もしも、美綴綾子の迷言が、本当に伏線だったなら。 作:夜中 雨
「慎二! アンタなんでここにいるのよ!?」
「なんでとは心外だなぁ、遠坂。命の恩人に対して、その口の利き方はないんじゃない?」
ニヤッと笑う、慎二。
その姿は制服に包まれている。カバンは置いてきたのか、今は持っていないようだが……
「———まあ、
手をついて立ち上がる。臓硯の手前、いつまでも寝そべっている訳にもいかない。
慎二の隣に並び立って、スカートに着いた砂を払って、靴下を太腿まで引き上げてから、慎二の持ってるソレを見た。
「貴方は、味方って事でいいのよね?」
「当然じゃないか! 僕が敵に見えるのかい?」
これ見よがしに、手に持つソレを肩にかける。慎二は、土蔵を背にカッコつけて立ったまま、臓硯の体を睨んでいた。
「———ソレ、“鉄砲”よね?」
私も、黒のミニスカートのポケットからルビーを一つ取り出しながら、慎二と戦力の確認をする。
———頭が爆散した臓硯は、倒れたままで動かなくなった。
「ボルトアクションライフルってヤツだけどね。コイツには、“スプリング・フィールド”って名前があるんだぜ?」
なんて言いながら、肩にかけてある細長い鉄砲を揺すっている。
「興味ないわよ、鉄砲の名前なんて」
桜は私の足元に、私を中心に発生する結界の内側で眠ってる。
これで一先ずは安全になった。
「———————サッサと、アイツぶっ飛ばしてやろうじゃないの!」
未だに臓硯は生きている。
魔力を見ればすぐにわかる。
一度手合わせして判ったけど、アレはもう頭を潰しても死なないだろう。
「慎二、手を貸しなさい」
「構わないよ、遠坂。僕は元々そのために来たんだし」
“取って置き”があるんだ、と時間稼ぎを提案してきた。こちらとしても否はない。どうやったら倒せるのか、見当ついてなかったし。
臓硯の、体が波打つ。倒れたままでゾワリゾワリと。
やっぱり、と呟いた。間桐臓硯が立ち上がったのだ、中庭の中心で、まるで演技でもするかのように、ユラリユラリと。
ユラリユラリと。
その頭は、欠けている。
断面から、血は出ていない。
…………代わりに、
手のひらサイズの、数多の蟲が……
「………………そう、そう言う事だったの。アイツはとっくに、人間を辞めていたっていう訳ね」
「今更気づいたのかい? 遠坂。アレはもう、ただの蟲の塊さ」
◇◇◇
何度目だろう、その存在に見惚れたのは。
いつからだろう、それを“尊いもの”だと、思うようになったのは。
————光の粒が、舞い上がる。
思い想いに舞いては踊る。
黄金に彩られたその無数の輝きは、儚くも、
「……ホタルでも、見てるみたいだ」
そう口にしてからだ、順序が逆だと気づいたのは。これらの
『この世界のすべてから』、そう表現してしまえるほどに
俺の居る場所は高台になっていて、海浜公園で闘っているセイバーたちを見下ろす格好になっている。だから、久遠川や海の上も良く見える。海の上、川の中からですら立ち昇るその黄金の輝きに、俺は、人々の想いを垣間
そんな時だ、隣に、誰かが居る事に気がついたのは……
「————やはりコレは、
声に驚いて振り向くと、そこに外国人が立っていた。
髪は金色、瞳も金色、上質な皮のジャケットとズボンは真っ黒に染めた、長身の男がそこに居た。
振り向いた姿勢そのままに固まる俺、その俺を気にもしない
俺の首筋に汗が垂れる。
一瞬の膠着、それを破ったのは、金髪の男の方からだった。
「『———輝ける、彼の剣こそは、過去・現在・未来を通じ、戦場に散って逝く総てのツワモノたちが……今際の際に
黄金の光に囲まれて、黄金の男が高らかに
「流石はホムンクルスか、純粋は者は
なぁ、下郎。と、男が俺を捉えた時。
———この時、男が俺の存在を“人”だと認識したのだった。
黄金の男は一歩、前に踏み出した。我が物顔で、眼下の景色を一望する。
