扶桑の兄妹外伝~ブレイブウィッチーズ 佐世保の英雄の弟妹~   作:u-ya

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約2年半ぶりの最新話です!

長らくお待たせしてしまい、誠に申し訳ありませんでしたm(__)m


第10話「見えない首輪」

1944年5月下旬、オラーシャ帝国ペテルブルグ――

 

第502統合戦闘航空団の基地として運用されているペトロ・パウロ要塞。その基地本部庁舎内にある航空団司令室に、2名の問題児が呼び出されていた。

扶桑海軍から当部隊へ派遣されている航空ウィッチの管野直枝少尉と、同国陸軍から502航空団ストライカーユニット回収中隊へ異動してきた雁淵輝准尉だ。

 

「なるほど……」

 

502司令兼任ウィッチ隊隊長――グンドュラ・ラル少佐は、2人の顔を交互に見た後、納得したような呆れたような口調で呟いた。

 

「つまりは、またストライカーユニットの破損や墜落の件で口論になり、そのまま殴り合いの喧嘩になった……ということだな?」

 

確認するように問い掛けるグンドュラ。対して、執務机を挟んで反対側に佇む管野と輝は、揃って黙秘する。それは実質的な肯定であった。

報告によれば、2人が喧嘩を繰り広げたのはストライカーユニットの格納庫だったらしい。

場所が場所だけに服や髪は埃に塗れており、相当激しく殴り合ったのか、幾つもの痣が顔中にできている。

格納庫なら、当然ストライカーユニット整備中隊をはじめとする502基地兵站群所属の将兵達が、一部始終を目撃しているはずだが、彼等が喧嘩の仲裁に入ることはなかった。

そればかりか。連中は意図的に報告を遅らせ、どちらが勝つか“掛け”をする賭博紛いのことまでしていたのだ。

いくら娯楽の乏しく過酷な軍隊生活とはいえ、502の担当戦域は東部の最前線だ。

軍務そっちのけでギャンブルに興じる兵達の気の緩みは、看過出来ぬ問題であった。

そして輝と管野の喧嘩は、軍法に照らし合わせれば暴行脅迫。騒動のどさくさで破損した備品も存在するため、軍用物損壊も適応されうる。

連盟空軍のウィッチ部隊を預かるカールスラント空軍少佐からしてみれば、頭が痛いことこの上ない。

 

「何か言いたいことは?」

 

「「コイツが悪いんです(だ)!」」

 

グンドュラの質問に、輝と管野は互いを指差しながら応えた。

 

「「んだとコラぁ!」」

 

再び険悪ムードになる2人。互いの額をグリグリと力任せに擦り合わせ、至近距離で睨みを利かせる。

 

「落ち着け」

 

グンドュラが透かさず止めに入る。そして、淡々とした口調で続けた。

 

「お前は軍法会議の開催を望まないだろう。私の方から数日の自室禁固を命じる」

 

本来、軍法会議に関しては、軍律で問題を起こした人間の側に決定する権利が与えられている。

だが、問題を部隊内に留めておきたいグンドュラは、軍法会議を開催せず、自身の裁量で処分を決定したのだった。

傍目には、上官が部下の権利を侵害しているように見えるかもしれない。しかし、見る人が見れば、502部隊を守る為の最良の決断とも取れた。

これならば、魔女不要論を掲げる反ウィッチ・ウィザード派が少ない軍上層部に粗探しをされることもなく、問題を起こした2人の経歴にも傷はつかない。

尤も、輝も管野もペテルブルグへされた時点で既に原隊の問題児扱いされていたのだが……。

 

「……はい」

 

「……うす」

 

輝と管野は不承不承ながらも頷いた。それぞれが相手側に非があると考えている2人は、両成敗染みた処分に不満があったのだ。

 

「下がってよし」

 

話は終わりだとばかりにグンドュラが告げると、2人は司令室から辞去していった。

 

「おい!」

 

廊下に出た直後、輝は管野に呼び止められた。軽く舌打ちをした輝は、ウンザリだと言わんばかりに振り返る。

 

「終わってねぇぞ、ケリはつけるからな。陸河童」

 

