扶桑の兄妹外伝~ブレイブウィッチーズ 佐世保の英雄の弟妹~   作:u-ya

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いい加減、こちらの投稿も進めなくては……


第4話「配属初日」

割り当てられた部屋のベッドで、輝は毛布にくるまっていた。春先とは言え、オラーシャはまだまだ寒い。防寒のため寝間着は長袖長ズボンのジャージを使っている。

真っ白なシーツに身を投げ、スゥ~スゥ~と小さく寝息を立てる姿は、やはり少女のそれである。

小柄で華奢な体格に女々しい顔立ち。ウィザードだが、ウィッチだと言われても十分通用する可愛らしい容姿の持ち主だ。変声期も遅れていて、輝本人にとって外見と並ぶコンプレックスになっている。

寝間着にジャージを選んだのも、単なる防寒目的だけでなく華奢な身体を隠したいからかも知れない。

 

(ん……朝?……)

 

うっすらと片目を開き、カーテンから漏れ出ている朝日を確認する。

まだ意識が殆んど眠りの淵に沈んでいる状態の輝は、壁に掛けられた時計へ細い目を向ける。室内が薄暗いためぼんやりとしか見ないが、短針が4時を示しているのが確認できた。起床時間まで、まだ一時間ほどある。

反対側へ寝返りを打って身体の向きを変えると、もう一眠りしようと目蓋を閉じる。それとほぼ同じタイミングでドアがギィと音を立てて開かれた。室内に何者かが侵入し、床を軋ませながら輝のベッドに近付いてくる。

 

(なんだ?基地の軍用犬が紛れ込んだのか?)

 

ろくに警戒もせず、輝は無視を決め込んだ。眠気に全身を支配された今の輝にとって、再び寝返りを打って侵入者の正体を確かめることすら億劫である。

 

(あれ?この基地に軍用犬なんていたっけか?)

 

輝が疑問符を浮かべていると、毛布がモゾモゾと動いた。

どうやら侵入者がベッドに入り込んできたらしい。さらに侵入者は、輝の身体を寝間着の上からまさぐり始めた。

 

「――っ!?」

 

寝間着越しに伝わる感触は明らかに犬猫の前足ではなく、人間の手だった。ハッとなった輝が身体を起こすよりも早く、侵入者が次の行動に出た。なんと耳元に唇を近付け、フゥと熱い吐息を吹きかけたのだ。

 

「うわぁああああああっ!?」

 

ゾクゾクとした悪寒が走り、輝は思わず飛び起きた。背後を振り返ると、寝間着に身を包んだ西洋系の美男子(?)がニッコリと形の良い唇で曲線を描いていた。

短めの金髪に健康的な褐色肌。着ている寝間着は一見ガウン状況だが、実は過去にガリアで扶桑ブームが起きた際に扶桑産の着物が持ち込まれ、一部の富裕層がガウンとして着ていた物から発展した着物風ガウンである。

しかし、彼(?)の着ているガウンはどういうわけか丈が異様に短く、まるで女性用だ。

 

「おはよう♪いや、初めましてが正しいのかな?」

 

と、目の前の西洋人(?)は右目を瞑ってウインクする。彼(?)が何者か。ペトロ・パウロ要塞に来て間もない輝には預かり知らぬことだが、502基地兵站群・運用群・飛行群・航空団幕僚のいずれかに所属する兵だということは容易に想像がつく。

ウィッチ隊を含め基地にいる将兵の殆んどは、着任したてである輝をよくは知らない。大方、彼を女と勘違いして夜這いをかけてきた不埒者だろう。

 

「て、てめぇええええっ!」

 

腹の底から怒声を張り上げた輝は、侵入者の男(?)に飛びかかった。両肩を掴むと、勢いを殺さずにグイッと相手を押し倒す。

寝込みを襲われかけたことはもちろんだが、女と間違われたことが何より許せない。心地好い眠りを邪魔された事実も相まって、ストライカーユニット回収中隊の新人は朝っぱらから怒り心頭である。

 

「おやおや、有無を言わさず押し倒すなんて。君って意外と大胆なんだねぇ♪」

 

ベッドに押し倒された侵入者の男性(?)は、輝の素早い反撃に対し、特に戸惑う様子は見せない。微笑を湛えた表情と、声楽家のように澄んだ声からは余裕すら感じられた。その飄々した言動が、輝をさらに苛立たせた。

 

「なんだ!?誰だお前!?一体何考えてやがる!?」

 

「もちろん、“ナニ”を考えていのさ♪」

 

「ふざけっ――」

 

――むにゅん!

