もしも、美綴綾子の迷言が、本当に伏線だったなら。   作:夜中 雨

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《エピローグ》

 

 

「……あまり、面白くなかったわね」

 

 それが、目の前の女に惚気(のろけ)られた後の感想だった。

 日曜日の正午、テラスのあるカフェで優雅に昼食を楽しもうとしていたら、目の前の女に捕まったのだ。

 

 結局、この女に昼食を(おご)らせることと引き換えに、女の惚気(のろけ)(ばなし)を聞く羽目(はめ)になってしまって、それから、どれくらいの時間が()ったのだろう。

 ここのオススメだというカレーライスはとうに冷め、あまり魅力を感じなくなってしまった。

 

 秋らしく爽やかな日差しの差し込む、カフェのテラス席に私はいる。

 ここはウッドデッキになっていて、季節の割に冷え込んだ、今日の寒さを和らげているような。床と同じく、木で統一されたテラスのテーブルは数も少なく、ゆったりとした空間を演出していた。

 

 その、一角(いっかく)

 この席は、店の中からは死角になる位置。加えて、隣のテーブルとの(あいだ)には、観葉植物の鉢植えが三つ配置されている、奥まった一席(いっせき)

 目の前には丸い天板(てんばん)の木のテーブル、その向こうに一人の女。

 その女は全身が真っ黒に統一されていた。

 薄手の黒いセーターに黒いタイトスカート、同色の、濃い目のストッキング。先ほど店員に真っ赤なロングコートを預けていた。

 

 そんな女が目の前で、テーブルに(ひじ)をついて、身を乗り出し気味にして話しているのを、今までずっと聞いていた、という(わけ)だった。

 

「……だいたい、勝手に(しゃべ)ってくれたみたいだけど、私にも用事があるのよ。

 この後、ここで待ち合わせしてるから、帰って(もら)える?」

 

 目の前の女は、身を引きながら左手で髪をかき上げると、サイドに垂れた髪を背中に落として、背もたれに上体を預けたのだ。

 目を閉じて、数秒、目を開けて、私の目を見て、口を(ひら)いた。

 

「私は私で、スッキリしたから良かったわ。

 知名度もだいぶ上がってきたみたいだし……。この分なら、次のアニメの公開日には飛び立てるんじゃないかしら」

 

 そんな、訳の分からない言葉を残して、目の前の女は去っていった。

『衛宮士郎という少年をめぐる、ちょっとした事件の物語』、あの女が散々話してから立ち去ったものだから、随分と時間が()ってしまった(はず)だけど———

 どうも、十分くらいしか、()ってなかったみたいに感じる。

 腕時計を確認すると、そろそろ待ち合わせ時間だった。

 

「まぁ、暇つぶしにはなったかしらね」

 

 冷めたカレーを食べさせられるのもシャクだったけど、それでも“優雅”を心がけて、心持ちゆっくりとスプーンを運んでいると、私の席のテーブルに、頭の影が映り込んだ。

 

 食べ終えたスプーンを皿まで戻し、左手の紙ナプキンで口元を隠しながら上を向くと、目が合ったその人物は、私に柔らかく微笑んだ。

 

「お待たせしました、姉さん」

 

 少し癖のある黒髪を、肩の少し先まで伸ばした、間桐桜がそこにいた。

「久しぶり」と挨拶し、「お久しぶりです」と帰ってくる。

 乾いた風の吹くなか、薄手のカーディガンを羽織(はお)っただけの桜に、大事なことを聞いたのだ。

 

「本当に大丈夫なの? キツかったら言いなさいよ、私が守ってあげるから」

 

「はい」と、桜は(うなず)く。「わたし達も、もう子供ではないんですから」

 

 桜はふと、後ろを振り向く。テラスの出入り口、この場所からは見えない、店内へと繋がるドアを見つめた。

 

「それにしても、綺麗な(ひと)でしたね。姉さんのお知り合いですか?」

「違うわ、赤の他人よ赤の他人。

 ———今日ここで出逢(であ)っただけの、(えん)所縁(ゆかり)も無い女」

「それにしては———」

 

 桜は立ったまま、私の顔を、見た。

 

「あの(ひと)、姉さんによく似てましたね」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「良かったんですか? 姉さん、あんなこと……」

 

 隣立って歩く、桜を横目に。歩く速度を緩めることなく、肩で風を切って歩いている。

 

 ———テラスから、一度店内に入って、そのまま、誰にも気づかれる事なく、木造の(とびら)を押し開けて外に出ると、ちょうど、目の前の道路を、左手から向かってくる桜を見つけた。

