もしも、美綴綾子の迷言が、本当に伏線だったなら。   作:夜中 雨

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《第七話、間桐 慎二》

 

 

「慎二! アンタなんでここにいるのよ!?」

「なんでとは心外だなぁ、遠坂。命の恩人に対して、その口の利き方はないんじゃない?」

 

 ニヤッと笑う、慎二。

 その姿は制服に包まれている。カバンは置いてきたのか、今は持っていないようだが……

 

「———まあ、(なん)にしても助かったわ。慎二」

 

 手をついて立ち上がる。臓硯の手前、いつまでも寝そべっている訳にもいかない。

 慎二の隣に並び立って、スカートに着いた砂を払って、靴下を太腿まで引き上げてから、慎二の持ってるソレを見た。

 

「貴方は、味方って事でいいのよね?」

「当然じゃないか! 僕が敵に見えるのかい?」

 

 これ見よがしに、手に持つソレを肩にかける。慎二は、土蔵を背にカッコつけて立ったまま、臓硯の体を睨んでいた。

 

「———ソレ、“鉄砲”よね?」

 

 私も、黒のミニスカートのポケットからルビーを一つ取り出しながら、慎二と戦力の確認をする。

 

 ———頭が爆散した臓硯は、倒れたままで動かなくなった。

 

「ボルトアクションライフルってヤツだけどね。コイツには、“スプリング・フィールド”って名前があるんだぜ?」

 なんて言いながら、肩にかけてある細長い鉄砲を揺すっている。

「興味ないわよ、鉄砲の名前なんて」

 

 桜は私の足元に、私を中心に発生する結界の内側で眠ってる。

 これで一先ずは安全になった。

 

「———————サッサと、アイツぶっ飛ばしてやろうじゃないの!」

 

 未だに臓硯は生きている。

 魔力を見ればすぐにわかる。

 一度手合わせして判ったけど、アレはもう頭を潰しても死なないだろう。

 

「慎二、手を貸しなさい」

「構わないよ、遠坂。僕は元々そのために来たんだし」

 

 “取って置き”があるんだ、と時間稼ぎを提案してきた。こちらとしても否はない。どうやったら倒せるのか、見当ついてなかったし。

 

 臓硯の、体が波打つ。倒れたままでゾワリゾワリと。

 やっぱり、と呟いた。間桐臓硯が立ち上がったのだ、中庭の中心で、まるで演技でもするかのように、ユラリユラリと。

 ユラリユラリと。

 その頭は、欠けている。

 断面から、血は出ていない。

 …………代わりに、数多(あまた)の蟲が、のぞいていた。

 手のひらサイズの、数多の蟲が……

 

「………………そう、そう言う事だったの。アイツはとっくに、人間を辞めていたっていう訳ね」

「今更気づいたのかい? 遠坂。アレはもう、ただの蟲の塊さ」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 何度目だろう、その存在に見惚れたのは。

 いつからだろう、それを“尊いもの”だと、思うようになったのは。

 

 

 

 ————光の粒が、舞い上がる。

 

 思い想いに舞いては踊る。

 

 黄金に彩られたその無数の輝きは、儚くも、夜空(そら)星空(そら)へと立ち昇る。

 

「……ホタルでも、見てるみたいだ」

 

 そう口にしてからだ、順序が逆だと気づいたのは。これらの光粒(こうりゅう)がホタルに似ているのでななく、ホタルがこの光粒(こうりゅう)に似ているから、あんなにも人々に愛される。俺たちは幻想的だと思うのだと。

 

『この世界のすべてから』、そう表現してしまえるほどに沢山(たくさん)の地面から、光の粒は溢れ出す。

 

 俺の居る場所は高台になっていて、海浜公園で闘っているセイバーたちを見下ろす格好になっている。だから、久遠川や海の上も良く見える。海の上、川の中からですら立ち昇るその黄金の輝きに、俺は、人々の想いを垣間()た。

 

 

 

 そんな時だ、隣に、誰かが居る事に気がついたのは……

 

「————やはりコレは、(じか)に観るに限るな」

 

 声に驚いて振り向くと、そこに外国人が立っていた。

 髪は金色、瞳も金色、上質な皮のジャケットとズボンは真っ黒に染めた、長身の男がそこに居た。

 

 振り向いた姿勢そのままに固まる俺、その俺を気にもしない色白(いろじろ)の男。

 俺の首筋に汗が垂れる。

 

 一瞬の膠着、それを破ったのは、金髪の男の方からだった。

 

「『———輝ける、彼の剣こそは、過去・現在・未来を通じ、戦場に散って逝く総てのツワモノたちが……今際の際に(いだく)く、哀しくも(とうと)い夢』」

 

 黄金の光に囲まれて、黄金の男が高らかに(うた)う。両手を広げ、堂々と。

 

「流石はホムンクルスか、純粋は者は(こぼ)れる言葉も純粋だとは思わぬか?」

 

 なぁ、下郎。と、男が俺を捉えた時。

 ———この時、男が俺の存在を“人”だと認識したのだった。

 