 

「………………えっ?」

 

右拳を振り上げ、取り敢えず顔面に一発お見舞いしようとしたその時。相手の胸元に置いていた左手が何かを捉えた。

5本の指と手の平に伝わる柔らかい感触、得も言われぬ幸福感。その重々しい手応えは、男性の胸筋とは明らかに違っている。歳相応以上に育った女性の乳房そのものだった。

 

「お、お、お……女ぁああああああっ!?」

 

低めの声とボーイッシュなの口調から男だとばかり思っていたが、実際は中性的な外見の女性だった。よく見ると、ガウンの胸元から豊かな谷間を覗かせている。

まさか女とは思わなかった輝は、衝撃的な事実と故意ではなかったにしろ女性の胸を掴んでしまったことに激しく狼狽える。

そして、正しい性別が判明した侵入者は、その隙を見逃さなかった。動揺するウィザードの肩を両手がガシッと掴むと、素早く身体を起こした。そのまま体重を掛けるようにして、逆に輝を押し倒した。

 

「うわっ!?」

 

不意を突かれた輝は、驚きの声を上げる。彼に覆い被さったクルピンスキーは、輝のことを見下ろしながらにんまりと笑みを浮かべる。

 

「初対面の人間の胸を鷲掴みにするだなんて。いきなり飛ばしすぎじゃないかなぁ?でもまぁ、強引なのは嫌いじゃないよ♪」

 

と、女性は輝を逃がさぬよう彼の両手首をしっかりと掴んだ。ねっとりとした熱く、危ない眼差しで扶桑陸軍ウィザードを見つめていた。

 

「では改めまして。初めまして、雁淵輝ちゃん♪僕はヴァルトルート・クルピンスキー。カールスラント空軍のウィッチで、階級は中尉。好きなものは、ブドウジュースと可愛い女の子♪伯爵って呼んでくれるかな♪」

 

「は、伯爵?って、そうじゃない!」

 

輝はブンブンと首を左右に振り、自分の中で優先順位の低い疑問を頭から追い出す。

 

「一体何の真似ですか中尉殿!?」

 

自然と敬語になった輝は、ベッド上で自分を拘束している上官殿に対し、抗議半分で問い質す。

身を捩りなんとか抜け出そうとするも、侵入者の女性――クルピンスキーの腕力は思いの外強く、ビクともしない。

 

「ふふ……」

 

クルピンスキーは答える代わりに短く笑声を立て、舌舐めずりをする。

その姿は、今まさに捕らえた獲物を喰らおうとする肉食獣のようにも見える。オラーシャ特有の肌寒さとは別由来の寒気が、輝の身体全体を駆け巡った。

 

「し、質問に答えて下さい!」

 

「いやぁ。来たばかりの新人さんと、お近づきになりたくてさ♪」

 

慄きつつも、上擦った声で再度問い掛ける輝の耳元にそっと唇を近付け、クルピンスキーは囁いた。

 

「大丈夫、優しくするから」

 

「――っ!?」

 

まずい、非常にまずい。このままでは目の前の伯爵を自称するケダモノに美味しく頂かれてしまう。

貞操の危機を感じて顔面蒼白となった輝はジタバタと暴れるも、それはやはり無駄な抵抗でしかなかった。

 

「そんなに抵抗しないで欲しいな。女の子に嫌がられるのって、すごく傷付くんだよ?」

 

「は、離せ!あんたは勘違いしている!俺は女じゃない、男だ!」

 

「またまたぁ~♪こんなに可愛い男の子、世界中の何処にもいないよ」

 

「嘘じゃない、本当だ!ラル少佐の執務室にある資料を見れば――」

 

「肉眼で確認したいな」

 

そう言って、クルピンスキーは輝のジャージに片手を伸ばした。左手一つで輝の両手首を器用に押さえたまま、右手でファスナーを開き、下に着ている白い布地のTシャツを露にする。

クルピンスキーは輝の身体に右手を這わせ、シャツ越しにウィザードの腹や胸撫で始める。

 

「ちょっ!マジで止めっ――」

 

「う~ん……」

 

――ドサッ!