「『その意志を誇りと掲げ、“その信義を貫け”と
今、常勝の王は高らかに、手にとる奇跡の真名を
其は————』」
黄金の男の視線の先。
釣られて同じ方向を見た先。
遥か彼方の幻想の世界で、セイバーの謳う真名に、俺は言葉を失った。
「“————
黄金の剣が振り下ろされる。セイバーの保持するその剣は、刀身が黄金に輝き、その発する光はまるで夜空に輝く月の光のようだった。
———月明かりは、夜空の星を侵略しない。太陽の光のように星々を覆い隠し、己の存在を誇示することなど決してしない。
にもかかわらず、闇夜を照らす、
「“——————
そんな彼女だからこそ、人々は想いを託し、
———彼女は、
◇◇◇
その瞬間は唐突だった。
私が臓硯の蟲を焼き、慎二がライフルでその体を吹き飛ばす。そうして幾ばくかが経過した時、突如として臓硯の体から微かに金色の光が、ほんの僅かに見て取れた。
まるで蟲と蟲との間から、何かが漏れ出てきたかのように。
———それは、とても清らかな魔力だった。
だから私は直感したのだ。これこそが、慎二が待ち望んだ瞬間なのだと。
銃声、そして機械音。
慎二がライフルを撃ち込んで、マガジンを入れ替えたのだ。
「どうした? その程度では効かぬぞや、慎二」
間桐臓硯がニヤリと笑う。慎二が吹き飛ばした心臓も既に完治している。傷口を蟲が埋めたのだ。
その身体は、全てが蟲で出来ていた。
「———だったら、取って置きのを使ってあげるよ」
慎二は今まで、マガジンにライフル弾と散弾をランダムに入れ、それで当然のように応戦していた。それはきっと凄い事なのだろう。なんとなくだけど、分かる。
確かに慎二は天才だった。
だからこその、違和感だった。
「ほう、“取って置き”とな?」
臓硯が少し興味を示す。
慎二のヤツは、銃を構えてニヤリと笑う。
「取って置きも取って置き、“奥の手”ってヤツさ。確実に、アンタを殺し切る一発だよ、爺さん」
「たとえ、其れが事実だとしても、じゃ————」
————のう、慎二————
臓硯の目玉が光る。
その頬が釣り上がる。
「———
臓硯の、体が波打つ。
周囲の蟲にも魔力が走る。
蟲同士の回路が繋がり、一つの巨大な魔術回路網を形どる。
そして、その魔力の高まりが最高潮に達した時、一発の弾丸が、放たれた。
それは過たず心臓を貫き——————視界に在る全ての蟲が、弾け、血を吹いて絶命した。
「———————っ—————、——!」
臓硯の声は、聞こえない。
全身から緑の血を流し、ただ口が動くだけ。
既にその体は、機能を停止していたのだから。
「—————」
言葉をなくした。
信じられない事に、魔術回路も持たないはずのこの少年は、たった一発で、あの怪物を殺したと言うのか。
「さて、これでとりあえずは一掃したかな?」
慎二はライフルを肩に担いで土倉の壁に背を預けるようにして、一息を入れていた。
「これが奥の手…………」
凄い、としか言いようがない。
顔を動かして辺りを見回す…………動いている蟲はいない。
臓硯を確認する…………魔力反応もない。本当に、ただの屍のようだった。
衛宮邸の中庭は、そこにウジャウジャいた蟲は、全て死骸となっている。
ふう、とこちらも一息ついて、小さなルビーをいくつか投入、結界の火力を上げて周囲の蟲を焼き尽くす。
魔力を生成していない
——赤。
———あか。
————アカ。
続いて小粒のエメラルドを投入。上昇気流を発生させて、蟲の腐臭を上に散らした。
ピュ──、と口笛の音。
「やるねー、遠坂」
いつものようにヘラヘラと笑う慎二の顔をキッ、と睨み付けたのだった。
「なんなのよ、今の。明らかに魔力がこもった一撃だったじゃない!」
「そうカッカするなって、ちゃんと説明するからさ」
「ホントでしょうね!?」
思わず身を乗り出して、慎二に詰め寄ろうとした時、視界の端でナニカが動く気配を感じた。