「……上等だよ、海坊主」

 

売り言葉に買い言葉。未だに火花を散らし合う2人は短い会話を終え、各々別方向へと歩き去っていった。

 

「管野少尉」

 

「あ?」

 

輝と別れて間も無く、管野は誰かに背中から声を掛けられた。

肩越しに振り返ると、優男風が扶桑人男性が背後に立っていた。年齢は管野より少し歳上に見える。精悍な顔立ちの扶桑海軍兵だ。

 

「誰だオメェ?」

 

「はっ!本日付けで管野少尉のストライカーユニット機付長となりました、樋辻櫂軍曹です!」

 

男性――樋辻は挙手敬礼の姿勢で威勢良く応じる。そう言えば今朝のブリーフィングで、機付長が別の人間に代わると連絡を受けていた。

 

「何だ、思ったより若ぇな?」

 

と、管野は怪訝そうに目を細める。一方、新機付長はキリッと引き締めた表情を崩し、笑みを浮かべている。

爽やかな笑顔だが、微かに軽薄さと邪悪さが滲みでており、管野は寒気を覚えた。

 

「さ、堅苦しい挨拶はこのくらいにして。久しぶりだね!また逢えて嬉しいよ♪」

 

「何言ってんだよ、俺はお前なんて知らねぇぞ」

 

突然口調が砕け、矢鱈親しげ――もっと言えば馴れ馴れしく――に話し掛けてくる樋辻の変わりように、管野は頭上で疑問符を踊らせる。

 

「ふ~ん……じゃあ、これならどうかな?“なっちゃん”♪」

 

「っ!?」

 

樋辻の発した一言で、管野の表情が凍てつく。いや、顔だけではない。

全身が、金縛りにでもあったかのように硬直して指1本動かすことも儘ならなくなっている。

 

「いやぁ~、まさかこんな地の果てで再会するとは。嬉しいよ、なっちゃん♪」

 

滑らかな口調で再会の喜びを告げる樋辻に、管野は何も応えない。いや、応えられないのだ。

 

「あ……あぁ……」

 

管野は喘ぐように短い呼吸を繰り返し、言葉にならない言葉を吐き出す。

彼女の心肺機能が脳による制御を拒んでいるのだ。肺はストライクを起こし、呼吸を許さず。心臓は喉奥から飛び出さんばかりに暴れ回っている。

 

「ん?どうしたのかな?なっ・ち・ゃ・ん?」

 

樋辻がズイッと顔を寄せてくる。管野より身長が高いため、屈むような姿勢で彼女の顔を覗き込む形になる。

 

「う……あぁ…」

 

扶桑ウィッチを気遣う樋辻の優しげな声色は、反って管野の動揺と恐怖を増幅させていた。

痺れにも似た恐気が彼女の全身を覆い、肌という肌を掻き回す。

 

「心配しなくていいよ?また“可愛がって”あげるから、昔みたいにね……」

 

それだけ言うと、新機付長は扶桑海軍ウィッチの頬に唇を落とした。

普段の彼女ならここで文句の1つもぶつけただろうが、やはりそれは叶わない。

大きく見開いた眼で虚空を見据えたまま、ガチガチと歯を鳴らす。

 

「それじゃ管野少尉、また後ほど♪」

 

別れの挨拶を短く済ませた樋辻は、管野の真横を通り過ぎ、何処かへ去っていく。

足音が徐々に遠退いていき、やがて完全に聞こえなくなった。基地の廊下を沈黙が支配する。

 

「っ!?はぁ……はぁ……!」

 

漸く金縛りから解放された管野。全身から力が抜け、立っていられなくなった扶桑海軍ウィッチは、膝から床へと崩れ落ちる。

目尻に涙を浮かべながら床に這いつくばる姿は、普段の勇猛果敢な彼女からは想像も出来ない弱々しいものだった。

 

「うっ!……お、えぇ……」

 

乱れた息を整える暇も無く、経験したことの無いほどの凄まじい吐き気に襲われ、管野は咄嗟に両手で口元を抑えて踞る。

食事はちゃんと摂っているというのに、突然胃がおかしくなったかのようだ。

 

