もしも、美綴綾子の迷言が、本当に伏線だったなら。   作:夜中 雨

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《第三話、遠坂 凛》

 

 

 翌日の衛宮邸は、決戦前の緊迫した空気に満ちていた。

 

 その居間では、遠坂と藤ねぇにねだられて買った大きな座敷(ざしき)(づくえ)を、四つの人影が陣取っていた。

 うち、殺気を放っているのが二人、朗らかに笑っているのが一人、そして、

 

「——で?」

 

 威圧感マシマシの“あかいあくま”が一体。

 

「えっと、何が『で?』なのかさっぱりなんだが」

 

 座敷(ざしき)(づくえ)の向かい側、座ったまま笑顔で睨んでくる“あかいあくま”は遠坂凛という名前なんだが、その名の通りに赤色が好きで好きで、なにかと赤色を身に付けないと気が済まないという、正に“あかい”あくまなのだ。

 実際、今も赤のタートルネックだし。

 

「で? 今度はどこで女を引っ掛けてきたワケ?」

 

『そもそもなんで女を引っ掛けて来てる前提なんだよ』という切り返しはNGだ。前に一度やった事があったんだが、それはそれは酷い目に合った。

 その時に、もうその返しはしないって決めたんだ。いやマジで。

 

「そうだな。遠坂たちの戦闘にちょっかいをかけた後、手違いで召喚してしまったらしい」

 

 セイバーだ、と紹介する。

 

「セイバーのサーヴァント。真名(しんめい)はセオリー(ゆえ)明かせませんが、以後、お見知り置きを」

 

 俺の左で頭を下げたセイバーは、西洋の英雄とは思えない程、綺麗なお辞儀を見せてくれた。

 

「そんなワケだから、俺も聖杯戦争に参加するぞ、遠坂」

 

 遠坂と目を合わせて、俺は瞳に力を入れた。

 先に決意の表明だけでもしておかないと、これから、そんな機会は与えられない気がする。

 

「そら見ろ、だから忠告したんだ、凛。昨日の狙撃男は、その場で殺しておくべきだとな」

 

 これ見よがしに溜め息を吐く、黒いインナー姿の男。他の連中がコタツの(まわり)りに座ってるなか一人だけ、遠坂の後ろの壁にもたれて立っている。十中八九、コイツは昨日、遠坂と共闘してた奴だ。

 コイツもまた、人間ではありえない気配がある。サーヴァントととして呼ばれた英霊と言うやつか。

 俺はひとり、目を細めた。

 

「アーチャー、いくら貴方が私のサーヴァントでもね、言っていい事と悪い事があるわ。あまり私を、不快にさせないで」

 

 遠坂が釘を刺す。そういうとこ、遠坂は律儀だよな。と思った。

 チラリと遠坂の後ろを見ると、アーチャーの奴は首をすくめただけだったのだが。

 

 部屋の中が無言になった。だからここは、遠坂たちを問い詰める為にも一旦(いったん)、状況を整えてしまおう。と俺は、一度座敷(ざしき)(づくえ)を見渡して、明らかにおかしい二人の(かげ)を、視界に(おさ)めた。

 

「遠坂、桜。一応、二人も紹介して欲しいんだ」

「ハァ? 士郎、何を言っ———」

「わたしの名前は間桐桜、隣にいるライダーのマスターです。よろしくおねがいしますね、セイバーさん、アーチャーさん」

 

 桜が、遠坂の言葉を遮る。

 桜は原色があまり好きではない。淡い色の方が好みで、今日は白いシャツの上から淡い桃色のカーディガンを羽織っていた。

 そんな桜はほら、ライダーも。と隣に座っている女性を肘でつついている。

 

 それはとても奇妙なサーヴァントだった。流麗な紫の髪、柔らかな顔立ち、とても美人である事も相まって、()()()()()清楚という言葉がよく似合う。だからこそ、身に付けているモノが余計に異様に見えくる。