 

「……えっ?」

 

突然、クルピンスキーは動きを止めた。かと思えば、全身の力が抜けたかのようにフラッと前のめりに――つまりは、輝に覆い被さる体勢で――倒れた。

 

「むぐっ!?」

 

クルピンスキーの胸元にある二つの双丘が輝の顔面に押し付けられた。豊かに実った部位は、ボーイッシュな容姿を持つ彼女を歴とした女性だと証明してくれるが、同時に輝の口と鼻孔を強く圧迫し、彼を窒息させようとする。

 

「んっ……ぷはぁ!!はぁ……はぁ……!」

 

なんとかクルピンスキーとベッドの間から顔を出した輝は、酸素を求めて呼吸を荒くする。肌に触れる部屋の空気がやけに涼しく感じた。

すぐに近くにクルピンスキーの顔がある。輝の寝込みを襲っておきながら、彼女はスヤスヤと気持ち良さげに寝入っていた。

 

「んぅ……」

 

「ちょっと中尉!一体どう……って、酒くさっ!」

 

クルピンスキーの漏らした吐息は酒気を強く帯びていた。あまりに強烈なアルコールの香り、輝は堪らず顔を背ける。

床へ視線を移した輝は、部屋の床で無造作に転がっているワインボトルの存在に気付いた。

 

好きなものは、ブドウジュースと可愛い女の子♪――

 

「こんな朝早くから飲みやがって……」

 

酔い潰れた自称伯爵に対し、輝は額に青筋を浮かべつつ不平を漏らす。

自称伯爵とベッドの隙間からモゾモゾと這い出てようとして、輝は床に転がり落ちてしまう。立ち上がった際、彼の姿勢がやや前屈みに見えたのは気のせいではないだろう。

相手が美女とはいえ、ワインで酔っ払った上官に心地好い眠りを邪魔され、寝込みを襲われ、あまつさえ服を剥かれそうなった。今日まで14年間生きてきて最低最悪の朝だ。

起床時間までまだ時間があるが、最早二度寝する気など起きない。そもそもベッドは酔い潰れた伯爵様に占拠されてしまい、使用不可となっている。

チラッとクルピンスキーを見てみると、彼女はいつの間にか仰向けの状態で眠っていた。飲酒からくる眠気のせいで目蓋は半開き、顔の筋肉が全体的に弛緩している。 寝相で着物風ガウンも肌蹴けてしまい、迫り上がった乳房や肩部が露出しかかっていた。

 

「っ!?」

 

女性らしさを感じさせる肢体はとても美しいが、思春期の少年にとっては毒以外の何物でもない。

クルピンスキーの色香に当てられ、輝の顔は真っ赤になる。そそくさと制服に着替え、ポケットにタバコとオイルライターを突っ込むと、扶桑陸軍ウィザードは逃げるように部屋を後にした。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

数分後、宿舎廊下――

 

「あなたが陸戦ウィッチ部隊の新人ね?」

 

喫煙所を求め、宿舎内を彷徨っていた輝に何者かが声を掛ける。声に反応して振り返ると、美しい銀色の髪を肩まで伸ばした小柄な少女が後ろに立っていた。着ている制服からして、カールスラント空軍の航空ウィッチだろう。

凛とした佇まいのその少女は、150cmを僅かに上回る程度と思われる低身長に狭い肩幅と、輝よりもさら華奢な体格をしている。

一見すると中学校上がりたての年齢にしか見えないが、艶のある桜色の唇は年上の色香を感じさせ、落ち着いた物腰と口調がアダルトな雰囲気を醸し出している。

 

「何だ、あんた?一体何処の幼女だ?」

 

「……あなたと同じ基地に配属されている幼女よ」

 

銀髪の少女は皮肉を軽くいなすと、輝に向かって敬礼する。

 