「クソッ……!」

 

どうにか落ち着きを取り戻した扶桑海軍ウィッチは、緩慢な動作で立ち上がり、自室へと戻っていった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

数日後――

 

「管野ぉ!てめぇ、何度言やわかんだよ!」

 

502基地格納庫では、いつもの如く輝の怒号が轟いていた。

輝が怒り狂っている理由は、今更語る必要も無い。例によって、ネウロイとの戦闘で無茶をやらかした管野が敵地のど真ん中に墜落したのだ。

502で、特にストライカーユニットの損耗率が高い――他の502ウィッチがユニットを壊したことはほぼ無いが――ヴァルトルート・クルピンスキー中尉、管野直枝少尉、ニッカ・エドワーディン・カタヤイネン曹長の3人は“ブレイクウィッチーズ”と呼ばれ、多大な戦果を挙げているエースであると同時に、上層部受けが頗る悪い問題児でもあった。

輝は3人の中では管野と反りが合わず、顔を合わせれば喧嘩になるなど、関係は非常に険悪――軽薄な印象のクルピンスキーのことは鬱陶しいと感じ、ニッカこと“ニパ”との関係はそれなり良好――である。

今朝方。ストライカーユニット回収中隊は、墜落した管野の救助及び彼女のストライカー回収作業時にネウロイと遭遇戦となり、その際に輝の愛機――陸戦ストライカーの『九七式中型装甲脚“チハ”』とハーフトラックが1輌大破してしまった。

普段から管野に喧嘩腰な輝ではあるが、今回は愛機を失ったこともあってか、憤慨ぶりがいつもの比ではない。

ただでさえ、オラーシャ西部地域ないし北欧方面は扶桑本国から遠く離れており、東部戦域内は様々な要因で補給線も延びきっている。

こんな状況では、新たな“チハ”どころか修理に予備パーツの調達にも難儀することだろう。

つまり、輝は暫く戦闘に参加出来ないのだ。アウロラ・エディス・ユーティライネン大尉からも、戦列から一時離脱するよう命令された。

回収中隊の任務には不満タラタラな彼だが、作戦に参加出来なくなるのも、苦楽を共にした愛機を失うのも面白くない。

アウロラをはじめとする回収中隊所属のスオムス陸軍ウィッチの誰かに予備の機体を借りることも考えたが、すぐに諦めた。

スオムス軍も物資不足に困っている。他者に機体を融通する余裕などは無い筈だ。

“チハ”を失い、戦列に復帰する目処も立たず、どうにも腹の虫が収まらない扶桑陸軍ウィザードに出来るのは、管野に一言言ってることだけだった。

 

「おい、管野!聞いてんのか!」

 

輝は、格納庫内でボーッと佇んでいる管野の肩をガシッと掴む。

いつもなら気だるげに振り返った彼女に対し、輝が一際大きな声で怒鳴り散らし、そのまま売り言葉に買い言葉の口論へと発展するのがお決まりのパターンだ。しかし、今回はそうはならなかった。

 

「ひっ!?」

 

突然肩を掴まれて驚いたのか。管野はびくりと身を震わせ、小さく悲鳴を漏らす。

管野らしからぬ反応に輝はもちろん、2人のやり取りを横目で窺いながら整備・補給作業に行っていた基地兵站群の面々も揃って違和感を覚える。

一拍置き、緩慢な動作で振り返った彼女の瞳は、普段の力強さや鋭さを失っていた。

輝に向けた瞳は弱々しく揺れ、猪突猛進や勇猛果敢等の四字熟語を体現したエースウィッチ――管野直枝少尉とは、まるで別人のようだ。

 

「管野?」

 

「な、何だよ?」

 

脅えた小動物の如く身を震わせながら、管野は問い返す。

 

「あ、いや……」

 

目が合ったら、思い付く限りの言葉を用いて管野を罵倒するつもりでいた輝だが、予想の斜め上を行く扶桑海軍ウィッチのあり様に、すっかり毒気を抜かれてしまっていた。

 

「よ、用がないなら……」

 