 黒のカッターシャツに、ベージュの膝丈スカート。

 桜の隣を歩いている黒髪の女性とは、歩きながら話しをしていたみたい。

 声をかけると、桜は、隣の女性との話しを切り上げ、私に手を振り返してくれたのだった。

 

「桜……、さっきの女性って……」

「はい。この世界線でのわたしです」

 

 やっぱり。

 連れ立って歩いている、桜の顔から視線を切って、前を向く。

 

「別に良いんじゃないかしら。

 “私たちのゲーム”も、ずいぶん浸透してきたし。それに(ともな)って基盤から、神秘も引きやすくなってきたし」

「こっちに来た時は大変でしたから。

 この世界線からはセイバーさんのところまで繋がってなかったですから。

 ———魔術基盤も未発達だったから、元の世界線に戻ることも出来なかったし」

 

 涼しい顔で左を歩く桜を、私は盗み見た。

 

「私たちについて来て、本当に良かったわけ? 

 元の世界線に、残っていても良かったのに」

「本気で言っているんですか? 

 本気でそう言ったなら———姉さんの頭は随分と、可愛(かわい)そうな感じになってるんですね」

 

 ギュッと、右手を握り締める。

 反射的に稼働(かどう)させてしまった、右手の魔術刻印をなだめてから、力を抜いた。

『言い争っても意味はないのよ』と息を吐き、顔を上げた。

 凛は正面に(えき)の看板を見つけて、ふと、口が開いた。

 

「ここに来てから、もうすぐ一年ね。

 一年前、神秘のカケラも無いこと世界線に来てから、魔術基板を整えるために奔走(ほんそう)して、“Fate/stey night”ってゲームを作ってもらって、世界に浸透するように裏から手を伸ばして———」

「途中から姉さんが『面倒になった』と言って確信もないのに未来に飛ぼうとして———」

「ちょっと!」

 

 反射的に桜を睨む。

 つい見てしまった桜の瞳は、“永遠を生きる者”にしては絶望に染まってい。それを再確認しては、いつも少しだけ安心する。

 

「結果。それは上手くいったんだからいいでしょ、それは」

 

 駅の中に入り、自動改札を(くぐ)り抜ける。“ピッ”という電子音を置き去りにホームに入りながら、桜の投げた“時間の話”に切り替えた。

 

「私のおかげで、魔術基板から少しずつ魔力を取り込めることがわかったから、今こうして、十年を一年で駆け抜けることが出来てるんだし……。

 次は『聖杯戦争』で(えにし)(くく)って平行世界を抜けるから確実にセイバーには近づけるワケだし」

 

「誰も『ダメだ』なんて言ってませんよ」と、桜が笑う。

 ドアの停車目印の上に立ちながら、口元を隠すようにおおった手の甲をどけて、左隣の妹は、少し、真面目な表情を向けてきた。

 

「セイバーさんに会ったら、どうなると思います?」

「一発ブン殴るわ」

 

 首をふる、桜。

「そういう事ではなくてですね」と前置きして、「士郎さんは、振られに行くと思うんです」と続けた。

「聖杯戦争の時、先輩が士郎さんになった日に、士郎さんは思ったんです。『セイバーの行く場所にも、俺の行く場所にも、お互いの存在はいらないんじゃないか』って。

『お互いに夢を持っていて、それがたまたま、あの瞬間に交わっただけ』

『人を愛することは、その人が“本分(ほんぶん)”を(まっと)うできるようにする事だから』って」

 

 桜の独白を聞き流しながら、深々とため息をついてみせる。

 全く、あのバカは恋愛もまともに出来ないんだろうか。あのバカが“そんな”だから、私たちが苦労することになるのだ。

 

「これがメロドラマとかだったら、もっと真正面から叩き潰せるのに……」と。

 

 自分で自分の声を聞いて、言葉が漏れていたことに気がついた。

 急いで左を向いて、最悪の事態を確認して、私はそそくさと降参した。

 

「私が悪かったわ。『相手の女を潰さない』が、私たちの戦争のモットーだものね」

 

 降参よ、と、両手をひらひら。

 

「分かればいいんです」と無駄に胸をはる桜。

 視線が私から()れ、桜の視線の先をたどると、電車がホームに入ってきた。

 

「まぁ、でも———」

 

 電車が止まってドアが開く。電車の中に吸い込まれながら、私には、桜の声が大きく響いた。

 

「士郎さんがセイバーさんに会う時に、何もない(はず)ないんですよね」

 

 それはそうだ。だって———

 

 私たちの目がお互いを捉えた時に、ちょうど電車は出発したのだ。

 

 

「「———だって、士郎さん(士郎)ですから(だもの)」」

 

 

 

———$fin$———

 


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