 一言でそれを言葉にすると“拘束具”だろう。

 ボディーコンシャス系統の服、黒色のそれは五体(すべ)てが別々のパーツで構成されている。チューブ状の黒の胴衣、二の腕まである同色の手袋には赤紫の輪っかがあしらわれていて、首に巻いているベルトの存在も相まって、それらが手錠首輪の類いに思える。

 それだけでも役満だってのに、このサーヴァントときたらこれまた赤紫の眼帯をつけているときたもんだ。

 眼帯と言うよりも“バイザー”か。“覆い隠し遮断するモノ”。魔術師には判る、アレは“封印”だ。牢獄にある鉄格子と同じ役割を果たすモノだ。囚人に“自らは囚われているんだ”と()り込む為に存在するモノ。

 総じて、囚われし巫女。

 神聖でありながら邪悪に()れている、そんな印象を受ける女性だ。

 

「サーヴァント・ライダー。サクラのサーヴァントです」

 

 ライダーが正座のまま、微動だにせず挨拶をおえた。

 うん。口数は、かなり少ない方らしい。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「さて。そこの馬鹿も沈黙に耐えかねているようだし、そろそろ本題に入りましょうか」

 

 息を吐きながら、遠坂が口火を切った。

 全く、ヒドい有り様だった。

 何がヒドいって、ヒドい。

 遠坂は魔力を荒立ててニコニコしてるし、桜は口元だけ笑顔だし、二人いらっしゃるサーヴァントの方々はガンガン殺気をぶつけてくるし、それに耐えかねたセイバーは剣を抜こうとするし、アーチャーの奴はキッチンを漁り出すし。

 アレは一種の牢獄だった。うん、俺の精神を閉じ込める類いの。

 

 何とか脱獄を企だてていたら、看守トーサカが釈放してくださった。

 でも、まぁ。いつまでも感謝している訳にもいかない。桜と遠坂が俺を眠らせてまで遠ざけたかったモノ、それは聖杯戦争なんかじゃない筈だ。だって、魔術師同士の殺し合いなんてもの、吐き捨てる程に経験済みだ。そこは二人も判ってるから。

 そもそも、俺ひとりで魔術師相手に勝ち続けるなんて出来っこないし。戦う時は当然のように桜と遠坂もいたんだから。

 

 本題、それはつまり、“聖杯戦争の裏で進行しているナニカ”の事だ。

 

 一辺に二人ずつ腰掛けてもまだ少し余るくらいの大きさのコタツ。そこにマスターとサーヴァントのペアで座る。俺の目の前には遠坂とアーチャー、俺の左手に桜とライダー、右手の辺には誰もおらず、セイバーは俺の右隣に正座している。

 

「ひとまず士郎、あなたどうやって帰って来たのよ? 須賀(すか)さんの隙をつける程、あなたは強くないじゃない」

 

 俺は眉をよせた。……少し、おかしい。

 

「すまない。初っ(ぱな)から質問の意図が不明なんだが」

「そんなの、私たちが須賀(すか)さんに依頼したからに決まってるでしょう。ただ眠らせただけなら追ってくるのは判ってるんだから、保険くらいかけるわよ」

 

 アーチャーの淹れた紅茶を一口、口に運んだ。

 美味(うま)いなコレ。アーチャーの奴、紅茶淹れるのなんでこんなに上手いんだよ。

 

「俺が帰ってこれたのは須賀さんのお陰だぞ、遠坂。あの人が冬木市まで送り届けてくれたんだから」

 

 遠坂が、目を見開く。予想外の返答だったのか、それとも

 

「ふーん。ま、そんなところよね。士郎が須賀(すか)さんを抜けるワケないんだし。士郎の方に味方されたって考えるのが妥当か」

「姉さん。これってつまり、()()()()()ですよね?」

「桜も、やっぱりそう思う?」

「はい、思います」

 

 桜が沈んだ顔で俯いてしまった。遠坂は顎に手を当てて考えモードだし、やっぱり、何かあると思う。

 

「桜、遠坂。俺にも話してくれないか? 今、聖杯戦争の裏で何が起こっているのか、須賀さんに言付(ことつ)けてまで俺を冬木から遠ざけたかったのは何故なのか」

 