「あぁ、悪ぃ」

 

輝は、管野の肩から手を離す。そのまま歩き去っていく彼女が、いつも通り憎まれ口を叩くことは終ぞ無かった。

「んだよ、調子狂うな……」

 

管野の後ろ姿を見送りながら、輝はばつが悪そうに独り言ちる。

煙草でも吸って気分を変えようと思い、ポケットをまさぐるも、取り出したシガレットケースは空になってちた。

 

(そういや、切らしてたな……)

 

オラーシャ地域をはじめとする東部戦域は、補給面で問題を抱えており、武器や弾薬。その他、ストライカーユニットを含む機材等の物資が常に不足している。

当然ながら、趣向品1つである軍用煙草も例外ではない。

 

「売店に……は流石にないか?」

 

輝はなるべく期待しないよう心掛けつつ、基地の売店へ向けて歩を進めるのだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

30分後、502基地男性用トイレ――

 

「ユニット、また壊したんだって?」

 

数日前、502基地配属となった整備兵――樋辻櫂扶桑海軍軍曹は、あくまで穏やかな口調で問い掛ける。

問うている相手は管野だ。彼女は、自身のストライカーユニットの新たな機付長となった樋辻に呼び出されていたのだ。

 

「…………」

 

樋辻の問いに、管野は小さく頷く。ストライカーユニット損壊の件で話があるようだが、彼女が置かれている状況は明らかに異様だった。

機付長とはいえ一介の下士官が、兵学校出の士官を自身の都合で呼びつけ、あまつさえ上から目線で説教する。

上下関係を無視した失礼極まり無い行為であり、管野がウィッチだということを鑑みれば、それだけで処罰の対象に成り得る。

だが、当の樋辻はそんなこと気にする素振りは微塵も見せない。

 

「ちょっとなっちゃん」

 

樋辻は床に正座させている管野の髪を掴むと、力任せに引っ張った。

 

「っ!」

 

扶桑海軍ウィッチの表情が苦痛に歪む。苦悶の声を漏らすまいと、管野はギリッと歯を食い縛って懸命に堪える。

頭で逆らえないと理解しつつ、目の前の男に屈しないという意地の強さ――或いは意地――を見せるも、その健気な行動は樋辻の嗜虐心を煽るだけだった。

 

「質問してるんだから返事くらいしようよ?あと、人と話す時は相手の顔を見ようね♪」

 

「………………はい」

 

「うん♪じゃあ、そろそろ“罰”を与えるから……脱ごうか?」

 

「………………はい」

 

小さく頷き、小声で返事をする管野。トレードマークのマフラーを外し、続いてフライトジャケットを脱ぐ。

 

「ほら早く、ズボンもだからね」

 

「はい」

 

樋辻に急かされ、管野は動作を速める。完全に樋辻の言いなりだった。

あの猛々しく強情で、時に上官の命令にすら反抗することもある問題児――管野直枝少尉が、樋辻の理不尽な指示・暴力に一切抵抗せず、大人しく従っている。

502部隊のメンバーやストライカーユニット整備中隊の面々等。普段の彼女をよく知る人間がこの光景を見たら、間違いなく驚愕するだろう。

管野の性格からすれば、既に拳が出ていてもおかしくなかった。

彼女は小柄だが、魔法力を使わずともガタイの良い現役の軍人を一蹴できるほど喧嘩が強い。

だが、彼女は歯向かわない。管野と樋辻以外誰も知らないのだ。彼女が新しい機付長に逆らえないという事実と、その理由を……。

やがて全ての衣類を脱ぎ捨て、管野は生まれたままの姿となった。

 

「よしよし、なっちゃんはいい子だなぁ♪」

 

樋辻は喜悦を滲ませた声音を漏らす。彼からしてみれば、管野は幼い子ども。まだまだ軍の制服に着られているガキだ。

そんな相手を女として意識することはないし、裸を眺めて喜ぶ特殊な趣味の持ち主でもない。

対ネウロイ戦の要であり、人類の希望であるウィッチを自分が従え、全裸に剥くという形で尊厳を踏み躙っている。そこに喜び感じているのだ。

 

