扶桑の兄妹外伝~ブレイブウィッチーズ 佐世保の英雄の弟妹~   作:u-ya

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オラーシャの首都って、ペテルブルグなんですってねぇ……

第1話の方で二つ変更があります。

・輝の原隊
欧州派遣軍戦車第2師団装甲歩兵第1連隊→東欧方面軍西オラーシャ駐留軍戦車第2師団装甲歩兵第1連隊

・戦車第2師団駐留地
ベロモルスク→ペトロザヴォーツク


あと、オリ主が男の娘と聞いて可愛いらしいキャラを想像した方がいたらごめんなさい。輝は基本的に口悪いし、少々荒っぽいです(^_^;)


第2話「厄介払いでペテルブルグへ」

オラーシャ帝国ペトロザヴォーツクより南方へ伸びた線路上を、軍用列車が煙突から黒煙を吐きながらペテルブルグのスオムス駅へ向けて走っていた。

この列車は、主にムルマンスクやベロモルスクから前線に人員や物質を運ぶため利用される。第502統合戦闘航空団・補助部隊への転属が決まった輝も、所属師団が駐屯していたペトロザヴォーツク駅より乗車していた。

 

「…………」

 

座席に腰を下ろした輝は、出立直前茂木に手渡された書類に目を通していた。内容は、ペテルブルグの現況や502部隊の成り立ち、補助部隊の必要性等々。

輝の転属先である補助部隊は、大半がスオムス人で構成された中隊規模の部隊だ。指揮官は、ヒスパニア戦役や本大戦初期に活躍したスオムス陸軍大尉にして陸戦ウィッチ。

どうやらスオムス陸軍の部隊に混じり、戦闘によって墜落ないし不時着した502航空団のウィッチ及びストライカーユニットの回収が輝の主な仕事らしい。

 

「……雑用かよ」

 

不服だと言わんばかりの表情でぼやくと、輝は隣に置かれた鞄に書類を押し込んだ。他の荷物は昨日のうちにペテルブルグへ発送され、手荷物はこれだけだ。

輝は、溜め息混じりに一昨日の師団長執務室でのやり取りを思い浮かべる。茂木も矢口も、はっきりとは言わなかったが、この転属は明らかな左遷だ。人当たりの悪い自分が上官だけでなく、同僚達からも良く思われていなかったことは知っていたし、別に意外でもなんでもない。しかし、航空ウィッチ部隊の尻拭いをさせられるなどは予想だにしていなかった。はっきり言って、こんな下請けのような役目は気に入らない。

輝は列車の窓辺で頬杖を着いた。窓の外には雪化粧が施され、白銀に輝くオラーシャの大地が広がっている。美しい景色ではあるが、扶桑人の輝からしてみればペトロザヴォーツク出発直後に見たものとあまり変わらない、退屈なもの。

 

(少し寝るかな……)

 

スオムス駅に到着するまでまだまだ時間が掛かる。輝は、仮眠を取って時間を潰すことにした。

自然と欠伸が漏れ、輝は静かに目を閉じる。規定の速度で走行する列車の心地好い振動と、彼以外は誰もいない客車の静寂な空間が、輝を眠りの淵へ誘っていった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

同時刻、ペテルブルグ――

 

「扶桑陸軍のウィザード、ですか?」

 

ペテルブルグにそびえ立つ、第502統合戦闘航空団基地内にある一室。スチーム暖房が効いていて十分な暖かさが保たれている部隊司令執務室では、二人の女性が向かい合っていた。

一人は、スオムス陸軍の野戦服を身に纏った陸戦ウィッチ。身長172cmという女性にしてはかなりの長身で、銀色の髪と薄紫色の瞳を持つこの美女の名は、スオムスの英雄として知られている陸戦ウィッチ――アウロラ・エディス・ユーティライネン。

第502統合戦闘航空団直属のストライカーユニット回収班指揮官を務める大尉であり、ここペテルブルグにおいて輝の新しい上官となるベテラン陸戦ウィッチだ。

 

「ああ」

 

確認するように訊ねるアウロラに、デスクの椅子に腰を下ろしているウィッチが頷いた。

カールスラント空軍の制服を身に纏った彼女こそ、第502統合戦闘航空団司令グンドュラ・ラル少佐。すらりとした肢体と紅茶色の髪が印象的で、アウロラに劣らずかなりの美人だが、有能な指揮官であり部隊一の撃墜スコアを誇る女傑でもある。