 それを聴くために、俺は戻って来たんだから。

 再び、沈黙。

 静まりかえったその中で、ポットを持って来たアーチャーが、遠坂のカップに紅茶を注ぐ。

 桜の表情には見覚えがある。アレは感情と戦っている時の顔だ。自分がしたい事、したくない事、自らの感情と頭の中の理屈とが戦っている、そんな顔だ。

 遠坂の雰囲気にも見覚えがある。アレは頭を振り回している時の感じだ。やりたい事は決まっているけど行動に起こす理由がない、そんな時に理屈を捻り出そうとしている時の感じだ。

 こういう時、二人とも似た者同士だよな、と思う。結局は、感情と理性との折り合いをつけようとしているワケなんだから。

 

「姉さん。任せても、良いですか?」

「良いのね? 桜」

「はい、姉さんの方が、うまくお話できると思うから」

 

 遠坂と桜が目を合わせて、頷きあった。何が何だかサッパリだけど。事態が、少し進んだみたいだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 遠坂の話の内容は、かなり衝撃的だったと言っていい。

 どうして俺を眠らせたのか、冬木に来て欲しくなかったのかって問いの答えは、とてもあっさり教えてくれた。

 

 ————士郎、桜はあなたに、死ぬ瞬間を見て欲しくなかったからよ————

 

 桜は死ぬために、聖杯戦争に参加していた。どうも始めから決まっていたらしいんだ、桜が聖杯戦争で死ぬって事は。

 避けられぬ死であるならば、せめて静かにひっそりと、それが桜の願いだったってこと。

 

 ————あなたは、追ってくるべきじゃなかったのよ————

 

 そもそも始めから間違っていた、と言われてしまった。

 サーヴァントたちの戦闘に割って入るべきではなかった。

 須賀さんに送ってもらうべきではなかった。

 二人を追ってくるべきではなかった。

 疑問を持つべきではなかった。

 そして、出会うべきではなかったと。

 

 ————私自身、詳しく知ろうとは思はなかったけど。そう言う意味では、桜は士郎と出会うべきではなかったのかもしれないわね————

 

 憎まれ口を吐いていた。

 

 ポットを持ったアーチャーが、遠坂のカップに紅茶を注ぐ。

 そのカップを手に取って、遠坂は紅茶で口を潤す。遠坂の口から、ため息が漏れた。

 

「それだけだったら、話はカンタンだったんだけどね。

 冬木に帰って来てからこっち、綾子と連絡がとれなくなってね。ちょっとキナ臭かったのよ」

「美綴か。そういえば空港でも、そんな事言ってたよな」

「ええ、今までの士郎は、綾子の話題に弱かったじゃない? そこで攻めればすぐに勝てたもの」

 

 俺はまぶたの裏を眺めた。

 なんだって遠坂はそんなに美綴にこだわるのか。確かに美綴はなにかと遠坂をライバル視しているけれど、あいつ自身は一般人だった筈だ。魔術とは縁遠い、武道が得意な女の子。

 なのに。

 その筈なのに。

 なんだって遠坂は、魔術の話題で美綴の奴を出すんだろうか。

 

「なあ遠坂、美綴は一般人だよな。魔術とは関係ない、一般人だよな」

 

 遠坂は持っていたカップを置いた。

 

「そう、そういう風に思ってたんだ。士郎は」

 

 またしても、遠坂と桜とでアイコンタクトをやっている。

 遠坂が、薄ら笑った。

 

「ねぇ、士郎。私と桜とが、綾子の奴は魔術師だって言ったら、信じる?」

「なんでさ。 俺、あいつから魔術師の気配を感じた事なんて一度もないぞ。魔術回路を開いていたら気づくもんじゃないのか?」

 

 とりあえず、反論してみる俺。

 何かがおかしいとは判る。でも、それが何かは判らない。こう言う時は遠坂に任せたら、ちゃんと上手くやってくれる。

 遠坂は理屈を付けるのが上手い。俺だと“なんか変だな”くらいにしか判らない事でも、それを遠坂に話すとたちまちに原因を突き止めてしまって、なおかつ一晩のうちに解決してしまった、なんて事もあるんだから。