「カールスラント空軍第52戦闘航空団第4中隊所属、エディータ・ロスマン曹長よ。ここ502では教育係を務めているわ。これでも19歳なの、幼女呼ばわりはやめてもらえるかしら?」

 

「これは失礼しました」

 

“歳上を敬う”という扶桑の文化に習い、輝は非礼を詫びた上でロスマンに返礼する。

 

「扶桑皇国陸軍東欧方面軍西オラーシャ駐留軍戦車第2師団装甲歩兵第1連隊所属、雁淵輝そ……准尉です。ロスマン曹長、どうぞよろしくお願いします」

 

実に儀礼的な挨拶だった。ロスマンも気付いてはいたが、皮肉の件と同様不快感を露にすることはない。これが歳上の――大人の余裕というものだろうか。

 

「ええ、こちらこそ。ところで……」

 

「はい?」

 

「あなた、よく眠れなかったの?なんだか疲れているようだけど?」

 

「あなたの同僚のせいで目覚めが最悪だったものですから……」

 

と、輝は嫌味混じりに肩を竦める。彼の発言から何かを察したらしい、ロスマンは右手で額を押さえて溜め息を吐いた。

 

「ごめんなさい。偽伯爵が迷惑を掛けたみたいね……」

 

「に、偽?……」

 

「あの人は今何処に?」

 

「俺の部屋で寝てますけど?」

 

「そう……」

 

輝の言葉に小さく頷いたロスマンは、スタスタと彼の横を通り過ぎて行った。

クルピンスキーが寝ている輝の部屋へ向かったのだろう。だが優美な足取りとは裏腹に、彼女の後ろ姿からは強い怒気のようなものが漂っている。

 

「くわばらくわばら……」

 

怒りの矛先が自分に向いているわけでもないのに、輝の背筋に冷たいものが走る。

輝はロスマンを見送りつつ、カタカタと震える手でポケットからタバコとライターを取り出す。まだ喫煙所を見つけていないが、心を落ち着かせるために一服することにしたのだ。

 

「ふぅ~……」

 

咥えたタバコの先端に火を点ける。紫煙を燻らせながら窓際に寄り、輝は外の景色に目をやった。

いつの間にか東の空から朝日が昇り始めていた。ペテルブルグの街並みが朝焼けに照らされ、曙色のフィルターに染め上げられている。

 

「ああああああぁ~っ!タバコ吸ってるぅ~っ!」

 

「は?」

 

またもや背後から声が聞こえてきた。耳朶に突き刺さるような怒号。声からして、今し方輝と話をしたロスマンとは別の女性である。

輝は声が聞こえてきた方へ視線を走らせる。右手に濡れモップ、左手にバケツを持った少女が駆け寄って来るのが見えた。

青色のシャツと白い上着の制服に身を包み、茶髪を青色のリボンでツインテールに纏め、シャツやリボンと同じ色の美しい瞳を持っている。

埃避けらしき三角巾まで株っているので、てっきり基地の掃除係かと思ったが、それにしては着ている服が上等過ぎる。502部隊のウィッチだろうか。

 

「あなた!今、タバコ吸ってましたよね!?」

 

輝の傍までやって来ると、少女はズイッと顔を寄せながら輝に問い質す。女性特有の甘い香りが、扶桑陸軍ウィザードの鼻腔を擽る。

 

「あ、うん。吸ってたけど?」

 

「宿舎及び基地本部内は全域禁煙です!タバコのヤニで壁や窓ガラスが汚れてしまったらどうするんですか!?今すぐ消すか、外に移動してくださいっ!!」

 

「わ、悪かったよ!すぐ出てくから!」

 

可愛らしい容姿に似合わない少女の凄まじい剣幕に圧倒された輝は、すぐさま小走りでその場から立ち去った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

ストライカーユニット回収中隊格納庫――

 

「まったく、何で朝からこんなに疲れなきゃならないんだよ……」

 