当基地の司令も兼任しているラルは、執務室にアウロラを呼び出し、間も無くスオムス駅に到着するであろう補充要員について話していた。

 

「名前は雁淵輝。扶桑陸軍での階級は曹長だが、こちらに着き次第、連合軍准尉に昇格となる」

 

ラルが輝について説明を付け足すと、二人から少し離れた位置に立っている少女が溜め息を漏らした。

黒と濃紺の制服を着用している彼女の名は、アレクサンドラ・イワーノブナ・ポクルイーシキン。階級はアウロラと同じく大尉だ。

オラーシャ陸軍より502部隊へ派遣されている航空ウィッチにして、ここペテルブルグでは戦闘隊長を務めている。基地司令も兼任しているラルの代わりに現場の指揮を執っている。

ラルをはじめとする502の面々からは“サーシャ”と呼ばれているが、これはオラーシャにおけるアレクサンドラの一般的な愛称である。

ウェーブのかかった金髪にカチューシャを着けた可憐な少女といった印象で、大人然としたラルやアウロラとはまた違った趣の美女だ。

 

「その雁淵准尉は、どのような人物なのでしょう?」

 

サーシャは、「今度の人材はどうやって掠め取ったんですか?」と言いそうになるのを堪えつつ、ラルに訊ねる。

第502統合戦闘航空団創設が決定し、502及び当基地の司令に任命されたラルは、予想されるオラーシャの厳しい戦いに備えて航空歩兵に限らず、あらゆる分野で使えると思った人材や必要な物質を守銭奴のようにかき集めていた。

補給物資から隊員に至るまで、欲しいものを手に入れるためなら、他の部隊から強引なやり方で奪い取ることも辞さない。

扶桑皇国海軍所属の、とあるエースウィザードを自分の元へ引き抜きたいがために、色仕掛けや美人局紛いの行為に踏み切ったこともある。

故に、西部戦線で別の統合戦闘航空団を率いて戦っている某カールスラントウィッチからは、「強欲女!人類の敵!ネウロイ以下の悪党」と罵倒され、ウラル防衛を担当している東オラーシャの統合戦闘航空団司令からは、「くたばれ」ないし「さっさとくたばれ」やら書かれた手紙を贈呈されている。

 

「うむ」

 

サーシャの問いに小さく頷いたラルは、デスクの鎮座している書類の山から雁淵輝に関する文書を引っ張り出した。

 

「雁淵輝、扶桑皇国長崎県北部佐世保市出身。1939年、若干10歳で扶桑陸軍の航空歩兵に志願。同年、カールスラント派遣部隊の一員として欧州へ送られる」

 

ラルは手元の書類に目を通しながら、途中で一息吐くかのように左腕で頬杖着いた。続けて読み上げる。

 

「1941年、所属部隊がカールスラントからスオムス方面へ撤退したことを機に、装甲歩兵へ転科。再編された東欧方面軍にて教練を受けた後に戦車第2師団に異動、以降は東部戦線にて大小様々な作戦に参加。協調性に欠け、独断専行等の問題行動が目立つも、戦果は申し分無し……か」

 

一通り読み終えたラルは、書類をデスクに置いた。頬から左拳を離し、居ずまいを正す。

 

「航空歩兵から装甲歩兵へ?」

 

アウロラは顎に手を当て、ラルにというよりは自問するように呟いた。

 

「ああ、戦果を上げていたにも関わらずだ」

 

ラルが疑問混じりに答える。記録を見る限り、輝は本大戦初期に実施されたカールスラントからの大規模な撤退作戦――ビフトレス作戦直後まで航空ウィザードをとして活躍している。ネウロイの通算撃墜数は中型6機と、決して悪くはない。

何故、彼が転科を希望したのか。アウロラにもサーシャにも分からなかった。輝の素性を理解しているラルは、おおよその見当がつけていたが、話す必要を感じなかっため素知らぬ顔をしている。

 

「何にせよ。扶桑陸軍の御厚意により、抜けた穴はすぐに埋まりそうだ。矢口扶桑陸軍中将閣下には、笑顔の一つくらいはサービスしてもいい」

 

