよ』というモノがある。代々遠坂の家にて継がれてきた、“魔法使いになるために為さなければいけない事”。
今にしてやっと、凛は思ったのだ。
“宝石剣ゼルレッチ”があの形でないといけない理由なんて、何ひとつとして無い、と。
必要なのは、形ではなくて性能なのだと。
要は、“宝石剣”としての性能さえあればいい。形は別に、剣でなくても構わないのだ、と。
士郎の“剣の投影”は、バカみたいなものだから、私はずっと、剣という形に縛られていた。だけど本来は、時空を切り裂く事が出来るなら、並行世界から魔力を持ってくる事が出来るなら、姿や形なんてのは放棄してもいいものなのだ、と。
もっと言うなら、『形なんて無くてもいい』と今、気づいた。
この状況では士郎に頼ることも出来ない。宝石を集めて工作する時間もない。面白いくらいに“無い無い尽くし”だ。
———と、考えた時、私は初めて、士郎の気持ちが判った気がした。投影をしようとする時の、士郎の気持ちが。
その、士郎の気持ちをなぞるように、あの呪文を口に出す。
「——————投影、開始」
それは、士郎専用の呪文。私が唱えても、本来は意味をなさないもの。
———でも、
これしか思いつかなかったのだ。自分の内側に潜るために、これから行う魔術のために。そのために、私に唯一欠けていたもの、私に足りなかったもの。それは———
「遠坂の魔術を棄てること」
今まで、私の全てをかけて学んできたものを、綺麗サッパリ捨てること。
型に縛られてはいけないのだ。確かに始まりには、型というものが必要だ。どういう風に考えて、どういう風に理解して、どういう風に体を使い、どういう風に実践するか。
“遠坂家の魔術”を引き継ぐためにも、そういったものは必要だった。
でも、今から私がやろうとしているのは、違う。基礎とか応用とか、そういったものではない。奥儀ですら、生温い。
そして、私の中には、今までに学んできた“全部”がある。
だったら後は、ただ全てを忘れるだけ。覚えたものを全部忘れて、“無い無い尽くし”の自分に賭ける。
———大丈夫。手本は、嫌というほど見てきた筈だ。瞼を閉じれば甦る。ずっと見続けてきた者だ。
私は、“それ”を知っている。
「——————投影、開始」
まだ、足りない。私にはまだ深さがない。
「—————投影、開始」
何も考えるな、凛。思考をとめ、心をとめろ。
「————投影、開始」
たった一つに集中すれば、ほかの全ては抜けてなくなる。
「———投影、開始」
心を委ねるたった一つは、ずっと前から決めている。
「——投影、開始」
いまも私の中にある、この、暖かいもの。
——————投影開始——————
結局、私はとことん、宝石とは縁が無いようだった。
「投影、開始ッ!!」
綾子が目の前に迫ってきて、凛は右手を、右上まで振り切った。
指をそろえて手刀を型取り、左下から右上まで、剣で切るように振り切った。
そうやって凛がなぞった空間から、先。
「—————Der Säbelhieb」
扇状に放たれる閃光が、大空洞を眩いばかりに染め上げた。
なのに、閃光の中から、綾子の手が伸びてきたのだ。綾子の手は、振り切った凛の手首を掴み、ひっくり返した。
それだけで、凛の体は浮き上がったのだった。
“ぐるん”と、自分の体が回転したことだけは判った。ただ、それが一回転だったのか、それとも何回転か回ったのか、そのあたりは判らなかった。
「リンッ! 大丈夫ですか、リン」
右脇を抱えられたかと思うと、セイバーに引き起こされていた。
慌てて辺りを見渡すと、凛は崖を下っていて、その根元まで落とされていた。
「……遠坂。いくら何でも、この期に及んで“魔力砲”は無いんじゃない?」
凛は、声の方、崖の上を振り仰ぐ。
“星の祭壇”の淵、崖の際に綾子はあった。
黒こげになった薙刀の柄を放り捨て、琥珀の眼を輝かせながら、遠坂凛を睨んでいる。
「アンタのそれは、同じ位相に像を結んでいるヤツにしか当たらない。
確かに、使い方によっては無尽蔵にエーテル砲を撃てるけど、私は今、アンタとは違う位相にいるんだ。アンタと私は、現在縁が繋がってない。廻り逢う運命にはないワケさ。
出逢うこともないヤツに、ぶっ放したってしょうがないだろ?」
綾子は、崖の上で目を閉じた。
「これで終わりだな、遠坂。
———世界を殺して、お前も殺す。それで終わりだ」
「リン」というセイバーの声で、やっと両手を思いっきり、握り締めていたことに気づいた。
セイバーの介抱を断って、自分の脚で立ち上がる。両掌から滴る血を感じながら、綾子を睨んで、凛は吠える。
「…………巫山戯てんじゃ、ないわよッ!!」
左手で、滅多矢鱈にガンドを放ち、当たらない綾子に当てようとする。
ガンドに当たれば呪われる。病気になったり、不幸になったりする呪いだ。『トコトンまで不幸になって、箪笥の角で小指をぶつけるような不幸に半年ばかり見舞われなさい』とばかりに、ろくな照準も付けずぶっ放し続けた。
「何でもかんでも『殺す殺す』してりゃ良いってもんじゃあ、ないでしょうがッ!