 黄金の男は一歩、前に踏み出した。我が物顔で、眼下の景色を一望する。

 

「『その意志を誇りと掲げ、“その信義を貫け”と(ただ)し。

 今、常勝の王は高らかに、手にとる奇跡の真名を(うた)う。

 其は————』」

 

 黄金の男の視線の先。

 釣られて同じ方向を見た先。

 遥か彼方の幻想の世界で、セイバーの謳う真名に、俺は言葉を失った。

 

 

「“————約束された(エクス)”」

 

 

 黄金の剣が振り下ろされる。セイバーの保持するその剣は、刀身が黄金に輝き、その発する光はまるで夜空に輝く月の光のようだった。

 

 ———月明かりは、夜空の星を侵略しない。太陽の光のように星々を覆い隠し、己の存在を誇示することなど決してしない。

 にもかかわらず、闇夜を照らす、(ともしび)となる。

 

「“——————勝利の剣(カリバー)—————!! ”」

 

 そんな彼女だからこそ、人々は想いを託し、強者(つわもの)たちはその呼びかけに応えるのだと、俺は思った。

 

 

 

 ———彼女は、月光(げっこう)のような(ひと)だった———

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 その瞬間は唐突だった。

 

 私が臓硯の蟲を焼き、慎二がライフルでその体を吹き飛ばす。そうして幾ばくかが経過した時、突如として臓硯の体から微かに金色の光が、ほんの僅かに見て取れた。

 まるで蟲と蟲との間から、何かが漏れ出てきたかのように。

 

 ———それは、とても清らかな魔力だった。

 

 だから私は直感したのだ。これこそが、慎二が待ち望んだ瞬間なのだと。

 

 

 銃声、そして機械音。

 慎二がライフルを撃ち込んで、マガジンを入れ替えたのだ。

 

「どうした? その程度では効かぬぞや、慎二」

 

 間桐臓硯がニヤリと笑う。慎二が吹き飛ばした心臓も既に完治している。傷口を蟲が埋めたのだ。

 

 その身体は、全てが蟲で出来ていた。

 

「———だったら、取って置きのを使ってあげるよ」

 

 慎二は今まで、マガジンにライフル弾と散弾をランダムに入れ、それで当然のように応戦していた。それはきっと凄い事なのだろう。なんとなくだけど、分かる。

 

 確かに慎二は天才だった。

 だからこその、違和感だった。

 

「ほう、“取って置き”とな?」

 

 臓硯が少し興味を示す。

 慎二のヤツは、銃を構えてニヤリと笑う。

 

「取って置きも取って置き、“奥の手”ってヤツさ。確実に、アンタを殺し切る一発だよ、爺さん」

「たとえ、其れが事実だとしても、じゃ————」

 

 ————のう、慎二————

 

 臓硯の目玉が光る。

 その頬が釣り上がる。

 

「———()()()()、ワシに言う愚を覚れぬとは、間桐の血も落ちたものよ」

 

 臓硯の、体が波打つ。

 周囲の蟲にも魔力が走る。

 蟲同士の回路が繋がり、一つの巨大な魔術回路網を形どる。

 

 そして、その魔力の高まりが最高潮に達した時、一発の弾丸が、放たれた。

 

 それは過たず心臓を貫き——————視界に在る全ての蟲が、弾け、血を吹いて絶命した。

 

「———————っ—————、——!」

 

 臓硯の声は、聞こえない。

 

 全身から緑の血を流し、ただ口が動くだけ。

 既にその体は、機能を停止していたのだから。

 

「—————」

 

 言葉をなくした。

 信じられない事に、魔術回路も持たないはずのこの少年は、たった一発で、あの怪物を殺したと言うのか。

 

「さて、これでとりあえずは一掃したかな?」

 

 慎二はライフルを肩に担いで土倉の壁に背を預けるようにして、一息を入れていた。

 

「これが奥の手…………」

 

 凄い、としか言いようがない。

 

 顔を動かして辺りを見回す…………動いている蟲はいない。

 臓硯を確認する…………魔力反応もない。本当に、ただの屍のようだった。

 

 衛宮邸の中庭は、そこにウジャウジャいた蟲は、全て死骸となっている。

 

 ふう、とこちらも一息ついて、小さなルビーをいくつか投入、結界の火力を上げて周囲の蟲を焼き尽くす。

 魔力を生成していない()()()()なら、この中の魔力でも事足りる。

 

 ——赤。

 ———あか。

 ————アカ。

 (あか)の火が、視界全てで舞い踊る。

 

 続いて小粒のエメラルドを投入。上昇気流を発生させて、蟲の腐臭を上に散らした。

 

 ピュ──、と口笛の音。

 

「やるねー、遠坂」

 

 いつものようにヘラヘラと笑う慎二の顔をキッ、と睨み付けたのだった。

 

「なんなのよ、今の。明らかに魔力がこもった一撃だったじゃない!」

「そうカッカするなって、ちゃんと説明するからさ」

「ホントでしょうね!?」

 