「いっそのこと、ストライカーの回収も扶桑陸軍に任せてみては?我々もいつまでここに居られるかわかりませんし」

 

澄まし顔で皮肉を口にするラル。彼女に苦笑したアウロラも冗談混じりに皮肉を返す。いや、或いは本気かも知れない。

オラーシャは欧州屈指の激戦区。配置されている第502及び503統合戦闘航空団の担当空域は、他の部隊のそれと比べて圧倒的に広い。広大な土地に多数のネウロイが蠢き、戦闘を仕掛けてくる。墜落したウィッチとストライカーユニットの救助・回収は早急に行わねば、たちまちネウロイの餌食となる。

しかし、ストライカーユニット回収隊は、ペテルブルグの北方にあるアウロラの故郷――現在、小康状態のスオムスから一時的に貸し出されたもの。緊急時には返す約束となっている。

 

「私は、協調性のない問題児……の一文が気掛かりなのですが?」

 

右手で頭を押さえたサーシャが倦んだ溜め息を漏らした。

今回は正規の手続きによって人材を得たようだが、“優秀だが協調性がない問題児”という情報は、普段からサーシャを悩ませている“あるウィッチ”を想起させるのだ。

 

「ふむ、確かに……“誰かさん”とそっくりだな」

 

と、ラルは同意する。件のウィッチは輝と同郷――陸軍と海軍違いはあれど同じ扶桑出身の航空歩兵。502に来てから性格面に関して言えば、まぁ多少落ち着いた。

その代わり敵を墜とす度に自らも空から落っこちた挙げ句、ストライカーユニットの損耗率が際立って高い問題児3人組――通称『ブレイクウィッチーズ』の一角を担ってしまっている。これは部隊名のブレイブウィッチーズを文字って仲間内でつけられた呼び名で、メンバーの3人はサーシャの頭痛の種となっている。

 

「ユニット壊しがもう一人増える代わりに、空と陸の両方で働けるウィザードが手に入ったと思えばいい」

 

「……回収だけでなく、空も飛ばせるおつもりですか?というか、雁淵准尉はユニット壊しの常習犯なのですか?」

 

補充要員の雁淵輝がユニット壊しであることを前提で話を進める部隊長に、サーシャは軽い頭痛を覚えた。対してラルは、口元に僅かな微笑を湛えて応じた。

 

「案外、安い買い物かもしれないぞ」

 

答えになっていない答えを返すと、ラルは再び輝の書類へ目をやる。

 

(孝美の弟……会うのが楽しみだ……)

 

彼女の口元には、薄い笑みが湛えられていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

1937年、扶桑皇国佐世保市雁淵家――

 

雁淵輝は自分の部屋である和室の隅で、膝を抱えてじっとしていた。腫れ上がった顔をはじめ、身体のあちこちに青痣ができている。

8歳の少年は瞳に涙を浮かべつつも、奥歯を食い縛りながら痛みをじっと耐えていた。傷の痛みではなく、心の痛みに――

 

――こんなことも出来ないのか?

 

――お姉さんは、スゴいのに……

 

――男の癖に……

 

――ダメな弟だなぁ……

 

脳内で繰り返し再生される心ないの言葉。学校の授業で、鉄棒の逆上がりに失敗した輝に対し、クラスメイト達から浴びせられたものだ。

バカにされたことに憤った輝がクラスメイトの一人に殴りかかり、それを発端に喧嘩が始まった。しかし、多勢に無勢。喧嘩はすぐにイジメとなり、一方的に殴られた輝は身体中痣だらけの姿で家に帰ってきた。

 

「輝っ!」

 

不意に襖がガラッと開き、一人の少女が駆け込んできた。輝の姉――雁淵孝美だ。彼女に続いて妹のひかりも、やや遅れて部屋に入ってきた。

 

「輝お兄ちゃん!」

 

「悪い子達にイジメられたって!?大丈夫なの!?」

 

輝の前に正座すると、孝美は両手で彼の両頬に触れる。

 

「いたっ!」

 

「あっ!ごめんなさい!」

 

孝美が不用意に触れたために、頬に痛みが走る。輝がゆっくりと顔をあげると、孝美が心配そうな表情で自分を見下ろしていた。ひかりも孝美の肩越しに、輝をじっと見つめている。