丁度、私の足下付近、二、三歩の距離。慎二に詰め寄ろうとした私から見ると、左側の地面の上で、桜が身じろぎしていたのだ。
「—————! っ桜!」
慌てて駆けつけようとして、その右腕を掴まれる。
思わず振り返り、声を荒げて慎二に抗議を…………、
—————慎二は、桜を睨みつけていた。
「————どうしたんですか? 兄さん、そんなにも恐い顔をして」
そうして、桜が立ち上がる。
土蔵の壁に手をついて、不安定な体を支えるように、その
「———————」
———この時、遠坂凛は、桜の下に駆け寄らなかった。
駆け寄れなかった訳ではなく、駆け寄らなかった。
慎二は何故、己の腕を掴んだのか。
慎二は何故、桜を睨んでいたのだろうか。
結局のところ、これは“勘”というやつなのだろう。
—————“違和感”を、感じたのだろう。
「———貴女、桜よね?」
故に、その問いこそが、ボーダーラインだった。
理性と感情との、境界線。
理想と現実との、折り合いをつける為の言葉。
凛は慎二に腕を掴まれたまま、俯いたままで、問いかけた。
「当たり前じゃないですか。私ですよ、わたし」
「………………あら、面白い冗談ね」
————この展開も、考えていなかったわけじゃない。
間桐の魔術は蟲を扱うモノで、その特性が“束縛と吸収”だと聞いた時、頭によぎったモノでもあるからだ。
でも、だとしても…………
「————だったら何故、貴方の声はそんなにも
桜は一度目を見開き、楽しそうに
「そうかそうか、既に声帯は変質しておったのか」
それはこちらの落ち度じゃった、と桜は続ける。
その声は最早、聞き慣れたものではなくなっていた。
「———桜が最後まで間桐臓硯……マキリ・ゾォルケンに逆らえなかったのは、
俯いたままで、私は言った。
少しの間、顔を上げる訳にはいかない。この局面での泣き顔は、決定的な隙になるから。
「桜は絶対、暴力で屈する
「この
「————————ッ!!」
考える。
俯いたままで考える。
奥歯を強く噛み締めて、涙を枯らしたままにして、桜を、助け出す事を考える。
————すると、撃鉄を上げる音がした。
「———————!」
マズイ。
感じた本能もそのままに掴まれた右手をふりほどき、身体を反転しながら顔を上げ、音の元凶を確認した。
慎二が桜に、銃口を向けるのを、確認した。
だから、私は、無意識のままに動いていた。
———それは、銃口から護るかのように。
両手を広げ。
私は慎二に背を向けた。
「————ッ」
口を閉じ、歯をくいしばる。
けれど、臓硯の———桜の顔を見る事はやめなかった。
目は、つぶらなかった。
————これが失策だという事は理解している。でもどうしても、身体が動いてしまったのだ。
たとえ目の前の器に、
気配で、慎二が驚いたのが判った。
———銃声は聞こえなかった。
けれど今度は目の前の、桜の顔が、歪んだ笑みを形作った。
「マヌケな娘じゃ!」
口が迫る。
桜の、口が迫る。
可愛く開いた桜の口が嘲笑を連れてやってくる。その口の中にナニカが見えた。
————この
頭では解っていた事だ。ここで桜が死ぬ事が、
でも、納得出来なかった。
ただ、それだけの事だった。
目を瞑り、視界を閉ざす。
迫り来る桜の気配。
桜とは違うナニカの気配。
それが己に到達した時自身の全てが終わると知って、それでも、諦めたワケじゃない。諦めたワケじゃないが、自身が助からない事を理解もしている。
だからこそ目を閉ざしたのだ。コレは私が選び取った選択肢だし。それ以上に、桜に殺されたのだとは絶対に思いたくなかったから。
故に、その声を聞き取ったのは偶然ではない。
自分の死を、未来の現実を認めたが故に、私の身体がある程度リラックスしていたからこそ
「————————
慎二の声が聞こえたのだ。
次回、Fate/stay night[Destiney Movement ]
———第八話、美綴 綾子