 思わず身を乗り出して、慎二に詰め寄ろうとした時、視界の端でナニカが動く気配を感じた。

 丁度、私の足下付近、二、三歩の距離。慎二に詰め寄ろうとした私から見ると、左側の地面の上で、桜が身じろぎしていたのだ。

 

「—————! っ桜!」

 

 慌てて駆けつけようとして、その右腕を掴まれる。

 思わず振り返り、声を荒げて慎二に抗議を…………、

 

 

 —————慎二は、桜を睨みつけていた。

 

 

 

「————どうしたんですか? 兄さん、そんなにも恐い顔をして」

 

 そうして、桜が立ち上がる。

 土蔵の壁に手をついて、不安定な体を支えるように、その(おもて)を上げたのだった。

 

「———————」

 

 

 ———この時、遠坂凛は、桜の下に駆け寄らなかった。

 駆け寄れなかった訳ではなく、駆け寄らなかった。

 

 慎二は何故、己の腕を掴んだのか。

 慎二は何故、桜を睨んでいたのだろうか。

 

 結局のところ、これは“勘”というやつなのだろう。

 

 —————“違和感”を、感じたのだろう。

 

「———貴女、桜よね?」

 

 故に、その問いこそが、ボーダーラインだった。

 理性と感情との、境界線。

 理想と現実との、折り合いをつける為の言葉。

 

 凛は慎二に腕を掴まれたまま、俯いたままで、問いかけた。

 

「当たり前じゃないですか。私ですよ、わたし」

「………………あら、面白い冗談ね」

 

 

 ————この展開も、考えていなかったわけじゃない。

 間桐の魔術は蟲を扱うモノで、その特性が“束縛と吸収”だと聞いた時、頭によぎったモノでもあるからだ。

 でも、だとしても…………

 

 

「————だったら何故、貴方の声はそんなにも(しわが)れているのかしら?」

 

 桜は一度目を見開き、楽しそうに()()()()()()()()

 

「そうかそうか、既に声帯は変質しておったのか」

 

 それはこちらの落ち度じゃった、と桜は続ける。

 その声は最早、聞き慣れたものではなくなっていた。

 

「———桜が最後まで間桐臓硯……マキリ・ゾォルケンに逆らえなかったのは、()()()()()()だったのね」

 

 俯いたままで、私は言った。

 少しの間、顔を上げる訳にはいかない。この局面での泣き顔は、決定的な隙になるから。

 

「桜は絶対、暴力で屈する()じゃないもの」

「この(むすめ)はよく持った方じゃよ。実にしぶとい(むすめ)じゃった。十年間躾け続けてようやっと、ほんの僅かな綻びができた程度じゃからな」

「————————ッ!!」

 

 考える。

 俯いたままで考える。

 奥歯を強く噛み締めて、涙を枯らしたままにして、桜を、助け出す事を考える。

 

 ————すると、撃鉄を上げる音がした。

 

「———————!」

 

 マズイ。

 感じた本能もそのままに掴まれた右手をふりほどき、身体を反転しながら顔を上げ、音の元凶を確認した。

 

 慎二が桜に、銃口を向けるのを、確認した。

 だから、私は、無意識のままに動いていた。

 

 

 ———それは、銃口から護るかのように。

 両手を広げ。

 私は慎二に背を向けた。

 

「————ッ」

 

 口を閉じ、歯をくいしばる。

 けれど、臓硯の———桜の顔を見る事はやめなかった。

 目は、つぶらなかった。

 

 

 ————これが失策だという事は理解している。でもどうしても、身体が動いてしまったのだ。

 たとえ目の前の器に、()()()()()()()()()()()()()判らなくても、身体が動いてしまったのだ。

 

 気配で、慎二が驚いたのが判った。

 

 ———銃声は聞こえなかった。

 

 けれど今度は目の前の、桜の顔が、歪んだ笑みを形作った。

 

「マヌケな娘じゃ!」

 

 口が迫る。

 桜の、口が迫る。

 可愛く開いた桜の口が嘲笑を連れてやってくる。その口の中にナニカが見えた。

 

 ————この()に及んでようやっと、遠坂凛は目を閉じた。自身の終わりを確信した。

 頭では解っていた事だ。ここで桜が死ぬ事が、()()()()()()最善なのだと。

 

 でも、納得出来なかった。

 ただ、それだけの事だった。

 

 目を瞑り、視界を閉ざす。

 迫り来る桜の気配。

 桜とは違うナニカの気配。

 それが己に到達した時自身の全てが終わると知って、それでも、諦めたワケじゃない。諦めたワケじゃないが、自身が助からない事を理解もしている。

 だからこそ目を閉ざしたのだ。コレは私が選び取った選択肢だし。それ以上に、桜に殺されたのだとは絶対に思いたくなかったから。

 

 故に、その声を聞き取ったのは偶然ではない。

 自分の死を、未来の現実を認めたが故に、私の身体がある程度リラックスしていたからこそ

 

 

 

「————————Time alter(固有時制御)double acce(二重加速)!」

 

 

 慎二の声が聞こえたのだ。






次回、Fate/stay night[Destiney Movement ]

———第八話、美綴 綾子
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