今日みたいに何かあると飛んで来てくれる優しい姉。人当たりが良く、周りに気を配れる性格から皆に好かれている姉。機転が利き、テストは毎回全教科で高得点を採る聡明な姉。運動神経も抜群で、ただのかけっこから本格的な武道に至るまで、男子にも負けないほど優れている姉。

 

(なんで……なんで……なんで……)

 

輝は強く歯噛みする。何十回、何百回……いや、何千回思っただろう。

 

(なんで、姉さんなんだ……)

 

輝は孝美になりたかった。孝美のように生まれていたなら陰口を言われることもなく、皆から愛されただろう。

 

(どうして……俺じゃなかったんだ……)

 

輝にとって孝美の存在は理想そのもの。姉のようになろうと努力してきた。勉強も運動も、その他のことでも。

だが、どんなに必死になって頑張ろうとも、どれだけの時間を費やしても孝美は届かない。

世の中の不条理や無慈悲な現実に対する怒り、憧れの対象である姉への劣等感。それらの感情は日に日に強くなり、長い年月を経てより強く、よりドス黒いものへと変化していった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

1944年、オラーシャ帝国西部――

 

「……ん……?」

 

すっかり寝入っていた輝は、座席から伝わる客車の揺れに起こされるようにして目を覚ます。忌々しい過去の記憶を夢に見せられ、気分は最悪だった。

 

「あぁ~……ったく!」

 

目覚めたばかりのぼやけた頭に残る苦味、輝は首を振って払おうとする。

どれくらい時間が経ったのだろう。輝は制服のポケットから懐中時計を取り出し、時刻を確認する。間も無く、スオムス駅への到着時刻だ。

ふと輝は鞄を開き、中身を確かめてみる。書類、財布、軍隊手帳、軍用タバコ、ライター。寝ている間に盗られたり、ペドロザヴォーツクに忘れたりはしていないようだ。確認を終えた輝は紐を肩にかけると、席を立った。

約10分後。列車がスオムス駅に到着すると、輝は停車した客車からホームへ降り立った。

駅内は扶桑陸軍兵よりも体格の良いカールスラント陸軍やオラーシャ陸軍の兵士でごった返しており、輝のように小柄な少年など、あっという間に人混みに埋もれてしまう。

キョロキョロと周囲を見渡し、ホームの出口を示す標識を見つける。この窮屈な軍人の群れから一刻も早く脱出したいと、輝は人と人の間を縫うように歩を進める。

 

「ふぅ……」

 

どうにか駅の外へ出た輝を出迎えたのは、目の前が急に開かれるような解放感にヒヤッとした空気、見慣れたオラーシャの寒空。そして、オラーシャ帝国首都――ペテルブルグの美しい街並みだった。

街の規模に対して人の気配が少ない。住民達はネウロイ侵攻時に疎開したため、市内を闊歩しているのは西オラーシャ方面で戦う各国軍の将兵ばかりだ。

街の中心には、ペテルブルグの防衛拠点であり、第502統合戦闘航空団――通称『ブレイブウィッチーズ』の基地として機能するペトロ・パウロ要塞が聳え立っている。

 

「確か迎えが来るはずだけど……」

 

「よぉ……」

 

「まだ来てないのか?」

 

「よぉ、ってば。そこの扶桑人ちゃん♪」

 

「え?」

 

目を凝らして502基地からの迎えを探す輝の耳朶を、やたら軽い口調の声が打った。

『扶桑人』という呼称に反応して振り返ると、二名の兵士が背後に立っていた。すぐ目の前の軍帽を被った兵士は輝に下卑た笑むを向け、もう片方は流し目で見ながら酒瓶を呷っている。

 

「こんなところでどうしたんだぁい?迷子かなぁ?乗り過ごして、ペテルブルグまで来ちゃったとか?」

 

「…………はい?」

 

兵士の言っていることを即座に理解出来なかった輝は、口から間の抜けた声を漏らした。

兵士達は、カールスラント陸軍の軍服を着ている。どうやらペテルブルグ駐留の歩兵部隊員らしい。

 

「おいおい、そんなガキが好みなのか?」

 

もう一人の兵士が、酒瓶から離した唇を拭いながら訊ねる。軍帽を被った兵士は、すかさず反論した。

 