アンタはッ、ひとりよがりなのよ。
その目は未来が見えるんでしょうが! 『人と人との繋がりだって見える』って、アンタ自分で言ってたじゃないの!
だったら……だったら何で、今まで何もしてこなかったのよ」
当たらないガンドを放り投げ、凛は叫んだのだった。
そんな凛を、綾子はただ、つまらなさそうに見つめている。
「———お前にさ、私の何が分かるんだよ」
「分からないわよ、分かるわけないじゃない。
べつに、分かりたいとも思わないけど———」
「だったら。
だったらそこで、黙って見てろよ」
「はぁ?
自分が殺されるのを黙って見るバカが何処にいるってのよ」
「…………もういい。聴いた私がバカだった」
綾子は、空中から何かを取り出すかのように、右手を、左に振るう。右手の振りからほんの僅かだけ遅れて、左手を、右手よりも遠くで、右に振るった。
一瞬だけ、綾子の体が“ふわっ”と浮き、沈む。
———そして“舞”が始まった。
左回りで“くるくる”と回っていたと思うと、いつの間にか右回りになっている。そんな綾子の右回転に引きずられるように、背後から光が立ち上がる。金銀白の三色の光は、互いに絡まりながら綾子に渦巻き、銀河系の渦のように、綾子に倣って右回転にまとまっていく。
「セイバー、お願い」
凛の一声を合図に、下段に構えていた聖剣を、ゆっくりと上段まで振り上げていく。
「—————束ねるは星の息吹、輝ける命の奔流」
崖の上で綾子は舞い、崖の下でセイバーは謳う。
上段に掲げた聖剣の、その剣身に光が燈る。
それは絶望を裂き、希望を燈す“灯火の剣”。かつて『百の松明を束ねたよりも尚、明るく輝いた』とされるこの剣が、今、担い手によって解放された。
周囲の地面から光の粒が舞い上がり、踊る。
その中心で天を衝く灯火の剣は、輝きを一気に増し、剣身から金の光を立ち昇らせる。
「—————約束された——」
セイバーは、己が聖剣を振り下ろす。
「————勝利の剣ーーーッ!!」
“ドンッ”という衝撃と共に駆け抜ける聖剣の輝きは、綾子へと一直線に突き進む。
———対して、綾子は神楽を舞っていた。
右手で渦を描くようにゆったりと上に取り、ふわりふわりと右回転に回っている。それは、自分を中心に円運動をするのではなくて、見えない柱を周りを巡るような、そんな右回転だった。
そこに、光の斬撃が撃ち込まれる。
崖の下からビームのように飛来した金の光は綾子を呑み込む。やがてそれは奔流となって、上空へと噴き上がった。
———“すーっ”と、綾子が左回転に切り換える。
約束された勝利の剣の奔流が、不自然に揺らいだ。一度ブレた後、奔流は左回転に巻き込まれてしまった。
星の祭壇からの三色の魔力と同化して綾子の周りを廻り回る、聖剣の奔流。
両手の手刀を切り払い、舞い終えた綾子が止まる。
凛とセイバーとを見下ろしていた。
「言ったろ? 終わりだって。
この夜が明けると魔力も馴染む、そうすればゲームオーバーだ。世界は変革し、私はその未来を生きる」
見下してくる綾子に、凛は思わず唇を噛んだ。
さっきのが、最後のチャンスだったのに……。
そうとも、凛にはもう手立てが無かった。“エーテル砲”が効果を見込めない時点で、凛自身にやりようは無い。何故だか綾子の術を抜けられるセイバーの聖剣も、凛を護ってくれそうになかった。星の祭壇の淵で十何秒か、凛が詠唱する時間を稼ぐことができないのだ。セイバーなら綾子とも打ち合える。でも、凛を護りながらとなると、難易度は一気に跳ね上がるから。
そう、だから凛には手立てが無かった。
「———悪い、遅くなっちまった」
……凛には、手立てが無かったのだ。
「状況は……、あまり良くないみたいだな。遠坂」