「………………」

 

裸体の一部を手で隠し、唇を噛んで羞恥心と屈辱感に堪える管野。

その姿に満足げに笑みを深めた樋辻は、彼女に洗面台の方へ移動するよう指示……いや、命令する。

洗面台の前に立った管野の目にしたのは、卑劣漢の命令で肌かになった自分自身。そして、水の張られた洗面台だった。

両手で拳を作り、力一杯握り締める。拳も身体も小刻みに震えている。

新任の機付長に抗えず、服従してしまっている自分への怒り。これから行われる“罰”に対する恐怖故が、そうさせるのだ。

 

「行くよ?」

 

「…………はい」

 

管野の後頭部に樋辻の手が添えられる。いよいよだ。扶桑海軍ウィッチはこれから訪れる苦痛に堪える為、ギュッと目を瞑る。

直前でなんとか覚悟を決めた彼女にとって、今日が真冬でなかったこと。

そして、樋辻が“罰”の執行に選んだこの場所が、普段から殆んど使われていない男性用トイレだったことが救いだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

同時刻、502基地売店――

 

「………おい」

 

「はい?」

 

腹立たしげな口調で声を立てる輝に、売店の店員が怪訝そうな顔で訊き返す。

 

「何で軍用煙草1ダースがこんなに高いんだよ?ぼったくりじゃねえか?あ?」

 

カウンターに置かれた軍用煙草へ落としていた視線をゆっくりと持ち上げ、輝はやや威圧的に訊ねる。

切らしてしまった軍用煙草を調達するため、売店を訪れていた。

軍用煙草は本来、軍隊に於いて需品として支給されるものだ。

しかし、補給が滞りがちな最前線では趣向品を含むあらゆる物資を独自のルートで入手する者も、少なからず存在していた。

その手の輩は、将兵等を相手に商売して小銭を稼いでいるわけだが、前線の士気向上及び維持に多大な貢献を果たしている他。売上の一部が、憲兵隊司令部や統合軍総司令部をはじめとする各部隊司令部への賄賂として贈られていることもあり、黙認されている。

 

「准尉、あなたも東部や北部の戦場で戦ってきた人間なら分かるでしょう?」

 

詰め寄ってくる扶桑陸軍ウィッチに対し、初老の店主は淡々と応じる。

 

「正規ルートだろうが、それ以外だろうが得られるブツの数と種類は限れてンです。そりゃ値も張りますって……」

 

言っていることは尤もであるが、老人が提示した軍用煙草1ダースの値段は、輝の月給とほぼ同額であった。

まさか他兵科と比べ、相当の高額が定められているウィッチ・ウィザードの給金と同額とは……。

 

「いくらなんでもふっかけ過ぎだろ!この前はその半分以下の金で買え――」

 

「嫌なら他を当たってくださいや」

 

金を払えない人間に用はないと言わんばかりに、老店主は輝に向けてシッシッと片手を振る。

 

(クソジジイッ!)

 

足元ばかり見てくる老店主の態度は憤慨ものだが、このまま怒りに任せて噛みついても何にもならない。

目の前の老人にどう抗議したとて、煙草の値が変わることないだろう。

交渉が苦手な輝には値切り交渉も難しい。寧ろ下手にそんな真似をすれば、眼前の老害な店主が煙草の値段を吊り上げてくる。慣れないやり方は自分自身を不利に追い込む悪手でしかない。

目的の品を手に入れられないなら、ここに用はない。銭ゲバ老店主を殴りたい衝動に駆られる自分をどうにか抑え、輝は「邪魔したな」と踵を返す。

 

「お、おじいさん……この水着やっぱり変だよぉ……」

 

ふと聞き覚えのある声音が耳朶に触れ、輝は反射的に振り返る。

 

「――っ!?」

 

視界に飛び込んできた光景に、扶桑陸軍ウィザードは思わず息を呑んだ。

忌々しい性悪老店主が座するカウンターのさらに向こう側。基地売店の奥からスオムス空軍曹長、ニッカ・エドワーディン・カタヤイネン――通称“ニパ”が姿を現した。

人付き合いが不得手な輝が、502基地及びペテルブルグ駐留部隊の中で最も親しくしているウィッチだ。

だが、彼女の服装は水色セーターと重ね履きの長い白ズボンの見慣れた組合せではなかった。というか、まともな衣服ですらなかった。

 