格納庫内に設けられた整備兵用の灰皿スタンド。そこにタバコの灰を落としながら、輝は眉間に皺を寄せてぼやく。灰皿には既に10本近い吸い殻が捨ててある。

タバコを美味いと思ったことは一度もない。輝が喫煙を始めた理由は、様々なコンプレックスからくるストレスの解消が目的だ。

扶桑陸軍の原隊にいた頃、上官や同僚達から「いくらなんでも吸いすぎだ」「身体に悪いぞ」と度々注意されていた。しかし、輝は一向に聞く耳を持たず、今では立派なヘビースモーカーである。

 

「何だ?朝っぱらから煙を撒いているのか?」

 

コツコツと軍用ブーツの踵を鳴らして近付いてきたのは、当基地において輝の上官となる陸戦ウィッチ――ストライカーユニット回収中隊指揮官のアウロラ・エディス・ユーティライネン大尉だった。

 

「そう言う大尉殿は朝っぱらから酒ですか?」

 

アウロラが左手に持っている酒瓶に目をやりつつ、輝は訊き返した。

どうやら新しい上官殿も、寝込みを襲ってきた伯爵様に負けず劣らず酒好きのようだ。

 

「お前にタバコが必要なように、私にもコイツが必要なんだよ♪」

 

そう言ってウインクすると、アウロラはボトルを持った左手を持ち上げ、そのままグビッとヴィーナを呷る。

 

「軍務に差し支えますよ?“スオムスの英雄”ともあろう陸戦ウィッチが飲酒事故なんて笑えない」

 

「心配するな。こんな水程度じゃ私は酔わない」

 

「水って……」

 

アルコール濃度35%の飲料を水呼ばわりする上官に、輝は呆れた様子で閉口する。そんな彼を余所に、アウロラはどんどんヴィーナを片付けていく。これが東欧や北欧で英雄と名高いアウロラ・E・ユーティライネン大尉の素顔とは……。

輝のいた扶桑陸軍戦車第2師団にも彼女に憧れ、自らの手本としている装甲歩兵は多い。だがその羨望の眼差しも、眼前のアウロラの体たらくを目にすれば幻滅へと変わることだろう。少なくとも、輝の中で彼女の株価は大暴落である。

 

「さてと……」

 

酒を飲み干したアウロラは、空となったボトルから口を離すと、近くのゴミ箱に放り込んだ。

いつの間にか回収中隊の面々が集まっており、アウロラの背後で整列していた。アウロラの酒豪――アルコール中毒?――ぶりに気を取られていた輝は、その時はじめて新しい同僚達の存在に気付いたのだった。

 

「雁淵輝准尉、今日はお前の配属初日だ」

 

酒瓶を捨てた途端、キリッと表情を引き締めるアウロラ。輝も頭を切り換えた上官に習い、直立不動の姿勢となる。

 

「ということでまずは自己紹介から――」

 

「アウロラ大尉!」

 

スオムス陸軍の野戦服に身を包んだ男性兵士が、アウロラの言葉を遮りながら格納庫内に駆け込んできた。緊張した面持ちでアウロラの下へ駆け寄り、彼女になにやら耳打ちをする。

緊急の伝令のようだ。輝やストライカーユニット回収中隊の視線が中隊長と突然現れた男性兵士に集中する。

輝は後に知ったことだが、男性兵士は陸戦ウィッチ達を目的地まで移送する装甲車輌の運転手を務めるスオムス陸軍兵士とのこと。

 

「そうか、分かった。すまん皆、新人の紹介は後になった……」

 

男性兵士に頷くと、アウロラは陸軍ウィッチ達に向き直って告げる。彼女の表情は、部隊を取り仕切る指揮官のものに変わっていた。

 

「全員ユニットを履け!ストライカーユニット回収中隊、出撃だ!」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

約2時間後、ペテルブルグより南東へ約80キロメートル地点――

 

第502統合戦闘航空団司令――グンドュラ・ラル少佐より、アウロラ・E・ユーティライネン大尉率いるストライカーユニット回収中隊へ出撃命令が下された。内容は無論、前線で墜落した502ウィッチの救助及びストライカーユニットの回収である。

輝は、他の陸戦ウィッチ達と共にカールスラントの中型装甲兵員輸送車『Sd.Kfz.251/1』に乗り込んでいた。同じ車輌には、彼の他に4名のスオムスの陸戦ウィッチ――中隊長のアウロラ、隊の副長的立場のレーヴェシュライホ少尉、隊員のテッポ、ハロネン――が搭乗している。