「確かにラル少佐やユーティライネン大尉と比べりゃ身体は大分貧相だけどよ、中々の上玉だぜ?」

 

「まぁ、悪くはねぇな」

 

二人はカールスラント語で話しており、扶桑語とブリタニア語しか話せない輝には、詳しい会話内容はわからなかった。だが、目の前の兵士達が良からぬこと企んでいるというのは何となく理解できた。

 

「そんな格好して、君ってウィッチのファン?扶桑に憧れの人でもいるの?」

 

軍帽の兵士は再び輝の方へ顔を向ける。酒瓶の兵士も続いた。

 

「サインを貰いにわざわざ来たのか?」

 

自分を小馬鹿にするような兵士達のふざけた物言いに苛立ちを覚えな輝は、溜め息を吐いてその場から離れようとする。

 

「よぉ、待ちなよ」

 

軍帽を被った兵士が、逃げようとする輝の正面へ回り込んだ。

 

「君、一人だろ?良かったら、俺達に付き合わない?」

 

ニタニタと癪に触る笑みを浮かべながら、兵士は輝に顔を近付ける。口から吐き出される酒臭い息、輝は不快感で顔を歪める。

 

「申し訳ないけど、人を待ってるんで」

 

502基地からの迎えを待っているのは事実で、嘘は言っていない。しかし、兵士達は引き下がらなかった。

 

「そんなこと言わないでさ、付き合ってくれよぉ。君みたいな若い子は、もっと遊ばなきゃ」

 

「そうそう、ちゃんと楽しませてやるからさ?」

 

軍帽の男の言葉を継ぎながら、酒瓶の男が輝の右肩に自身の左腕を乗せてきた。輝は男を睨みつけ、あからさまに「チッ……」と舌打ちをするが、男は「おぉ~、恐い恐い」とおどけるだけで、まったく意に介さない。

真面目なお国柄で有名な帝政カールスラントの軍人にしては言動が軽薄過ぎるが、なるほど原因は手に持った酒瓶か。

オラーシャの過酷な戦場では、昼間から酒飲みでもしないとやってられないらしい。

 

「ちょっと、いい加減に――」

 

「そうツンケンせずに付き合ってよぉ」

 

「絶対に後悔させねぇからよ」

 

ネチネチとしつこく付き纏ってくる兵士は、何故か男である輝を厭らしい目付きで見ている。

彼らは知らないのだ。絡んでいる少女(のようにも見える中性的な容姿の少年)が、自分達と同じ“モノ”を股からぶら下げていることを――

 

「せっかく扶桑から遥々オラーシャまで来んだし、俺達と良い思い出作ろうぜ?」

 

「そうそう♪君みたいな可愛いお嬢ちゃんなら、俺達も大歓げ……ぶへぇええっ!」

 

軍帽を被った兵士が、間の抜けた声を上げる。かと思えば、数メートル先まで吹っ飛ばされ、コンクリートで覆われた地面へと投げ出された。

 

「か……かひ……」

 

「………………は?」

 

ほんの一瞬の出来事。酒瓶を携えた男性は、何か起きたのか分からずに、目が点になっていた。

吹っ飛んだ彼の相方は、岸へ打ち上げられた魚のようにピクピクと痙攣している。顔は大きく腫れ上がっており、まるで人間離れした強い力で殴られたかのようだった。

恐る恐る視線を下げてみると、自分達がナンパしていた少女(に見えるほど可愛らしい少年)が、頭から猫耳を生やし、鬼のような形相で睨んでいた。

 

「てめえら、俺のことを『お嬢ちゃん』って言いやがったな……」

 

「ひっ!?」

 

本能的に生命の危機を感じ取ったらしい。酒瓶の男は、条件反射で輝から離れる。

その行動は取り敢えずは正しかった。距離を取らなければ、彼も相方と同じように殴り飛ばされていただろう。

 

「これが見えてねえのかっ!?あ゛ぁっ!?」

 

フルフルと怒りに震える輝は、自らが履いているズボンを指差した。

 

「お……男っ!?」

 

兵士は驚きのあまり声を張り上げ、酒瓶を地面へ落としてしまう。

彼が着用しているズボンは、ウィッチや世の女性達が履くような女ものではない。軍からウィザード用に至急される特注のハーフズボンだ。

各国軍のウィザードはストライカーユニットを装着する都合上、一般の男性用ズボンではなく、軍の制服を元にした短めのズボンを履くのだ。

 