「何言う、アンタのような上玉のお嬢さんには似合いの品やないかい……うひひ♪」

 

かような発言と共に、老店主は頭の天辺から足の爪先に格まで。スオムスウィッチの身体を、ゆっくりと舐め回すように観察する。

ニパは10代半ばの少女にしては発育が良い。軍服を着ていても、身体の起伏がハッキリと分かってしまい、特に豊満な乳房は人目を引いてやまない。

そんなグラビアモデルのようなスオムスウィッチに対し、老店主が勧めた水着というのがセパレーツやワンピース等、欧州でよく見かけるタイプでもなければ、扶桑でお馴染みの水練着でもない。

輝が今まで見たこともないような奇抜で、大胆で。且つ卑猥なものであった。

 

「で、でも……こんな格好、恥ずかしいよ……」

 

モジモジし始めるスオムスウィッチの姿に、老店主は満足げに笑みを深める。

今、ニパが試着している水着は、一見ワンピースタイプの水着にも見える。しかし、身体の両側面に布地が存在せず、正面が臍から首まで開いているVの字形のもの布が圧倒的に足りておらず、肌の露出が異様に多い。

 

「そう言われても、この店に置いてある水着でアンタが着れそうなのはこれだけなんだよ」

 

「うぅ、そんなぁ……」

 

と、項垂れるニパ。人並み以上に胸が大きいと、自分に合ったサイズの水着を見つけるのも苦労する。

大事な部分が――かなりギリギリだが――隠されているとはいえ、僅かな布地しか使われていない。

殆んど裸も同然――時と場合によっては警察に捕まりかねない――な水着を着るような勇気を、ボーイッシュなスオムスウィッチは持ち合わせていない。

こんな殆んど裸も同然の格好で人前に出たり、純粋に海水浴を楽しめる人間が502いるとすれば、司令のグンドュラ・ラル少佐か。ヴァルトルート・クルピンスキー中尉くらいだろう。

 

「って、雁淵君!何でここに!?」

 

と、漸く扶桑陸軍ウィッチの存在に気付いたニパは、驚愕の声を上げる。

 

「よ、よぉ……」

 

軽く右手を上げて挨拶する輝だったが、その表情は若干……いや、かなり引き攣り気味であった。

 

「あ……あぁ!」

 

ニパの顔が急速に熱を帯びていく。色白の頬はすぐさま紅潮し、まるで熟れたトマトのように真っ赤に染まる。

 

「ち、違う!違うよ!これは、この水着はワタシが選んだものじゃなくて!売店に置いてあるヤツでサイズが合うのがこれしかなくて……」

 

破廉恥な姿を軽蔑されたと思ったのか、ニパは慌てて弁解する。

輝が彼女から視線を逸らしたのは、それとほぼ同時だった。目のやり場に困るのだろう。

 

「と、とにかく誤か――」

 

――ポロッ!

 

「……へ?」

 

ニパが言葉を続けようとした、その瞬間。彼女に今日1番の不幸が訪れた。

動揺し、ジタバタと激しく動いたその拍子に、ニパの豊かな胸が。ただ歩くだけでもタパタパと波打つ巨大な乳房が。突如、ポロリと水着から零れ出てしまったのだった。

勢い良く飛び出してきた白く、大迫力の乳房が、自己主張するかの如く揺れ、男2人の視線を釘付けにする。

 

「え?」

 

「お♪」

 

輝が間の抜けた声を漏らし、老店主が喜色の滲んだ声を上げる。

 

「き、きゃあああああああああああああぁああ~っ!」

 

「がっ!?」

 

「ひでぶっ!」

 

一瞬で魔法力を発動させたスオムスウィッチの拳が、男共の顔面に叩き込まれた。




念のため言っておきますが、直ちゃんはレ◯プとかはされてません。彼女の処女は無事です←言い方


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