 だから、喋れる事は全部喋って、質問には全部応えて、遠坂に判断を任せてみる。

 

「士郎。やっぱりあなた、記憶をイジられてるわ。それも飛びっきり厄介なヤツにかかってる」

 

 こういう風にズバッと解……け……っ……

 

「ちょっ、待ってくれ遠坂。俺が暗示か何かにかかってるって事か!? そんな、自覚なんてまったく————」

「無い、でしょうね。私だって気付かなかったもの。あなたと記憶の擦り合わせをして初めて違和感に気づいたワケだし。それって相当高度な術よ。周りの人間に違和感を抱かせないように記憶の改竄(かいざん)をやってのけるってのは」

 

 いつの間にか立ち上がっていたらしいので、もう一度座って姿勢を正す。きちっと正座をするだけで、心を静める事が出来る。

 こういう伝統ってヤツがあるのは、心と向き合う時にとても便利だ。形さえきちっと取ればメンタルに干渉することができるんだから。

 

「つまり、俺の記憶は全くアテにならないんだな」

 

 腕を組む遠坂は、悩みがちに口を開いた。

 

「逆に考えれば、士郎の記憶と私たちの記憶との相違点こそが術者の隠したい情報だって事になるんだけど」

「それじゃあ、生まれた時から順番に確認していくしかないってことか?」

 

 でも、そう上手くはいかないだろう。俺はおろか桜や遠坂にすら気づかれずに記憶の改竄(かいざん)をやってのける相手だ。どんなトラップがあるかわかったもんじゃない。

 さらに、俺の記憶の一切があてにならないときた。ぶっちゃけ、どういう選択をしても誰かに迷惑をかける状況になってしまった。

 

 これは弱った。衛宮士郎は誰かを助けないといけないのに。

 これ以上、衛宮士郎の所為で誰かが傷付くなんて事、絶対に在ってはならないんだから。

 

 巻き上がる炎。

 一面の焼け野原。

 あの時、衛宮士郎はたくさんの人に迷惑をかけて、たった一人だけが生き残った。

 それだけでも、既に大きな負債なのだ。

 一生かかっても返しきれない程の、大きな負債。

 だから、これ以上誰かを傷つける事はしたくなかったのに。誰かに迷惑をかけて、その結果が満足のいくものでなかった時、かけた迷惑に釣り合うだけの成果を積み上げられなかった時、一体どうなってしまうというのか。

 今ある負債を返しきる目処(めど)すら立たないくせに、これ以上の負債を積み上げる事など、許されはしないというのに。

 

 だったら、俺ひとりで取り組むべきだ。何も思いつかなかったけど、遠坂や桜に迷惑をかけるよりはよっぽどま——

 

「士郎! バカな事考えてないで、さっさと話せ! 時間が押してきてるんだから、余計な事考えてる暇なんかないでしょうが!!」

 

 遠坂の声に呼び戻された。

 当の本人はホラホラ話せって感じのジェスチャーまでして催促してる。こっちの事なんかお構い無しにガンガン先に進めてくる。

 それが、

 途轍もなく有り難かった。

 

「ありがとう、遠坂」

 

 これは、俺の悪い癖だ。

 

「助かった。危うく突っ走るところだった」

「そうね。まぁ今に始まった事でもないし、気楽にやってりゃいいのよ」

 

 俺の暴走を止めてくれるお前が、どれだけ凄い事をしているかなんて、きっと気づいてないと思うけど。

 なんて、思いながら紅茶を一口。

 やっぱり美味い。後でティーポットを投影して、アイツの使用経験を引き出してやろう。

 

「ともかく判った。俺の記憶を全部話すから、判定してくれ」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 こうして、衛宮士郎の聖杯戦争が幕を開けた。

 俺の半生の中でも一際異彩を放つこの紛争は、俺の人生にとても大きな影を落とす事になる。

 

 そして、俺の人生の目標の一大転換点になるのもまた、この紛争だったんだ。






次回、Fate/stay night[Destiney Movement ]

———第四話、聖杯問答
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