「てめえらカールスラント人の目は節穴か?酒の飲み過ぎで目が働いてねえのか?」

 

輝の怒りは尤もだが、間違えるのも無理はない。彼は同世代の男子と比べて華奢な体型をしている。身長も低く、女顔と形容しても違和感のない顔立ちなため、同年代のウィッチと並ばせてみても男女の性差は殆んど感じない。今日に至るまで初対面の人間の多くから、少女ないしウィッチと誤認されてきた。

輝本人はこのことを大変気にしている。しかも彼は、可憐な印象とは裏腹に短気な性格の持ち物で、口より先に手が出ることも珍しくない。

うっかり『ウィッチ』と間違えたり、『お嬢ちゃん』などと呼んでしまえば、軍帽の男性のように問答無用で殴られる。

 

「ちょ、調子に乗るなよクソガキが……あ、あ、あんまり粋がると……ただじゃ、おかねぇぞ」

 

すっかり酔いが覚めてしまったカールスラント陸軍兵士の男性は、怯えながらも必死に虚勢を張ろうとする。

対して輝は、隠し持っていた自動拳銃『FN M1910』を取り出し、銃口を男性に突きつけた。

 

「あ……」

 

「ただじゃおかない、って?面白いな、一体どうするつもりだ?」

 

拳銃を向けられた男性は、すぐさま口を噤んで大人しくなる。

相手が銃で武装したウィザードでは、一般の兵士に勝ち目などない。両手を上げて、降参のポーズを取ろうとしたその時。

 

「おい!動くな!」

 

先の二人とは、別の男性の声が輝の耳に響いてきた。

 

「何だっ!?うるさ……い、ぞ……」

 

苛立たしげに叫び返した輝が、声のした方へ視線を移してみる。カールスラント陸軍の憲兵隊が横一列に並び、携えたMP40の銃口と鋭い視線を輝達に向けていた。

 

「やれやれ」

 

指揮官らしき男性が、溜め息を吐きながら数歩前へ出てきた。

 

「我がカールスラント軍の兵が扶桑人にちょっかいを出している、と聞いて来てみれば……」

 

指揮官は輝と彼に絡んできた兵士二人を順に見据え、言葉を続ける。

 

「これはどういうことだ?」

 

問い掛けに対し、輝は渋面を作りながら舌打ちを返した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

約一時間後、502基地部隊長執務室――

 

「……来ないな」

 

「ええ、来ませんね」

 

室内ではサーシャがラルの言葉に同調しつつ、鸚鵡返しする。待ち人の来ない部隊長執務室は、妙な静けさが漂っていた。

 

「何か、トラブルでしょうか?」

 

短い沈黙を間に挟み、サーシャが言葉を発した。

 

「列車が遅れた、という連絡はきていないが……」

 

と、ラルは訝しげに応える。

 

「いえ、列車ではなく……街の兵と揉め事を起こしていたりは……」

 

「管野のような例もあるしな」

 

「……ええ」

 

ラルは口元からフッと笑みを零し、サーシャは溜め息を吐いた。直後、基地司令用デスクに置かれた電話がけたたましく鳴り響いた。

 

「恐らくは、悪い知らせだな……」

 

横目で電話機に視線を送りながら、ラルはポツリと呟いた。




雁淵 輝(かりぶち ひかる)CV:喜多村英梨

所属:第502統合戦闘航空団『ブレイブウィッチーズ』補助部隊ストライカーユニット回収中隊

原隊:扶桑皇国陸軍東欧方面軍西オラーシャ駐留軍戦車第2師団装甲歩兵第1連隊

階級:曹長→准尉(502転属に伴い昇進)

身長:156cm(ひかりと同じ)

誕生日:7月7日

年齢:14歳(1944年4月時点)

使い魔:オスの三毛猫(通常、三毛猫になるのはメスのみ)

外見:ひかりを『這いよれ!ニャル子さん」の八坂真尋みたいな髪型にして、目付きも鋭くしたようなイメージ。

ハーフズボン→ハーフパンツ(ストパンにはパンツという概念がないらしいので……)

詳しいキャラ設定は後程載せます。感想、誤字脱字報告お願い致します。

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