後方には同型の車輌がもう1輌。乗員は装甲歩兵ではなく、ストライカーユニットの回収作業を行うスオムス陸軍の兵士が10名。

さらにオラーシャがリベリオンのトラックをベースに自国で生産した『ZIS-5』が一台続いている。ZIS-5は、オラーシャがリベリオンのトラックをベースに自国で生産したもので、ストライカーユニット回収中隊においては回収したストライカーの輸送に使われている。

お世辞にも乗り心地が良いとは言えないハーフトラックのベンチシートに腰掛けた輝は、愛機である九七式中型装甲脚“チハ”の駆動部と武装のチェックを黙々と行っていた。

陸戦ストライカーユニットは、飛行脚と違って空を飛ばない。同じ宮藤理論を採用してはいるが、こちらは陸を駆けるための装備である。人間の身体で言うところの脛に当たる部分には、戦車の無限軌道に酷似した機構が存在し、これを回転させることにで魔法力を増幅させる。この機構は魔導エンジン冷却と魔力伝達の関係上、剥き出しになってしまう。故に、戦闘に起因する損傷はもちろん、最悪の場合は何もしなくても故障が起きるので整備が欠かせない。

同時に武装のチェックも行う。輝が使っているのは、一式47mm対ネウロイ砲だ。口径が47mmあるわけではない。mmはmagic mass(魔法質量)の略であり、火力は歩兵用の銃器に改修を施したものが多い航空歩兵用の武装を上回っている。

陸戦ネウロイの装甲も撃ち抜くことができるのだが、性能面ではチハ共々他国の――特にカールスラント、ブリタニア、リベリオンの装甲歩兵用の装備に大きく水を開けられている。

より新型の四式中装甲脚“チト”や、チトの繋ぎとして開発した三式中装甲脚“チヌ”も、対ネウロイ戦の影響で恐竜進化を続ける連合軍各国の陸戦ストライカーには及ばない。

データをフィードバックして開発した九七式中戦車に至っては、中型以上の陸戦ネウロイに歯が立たなくなってしまっている。

輝自身、対ネウロイ戦におけるチハの限界を痛感しており、アウロラ達が使っているIII号突撃装甲脚G型を羨ましく思っている。

 

「大尉、これから救出に向かうウィッチは――」

 

「ニッカ・エドワーディン・カタヤイネン、愛称は“ニパ”。スオムス空軍曹長で……まぁ、私の妹みたいなものだ」

 

向かいの席に座るアウロラが、これから救助するウィッチについて簡潔に説明する。しかし、それは輝の訊きたいことではなかった。

 

「そのカタヤイネン曹長は、ネウロイに撃墜されたんですか?」

 

「いいや、早朝の哨戒飛行中にエンジントラブルが起きたそうだ」

 

「エンジントラブル?」

 

「何でも、ストライカーの冷却器にカオジロトンボが大量に混入したらしい……」

 

「…………何ですか、それ」

 

常識的に考えて、絶対にあり得ない墜落原因。輝は目を丸くする。

 

「まぁ、運がないというかなんというか……そういうやつなんだ。墜落地点は先日の哨戒飛行で多数の陸戦ネウロイが確認された地域。しかも現在502のウィッチ隊は、モスクワ方面から接近している飛行型ネウロイの対応で忙しく、空からの援護は期待できそうもない」

 

「初日早々前途多難ってわけですね」

 

輝はうんざりしたように呟くと、空を仰ぐ。瞳に映るオラーシャの空はすっかり明るくなっていたが、それで気が楽になるわけでもない。

一方のアウロラは、早くも新参者の実力を見定める機会が巡ってきた、と内心思っているようで薄く笑みを浮かべていた。

 

「きた――」

 

中隊長殿が新人に「期待しているぞ」と、声を掛けるよりも早く、ストライカーユニット回収中隊の車列に鮮血の光条が殺到した。




ミリタリーに詳しい方へ
陸戦ストライカー及び戦車の解説に関して、何か無理があるようなら出来るだけやんわりと御指摘下さいorz

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