扶桑の兄妹外伝~ブレイブウィッチーズ 佐世保の英雄の弟妹~ 作:u-ya
1937年、扶桑皇国佐世保――
ある冬の日の夕暮れ時。沈みかけた夕陽で赤く染まっている景色の中を一人の少年が走っていた。学生鞄を大きく揺らしながら、家へと続く通学路を彼の右手には一枚の紙を大切そうに握り締められていた。
少年の年齢は7、8歳ほど、短めの茶髪にやや小柄で華奢な体格。遠目で美少女と間違えてしまうほど整った顔立ちは、近所のおばさんやクラスの女子等からは可愛いと評判だが、本人は外見があまり男らしくないことを大変気にしている。
「ハァ……ハァ……」
家の玄関前まで戻って来た少年は足を止め、乱れた呼吸を整えようと左手を胸に当てる。スタミナも考えずに全力疾走してきた彼の心臓はうるさいくらいに脈打っている。休んでいるうちに呼吸は段々と落ち着き、耳からも脈動が消えていく。
少年、いや雁淵輝(かりぶち ひかる)は握り締めていた紙を広げる。それは学校のテスト用紙だった。点数は90点、テストの何日も前から勉強していた彼の努力の結晶であり、過去最高の点数だ。
「ふふ……」
自然と笑みが零れる。先生からテスト用紙を受け取った時、輝は飛び跳ねて喜んだ。このことを早く家族に伝えたくて、一緒に喜んで欲しくて、家を目指して無我夢中で駆けてきた。輝は一度大きく息を吸うと、玄関の戸を開けた。
「あっ、輝お兄ちゃん!お帰りなさい!」
「ただいま、ひかり」
帰って来た輝を出迎えたのは一歳年下の妹、雁淵ひかりだった。髪型は違うが輝と同じ茶髪。顔立ちも双子と見間違うほど似ている。
輝より一足早く帰って来ていたらしく、脱いだばかりの靴を揃えていた。
「ねぇねぇ、聞いてお兄ちゃん!」
何か嬉しいことでもあったのか、ひかりは弾むような声で語り掛ける。
「俺も話したいことが――」
「孝美お姉ちゃん!テストで100点採ったんだって!」
「……え?」
雁淵孝美、雁淵家の長女にして輝とひかりの姉。美人で気立てが良く、誰にでも優しく出来る人格者。
学校では文武両道の才女でいくつも賞を貰っている。家族はもちろん、近所の大人達からも好かれ、友達も多い。所謂人気者だ。
「やっぱり、お姉ちゃんってすごいなぁ!私もいつか、あんな風になりたいなぁ!」
姉への憧れを口にして、ひかりはうっとりと頬を染める。一方、先ほどまで輝いていたはずの輝の表情には影が射していた。
「どうしたの?」
兄の異変に気付いたひかりはじっと輝の顔を覗き込んだ。
「あ、えーっと……なんでもないよ。100点なんて姉さんはすごいなぁ」
笑って誤魔化す輝だが、後ろに隠した用紙を握り締める左手はふるふると震えていた。
◇ ◇ ◇
1944年3月末、オラーシャ帝国ペドロザヴォーツク――
オラーシャ北西部の都市――ペドロザヴォーツク。その近郊に存在する扶桑陸軍の基地には、本大戦初期にシベリア鉄道を使って、浦塩から欧州へ派遣された扶桑皇国陸軍の一部隊――扶桑皇国陸軍東欧方面軍西オラーシャ駐留軍戦車第2師団が駐屯していた。
幼かった雁淵輝も今や扶桑陸軍の陸戦ウィザード。扶桑陸軍曹長として、当師団の装甲歩兵第1連隊に配属されている。
「えっ?ペテルブルグへ?」
朝早くに呼び出され、戦車第2師団師団長――矢口中将の執務室に通されていた輝は、装甲歩兵第1連隊の連隊長を務める陸戦ウィッチ――茂木貴子中佐から配置転換の辞令を受けていた。
「第502統合戦闘航空団の補助部隊に欠員が出てな、誰か寄越してくれ、と言われた。それで、お前に言って貰いたい」
「統合戦闘航空団の補助部隊、って……まさか左遷ですか?」
統合戦闘航空団は、各国軍からエース級のウィッチないしウィザードを召集し、設立された連合軍総司令部直属の精鋭部隊。航空ウィッチに限らず、ストライカーユニットの整備兵などの基地要員も、各国から最優秀の人材が集められている。
統合戦闘航空団への配属は大変名誉なことなのだが、各国の指揮系統から独立している性質上、問題児の厄介払い先という負の面も持ち合わせている。
「雁淵曹長!」
邪推する輝を、すぐさま矢口が咎める。
「どこへ配属されようと忠実に任務を遂行する。それが、扶桑皇国軍人だ」
「お前はまだまだ半人前だ。ユーティライネン大尉の元で経験を積め」
茂木が、矢口の言葉を継いだ。
「…………」
「どうした?返事が聞こえないぞ?」
矢口が急かすように言うと、輝は不満げながらも敬礼して応じた。
「雁淵輝曹長。第502統合戦闘航空団補助部隊への転属、受領致しました」
不承不承ながらも了承した輝は、この翌週からペテルブルグに基地を構える第502統合戦闘航空団「ブレイブウィッチーズ」の補助部隊に配属された。
原作アニメにおける芳佳とひかりがそうだったように、輝も優人と真逆な特徴を描きます。
よかったら、遊び感覚で見つけてみて下さい。